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#056 初めての街

「――ヨースケ。わざわざ迎えに来てくれてありがとう」


 待ち合わせの時間より早く、まだ約束の場所にも着いて無いはずの現状。

 しかし俺たちの会話を聞きつけたらしいヨースケから駆けつけてくれたので、その部分も含めて改めてお礼を言っておいた。


「アダマンタイト売ってくれるって言うなら地の果てだって迎えに来るさ!」

「いやいや。ここがその地の果てだし」

「ハハハッ、ですよねー!」


 もしかしてEOE定番のボケなんだろうか、それ。


「んじゃさっそくブツを拝見――……と言いたいところだけど、ちょっとそれは無理そうかな? そのお人形みたいな綺麗な彼女、寝てるの?」

「ああ、ごめん。少し待ってくれ」


 街へと伸びるこの道の真ん中で昼間から突然眠ってしまった未を両手に抱えたままの俺は、少し歩いてとりあえず道の脇の草むらの上に寝かせることにした。

 ついでにブランケットの代用品として自分の羽織る黒いコートを脱いで静かに上へと掛けると、実は陽の光が眩しかったのか寝ている未からすぐにその中に潜って隠れていた。


「そのコート――いやはや。もはやどこからツッコミを入れたら良いのやら……こりゃ参ったね」

「ん?」

「いや。とりあえずアダマンタイトを見せてくれるかい? まずはその確認からだ」

「ああ、いいよ。はい」

「おおおおっ……!!!」


 虹色の独特な光沢を抱いた輝く石炭のようなその鉱物を手のひらの上へとポップさせた。


「マジかよっ……こんなデカイの……初めて見たぞ、おいっ」

「――触らないで」


 それを言ったのは俺じゃない。

 いつの間にか険しい表情で弓を構えている、右隣の凛子だった。

 そう制されて、興奮気味のヨースケは思わず伸ばしていたその右手をゆっくり引っ込めてそのまま両手を上げ、小さく降参のポーズを取った。


「悪い悪いっ、ついあまりの衝撃でさっ」

「すまない」

「いや。その子の判断が全面的に正しい。誓約でも交わさない限り、誰も信用しないほうが身のためだからな?」


 それは俺も同意見だった。

 だから凛子に対して自重を促すようなことはしなかった。


「……しかし……参ったなぁ。まさかそのサイズが来るとは」

「そんなに想定外だったのか?」


 降参ポーズを解いて、今度はあごに手をやり、悩むヨースケ。


「想定外も想定外。こっちが期待していたモノの軽く10倍はあるだろうさ」

「? それは嬉しい誤算じゃないのか? 『参った』なのか?」

「ああ。ぶっちゃけ、払えるだけの金銭を用意出来るか微妙で……」

「あー、なるほど」


 ヨースケが提示していたのは10gで100E.(エリム)だっけ……?

 つまり100gで10万円相当とかになるわけで、g単価が超有名和牛の霜降りステーキより遥か桁違いに高そうだ。

 そして目の前にある、この拳大もある鉱物の塊ひとつで……この重みだと遠慮気味に考えてもざっと5kgぐらい、あるんだろうか?

 ならば最低でも500万円相当ってことになる。


「――ああっ、いやいや! 払うっ!! 店の場所を売り飛ばしてでもここは鍛冶師として意地でも買うべきところだっ!!」

「無理してくれているところ、すまない。実はもうひとつあるんだ」

「うぎゃあああっ!?!?」


 それが、ふたつ。

 計1000万円前後か……そりゃ確かにピンと来ないほどの大金だ。

 もしかしたら大きな塊であることに素材としての希少性が更にあるかもしれないが、それを言い出したらいよいよヨースケが気の毒になるので持ち出さないでおくことにする。


「店を畳まれてはこっちが困る。なら、このひとつの塊の半分……25%分だけ買い取ってもらうってことなら、どうだ?」

「へ? そ、そりゃ現実として助かるが……割って良いのかよ?」

「構わないよ。別に鑑賞物ってわけでもない」

「ありがてぇ! 交渉成立だ!!」


 ヨースケが笑顔で手を差し出して来る。


「悪いが、まだ交渉は途中だ」

「うん?」

「この残り75%の素材についての話をしたい」


 実は当初から、俺としてはここからが交渉のメインだった。


「……分割払い、とかか?」

「いやいや。そうじゃなくて……これを使って、仲間の武器を作りたい。それは可能か?」

「可能も何も……そりゃ鍛冶師としては当然『任せろ』って言うところだろ?」


 即答だった。


「じゃあこうしよう。その制作の報酬はアダマンタイト25%分で良い」

「え、そりゃちょっと――」

「――たぶん払い過ぎだろうけど、それでこっちは構わない。つまり結果的に、塊ひとつずつ山分けになるってことで話がシンプルになるだろ?」


 そう言いながら俺からも手を差し出す。

 ヨースケは迷うまでも無く、俺のその手をすぐに握り。


「ああっ、交渉成立だ……!」


 悪だくみをしている悪党みたいに互いに少し笑って見せる俺たちだった。


「しかし……この塊ひとつでいくつの武器を作るつもりなんだ?」

「え? いや。ひとつのつもりだけど……だってこれしか無いんだから、短剣の刃ぐらいが限界だろ?」

「いやいやいやいやいや。待ってくれ……素人って怖いな、おい……。その発想はむしろ無かったぞっ!?」

「え」


 クラクラと本当にめまいでも起こしたのか、頭を押さえて天を仰ぐヨースケだった。


「あのなぁ、香田……アダマンタイトなんつ~レア鉱石は、刃の先端の先端に埋め込んで強度上げるモンなの、普通は……!」

「そんな好きな一部分にだけ鉱物埋め込むとか、現実的に考えて可能なのか?」

「ゲームだから! これ、ゲームなっ!?」

「えー……」


 ずいぶん乱暴な理屈を出されてしまい、正直納得いかない。

 まあ個人の露店レベルの鍛冶師が金属の精製とか可能か?と考えたらすでにその段階から非現実的なんだろうけど。


「香田は『ダイヤモンドカッター』って知ってるか? 理屈としてはアレと似てるから、そこまで非現実的でも無いと思うがっ?」

「ああ、なるほど……一応納得した」


 まあ魔法で鉄を簡単に溶かすような高温とかも容易に作れるだろうからな。

 そこまで込みで考えて、ようやく少しに落ちる俺だった。


「……じゃあ逆に質問。この塊ひとつで普通どれぐらいの武器を作れるんだ?」

「そうだな……無論、求めるクオリティやサイズにもよるが……まあ節約すれば50個近くは作れるんじゃないか?」

「そんなにいらないって!?」


 一瞬、じゃあ50個作ってもらって売りさばけばお金に――なんて考えもしたが、こうしてアダマンタイトをヨースケに売るだけじゃなく、打ち出の小槌ゴールデン・リトルハンマーでもすでにそれなりの金額を得ている現状、そこまでして稼ぎたいとも思えなかった。


「だからって言って、アダマンタイトの純度100%で武器を作るとか贅沢過ぎる……というか、それはさすがに非効率でただの悪趣味な成金の酔狂みたいなモンだ。カーボンファイバーだけで車を作るような話だぞ?」

「そのカーボンファイバーの例えはいまいちピンと来ないけど……じゃあいい。刃の先端と同じように武器全体に混ぜたりするのは専門家としてどうなんだ?」

「全体に……ねぇ」


 うーん……と唸りながらしばし悩むヨースケ。


「試したことも無いが……基本的にはアリ、かな。例えば鎖のように絶えず摩擦したり可変するモノなら耐久性能や使用回数が増えるだろうし、剣なら刃こぼれや柄から折れることがまず無くなるだろう」


 俺の脳裏には、KANAさんの杖の一振りで根元から折れてしまった未の大剣がすぐに思い浮かんだ。


「――それ重要!!」

「そうか……まあ、アダマンタイトは一般的に武器に使用されている鋼より重たいから、そこらへんがネックではあるけどね」

「重くなるのか……」


 ちらり、と寝ている未を少し見て。


「いや、それで行こう。決定だ!」


 狂戦士は手に持つモノ()()重量の制限がほぼ無いらしいし、重量が問題になることは無さそうだ……というその判断が後ろ押しになった。


「よし、じゃあそれで!」


 互いにうなずき合い、これでざっくりとだがアダマンタイトの使い道が決まったことになる。


「……あっ、ごめん。話し込んだ」

「え。ううんううん!」「ご主人様は気にしないのっ!」


 気が付いて振り返ると、俺に寄り添うように立っているふたりからすぐに手を振って否定してくれた。

 どうでもいいが凛子……他人様の前で『ご主人様』はちょっと恥ずかしいぞ?


「ところでさ」

「ん?」


 ポリポリと頬を掻きながらヨースケは俺の横を素通りして、真っすぐに深山のほうへと歩み寄る。


「ねえねえ。チャーミングなキミの名前――」

「…………操作モードから表示を確認したらどうですか?」


 いかにも嫌そうな顔をして半歩下がる深山。


「ごめんごめん、もちろん知ってるよ。有名人だもの。ミャアちゃん、だよね? 番組の中みたいに語尾に『みゃあ』って付けないんだね」

「……有名、ですか」

「殲滅天使って呼ばれてるの、知らない?」

「らしいですね……知ってますが、それが何か?」


 はぁ、と一度大きく息を吐き捨てて()()()()が腕を組み、真正面からヨースケと対峙する。

 いつも思うけど、男相手にはその威嚇ポーズ、やめておいたほうがいいぞ。

 どうやったって本能レベルで胸に目が行ってしまって男には逆効果だ。


「いやいや。もし誤解させたのなら申し訳ない。純粋に、EOEに突如として表れた新生アイドルに興味津々でさ!」


 物怖じしないタイプらしいヨースケはそれに怯むでもなく、むしろもっともっと深山さんと距離を近づけて。


「これを機会に、ぜひお近付きになれたらと思ってね」


 そのまま横に回り込み、肩に手を――


「――……うお、っとと……ハハハッ。過激な挨拶、どーもっ!」


 視線も送らず目を伏せ、そのまま虫でも追い払うかのようにヨースケの手をパン、と払いのける深山。いや、それだけじゃなくて同時にかかとでヨースケの足の上をグリグリと踏みにじっていた。

 それでも顔色変えずに笑顔なヨースケが、ある意味で凄い。


「近付かなくて結構です」

「っ!?」


 何故か深山さんは、俺のほうを険しい顔で見つめると、そのままヨースケから逃げるようにこっちへと向かい。


「ヨースケさん、でしたか。それで?」


 俺の左手を、むんずっ、と掴み。


「用件が済んだのなら、さっさと帰ったらどうですか?」


 それを自分自身の腰へと運んで身体を反転させ、俺の腕の中にくるりと収まる深山さん。

 もうちょっと言うと、ぐいぐいと身体を押し付けて密着してきていた。


「こらこら……深山。これからお世話になる人なんだから――」

「――香田君も香田君ですっ!」

「っ!?」


 ひそひそ声で会話をするつもりが、深山のほうにそのつもりも無く、むしろいつも以上の声量で俺の言葉を制する。


「もっと独占欲、出してくれないんですかっ……!? わたし、違う男の人に触られていいんですかっ? わたしは嫌ですっ! 絶対に嫌!!」


 ぷーっ……と頬を膨らませて本気で怒ってる深山だった。


「わたしは、香田君だけのモノですからっ!!」


 最後のその一言だけは俺じゃなく、対するヨースケに向けての宣言だった。


「……」

「……っ」


 強烈。

 たぶんヨースケと同じぐらい、俺も目を丸くして黙ってしまった。

 ……うーむ。正直これはヨースケに対してというより、隣の凛子に気を遣っての今までの保守的な判断だったのだけど……少し改めようか。


「きゃっ」


 深山の細い腰にもっと手を回して、そのまま背後から強く抱き寄せると。


「ごめんヨースケ。これ、俺のだから」


 そう伝える。

 失礼だから普段の俺なら絶対に使わない表現だけど、今回ばかりは怒ってる深山への謝罪の意味で、あえて自分のその観念を捻じ曲げてでも『これ』と呼んでみた。


「――っっ……!!!」


 って……こらこら、深山。

 自分でリクエストしたくせに、なんでそんな顔が真っ赤なんだよっ。


「香田、君の……モノ……っ」


 というか自分でそう言ってたくせに、どうしてそこで感動したように瞳をうるうるして見つめてくるかなぁ。

 あれ……思ったより恥ずかしいぞ、これ。


「あと」

「ふあっ!?」


 後ろで案の定、うつむいてる凛子の小さな身体も強引に抱き寄せると。


「こっちも俺のだから、手を出さないでくれ」

「うーっ……こ、こぉだぁ……っ……」


 こっちはうるうるどころかボロボロと泣いて俺の胸に顔を埋めてた。

 ……寂しい思いをさせちゃったなぁ。あとで埋め合わせしないと。


「うはぁ……マジか、リアルでハーレムとかあるのかよっ!?」

「両方、大切なだけだ。俺は欲張りなんだよ」


 言い切った。

 俺は初めて態度として明らかにしたと思う。

 そういう意味ではむしろ背中を押す形となってくれたヨースケに感謝したいぐらいの気持ちだった。

 俺は凛子と深山、ふたりの顔を確認しない。決して心配をしない。

 それぐらい信じられないで、こんなことは言えない。


「なあなあミャアちゃん、それで本当に良いのかいっ?」

「もちろんです――……いえ。それ、返事する必要があるんですか? と言いますか、アナタにどうこう言われる筋合いがそもそもありません!」

「そーだ、そーだっ!!」


 ふたりして俺の身体を左右からぎゅーっと抱きしめてくれる。

 ああ……ここに至るまで、結構時間が必要だったな。

 試行錯誤と紆余曲折を繰り返して今、この瞬間……改めて俺たち三人の関係性は完成したと理解した。

 あるいは、越えちゃいけない一線を越えた、と言うべきなのかな?


「えへっ」

「にゃははっ」


 うん?


「香田、超ニコニコしてるぅ~!」

「うんっ」

「え」


 自分の表情筋の動きに自分でびっくりしてしまった。


 ――パチパチパチッ。


「ん?」「お?」「はい?」

「オオォ~……ブラボーッ!! マジか。それって成立するんだ!? めっちゃ感動したよ、おれ!!」


 惜しまなく拍手してくれるヨースケ。


「そこの三人に、幸あれ!」


 どうやら本気で祝福してくれているみたいだった。

 カラッとした笑顔でバッチコーン、ってウィンクなんかして親指まで立てて言ってくれた。


「にししっ……何だよそこのナンパ君。悪くないじゃん」


 ふと見れば今まで黙ってた岡崎が、見張ってくれていたのか寝ている未の傍らでしゃがみ込んだまま、遠巻きに笑ってた。


「ん? そこのキミ、慰めてくれるのかい?」

「アタシもパース。まだ失恋のショックから立ち直ってないしぃ、また今度ねぇ~」


 いつぞやの、俺からフラれたというあの設定を建前にして笑って流す岡崎。


「それは残念! キミみたいに可愛い子をフるなんて罪深いなぁ、その男は!」

「――ねえ、深山姫ぇ」

「えっ?」

「こーいう人たちってさぁ、こーいうのただの挨拶みたいなモンだから、さっきみたいなガチなのいらないからぁ。あそこまでするとさすがに可哀想で、見ててマジ引くわぁ~」

「…………そ、そうなの……?」

かかとで踏むのは、立派な暴力っしょ? それって、無抵抗の、しかも好意抱いてくれた人相手にすることぉ?」

「あ」


 あれ、珍しい。

 これは完全に深山の敗北になるみたいだ。

 特に反論することもなく――


「……ヨースケ、さん。さっきは……その。度が過ぎたことをしてしまいました……すみません。心から謝罪します」

「ああ、いやいやっ。こっちもいきなり馴れ馴れしくてごめんなっ?」


 速やかに深く頭を下げて、丁寧に謝罪する深山。

 少し困ったようにヨースケが苦笑いして手を左右に振って否定してた。


「にししっ……深山姫は謝り方もガチ過ぎ、下手過ぎぃ。そっちのほうが相手を困らせるじゃん?」

「あ、ぅ」


 いや。その岡崎の意見については同意しかねる。

 だって、『深山さん』じゃなくて、素の深山で謝ってた。

 つまり本当に心から悪いと思って謝罪していたのだろう。

 ヨースケにそこまで伝わっているかはわからないし、確かに不器用だけど……俺は誠意があって、深山の対応はそれで良いと思った。


「ハハハ。じゃあ今度、お詫びってことで一度お茶しとく?」

「死んでも嫌ですっ!!」

「だよねー?」

「だからぁ……はぁ。まったく学習してないじゃん……それぇ」


 わしゃわしゃと頭を掻いてる岡崎だった。


「ヨースケ、どんまい」

「OZちゃん、サンキュ!」


 すごいなこのふたり、人種が違う。

 ああやって軽々と見知らぬ異性との距離を簡単に狭めるのか。

 俺や深山にはたぶん無理だ。


「……ね。香田」

「うん?」


 俺の胸の中で顔を埋めていた凛子が、ぼそりと俺にだけ聞こえるような小さな声で不意につぶやく。


「間違っても……あのふたりってお似合いだ、とか考えちゃダメだからね?」

「え。あ、はい」


 そうなの?

 まるで内心を読み取られてしまったかのようなその凛子の鋭い指摘に、かなりびっくりしてしまった俺だった。

 正直まだ良くはわからないが……しかし女の子の直感って、すごいな。

 こんな会話だけで、そんな細かな心の機微がわかっちゃうんだ?


「ま……これぐらいは……オカザキには借りがあるしっ……うん」

「?」


 うーん……全然わからない。

 神奈枝姉さんのマニュアルを頭から信じて動いてるだけの俺では、理解が進むまでもうちょっとの情報と思考する時間が必要そうだった。


「ねーねーそれでぇ? アタシ、マジ早く街に行きたいんですけどぉー? このままだと今すぐ向かっても、陽が暮れると思うんですけどぉー?」


 未の枕元で両手で頬杖をつきながらそう不満を言い、口を尖らせる岡崎。

 どうでもいいが、そのパンツ見えちゃいそうな際どいしゃがみ方はどうにかして頂きたい。


「OZちゃん大丈夫。そのためにおれが来たみたいなモンだからさ!」

「そなのぉ?」

「『アンスタック』って知ってるかい?」

「ううん、まったく!」

「え、あ――」


 その固有名詞、俺はどこかで聞いた。


「――自分の設定したホームに自由に戻れるアイテム、だっけ……?」

「さすがご主人様、しゅごーいっ!!」


 正解を知っているらしい凛子がぎゅーっと抱き付きながら褒めてくれた。


「そう。これが『アンスタック』。EOE内で使用すると周囲3m以内のすべての対象をホーム設定した場所へと自由に移動させることが出来るマジックアイテム」

「へええぇ~」


 岡崎も興味津々な風に眺めているその中で、ヨースケが手からポップさせたのは……まるでクレジットカードのような白い板状の物体。表面には複雑な模様が施されていた。

 あれ? そのデザインはどこかで見――……ああ。深山のSS(シャイニングスター)を増やしたりした『フェイクメーカー』とほぼ同じかな。あれ。


「アン・スタック…………積み重ならない……引き出す? 変な感じ……」


 意味と効果に少し差異を感じるのか、深山がひとりそうつぶやいていた。

 まあゲームのアイテム名とかテキトウなの多いし、プログラマー的にも聞き慣れた単語だから俺はあまり気にならないけど。いやしかし、それより。


「それ、貴重なアイテムなんじゃ……?」

「ハハハ。香田は上客だからね。どうやらかなり多めの報酬も払ってもらえるみたいだし、ケチケチしないよ?」

「有り難いけど……でもあと数キロの徒歩なら、さすがに使うのは――」

「――いやいや、そうじゃない。それじゃない」

「え?」


 手で軽く俺の言葉をさえぎると。


「これは主に、そこに居る麗しのミャア姫をお守りするために使用するのさ」

「っ……」


 どんなに反省して詫びても、やはり苦手は苦手らしい。

 露骨に苦笑いして後ずさる正直者な深山だった。


「……もしかして街中で取り囲まれる?」

「それもある。ミャアちゃんは、もはやEOE界屈指の有名人だからな」


 どうやら正解は別にあるらしい。


「深山さん、殺されちゃう……?」

「どうだろう? 『殲滅天使』なんて呼ばれて歴代一位の記録を軒並み更新したようなミャアちゃん相手に襲うヤツは――……いや、腕試しのノリで居るかもしれないな。あるいは恨みの線で実力差を測れないヤツも居そうだ」


 そのヨースケの話で、どうやら街中でも普通に戦闘が可能だと理解した。

 残念ながら街の中に入ったら安全、というわけでも無いようだ。


「んんん? じゃあ何だろっ?」

「さあ……」


 正直俺にも他にどんな問題――しかも高価なアイテムを消費しなきゃいけないほどのことがあるのか、さっぱり予想出来なかった。


「たぶんミャアちゃんだけは、正面から行っても街の中に入れない」

「深山だけ……?」

「ああ」


 そういやヨースケ相手に『深山』と本名を告げちゃっているけど……まあ、今さら遅過ぎだよな。

 仲間に近い存在になると思うし、今後もそれで良いだろう。


「――だって……街、吹き飛ばされてしまうかもしれないだろ?」

「あ~!」


 言われてみたら即・納得。そりゃそうだ。

 一撃で半径数kmを焼野原にした深山なんてのは、歩く戦略兵器だった。

 ……まっったく想定してなかったが、確かに深山のことを知らない他人からすれば、とてもじゃないが街中を闊歩かっぽする姿を看過かんかなんて出来ないだろう。

 もし街の門番――あるいは警察みたいな組織があれば、入り口で門前払いとなるに違いなかった。


「だからコイツを使って、おれのホームである宿屋までいっしょに来てもらう」

「……なるほど、納得した。それはぜひお願いしたい」

「ああ、任せてくれ!」


 また親指を立ててニッコリ笑うヨースケ。

 同時に深山が俺の手を離れ、あれだけ嫌がっていたヨースケの前へと自分から進んだ。


「ヨースケさん……ありがとうございます。どうか宜しくお願いします」


 深く深く、綺麗な動作で静かに一礼する深山。


「ミャアちゃんのためならね、喜んで!」

「お……お茶は……そのっ、無理ですけどっ」

「ハハハ。ああ、困らせてごめんな? じゃあさ、かわりに――」

「は、はいっ……」

「――キミのファン一号ってことで、公認してくれるかい?」

「え。ふ、ふぁん???」

「認めてくれたら、ファンクラブでも結成しちゃおうかな?」

「……め、迷惑ですっ!」

「ハハハ。ミャアちゃんのそのキッパリしてるの、好きだな!」

「困りますっ、そういうの困りますから!!」

「ただのファン。もう変なことしないからさ? ね? いいだろ?」

「…………っ……」


 ちらり、と少し振り返って俺の顔色を窺う深山。

 『ファン』という表現は上手いなと思ってる俺は、つまり否定出来ない。

 それって好意はあるけど一線を引いて深くは介入しないよ、という今後のスタンスを見事に表していると思った。

 そもそもにおいて、そこまでガチガチに相手のことを縛る人間になりたくない俺としては、深山の自主性に任せたいところだ。

 もし嫌なら断れば良いし、そこまで嫌じゃないなら受け入れれば良い。

 ――もしかしたらそんな俺の意思が伝わったのか。


「変なこと、しないなら…………好きに、してください」

「やった!」


 まさにこれ以上なく『渋々』という感じで返事をする深山だった。


「そうと決まれば善は急げ、だな! OZちゃんも待ちきれないみたいだし、今すぐ街に向かおうか!」

「よしよしっ、行こうっ、今すぐ行こーぜぇ!!」


 岡崎もそれに乗り、追って凛子も「おーっ」なんて賛同している。

 そんな中で申し訳ないが。


「あ~」

「んむ? 香田?」


 うっかりしていた俺だけ、変な声を出していた。


「悪い……みんな先に街に行っててくれ。後から追いかけるから」

「えっ、香田君……!?」

「ちょっ、あり得ないからっ! 香田だけ置いて行くとか、ぜーったいにあり得ないからっ!!」

「大丈夫。すぐに終わる」

「じゃあコーダのその用事が終わってからでいいじゃん?」

「うんっ。じゃあ今すぐそれ、お願いします……!」

「えー」


 参ったなぁ。

 うーん……正直あまり手の内を見せたくは無いのだけど。でもまあ、いいか。

 これはこれで信頼していることの体現になるかもしれない。


「じゃあさっさと終わらせるよ」


 俺はアイテムを手のひらの上にポップさせて。


「うっひゃあ!?」

「へ? は? なに、それ……?」

「誓約紙」


 一度も見たことの無い岡崎とヨースケが声を上げているその中、高さ20mほどにも及ぶ白い柱のような()()を軽く触れて、そのまま地面の上へと落とした。


「せ、誓約紙って……は???」


 街中でこれをやるわけにもいかないからな……やるなら今しかない。

 わざとナナメに落としたつもりだったが、自重で土の地面へとめり込んでしまい思ったように倒れてくれないので。


「っと!」


 念のため未の寝ている場所とは真逆の方向へと、全体重を掛けながら手で力いっぱいに押し倒した。


「うっひゃあ!?」


 ――スドオォォォンンン……ッ!!

 推定400kgほどの重さが生み出す余韻のある音と振動が周囲に巻き起こり、砂埃が舞い上がる。


「なになにっ、なんなのこれぇ!?」


 どうやら岡崎が一番パニックになっているようだった。

 説明するのも面倒――というか、さっき『誓約紙』とちゃんと伝えたつもりなんでこれ以上コメントすることもなく、黙々と作業を始める。


「あっ」


 俺が手にするアイテムに気が付き小さく声を出した凛子へと、しー……と自分の口に人差し指を当てて静かにするようジェスチャーで伝えた。

 そう。凛子なら一発で気が付くのも必然。

 俺のこの手には、凛子の所持していたユニークアイテムである『ミニシザー』がポップされていたのだから。


 『このハサミの刃が通る物体を<分断>することが出来る。』

 『切っても破壊行為にはならない。』

 『分断された面を合わせることで、元の姿に復元することが出来る。』


 ……確か、こんな感じの性能。

 つまり()()()()()()に使うべきアイテムってことだ。


「よっと」


 とりあえず倒した頂点へと歩み寄り、そこから……そうだなぁ。辞書ぐらいで良いだろうか? たぶん500枚ほどを鷲掴みにして、ノド――誓約紙を綴じている背表紙となる部分に、内側から刃を入れた。

 ……良かった。この小さな刃でも一応届く。

 つまりこの背の厚みである1~2cmほどがこの『ミニシザー』の切れる限界近くの厚みってことになりそうだった。


「――はい、まずは()()、完成」


 辞書と言うには少々薄くなってしまったかもしれないが、とりあえずその白い柱から冊子状に切り出されたひとつの束をさっそくアイテム欄へと戻す。

 『誓約紙a(462)』……うん。これも以前にSS(シャイニングスター)で確認した通りの処理になっている。

 つまり、同名のアイテムが発生するとa、b、c、dと自動で割り振られて重複を回避してくれる。そしてカッコ内は内包されている数……つまりページ数だ。


「あとは……四つぐらいが良いのかな」


 まず柱の中央あたりでカットして、それぞれ分断した塊のまた中央あたりからカットする。これで四分割。

 こっちはそれこそ大雑把で全然構わない。

 もし不都合があったり失敗したら、面と面を合わせれば何度でもやり直せるのだから。

 ……強いて言えば、先々のことを考えたら柱の上に当たるところから順にアイテム欄へと回収するべきだろう、というぐらいの話だ。


 『誓約紙b(26045)』

 『誓約紙c(27811)』

 『誓約紙d(28593)』


「あ……そうだ」


 最後の塊の、最後の1ページだけさらに分断しておく。


 『誓約紙e(27680)』

 『誓約紙f』


「よし、と」


 それぞれ分断されたアイテムを回収して確認すると、以上、こんな感じの内訳になった。

 ほんと細かいことだが、1ページの時はカッコが省略されるんだな。


「……はい完了。ごめん、お待たせ!」


 まあ説明していないんだから当然だけど、やはり何をやってるのか眺めている側としてはさっぱりなのだろう。

 一同揃って首を傾げながら茫然と見ていた皆の元に戻ると、すぐに寝ている未をそのまま抱きかかえた。


「……ランク三位とかになると、ああなっちゃうわけか。完全な別世界だな」


 妙な納得を勝手にしてくれているヨースケへと、誤魔化すように促す。


「じゃあヨースケ、頼むよ」

「オーケー! じゃあみんな、おれの周囲に集まってくれ」


 向こうも深くは詮索しないつもりらしい。

 軽くそんな返事をするとポップしていたカード状のそのアイテムを手に取って声を掛けてくれた。


「深山」

「はいっ」


 俺の左腕側には、深山が。


「凛子」

「うんっ」


 俺の右腕側には声を掛けるその前から、凛子がしがみついてくれる。

 岡崎も背後へと駆け寄っていた。

 それを眺めながら、噛みしめるように俺はつぶやく。


「……なあ、()()()()()

「んむ?」

「やっぱりひとりで一日では、無理だろ」

「んん?」

「ダガーのかわり……いっしょに買いに行こうな」

「あ……うんっ」


 俺の脳裏には、ぺしぺしと俺の頬を叩いたり、動けない俺の手を引いて自分の胸へと押し当てている『りんこさん』の姿が浮かんでいた。

 きっと凛子も、同じようにあの頃の俺を思い浮かべているだろう。


「ここまで、長かったな」

「ん」


 そして俺たちは。


「――……<アンスタック>!!」


 宣言の声を耳にした瞬間、世界が真っ白な光に包まれた――



   ◇



 ――それはほんの一瞬。

 1秒にも満たないほどの束の間で、目の前に見たことも無いモノたちが現れる。

 ……いや。正確には俺たちが現れたのか。

 古い木造の床と壁。壁紙やモルタルなんかで加工されているでもなく、ベニヤ板のように均一に整っているでもない。

 単純に純粋に、ただの細長い不揃いな木の板が、可能な限り隙間の無いよう張り巡らされているだけ。

 格子状になっている窓から差し込む陽の光に照らされ、床に散乱している鉄の部品――たぶん武器や防具のパーツ、が僅かに輝いていた。


「ようこそ、おれの秘密基地へ……!」


 秘密基地、ね。

 敷地面積的に言えば12畳ぐらいはありそうだ。

 だから否定するほどじゃないが、言ってしまえばただの宿屋の個室である。

 同じく木造の机の上にはこれまた山のようなジャンクらしきパーツが積み重なり、大きめなベッドの上にも書物が散乱していた。

 ある意味、ゲームとは思えないほど生々しい生活感。

 ……ああ。間違いなくここは森じゃない。

 少しばかりホコリっぽいが、しかし確かに文化の香りがしていた。


「ここでヨースケは暮らしてるんだ?」

「ああ。おれは夜にログアウトすることが多いし、夜まで居ても作業してることがほとんどだから、自室というより作業場って感じだけどな」

「へぇ」


 つまり昨晩もここで作業している時に、俺からチャットがあったわけか。


「待っててくれ。今片付けるからその子、ここに寝かせなよ?」

「ああ、ありがとう」


 バサバサとベッドの上に散乱していた書物をそのまま床の上へと無造作に落として、少しばかり乱れていた寝具を整えてくれた。

 俺は用意してくれたそこへと、両手で抱えていた寝ている未をそっと置く。

 ……目が覚めたら、たぶん怒るだろうなぁ。


「え?」


 今まで黙って観察していた深山が、ふと何かに気が付いたみたいでキョロキョロと周囲を確認し出す。


「深山?」

「……何の音?」

「音?」


 言われて、初めて認識した。

 微かな……しかし明確な、周囲を取り囲む雑然とした空気がそこにあった。

 ガヤガヤとした、人々の話声。

 何かが通り過ぎるようなガタガタとした物音。

 そして。


 ――ズンッ……ズンッ……ズンッ……。


「え、きゃっ……!?」


 周期的に訪れるその振動に、それでなくても大きな深山の目が丸くなった。

 慌ててその振動の源を確認するため、ブラインドのように格子状に組まれたガラスの無い木製の窓を、彼女は勢い良く開け放つ。すると――


「――……っっ……!?!?」


 巨大な目。

 自分の頭より大きな瞳孔を持つモンスターと、ちょうど目が合っていた。


「にゃははっ……それ、テイムされてるから大丈夫っ!」

「て、いむ……?」

「捕獲って意味だよ」


 目をパチパチさせて戸惑っている、窓辺の深山の隣に俺も立つ。


「――わあ……!!」

「ああっ……!」


 その二階の窓を覆うような、巨大なテイムされているモンスターが道を通り過ぎると、吹き込む風と共に俺らの目前へと街の色鮮やかな風景が広がる。

 ここはきっと、ちょっとした商店街の一角。賑やかな石畳の街道沿いに木造のこじんまりとした建造物が左右へと広がっている。

 ケンカ腰になって値段交渉している客と店主。暇そうにあくびをしながら歩く、大きな樽を担いでる戦士風の男。

 左から順に食べ物屋に武器屋に本屋。またしても武器屋に衣装屋に薬屋。

 見れば店舗だけじゃなく、布のようなものを地面に敷いて雑貨を広げている露店なんかも点在していた。

 それらの数えきれない営みが集い、重複して形容し難い複雑な喧騒が織りなされ、窓の外から俺らの一帯を包み込むように部屋の中へと充満させている。


「すごい……まるで絵本の中みたい……っ……」


 ……その情報量に、深山とふたり並んで圧倒されてしまう。

 感動に、俺はなかなか言葉が出ない。

 ずっと見てみたかった景色。

 密かに思いを馳せていた場所。

 ここには確かに、もうひとつの社会が明確に存在していた。


「んむ? ここってもしかして南地区っ?」

「そう、ご明察! お嬢ちゃん、どうしてわかったんだい?」

「アイテム博物館っ、ほら、そこに丸い屋根が見えてるしっ!」


 俺の右隣から突然現れた凛子が指さす方角――木造の二~三階建ての建造物の向こうに、石造りの立派な建造物の、丸いドーム状の屋根が間から部分的に見えていた。


「アイテム博物館――……ああ!」

「えっ、香田っ、覚えててくれてたのっ!?」


 瞳をこれ以上ないほど輝かせて、凛子が声を躍らせる。


「当然! だってそういうの、俺も好きだって言ってたろっ?」

「うんうんっ……!!」

「歴史に残るような伝説の超レアアイテムが飾られてるとか……それはロマンを感じるよなぁ。何か貴重なデータが採れるかもしれないし!」

「えへへへ。持ち出せないけど、実際に装備も出来るんだよっ?」

「マジか!?」


 そんな風にふたりで盛り上がっているところを眺めてだろう。

 凛子とは反対側の左隣に立つ深山がひとり、くすっ……と笑っていた。


「あっ、勝手に盛り上がっててごめんっ」

「ううん」


 くすくすっ、とさらに深山が笑う。


「…………香田君、ほんとにゲーム好きなんだなー……って。そんなに楽しそうにはしゃいでる香田君、久しぶりに見たから」

「は……ははっ……恥ずかしいな」


 出来る限りで俺も当時と似たように返事をした。

 この会話も知ってる。

 過ぎ去ったあの日、こうして三人で話していた記憶が蘇る。


「とうとう、街に……来たんだなぁ!」

「はいっ……!!」


 抱き合いたいほど嬉しいや、と思った時にはすでに深山からこの胸の中へと飛び込むように抱き付いてくれていた。


「わたしも、楽しいっ……」


 きっと深山には、とっくに勘付かれていたのだろう。

 だから彼女における『可愛い』と同じように、俺が過敏に反応してしまう……心から願うその言葉を、深山自身が実感したその瞬間、本当の心として口にして俺へと伝えてくれた。

 そう、これが実感。

 前後の流れや関係性の大切さを思い知る。


「香田君、わたし、今……すごく楽しいのっ……!」


 満面の笑顔の、深山。

 俺は今、涙が出るほどに嬉しかった。

 


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