#065b ポーション講座
「――ん~とね。このぽーしょんは、ぱーっと回復するけど、でもそれを過信しちゃだめなの」
結局、展示してあるポーションはすべて買い占めてしまった俺たちはそのままの流れでポーションの使い方についてのレクチャーを受けていた。
「過信?」
「ん。こう……どばっ、て体力へるのはとめられないの」
「あー。つまり受けるダメージを帳消しにはできないってことか」
例えばポーションの回復量が30。俺の体力が80あるとして、100のダメージを受けた際にどんなに急いで使用しても100のダメージを70に減らせるわけじゃないって理屈だろう。つまり……
1.敵から100のダメージを受ける
2.体力が100減る
3.ポーションで30回復する
……こういう処理手順になるから、もし体力80しかない場合どうあっても2.のフェーズで死の判定は免れないってことになる。
当然だがダメージを受ける前に使っても意味はないしな。
「体力の上限が低い俺が持っててもほとんど意味ないか、これ」
たぶん大会参加者は全員俺より遥かにレベルが高いだろう。
つまり何かダメージを受けたら、俺は即死亡。
まるで弾がカスるだけで爆散するシューティングゲームの自機みたいだ。
「シューティングゲーム……それも面白いかな」
「おにーさん?」
「あ、いや、ただの独り言。それでこの体力回復のポーションって、具体的にどれぐらいの数値を回復できるのかな」
「すうち……わかんない」
「え? そうなんだ?」
ポーションを作っている本人である上に、俺が知っている全プレイヤーの中で一番の高レベルな最古参のみーがそんなことを言うなんて、正直驚きだった。
「んとね……これぐらい」
親指と人差し指を使って長さなのか幅なのかよくわからない量を感覚で教えてくれる。
「いっぱいがこれぐらいで、ぽーしょんで回復できる量が……これぐらいなの」
めいっぱい指と指を広げたのが100だとして、どうやらポーションで回復できるのは見たところ大体10~20といったところらしい。
つまり『ほんのちょこっと』である。
「……それは例えば、レベル1の俺が使ったとしても?」
「ん。こんだけなの」
「なるほど」
ようやく理解した。
それは確かに数値では表しにくいだろう。割合の回復だからだ。
よって理屈としては、必然的に体力多いプレイヤーが使用するほうが効率が良いということになりそうだ。
体力10のプレイヤーが使用すると2しか回復しないが、体力200のプレイヤーが使用すれば40回復する。その差なんと20倍。
「ありがとう。大体理解できたと思う」
「どういたしましてなの!」
またどういうギミックなのか謎なみーのツインテールが、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねてる。犬の尻尾みたいで可愛い。
「えーと……体力回復が5個で、ステータス回復が3個。強化系がそれぞれ回復量増加2、防御力強化4、俊敏性強化1……か」
「あまり用意してなくてごめんなさいなの」
「いやいや! これ以上は破産しちゃうしもう充分だよっ」
実際のところまだこのゲームの物価がピンと来ないが、しかしそれでも回復系が一つ100E.で強化系が一つ80E.というのは充分に高価だ。
何せ宿屋の部屋を一日借りるのに10E.なのだから……このポーションひとつであっさり宿代十日間分が吹き飛ぶ。
しかも回復できる量は、たったの10~20%ぐらい。
……しかし、それでも瞬時に体力が回復するというその効果は、時にどんな代価を支払ってでも得たいものだろうとも思う。
例えばそれを使用することで大会の優勝……つまりランク一位になれて深山を救えるというなら、例えその100倍の値段でも俺ならきっと迷わず払うだろう。
「ね……またみー、いっぱい作るから買いに来てくれる?」
「ああ、うん。きっと来週には使い切っちゃうと思うからまた来るよ」
「うんっ! にはっ」
顔をほころばせながら大げさなほど強くうなずくみーだった。
「……兄さん。そろそろ陽が沈みます。帰りましょう」
「ん? ああ、そうするか」
少し焦れたように未がそう突然切り出してきた。
おっとっと……忘れてた。見た目は平気そうだけど未のやつ、徹夜状態だったな。
つまり、そろそろ体力も限界だと言って来ている気がした。
「じゃあおにーさんおねーさん、またいらしてなの~!」
小さな店主が両手を振り回して見送ってくれる。
通りすがりで店員と客な関係性である以上、それは当たり前なのだけどここでどうやらお別れのようだった。
「また来るよ」
「みーちゃん、またね」
俺たちがそれぞれに別れの言葉を口にすると。
「ん! またなの!」
見た目が幼女でツインテールなレベル341という古参プレイヤーの彼女は、最後、満足そうに笑顔でそう応えてくれた。
「……まったく兄さんは油断も隙もありませんね」
「うん?」
最後の最後、互いに小さく手を振ってからここへと来た路地裏に戻ると、未が唐突にそう嘆息しながらボヤく。
「隙あらば幼女相手にもフラグ立てようとするから恐ろしいです……」
「何だそれは?」
「……見知らぬ女と手を繋いだりしてて、まだとぼけるのですか?」
「いやいや、俺がトロいから焦れて向こうから引っ張ってきただけだろ?」
「しかも最後は陳列していた商品すべてを買い占めて札束でほおを叩くとか……『キミも買っちゃおうかな?』とか言い出すつもりですか?」
「はぁ……もういい。好きにいってろ」
頭痛くなってきた。
「ええ、好きにいいます……黙って同伴してみたら、会う人会う人女性ばかりで、しかもその度に的確に好感度上げようとしてるのですから愚痴のひとつも出て来ます」
「ヨースケはどうした、ヨースケは?」
「え。未ちゃん……みーちゃん以外にも?」
「ええ、レイカ。リアルでは年上のOL風の女性を道端に土下座させてペットのようにその女心をもてあそんでいました。気を付けてください」
「……っ!」
俺のツッコミはガン無視である。
「それ、凛子の姉さんだから!」
「え。凛子ちゃんのお姉さん……?」
「自分の恋人の姉を土下座させるとか……兄さんはどれだけ鬼畜なんですか」
最早、何が何でも俺を非難したいらしい未にはお手上げ状態。
まるでリアルのほうの未と話しているような気分になってきた。
「まったく。『素直になる』って誓約はどこへ行ったのやら」
「これ以上ないほど素直ですが……?」
俺のそんな独り言にも噛みついてくる。ほんとにご機嫌斜めらしい。
「機嫌が悪い……ああ、なるほど」
自分で自分のその判断を口にして、この状況をようやく正しく理解した。
どうやら徹夜で眠いとかそういう話じゃないようだ。
純粋に、今、未は不機嫌なのだ。
「何を勝手に納得しているんですか? 気持ち悪いですね」
「ちょっと未ちゃん! 香田君のこと『気持ち悪い』というのはさすがに聞き捨てならないですけどっ!?」
「……ふん」
ぷいっ、と俺たちに背を向けて勝手に来た道を戻るように路地裏の奥へとズンズン進んでいく未。
ちなみに背中を見せているので瞳の色は判別できない。
「……ええ。認めます。未は今、機嫌が悪いです」
そこは素直に認める先頭の未だった。
つまり誓約の件は、自分の心に『素直になって』存分に不機嫌になっているってことらしい。
たぶんみーの露店でポーションを買う時ぐらいまでは普通だったと思うのだが……いったい買い物していた時のどこに、そんな逆鱗に触れる要素があったというのか? 全部買ったのがいけなかったのか??
「リンが帰ってきたら、ミーのこと言いつけてあげます」
「頼むから事実をそのまま伝えてくれよ……?」
どれだけ脚色が入るのか、今から考えただけでも恐ろしい。
「ねえ香田君。凛子ちゃん……今夜、帰ってきますよね?」
「ああ、うん。そうだと思うけど」
「はい」
深山とそれ以上は何も語り合わないが、しかし互いに『何か寂しい』という感情を抱いているようだった。
……『寂しい』か。
確かにそうだ。深山とだけに限らず、凛子とだけふたりで居ても、何かが欠けているような感覚がどうしても拭えない。
すっかり『三人いっしょ』が俺たちのデフォルトになりつつあった。
最初は全然自分の中で成立しなくて、居心地悪くて仕方なかったのに……俺も変わったなぁと思う。
「ほら兄さん……このまま置いて行きますよ?」
「はいはい。じゃあ深山、そろそろ宿に戻って凛子を待とうか」
「はいっ」
最後にもう一度、石畳の広場を振り返る。
そこには日暮れの中、独り茣蓙のような厚手のマットを片付けている小柄な彼女の姿が遠くに見えて……少しだけ名残惜しい気持ちになってしまう。
もう少し話をしたら、もっと仲良くなれそうだったのにな。
「……まったく。そういうところです」
「え?」
「何でもありません……」
ぷいっと顔を逸らし、未が再び歩き始めた。
くすくすと深山が隣で笑ってる。
「香田君……ようやくわかりました」
「うん?」
深山が耳元で、俺にしか聞こえない小さな声で教えてくれた。
「未ちゃん、妬いてるんですよ。あの子に嫉妬してるんです」
「は……?」
大切な深山や凛子には妬かず、他人のみーに嫉妬する未。
やっぱり俺の妹は、どこまでいっても謎な存在だった。





