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#060 ロマンの追及

「――すみ。はい、これ」

「え?」


 作戦会議も一段落ついて、凛子の必殺技のネーミング大喜利の辺りからもはや雑談モードに突入しつつある火竜のみんな。

 かくいう俺も特に皆の首根っこ捕まえて確認しなきゃいけないことも思い浮かばなくなってきたので、未にプレゼントを渡す用事を済ますことにした。


「お土産」

「…………裁縫道具?」

「そう」


 じー……っと手渡された、針やらが詰め込まれた小箱と折り畳まれた布生地を眺めている未。


「布はどんなの欲しいかわからないから、とりあえずありったけの白色と、レース生地と。あとテキトウに見繕ってみたよ。気に入らなかったら後で買い足してくれ」

「ん……」


 未はまるで検品しているかのようにシビアな目で布の束を見つめ続けている。おや、もしかしてすごく――


「――ちょっと未ちゃん!?」

「え。はい」

「お兄さんがお土産買ってくれたんだよっ? 何かもっと言うことあるでしょっ!?」

「ああ……凛子、その気持ちはありがとう。でも、いいんだ」

「良くないようっ!?」


 どうやら前みたいに年上の者として社会の常識を教えたい凛子のようだった。収まりきらない様子の彼女を無理やり引き寄せて、胸の中にしまい込む。


「む、ぐぅ……にゃ……そ、そんなっ、ちから、技ぁ……にぃ、負けっ……」


 負けてる。余裕で負けてる。

 すっかり赤らめた顔を自分から俺の胸の中に沈めて、骨抜きになっている凛子。


「……そうでしたか。それはすみませんでした」

「いやいや、気にしなくていい」


 そう、もう充分過ぎるほどなんだ。

 凛子には見分けがつかないのかもしれないが、俺の目から見れば言葉なんかまったく必要ないぐらいに見るからに未の瞳は喜びで輝いていて……だからそれですでに大満足だった。

 我を忘れるほど大はしゃぎで喜んでくれている相手に『ほら、感謝の言葉は!?』ってお説教してしまうのは、ちょっとナンセンスだろう。


「全部お見通し、みたいな顔をしてくれますね」

「ん? そんな顔してた?」

「ええ…………まったく……兄さんには敵いません」


 普段ならそこに『気持ち悪い』とか『嫌です』とかの単語が入るのだろうな。素直になる、という誓約の効果は絶大なようだった。

 ……ちょっと素直な未は物足りない、とか言ったら不謹慎だろうか?


「では兄さん」

「ん?」

「……嬉しい、です。ありがとうございます」

「ああ、うん……」


 ぺこり、と小さく頭を下げる未。

 前言撤回。

 長年手こずっていた兄としては、やっぱり万感の思いだった。


「あ。そうだ、未。ひとつだけお願い事があるんだけど」

「? 願い事……?」

「実はひとつ作って欲しい物が――」


 ――ガチャ。


 そんな俺の話を遮るように、ノックもなしに唐突に部屋のドアが開けられて全員の視線がそっちへと半ば強制的に向けられた。


「よう、LaBITちゃんもお目覚めかい?」


 それもそのはず、この部屋の借主であるヨースケだった……って。


「ラ……何?」

「LaBITちゃん」

「はい」


 未へと手のひらを差し出してまるで紹介するように俺へと教えてくれた。

 ……ああ、そんなネームで登録してたんだ?

 表記を確認したくて操作モードから未を確認すると、確かに未の30cmぐらい頭上に『LaBIT』の表示があった。

 ……ついでだから忘れていたブックマークもしておこうか。


「なあ未、いつもの『ゴーダ』はどうした?」

「それは男性キャラ専用だから」

「……なるほど」

「???」


 さっきから胸の中で『?』を連発して首を傾げている凛子には悪いが、説明が長くなるのでここはスルーさせてもらおう。

 そう。いつも未はネトゲでは男キャラ『ゴーダ』でプレイしているのだ。

 ちなみにその理由を本人に聞いたことはないが、たぶん間違いなく女キャラだと言い寄ってくるナンパ目的のプレイヤーとか居てウザったいからだろう。

 これ以上ストイックな人は見たことないってぐらいにゲームに対して真剣なガチ勢の未にとっては、そういうのが最もいらない要素なのは間違いない。

 ……んで、EOEは性別を偽装出来ない。

 よって俺が確認する限りで初めて女キャラ『LaBIT』をこうして目にしているわけだ。まあ見た目は100%未そのまんまだけどね。


「しかし、LaBITって……もしかして凛子から言われて?」

「…………ええ」

「だってさ? 凛子の言葉を参考にしたみたいだよ」

「ほへ?」


 いまいち凛子は理解していない風だが、地味にこれはすごいことだ。

 サブキャラを作れないEOEで自分の名前のヒントにしてしまうなんて、よっぽど『ウサギの女王様』と呼ばれたことが未にとっては嬉しい出来事だったのだろうな。


「いやしかしそのキャラメイクすごいね? EOEだと銀髪って再現難しいのか、光沢のない真っ白な髪になっている人しか見たことないんだよ! その髪の指定って、どうやったんだい?」

「……」

「ははは、これは突然の詮索で失礼。おれはヨースケさ、よろしく!」

「……」

「未。武器作ってくれる人だよ?」

「…………よろしく」


 これ以上ないほど心を無にして機械的に挨拶を口にする未だった。

 まあこれでも未としてはかなり譲歩しているほうだろう。


「本名は『未』ちゃんっていうんだ? 香田の妹さんってことでいいのかな?」

「え、ああ――」

「――赤の他人です」


 そこは譲らない未だった。


「ちなみにこの赤の他人である『兄さん』専用の性処理担当者ですから、変な気は起こさないでください」

「…………」

「……」


 ヨースケとしばし絶句したまま見つめ合ってしまった。


「なあ……香田の趣味で『兄さん』って呼ばせてる、のかい?」

「いやいやっ! そんな趣味は――」

「はい。本当は嫌なのですが命令で……愛玩具ですから仕方ないのです」

「――……む、ぐ」


 確かに命令というかお願いはしたけどさ!?

 しかしここで反論すると『ではやはり孝人に』と言い出すのは確実なので、俺は何も言えない。


「そ、そうかいっ、了解了解! いやはや香田がうらやましいなぁ!」


 さすがの彼も戸惑いを隠しきれないのか珍しく切れ味の悪いヨースケだった。


「それで? LaBITちゃん専用の武器のことは相談したかい?」

「……はい。大剣を作って欲しいです」

「おお、いいねいいね! それでどれぐらいのサイズ? もしよかったら俺の露店用の在庫から――」

「――大きさはどうでも良いです……可能な限り攻撃力を高くしたいです」

「そりゃおれの得意分野だけどさ……具体的にはどれぐらい? 今ってレベル9だよね? 重量ボーナスが赤字にならないためには――」

「――いいから、最強を」


 今、瞳を閉ざしてるけど、それでも未がイライラしてるのがわかる。

 もちろん表面上には変化がないけど、あそこまで露骨に言葉を被せてくることはまず日常ではやってこない。


「最強って…………じゃあこれ、持てるのかい?」


 そう言いながらヨースケが手からポップさせたのは……思わず見上げてしまうほどの規格外に巨大なハンマー。天井ギリギリまであるから、たぶん2mはあるだろう。


「……」


 無言で未が片手を伸ばすと、やや慎重な様子でヨースケが浮いているその巨大なハンマーをそのまま未へと渡した。

 ――途端に現実のアイテム化して空気が僅かに震える。


「これは……おどろいた……」


 果たして現実に何kgあるのか定かではない。

 俺の持っているダガーの百個分以上だろうことぐらいしかわからないが、とにかくそれを……未はその華奢な白い腕で確かに抱えていた。しかも『片手』で。


「キミ、狂戦士様かよっ……女の子で狂戦士様って初めてだ!」


 見るからにヨースケは高揚している様子で握りこぶしを作っていた。

 そういやヨースケは、自称メガトン級の重量度外視な攻撃特化型の武器ばかり作っているマニアックな鍛冶師だったな。

 つまり数少ない『お得意様』なわけだ。狂戦士って。


「足りない」

「ん?」

「全然ダメ……これ足りない」


 巨大なハンマーを、くいっ、くいっ、と手首のスナップで上下に動かしている様は異様な迫力がある。この12畳ほどの部屋がめちゃくちゃ狭く感じた。


「足りないって……んなバカな!? 重量ボーナスどうなってるのさ? ちょっと聞かせてくれないかな!!」

「…………126」

「はいっ!? もちろん赤で、だよねっ!?」

「……」


 なんとも面倒くさそうに小さくうなずいてる未。

 なるほど。

 いくら手に限って装備出来る上限がかなり解放されている狂戦士とはいえ、このハンマーがレベル9の未ではとてもじゃないが持て余してしまうほどの、高レベルプレイヤー専用の武器なのだと理解した。

 それこそ俺の知っている最高レベルの戦士系である剛拳王ですらこれの装備は危うい気がする。


「えーと……ヨースケ。つまりそれって重量オーバーってことだよね?」

「そりゃそうだよ! 50でギリギリ。100超えたらまともに振れないっ、武器に振り回されちまう!」


 以前、俺が楽から奪った重量オーバーのダガーを振った時を思い出した。

 確か……50のマイナスだった気がする。

 あれで50かぁ。じゃあ100なんて確かに論外だ。


「これの二倍ぐらいで、作って」

「いやいやいやいやいや、これがウチにあるので最大だから……!! まだ誰もまともに装備出来てないロマン武器だから!!」


 攻撃特化型の武器ばかり作ってるヨースケがこんな風に頭抱えて否定するのは、きっと初めてのことだろうなぁ。


「なあ、見た感じ持ててるみたいだし……そんなにダメなのか?」

「後ろに振りかぶった瞬間、後ろにそのまま倒れるぐらいにはダメだ」

「あー……」


 そりゃ確かにダメだ。


「あと大剣がいい……刃が幅広い、大剣で作って」

「あのねぇLaBITちゃん! それの二倍の攻撃力の大剣ってなると、ざっと計算しても長さ4mとかになっちゃうから! 幅も50cmとかになっちゃうから! というかそれ、どうやって持ち歩くのさ!?」


 想像するだけでその姿はあまりに滑稽だ。

 剣の刃が自分の身長の二倍以上とか、むちゃくちゃも過ぎる。

 そりゃ確かに後ろに振りかぶったらそのまま地面に突き刺さりそうだ。


「じゃあ半分に折って」

「え」

「普段は半分に折れてて、使う時に伸びるの……」

「いやいやいやいやいやいや」


 もはやどこからツッコミ入れたら良いのかわからないらしく、もうとにかく首を横に振るしかない様子のヨースケだった。


「じゃあそれ、戦う時にいちいち組み立てるのかいっ?」

「こう……昔の携帯みたいに、パチンって」

「ヒンジかよっ!? そんなの最高級のはがねでも強度的に自重に全然耐えきれないってば!?」

「…………」


 あ。未、黙っちゃった。


「……兄さん、未、この人嫌い」


 まずいまずい。これはまずい方向だ。

 完璧な『嫌い』認定しちゃったらまずそこから先、未は心を開かない。


「…………」


 これ、相当な博打だと思う。

 でも信じてみよう。今は素直な、この俺の妹のことを。


「なあヨースケ……例えば、だ。そのヒンジの部分を全部アダマンタイトで作ったら耐えられそうか……?」

「まあ……理論上は、その四倍でも全然耐えられると思うけど……」


 どんだけ堅いんだよ、アダマンタイト。

 ……確かにそれはレアアイテムだな。そして鍛冶師が自分の店の場所売り払ってでも欲しいわけだ。


「まさかそこに全部投入するってか!? ま、まあ無くはないけどさ……そんなギミックを大金ばら撒いて仕込むより、身の丈に合った長さと重さの程良い武器を――」

「――性能超特化型。一撃必殺系、じゃなかったっけ?」

「へ?」

「そんな無難なの作ってどうする? それがヨースケの限界か? ロマンの追及はそれで終わりかよ?」

「くっ、このっ……!」


 口ではそう言ってるが、ヨースケの顔はにやけ始めていた。


「確認するけど、アダマンタイトは()()()んだよな? それはつまり、攻撃力とイコール、と考えて良いんだよな?」

「ああ。考えうる最高の素材だからな!」


 俺の本気が伝わっているらしい。

 『もう知らん!』って感じで彼が半笑いを始めている。


「じゃあもうひとつ、確認」


 ちらり、と俺の妹を見やると向こうもじっ……とこっちを見ていた。

 『任せろ』という気持ちで、小さくうなずくと。


「――つまり、()()()()をアダマンタイトにしたら、刃の長さを縮められる。そういう理屈になるよな?」

「…………」


 きょとん、として何度もまばたきを繰り返すヨースケ。


「まあ理論上は……そうだな。アダマンタイト固有の補正も手伝って、ざっくり半分近くには短くなると思うぞ。理論上は、な」


 彼が『理論上は』と繰り返すには、訳がある。

 それも俺は充分理解する。だから次はこの質問だ。


「それを実現するには……どれぐらいのアダマンタイトが必要だろう?」

「そう、それ」


 人差し指でビシッとこちらを指して、そして笑う。


「まあ、あの塊が最低でも10個は必要じゃないのかなぁ? ははははっ、ロマン溢れるよね、こういう空想ってさぁ!」

「――決まりだ」


 まあ、こういうのも良いだろう。

 もっと違う使い道を考えていたけど、でも俺は俺で腹を決めた。


「え」


 そして俺はヨースケの目の前で、新たにアダマンタイトの塊を注文通り

10個、取り出してそのまま床に置く。


「は…………?」

「ここに10個ある。先に渡した1個と合わせて11個あれば、足りないってことは無いだろ? これで未の希望通りの武器を作ってくれ」

「い、いや! 昼間は2個だって――」

「――すまない。あれは嘘だ。あれ以上出してもヨースケも困っただろ?」

「そ、それは……まあ……」


 足元に無造作に転がっているレア鉱石を、何度も何度も見ている。

 それはたぶん偽物を疑っているというより……純粋に現実感がなくて戸惑っているだけだろう。

 純金の塊が自分の部屋に転がってたら、きっと俺も同じような反応を示すんじゃないかな。


「どうだ、ヨースケ。引き受けてくれるか? 最強の武器、作ってくれるか?」

「――やる……!! いや、ぜひやらせてくれ……っ!!! こんなのっ、こんなのたぶん人生で最初で最後の機会だ……!!!!」


 そう言ってくれると信じてた。

 だからこそ、秘匿していたこれだけの量のレアアイテムを提示した。


「よし、やるからには互いに全力でやろう。それでこそロマンの追及だ」

「ああ……!!」


 改めて俺たちは硬い握手を交わした。


「あとこれも」


 そう言いながら、もうひとつアダマンタイトの塊をポップさせる。


「おいおいっ……いくつあるんだよそれっ!?」

「さあ?」


 実はこれで最後なのだが、それは黙っておこう。


「これでもうひとつ作って欲しいモノがある。これは最後で構わない」

「了解了解っ! お代はもう結構だ!! 『やらせてくれ』とこっちがお願いしたんだから、ここから先は完全におれの趣味の世界だっ!!」


 いつものどこか涼しい余裕ある感じじゃなくて、年相応な、メラメラとエネルギーに溢れる熱い瞳を輝かせているヨースケがアダマンタイトの塊を床から拾いながらそう叫ぶ。


「じゃあとりあえず今すぐにでも、まずは時間の掛かるアダマンタイトの下ごしらえを始めたい。その追加で作るヤツは後から説明を聞かせてもらって良いか? 今はこの大仕事に集中したい……!」

「ああ、ぜひそれでお願いするよ」

「今夜はもう帰らない! 部屋、好きに使っててくれっ!!」


 そう一方的に言い残して、バタバタとヨースケが部屋を後にした。


「えーと……こうするか」

「んむ?」


 ずっと俺の隣で黙って眺めていた凛子が、自分のユニークアイテムである『ミニシザー』を俺が取り出したことで声を出して反応した。


「また借りるね?」

「うんっ」


 その返事を聞いて、俺は電話帳みたいな厚さの誓約紙aを取り出すと、最後の1ページをつまんでそのままこのアイテムで切り取り、一文字だけ入力する。


「じゃあ未……ここに来て。はい、これ」

「……?」


 備え付けの机の上に、誓約紙の1ページを広げた。


「ここに置いた紙に、とりあえず作って欲しいその剣の仕様を出来る限り正確に書き残してくれ。あ、間違っても手に持たないように気を付けて」

「……はい」


 色々疑問もあるみたいだが、とりあえずという感じで素直に応じてくれた。


「香田……それって、誓約紙だよね?」

「ああ、そうだね」

「そこに書いちゃって大丈夫なの?」

「うん。別に俺が実行出来るわけじゃないからね」

「ん……だから、消えちゃわないの?」

「あ、そっちの意味か。一行目の頭に記号を入れておいたから大丈夫」

「う、うん……?」


 記号というのは、正確には『<』。

 これで『>』と閉じるまでは誓約文ではなく固有名詞の指定となり、意味不明な内容でも消えないし、どんな内容も誓約にはならない。

 もちろん何か入力したらその先は頭の『<』を消す権利が相手に渡るから、もし悪意があれば大変なことにもなり兼ねないけど……相手は未だし、そこは信用できる。

 最後にまた俺が最終行の文末で『>。』と入力すれば完成。

 他人に消去や操作されることもない固定されたただの『メモ紙』の完成である。

 ……もちろんアイテム屋あたりでペンと紙を買えば、いくらでもメモは残せるだろうけど、これはこれで利便性がある。

 まず、他人に奪われる心配がない。

 何せ誓約紙はシステム上、絶対に他人が奪えないからだ。

 さらに言えば燃やしたり破いても瞬時に復元される。

 つまり秘匿したい大切な情報を残すにはふさわしい媒体ってことだ。

 もうひとつは、文字入力と編集の勝手の良さ。

 さっき例に出した紙とペンなら書き損じると面倒だし、そもそも手書き。

 対してこれなら、まるでPCでテキスト文章を作成するような感じになる。

 ……まあそんな大層なアイディアでもないけどね。これ。


「さて次は……どうしようか」

「あ、あの。香田君」

「ん?」


 岡崎と並んで少し遠くからずっと黙って見ていた深山が静かに俺に歩み寄る。


「ごめんなさい……あの、少しだけ、良いですか?」

「うん。場所、変えたい?」

「え」


 ちらりと凛子へと視線を送ると。


「ううん……ここでお願いします」

「うん」


 何だろう?

 隣の凛子も目を丸くして少し身構えていた。


「あの……頂いたこれ……凛子ちゃん、知ってるんですか?」


 深山の言う『これ』とは、もちろん夕方プレゼントしたあの指輪のことである。


「おっ、綺麗~! やっぱりこれ深山さんに似合うと思ったんだっ。深山さん良かったねぇ♪」


 なんだそんなことか、と言わんばかりに凛子からそれに反応を示していた。


「あ…………ありが、とう……うん……すごく嬉しいの……でも、ね?」

「でも?」


 少し深山の顔色が良くない。


「あの……せっかくの香田君からのプレゼント…………きっと失礼だと思うけど、ひとつ、お返しするのでそれを凛子ちゃんに渡して欲しいの。わたしだけふたつもつけてるなんて――」

「にゃはははっ……深山さーんっ、優しーっ!!」


 がばっ、と深山の豊満な胸に笑顔で飛び込む凛子だった。


「ありがとう、深山。そしてごめん。ちゃんと説明するべきだったね」


 俺は手のひらからもうひとつ、深山がつけているのとまったく同じリングをポップさせた。


「え。あれ……?」

「うん。凛子のも用意してあるんだ」

「んーん。いりませーんっ!」


 即座にそれを許否する凛子だった。


「その指輪は……深山さんのモノ。私がつけるモノじゃないと思うんだっ。というか弓師の私がつけても意味ないしっ!」

「凛子ちゃんっ。そういう意味じゃないです、これっ!」


 深山は今にも泣きそうな声で何度も首を横に振っていた。


「ヤ。指輪は深山さんだけのモノって、私そう決めたからっ」

「……とまあ、そんな感じなんだ」


 凛子の意思は固い。

 笑顔だけど絶対に譲る気がないのは、実はこれを購入した時に強く思い知った。

 これ以上は拗れるだけなので、もう俺からは強く言わないことにしている。

 ……いや、最後にもう一度ぐらい言ってみようか。


「凛子。これ、どうしても受け取ってくれないのか……?」


 凛子のためのリングを手に取って、目の前に差し出す。

 すると――


「ん。じゃあもらう。はい」


 ――ぱしっ、と虚を突いて奪うように俺の手からリングを受け取ると。


「これ、私の?」

「もちろん」


 そんな確認をしてくる凛子。あれだけ頑なに受け取るのを拒んでたのに……どうしたのだろう?


「じゃあ、私の自由にして良い?」

「……そうなるね」


 捨てられちゃうのかな。

 いや、それはないだろうけどアイテム欄にでも――


「うん?」


 ふと気が付けば、俺の手を取る凛子。

 おいおい。


「はい……これで深山さんとお揃いの、ペアリング」


 そのまま俺の右手薬指にリングを通されてしまった。

 いやでも……これなら凛子からのプロミスリング、ってことになるのか?


「香田、ちゃんと受け取ってね?」

「どういう解釈で受け取れば良いのやら」

「にゃははっ」


 笑って誤魔化されてしまった。


「私は……香田の召使いが良いの。無理してとかじゃなくて……それが一番嬉しくて、一番安心できて、一番独占したい大切な場所。そうなんだからね、深山さんっ?」

「う……うんっ……でもわたしも、自称愛人だから」


 自分の薬指の指輪を手のひらで包んで、複雑な笑顔を返す深山だった。


「未は……兄さん専用の、性処理担当者です」

「なあ未、本気でそれはヤメにしようなっ……?」

「…………はい。では兄さん専用の愛玩具で」


 そう勝手に言い残し、視線を落として再び武器の仕様書を作る未。

 あの少し調子に乗っている俺の妹には、後でしっかりと常識というヤツを教え込んでおこう。


「――よしっ、じゃあそろそろかなっ?」

「ん?」


 ぴょん、と小さく跳ねて俺たちから一歩離れて。


「佐々倉凛子、ログアウトしまーすっ!」


 いつものように海軍式の敬礼をして笑う凛子だった。


「え……凛子ちゃん、戻っちゃうの……?」

「ん。明日はバイトあるしっ」


 確かにそろそろ午前0時に近いかもしれない。

 ログアウトするならこのタイミングだ。


「凛子。俺が――」

「――待って。香田、待って。それ以上言わないでっ」


 珍しく、俺の言葉を遮る凛子だった。

 いつも俺の言葉を端から端までしっかり耳を傾けて聴いてくれる凛子がこういうことするというのは、特別だ。そこに強い意思を感じる。


「バイト……私が抜けると大変だから。酒井のおばちゃん、倒れちゃうからっ」

「……そっか」

「あと、ママのところにも行きたいかなって!」

「うん。いっておいで」


 そこまで言われてしまったら、決して引き留めるなんてできやしない。


「うんっ」

「んじゃ、サークラセンパイ、いきましょっか!」

「ほへ?」


 それは凛子にとっても意外だったらしい。

 ずっと黙って大人しくしていた岡崎が立ち上がり、凛子に寄り添う。


「明日ログインする時、ひとりだと人数集め大変っしょ?」

「ん……オカザキ、ありがとっ」

「まー。深山姫とコーダのラブラブな夜、邪魔したくないしぃ?」

「お、岡崎さんっ!?」


 ダルそうに耳なんてほじりながらニヤニヤと笑ってる岡崎。


「いや、未が居るからな?」

「え~? もうひと部屋あるじゃーん?」

「む……」


 まさか岡崎に後れを取るとは。


「じゃあせめて岡崎は、これ持って行ってくれ」

「え。なにこれぇ?」


 カード状のアイテムを不思議そうに透かしながら眺めている。


「アンスタック……ここに戻るためのアイテム。というかお前もヨースケが使ったの見てただろ? 詳しい使い方は凛子に聞いて」

「へぇ~。貰っていいのかっ?」

「いっしょに買い物に行った凛子も何個かそれ持ってるけど、バラバラの行動になるかもしれないからな。念のためだ」

「ほーいっ、コーダ。サ~ンキュ!」


 にしし、と笑いながら嬉しそうにアイテム欄へとしまってくれた。


「凛子はローケイト持ってるよな?」

「うんっ、持ってる!」


 これはアンスタック以上に高価なアイテムだから、ひとつだけ。


「あと、ここの宿屋をホーム設定する必要があるのかな? そこらへんは俺はまったく知らないから、凛子。今ここで岡崎へのレクチャーを頼む」

「らじゃ! オカザキ、あのね――」

「ふんふん……?」


 駆け足だったけど、以上で取りこぼしはないだろうか。

 というか正直な話としては、突然のことだったし何か引き留める材料がないかなと必死に探してしまっている俺だった。

 ……ああもう。弱いな、俺。

 もっと本音でいこう。

 俺も、ログアウトしたい。したかった。

 でもそれは承認ウィンドウを呼べない俺には、安易にできない選択だった。


「とりあえずは、こんな感じか?」

「うんっ」


 互いにちょっと寂しいけど、でも笑顔の俺たち。


「香田君……はいっ!」

「お、とっ、と……」


 深山から不意に背中を押されてしまった。

 目の前に小柄な凛子の、屈託のない笑顔があった。


「じゃあ香田」

「ああ、いってらっしゃい……待ってるよ」


 ぎゅっ。

 凛子を包むように抱きしめると凛子からも背伸びをして俺の首に抱き付き、可能な限り俺の首元に顔を埋める。

 凛子のオレンジのような柑橘系の香りがしばし鼻腔をくすぐる。


 ――……ちゅっ。


 最後に可愛らしく俺の頬へと軽く唇と当てると。


「行ってきま――――すっ……!!」


 岡崎とふたり手を振りながら光の粉となり、そのまま凛子は姿を消した。


 凛子と完全な別行動になるのは、いつぶりだろうか?

 少しばかり未練がましく、目の前で空中へと音もなく消えていく光の粉を眺め続ける、そんな俺だった。



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