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#066b 記念の朝

 午前0時ちょうどに、この宿屋の一室へと凛子は戻って来てくれた。

 これで約24時間ぶりの再会となる。


「うー……こ、香田ぁ……っ……会いたかった……会いたかった、よぅ」

「はははっ。たった一日で大げさだなぁ」


 まるで感動の再会みたいでつい笑ってしまう。

 でもそうやって余裕を見せてるけど、内心では俺も嬉しくて仕方ない。

 つまりこれは、単に凛子に先手を取られてしまっただけだ。

 ここで俺まで感情を爆発させては、なんだか大げさになり過ぎて茶番になってしまいそうだったわけだ。


「大げさじゃないよぅ……死んじゃうっ、香田と一日も会えないとかっ……えぐっ……死んじゃうよぅ……っ!!」

「そっか。ありがとう」


 ぐりぐりって凛子が俺の胸の中に顔を埋めて、存分にその感触を味わっているみたいだった。


「ほら……凛子からもぎゅっ、として」

「んっ……するぅ……!!」


 ぎゅー……。

 俺の首にぶら下がるようにして、心地良い締め付けを届けてくれる。

 その途端に凛子からの柑橘系の甘い香りがもっと広がって鼻腔をくすぐる。

 ああ……凛子がここに居るなって、すごく実感できる。


「嬉しぃ……嬉しー……よぅ……」

「俺も嬉しい」

「香田っ……香田ぁ……っ」


 こうして甘えてくれるのは嬉しいけど、でも違う。

 自分の本当の心に正直になって、俺も俺でもっと凛子に甘えたいこの気持ちを我慢しないことにした。


「凛子、もうちょっとだけこっちに来てくれる?」

「んむ……?」


 実はさっきからピンッと俺の服が引っ張られ続けていたりする。

 もちろんそれは狂戦士の鬼のような力で握られているからだ。

 ちなみに今、俺の着ている服はインナーシャツだけだから『脱がせられない』というシステム的な制約によって不自然な伸び方をしているし、たぶんどこまで引っ張っても絶対に破れることはないのだろう。

 つまりこのままだと服が破けるんじゃなくて、寝ている未がベッドの下に引きずり落ちてしまいそうだった。


「ほら」

「ふきゃっ!?」


 なんだか面倒になっちゃって未の身体を潰さないよう気を付けながら、抱き締めてくれている凛子の身体ごと背後のベッドにふたりで倒れ込んだ。


「ん~、凛子~」


 そして、ぐりぐりって俺も凛子をマネして彼女の首元へと頬ずりしてみた。


「ちょ、ど、どしたのっ、香田っ!?」

「……何が?」

「こ、香田がっ、香田からっ、そんなことっ……!!」

「えー? ダメだった?」

「ダメじゃない、全然ダメじゃないけどっ……で、でもっ」

「でも?」

「うー……そのぉ……ね……深山さん見てる、しぃ」


 遠巻きに眺めている深山を気にしているようで、ちらちらと何度も視線をそっちへと送っている。


「くすっ……どうぞどうぞ」

「あの~。一応アタシも居るんだけどぉ」

「あ、岡崎! 居たのか!」

「ひっどっ!?!?」


 そう非難の言葉を言ってるけど、でも岡崎は笑顔だった。


「ねえ岡崎さん……ちょっといい?」

「…………まあ、いーけど」

「じゃあ香田君。わたしは岡崎さんとあの人の部屋に行ってますから」

「えっ、深山さんっ!?」

「ああ。ありがとう」


 その俺の返事を聞いてから、戸惑っている凛子を置き去りにして深山は岡崎を連れ、この部屋からさっさと出て行ってしまった。


「では」


 パタン、と木製の扉が閉まる音が響く。


「うー……気を遣わせちゃったぁ……」


 取り残される形の凛子がそうつぶやいているが、俺はもうお構いなしだ。


「凛子」

「ちょっ、ふあっ!?」


 俺の身体の上に乗っている形だった凛子の小さな身体を少し抱え、そのまま上下を入れ替えて――まるで押し倒しているかのような姿勢を作った。


「ま、ままっ、待ってぇ……っ」

「……どうして?」

「夢っ、これっ、夢っ!!」

「いや。現実だよ」

「で、でも香田がこんなこと――んっ……」


 反論のかわりに、そのままおしゃべりな小さな唇を俺の唇で塞いだ。


「――~~っっっ……っ……んっ……」


 最初は強張っていた凛子の身体も次第に弛緩して、ゆっくりと俺の唇を受け入れてくれる。

 決して深山みたいに舌と舌が絡み合うわけじゃないけど、これで充分に興奮できてしまえそうだった。


「……凛子?」

「ふぇ……えぐっ……ふぇえぇ……っ……」


 様子の変化に気が付いた俺がゆっくり顔を上げると、真っ赤な顔をした凛子が涙を落としながら小さく嗚咽を漏らしていた。


「ごめん、びっくりした……?」

「んーん……っ……嬉し、過ぎてぇ……」

「そっか、それは良かった」


 そろそろ俺の『甘え』もおしまい。

 もうこれ以上追い込まないように、凛子のふわふわの髪を優しく撫でることにした。

 あまりの手触りに、飽きることなく何度も何度も丁寧に撫でてしまう。


「やぁー……やん……っ……」

「嫌?」


 凛子は、ふるふると何度も細かく首を振ってそれを否定する。


「幸せ過ぎてぇー……にゃー……眠く、なっちゃうぅー……」

「いいね、そうしようか」

「ん?」

「このまま寝よう。実は俺も寝てなくてクタクタなんだ」

「……いいの?」

「俺が……ふぁ……提案、してるの」


 カッコつけるのを止めた途端、すぐにあくびが出てくる正直な俺の身体。


「だから、寝よう?」

「……うん、寝るぅー……」


 もぞもぞと俺の胸の中へと遠慮気味に潜り込む凛子。えへへ、なんて小さく笑ってるのが可愛い。


「ね……香田」

「んー……?」

「起きたら……もっとお話、しようね……?」

「ああ、ぜひ」


 胸の中の小さな凛子を抱えるように包み込むと、それでようやく俺は目を閉じて意識を解放することができそうだった。

 ああ……やっと眠れる。多幸感が尋常じゃない。


「おやす、み……」

「ん」


 凛子が俺の頬へと軽く唇を押し当ててくれていた。

 それを感じ取ったことを最後にして、俺は意識を――――……



   ◇



 ――その日、俺は面白い夢を観た。


 どうやら俺は魔王を討伐するために召喚された勇者らしい。

 気まぐれな女神に、従順なケルベロスに、気高い姫騎士、そして気の優しいアンデッド……色々な仲間を道の途中で増やしながら魔王の住む山を目指す。


 それは痛快な冒険劇だった。

 あまり凄惨な感じじゃなくて、どこかコメディタッチで繰り広げられた。

 強いてツッコミを入れるとしたら、『勇者』と言う割に俺はいつも頼れる仲間の後方で、長距離砲みたいなのをぶっ放しているだけだった点。

 全然それじゃ『勇気ある者』じゃないだろ、と呆れてしまっていた。


 最後の魔王も腹を割って話してみると案外悪いヤツじゃなかったみたいで、いつの間にか俺の仲間に加わっていた。

 魔王はどうやらこの山の向こうに人々を来させないようにするため、脅かしていただけだったらしい。


 ……山の向こう?

 魔王に尋ねると、魔王は黙ったまま。

 あの山脈の稜線の向こうには何があるんだろう?

 俺はどうしても気になって仕方なかった。


 教えてくれないなら実際に行ってこの目で確かめてみる、と立ち上がると気の優しいアンデッドが魔王といっしょになって俺を引き留める。

 どうやらコイツにはその先のことが分かっているみたいだった。


 じゃあ事情を教えてくれよ、とそう思う。

 ただ頭ごなしに『ダメ』なんて言われてもこの好奇心は抑えられない。

 結局俺は、ふたりの抑制を振り切って山の向こうを目指した――……



   ◇



「――おい……痛快劇はどこへ行った……」


 結局のところ最後は揉め事というか、ディスカッションになってしまうのがなんとも俺の夢っぽい。

 途中までは展開良かったのになぁ……どうやら俺も戦闘で活躍しているみたいだったし。


「……ん?」


 もう朝なのだろう。

 格子のように木が組まれているそのガラスのない窓から強い日差しが差し込み、目を開けてみたものの世界が真っ白で何も見えない。

 とりあえず……何か、重い。

 激しく重い。


「ん、がっ……!」


 せいいっぱいの力でその圧し掛かっているモノから半身を抜き出すと、ようやく上半身を起こし、朝の眩しい陽だまりからも抜け出せた。


「……」


 団子だ。団子だぞ、これは。

 ダブルサイズほどあるこのベッドの上には、可愛い女の子がゴロゴロ転がっていた。

 右に凛子、左に深山。胴体には未がうつ伏せで覆い被さり、ついでに岡崎は俺の足首を枕にしてやがった。

 全員まだ眠っているのか、すーすーと気持ちよさそうな小さな寝息がオーケストラのように重層的に聞こえてくる。


「いや、ひとり嘘つきが居るな」


 そいつの頭をぺしっ、と軽く叩く。


「――未、お前は起きてるだろっ」

「……つまんない」


 うつ伏せになって俺の身体の大部分を覆っていた妹が、むくりと身体を起こした。


「どうしてわかったの……?」

「お前は寝たらまったく動かないだろ。そんな寝相が悪い未の姿を見たことはない」

「……エッチ」

「どういう発言だそれはっ」

「だって兄さん……未が寝ている時にいつも部屋を覗いてたんですよね?」

「お前の部屋には鍵がついているだろうが」

「じゃあ……盗撮?」


 さらっと恐ろしいことを言ってくれる。


「そろそろ本気で勘弁してくれっ。小さい頃はいっしょに寝てたろ? それでだっ」

「…………はい。同衾どうきんしてました」

「はは……未は難しい単語を知ってるなぁ……」


 頭が痛くなってきたぞ。

 あれ? いや……実際に軽く痛い――え。VRMMOなのに???

 つまりどうやら、無理な徹夜を続けるとこんな形でペナルティが発生するってことなのだろう。

 効く薬がないだけに、この頭痛がどれぐらい続くのか心配なところだ。


「ちなみにこれ……兄さんのお腹を冷やさないように仕方なくやっていたことですから」

「それはどーも」

「……ズボンって、本当に脱がせられないんですね」

「そんなこと試していたのかよっ!?」

「未のも……試してみます?」

「いや結構」

「……」


 じっ……と俺を無言で睨む未。


「……未と同じで、いかがわしいことしたいくせに」

「ぶっ!? ちょ、みんな起きてたらどうするん――……」


 叫んでて俺が自分で首を絞めていることを気が付き、慌てて自分の勝手に動いた口を手で塞いだ。

 騒がしくしてみんなを起こしたら、ただの自爆である。


「と、とりあえず降りて。俺の身体から降りてっ」

「……つまんない」


 深山みたいに頬がぷくっと膨らむことはないものの、その瞳にはありありと不満の色が溢れていた。


「ほら、すーみー?」

「もう一回、言ってくれたら除けます」

「……言う? 何を?」

「未のこと、どう思ってますか……?」

「む」

「兄さんは、正直にありのままをここで述べるべきです」

「――重たいから退いて欲しい」

「……」

「正直に、今の未に思うことを言ったのに!」


 まあもちろん未の聞きたい言葉が何であるかはわかってるけど、それはこのシチュエーションで伝えるべき内容じゃない。

 もう否定はしないけど……でも連発させて常識を麻痺させちゃダメだ。


「ん……にゅ? こぅだ……?」

「お、おはよう、凛子っ」

「うひゃー……香田がいるぅー……ん~……この夢、覚めないでぇ……」

「そ、そう、これは凛子の夢だよ……もう一度眠りなよ」

「ヤ~……すりすりするぅー……」


 完全に寝ぼけてる凛子が、むしろ寝ている時よりがっちりと俺の腕にしがみついて離れない。

 幸い深山のほうはまだ熟睡している様子なのが、せめてもの救いだ。

 今の内に腕をするりと――


「――うん?」


 抜けない。

 というか今、明らかに力が入った。

 まるで抱き枕のように俺の腕へと自分の腕を絡め、身体を密着させてくる。

 その、胸とかっ、色々と、ダイレクトな感触、がっ……。

 凛子のむぎゅーっていう可愛らしい抱擁じゃなくて、もっと艶めかしい感じで……受ける印象は全然違っていた。


「ちょ、み、深山っ……」


 そして遅れ馳せながら気が付く。

 深山が昨日、夕方までたっぷり12時間は寝ていたことに。


「嘘つきがもうひとりここに居たかっ」

「きゃっ!?」


 右手を凛子に取られている以上、深山と密着しているこの左手でどうにかするしかない。

 絡め捕られている範囲で手が届く部位――深山の脇腹をむんずっ、と鷲掴みにしてそのままぐにぐにと揉みしだく。

 もちろん間違っても胸じゃない。


「ほらほらっ、今、声出したよなっ」

「っっっ……!!!」


 もじもじと身体をくねらせながらも、必死に抵抗して黙り続ける深山。

 なかなか強情だな……ならば。


「じゃあこれはどうだ……っ?」


 こちょこちょと細かく指を動かして脇の下あたりをくすぐり始める。

 深山の服装は脇のあたりがガバッと開いているので効果はバツグンだ!


「っ……っっっ……っっ……!!!!

「なかなか頑張るな……ほら、起きてるんだろ、深山……大人しく声を出したらどうなんだ……?」


 あくまで深山から降参させたい俺は、そのもじもじしている首元に顔を近づけて耳元で囁く。


「ひゃあんっ……!!」

「へっ!?」


 びっくりするような甘い声が突然飛び出して、心底驚いてしまう。


「リン……リン、起きて。兄さんがレイカを襲ってます」

「んにゅ?」


 やばい、やばいやばいやばいっ。

 この状況だけはやばい!


「深山起きてっ! ほら、早くっ!!」

「ひうっ……や、やぁ……こ、こんな、強引なのっ……う、嬉し――」

「――お~き~ろ~っ!!」

「あーっ、深山さんが発情してるうーっ!?」


 とうとう凛子が完全に覚醒して、もうメチャクチャである。

 てんやわんやな起床になってしまった。


「……兄さんはシマウマじゃなくて……インパラ」

「へ? インパラ?? あの、鹿みたいなのかっ……?」


 そりゃ同じサバンナに生息しているかもしれんが、唐突過ぎだろ!

 もしかして淫パラとか言いたいのかっ?

 じゃあパラって何だよ、同時並行(パラレル)か!?

 ……なんかちょっと上手い感じがして腹が立つ!


「はい……インパラはオス一頭が複数のメスを抱え込みます」

「へえ~! そういうの、動物でもあるんだっ!?」


 その雑学に強く反応していたのは凛子だった。


「リン……俗にそれをハーレム、と呼びます」

「ハーレム……!!」


 こらこら、そこでいらぬ知識を綺麗な心のお姉さんに与えるでない。


「本当に兄さんは……インパラがお似合い。今日からインパラにしましょう」


 身動きが取れない俺の両頬を手で包んで、未が真正面から俺を見詰める。


「抱え込んでいるメスたちの対応に走り回り、最後はボロボロになってハーレムから追い出されるところまで……本当にお似合い」

「…………それはどうも」


 遠くのインパラに同情の念を隠し切れない俺だった。


「そういうわけで、おはようございます……兄さん」

「ああ。おはよう、未――んんんっ……!?」

「あ……!!」「あーっ!!」


 そのまま逃げられない俺に、ゆっくり唇を重ねる未。

 ――こうしてハーレム?とやらを明確に形成されてしまった、その記念となる朝を迎える俺たちだった。


「すぴー……」


 足元で気持ち良く熟睡している岡崎を除いて。



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