#064 最果ての地にようこそ
未へと誓約紙についてのノウハウを個人授業でみっちり伝授していた、そんな昼下がりの午後。
「――ああ、居た居た」
「ん?」
唐突に開かれる背後の扉。振り返るとそこにはこの部屋の借主であるヨースケの姿があり、部屋の中の様子を窺っていた。
「よ、香田とLaBITちゃん」
「……はい」
あ、俺に促されることもなく自分から小さく会釈した。一歩前進だ。
「どう? どんなん作るか決まった?」
「ああ、ここに書き出してあるから目を通してくれるか?」
「ふんふん、どれどれ?」
机の上に置いてある誓約紙の一枚へと歩み寄ってそのまま顎に手を当てつつ読み始めるヨースケ。
「そっちの準備とやらは?」
「ああ、あんな大量にあるから苦労したよ。そもそもアダマンタイトって初めて触るからそっちの意味でも手こずったけどさ、なんとか抽出完了したぜ」
「……抽出?」
「材料として鍛冶師が加工するには、原石から不純物を取り除いて抽出する工程が必要あんのさ。具体的にはドロドロに溶かして――……んんんん? 何、この『引き金』って?」
ヨースケが仕様書の最後のほうに記述されている二つ折りのギミックについてさっそく問い質してきた。
「読んでの通りだよ。柄の部分に銃のトリガーみたいなのをつけて、それでロックの解除としたい」
「正直ソコにこだわる理由がいまいちわかんないけど……まーいいか。あとここの記述にある、装飾の『宝石』って?」
「ああ、うん。それはこれから調達してくる。とりあえずはこの通りに本体の制作を始めてもらえるか?」
「了解、了解。でもその前に――」
セリフを言い切る前に、目の前に大きなベッドへと大の字になって倒れ込むヨースケ。
「――悪い。ひと眠りさせてくれぇ……ふああぁぁ……」
「そっか、徹夜だもんな。部屋を占拠して悪かった」
「なんのなんの……おれが寝てるのは気にせず……ふぁ……引き続き、使っててくれ……」
そうは言ってくれるが、これ以上ヨースケの部屋に居るのも悪いだろう。未の背中を軽く押して扉へと向かった。
「なぁさ、香田……」
「ん?」
そのまま静かに部屋を出るつもりだったのに、ベッドに突っ伏してるヨースケから呼び止められてしまった。
「……なんで、誓約で縛っておかねーのさ」
「誓約?」
「とぼけなさんな。あんな大量のアダマンタイト……あのまま持ち逃げされたかもしれねーだろ?」
「まあ……」
正直、誓約のことは確かに少し考えた。
でも腹を決め、ロマンを語った昨日のあの盛り上がりの中でそれを言い出すのは無粋に思えた。というか。
「信頼してるからな」
こういうことの積み重ねで人間関係って形成されると思う。
色々なアイテムを預けている凛子を誓約で縛るか?
あるいは逃げ出されると困るだろう深山が、俺に誓約を求めるか?
……そんなわけがない。
つまり俺は、ヨースケのことを『こっち側』の人間と認めつつあるのだろう。たぶん、あの握手を交わした瞬間から。
「良い殺し文句だ……待ってろ」
「ん?」
「その選択が間違ってなかったこと、すぐに証明してやるからさ」
「ああ、期待してる」
少し笑い合うと、改めて俺は未を連れて彼の部屋を出た。パタン、と木の扉が閉まる音を背中に受ける。
「さてと。そろそろ未もお休みの時間か?」
二階の廊下に出て、斜向かいの俺の借りた――そして深山が寝ているだろう部屋へとそのまま向かうことにする。
「いえ……このまま夜まで起きてます」
「どうして?」
未は俺より先に進むと、そのまま廊下に差し込む陽の光の中へと、自ら踏み込む。
キラキラとその銀色の髪が光を受けて輝いていた。
「ここの世界なら、陽ざし……痛くないから」
そう。
陽の光に極端に弱い未の肌だが、その体質はゲーム内に持ち込まれることがないようだった。それは昨日のあの戦いっぷりを見ても間違いない。
「でも夜型の生活だったんだから、無理することもないだろう?」
「……そんなに嫌なの?」
「え?」
「兄さんと……もう少し、いっしょに居たいのに」
「……」
あ、ヤバい。
今ちょっと泣きそうになっちゃった。
さっきの、『素直になる』という誓約と『狂撃乱舞』の合わせ技で内側の未と心を通わせた一件は、無駄じゃなかった。
こんな懐いてくれている未……いつぶりだろうか。
「もちろん嫌じゃないよ。もう少しいっしょに居よう」
「……はい。嬉しいです」
可愛い。
素直な俺の妹、超可愛い。
「ではさっそく子作りしましょう」
「しないしない。というか、出来ない出来ない」
「……つまんない」
涼し気に淡々とそうボヤく未。
なんだかこのやりとりもすっかり定番化してきたな。
「では……その」
「?」
目を伏せて俺に瞳の色を見せない未。
表情はそれ以上何も変わらないけど、でも最高にテレてるのは『見せたくない』というその意図から良く伝わってくる。
「いっしょに……布生地、買いに行きたい」
「いいよ――あ、でも……」
「?」
こんなこと言ったら嫌な顔されちゃうかなと軽く予想出来たが、しかしそれでも俺の考えは変わらない。
「宿屋から出られない深山も、どうにかして連れ出したい」
「はい……わかりました」
「え。あ、うん。ありがとう」
ちょっと意外だが、抵抗もせず即答で同意してくれた未だった。
「じゃあその上で……未にお願いがひとつあるんだけど」
「はい?」
◇
「――もう少しリボン、大きく出来ないか?」
「バランス悪い……」
「いや、隠れなきゃ意味がないし」
「…………もっと時間が欲しい」
「急繕いさせて悪いけど、とりあえずざっくりでも作って、後から整えてくれ」
「こんなの、可愛くない……」
「我慢してくれって」
不平不満を絶えず口にしつつも、手は動き続けている未。
……ふむ。やっぱり見事な手さばきだなぁ。
「兄さん……やっぱり無理があります。せめて綿が欲しいです」
「綿かぁ。街に出たら買おうか。すまないけど暫定的に布の切れ端とか詰めてみてくれるか?」
「形……ふわっとしない……可愛くない……中途半端なの作りたくない……」
そう言いながらも、すでにほぼ完成しつつあった。
未に無理言って作ってもらっているのは、シンプルな構造の帽子。
ツバの部分が手元の材料では難しいので、結果的には大きなリボンのついているベレー帽みたいなモノとなった。
「そう言わないでくれ。頼むよ」
「…………はい。買ってきてくれたから、作ります」
そこら辺は未もちゃんと理解してくれているようだった。
そう。昨晩お土産として布の生地と裁縫道具を買ってきたのは、半分はこれが目的だったのだ。
「あの古典ファンタジーな服装に……こんな近代的なベレー帽とか……合わない」
「まあまあ。きっと似合うって!」
「……このベレー帽に似合う服……作りたい」
「えっ」
「ダメ?」
「ダメじゃない! ……でもいいのか? 深山のだぞ?」
「レイカは未のライバル。勝負は対等で争うから意味があります」
「……つまり、自分の衣装も作る予定なんだ?」
「はい……あとリンのも」
「いいね。きっと喜ぶと思うよ。でも三人分なんて大変じゃないか?」
「んーん……EOEの裁縫……楽しい。サクサク出来ちゃう……」
そう言っている未の瞳の中は、輝いていた。
きっとそれは窓から差し込んでくる西日とは関係ない。
「? リアルと違うのか?」
「うん。ほつれとかないし、縫っている間も形が崩れないの。まち針もほとんどいらないぐらい……」
「……ふーん?」
よくわからないが、武器や料理と同じく『アイテムのクリエイト』だからたぶん何らかのシステム的な補助が働いているのだろう。
例えばヨースケの武器制作も、ひとりで原材料の鉱物を溶かして一本の剣を作り出すとか、リアルの常識で考えればかなりの無茶に思う。
森に虫がいないように。水を飲まなくても死なないように。あるいは怪我をしても時間と共に傷跡もなく自然と治癒されてしまうように。快適なプレイとなるようほどほど良い感じのシステム的な補助が、このゲームのあらゆるところに働いているのだ。
「――ん…………香田、くん……?」
「あ。起きた?」
ちょっと騒がしくし過ぎたのかもしれない。
俺たちの会話を耳にしてか、ずっと眠っていたはずの背後の深山がゆっくりとベッドから上半身を起こし、目をこすりながらつぶやいていた。
「おはよう深山。ずいぶんと寝ていたね?」
「……」
「深山?」
まだ寝ぼけているのか、ぼー……とした瞳で西日に照らされている俺の姿をとらえたまま呆けている深山。問いかけても特に反応がない。
「寝すぎちゃった?」
昨日、彼女が寝落ちしたのが明け方前後だから……たぶん12時間近く眠っていたことになるな。何だかんだいって、疲れていたのだろうか。
「夢……観た、の」
「え? 夢?」
「うん……死んでしまう、夢」
微妙に視点が合ってない様子の深山が、夢を思い出しているのか天井をぼんやりと見上げながらそんな物騒な話をしていた。
「死ぬって、誰が?」
「わたし」
「おいおいっ!」
自分が死ぬ夢って……どんなだろう?
何度か『死にそうになる』内容なら俺も観たことがあるが、しかし本当に自分が死んでしまう夢なんて観たことがない。
当然だ。それは妄想とはいえなかなか受け入れられる事象じゃない。
つまり今、深山がこんなにピント合っていないのは……あまりにショックだから?
「え、えへへへ……」
「深山っ!?」
笑ってる。
自分が死んだ夢を観て笑うその様子に、ただならぬ危機感を覚える俺だった――のだけど。
「あ……ごめんなさい。あまりに幸せな夢過ぎちゃって……」
「幸せな夢? 死んだのに??」
「はい」
目を細めてゆっくりうなずく深山の、確かに満たされているその笑顔。
いよいよ理解不能だ。
「どういうこと?」
「ううん……気にしないで」
「気にするよ! 深山、夢の中で死んだんだろっ?」
「えっと……あはっ……困っちゃった」
どうしたら良いんだろう、と眉を下げて小さく笑ってる。
「話したくない内容なの?」
「はい。香田君に……引かれちゃいそうで……」
「引かない」
「…………でも」
「絶対に引かないから、聞かせて?」
深山が本気で遠慮しているっぽいのは感じているけど、でも気になって仕方ない俺の『聞きたい』という気持ちもまた本気だった。その意思を言葉に載せて伝える。
これでも遠慮するなら諦めもするけど……。
「……うん。じゃあ話します」
どうやら深山が根負けしてくれたみたいで、誓約が発動するまでもなくそう素直に返事する深山。
それからやや間を空けて、内容の話をしてくれた。
「香田君と……このままずっと、いっしょにいる夢だったの」
「うん」
「EOEから出られて……学校に戻って」
深山はゆっくりと深いため息でもするように言葉を綴る。天井の向こうにある夕焼けの空でも眺めているかのように遠い目で見上げている。
「そのまま無事に卒業して……大学に行って」
そのまま視線は横へ横へと逃げ、壁から自分の手元へと俺を避けるように降りて行く。
「結婚、して」
……ぎゅっ、とシーツを握るその自分の左手を見つめる深山。
彼女の頬が見て取れるほど、真っ赤に染まる。
「子供が生まれて……小さくて……幸せな家庭を築いて」
目を閉じてぽつり、ぽつり、とつぶやく深山の脳裏ではどんな映像が広がっているのだろう?
「その子も大きくなって……わたしぐらいに育って、いつか誰かと結ばれて」
そこで、くすっとテレくさそうに笑う深山。
「大変だったね……苦労したね、って互いに労ったりして。しずかにゆっくりと歳を重ねていって――」
深山がうるんだ瞳を俺に向けた。
「――お疲れさま、って最後……香田君に見送られて静かに息を引き取るの。そんな、この上ないほど幸せな夢」
前もそうだった。
ずっとずっと、人生の遥か先を絶えず深山は見続けている。
それが俺とは全然違う部分だと痛感する。
そんなこと、子供な俺は絶対に考えない。想像しない。
俺は――……あっ。
「ごめん、なさい…………変なこと、言い出しちゃって……」
ポロッ、と一滴の涙を落として慌ててそれを指先で拾う深山。
「あ、いや! 全然変じゃないよ!?」
「おかしい、よねっ……こんな妄想……香田君に絶対引かれちゃう……引かれちゃうのにっ……」
「それを無理に聞いたの、俺だから!」
深山の肩は細かく震え、今すぐに決壊して泣き出しそうな雰囲気だった。
もうどうやってフォローしたら良いのかもわからない俺は、ただただ慌てて深山に近づいて、その指輪がはめられている白くて長い指先を捕まえることしか出来ないでいた。
「気に食わないです」
「きゃっ」
俺の背後から未が手を伸ばし、『何か』を深山の頭の上にドサッと置いた。
「兄さんの子を授かるのは、未の役目です」
「……え。これ」
「差し上げます。兄さんから頼まれて作った帽子です」
完成した、巨大なリボンのついたベレー帽みたいな何かが深山の頭の上を占拠している。
もはやスライムでも乗っかってるかと思わせるほどのボリューム感。
「……うん。これならいけそうだ」
「え?」
首を傾げている深山の手を引き、そのまま立ち上がる俺。
無理やり聞きだして落ち込ませてしまった深山の心を救い上げたくて、少し強引に切り出す形となった。
「まだ日が昇っているし、ちょっと行こうか」
「どこへ?」
「街の中へ」
◇
「――わあっ……すごい……本当に絵本の中みたい……!」
俺たちの前で待ちきれない風に駆け出し、通り過ぎるテイムされているモンスターやら、並ぶ露店やらを見て興奮気味に叫んでる深山。
「テンプレみたいにベタベタなRPGの世界観……」
対照的に未はさほど興味なさそうな目で、そうぼそりと感想を述べていた。
「深山、目立つからそんなにはしゃがないで」
「あっ、は、はいっ」
慌てて自分の巨大な帽子を落とさないように手で押さえながら俺たちの元へと駆け戻ってきた。微笑ましい。
「……うん。未のおかげで上手く隠れてる」
「ずいぶんな力技ですね……」
そう、確かにかなりの力技だった。
改めて実際に操作モードにして確認してみたが、あの巨大な帽子とリボンによって頭上30cmほどに浮かぶ『ミャア』のネーム表示は、じっと目を凝らさないと読めないほど完全に重なってしまっている。
もうこうなってしまえば魔法使いとして初期装備の服装をしていることもあって、周囲からは『変な帽子を被ってるな』ぐらいの認識しかないだろう。
「じゃあ深山……とりあえず未の買い物が優先だから付き合ってくれる?」
操作モードを開いたついでに、所持金を確認。
財務大臣の凛子から1万E.を一時的に預かっている。
……日本円にしてたぶん100万円前後か。
家は買えないけど、ちょっとした買い物なら充分な金額だろう。
「はいっ……どんなモノを買うんですか?」
「衣装のための生地と、あと未の剣につける装飾の宝石、かな」
こくこく、と黙ってうなずく隣の未。
「深山も買いたいモノとかある?」
「え……わたしは、その……」
ちょっと考える風に視線を落としてから。
「……わたしも服、欲しいです」
「それは大丈夫。未が作ってくれるって」
「え」
「どんな服が欲しいか言って……レイカ」
「未ちゃん……!」
「手を取らなくていいです……暑苦しい……」
うんざり気味の未の瞳だった。
「あ。未が作ってくれるのはスキン――……見た目の服装だけだから、その下につける防具とか、可能な限り良いモノを揃えようか」
「はいっ!」
「あと、図が描けないからやっぱり紙と筆記用具も必要そうだな。もし存在しているなら、ホワイトボードみたいに繰り返し消せるモノが良い」
「うん……作る服のイメージを合わせるためにも欲しいです」
「じゃあ布生地を取り扱っている店へと向かいながら、色々見て回ろうか」
「はいっ!」
とりあえず、ということでまずは露店が集まっている表通りを目指すことにした。
◇
「香田君……! 剥製……! モンスターの剥製なんてあります!!」
「ははははっ、すっごい迫力だなぁ。俺らの部屋に飾る?」
「……ううん。凛子ちゃん先生に怒られそう」
「確かに」
目的の布生地と深山の防具、そして装飾の宝石を買ったその足で、周囲にある露店を見てまわる俺たちだった。
傾向として、店舗での販売は武器や防具などの限定的で専門的な品揃え。
対しての露店は雑貨やゴミ同然のジャンク、マニアックな商品などが一貫性もなく雑多に並べられているところがほとんど。
ただの布を地面に敷いただけの露店も多く、通りにずらりと並ぶこのロケーションはフリーマーケットに雰囲気近いかも。
「兄さん……あれ」
「ん?」
「兄さんの名前があそこにあります」
「ああ。賭けか、あれ」
なるほど。自由だなぁ。
今度の大会の、すでに出場が決まっているランキング10位以上に対して優勝者を決める賭けをやっている店があった。
深山のことがバレたら面倒なので近づかないが、俺に対するオッズはちょっと気になるかも……。
「見てきます」
「あ、おい」
無名の新規プレイヤーである未が、人の集まっているその賭けの店へと小走りに向かう。そしてそれとほぼ同時に。
「こ、こ……香田……君……!」
「ん?」
くいっ、くいっ、と俺の服を引っ張りながら深山が震えたそんな声を出して俺を呼んだ。
「あれ……あれ……!!」
「え?」
何事かと思ったが、深山が指さすのは何の変哲もない道の反対側に位置する小さな露店。絵画か何かを販売しているようだった。
「絵でも部屋に飾るの?」
「違うっ……絵じゃない……絵じゃないの、あれっ……!!」
「へ?」
どうしてそんなに深山が声を荒げているのかさっぱりわからない。
どう見ても額縁に入った、写実的な絵画――
「――え」
俺もその画をちゃんと確認して……固まる。
「らっしゃいらっしゃい! SS屋にようこそぉ!!」
「エ、SS屋って……もしかしてスクリーンショット……?」
間違ってもシャイニングスターの略じゃないだろう。
ニコニコ笑って近づいてきた店主の男へと俺は指さして問い質した。
「ええ! 自分のユニークアイテム『フラッシュメモリ』は自分の見た映像をこんな風にボードとして出力可能なモノでしてね! それを活かしてこんな商売してるんすよっ!」
「じゃあこれ……」
「ああ、今月の更新番組から取った一枚っすね! 今、ウチで一番の人気商品っすよぉ!!」
「――~~っっ……!!!!」
後ろで深山が……大きく息を吸っていた。
それもそのはずで。
「ほら見て見てこのエロいウェスト! 人気爆発中の殲滅天使『ミャア』姫の貴重な一枚!! お値段たったの1000E.!!!」
「シルバーマジッ――」
「――ちょっ、待てっ、深山待てっ!!」
俺の背後でとんでもない一言を宣言しはじめた彼女だった。
「あれ、お客さん」
「お邪魔しましたあっ……!!」
手を引き、口を押え、無理やり深山を連れて慌ててその場を退散する。
「うーっ、うーっ……!!」
「ああ、ごめん……でも騒がないで、深山」
「……エロじゃないですっ……! そんなつもりでこれ着てません……!」
近場の人通りの少ない路地裏に入り、手を離すと……深山の口から最初に出た言葉はそれだった。
どうやら肖像権がどうとか、そういう問題じゃなかったらしい。
「いやしかし……ヨースケが言ってた通りだったなぁ。人気爆発中だってさ?」
「……何か、すごく複雑な気分……」
目をうるうるさせて、口をへの字にしてうつむいてる深山。
まあ気持ちは理解出来る気がした。
「香田君以外の人に、エッチな目で見られたくない……」
「……それは、どうも」
じゃあその腋がガバッと開いている衣装、どうにかしないと……なんて内心思っていると。
「おねーさん、だいじょぶなの?」
「えっ?」「うん!?」
そんなちょっと舌足らずな声が奥の物陰から届いてくる。
誰も居ない路地裏と思っていたから、内心かなりびっくりしてしまった。
「そのおにーさんに、いじわるされてない……?」
その物陰から歩き出て来た声の主は、その声にぴったりな容姿だった。
金髪の大きなツインテールが印象的な、蒼い瞳の幼女。
……年齢はいくつぐらいだろうか? 10歳……ぐらい?
「あ、うん。ありがとう。お姉さん大丈夫だから」
「そう。よかったの」
飴玉でも舐めているのか、コロコロと口の中で何かが転がっている。
「キミこそ大丈夫? 誰かとはぐれてない……?」
「ん。みーはだいじょぶ。ありがとなの」
深山が少ししゃがみ、幼女と同じ視線の高さになってそう真剣に尋ねるが、当の本人は屈託なく笑って返事していた。
「みーちゃん、っていうんだ?」
「うん。おねーさんといっしょなの」
「え?」
「みゃあ、でしょ?」
「えっ、あ、うん」
慌てて深山は自分の被っている帽子へと手を伸ばすが……変わらず頭上にそれは存在していた。
つまり顔でバレた、ってことだろう。
改めて深山の知名度の高さを感じた。
「ねえキミ。お歳はいくつ……?」
「んー」
そう質問している深山もたぶん俺と同じことを思ってる。
『こんな幼い子が、こんなゲームやっているのだろうか?』と。
「せんと、ここのつ」
「千……!?」
「みゃはははっ、いーおーいーで、そんなの意味ないの!」
これは深山が一本取られてしまったな。
確かに年齢設定を変えられるEOEで、見た目の年齢は意味を成さない。
そしてリアルに関する質問も真面目に答える人はいないだろう。
だからそんな質問、意味がない。
……まあ、そうやって自己防衛が出来るような知恵がある子、ということであれば俺たちがこれ以上心配する必要はなさそうだった。
――ピッ。
「ん?」
そんな幼女と深山のやり取りを眺めていると、唐突にチャットの着信音が頭の中に響いた。
『LaBIT>兄さん、どこにいますか?』
「ああごめん。ちょっと道を外れた。左上にマップ表示があるだろ? そこから俺たちふたり……白い丸がふたつ並んでいると思うから、それを探してここまで来て欲しい」
『LaBIT>わかりました』
端的にそれだけ返事をすると、未は俺たちと合流すべく移動を始めたみたいだった。マップの表示からそれが見て取れる。
「あの……香田君」
「うん?」
チャットを終えたことを察したのか、深山が話し掛けて来た。
「わたし……そろそろ宿に帰りたいと思います」
「え? もう疲れちゃった?」
「ううん…………香田君に迷惑、かけたくないから」
さっきのSS屋の一件、少し深山には堪えたみたいだった。
あんな高価な商品が成立しちゃうぐらいのレベルで、深山のことは人々に知れ渡っているらしい。
この小さな子が一発で『ミャア』と見抜いたことを考えても、もはやネーム表示を隠すだけでは足りないのかもしれない。
間違っちゃいけないのは、深山――ミャアが単なる知名度の高い有名人ではないってこと。
数えきれないほど大量のプレイヤーをまとめて殲滅してイベントのボーナスポイントを横取りしてしまった事実から、人気と共に嫉妬と憎しみが彼女を取り巻いているはずなのだ。
もし街角で発覚なんてしたら、昨日の昼間、凛子と歩いていて三位だとバレてしまった俺の時なんかとは騒ぎのレベルが全然違ってくるだろう。
そこまで考え、自分の立場を自覚しての『迷惑かけたくない』という深山の発言に思えた。
「――……ここに居ましたか、兄さん」
「あ、未。ごめん、置いて行って」
「いえ…………何かあったんですか?」
たぶんなぜかここにいっしょに居る幼女と、そしてしょぼくれている深山の顔が気になったのだろう。
珍しく空気を読んで合流直後にそんな確認をする未だった。
未も未で、ボディガード役の自覚があるのかもしれない。
「いや、そろそろ帰ろうかって話をしてただけだよ。なあ、あとは何か買うモノってあるだろうか?」
そう問われて、すぐに小さく手を上げる未。
「ポーションなんかはこの世界にあるんですか……? このパーティは回復系が居ないから、回復アイテムは手厚く仕入れておかないとダメ」
「それは確かにそうだなぁ……ポーションが実際にあるかどうかはわからないけど、少なくとも回復の手助けになる食べ物ぐらいは大会までに買って集めておかないとな。それは後日、俺が買っておくよ」
「……ううん。今すぐにでも欲しい」
「今すぐに?」
「未は……もっと強くなりたいです。あの犯罪者に勝てるぐらい……」
「経験値を稼ぎに行きたいってこと?」
「……はい」
もしかして、さっきの賭け屋で絶望的なオッズ表でも目にしたのだろうか?
犯罪者――……KANAさんにデコピンひとつで気絶させられたあの実力差について、未なりに焦りのようなものを感じているようだった。
「しかし……別行動は……うーん……」
深山を連れてあまり外に出歩けないと痛感した以上、もし未が経験値稼ぎをするならバラバラの別行動になることを意味する。
「ダメですか?」
「狩場が街の近くにあるとも正直思えない。しばらくは戻ってこれない距離になるだろうからな……いっそ行くなら街を出て全員で――」
くいっ、くいっと突然に俺のズボンを引っ張る幼女。
「ねーねー、おにーさん。みーのぽーしょん、買わない?」
「うん?」
「みーね、ぽーしょんの露店ひらいてるの」
「へえ! それはせっかくだし、すぐに買わせてもらうよ」
値段は問わないでおこう。色々探す手間を考えたら多少高くても問題ないと判断した。
「あとね……街から出なくても、けいけんち稼げるの」
「え?」
「こっち!」
「え。ちょっと」
幼女に引っ張られて、転びそうになりながら石畳の狭い路地裏を駆け抜ける。
非常に情けないことに、全力で走らされているこの最弱の一般市民だった。
こんな小さな子より弱いのか、俺……って、そういや見た目はEOEでは関係ないのだったな。
年齢もそうだし、レベルによる強さも見た目とは一切関係がない。
「――……は?」
操作モードからこの子のレベルを改めて確認して、我が目を疑う。
「レベル……341……???」
それは俺の知っている限り最高レベルである剛拳王より遥か上。
ラストクエストに登場したウラウロゴスに迫る、とてつもない数字。
そしてもうひとつ。
その隣にあるはずのネーム表示が、存在していなかった。
何……この子……いや、このプレイヤー……?
「はい、ここなの!」
「っ!?」
一気に視界が広がる。
路地裏を抜け、何かの広場へと出たのだ。
その広場の中央には、真四角な箱のような素っ気ない建造物がひとつだけ存在している。
「ここは……?」
「ここが、地の果ての果てなの」
「え?」
地平線へと沈む夕日を背にしてその小さな四肢を広げ、どこか誇らし気に『みー』と名乗る見知らぬ幼女は微笑んでいた。
「最果ての地に、ようこそなの」





