#050 狂者の葛藤
「――殺す……!!」
「あはっ♪ 未ちゃん元気そうでお姉ちゃん嬉しいわ。身体弱かったからずっと心配していたのよぅ」
俺は訳が解らなかった。
状況をどうやっても理解出来なかった。
心がそれを受け付けない。インプット出来ない。
「……犯罪者が、馴れ馴れしく語らないで……!!」
「え~。お姉ちゃん寂しいなぁ」
「だから……!!」
目の前で、15歳の女の子が大剣を振り回し、30代に差し掛かっているだろう大人の女性へと無表情のまま切り掛かっている。
決して感情的ではなく淡々とした……しかし大きな声。
「もういい黙って死んで。死んで死んで……死んで……!!」
全身を使い、態勢の崩れも気にせず一心不乱に剣を振り回しているが、決してその刃が対峙するその女性へと触れることは無い。器用に寸前のところですべて身を捩り回避し、ひたすら空を切らせていた。
それを俺は、ただ、茫然と眺めていた。
「はい、もう死んでます♪」
「じゃあ消えて……今すぐ存在を消して。消えて。潰れて千切れて擦り切れて死んで、この世から永遠に消滅して……!!」
――『死んでます』。
その一言に、俺の中の何かが反応した。
「もう……怖いわねぇ。未ちゃんにそんな恨まれるようなことしちゃったかしら?」
「犯罪者が……この犯罪者が。どの口でそれを言うの……」
あくまで無表情なまま、荒い息を落として顔を伏せる全身真っ白な女の子。
華奢な身体と不釣り合いな大剣を砂の地面へと突き刺し、杖のように体重を預け背中を丸める。
――途端。
音も無く、赤く淡い光がにわかに溢れる。
「あら。未ちゃん、アナタってもしかして――」
「――兄さんを穢しておいて……!!」
顔を上げ、まるで縮めたバネが解放されるかのように一気に跳躍し、間合いを詰める女の子……いや、俺の妹である未。
そのルビーのような紅の瞳から、まるで炎を思わせるような淡い光が漏れ出していた。まさにその第一印象は『魔眼』。
「殺す、殺す殺す、殺す……!!」
「それって狂戦士よね? 未ちゃんってばマニアック♪」
見るからに歴然としていた。全然動きが違う。
今まで大きな剣に振り回されているばかりだった未の身体は揺らぐことなくしっかりと地面を捉え、振り下ろされるその刃は目で追えないほどの速さとなっていた。
しかしそれでもその女性――KANAさんには、決して当たらない。
「あああぁぁああああああぁぁ……っっっ!!!!」
未が、吠えた。
あの未が、昂る感情を乗せた声を上げ、背中を震わせる。
「っと」
一閃。
まるで全身が矢のようだった。
もはや人間の領域を超えた驚異の速度で、一直線にKANAさんへと予備動作も無いまま前のめりに突っ込む未。
淡く揺れる瞳の残光が尾のようにその軌道を描き、取り残される。
――キィィィィィンン……ッッ!!!
耳をつんざく金属音。
それは……未の両手に構えた大剣が根元から真っ二つに折れる音だった。
「ふふっ。びっくりしちゃった♪」
見ればぺろりと舌を出して笑っているKANAさんは、いつの間にか見るからに豪華そうな装飾を施した複雑な構造の杖を構えていた。
もしかして、あれで未の刃を横に払い落したとでも言うのだろうか。
武器ですら無い棒状のあんなモノでの、片手の殴打。
――そんなことで、あれほどの厚みのある刃が根元から折れた……?
レベル250という途方もない数字によって生み出される能力の差を、これ以上なく実感する瞬間だった。
「ぅ、ああぁぁああっっ……!!!!」
言葉ですらない感情の塊のような声を上げる未。
「未ちゃん。もし狂戦士としてやっていくなら、まずはその暴走をコントロールする術を磨いていってね?」
「――っ……ぁ……」
それは、ただの人差し指の先による弾き。
いわゆる『デコピン』のようにパン、とKANAさんが未の頭部を軽く弾いた瞬間、未の華奢な身体は背後へと数mほども吹っ飛び、地面へと転がり落ちていた……それであっけなくすべてが終わってしまった。
「孝人くん」
「え……あ……はい……」
いまだ心はまるで夢の中のように現実感が伴ってないが、しかし返答することが出来るぐらいには、冷静さを取り戻しつつあった。
「ね。そろそろ思い出してくれないと……さすがにお姉ちゃん、ちょっと悲しいぞっ?」
「思い出すって――いや、でも……」
違う。俺は忘れているわけじゃない。
忘れるはずがない。
そうじゃなく、単に『勘違いしてはいけない』と頭から否定していただけだ。
だって俺の姉は……神奈枝さんは、もう、死んでいるんだから。
だから俺はずっとその影を追わないようにしていた。
KANAさんの中に、姉の姿を求めないようにしていた。のに。
「――……神奈枝、姉さん……なの?」
「はいっ」
にっこりと笑う目前の大人の女性。
……違う。
香奈枝姉さんは、俺の四歳年上だ。決してこんな成熟した大人の女性じゃない。
顔も違う。声も違う。体型も違う。話し方も、雰囲気も、何もかも違い過ぎる。こんなのまったくの別人――
「ふふふっ……やっと名前呼んでくれた」
「あ」
――唇に人差し指を当てて、少し照れ臭そうに笑うその仕草。
ふと、それだけ元の神奈枝姉さんの姿と重なる。
「兄さん…………ダメ……」
「え。あっ、未!」
あまりにも衝撃的過ぎて、心や行動が現実になかなか追いつかない。
頭部を強打された未が額から血を流しながら倒れているその事実をようやく正しく認識出来て、慌てて駆け寄る。
――ギュッ……。
「兄さん……ダメ、です……あの犯罪者に……関わらないで……」
俺の袖にしがみ付きながら、ゆっくりと身体を起こす未の表情はそれでも無表情のままだったが……しかしその瞳の中には、深い悲しみが現れていた。
「ダ、メ――……」
「お、おいっ」
そのまま糸が切れた操り人形のようにガクッ、と俺の身体にもたれ掛かり、未は意識を失った。
「――さて。じゃあパーティのみんなが戻ってきたみたいだし、あたしは戻るわね?」
「えっ…………は、はいっ……」
KANAさんは俺に対してではなく、深山に対してそう告げると小さく手を振っていた。
「孝人くん。月末の大会、楽しみにしてるからっ♪」
最後にそう笑いながら言葉を残すと――
「――フウァールウインド」
「う、わぁっ!?」
岡崎がとっさに叫ぶのも仕方ないと思った。
KANAさん……と変わらず呼んで良いのだろうか?
その高レベル魔法使いの女性は、大量の光の粉を周囲に振りまきながらそう杖をかざして呪文を唱える。
そして目の前で大きく跳躍して4mほどの大岩の上に一度ふわりと登り、そのままそれを踏み台とするように猛烈な突風をまき散らしながら空の彼方へと一瞬で消え去ってしまったのだ。
「おいおい……人間は、飛べないんじゃないのかよ……っ」
誓約紙の説明の時、そんな例えがあったことをふと思い出した俺はその姿を見送りながら、意味のないぼやきを口にしていた。
「……」
参った……最早メチャクチャで収拾がつかない。
それこそ目の前では俺の妹が殴打されて意識を失ってさえいるのに。
それでも。
「――とりあえず、深山……ただいま。独りにさせて悪かった」
取り残されていた深山に対して、そんな挨拶と詫びだけはちゃんとしておかなきゃ、と最優先で心配してしまう俺だった。
「ううん……あの。戻ってきてくれて、ありがとうございます」
「……うん」
表現出来ないぐらいの僅かな違和感。
問い質すほどの確信も得られず、つい流してしまったけど……でも、深山の様子がやっぱり少しおかしい気がした。
言語化するのも難しいが、強いて表現するなら『妙に余所余所しい』という感じの印象。
「深山さん深山さんっ、大丈夫!? あのおっぱいに酷いことされなかった!?」
今まで黙っていた凛子が堰を切ったように深山の元に駆け寄って、俺のかわりに質問してくれていた。
「え。ううん。たぶんその逆かな?」
「逆?」
「あの人……ずっと一緒に居てくれて。お茶とか罰ゲームだとか色々言ってたけど、結局それでわたしを守ってくれていたと思うの」
ちょっと困ったような表情の深山が小さく笑ってそう説明した。
ああ……なるほど。つまり第一位のKANAさんが近くに居る限り、安易に手出しが出来ないのか。
結果的に、他の――例えば楽のヤツみたいに恨みを抱いている人間たちから深山を守ってくれていたようだった。
「そっか……無事で良かった」
その恩着せがましく無く自然で深い思いやりに長けた振る舞いは、俺の知っているあの女性のイメージそのもので安心する。
やはり変わらず『KANAさん』と呼んで大丈夫そうだった。
「ねえ、香田君……立ち入ったことを聞きます」
「ん? ああ。『姉さん』のこと?」
「はい……あの人は、本当に香田君のお姉さんってことで良いんですか?」
その質問の仕方で、たぶんKANAさん自身から深山がその話を聞いているだろうその様子が伺えた。未のあの叫びにも似た断片的な話で、ここまでの確信は得られないだろう。
「……正直、わからない」
本当にそれが正直な気持ちだった。
だってずっと以前に死んでいたと思っていた人が、実は生きてて……年齢も見た目もまったく違う姿で現れたのだ。
そんなの、にわかにはとても信じられるはずが無い。
「――……いえ……違い、ます……」
「あ。未……気が付いた?」
まだ意識もぼんやりとしている様子の未が、うっすらと瞳を開けてそう小さくつぶやいた。
深山の近くに寄り添っていた凛子も遠くから未の顔を覗き込む。
「未ちゃん、違うって何が?」
「…………兄さんに、姉なんて……居ません」
「ほえ?」
「未」
しかしそんな俺の制止を振り切って言葉を続ける未。
「リアルに戻ったら……戸籍でも何でもお見せします……兄さんに姉なんて居ません。居るはずがありません」
「……」
そういう風に言われてしまうと、俺は言葉が出ない。
否定も肯定も出来ない。
込み入った事情でも察知してくれたのか、凛子もそれ以上問わない。
「居るのはただの、犯罪者だ…………、け?」
「うん?」
不意に語尾が跳ねて、それで疑問に感じた俺はそのまま未を見下ろし、結果として必然的に胸の中の俺の妹としばし見つめ合うことになった。
「あ」
悪い、未。
これは完全にとっさの行動で、完全に無意識だった。
「あ、あぁ……あ……」
抱え上げている俺の手と触れ合っている二の腕の部分を凝視しながら、未が言葉にならない声を小さく上げながら、身体を細かく震わせていた。
「ねえ香田。未ちゃん、どうしたの?」
「いや、何というか……これは」
参ったなぁ。
最後に未と直接触れたのは、半年ぐらい前だろうか?
その時は機嫌が直るまで一ヶ月ほど完全に無視されてしまった。
つまり……理由はさておき、未は俺に触れられることを極度に嫌がっているのだ。
「未、悪かったよ。今――」
「――気持ち悪い……気絶している間に、何、勝手に触ってるんですか……いやらしい」
もう先ほどのような取り乱しはすぐに消えて、いつものように淡々と侮蔑の言葉を漏らしている。
もしかしたら身体が動かないだけかもしれないが、しかしその言葉とは裏腹に、未は決して自らこの俺の胸の中から離れようとしない。むしろ二の腕に触れる俺の手の存在を確認するように、未からその部分に手を重ねていた。
「未ちゃん? だからお兄さんに対してそういうのは、ダメ」
「……」
凛子のその言葉に無言で視線を逸らすだけの未。その態度を見てか――
「――ちょっと待って……何、その『気持ち悪い』って」
「あ。深山」
想定していた通りの展開が、早くも真っ先に起きてしまった。
「何って……言葉通りです。兄さんに触れられて物凄く気持ち悪い気分になっているのだから、そのまま『気持ち悪い』と言って何か悪いのですか?」
「ふざけないで! 今すぐ訂正して!!」
「嫌です……汚らしい手で勝手に触れたりして……本当にいやらしい」
「だから!!!」
異常に淡々としている未に、過剰に激昂している深山。
まさに水と油なのかもしれない。
挨拶も紹介もまだしていないというのに、初っ端からふたりでこんな応酬が交わされることになってしまった。
「香田君のこと、汚らしいとか……気持ち悪いとか……許さない!!」
結果的な反応は凛子と似てるけど、でも本質は決定的に違うと思った。
凛子は『兄妹なのだから』という論調で、常識的に考えて年上として叱っている感じなのに対し……深山はもっと純粋に、自分の大切な存在を不当に卑下されて怒っている。
そこに年齢差とか常識とかの考えは介在していない。
……つまりそれだけ深山の中の、俺への気持ちや評価が伝わってきて地味に嬉しいんだけど、でもそれで喜んでしまうのはどこか不謹慎になってしまいそうだから黙っておこうと思う。
「……どうして許さないの?」
「どうして、って」
「アナタに私の気持ちを否定する権利……あるの?」
「自分の勝手な気持ちを理由に、相手を否定する権利なんて無い……!!!」
「アナタが今……それをやってる。自分の勝手な気持ちを理由に、私の気持ちを否定しようとしてる」
「気持ちは否定してない! じゃあ勝手にそう思ってなさい!! そうじゃないっ、それをわざわざ相手に伝えて否定する必要があるの!? そんな権利が存在しているって言うの!?」
「…………あります」
「え」
それは深山にとって想定外の反論だったのだろう。
言い争いのその最中にも関わらず、戸惑いを隠し切れていなかった。
「否定する必要なら……ある。きっと、権利もある。ね? そうですよね……兄さん?」
「……」
俺はやはり、否定も肯定も出来ない。
「はぁ……やっぱりあなたって、香田君の妹さんなのね……」
絶望したように深いため息を漏らし、改めて確認する深山だった。
「そういうアナタが……ミヤマレイカさん?」
「え、ええ」
関係復旧のチャンスと見た俺は、ここぞとばかりに慌てて会話に割り込む。
「未、紹介するよ。この人が説明した、ログアウト出来なくて困っている深山玲佳さん。それで深山。改めての紹介だけど、これが俺の妹で――」
「――孝人。もうそれ、やめませんか?」
相変わらず胸の中で無表情に淡々とそう話す未へ、慌てて視線を落とす。
俺の妹が今、変なことを口走った気がするぞ?
「こ、孝人っ???」
何なら神に誓っても良い。
未が生まれてこのかた15年、一度たりとも『孝人』なんて呼ばれたことは無い。一切無い。本当に。
「何? おかしいですか? じゃあエメンタールって呼べば良いの?」
「えめ?」「エメン……?」
「そ、それはいいからっ。一体どうした、未?」
「もうこれ以上……ゲーム内にリアルを持ち込むのはやめましょう。この世界では兄も妹もありません……孝人と未、です」
「い、いや、それは――」
「――だから、こうして触ってるのも許してます」
「うん?」
本格的に俺の妹がちょっとおかしい。
ゲームでも頭の打ちどころが悪い、とかあるのだろうか?
「ゲーム内では、孝人と未はただの赤の他人です。だから触れても、何も問題ありません」
「…………おう」
なるほど。このアクロバティックな理屈はそこに帰結するのか。
それこそリアルの時みたいにガン無視されてはこの先の大会にも支障が発生するので、今ばかりは俺もそれに乗じるほか無さそうだった。
「そもそも妹役は、そこのリンにあげました」
「えっ……あ、うん。確かに貰ったかもっ……?」
「おいおいっ」
そういうのはあげたりもらったりするモノじゃないってば。
「とりあえずここは、仮想空間です。ゲームです。リアルではありません。……違いますか?」
「違わないけどさ」
「ゲーム内で……しかもネトゲ中にリアルの話をするとか、無粋だと思いませんか?」
「まあ……そうかもしれないけど。いやしかし、ごらんの通りEOEはほとんど現実と変わらないだろ?」
「……確かに素晴らしい現実感ですね。とてもゲーム内とは思えません」
「だろ?」
「しかし、ゲームはゲームです。現実と切り離して考えるべきです。ですから赤の他人である孝人は、未のことを触っても良いのです。この仮想空間でのみ、特別に許してあげます」
まるでそれを証明するかのように、重ねられているひんやりと冷たい未の手が、細い二の腕に添えていた俺の手のひらを少し握る。
「……それはどうも」
何か酷い屁理屈を捏ねられてしまった気もするが……しかしこれで未との微妙な関係性が少しでも改善されるなら、乗じるべきだとそう判断した。
「――ではさっそく、どうぞ」
「うん?」
その判断が、間違いだった。
「…………」
「……」
言葉が出て来ない。その。
「……こういう時は『あん』とか言うべきですか?」
重ねていた俺の手を掴んで引っ張ると、自分の乳房の上へと押し当てながら未がいつもの調子で淡々とそんな質問をしていた。
「はは……は……? 未、も……冗談を言ったり、するんだなっ?」
「……? いえ。冗談なわけないです。何を今さら。兄さ――……孝人はこの未の気持ち、当然知ってますよね? 知っててそれを言うんですか? 本当に酷い人ですね。それともバカなんですか?」
頭の中が真っ白になってる俺の心を置いてけぼりにしたまま、淡々と止めどなく話続けているクレイジーな我が妹。
「ちょっ、ちょっ!? 兄妹で何やってん――」
「――ですから、リン。赤の他人です」
……これは、俺の責任だ。
腫れ物に触れるように問題を先送りにして……『無かった』ことにした俺の罪。
拒み、酷く傷つけてしまって、取り返しのつかないところまで来た俺の妹は――
「ほら……この気持ち悪い考えを持つ赤の他人に、何か言ったらどうですか?」
――こんな開き直りかたをしていた。
きっと、そうするしか無かったのだろう。
どんなことがあっても逃げ出すことが出来なくて。
家族だから毎日顔を合わせるしかなくて。会話をしなきゃいけなくて。
「だから、気持ち悪く無いって」
「……でも、してくれないんでしょう?」
「もうその話はいいだろ? 未。そんなに自分を――」
「――気持ち悪い……本当に気持ち悪い。兄さんと話していると、いつもいつも、自分の気持ち悪さに反吐が出そうです。ちょっと優しくされればすぐに期待してしまう。本当にバカですよね、この香田未って人間は?」
俺はこの言葉を封じる術が無い。
未が口にしているあらゆる侮蔑の言葉は、本当は全部、自分に向けて発しているのだから。
バカで愚かで汚らしいと、激しく罵らせているのは……全部、俺が未からの想いの一切を拒むから。
「実の兄妹同士で……本当に気持ち悪い。死ねばいいのに」
精一杯の勇気で告げた純真な気持ちを踏みにじり、全否定して。
残酷なほど心をえぐり、深く傷つけてしまったから。
「……だから未のこと、そんな風に思ってないってば」
「じゃあ今すぐ抱いてください。ほら、このままいやらしいことをしてください。いつも口実に使っている『血の繋がった兄妹だから』っていうその言い訳はもう飽き飽きです……ここなら仮想の世界で赤の他人だから、問題なく出来ますよね?」
結局、またいつもの口論が始まってしまった。
未に触れたり思わせぶりなことを言ったりする度に、数えきれないほど繰り返されるこの空虚な言葉の応酬。
……その結果、最低限しかしゃべらなくなったし、一切互いに触れることを禁じ合うことにもなった。
でも完全に断絶する訳にもいかなくて。
こっちから『ゲームを手伝って欲しい』なんて言ってみたり。
向こうからもバスタオルをわざわざ持ってきてくれたり。
互いに互いの距離感を手探りで測っていた。
「また、困ったらだんまりですか?」
そんな中でここ最近、急に話すことになって……ちゃんと会話も成立してて、少しは改善されたと思っていたけど、でもそれはとんだ思い違いだったようだ。
むしろ実際は、以前より未の内側の圧力は高まっているばかりのようで、悪化の一途をたどっている感じだ。
……気が重くなる。
「普段無口なお前に言われると……効くなぁ」
「別に無口じゃないです……口を開けば気持ち悪い言葉がすぐに出るから、迷惑にならないよう気を付けて黙ってるだけです」
俺は苦笑いぐらいしか出来そうにない。
未は、はあ……と大げさに演技でため息を大きく落とすと、そのまま俺の胸の中からゆっくり上半身を起こし。
「――と、まあ……こんな感じです。レイカ」
「えっ」
深山に対して軽く頭を下げながら、そんなことを急に言い出す未だった。
「理解出来ましたか? これ、手っ取り早い自己紹介のつもりでしたが。つまり未とレイカは対等なライバル同士です」
「え……あ……は、はい」
すっかり圧倒されてしまっていた深山があやふやに返事している。
「まあでも……安心してください」
「?」
そう言いながら胸を押し当てるように、俺へと身体をべったり密着してくる未。
「未が本当に欲しいのは、この人の種だけですから」
「は? えっ???」
頭が痛い。
それのどこに安心出来る要素があると言うのか。
「この人の赤ちゃんが欲しいだけですので……どうか安心してください」
相変わらず無表情のまま、真っすぐに深山に向かってそう何事も無い風に語る俺の妹。そしてそれを横から黙って眺める兄の俺。
……やっぱり、何を考えているのかさっぱりわからないままだった。





