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#006 レベルアップって、美味しい?

「――とりあえず、生き抜くためには……武器だ」


 それは間違いない。

 ただ問題は、どうするべきかというその先にあった。


「りんこの言ってた街に行くか……?」


 武器屋があればそこで購入が一番ベストだ。

 ……ただし、金があるなら、だ。

 あと、街に向かうまでその道中でモンスターとエンカウントしたらどうする?

 っていうか街に向かうってことは、確実に他のプレイヤーと鉢合わせになって意味で……。


「…………鴨がネギ背負ってる」


 改めて自分の置かれている状況を確認した。

 武器はまだしも、防具までゼロのこのソロの俺を見て、周囲はどういう反応になるのだろうか?

 金品目的の人はここまでくると放置だろうけど、例えば他人に危害を加えることを単純に快楽として求めている人からすれば、オモチャにしか見えないはず。

 例えば『街では争い事がシステムで禁止されている』とかそんな処置が成されてても、結局は出入り口付近で待ち構えてたら同じことだ。

 ――結論。


「やめた」


 メリットが無いわけでもないが、リスクが勝る。不確定要素も多い。

 ならば現状のこの場所で、明日まで生き抜くことを考えたほうが賢明だ。


「武器、武器……と」


 ここらへんは少し現実のサバイバルと違うと思う。

 リアルなら、まずは水や食料の確保から始まるだろう。次に寝床。

 でも仮想現実のこの世界では喉は乾かないし、りんこが教えてくれたように食料もたぶん体力回復のアイテムでしかない。

 もしかしたら現実世界が7月だからそれに合わせているからかもしれないが、夜が特に冷えるわけでもなく、また、病気の心配もたぶん必要がない。

 蚊のような不快な虫も発生してないし、風呂も必要ないだろう……自然の中で生活する、という側面においては非常に有利な状況になっている。

 まあ、そりゃそうか。

 これはあくまでモンスターを討伐してアイテムを発見して……というファンタジー世界を冒険するゲームであり、それに特化してないとプレイヤーはただストレスが溜まってしまうだけだ。

 生活するので精一杯で冒険するのも難しいそんなRPG、見たこともない。


「武器か……どうすればいいんだろ?」


 ――よって、安全の確保が最優先事項になるわけだ。

 ここだけがたぶん現実世界よりずっとシビアになっている。

 現実に例えるなら、そこらへんに命を狙う熊やライオンみたいな獣がゴロゴロしてて、人間も強盗や殺人犯が大半……みたいな感じだ。

 というかそもそも、法律もないし警察組織みたいなのもたぶん存在してない。

 であれば当然、自衛するしかない理屈となる。

 これがモンスターだけなら、木の上に居住スペースを作るとか、柵なんかで囲って防衛に特化するのも悪くないかもしれない。

 しかし、人間も敵に含まれるなら論外だ。

 柵は簡単に解体されてしまうし、木の上に逃げたりしたら弓矢や魔法で狙い撃ちされるか、よくて下から火で炙られるかされるだけだ。

 つまり、どこかに居を構えて守ってしまうと苦労の割には『ここにいますよ』と悪目立ちするだけで、問題の対応への柔軟性にも欠けてしまう。

 なので現状で最初にやるべきは、武器確保の一択となる。

 正直、最弱の俺がまともに戦って勝てるとは思えない。

 でも相手は、そんなことはわからない。

 相手からすれば武器を持っているだけで脅威なはずで、痛みを感じるこのゲームでは狙うターゲットのレベルが低くても、安易な飛び込みなど出来ない。

 そのまま諦めてくれるかもしれないし、逃げ出すチャンスも生まれてくるかもしれない。


「やっぱりこれになっちゃうのかぁ」


 というわけで、現実的な武器探し。

 先ほどまで手にしていた大き目な石を再び拾う。

 これでの殴打は……まあ素手で殴るよりかはマシだが、いかんせん心もとない。

 より具体的には、リーチがなく、連打も難しい。

 手に持って殴った時の反動や衝撃で簡単に落としてしまいそうだ。

 何となく武器としてのステータスを改めて確認してみた。


『【黒曜石(中)】』

『威力:50、間合:2、重量:30、強度:170、制御:5』


「武器が石とか、原始人かよ」


 剣と魔法のロマン溢れるこの世界でそれは、ある意味で相手ドン引きかもしれない。


「せめて――……こうか」


 まずは手にした石を足元の大きな岩へと叩きつける。

 幸いにも2回目のトライですぐに大き目な石はいくつかの破片へと割れる。

 さらに破片同士をコツコツと当てて形を整える。


「まだまだ石器レベルだよなぁ」


 ――ジャジャーン。


「ほへ?」


 内心の疑似的なものじゃなくて、本当にそんな人工的な効果音が頭に響いた。

 続いて画面下部には――


『通知:香田孝人 はアイテムをクリエイトした!』


 ――などという表示が現れ、ゲームシステムから軽く煽られた気分になった。


「クリエイトって……まあ、そう言えなくはないが……っ」


 程よく鋭利になっている破片を手にして構えてみた。


『確認:このアイテム(※素材:石)の名称を決めてください』


「へぇ。アイテムに名前をつけられるのか」


 さっそく操作モードに入って、この表示にカーソルを合わせてアクティブに。目の前にソフトウェアキーボードが展開される。


「……石のかけら」


 音声入力で指定した。

 何の捻りもないが、まあこれでいい。

 さっそくアイテム欄で『石のかけら』を確認してみた。

 『威力:60、間合:3、重量:15、強度:80、制御:24』とある。


「さっきの石そのまんまよりマシになってる……」


 具体的には重量が減って、制御と間合いが伸びて、しかも威力がほんの少し上がった。強度に不安は残るが、しかし特に重さの軽減が凄くいい。


「お。じゃあ重量ボーナスが……いいねぇ」


『重量ボーナス:0』と表示されていた。以前のダガーでは赤字のマイナス補正で50だったから、ようやくこれでまともに振れるということになる。


「ヤバイ……全然違う!」


 試しに振り回してみるが、体勢がまったく崩れない。

 当然あの武器より威力は全然落ちるが、それでも下手すればこっちのほうが俺的には良い武器になるかもしれない。

 何せ、相手からの攻撃を食らえばほぼ一撃で死亡に繋がる俺にとって、体勢の崩れで隙が出来てしまうというのは文字通り致命的だからだ。

 相手をけん制するだけの意味なら、威力は最優先の項目ではないし。


「確かあのダガーの重さで60で、マイナス補正が50。今回は重さ15で、補正は±0……か」


 ただの引き算でいくなら、今回はマイナスの補正が5ほど若干入りそうなものだが、それが入っていない。

 一の桁は切り捨てなのか、それとも重量が20を越えたらそこから10のマイナス補正が入るのか……正確なところはわからないが、とにかくありがたい。


「そうだな、りんこに感謝だな!」


 あのままあの持て余すダガーを持って対人戦なんてやってたら、殺されていたかもしれない。うん。

 りんこの罪悪感を少しでも軽減してあげたくて、そういうことにしておく。


「絶対に許さないんじゃなかったのかよ、俺」


 まあおっぱい揉ませてくれるらしいからな。

 可愛い女の子のおっぱいは正義だ。


「……はははっ」


 もうそんな機会も有りはしないのに、何言ってんだか、俺は。


「うーん……もう少しどうにかならないかな?」


 ナイフぐらいのサイズで武器としての迫力がどうもイマイチ。

 たかが見てくれだが、しかし威嚇・けん制という意味ではその意味は大きい。


「こういうのはどうだろう」


 道端で拾ってきた棒状の枝の先を裂いて、石のかけらを挟んでみる。簡易の槍のようになった。


 ――ジャジャーン。


「む」


 一応これでもアイテムクリエイトになるようだった。さっきと同じ効果音と表示がとたんに現れる。


「……かけらの槍、かな」


 またしても適当に名前をつけておき、武器性能を確認してみた。

『威力:42、間合:10、重量:20、強度:4、制御:36』。


「きょ……強度4……」


 強度にどんな意味があるか正確にはわからないが、とにかく80→4、とガタ落ちだった。しかも改造したわりに威力も地味に落ちていた。


「お。やっぱりこれで重量ボーナスはマイナス10か」


 さっきの推論が当たる。つまり0からマイナス10までの範囲が補正の入らない『ほどほど良い感じ』の適性な武器ということなのだろう。

 軽く突いたり払ったりしてみると、やはりダガーほどではないけど少しばかり身体が振り回される感じがした。


「んー。間合いが伸びたのはいいけど……まあ紐で固定でもしないと、一撃刺したら抜け落ちるよな、これぁ」


 つまり、たぶん強度というのは武器の状態を保つ性能を意味しているのだろう。

 見た目も思ったよりカッコ悪いので、これは没にしよう。

 大人しく枝先から石のかけらを取り出す。


「っと」


 外す時に勢いあまって、手から滑り落してしてしまった。

 ……うーん。


「あれとか……使えそうかな」


 倒れている樹木に寄って、薄皮みたいな表面の繊維を剥がしてみる。感覚としては白樺の木のアレに近い。もう少し厚手でしっかりしている感じ。


 ――ジャジャーン。


「って、これもクリエイトかい」


『白樺っぽい皮』……何の捻りもない名称をつけると、その薄皮を何重か石のかけらの握る部分に巻いてみた。


 ――ジャジャーン。


「じゃあ『石のかけら改』で」


 そろそろ慣れてきたのか一連の流れとして名称を入力し、すぐにアイテム欄でその性能を確認する。


『威力:62、間合:3、重量:16、強度:80、制御:42』


「おーっ、制御!」


 つまり握り易くて、武器を制御しやすくなったということらしい。副産物的に微量だが威力などにも上方修正が入った。


「少し面白い……んー。じゃあこれを……」


 さっき捨てた枝を拾い直し、石のかけら改を使って細かいパーツへと割ると、求める程よいサイズに削り出して整える。


「こうして、と」


 ――ジャジャーン。


「はいはい、『木のグリップ』……と」


 超適当に名称を入力すると、その添え木となる『木のグリップ』ふたつで『石のかけら』の掴む部分を挟み、その上を包帯のように『白樺っぽい皮』で巻いて結束させる。


 ――ジャジャーン。


「うっし、これで『石のかけら改二』の完成、と!」


 ここまでくると確かにアイテムクリエイト、という感じがしてくる。

 可能な限りリアルに近い、このゲームならではの自由度だ。


「いいね……これはしっくり来る」


『威力:70、間合:3、重量:17、強度:73、制御:75』


 少しばかり強度が落ちたが、制御が倍増だ。

 この制御が実際の戦闘でどれだけ意味があるのかは定かではないが、この感じだと命中率やクリティカルヒット率、あと武器を落とすファンブル率なんかに影響を与えそうだ。


「んー」


 コツコツ、と刃先を他の石の破片でもうちょっと整える。

 ついでに握る部分の添え木も、ただ挟むのではなく石の断面へと食い込ませるように押し込み、改めて薄皮で何重にも巻いてグリップを形成する。


 ぶっちゃけ、この調整自体に大した意味はないだろう。


 ――ジャジャーン。


 『確認:このアイテム(※素材:石・布・木)の名称を決めてください』。その表示を待っていた俺は迷わず入力すると、総仕上げに性能を確認した。


『【七の欠片】』

『威力:72、間合:3、重量:17、強度:77、制御:78』


「ははは。少し恥ずかしいけどそれもよし!」


 適当につけた『石の~』という名称がイマイチだったので、偶然にも性能の数値に『7』が並んでたこともあり、ただの自己満足だがロマン溢れるレアアイテムっぽい名称に変更したかっただけなのだ。

 少しでも原始人のイメージから離れたい。

 思ったよりさらに上方修正も入って、自分的に満足である。


「――……って、あれ?」


 念のため最後、改めて重量ボーナスにマイナスが入ってないかステータスを確認していて、ふとそのことに気が付いた。


『経験値: 74』

『次のレベルまであと 26』


「えっ? 増えて――……ああ!」


『モンスターの討伐に限らず、技術開発・アイテムの発見等でも経験値が得られます』


 開始前のチュートリアルでそんな説明があったことを思い出す。

 慌ててマニュアルを開き、改めて『経験値』を検索してみた。


『■経験値』

『EOEでは経験値を消費することで、任意のレベルアップが可能です』

『(※レベルアップの処理については該当項目を参照)』

『経験値は武器・魔法による戦闘の結果、』

『アイテムの発見・製造の結果、』

『あるいは新大陸の発見や新技術の開発等による偉業の達成、』

『またはイベント・クエストの報酬により取得することが可能です』

『それら達成した内容および貢献度、キャラクターのレベル等により』

『得られる経験値は大きく異なります』


 もう1つヒットした検索項目も続いて開く。


『■同一行動による経験値の減退』

『同じ内容を複数回成功させると、得られる経験値は減少していきます』

『一部のアイテム・職業・属性からの特殊効果により、』

『個々または全体の得られる経験値には補正が入る場合があります』

『(※補正内容については発生時に表示の説明文を参照)』


「――なるほど」


 基本は通常のRPGとさほど変わらないが、やはりアイテムの発見や製造でも経験値が得られるとある。

 もうちょっと言及すると、同じことを繰り返しても次第に得られる経験値が減っていく……というのは、誓約紙で簡単に反復できるシステムを考えたら当然だ。

 改めて思うのだが、アングラなゲームなわりに本当にしっかり作り込んでいる。

 もしかして一般的に広くリリース予定な大規模ゲームプロジェクトの、クローズド・ベータ版なんじゃないかと疑うほどだ。


「いやいや……認められないだろ、これは」


 今はあまり考えないようにしているが、俺の肉体は今、強制的に冷凍状態にあるらしい。

 まあこうして思考出来るってことは、イコール、生きてるってことなんだろうけど……ロクに説明もしないでふざけんなって感じだ。

 対人戦に限って言えば明らかに規制を越えたグロ描写だし、痛いし、こんなの広く社会に認められるような仕組みではない。何より――


「……まあ、リアルに帰りたくなくなるのは……少しわかる」


 ――ある意味でこれは、集団で吸う麻薬みたいなものだ。

 みんなで一緒にトリップして、妄想を共有し合っているようなヤバさがある。

 しかもそれで、上位者には毎月多額のリアルマネーがもらえるって??

 ……ヤバいって。

 下手すれば『こっち』が人生の本線にならないか?

 っていうか、賭博法とか景品表示法とか内容しらないけど、でも完全にこれってアウトじゃないのか?


「アングラなゲームにそんなこと言っても、無意味か」


 だからこうして、ある程度秘密裏に行われているんだ。

 たかだか数千人規模なら、全人口に対して0.0002%とかそんなレベルだ。

 4~5万人に1人しか遊んでないものなんて、それこそ死人でも出ない限りは表沙汰になることもないだろう。


「――あ、いかんいかん……」


 ふるふる、と頭を何度か左右に振って横道に逸れた思考を断った。


「よし。次にやるべきは、レベルアップかな」


 簡単に死なないように強化する、もっとも手っ取り早い方法は俺本人の成長だ。

 朝みたいにモンスターと戦うのはあまりに自分が弱過ぎて躊躇するところだ。こうやってアイテム作るだけで成長出来るならそれが一番安全で確実になる。


「とりあえず似たようなモノをもうひとつ、作ってみるか」


 俺は足元に転がっている大きな破片を拾った。


 ◇


「――なるほど」


 それからたぶん、4時間ぐらい後の夕方。

『七の欠片Ⅱ』『七の欠片Ⅲ』と結局あと2本を制作し終わって納得した。

 あえて同じものを作ったのにはそれなりの意味がある。

 反復でどれだけ得られる経験値が減少するのか、確認しておきたかったのだ。


「つまりは、単純に半減か」


 最初に『スータン』を倒した経験値が30。そこから初めて『七の欠片』を作った時が74。

 製造過程で細かく加算されているのだと思うけど、とにかく2本目を制作したら合計で95。

 ギリギリでレベルアップ出来る100に届かなかったこともあり、念のためさらにもう1本追加でつくったら今度は合計105。


 つまり、『44』→『21』→『10』、と制作で得られる経験値が減少した。

 純粋な半数ではないのは、たぶん1回目は途中で『かけらの槍』を余計に制作したから。ゴミアイテムだから得られる経験値もバカみたいに低いのだろう。

 そして最後が『10』ってのは、たぶん4捨5入ではなくて切り捨てだから。

 それは延々と同じものを作っていくと、最終的には取得できる経験値が0になることを意味している気がする。

 これまた、自動で稼ぐ手段を暗に禁止していると直感した。


「うーん……微妙」


 これは一般論だが、大抵において初期のレベルアップは少ない経験値で容易に出来る。むしろそうじゃない例外のゲームを俺は見たことがない。

 その初期の戦闘と比較して、この『七の欠片』制作の労力はどうだろう?

 どんなに手慣れても1本作るのに1時間ぐらいは必要そうだ。

 それでスータン一匹倒すより、ちょっと稼ぎが良い程度。

 しかも繰り返しても効率はドンドン悪くなって行くばかり。

 それなら4人パーティとかでサクサクとモンスター倒していくほうが、遥かに短時間で容易な気がした。


「レベル上がって強くなったら、もう一度スータン倒してみようか」


 それでもし得られる経験値が半減しないなら、決定的になってしまう。

 ……まあパーティも組んでいない最弱の俺には他に選択肢は無いのだし、不平不満を口にしても仕方ないのだが。


「――さ、レベルアップ! まずはステータスをしっかりチェックして……いや、別にチェックいらないか……はは……」


 そういや全部のステータスが最低だったっけ。

 まあポジティブに考えれば、今後の統計を取りやすいってことで。


「では、いってみますか!」


 レベルアップの処理については、先ほどマニュアルで確認しておいた。

 得た経験値をレベルに応じた必要量『消費』することで、好きなタイミングでレベルアップが可能だという、ちょっと珍しいタイプだ。

 一般的に経験値ってのは溜まっていく一方で、消費したりして減少するのはあまり見たことがない。

 例えば今、俺は105の経験値を保有しているが、レベルアップに100消費するので、残りは5となるはずだ。

 ……強いて言えば、昔遊んだマイナーなRPGの魔法取得システムがこれに近い感じだった気がする。


「じゃあ、このボタンを……」


 改めてステータス画面を確認すると『次のレベルまであと~』と表示あったところが『<レベルアップ可能>』という緑色のボタンに変化している。

 そこにカーソルを合わせ、アクティブにして――


「――うっ」


 正直を言うと、途中からすでに嫌な予感はしていた。

 そう。アクティブにした後、承認ウィンドウを開いて決定する必要があった。

 そして俺は、不具合で画面端までカーソル移動できないわけで……。


「鬱だ……」


 もはや、がっくりとうなだれるしか出来ない。

 この承認ウィンドウ呼び出しってのは、視線による操作システムの誤作動を防ぐために、重要な決定の時は必ず求められる最終確認の作業だと思い知った。

 今後もこんな感じで度々、苦しむことになりそうだ。

 レベルアップもそうだが……『重要な決定が出来ない』という縛りは、プレイしていく中で今後、とんでもない障害になりそうな気がする。


「とりあえず……最弱は引き続き、なのかぁ」


 スータン狩りはおあずけになりそうだ。

 というか、レベル上がらないなら経験値を集める必要性もない。


「じゃあ、金かアイテムってことになるのか」


 何かレアアイテムが見つかれば、換金出来るかもしれない。

 まあ、俺自身が監禁されちゃうかもしれないけど。


「……明日は、アイテム集めを目標に動こうか」


 そろそろ日暮れとなり、一日動いていたこともあって全身に疑似的な疲労感が押し寄せていた。

 火を起こすことも出来ない俺は、そのまま大の字になって闇が深まって行く空をぼんやり眺めることにする。


「今日は色々あったな」


 モンスターと初めて戦って。

 他のプレイヤーと出会って、騙され、仲直りして、そのまま話し込んで。

 最後は武器まで自分で作ってみた。


「…………悪くない」


 原口に騙され、散々な目にもあったが、それでも俺はそう心から思った。

 確かにここには、夢の冒険生活が存在していた。


 つまりどうやら俺も、立派な廃人ゲーマーのようだった。


 ◇


「――やめ、てぇ……やめてぇ……」


 ないてる。『すみ』がないてる。みえない。


「やだぁ……やだよぅ……」


 くるしい。ぼくはくるしい。まっくら。

 うごけない。


「どうしてぇ……どうしてぇ……やめてよぉ……」


 ぽた、ぽた、と『あめ』のようなみずがぼくのかおにおちてくる。


「はぁ……ごめんねっ……どうしても、家族、に……なりたいの……っ……」


 ぼくはぬるぬるの『ぬま』みたいなもののなかにおちたみたいだった。

 ぬるぬるで、ぐちゃぐちゃで、そしてうごけない。


「い、いよ」


 こえがでる。

 ぼくはおちてくる『あめ』みたいなのをてでひろう。


「かぞく……なろ……」


 こまってるときはわらう。

 こまってるひとはすくう。

 おんなのこは、まもる。


「やくそく、したもん」


 そのしゅんかん、むこうがひかった。

『とびら』がひらいて、こわいこえがきこえる。


「――――っっ……!!!」


 まぶしい。まぶしい。

 ああ、おこられちゃうんだろうなあ。

 ぼくはなにかできないのかなあ。


「なかないで」


 けっきょくぼくができることは、これだけ――


 ◇


「――……ん……」


 まぶたの向こうから届く光を感じて……俺は自然と目を覚ました。


「ふぁ……」


 ゆっくり身体を起こす……身体があちこち痛い。

 岩の上で寝るのも考えものだ。

 もっとふわふわなベッドの上がいい。

 そういや夢で――


「――……ん~?」


 夢というのはほんと不思議だ。

 観ていたのはほんの数分前のことだというのに、目覚めた途端にこんな感じでまったく思い出せなくなる。


「何だっけ……?」


 苦しくて、悲しくて。

 そういう感情だけが微かに残ってるだけ。

 まるでこう……一方的に心へと蓋をされたみたいな気分だ。

 大切な何かを失ったような、意味不明な喪失感がじんわりと込み上がる。


「昨日、りんことあんなことがあったから、かなぁ……?」


 裏切られて、裏切って。

 心が少し殺伐として……だからそういう時は決まって俺は内に籠ってコツコツと何かを作ったり、考えを巡らせたりして時間を稼ぐ。

 昨日のあの武器制作に没頭したのもそんな俺の性質が良く出た一例だと思う。

 とりあえず何かに没頭して時間さえやり過ごせば、いつか人は変われるってよく知っている。

 何かを失っても、それを忘れて前に進める。


「なんだろね……これ」


 やたら感傷的でポエマーな俺だった。

 気を取り直すと軽く頭を振って。


「――さ、今日はちょっと冒険しようかっ!」


 前向きな自分へと、パチンとスイッチを切り替えた。


 こんな感じで目覚めと共に俺は、寝床である大きな岩がある草木が生い茂った小高い丘を降りて、見晴らしの良い野原に出ていた。

 正直を言うと俺はゲームプレイヤーとして、準備がある程度整ったのに安全な場所でただ突っ立ているだけだった昨日の後半が少し勿体ないと感じていた。

 それなら多少危険でも、アイテム収集に出てみたい……という興味が勝る。

 マップをこまめに確認していたら不意を突かれる心配もないし、大丈夫だろう。

 最悪、スータンぐらいなら戦えないわけでもない。

 もちろんヤバかったら、すぐにあの大きな岩まで戻るつもりだ。


「アイテム……か」


 数時間ほど行く当てもないままに野原を歩き回ったが、めぼしいものに出会えることもなく、考えを少し修正することにした。

 ずいぶん漠然とした目標だったから、もう少し具体的で現実的なアイテムに的を絞ろうと思う。


「なら、まずは食料探しになるのかな?」


 りんこの話通り、もし食料で体力が回復するというのなら、最弱の俺は多くの食料を常備しておくべきだと思った。今後のリスクを軽減することに繋がる。

 いちいちあの岩の上まで戻りたくもない――うん、それにしようか。


 ◇


「――これなんか、どうだろう?」


 俺の背丈ほどの低い木に、直系5ミリ程度の小さな小さな赤い実がついている。

 悩むより、とりあえずもぎ取ってみた。


『【クルルの実】』

『旨味: 0、食感: 0、毒性: 0、栄養: 3、保存:160』


「つまりめっちゃ日持ちするけど、美味くなくて、ほとんど栄養が無い……」


 言うまでもなく食用には向かないってヤツだろう。

 りんこがあの場で『食料を』と求めていたシチュエーションからある程度は察していたが、本当に食用に向いている木の実とかが見当たらなかった。

 たぶん、栄養が『3』とかこういう微妙な食材を集めて鍋にでも入れて煮込み、『食感』の数値を上げてから『旨味』の高いもので味付けをしてまともな料理をクリエイトしなきゃダメなんだろう。

 どれぐらいの経験値が得られるかそれはそれで興味があるが、しかし今はその調理器具とか作るほどの余裕も材料もないので諦める。

 もっと単体で食料として成立して、それなりに効果のあるものが欲しい。

 必然的にそうなると木の実とかになると判断したのだが……。


「もっと安易に取れない高い木の上とか……危険な崖とかかなぁ」


 そういうゲームバランスに設定してるのかもしれないし、あるいはそうでなくても目に留まるような簡単なところに回復アイテムあるなら、根こそぎ誰かに取られているという状況も考えられた。


「うーん……初心者には――……」


 と言いかけて、左上のマップに赤い丸が表示されていることに気が付いた。

 ……赤? 初めて見る表示だが、本能レベルで危険を感じ取る。

 人間にとってそういう色だ。この赤という色の意味のは。


「……真っすぐ、こっちに向かってる」


 かなりの速度だった。

 つまりすでに俺をターゲットとしてロックしている、と考えるのが自然だった。

 赤い丸というのは敵対する存在を意味する、ということだろうか。


「今はそんなこと悠長に考えてる場合じゃないっ」


 俺は最弱……俺は最弱なんだ。

 心の中で何度も呪文のように唱える。

 逃げるのは恥ずかしくない。無謀に突進して無駄死にが一番恥ずかしい。

 ……自分を言い聞かせる。


「っ!」


 俺が距離を取ろうと走り出した瞬間、さらに向こうは加速した。

 マップを確認してすぐに直感する。俺より向こうの方が移動が速い、と。


「くそっ」


 あの岩の上から降りたのは、安易だったのだろうか?

 しかしそれしか許されないというのなら、つまり俺は実質的にゲームプレイの資格がそもそもないということを意味している。それは否定したかった。


「……痛みがあるだけで、こんなに違うのかよっ……」


 基本的にやってることは他のRPGと何も変わらないはずなのに。

 真剣さ……恐怖感はまったく別次元だった。

 スータンに肩を齧られた時の激痛を思い出すと、今でも脂汗が出てくる思いだ。


「もう……あれは、勘弁してくれっ」


 叫びながらジャンプして、木の枝にしがみつく。かっこ悪かろうが何だろうが、知ったことじゃない。俺は必死にそのままもがくようによじ登った。


 ――ギャウゥギャウウゥッッ……!!!


 狂ったようによだれを垂らしながら突進してくるモンスターの姿を見た。

『ラウラダ』とネーム表示がされた。レベルは5。

 サイズ的には馬ぐらいの大きさで、もっと短足寸胴。牙の見える大きな口が印象的だった。

 ……あの時のスータンが確か3だから、あれより強いことを覚悟しなければならないだろう。


 ――フギャアアゥゥッッ……!!


 目を真っ赤にして怒り狂っているようだった。

 よじ登った木の幹へとそのまま突撃する。


「ぐ、あっ……!!!?」


 一撃で木が倒れるようなことはなかったが、しかしそれでも衝撃は相当で、枝から振り落とされそうになる。


 ――フギャアウゥッッ、フギャアアゥゥッッ……!!!


「おいおいっ、前世で俺に親でも殺されたのかっ!?」


 思わず苦笑いしながらそんなことを口にしてしまうほどの見事な狂いっぷりだった。

 二度・三度と幹に体当たりをして、まるで栗でも落とすみたいに俺を地面へと突き落としたいみたいだった。


「……っ」


 動揺する心を抑えて、極力冷静になろうと努力した。

 よく観察するよう心がける。


 ――フギャアゥッ……!!


 さすがに向こうもスタミナ切れのようだ。体当たりの勢いが落ちてきている。


「ん?」


 動きが遅くなって、それでようやく気が付いた。『ラウラダ』の胴体に細かな切り傷が無数に存在している。つまり、それなりの手負いの獣ってことだ。

 最初っから怒りMAXなのもこれで納得できる。


「俺に八つ当たりかよ……くっ!?」


 ラウラダの繰り返される突進にいよいよ持たなくなってきた幹が、ミシミシと嫌な音を鳴らしていた。もうこれは、あと数回で倒木しそうだ。


「はぁ……っ……くそっ……震えるなっ……」


 アイテム欄から『七の欠片』を抜き出そうとして、視線が定まらないことに気が付く。カーソルが右に左に細かく揺れる。


「ふぅ……ふうっ……!!」


 何度も意識して深呼吸する。きっと身体や脳に酸素を送る意味はないのだろうけど、しかし精神統一させるための自己暗示としては、上々だ。

 カーソルの揺れが収まると共に、集中力も高まって行く。


「――今っ……!!!」


 まさに狂った獣らしく、再び突進して幹へと胴体をぶつけるその瞬間、俺は枝から真っすぐに飛び降りて両手でその手の中の武器を強く握る。


 ――フギャアアウウウウゥゥッッ……!!!!


 たぶん勝因は、ちゃんと待ったこと。

 疲労で動きが鈍くなったし、幹への体当たりの姿勢も把握し、そのタイミングも計れた。だからこれは、偶然じゃなくて必然。

 全体重を乗せて、ラウラダの眼球へと俺の手作りの武器を突き刺した。


「っっっ!!!」


 痛みにさらに狂って暴れるラウラダ。

 左右に振り回されて、思わず俺は突き刺さったままの武器から手を放してしまう。


「複数作ってて、良かった……!!」


 素早くアイテム欄から『七の欠片Ⅱ』を取り出し、眼球に刺さった武器をどうにか取れないかと暴れているラウラダへと切りかかる。


 ――フギャアアッッ、フギャアアアゥゥウウウゥゥッッ……!!!!


 それからどれぐらい時間が経過しただろうか。

 苦労してもうひとつの目を潰してからも、20、30と無数に切り付けて。

 何度も突き立てて、返り血を浴びて、肉をそぎ落として。

 ……それでようやく、目の前の怒り狂ったモンスターは倒れてくれた。


「終、わっ……た、のか……っ……?」


 眼球に刺さったままの己の武器を抜き取った瞬間、ラウラダの全身が鈍い光を帯びた灰となり、散って行く。

 スータンより巨体だけに、消えるまで時間が必要そうだった。


「はあっ……はあっ、はあっ……!!!」


 全身から湯気が出る思いだった。

 内部ステータス的にスタミナがほとんど0なのだろう。

 まさに精根尽き果てそうな状態。しかし――


「――っっ、しゃ……っ!!!」


 両手を握って、小さくガッツポーズ。

 ハンターとしてのたまらない充実感が、疲労に勝っていた。

 敵の体力ゲージは見えないから想像でしかないけど、ラウラダが手負いでたぶんすでに体力が半分以下だっただろうことが大きかった。

 ……でも、それでも純粋に今は嬉しかった。


「経験値って……どれぐらい入ったんだろう……?」


 さっそくステータス画面を確認して、ちょっと驚く。

 620……それが現在の俺の経験値だった。

 つまりあの1匹で、500以上を稼いだことになる。レベルが2~3は一気に上がりそうな気がした。まあ、上がらないわけだが。


「あ~あ、おれらの獲物、横取りされちまったよ!」

「っ!?」


 ステータス画面を眺めて悦に入っていたのが失敗だった。

 完全に不意を突かれた。

 いつの間にか俺の背後には、近づいてくる3人の男たちの姿があった。


「え。マジで!?」

「おい……あいつひとりで狩ったのかよ」


 今さらバタバタしても遅い。

 無理やり呼吸を抑えてゆっくり振り返ることにした。


「…………」


 レベルは、左から5、4、6。

 つまりラウラダを狩るのに適正なレベルってことだろう。

 戦士と、魔法使いと……あれも戦士だろうか?

 装備が軽装だけど、剣は長いものを持っている。

 ――とにかく、見たところそんな3人組のパーティだった。


「よう。オレらの獲物を横取りして食った経験値は美味かったかい……?」


 ポンポン、と剣で己の肩を軽く叩きながら呆れたように話しかける、その長い武器を手にした戦士。

 その一歩後ろにいる残りふたりのメンバーも、鋭い眼光を向けていた。


「それは……悪かった、な」


 身を硬くして、苦笑いをするしかない俺だった。



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