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#055 Invisible turning point

四門オールアラウンド円陣ゲート・イン・ザ・火竜サークルドラゴン……ッ!!」

「――よし!」


 念のため直視は避け、大きな倒木の陰から星の煌めく夜空へと高く昇る火柱を確認していた俺は、思わずパチンと指を鳴らす。

 予想通り魔力関係の記述修正と『媒体に取り出す』という工程を追記するだけで基本問題なく動作してくれるみたいだ。


「香田君、香田君……! 撃てました!」


 100匹にも及ぶモンスターの襲撃を受けた後、誰が言い出したでもなく『さっさと街に行きたい』という共通意識を獲得していた俺たちは、暗くなっても強行軍で夜の森を最短距離で突き進んでいた。

 その通りすがりにエンカウントした名も無き巨大モンスター(LV20)を一瞬で蒸発させた殲滅天使様が、嬉しそうに軽やかな足取りで俺の元に駆け寄ってくれる。


「うん。まあ、ずいぶん可愛らしいけどね」

「か、かわっ……!?」

「はははっ。火柱の威力が、ね?」

「あっ、ううぅ」


 ターゲットを取り囲む四方の炎にそれぞれ10。

 そして収縮に10……の合計50という感じで魔力をそれぞれ単独で配分してやれば、媒体容量がたった10の深山の杖でもこれぐらいの威力は発揮出来た。

 結果的に深山の『詠唱がしたい』というあのリクエストは良い緩衝材となってくれている。これがもしタイミングのシビアな一連の連携魔法だったら、きっと媒体に魔力を取り出す工程でつまづき、思い通りの結果にはならなかったことだろう。


「いや、訂正。そういう深山って可愛いな?」

「――っっ……わ、わたしって……単純……っ……でも、嬉しい……」

「うん」


 うつむいて顔を赤くし、幸せそうに目を細めている深山。

 そんな風にシンプルでいてくれる彼女の有り様は、やっぱり可愛い。


「しかし……こういうのを『ひょうたんからコマ』って言うのかなぁ? 結果的に良い感じの威力に抑えられてたね」

「うん。あれならまわりにそれほど被害が広がらないみたい……良かった」


 ふたりでちらりと爆心地の中心を確認したが、半径20m程度の地表がすり鉢状にえぐれているぐらいで、周囲にそこまでの被害は確認出来なかった。


「…………どうした?」


 どうやら深山の魔法が想定より強力だったみたいで面白くないらしく、不機嫌そうな瞳の色をさせている無表情な隣の未は……まあ、ある意味で平常運転だからそれで良いとして。

 その向こうで俺と同じように倒木の陰に隠れたまま、ぽかーん……と目を丸くして夜空を眺め続けている凛子と岡崎へと声を掛ける。


「にゃ……」

「にゃ?」

「にゃに、あれええぇぇ!!? 核兵器っ!? せんじゅちゅかくへーきっ!?!?」


 ああ、見るの初めてか。

 目前で展開された四門オールアラウンド円陣ゲート・イン・ザ・火竜サークルドラゴンのあまりの威力に噛み噛みで叫んでる凛子だった。


「いやいや。深山のフルパワーで撃った前回から比べたら、ゾウと蟻んこぐらい違うというか……具体的には1/32ぐらい火力を弱めたバージョンだよ、あれで」

「――じゃ、じゃあ……っ……もうっ……」

「ん?」

「……私の弓矢とかっ……いらない、じゃん……っ……」

「こらこら、凛子」

「うーっ……!」


 今にも泣いちゃいそうな凛子を見てか、黙って深山は一歩後ろに下がってくれた。『わたしのことはいいから』と言っているみたい。


「凛子。それは違うぞ? 凛子のあの必殺の一撃と、深山の四門オールアラウンド円陣ゲート・イン・ザ・火竜サークルドラゴンは全然性質が違う。それぞれに違う活躍の場がある」


 せっかく深山が遠慮してくれているのだが、しかし安易に慰めない。少しばかり今の凛子は嫉妬に駆られてワガママになっちゃってる。


「うー…………欲しいっ……」

「うん?」

「わたしもっ……カッコイイ、名前欲しいっ……深山さんばっかり、ずるいっ!!」

「へ」


 そこ? そこなんだ??


「じゃあつけようか。凛子が好きにつけて良いよ?」

「香田に……つけて欲しい……」

「え~」

「うーっ……」

「参ったなぁ。俺、そういう才能無いし……ちょっと考える時間もらって良いか?」

「ん」


 涙目で小さくうなずく凛子――というか。


「あれ? もしかして凛子、ちょっと疲れちゃった……?」

「…………だいじょぶ」


 そろそろ凛子の調子を察知するのも上達してきた自負がある。

 あまり顔色が良く無かった。

 ……まあそりゃそうか。俺よりずっと早起きして家族に朝食を作ってくれて。

 苦手な運転でトレーラーまで皆を連れてきてくれて。ログインしてからも100匹のモンスターから寝ている未を実質独りだけで守るという緊張を強いられる状況がしばらく続いたりして。

 そしてこんな夜中まで、強行軍で街を目指して先頭で案内を続けてくれていたのだから。


「今日はこれぐらいで休もうか」

「ヤ……街、行くぅ」


 先導役としての責任感か、それともさっきのモンスターの大群による襲撃が心に恐怖として残っているのか。少しかたくなな態度を示す凛子だった。


「そっか……凛子はすごいな。俺はもうクタクタだよ」

「え、あっ。ごめっ……!」

「いやいや。謝らないで」


 凛子に手を伸ばすと、ちょっと怖がるような反応。

 あれれ。俺もまだまだだなぁ。

 さっきの見立てよりもっと実際の調子は悪そうだ。


「凛子……ぎゅーってしてくれる?」

「ん」


 小さくうなずいて、そして神妙な表情のまま少しかがんでる俺の首に黙って抱き付いてくれる凛子だった。

 良かった。これに応じてくれるなら、ギリギリまだ大丈夫そうだ。


「香田……困らせて、ごめんなさぃ……深山さんが居る時は……我慢、したかったのにぃ……」


 俺の胸の中、俺だけに聞こえるぐらいの小さな声で凛子がそう言っていた。俺はそれの返事のかわりに、凛子の後頭部を何度も撫でる。


「気にしないでいいのに」


 それで凛子からも、ぎゅー……って俺の服にしがみついてくれて、これできっと解決。

 そのまま静かに地面へと座ることにした。

 街までたぶんあと20kmとかそれぐらいだと思うけど、もう今夜は、ここで野宿で良いだろう。


「――兄さん……未もそれ、参加して良いですか?」

「未。ちょっとは空気読もうな?」


 こんなところまで深山の逆か。

 ずいっ、と真顔で詰め寄る未には苦笑いしか出てこない。


「にゃははっ……うん、未ちゃんもおいでっ」

「リン、好き」


 え。なんだこれ?

 未からも凛子を背後から抱きしめて、これで香田サンドイッチの完成である。


「ぎゅーっ」「ぎゅー……」


 それで遅れて俺は気が付いた。

 下手な俺の対応を見かねて、未が手伝ってくれたのかも?と。

 その証拠に、途端に凛子が楽しそうな声を出していた。


「深山さんっ、深山さんっ! こっちこっち!」

「え、えっ!?」


 今度は遠巻きに見ていた深山を手招きしている凛子。

 いやまて。もはやそれは単なるスクラムにならないか?


「ぎゅーっ」「ぎゅー……」「ぎゅ、ぎゅう~っ」


 ……なんだこれ??

 今度は深山も参加して、四人で団子状態に丸まる。


「ひゃーっ、あったかーいっ、幸せーっ!」


 その団子の真ん中で楽しそうに笑ってる凛子。

 こうして真夏の夜に、仮想世界の森の中でおしくらまんじゅうやってる俺たちだった。


「おほほほほ」

「……何だ、その不自然極まりない笑い声は?」


 見れば岡崎が斜め後ろで口元に手を当て、奇妙な笑い声を上げていた。


「んじゃアタシは見張りやってっからさぁ、楽しくやってなよっ?」

「あ。おい」


 手を振って岡崎は、ぴゅーっと走り去って行ってしまった。

 あららら……すっかり気を遣わせてしまったなぁ。


「兄さん……あの人は良いのですか?」

「まあもうちょっとだけ馴染むのに時間が必要、かな?」

「そうですか」


 ちらりと見ると、少し困らせてしまったのか眉を下げて深山が小さくうなずいていた。


「よし、じゃあ寝る前に焚火でも起こそうか」

「はいっ」



   ◇



 森も寝静まるような夜中。

 パチパチと音を立てて燃えている焚火の傍ら。


「――……寝なくて大丈夫なんですか?」


 抱きしめ合いながら気持ちよさそうに寝ている凛子と深山をぼんやり眺めていた俺へ、未がぼそりとそう話し掛けて来た。


「ん? ああ、夕方気絶してて……結構寝てたからな」

「夜の見張りなら、未がやります」

「ありがとう。それは心強いよ」

「はい」


 満足気にうなずく、素直な未。


「兄さんを守ってあげられるなんて……夢みたいです」

「ははは。ゲームの中では困るとすぐ、未に助けてもらってただろ?」

EOE(このゲーム)は別です」

「別?」


 しばらくの沈黙の後で。


「……認めます。このゲームは……違います。もうひとつの現実です」


 焚火を眺めながら、未が語る。


「だろ? 本当にリアルで――」

「……兄さんの唇……温かかった」

「――……」


 そういうコメントに困ること言われてしまうと、言葉が続かない。


「すみませんでした……先ほどの未は、少しばかり調子に乗ってました」


 強制的に俺の唇を奪った、あの時のことを言っているのは理解出来た。


「まあ、確かにそうだな」

「――兄妹で……気持ち悪い……」


 自分の唇にその細い指先で触れながら、未が淡々とつぶやく。

 外側の表情は何も変わらない。声もいつもと何も変わらない。

 でもだからって、内側まで淡々としているわけじゃない。

 未もふつうの多感な年頃の女の子で……複雑な感情を抱いてる。

 ただそれを、周りの人間から察するのが少しばかり難しいだけの話。


「あの人のこと……どうして事前に話してくれなかったんですか……?」

「え?」

鳴門(なると)神奈枝(かなえ)のこと……です」

「あ、ああ」


 『兄妹で』の自分の言葉と過去の出来事で連想したのだろう。

 話は姉さんのことにいつの間にか移っていた。


「正直に言うと……あのKANAさんが神奈枝姉さんだって、全然そう思ってなかった。というか、本人が認めた今でも半信半疑だ」


 だって……死んだって、そう聞かさせていたのだから。

 それを今さら『実は生きてました』なんて言われても、そう簡単に納得出来ないのが本音だ。

 確かに俺のこの目で姉さんの死を直接目撃したわけじゃない。

 実際、信じたくない当時の俺自身もその事実を疑って、死んだとされたその場所へと足を運んで聴いてまわったりもした。

 だからむしろ、素直にこれを喜ぶべきなんだろうけど――


「……」


 ――ダメだ。

 見た目も年齢も、話し方からして全然違う。

 どうしても過去の姉さんとあのKANAさんがイコールで結びつかない。

 本当に姉さんなら……色々なことを話したいけど。

 あの時のこと、謝りたいけど。


「……どうして未は、すぐにあの人が姉さんだって思ったんだ?」

「目、です」

「目?」

「兄さんを見る目が…………すごくいやらしかった……おぞましい」


 『おぞましい』とは、これまた酷い言われ様だった。

 目……目、ねぇ?

 これでも瞳で相手の感情を読み取るのが誰より上手いという自負があっただけに、未のその説明はにわかには受け入れがたかった。


「そう……変装して、気が付かない兄さんへとまたこっそり近づいてきてたんですね…………やっぱり犯罪者……今度は、許さない」


 参ったなぁ。


「――ちょっと岡崎と見張り代わってくるよ」

「え……兄さん」


 会話から逃げるつもりで立ち上がった俺は、だからそんな呼び止めるような未の声も無視して焚火を背に、岡崎が消えた方角へと歩き始めた。



   ◇



「あ、コーダ」

「よう。ここに居たか」


 皆が寝ている焚火の場所からさほど遠くに出ていたわけでもなく、意外とすぐに岡崎は見つかった。

 言っていたように、しっかり見張りをしていたということだろう。

 つまらなさそうに樹に寄りかかりぼんやりと佇んでいるその姿が、俺の手に持つSS(シャイニングスター)によって照らされて視界に入ると同時に、向こうから声を掛けて来ていた。


「見張り交代だ。岡崎も眠いだろ? 深山たちのところに戻って寝なよ?」

「えー……あ~、いいやぁ。アタシはそこらへんでゴロゴロするしぃ」

「そうか」


 まあ、無理強いはしない。

 しかしやたら野性味溢れるギャルだな。

 こんな深夜の森の中でも独りで居ることに恐れが無いみたいだし、岡崎への認識を少し改めることにした。


「……」

「どうした? 森に入った辺りから、急に元気が無いよな?」

「お、おほほほほ」

「さっきからその妙な笑いは何だ?」

「コーダ、質問多過ぎぃ!」

「……じゃあ最初の質問から順番に答えてくれ」

「え~」


 ポリポリと頭を掻いて視線を逃すように、夜空をちらっと眺める岡崎。


「なーんかこう……どーしても思い出しちゃうじゃん?」

「思い出す?」

「…………鈴木と久保ちんとさ。三人で深山のこと、虐めたこと」

「ああ……なるほど」


 夜の森は、特にそうだろう。

 確かにこうして夜の森で岡崎と対峙するだけで、俺も当時を少し思い出していた。


「こんな森の中で、コーダに怒られて……指摘されてさ」


 まあ実際はチャットでの応酬がほとんどだったけど、そのやり取りをしている時に岡崎の居た場所というのが、こんな夜の森の中だったということだろう。

 そういう解釈をしておいた。


「はぁ……その中でも『関係あるかどうかが、関係あるのか?』が地味に一番効いたカモ」


 まるで何かが実際に痛いみたいに、片目を閉じて苦笑いしている。


「そういや俺、そんなこと言ってたな」

「言ってた言ってた!」


 確か……岡崎は『関係ないだろ』って深山の件から俺を排斥はいせきしようとしてて。

 それに対して俺は、犯罪を注意することと、その当人同士の関係性についてが何の関係あるのか言ってみろ、みたいな反論をしたと記憶している。


「なんでそんな話が、『地味に一番効いた』んだ?」

「んー……言葉にするのムズいなぁ……アタシってコーダと違って馬鹿だし」

「そうやってはなからあきらめんなよ。ほら、頑張れ!」

「えー? うぅんと……何かこう、さ」

「うん」

「えーとぅ……」


 岡崎なりに一生懸命に言葉を紡ごうとしてくれるようだ。

 俺はそれを黙って待つ。


「カンケーないことがカンケーねぇってさ……えーと」

「うん」


 ちらり、と俺を見て。


「…………そういうの良いなぁ……って。それって損得カンケーねーって感じでさ。正義の味方って感じでさ。カッコイイじゃん?」


 本来こういう語りって苦手なんだろうな。すごく居心地悪そうにへらへらと笑ってる。


「アタシって馬鹿だから……良いなって思うと、すぐマネしちゃう。だからそう思っちゃったあのコーダの一言が、一番地味に効いたってこと!」


 つまりそれは、あの一言が岡崎の気持ちをこちら側に引き寄せた、見えないターニングポイントだったみたいだった。


「あ~、やっべ、やっべ……らしくないこと言って超ハズい……アタシ、寝てくるワ」


 わしゃわしゃと自分の髪をまた掻いて整っているその髪型を崩すと、顔を伏せたまま逃げ出すように小走りに駆け出した。


「おいおい。もうひとつの返答はどうした?」

「へ?」

「あの妙な笑い方の利用だよ」

「えー……もういいじゃんかよぅ」

「良くねぇよ」

「も~、参ったなぁ……」


 今度は自分の乱れていたその髪を整えるように撫でて、視線を落とすと。


「――だって……下品な笑いをしたら……友達になってくれないじゃん?」

「え……あ、ああ」


 そういやそんなこと言ってたなぁ。

 ……確かにあの『ギャハハ』っていう下品な笑いを最近聞かないかも。

 意識して自重してくれていたのか。


「そっか。やっぱ変かぁ。もうちょっと……アタシに合う笑い方、考える」

「…………そうだな。もっと自然に笑って欲しい」


 今さら訂正も難しいけど。

 しかし振り返って、笑い方なんてものを他人の俺から強要すること自体がおこがましい気持ちになって来ていた。

 当時は……岡崎のことを嫌わないように、俺なりに折り合いをつけられる場所を模索しての、その発言ではあったのだが。


「――にししっ……例えば、こんなのはどう?」

「おっ。それ悪く無いかも? 岡崎っぽい」

「じゃあこれで! にししっ」

「ぷっ……にししっ」


 俺も付き合って、歯を見せて岡崎のように笑ってみせた。

 少しばかりの罪の意識を抱きながら。


「じゃ、コーダ。おやすみ」

「おう。おやすみ」


 ちょっとそれだけだと言葉が足りない気がして、くどいと自覚しながらも付け足すことにした。


「岡崎……深山を助けるために、こうやって付き合ってくれてありがとうな」

「そんなのカンケーねぇし。にししっ」


 テレ臭そうに笑って、今度こそ岡崎は暗闇の中へと去って行った。



   ◇



「んー……」


 それからしばらくは、独りとなったので夜空に浮かぶ大きな月を眺めながら、深山への新魔法の構想を練っていた俺だった。


「あぁ」


 全然関係ないのだが、月が以前より満ちていることに気が付いた。

 このペースで行くと、あと一週間ぐらいで満月になりそうな感じ。

 以前この月の位置がそのまま時計となることを凛子から教えてもらったことも含めてかんがみると、つまりもしかしたら月末を区切りとして満月と新月を繰り返す――つまり月の満ち欠けで月間カレンダーの役割も兼ねいるのかも、と軽く予想をしてみた。


「なら、来月の末日頃は……夜が暗くなるのかもな」


 現実よりずっと大きな月だけに、そのもたらす影響は大きい。

 ゲームを始めた当初から現在に至るまで、月が満ちていっている現状は夜間の活動がしやすいので初心者として幸いだった。

 もちろん現状の俺たちにはSS(シャイニングスター)の副産物としての明かりがあるが、しかしこれは良くも悪くも目立つので、常時使うと歓迎しない客人を招き寄せかねない。

 実際見張りをしている今、SS(シャイニングスター)は引っ込めている。


「って……魔法の構想はどうした」


 正直、手詰まりである。

 具体的には魔力(コスト)不足についてのブレイクスルーが欲しかった。

 これから先、高レベルのプレイヤーを相手にするならある程度の威力が無ければただの賑やかしにしかならない。

 でも威力を増せば今度は速度が出ない。高レベルのプレイヤーに当たらない。

 完全にジレンマである。


「街で良い媒体が見つかれば良いんだけど……」


 深山とディスカッションしている時に魔力(コスト)の上限を仮に『40』と言ったけど、あれは初期装備で10なら店でお金を払えば……という単なる予測と期待でしかない。

 実際は20かもしれないし、100ぐらい期待出来るのかもしれない。

 とりあえず街に行って、アイテム屋なり武器屋なりに――


「――あ」


 問題山積過ぎて先送りしている内に、うっかりしていたな。

 俺はすでに武器屋の鍛冶師にツテがあったことを思い出した。

 それどころか口約束だが素材収集のクエストじみた依頼も受けていた。


「とりあえず、一報入れておくか」


 明日には街に着くだろうけど、いきなり行って不在だったら困るしな。

 さっそく操作モードからソフトウェアキーボードを展開する。

 『to ヨースケ』と送り先も指定して。


「こんばんは。トレーラー前で野良ログイン募集していた香田です」


 音声入力で挨拶を送る。

 いっしょにログインしたあの人が『ヨースケ』とカタカナ表記なのか確実じゃないので、アダマンタイトのこととかは伏せて無難な挨拶にしておいた。

 『ようすけ』や『洋介』かもしれないし。

 ……リアルで会う時はもっと正確に確認しないとダメだな。反省。


『――お~っ! 有名人ランカー!! 少し久しぶりぃ!』


 しばらく間があってそんな明るいノリの返事が届いてきた。

 どうやら表記はあれで正解だったらしい。


「有名人、って……」


『そりゃそうだろ? 更新ニュースで香田が出て来た時はひっくり返りそうになったぞ!?』


「あはは……実は俺自身もそんな感じだった」


『またまたしらばっくれちゃって! ジェノサイド姫のミャアちゃんとも実はお知り合いだったくせにさ!』


「あー……いや。あの場では、とても話せる状況ではなかっただろ? まわりは敵意抱いてるやつらばっかりだし」


『ハハッ、そりゃそうだ! それでそれで? もしかして――』


「――ああ。ご希望のアダマンタイト、見つけてるよ」


『マジかよっ!!!』


 こういう同性との遠慮ない会話って良いな、とふと思った。

 もちろん深山や凛子と話すことは好きだけど、この気軽さは無い。


「明日クロードの街に着く予定だから、良ければ時間を合わせてヨースケの露店で会おう」


『いやいや待て待て!!』


「?」


『それはあまり頂けないな。おれが迎えにそっちに向かう』


「わざわざか? さすがに――」


『上客なんだから、それぐらいはトーゼンさ』


 画面の向こうでウィンクでもしてそうな軽さだった。


『座標は?』


「え? 座標……?」


『マップの中心にいる自分にカーソル合わせて、アクティブ』


 端的なその説明に促されるまま、実際試してみると――227:161という表示が現れた。


「227:161って出たけど」


『ちょいまち』


 向こうも位置関係を確認しているようだった。


『……なんでそんな森の中にいんのさ?』


「実は始まりの丘付近の道が吹き飛んでて見当たらないから、純粋に方角に従って直進している感じで」


『ああ、ミャア砲!』


「み、みゃあ……砲……」


 深山よ。四門オールアラウンド円陣ゲート・イン・ザ・火竜サークルドラゴンは受け入れられず、とうとうここまで手短でフレンドリーな通称がついているらしいぞ?

 『いや実はオレもミャア砲被害者でさ~』なんて会話が交わされている情景が軽く思い浮かんだ。

 定着すると予想していた『銀魔法』(シルバーマジック)はこの『ミャア砲』の属性を表す言葉にでもなっているのだろうな。


『なるほどね。そういうことなら……その場所から北西に5キロほど進むと森を抜けて道に出ると思う。その道沿いに少し南下して、Y字に分かれているところで明日の昼12時頃に落ち合おう』


「……わかった。ありがとう、それでぜひ頼むよ」


『オッケーオッケー! ちなみにミャアちゃんもいっしょかい?』


「え? あ、ああ……今は寝てるけど」


『かーっ、マジか!! ミャア砲、爆発しろ!!!』


 それは深山への恨み節なのか。

 それとも『恋人うらやましい』みたいな感じなのか。

 とりあえず、なんかまたキャッチーなこと言われてしまった。

 マップの形状変わるとか歴史に残るような珍事だろうし、あの更新ニュース番組の紹介もあるし、もしかしたらこんな感じですでに広く多用されてて、EOE流行語大賞待った無しの状態なのかも知れない。


『ハハハッ。じゃあ明日、また近くまで行ったら連絡する!』


「ああ、それで頼む。じゃあ手短だけど今日はこれで」


『ああ!』


 その返事を聞いてからソフトウェアキーボードをたたんで、ヨースケとのチャットを終わらせた。


「ミャア砲、ねぇ」


 くくくっ、と変な笑いが込み上がってくる。

 まったく誰が言い出したのやら。


「――終わりましたか、兄さん」

「っとぉ!?」


 いつの間にか、未が俺の横に並んで座っていた。


「い、いつの間に……」

「兄さんが熱心にチャットしている間、ずっと隣にいましたが」


 ……なるほど。

 ソフトウェアキーボードを展開してると視界が悪くてこういうこともあり得るんだな。

 便利だからって戦闘中に使ってたら痛い目に遭いそうだ。


「……気が付いてないなら、キスのひとつでもしておけば良かった」


 無論顔には出てないが、しかし本気で後悔してそうな未。

 誓約が効いているとはいえ、現実世界とはずいぶん違うその素直な態度にはまだ慣れない――というか。二年前、盛大に未を傷つけてしまったあの罪が無かったことにでもされている気がして……心中複雑だけど、でも確かに救われた気持ちになっている俺がここに居た。

 やり直す機会を与えてくれた。

 そう素直に、俺は喜んでおこうと思う。


「……何? 良いの?」


 ずいっ、と顔を遠慮なく近づけてくる。


「良くない、良くないっ!! もう充分味わっただろっ!?」

「…………」


 くそ……難しい。月明かりぐらいしか無いからだろうか?

 未が真っすぐ俺を見詰めているが、その心の色が上手く読み取れない。


「それでっ? どうした?」

「……未もいっしょに見張りをやります」

「なら反対側をカバーしてくれ」

「訂正します。兄さんといっしょに居ます」

「……ストレートだな」

「はい……今の未は、素直ですから」


 そう言いながらキスは断念してくれたのか、そのまま俺の肩の辺りにもたれ掛かってくれる未だった。


「触れてるけど……良いのか?」

「今は良いです。といいますか、ずっと……良かったです」

「そうか」


 少しだけ考えるフリをするけど、ただ気持ちの整理がしたかっただけ。


「……もう触れない、なんて言って……悪かったよ」

「…………」


 未もちょっと間をあけてから言葉を返す。


「……いえ。触れないで、と最初にお願いしたのは未ですから」

「そうだっけ」


 二年前のあのことは、正しく思い出すのも難しい。

 夜……あれはどんな理由だったろうか?

 未が『もう学校に行かない』と宣言したその日の夜、何かのそれらしい理由を付けて未の部屋を訪れた俺。

 その未の部屋の中で、俺は、異性として求められてしまった。

 俺の子供が欲しいと赤裸々な告白をされてしまって。

 それで俺はとっさに『兄妹でそんな気持ち悪いこと』なんて言ってしまった。

 無防備にさらけ出した無垢な13歳の未に、唯一心を開いているはずのその俺が、鋭いナイフのような言葉を突き刺してしまった。

 ……こういう風に、内心で正確に表現するのも難しい。

 実際はもっと酷かった。

 こんな綺麗な言葉では表せないほどの残酷さ。

 あの時の俺はとにかく驚いて、戸惑って――いや、だから……綺麗にまとめようとするなよ……。

 『怖かった』。

 未が、怖かった。だから何も無かったようにしたかった。

 いつもの『すなお』な未になるよう、それを押し付けてしまった。

 未の心を封殺した。

 本人の考えや苦しみや悩みや……その気持ちを何も受け止めてあげることも出来ず、ただ、ただ、俺の都合で一切を拒否してしまった。

 どれだけ悩んだのだろう?

 どれだけの勇気を奮い立たせて、どれだけの不安を抱いて、あの言葉を俺へと発するに至ったのだろう?

 ……それを想像するだけの余裕が俺に無かった。幼かった。


「15歳って……思ったより子供ですね」

「――え」


 たぶん未も、似たようなことを考え、思い出していると感じた。


「当時……15歳の兄さんは……もっともっと、大人に見えました」

「……きっと17歳になっても、未は同じことを言うと思うよ」

「つまり未は、子供?」

「いや……その逆だと思う。実際の俺は、未が思ってくれているほど大人じゃなくて、もっと幼いんだよ」

「……そうなんですか?」

「たぶん」


 これもきっと未のおかげ。

 今さっきまで過去のトラウマにハマってた幼い俺をこうして救ってくれて、少しばかり心が軽くなった気がした。


「未、悪かったよ……あの時、傷つけて」


 それでやっと……二年越しに、俺はようやくちゃんと向き合って謝罪することが出来た気がした。


「決して、未のこと……本当は気持ち悪くなんか――」


 でも。


「――やめてください」


 それは、拒絶されてしまった。

 未はゆっくりと俺の肩から身体を離し、瞳を伏せる。


「……それ以上、謝らないでください。嫌です」

「え?」

「何のために毎日、毎日……あんな酷いこと言い続けて来たと思ってるんですか。未の努力を否定しないでください」

「未……?」

「お願いですから……もっと未のこと、嫌ってください。拒絶してください」

「……」


 思考が追いつかない。

 『素直』な未からそう言われてしまった。

 つまり心からそう思っているわけで――……決定的に、俺と違うゴールを目指していることを理解した。

 和解して、認め合って……関係を修復したいと願う俺とは違う、未のゴール。


「お願いですから……気持ち悪いって、また言ってください」


 もう、わけがわからない。

 せっかく心が通じ合ったと思ったのに。

 やり直せるって、そう確信したのに。


「いや……もう二度と言わない」


 でも俺は、そう答えるしかなかった。言えるわけがない。

 だから結局は平行線。

 未がこうして素直になってくれても、何も変わらない。


「そう」


 未は俺の返事を確認すると視線を合わせることも拒否し、そのまま静かに立ち上がり。


「……反対側、見張ってきます」


 こう言い残して、目の前からゆっくりと立ち去って行った。


「……」


 わけがわからない。

 途方に暮れるしかない。


「――んだよっ、それはぁ……」


 頭を抱えて、俺は独り唸った。

 甘く考えていた。

 そんな単純じゃなかった。

 もっと、グチャグチャしていた。

 キスなんかされて、あの頃から変わらず『好き』だと言われて、誓約で素直になってくれて……それで安易に考え、思考停止していた。


「じゃあ、どうしたら良いんだよ……っ」


 俺は改めて、人間の心の複雑さを痛感するしかなかった。



   ◇



「――ぎゃあああっ、また負けたああぁぁ……っ!!」

「ん……」


 真っ白な世界。

 心地良くて温かい空気。


「にしししっ……これでサークラセンパイの二敗っすねぇ?」

「うっさいわねぇ!! たまたまよっ、今度は負けないんだから覚えてなさいっ……!!!」

「……何、やってんの?」


 また眩しくてちゃんと目が開けられない。


「あ、香田君……おはようございます」

「ん。深山? ふぁ……ここは……?」

「え? くすっ。香田君、まだ寝ぼけてますか? ここは森の中ですよ?」


 優しい深山のささやき声が、心地良い。


「森の中……? でも、すげぇ柔らかいクッショ――」

「――きゃっ」

「ん?」

「……っっ……!!!」


 まったく自覚無く、俺の枕となっていた深山のすべすべな白い太ももを手探りで撫でてしまった。

 頭上に、真っ赤な深山の整った綺麗な顔。

 それを遮るように手前に存在する大きなふたつの峰。

 ……これはいわゆるひとつの、膝枕、というヤツだ……。


「あーっ、香田っ! 起きて早々深山さんに手、出してるぅ……!!」

「いや、これ――」

「――おはよう~っ!!」

「ぐはっ」「きゃあっ!?!?」


 深山ごとフライングボディプレスで全身ダイブしてくる凛子だった。


「私もベタベタするぅー!!」

「……ど、どうぞ」


 痛いぐらいに自分の頬をぐりぐり俺の胸板に押し付けて、存分にその感触を味わってくれているようだった。


「んんん~っ……おぅ?」


 そんな凛子の頭を思わず撫でてる俺の手。


「凛子、元気そうだな」

「うんっ」


 ニッコニコな凛子の笑顔。

 きっと意識してそうしてくれている。『もう大丈夫』って伝えてくれている。

 だから俺も無粋な質問はしないでおこうと思う。

 シンプルに笑顔で返した。


「深山も大丈夫?」

「は、はいっ」


 俺が振り返るとそう返事をしながら、慌てて乱れたスカートの裾を抑え込む深山。目の前の艶めかしい太ももが眩しい。

 まるでそのスカートの中に香水でも忍ばせているかのように、良い香りがふわっ……と漂っていた。

 まるで嘘みたいだ。

 昨日、こんな綺麗な人のあのスカートの中に――


「おっ。香田……超どきどきしてるぅ……!!」

「――してません、してません」


 俺の胸に耳を当ててた凛子を離し、努めて冷静にゆっくり身体を起こすと、咳ばらいをひとつ。

 そして振り返ってドミノ倒しの下敷きになっているような深山に手を貸した。


「あ……ありがとう、香田君」

「いえいえ。それで凛子……何やってたの?」


 なんかふたりしてちょっと意識してかギクシャクしてしまったので、それを誤魔化すように凛子へと向き直ってすかさず質問する。


「うんっ、残った回数を使って、オカザキと打ち出の小槌ゴールデン・リトルハンマーでミニゲーム!!」

「ああ。どっちがより大金出せるかって感じ?」

「そうそうっ。先に三勝したほうが――」

「――にししっ。好きなこと命令できるって感じぃ? ちなみに現在、アタシの二勝一敗でーすっ」

「ぐぬぬっ……負けないんだからぁ!!」

「ああっ、ふたりで何をしているかと思えば……良いですねっ、王様ゲーム!!」


 ぽむっ、と両手を叩きながら深山が瞳を輝かせていた。

 ……もしかしてそういうの、憧れてるとか?


「んっ? 深山さんも参戦するの? いいよいいよ歓迎っ! ね? オカザキ!」

「え。あ、あぁうんっ、深山もやるぅ?」

「はいっ」

「よーし、じゃあオカザキ。勝負はもう一度ゼロからやり直しよねっ♪」

「ちょっ、ちょっ……!?」


 快晴の青空の下、楽しそうにしている三人を見て心和ませる俺だった。


「いいね、じゃあ俺も参加するか」

「――え!」「――お!?」「――っっ……!!」


 何気ない俺の一言に、過度と思えるこの三人の反応。


「へへ……へ……こりゃ、負けられない、かにゃあ……っ?」

「あははっ……岡崎さんも、本当に参加するの……?」

「もちろんじゃん? だいたいアタシらが先にやってたゲームだしぃ? 何、妙なこと言ってんの、深山姫ぇ?」


 ほがらかな朝の一幕が……あれ。

 何か、急に不穏な空気に?


「何か悪かったよ。やっぱ俺は辞退――」

「ちょっ、ちょーっ!!」「だめええぇっっ!!」「香田君っ!!!」


 三人から全力で阻止されてしまった。


「にししっ」「え、えへへっ……」「あ、あはっ……」


 今度は三人で目くばせなんかしてて、仲良さそうにしてる。

 ……まあいいか。


「そういや今は――……あれ!?」


 ふと気が付いて木々の合間から太陽を見上げると……すでに結構高い位置にあって驚いてしまった。


「あ、寝すぎたっ! 悪いみんな! 今すぐ出発したい!」

「えっ、は、はいっ……香田君、どうかしたの?」

「昼の12時に待ち合わせの約束をしてるっ」

「――……また女、ですか」


 今の今まで見張りをしていたのだろう。

 いかにも不機嫌そうな瞳の色をしている未が、のそりと木陰から姿を表す。


「どうしてそういう発想になる」

「むしろどうしてそういう発想にならないんですか……? 今までの会う人、会う人、すべて女性でしたよね?」

「それはたまたまの偶然だから。今度はちゃんと男だから!」

「……現地妻ではないんですか?」

「男! お・と・こ!!」

「そうなら、まあ構いませんが……」


 ぷい、と顔をそむけて話す未の背後で。


「うー……私、ヤだなぁ」

「……うん」


 そんなヒソヒソ話をしている凛子と深山だった。

 今は聞かなかったことにしておこう。


「……しかし兄さん。残念ですが」

「うん?」

「未はそろそろ、活動限界です」

「っ!!」


 ふらっ……と身体が大きく揺れる。

 俺は慌てて受け止めるしか無かった。


「未っ、もうちょっとだけ耐えられるか……?」

「兄さんが……こうして触っててくれるなら、少しは」


 何だ、それ。俺は発電機か何かか?


「あーっ、未ちゃん、甘えんぼうだーっ」

「……はい。未は甘えんぼうです」


 ぎゅっ、と俺の腕にしがみついて見せる未だった。

 ほんとEOEではびっくりするほど素直である。


「……」

「……何ですか、兄さん?」

「いや」


 夜中、嫌ってくれと……気持ち悪いとまた言ってくれと願っていたあの未の言葉を思い出して、首を傾げるしかなかった。

 ……拒絶して欲しいんじゃなかったのかよ?

 やっぱり素直になっても、俺の妹のことが全然わからない俺だった。


「よし、じゃあ未がダウンする前に出発するぞ」

「おぅ」「らじゃーっ」「はい!」「ん……」


 こうして俺たち五人は森を抜けるべく、北西へと向かうことになった。



   ◇



「――おっ、道はっけーんっ!!」


 先を行く凛子の声に導かれて俺たちは少し早足で追いかける。


「お、確かに」


 目の前が急に開けると、その眩しさに自然と目が細まる。

 確かにここまで二時間弱……5kmほどの徒歩だった。


「つ~か街ーっ! コーダ、もう街が見えてんじゃん……!!」

「あっ」

「わあっ……!!」


 やっぱり人間って、文化に対する憧れや喜びって根源的にあるんだなぁとこういう時に実感する。

 全員が全員、道の先――遠く、地平線近くに見える建物が寄り集まっているそのシルエットを目にして心を躍らせていた。


「お家・お家っ♪」

「な? 美味い食い物とかあるよなっ!?」

「生地とか裁縫道具も買えるのでしょうか……」

「え。未ちゃん、自分で作るつもりなの……!?」


 思い思いに好き勝手言っている。もちろん俺も俺で街に着いたらあれを買おう、あれも欲しい……と頭の中で色々プランを立てていた。

 勝手に心が躍ってしまう。


「あーもうっ、コーダ、走ろうっ!?」

「こらこら。無茶言うな」


 待ちきれない岡崎が散歩を待ちきれない駄犬のようにその場でジタバタと足を動かしているが……すでに電池切れ起こしつつある未の手を引いているこの姿を見て言って欲しい。


「そうそう。街は逃げませんからっ」


 俺の左隣でクスクス笑ってる深山。

 ちぇーっ、とボヤく岡崎。……うん。良い空気だ。


「しかし……長かった、なぁ」

「?」


 遠くにかすんで見える街を眺めて、俺はひとり密かに感慨深い思いに浸った。

 普通、最寄りの街に立ち寄るってのはRPGシナリオにおいて最初のイベントだと思う。そこで装備なんかを一式揃えて、宿屋なんかで拠点を構えて冒険に出るのがお約束(スタンダード)である。

 それがまさか、こんなに時間が掛かるとはな……。

 とりあえずこれで森の野宿もおしまいだろう。

 現実に冒険のあらすじがあるわけじゃないが、しかし確実にひとつの見えない節目を感じる……そんな眺めだった。


「――ほい、15分経過。次は深山さんねっ。準備は良い?」


 背後ではSS(シャイニングスター)のクールタイムが終わったみたいで、凛子が深山にそう話し掛けていた。


「凛子ちゃんから受け取ったらすぐに振るのね?」

「うん、7秒以内!」

「はいっ」

「じゃあいっくよぉーっ……イニシャライズ!!」


 凛子のそのクラフテッド・スペルの宣言と同時に、パパパッと瞬間的にSS(シャイニングスター)が現れては消え……と繰り返されて行き、断続的な点滅のように周囲に輝きをもたらす。


「セットアップ!!」


 今度は凛子の宣言と共に、右手にポップさせた打ち出の小槌ゴールデン・リトルハンマーが輝き出す。SSによって考えうる極限まで性能が高められ――


「――はい、深山さんっ!!」

「は、はいっ」


 深山が手渡された打ち出の小槌ゴールデン・リトルハンマーを受け取りざまに宙へと振り回す。


「えいっ……!」


 ――ジャララララララララッッッ。


「にゃ、にゃにぃそれえええぇぇぇ……!?!?」


 一見してわかるほどの、過去最大となるお金のスコールが発生した。

 たぶん直前に振った凛子の二倍以上の量。

 ……うん。深山ってやっぱり『持ってる』人だよなぁ。


「わあっ、見て見て香田君っ!! いっぱい出ましたっ♪」

「……ああ。凄いな」


 無邪気に足元に転がっているお金を両手に取ってはしゃぐ深山。

 まるでお金というより新雪に囲まれた子供のような無垢な喜び方。

 下種な感じがまったくしない、自然体の笑顔。

 うーん……何だこの、お金のほうから勝手に集まってくれそうな隠せないセレブ感は?


「ああああ、もう嫌ぁぁ……ヤだぁ、神様不公平過ぎるよおぅ……!!」


 敗北感に打ちひしがれた凛子が地面に崩れ落ち、握られた拳を道の地面の上へと叩きつけて芝居掛かった風に嘆く。


「り、凛子ちゃん!?」

「それでなくても性格可愛くて超絶美人なのにぃ、おっぱい大きいとかもうわけわかんないしぃ……その上、歌が上手くて、強運とかっ、もうこれ、どうしたら良いのかわかんないよぅ……! 神様不公平過ぎだよおおぉぉ……っ!! チート? チートヒロインなのぉ!?!?」


 地面をダンダンと何度となく叩きつけながら不公平さを神に訴え続ける凛子。


「ま、ままま、待って! 凛子ちゃんっ、待って! 凛子ちゃんがそれ言いますかっ!? 嫌味にしかなってませんけどっ!?」

「はあああっ!?!?」

「そんなこと言ったら……凛子ちゃん可愛くて……わたしみたいに汚れてなくて、心が綺麗で……だから香田君は実際、凛子ちゃんを選んでて……お、女の子として完全に勝ってるのに、そんなこと言われても嫌味にしかならないですっ……!!」

「はあああっ!? はああああっ!?!?」


 特に凛子が酷い。興奮しちゃってて言葉も上手く出てこず、よくわからない崩れヤンキーみたいなことになってしまっていた。


「こっ、この発情おっぱいがああああっ!!!」

「きゃあっ!?」

「こんなのっ、こんなのいつも振り回してぇっ……!! これみよがしにっ、ぶらさげてえええぇっっ……!!!」

「ちょっ、凛子ちゃんっ!? こ、こらっ……!!」


 ――……完全に目の毒、だ。見てられない。

 泣きべそかきながら襲い掛かった凛子が、深山の大きな乳房を揉みしだいて右に左に上に下に、乱暴に潰してもてあそんでる。


「半分でもよこしなさいよおおおっ!?!?」

「ふきゃああああああっっっ!!!」


 いや、まあ。言葉遣いから鑑みても、たぶんふざけているだけだから俺が仲裁するまでも無いと思うのだけど……。


「ほらほらっ、うりうりっ、ここかっ!? ここを香田に揉んで欲しいのかああっ!?!?」

「ひうううっ……!!!」

「――こら……凛子。そろそろ許してやりなさい」


 とうとう見るに見かねて、目のやり場に困りながらも凛子を捕まえて深山から引き剥がすことにした。


「ふええええっ、香田ぁ……!!」

「お」


 すると今度は俺にガシッと抱き付く凛子。


「やっぱり深山さんのおっぱい、超ふかふかだよおおぉぉ……っっ!!」


 ぶらぶら俺の首に垂れ下がりながらよくわからない嘆き方をする凛子だった。


「そ、そうか……よしよし。まあ気にするな。大きさじゃないから……」

「ぐすっ……そなの? やっぱり香田って……重度のロリコンだったのっ?」

「え゛」


 返答に困っていると、今度は感化されて振り切れた深山が。


「――そ、そうです……!! 凛子ちゃんずるいっ……!!」

「ふぇ??」


 心の叫びを発する。


「香田君、胸……いつまでたっても触ってくれないのっ……!! 凛子ちゃんばっかりずるい……!!!」

「えっ!? ちょっと! 香田っ!? それってどういうことっ!?!? わたし、ちゃんとお願いしたよねっ……!?」


 あーもー。

 この話、いったいどこへ行くの……どうやったら収集つくの。


 ――くい、くいっ。


「ん?」


 ふと今度は、俺の服の袖を引っ張る未の存在に気が付き、見下ろすと。


「おやすみなさい」

「ちょっ、未っ、寝るな未ぃ……!!」


 カクン……と本当に電池か、はたまた吊っている糸が切れたみたいに崩れ落ちる未だった。慌てて空いている右手で受け止めるが、ぶら下がっている凛子もあってこれ以上身動きが取れない。


「だああああっ……!!」


 重いっ。ステータス最低の俺がとても支えられる状況じゃなくて、そのままなし崩し的に腰から崩れるしか無かった。


「あぁもぅ……メチャクチャだろ、これ」

「うーっ。ほら香田……! 逃げないでっ。深山さんのふかふかおっぱいが待ってるよっ!?」

「――……っっ……!!」

「いや、逃げてないし。深山もそこで意識しなくていいからっ」


 とりあえず寝てしまった未はこのままに出来ない。よって悪いけど首に抱き付いている凛子にお願いすることにした。


「ほら凛子。ごめん、未が寝ちゃったから今だけは離してくれるか?」

「…………うー……」


 確かにそんなことを言ったのは初めてだった。

 だから地味にショックを受けた様子の凛子が泣きそうになりながら……でも俺を解放してくれる。


「ありがとう……よっと」

「あーっ。お姫様抱っこ……!!」

「姿勢的にこれしか無いの。今度、凛子にもするから」

「ほ、ほんとだよっ!?」

「わかった。約束する」

「えへへっ……やったっ」


 遠慮気味に俺の服にしがみ付いて喜ぶ凛子だった。


「…………っ……」

「深山もな?」

「ふきゃっ!? は、はいっ……!!!」


 こういう時に甘えられないのが深山って理解した俺は、いじけて黙々とお金を拾っている彼女に向けてそう付け足しておいた。

 何だかよくわからないが、まあとにかくこれで話は収束した……のだろうか?


「そういや凛子。さっき深山は歌が上手いって言ってたけど」

「ほへ? 実際びっくりするほど上手いよねっ? 香田とデート中、ずっと歌ってたの聞こえてたけど?」

「ああ、なるほど」


 あの仮想カラオケ、遠くの凛子に届くほど森の中で響いていたのか。

 ……俺、歌って無くて良かったな。うん。


「うらやましぃ……」


 ぽそりとつぶやく凛子。


「そうか? 俺は凛子の歌も好きだけどな。ラブラブちゅっちゅ、とか――」

「――うぎゃあああああっっ!?!?」


 今度は両手を振り回して真っ赤になって叫んでいた。

 まあそんな感じで、取り止めも無い平和な会話がまとまりつつある頃。


「――あ、やっぱ香田か!」

「お」


 聞き覚えのある男の声が届く。

 どうやら待ち合わせ場所よりずっと手前まで迎えに来てくれたようだった。


「よっ! 声が聞こえたら――って……なんだいなんだい、ずいぶんと美人ばっかり揃ってる豪華なパーティだね?」

「……っ」


 ぎゅっ……。

 俺の服を握る凛子の手の力が強まるのを、俺は見逃さない。

 深山も普段の優しい雰囲気から、一気に警戒の雰囲気を帯びた『深山さん』へと変化している。


「ねえコーダ。この人って……?」

「ハハハ、おれは『ヨースケ』さ。美人の皆さん、よろしくぅ!」


 そんな周囲の冷めた空気などお構いなしの感じで、ニカッと歯を見せて爽快に笑って見せる豪胆な凄腕鍛冶師。


 こうして俺たちの、誰とも接点を持たない閉ざされた自然の中でのささやかなスローライフは終了したのだった。

 きっと賑やかな街には、心躍るイベントが盛り沢山なはずで。

 だからそれが少しだけ寂しいなんて思うのは、贅沢な憂いだろうか――



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