#062 閃き
「行ってきま――――すっ……!!」
元気なそんな言葉を残し、凛子が光の粉となって岡崎と共に目前からサラサラと消えていく。
そうして夜の宿屋のこの一室には、取り残されたような気分の俺と、深山と未の三人が居るだけとなった。
賑やかな凛子と岡崎が居なくなると、急に静かになるなぁ。
「……兄さん」
「ん?」
しばし感慨にふけていた俺へと目もくれず声を掛ける未。ちなみに目下、作って欲しい大剣の仕様書を鋭意制作中だ。
「これを集中して書きたいので、そこのレイカと共に部屋を移ってくれませんか」
「え……未ちゃん……?」
「勘違いしないでください。未はレイカのライバルです。兄さんの子を宿すのは未の役目です」
「は、はい……」
何を勝手に役目主張してるのやら。
「純粋に、邪魔なだけ」
最後にこれ以上ないってぐらい冷めたその視線を主に深山へと向け、そう言い放った。
気を遣ってくれているのは間違いないだろう。
しかしその上で『邪魔』というのもたぶん本当。
何かを真剣に考える時、いつも未は独りになりたがる。
洋服を自分で制作している時なんか、飯すら拒否して一日中自分の部屋に籠るのがいつものことだった。
つまり今この瞬間においては利害が一致しているということだろう。
「深山。ちょっと俺たちの部屋に行こうか」
「え。はいっ」
まだ戸惑っている様子の深山の白く細い手を取って、ヨースケの部屋をそのまま出た。
「――下、にぎやかになってきてるなぁ」
この宿屋の一階部分はテンプレ通りに酒場も兼ねている。
『お酒』という異常ステータスを発生させるアイテムをガンガン服用している戦士や魔法使いなどのプレイヤーたちの様子は、中央の吹き抜け部分から良く見て取れた。少なく見積もっても軽く10人程度はバカ騒ぎをしている感じだ。
「香田君、降りるの?」
「いや、まさか」
お酒は20歳から――なんて常識がゲーム内で通用するか定かではないが、そうではなく純粋に深山が注目の的になりそうでそれを危惧しただけ。
からまれるだけならまだマシで、恨みのある人とそのままバトルとかもあり得そうだ。怖い怖い。
……そう考えると、事前にヨースケに教えてもらえて本当に助かったな。
正直、俺は自分たちが有名人である自覚なんてほぼ皆無だったのだから。
「部屋、行こうか」
「っ……!!」
「深山?」
「は、はひっ……!!」
「?」
何を今さら、と思う。
深山と二人きりなんて、もう何度目か忘れたぐらいなんだけど……。
こんなに意識してくれるのは嬉しいが、しかしちょっと違和感もあった。
「……っっ……!!」
手を引いて自分たちが借りた部屋へと向かうと、それこそもう深山の顔が爆発でもするのかというぐらいに耳まで真っ赤に染まっている。
人間ってこんな真っ赤になるのかと感心してしまうぐらいだった。
「大丈夫?」
「は、ひっ」
「???」
あの深山が、視線を合わせられなくてうつむいてる。
こんなのいくらなんでも普通じゃない。
なんだか深山が倒れそうな気もして心配になり、立ち止まることにした。
「……どうしたの、深山」
「こ、ここ、香田君、こそっ……ど、どしてそんな普通、なのっ!?」
「ん~?」
少し思い当たる節を考えてみるものの、正直さっぱりだ。
つまりはふたりきりになるから男女として意識してしまうって話なんだろうけど、それこそ深山とは赤裸々な恥ずかしい告白をし合ったほどの仲なわけで。
「ごめん。よくわかってないかも、俺」
「…………そ、なんだっ……」
「え」
今度は今にも泣き崩れそうなほど思いつめた顔をする深山。
イカン……まずい。こんなに女の子の気持ちがわからないなんて人生の中でも指折り数えられるぐらいの悪い状況だ。
「こ、香田、君はっ……女の子とっ……そのっ、いっしょに、ほ、ほ、ほホテルとかっ、行き慣れてるのかも、知れないけどっ……!!」
「はあ???」
これにはさすがに、素っ頓狂な声を出してしまった。
「いやいやいやいや、行ったことないって!? どうして今ここでそんなホテルだなんて――……」
あれ?
「……あー」
「ほ、ほんとっ!? 香田君、嘘ついてないっ!?」
妙に確認したがっている真剣な深山はちょっと置いといて、俺は深山がこんな真っ赤になって緊張している理由がようやく判明して、合点が行ったとそういう感心ばかりしてしまう。
「はははっ、なるほど。確かにホテルと言えばホテル、か」
「――~~っ……!!!」
能天気に笑う俺を見て頬をぷくっと膨らませて怒ってる深山。
「ごまかさないで! ちゃと答えて!」
「ごめんごめん。そんな怒らないで、深山さん」
「もうっ、だからぁ!!」
俺のそんな『教室の深山さんになってますよ~』っていう軽いけん制も通じないほど必死な深山が――
「――可愛い」
「か、かわっ!? ちょっ、ご、誤魔化さないでぇっ、そんな言葉なんかにっ」
条件反射的にそう深山が口走ってから数秒沈黙して。
「…………ごめんなさい。今の……無し、で、お願い……します。『そんな言葉なんか』じゃなかったです…………すごくすごく嬉しい、ですっ」
うつむいて顔を見せてくれない深山が謝罪の言葉を口にしていた。
「――でもそうじゃなくて……ね……あの、だから、そのっ……」
よっぽど俺に顔を見せたくないようだ。うつむいたまま顔の胸へと寄りかかり、俺の服を握ってる。
……ここまでしどろもどろな深山って、かなり珍しい。
「えーと……じゃあ真面目に答えるけど。もちろん女の子とホテルなんか行ったことないよ……? というか今まで女の子と付き合ったこととか、ないし」
「…………」
「みーやーまー」
「ひうっ」
いつまでたっても顔を上げてくれないから、寄りかかっている深山の腰を捕まえて抱き寄せた。必然的にうつむく姿勢が出来なくてのけ反るように顔を上げてくれる。
「え……泣いてる?」
「えうっ……えぐっ……」
「ごめん。その」
参った。
さっきから俺も俺でちょっとおかしい。
深山の心の動きが全然掴めなくて戸惑ってしまう。
「わたし、こそっ……ごめ、なさいっ……わたし、ばっかり……盛り上がっちゃってて、馬鹿、みたいっ……でぇ」
「馬鹿みたいとか、そういうことはないよ。たぶん鈍感な俺が悪い」
「ううん、ううんっ……あはっ……おかしい、よねっ……こんな、ゲームの中のっ、ボロボロな宿屋でっ……ホテル、とかっ」
「ちょっと待ってて、深山」
「え……はい」
口で『そんなことないよ』と同調するのは、すごく簡単だ。
でも、深山にはそれをあまりやりたくない。
どうせボロが出る。頭の良い深山に見透かされる。
意味を重んじる深山と真に同調したいというなら、もっと深い部分から入らないとダメだ。
「……」
そうだな。
まずはいつもの陵宮高等学校に通う俺と深山、でいこう。
設定は……放課後。いや、下校途中かな。
俺はいつものように自宅に向かって夕焼けの空の下、道を歩いていると――憧れのあの深山さんと、道端で突然に出会う。
「……うん」
そのシチュエーションを想像して、少し緊張を覚えた。良い傾向だ。
そのまま想像を広げよう。
深山さんは、軽い挨拶と共に俺の横に並んで歩く。
どうしたんだろう? 何の用事だろう?
……きっと俺はそう戸惑う。
そんな俺の手を、無言のままおもむろに掴む深山さん。
『え?』と驚く暇もなくそのまま俺は手を引っ張られ、暗い路地裏へと連れ込まれてしまう。
『どうしたの、深山さん』なんて聞くけど、返事はない。
ただ、熱っぽくて汗ばんでる深山さんの手の温かさの印象ばかり。
『ここ……いっしょに入って』。
ようやく深山さんがしゃべったかと思うと、立ち止まる。
『ここ、って』。
見上げるとそこは、『休憩3800円』なんて生々しい表示が出されているホテルの前。
俺とはまったく無縁だと思っていた建造物。
その存在を意識すらしたことなくて『こんなところにこんなのあったんだ』なんて妙な感心をしていると。
『ほら、こっち』とそう言って、深山さんが問答無用に俺の手を引いてホテルの入り口へと一直線に向かう。
『ちょっと、深山さん!? 深山さんっ!?』。
俺の言葉なんて無視して、深山さんは俺をホテルへと連れ込んだ。
全然こんなの、心構えとかまったくしてない。
え、なにかの冗談じゃないのか? 罰ゲームとか? いじめ??
『……っ』。
否定しようとするそんな逃げの思考は、この繋いでる手でいとも簡単に否定されてしまう。
熱くて汗ばんでる深山さんの手から、強烈なほど彼女の気持ちが伝わってくる。いや、熱くて汗ばんでるのはきっと俺も同じ。
こんな綺麗な人と……あの深山さんと、俺……これからっ……??
「――――……ああ、うん……湧いてきた」
「……??」
首を傾げ、大人しく黙って待ってくれている深山。
憧れのかわりに愛くるしさが。そして未知への緊張感のかわりに既知の興奮が込み上がってくる。
「ごめん、お待たせ。確かにこう……違う、かも」
「違う?」
「森の中じゃなくて、建造物の中だと変に意識しちゃうかなって」
「え――あ、うん……!」
ずいぶん時間が掛かっちゃったけど、深山にちゃんと同調することが出来た俺だった。
深山の気持ちが……あの緊張が理解出来た気がした。
「そっか……これから深山と、ホテル入っちゃうのか」
「も、もうっ、今さらそんな――」
深山の手をぎゅっと握ってみせる俺。
「――嘘じゃないよ。今さら遅れてだけど、俺もドキドキしてきた」
「あ、ぅ」
遠回りをしてやたら時間が必要だったけど、ちゃんと妄想して正解だった。
おかげで俺は、自信を持ってそう言えた。
きっとその言葉は取り繕う嘘じゃないと、ちゃんと深山にも伝わったと思う。
「じゃあ深山、入ろうか……?」
「ま、待ってぇ……そのっ、わたし、えっちなこと――」
と口走っているその最中、慌てて自分のその口を手で塞ぐ深山。見れば俺の背後――廊下の向こうから違う部屋に泊まる見知らぬプレイヤーが現れ、俺たちの横を呆れた顔つきで素通りしようとしていた。
『エロいこと出来ないのにゲームの中で頑張るねぇ』みたいな風にきっと思われていることだろう。
「とりあえず……入ろうか」
「は、はいっ……」
俺たちはずいぶんとまた極端にボリュームを抑えた声でその意思を確認し合うと、そのまま借りた206号室の扉へと歩み寄り、鍵で開いた。
――……バタンッ……。
木製の扉は思ったより滑りが良く、想像よりずいぶん大きな音を鳴らして閉まる。
「……」
「…………」
深山が黙ったまま、俺の胸の中で顔を埋めている。
伝わってくる深山の体温と鼓動。あと、深山らしいフローラルな香り。
「あの、ね」
「うん?」
すっかり伝播したのか、それとも事前にイメージを膨らませたのが効いてるのか……今さらながら本当にすごく緊張してきた俺だった。
つまり、思い知る。
例えば深山と男女として意識し合うのに麻痺してきた、とかじゃない。
これは単に足りないだけ。
単に俺が他所事ばかり考えを巡らせてて、深山とこうしてふたりきりで借りた宿の部屋に入る、という状況になった時のことをちゃんと想像してなかっただけなのだと理解した。
「……えっちなこと、しませんから」
「え」
そう言われてどれだけ自分が期待していたのか、ようやく自覚してしまう俺だった。さぞかし今、絶望感たっぷりの顔をしていることだろう。
「香田君に……あんなつらい思い……もうさせないからっ」
「いや、気にしなくても――」
「――嫌です」
さっきまでのあの取り乱し具合はどこへやら。いつの間にか今度は冷静な顔つきで真っすぐに深山が俺を見詰めていた。
そこには誓約によって振り回されている時のような狼狽や戸惑いは一切見えない。
確たる強い意思がうかがえる。
……もうちょっと、こう……他意があるというか、我慢してる風な影でもチラリと見えたら俺も強引なことが出来そうなものだが、こうも迷いなく強い意思を見せつけられてしまうとそれも出来ない。
「じゃあ何でさっき……あんなに緊張してたんだよ?」
あれ? 微妙に俺、怒ってる……?
自分で自分の声に戸惑ってしまった。
つまりは『火を点けたくせに責任取ってくれよ!』みたいな感じか。これ。
「それはしますっ……香田君とホテル入るなんて……緊張するもん……」
「エッチなことしないのに?」
「しなくてもっ!」
「……そーですか」
まったく勝手だなぁ、このお嬢様は。
「残念だ」
「っっ……!!」
なので軽い仕返しで、怒りの一撃を食らわせてやった。
ここまで自分からそういう能動的な発言をしたことって、たぶんあまりない。
だからきっとそれなりの破壊力があると思う。
――いや、まだ足りないか。
「深山」
「だめっ……だめっ……!!」
そのまま壁まで深山を追い込んで、逃げられないように手で退路を塞ぐと。
「深山は……嫌なの?」
耳元でささやいてやった。
「そ、それぇ……質問っ……!!」
あ。ごめん。そのことすっかり忘れてた……ちょっとした仕返しのつもりが、意図せずデリケートな誓約を発動させてしまっていた。
「や……いやっ」
深山が左右に首を振って、何とか誓約から逃れようと抵抗していた。
でも俺は罪悪感に苛まれながらも、決してそれを手助けしたりしない。
だって過去の経験で無駄だと思い知ったから。
防ごうとすればするほど、むしろ深山を極限まで苦しめることになる。
だから俺は罪悪感を胸に抱えながら。
「深山」
「あ――……んっ」
そのまま唇を一度奪う。
それは決して発言を拒むものじゃなくて。
「深山の……正直な気持ちを聞かせて?」
むしろこうして追い打ちをかけるための行為だった。
「――嫌……なのっ」
大粒の涙を落とし、深山がその上で拒んだ。
つまり本心だってことだった。
「嫌……絶対に、嫌っ」
「深山」
「嫌なのっ……!」
「俺のことは心配しなくていいから」
今さらながら、俺は自分が失敗していたことを理解した。
深山に苦しむ俺の姿を見せるべきじゃなかった、と。
いやしかし……だって、単に俺がちょっと苦しむだけの話だろ?
正直それがこんな強烈な影響を深山の心に与えるとは考えもしなかった。
「ごめんなさいっ……ごめんなさ、いっ……わたし……勝手、でぇ……」
「いや、俺こそ悪かった。ごめん」
いよいよ泣き出してしまった深山の震える身体をそっと抱きしめる。
俺が俺に対して無頓着であることが、こんな形で足を引っ張るとはなぁ……。
「深山。とりあえず座ろう?」
「は、い……」
深山の了解を得てから、ふたり並んでベッドの端に腰掛けた。
そして改めて猛省する。
今まで、盲目的に誰かのことを最優先にすることが、その人への愛の捧げ方だと俺はどこかでそう考えていた。
むしろ自分の利害を度外視すればするほど、真実の愛とやらに近づくのだと思っていた。
でもそれは、どうやら間違っていたようだった。
大切な相手が大切に想う俺のことを、俺は軽視していたのだ。
とても難しいことだけど……深山のために、俺は俺のことを、もうちょっと大切に考えなきゃダメだ。
「…………香田君の、部屋がいい」
「え」
頭を抱えて反省を繰り返す俺のその隣で、深山が沈黙の中ぼそりとつぶやいてくれた。
「将来……その。いつか……あの。香田君の……部屋がいい……」
「あ、ああ……うん」
「ホテルとか、そういうの……冷たい感じがして…………少し嫌」
「深山の部屋は?」
「わ、わたしの部屋…………」
しばらく沈黙して。
「…………無理」
うな垂れるように深山が顔を伏せて首を小さく左右に振っていた。
『ダメ』じゃなくて『無理』という表現から真意を汲む。
たぶん俺があの豪邸の中に入ることは、かなり困難なミッションなんだろう。
「じゃあ……俺の部屋で」
「……っっ!!」
どうしてそこで驚くような顔をするのだろう。
俺も深山のこと、わかっている風でいて実は全然わかってないんだなぁと実感する今回の一件だった。
「そのためにも早くログアウトしなきゃな?」
「は、はいっ!!」
ようやく落ち込んでいた深山の瞳に、キラキラとした輝きが戻りつつあった。
「じゃあ、あのっ……香田君。良かったら別のお話、しませんか?」
「え? うん、いいけど」
わざわざそう切り出す少しぎこちない深山。
「何の話をしようか?」
「え? えーと……そのっ……えと……」
「うん」
まだ緊張してる?
どうして?
まだまだわからないことだらけの深山だった。
……まあ、そりゃそうか。
やたら濃密なこの数日間ではあるけれど、しょせんはまだ数日なんだ。
具体的には『ミャア』として深山が俺の目の前に現れたのが……たぶん10日ほど前になる。
そんな短期間じゃ、まだまだわからないことのほうが多くて当然だと思う。
そりゃ、ふたりきりで他人行儀にもなってしまうだろう。
「……まだ10日なのか」
「え?」
特に話題が見当たらないのか悩んでいる風な深山に先んじて、俺からそう話題を振ってみた。
「ほら。深山とこうしてちゃんと話すようになってからの期間の話」
「え……あ、はい」
少しきょとん、としている深山だった。
「そっか、まだ10日間か……指輪はちょっと早すぎたかな?」
「えっ、やだ! 返しませんっ、返しませんからっ……!!」
「ははははっ、うん。意地悪なこと言ってごめんね。もちろん返さないで」
指輪を隠すように手のひらで包んで胸元に埋める深山の仕草が可愛い。
「――それにわたしは……10日間じゃない、から……」
「うん?」
この『可愛い』も口に出して伝えようかなと考えていると、そんな不思議な言葉が深山から出て来た。
「一年……もう一年間以上になります。香田君のことを好きになってから」
「……そっか。そうだったね」
これですべてのピースが揃った気がした。
深山だけ『ふたりでホテルだ』って真っ赤になってたり、今もこうして緊張しているその理由を正しく説明することがようやく俺にも出来る気がした。
……全然違うんだ。
俺と深山では、育んできた愛の大きさが。
初めて夜を共にした時のあのお見合いみたいなやり取りで理解したつもりだったけど……俺も深山のことが好きになって、それであぐらでもかいていたのか、すっかりその認識が頭から抜け落ちてしまっていたらしい。
俺も、頑張って追いつかないとな。
深山ばっかり空回りさせちゃってて、申し訳ないや。
「ほんと……夢みたい……香田君と、こうしてるなんて。例え魔法のためのアイテムだったとしても……指輪……贈ってもらえるなんて」
「もちろんそれだけの意味で贈ったわけじゃないよ?」
「……はい」
愛しそうに指輪を指の腹で優しく撫でて微笑む深山。
うん、やっぱり形あるモノって強いんだなってこういう時にそう思う。
どうも深山って俺からの気持ちに対して懐疑的な部分が散見出来たけど……しかし指輪を贈ってからそれは少し改善した気がする。
「あの、じゃあ……魔法のお話、しませんか?」
「うん? 魔法?」
「はい。違う話題」
撫でていた指輪を俺へと見せながら深山がうなずく。
「どうしてふたつの指輪、なんですか? きっと香田君のことだから……ちゃんと何かの計画や計算があって、選んだんですよね?」
「まあ、多少は……もちろん主な目的としては、深山は俺のモノだっていう証明として贈ったからね? それだけはちゃんと主張しておく」
「っ……はいっ……わたしは、香田君の、モノ」
何度口にしても『思い上がったこと言ってるなぁ』と自分でそう思うし、そもそもこういう発言自体が俺のポリシーに反しているとも感じるけど、でもそんなのは関係ない。
深山にとって一番聞きたい言葉は、これなんだ。
「まず大きなヒントになったのは……アイテム博物館というところに展示されていた過去のレアアイテム。その魔法使い専用の指輪型の武器には五つも宝石――いや、媒体が施されていたんだ」
見せてくれた深山の白い手を取り、俺もその指輪を撫でる。
「それで所持出来る媒体の数は、決してひとつと定められているわけじゃないことを理解した。あと、大きさがイコールで魔力の容量というわけではないことも知った」
「それで両手にひとつずつ……? でも香田君。そのレアアイテムはひとつのアイテムに五つの媒体を宿していたんですよね? ふたつ別々に装備出来ることの保障にはならないと思います」
「ああ……それは特には心配してなかったかな?」
「どうしてですか?」
すっかり俺からの話を真剣に聞いてくれている深山だった。
集中した瞳をしている。
細かいことだけど、今の深山が敬語を使っているのも俺から『授業を受けている』という認識によるものかな、なんて想像をつけてみた。
どうやら俺のこと、先生にしたい風だったしな。
「EOEを始めた当初、俺、石を割って手作りの武器を用意したことがあるんだ」
「えっ……あ、は、はいっ」
実際に取り出して深山に見せてあげたいけど、いつの間にかあの『七の欠片』はアイテム欄から消失していた。
正直、いつ失ったのかも覚えてない。
まあもう使うこともないだろうから消失しても別にいいんだけどね……。
「その武器は、弱い攻撃力を補うためによく両手にそれぞれ持っていた。つまり両手に武器を装備することは可能だって、既に過去に証明していたんだよ」
「でも……両手バラバラに装備している媒体へと同時に魔力を取り出すことが可能かは、また別な話だと思います」
「そうだね。というかたぶん不可能だと予想してるよ」
「えっ」
「武器屋の店主の話だと、その指輪の媒体としての容量はそれぞれ46ずつらしい。だからと言って合計92の魔力を一度に取り出せるわけじゃなく、あくまで46×2だろう」
「……それって、意味あるんですか? 同時に使えないなら指輪ひとつでも同じように46という魔力を取り出すことを何度も繰り返せると思います」
いつも思う。
こうやってディスカッションしてくれる深山って本当に有り難い。
魔法を研究する上で欠かすことの出来ないパートナーになりつつあった。
「それが、ありそうなんだ。今回の更新から特別な意味が発生するんじゃないかと予想しているんだよ」
「……今回の更新から?」
「そう。具体的には魔法発現における魔力の処理方法が変わった。元は術者――例えば深山自身から魔力が引き出され、それが直接魔法となって放たれていた」
「はい」
「でも今回の更新で、間に媒体が挟まれるワンクッションの工程が増えた。つまり深山から媒体に魔力が渡され、次に媒体からの魔力が魔法となって放たれる」
「…………どう違うのでしょうか?」
どうやら違いがわからない様子の深山が、少し悔しそうに眉を下げている。
「それって媒体に魔力を渡した段階で以後、術者――深山は魔法に関与しないことを意味していると俺は解釈したんだ」
「???」
「つまり、魔法を放つ上では、術者の深山は途中から必要なくなる。媒体に魔力を渡した後の深山は、たぶんフリーになると踏んだんだよ」
「あっ」
察しの良い深山がそれで俺のアイディアに辿り着いたようだった。
「そう。さっさと次の魔法の準備――別の媒体に魔力をまた渡せばいい。それを交互に繰り返す。これで劇的に連射速度が上がるはずだ」
もちろん媒体がひとつでは魔法を放つ処理が残っているので成立しない。なのでふたつの媒体を左右別々に用意したという寸法だった。
「わあ……じゃあこれで『多段攻撃出来る』の条件がクリアっ!?」
「うん。もちろん実際の検証をしてみないと確かじゃないけどね。まあ理屈で考える限り、ほぼ間違いないと思ってるよ」
「すごい……香田君、すごいです!」
熱っぽく褒めてくれる深山だった。
なんだか博士と助手の掛け合いみたいだな、これ。
「後は『どんな素早い敵にも当てられる』の部分だなぁ……これさえクリア出来ればほぼ解決なんだけど、誘導するにしても、速度を上げるにしても威力と両立が難しそうだ。何かアイディアがあれば良いんだけど」
これはもうここ数日、ずーっと頭の片隅で悩み続けている問題だった。
ちなみに深山に掲げた宣言は以下の通り。
『どんな素早い敵にも当てられる、実用的で軽くて多段攻撃出来る、魔力消費が40以下の、でも呪文の詠唱をして深山が使ってて楽しい、ちょっと隙のある派手な魔法』。
さらに贅沢を言えば複数の敵を同時に狙え、深山の安全性が高いとベスト。
……一言で言い表わすと、ムチャクチャな条件である。
「この『多段攻撃』だけではダメなの? 当たらないの?」
「うーん……さすがにマシンガンのように連射出来るってわけでもなくて、早くて1~2秒に一発って感じだろうからね」
もう少し言えば、呪文の詠唱もからんでくる。
例えば『あ』とか『い』だけで発射出来るならある程度の連射も可能だろうけどね……それはたぶん決して深山にとって『楽しい』モノではなくなるだろう。というかそんなの、普段のおしゃべり中にも暴発しそうで恐ろしいことこの上ない。
「素早い敵に当てる……か。例えば飛んでる鳥を撃ち落とすイメージなら、やっぱり銃のようにとんでもなく移動の速い魔法でないと難しいよなぁ……逆に言うと、限られた魔力内での最大速度でどれだけの威力が出るのやら。深山、さっきのも含めてこれらの実験を後日手伝ってくれる?」
「はい、もちろんです! 何でしたら今すぐにここで!」
「おいおいっ、建物を壊す気かっ」
「ううん。とりあえずは左右の指輪の媒体で、交互に放てるかだけでも。炎が移動しない<エムフレイム>なら、自分から当たりに行かない限りは建物の中でも安全ですよね?」
「いや、それだと床が焦げちゃうから、もし実験するなら移動しない<エムフレイムバレット>みたいな宙に浮いているものを新しく創っ――」
――それはまるで、突然に雷が落ちたみたいな衝撃的な閃きだった。
まさにコロンブスの卵。
そのワンアイディアだけで、一瞬ですべてが解決した。
「…………」
なら、詠唱は――。
つまり逆に――。
じゃあいっそのこと――。
ブレイクスルーを果たした俺の脳みそは怒濤のように次々と答えを導き出す。
それはまるで、確かな『ピース』を見つけたジグソーパズルがある瞬間から見る見る間に画を完成させていくあの感覚にすごく近いものがあった。
「香田君……?」
「それだあああ、深山ぁ!!」
「ひきゃあっ!?」
嬉しくなって、横に座る深山を思わず抱きしめた。
「ま、待ってっ、こ、香田君っ、こ、これ、はぁっ……!」
そのまま勢い余ってベッドの上へと押し倒してしまった興奮状態の俺。もう知るか、そんなこと!
「ありがとう、見つけた! 答え、見つけたっ!! これ、深山のおかげ!!」
「え、ええっ!? ほ、ほんとっ!?」
今回は問題が難し過ぎたのか、ここまでがあまりに長かった。
だからその分、達成の感動もひとしおだった。
「まったく俺はっ……これだからゲーム脳はぁ……イメージに囚われ過ぎだろっ……当てようと思うからダメなんだってば……簡単な話だろ、これ!?」
「あ、あの、香田君っ……?」
「――え。ああ、ごめんっ」
ただ一方的に抱き付いて独り言をつぶやいているだけなことに気が付くと慌てて起き上がり、解説することにした。
「じゃあ改めて伝えるよ。深山へ贈る新規魔法の構想を」
名称は後に深山にまた決めてもらうとして……とりあえずこの新規魔法、ずいぶんとふざけた内容になるだろうことだけは確かなようだった。
悪ノリが過ぎるというか、悪魔的というべきか。
……いや、それでいい。
煽るぐらいでちょうどいい。
今回の魔法の性質から鑑みても、むしろそうあるべきだ。
元々が更新番組での深山――ミャアのマイクパフォーマンスの時点から、俺たちは大会を掻き乱す悪役側のポジションだったのだろうし。
「音ゲーでいこう」
「え?」





