#005 エロチャット
「――……無事、到着……と」
必要以上なぐらいに慎重な移動でやたら時間がかかったが、生い茂ってる草木をかき分け、小高い丘を登り、なんとか元の大きな岩の上まで戻って来れた。
ふと見ればいつの間にか体力ゲージも70%ぐらいまで戻っていて、肩の傷口も塞がっている。
これで多少は誰かとエンカウントしても、対処出来るかもしれない。
ちなみにその回復と並行して、血に染まっていたインナーウェアもその色が次第に薄れていた。汚れたりしても時間経過と共に元に戻るのだろう。
つまり洗濯不要ってことか。
まあ、戦闘の度に返り血で汚れてそのままだったら上級者は皆、酷い様相になってしまうものな。ゾンビか殺人鬼集団みたいなビジュアルになってしまう。
「あ……やってみるか」
さっきの『誰かとエンカウントしても』の思考で新しい考えに行きついた。
『誰に対しても、嘘をつくことは一切できない』
さっそくその一文を、誓約紙の一番下に書いてみる。
一番下ならりんこが実際にやっていたように、手に持つふりをしてさり気なく親指で消すことが可能になるからだ。
たぶん初心者相手にしか通用しないような古典的な詐欺方法なんだろうけど、少なくとも『わかってる人ですよ』というけん制ぐらいの意味はあるだろう。
「なるほどねぇ」
試しに親指を使ってやってみると、ごく自然な仕草で簡単に消せた。
あの時のりんこのように、じっと眺める演技ぐらいでササッと入力できる自信は無いので、改めてもう一度、予めの誓約入力。
防衛策として事前にこの一文は用意しておくことにした。
「これはむしろ、本当にりんこに一言感謝しておくべきだったかもしれない」
授業料としては高かったが、俺がソロであのままプレイしていてこういうトリックに自分から気が付くかというと、正直自信は無かった。
もっと血も涙も無い効率重視のプレイヤーとかゴロゴロいるだろう。
つまり客観的に考えれば騙されたまま背中から刺されて、そのままゲームオーバーになる可能性のほうが、むしろ高かったのでは?
「……っていうか」
ふと、気になることがひとつあった。
さっそくソフトウェアキーボードを展開して試してみることにする。
「……よう。さっきは何となく良い雰囲気で去って行ったけど、普通にチャット出来るんじゃねーの?」
『りんこ>ひゃあっ!? Σ( ゜ω゜)』
どうやら音声入力したチャットは文字表示と共にそのまま音声も届くらしい。
さっきまで聞いた、あのちょっとハスキー掛かった可愛らしい声も返ってくる。
「こんにちは~、単純な馬鹿です。先ほどはどうも!」
『りんこ>…………だから、ごめんって』
「お前って何か微妙にズレてるよな? 謝るならそんな暴言より騙したこと自体を謝って欲しいわけだが?」
『りんこ>うー……謝るよぅ……騙してごめん(´・ω・)』
「そういや、もしかしてあの足の血も偽物か?」
『りんこ>あれは狩ったモンスターの血だよ~キモチワルイ(ヽ´ω`)』
「へ? 倒したら全部消えてなくなるだろ?」
『りんこ>倒し切る前に、取るのがコツ』
『りんこ>モンスターの部位なんかも、欲しいところは先に切り落とすの』
「へぇ……勉強になった。サンキュ」
『りんこ>それで……何? もう返さないよっ?(`・ω・´)』
「いや、さ。もういいよそれは。お前やたらと謝ってくれてるけど、結構こっちは感謝してる部分もあるから一応はお礼を言っておこうかなと思って」
『りんこ>はいっ!?!?』
「情報も感謝だが……まあ、真っ先に思い浮かぶのは、これかな。殺さないでくれてサンキューな」
『りんこ>……』
しばしの間があってから。
『りんこ>……香田って変なヤツ』
ちょっと素が出てる気がした。
「まあ強奪したのは絶対に許さないぞ? お前の顔、絶対に一生忘れない。今度あったらキッチリお返しするからな?」
『りんこ>……また可愛い私のおっぱいでも揉みますか?(|||´ω`)』
そんなジョークに対して――
「マジで!? 揉む! 今度は触るんじゃなくて揉みたいっ!!!!」
『りんこ>は?』
――……は? 俺の内心とりんこのレスポンスはまったく同じだった。
「お前みたいな可愛い女の子の胸揉めるなら、ダガーなんて安いもんだって!」
いやいや、待て待て。何を口走ってる、俺!?
『りんこ>それ……マジで言ってる? それとも、からかってるつもり?』
もちろんジョークです。ジョーク!
「マジに決まってるだろ。りんこすげえ可愛かったし、そんなりんこの胸なら揉みたいって思うのが、男としてむしろ普通な反応だろ?」
あああぁぁ……どうした、どうした、俺……。
自分の意に反して、べらべらと自動的に――……自動的にっ!?
うああああああああああああぁぁぁぁぁぁ――――っっ!?!?
誓約紙っ!! 誓約紙のあの一文っっ!!!!
アイテム欄ってソフトウェアキーボード開きながらどうやって――
『りんこ>…………嬉しい』
「……っ」
『りんこ>あのキャラってさ……その……ほとんど私そのまんまで……』
「俺なんか顔も髪も完全にデフォルトだよ。っていうかこれ本名だし」
自分の髪の毛の先をちょっとつまみながら苦笑いで伝える。
『りんこ>えっ? マジで!? 香田カッコイイじゃん!』
「あ……ヤバイ……うん、嬉しい、もんだな……社交辞令でも褒めてくれると」
『りんこ>怒るけどっ!? 私マジで怒るけどっ!!!』
「え、あ、ごめん……何で?」
『りんこ>これ……本当の話、してないの? 香田は……社交辞令なの?』
もうすっかり顔文字が出て来ないりんこのチャット。
しばらく間があって。
『りんこ>私のこと可愛いって……嘘?』
「嘘じゃないって。すげー可愛いだろ。おっぱい小さいけど」
……今の俺、ほんとに嘘つけないんだなぁ……。
『りんこ>ほんと香田って面白いね。うん、嘘ついてないの、わかる』
『りんこ>えと……だから私も本当の話するけど』
『りんこ>ちょっと傷つくから胸の話は勘弁して……(´・ω・`)』
「ごめん。今、俺、自分への誓約で嘘が言えないだけだから」
『りんこ>( ゜ω゜):;*.':;』
「さっきりんこがやってたの、試している途中だった……」
『りんこ>…………』
これは本意。
もはや取り返しがつかない状況だから、開き直って状況を説明した。
『りんこ>私に一目惚れした?』
ぶううぅぅ!?
なんて質問をっ。
「いや、そこまでは。というか武器強奪されて、ぺちぺち頬叩かれて一目惚れとかどんな変態だよそれ」
『りんこ>あはははっ!! そりゃそうだねっ』
『りんこ>じゃあ、嫌い?』
うっ。
「いや、結構……人柄としては、好きだと思ってる。強奪は許さんけど」
『りんこ>うんうんっ、私も香田のこと、結構好きだよんっ♪』
「もしかしてこの状況、楽しんでないか……?」
『りんこ>そりゃそうだよ~( ^ω^)』
「こら、そのキモイ顔文字はやめてくれ。何を企んでるかわからなくて怖い」
『りんこ>えー、ただの本音トークじゃん?』
「一方的な俺のな!?」
『りんこ>ね……もいっかい、聞かせて?』
「え?」
『りんこ>私って……そのっ……え、えと……あははっ……』
『りんこ>自分から要求するって……地味にハードル高いね(´・ω・)』
「――りんこは可愛いよ。凄い可愛い……聞きたいのって、これだよね?」
『りんこ>う、うん。ありがとっ……その、香田も確認したいこと、ある?』
「おっぱい、本当に揉ませてくれるのか?」
だぁーかぁーらぁー……俺はぁ……どんだけ揉みたいんだよっ。
『りんこ>……』
その沈黙が怖い。
『りんこ>……うん、香田になら、いいよ?』
「っ……!?」
『りんこ>また会ったら……気が済むまで、いっぱい揉んで?』
「…………」
言葉が、出て来ない。
『りんこ>えへへっ、もしかして興奮したっ?』
「うん、今、興奮して声も出ない」
出てるだろっ!! 何をのんきに解説してる俺っ。
『りんこ>…………ん。私も、ちょっと』
そろそろ勘弁して欲しい。頼む。身が持たない。
『りんこ>えと』
「?」
『りんこ>いっぱい揉んで……それで香田の気が済んだら』
『りんこ>…………許してくれますか』
「うん。許す」
おい、許すのかよ、俺。
『りんこ>友達……なってくれる?』
「なる。というか、もうなってるつもりだけど」
本音しか言わない俺、カッコイイな、おい……。
『りんこ>ありがとう。嬉しい』
『りんこ>あと』
『りんこ>途中で切らないで、最後まで話してくれて、ありがと……』
「なんかいい雰囲気になってたからな、本当にりんこのおっぱい揉めそうだったから惜しくてとても切れなかった」
雰囲気ブチ壊しじゃないか、本音の俺っ!?
『りんこ>あはっ…………ヤバい……ほんと、嬉しい……』
『りんこ>あのね? 今、私泣いてます』
「……」
『りんこ>あのね』
『りんこ>私』
『りんこ>胸、小さくてっ……昔からずっとそのことで傷ついててっ……』
「じゃあ、なんで触らせるようなことするんだよ?」
『りんこ>最初……ちょっと触れただけで意識してくれたじゃん……?』
『りんこ>だから……取り乱してくれたりしたら、嬉しいなって……』
『りんこ>そうしたら、私の胸、ちょっとは魅力的に見えてるのかなって』
『りんこ>自分に自信が持てそうで……無理してた』
「……」
次の台詞は、自動的じゃない。
俺が自分の意識で、口にする。
「……ほかの男にも、そうやって触らせていた?」
『りんこ>っっ!! ないっ、ないって!! 香田が初めてだって!!!』
『りんこ>だって、普通あんな会話になるわけないじゃん!?』
『りんこ>奪ったら憎いって叫ばれて、怖くて逃げるだけだったし』
『りんこ>だって、香田がなんでも差し出す誓約で、安全だったから!!』
『りんこ>香田って優しいヤツだと思ったし!』
『りんこ>私の誓約見て、可哀想って言ってくれたじゃん!!』
『りんこ>ああもう、やだ! どう言ったら信じてくれるの!?』
ものっすごい勢いでテキストが流れ込んでくる。
「その必死さで充分に伝わってくるけど……そりゃ信じるけど」
『りんこ>…………恥ずかしくて死にそう』
「大丈夫だって。おっ、おっぱ、い……揉みたい、とか、口走ってる、俺よりかはずっとマシだろ……?」
『りんこ>あははっ、何、突然、今さらテレてるんだよぅ?』
「お前こそ馬鹿だろっ。今は質問とか要求とかされてないから、素で言ってるに決まってるだろ!」
『りんこ>ああ……なるほど~』
『りんこ>あくまで自分や他人に『嘘がつけない』だけかぁ」
「そういうこと! 状況的に察したら、とぼけることもできないのっ!」
『りんこ>私のこと、可愛いって思ってくれてる?』
「実際すげえ可愛いだろ!」
『りんこ>本当に、可愛いの?』
「だーかーらー、超可愛いって!」
『りんこ>私の胸、揉みたい?』
「揉みたい!」
パブロフの犬かよ。俺。
勘弁してくれ……そろそろ……。
『りんこ>でも……胸、小さいよ?』
「大きさとか関係ないだろ!」
『りんこ>でも男の子って、揉むなら大きいほうがいいんでしょ?』
うーむ……それは否定でき――
「馬鹿いうなよ! 話、聞いてなかったのかよっ!?」
――え?
『りんこ>え?』
完全にりんことシンクロする。
俺って実は、小さな胸が好みだったのか??
「ふざけんな、大きければ誰でもいいみたいなこというなよ!? 大きいとか小さいとかの問題じゃないだろっ? そんなの、可愛いと思ってるお前の胸だから揉みたいんだろ!? ちゃんと俺の話を聞けよっ!!!」
――……どんだけ熱弁してんだよ……本音の俺。
『りんこ>……ありg』
『りんこ>あごめちょっと』
『りんこ>あう』
「ど……どした……?」
それからしばし……生きた心地もしないまま数分間、待たされて。
『りんこ>勝手に操作モード、閉じた~(つω;`) 』
勝手に操作モード閉じるって?
つまり3秒以上も、ずっと目を閉じ――……あ。
『りんこ>……ありがと。ほんとにほんとに嬉しい』
「な、そろそろ勘弁してもらっていいか……チャット切っていいか?」
『りんこ>うん……いいけど、また今度、話してくれる?」
これは全自動とか関係なく。
「ああ、もちろん。わからないこととか、もうちょっと教えて欲しい」
『りんこ>あははっ、私もそんな知識ないけど……いいよ』
『りんこ>あ、でも条件がひとつ』
「そっちから話したいって言ってて、なんでそっちから条件が出るんだよ?」
『りんこ>じゃあ、教える時限定でいいから』
「……なるほど。それなら納得するけど」
『りんこ>その時は、また……嘘が言えない誓約をつけて話して欲しいな?』
いっ!? 冗談じゃないっ! さすがにそれは――
「――ああ。いいよ……断りたいけど、なぜか断れないんだ今」
えっ。何だこれ?
断りたい本音も説明しているけど、それでも了解するのか、俺??
『りんこ>うー(´・ω・`)』
『りんこ>じゃあ……私もその時は、同じ誓約をつけるね』
『りんこ>それなら、おあいこだよね……?』
「だめに決まってるだろ!?」
あ。今度はちゃんと本音がそのまま出てくれた。
『りんこ>えーっ、なんでぇ!?』
「それを利用して『俺とエロいことしたいか?』とかそういうとんでもないこと口走るからに決まってるだろ!?!?」
いや待て、マジ待って……。
今そのとんでもないこと口走ってる訳だが……。
『りんこ>……』
沈黙が、つらすぎる。
『りんこ>……そ――』
――ブツッ。
俺はたまらずソフトウェアキーボードの画面を閉じて、チャットを強制的に終わらせた。
「だあああああっ!!!!!」
絶叫しながらアイテム欄を開き、誓約紙をポップさせて、親指を捻じり込むように1番下の一文を素早く消し去る。
「恐ろしい……とんでもない……っ」
最初から『誰に対しても、嘘をつくことは一切できない』なんて一文を記載させておくなんて、愚かしさも極まった行為だと思い知る。
例えば、出会い頭に『もしかして騙そうとしてる?』とか『スレイヴか?』なんて警戒の質問されて「はいそうです」と答えるしか出来ないとか、予防策どころか自爆この上ない。
「ほんとに……りんこの言う通り、俺……EOE向いてないのかもしれない」
うなだれるしか無かった。
――ピッ。
「……放っておいてくれないのかっ」
それは明らかに、聞いたことのあるチャット着信の効果音だった。
一瞬悩むものの無視することも難しく、諦めて再度開く。
『りんこ>どんまい(´・ω・`)b』
「う、ぐっ……」
『りんこ>香田は私とエロいことしたいンデスカー?(棒)』
「もう誓約解除してるからっ!! もう嘘つきまくりですからっ!!!」
『りんこ>つまーんなーい』
「うっさい黙れっ」
『りんこ>wwwwww』
「それ爆笑のつもりか!?」
『りんこ>あ~楽しかった、ありがとっ』
「くそっ……どういたしましてっ」
『りんこ>あの。くどくて本当にごめん。でももう一度だけ、言わせて」
「何? 胸? それとも可愛いって?」
『りんこ>…………ほんとに、ごめんなさい』
『りんこ>こんなので許してくれると思ってないけど』
『りんこ>それでも謝りたいの』
「もうそれいいって。そこまで謝るなら、じゃあ返してくれよ」
『りんこ>(´;ω;`) 』
「何だよっ」
『りんこ>…………あのダガーって、貴重だと思った……』
「あー」
ようやく理解した。
あの俺の武器を手にした瞬間から、りんこはもう自分でどうすることも出来ない状況だったんだ。
『えくれあ』だっけ。誓約によって、りんこをスレイヴにしているそいつへと渡さなきゃいけないんだ。というかもう渡してしまっているのかもしれない。
『りんこ>……』
言葉が見つからないらしい。
『りんこ>私は卑怯で馬鹿なことやりました。騙してごめんなさい』
「もういいから。忘れろ。ゲームだ。りんこは何もルール違反なんかしてない」
『りんこ>あの……私の武器は弓師専門の武器だから……』
『りんこ>これから街に行って、何か買ってくれるから』
『りんこ>明日には、届けるから』
正直、明日じゃもう遅い。
それなら情報が欲しい。
「なあ、その近くの街って、あの道からどっちの方角に進めばあるんだ?」
『りんこ>……』
なぜそこで黙る。
『りんこ>南に進めば』
「あの道を南か……サンキュ。何キロぐらい進めば見えてくる感じ?」
『りんこ>……』
「あ、もしかしてキロじゃないのか、この世界」
『りんこ>ううん……そんなことないけど』
『りんこ>その』
「……?」
『りんこ>…………50キロぐらい、かな』
「へっ? 50キロって? だってお前今、買って明日には、って――」
『りんこ>買えるもん』
「いやいや、そんなの小学生でもわかる計算だろ? 例えば、時速5キロで歩いて行っても、片道10時間は掛かるだろ? 休みなく往復で20時間って――」
『りんこ>ほら買える』
どんだけ深く反省しているんだよ、この子はぁ……。
「いらん。絶対にいらん!」
『りんこ>私、買いに行きたい!』
「いや、俺、ぶっちゃけ今日の夜にはログアウトしてこのゲーム終わらせるつもりなんだ。だから無駄! いいってば!」
『りんこ>……』
「……」
これで諦めてくれればいいけど。
「…………?」
反応が無い。もしかして、無視して出発してるとか?
『りんこ>嘘つき』
「へ? お、おい、嘘って――」
――ブブッ。
「っ!?」
突然の、何かのエラーを示すような鈍い音の効果音。
そして画面には――
『注意:りんこ さんからブロックされています』
「切られたっ!? しかもブロックって!!」
正直わけがわからない。嘘つきって、何だ?
何か、すごく怒ってなかったか??
別に何も俺は嘘なんか――
「――…………あぁ……」
頭を抱えてしまう……その、言い訳させてくれ。
あのチャットをしている時、ある意味で夢中だった。
自分の本音が漏れていたことに動揺してて、無責任な返事をしてしまっていた。
『また今度、話してくれる?』
「……また今度、かぁ」
きっとりんこは、俺のこと気に入ってくれて、友人になろうとしてくれていた。
俺も、友達になりたいと思った。
だからこそ挽回したくて、かわりの武器を買って、夜通し歩いてでも届けようとしてくれていた。
それなのに『実は今日でゲーム辞めるから』だなんて、裏切りだろう。それは。
「ダメだ…………まともな言い訳も、出てこないや」
俺は届かないことはわかっているが、それでもソフトウェアキーボードを広げてりんこへとメッセージを送信する。
「傷つけた……悪い」
「でも本当にあの時は、事情を全部忘れてて、夢中で話をしてたんだ」
「あんな調子でりんことずっとチャットしてる自分の未来を想像してた」
……頼むよ。
何なら今、嘘をつけない誓約を入れるから、俺の本音を確認して欲しい。
「その……もう手遅れだと思うけど、明日もゲームすることに今、決めた」
「俺、学生だから……この土日しか無理なんだ」
「明日、日曜の夜まではこのゲームにいるから」
「……何か、言い足りないことがあったら、ぜひ連絡して欲しい」
「それじゃ……ごめん、悪かった」
『注意:りんこ さんからブロックされています』
ずっとその画面に向けて、実質ただの独り言をつぶやいているだけの意味しかない俺の自慰行為だった。
「――……はぁ」
ため息をひとつ。
そして――
「よし、何としても明日まで生き延びよう」
正直、もうりんこと話すことは無いだろうとわかってる。
だからこれは自己満足だけど、でも決めたからにはそれに従うまでだ。
さっきのは、そのための所信表明と言ってもいい。
決めたんだ。
俺はりんこからの連絡を受け取るためにも、明日まで生き延びる。
「いっそ、書いてやろうか」
誓約紙をポップして、さっそく文字を入力する。
『2028年7月14日の日曜まで、何があっても死なない』
――ブォンッ。
『2028年7月14日の日曜まで、何があっても死なな_』
「え」
最後の『い』を入力した瞬間、すぐにその部分が消えてしまった。
……あ、そうか。『何があっても死なない』ってのは実行不可能か。
「……?」
何だろう。この違和感というか……モヤモヤした感じは?
まあとりあえず仕方ない。少し妥協しよう。
『2028年7月14日の日曜まで、何があってもログアウトしない。』
……よし。
意味なんか無いだろうけど、それでもいい。
まるで今年の抱負を表す書き初めみたいだが、確かにこうして形にすると自分の決心はより強固になる気がした。ある種の自己暗示に近いのかもしれない。
「とりあえず、生き抜くためには……武器だ」
こんな石ころや枝じゃ話にならない。
それだけは間違いなかった。