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#049 斯《かく》して集い、事は始まる

 こんにちは。中村ミコトです。

 振り返りまして第四章の現実パートは地味でマイペースな展開の中、このようにお付き合い頂きありがとうございました。

 (未ちゃん登場が物語の華だったかな……?)

 当初この作品を執筆するにあたっては「100%自分の趣味で書く!」と内側で決めて取り掛かりまして、商業ベースではタブーとされているような要素も怖れずガンガン取り入れる実験的な位置付けの作品でしたので、その勢いのまま存分に好き勝手やっちゃった感じです。

 まあ反省も後悔もまったくしてませんけどねっ……!


 さ、これより第五章『Locate』に突入です。

 一気に人が集まりにぎやかになってきましたが……はてさて、この物語がどこにどう転がって行くのか。ぜひいっしょにその先を見届けてやって頂けると幸いです。


 では宜しければ第六章の冒頭でまたお会いしましょう。



「――うっそ!! マジかよっ、超かっけぇぇ……!!!」

「兄さん……この人うるさい」


 大興奮で叫ぶ岡崎。

 凛子の車で待ち合わせ場所に向かいピックアップした時の開口一番、出た言葉はそれだった。


「やっべっ、やっべ! 何これ、まるで――むぐっ」

「……」


 冷ややかな視線を送るすみ

 たぶん俺も未と同じ直感を得てか、慌てて助手席から飛び出し、変なこと口走りそうな岡崎の口を手で強引に塞いだ。


「――んんんんっ!?!?」

「岡崎……未――俺の妹に『人形』とか『マネキン』とかそういうのはNGだから。ああ見えて凄く気にしてるから……」


 未に聞こえないよう耳元で小さくささやくと、なぜだか岡崎のやつはジタバタともがいて涙目になっている。


「こらっ、無意味に暴れるな」

「んんんんんんんーっっ!!!!」


 このままだとそれこそ犬みたいにガブリと噛まれそうな予感がして、素早く手を離すと。


「ちっ、窒息、するじゃんかよぉ!?」

「え……ああ、悪い」


 顔を真っ赤にして叫ぶ岡崎だった。

 そこまで密閉したつもりは無かったんだけど、まあとりあえず謝っておいた。


「リン……アレもそうなの?」

「違うと思う、けど……うー」


 さっきに引き続き、あのふたりから謎の非難の視線が送られ続けている。


「何?」

「いえ……会う人会う人、女性ばかりなので兄さんの素行を疑っているだけです」


 もしかして凛子にお説教されたのが地味に効いているのだろうか?

 『いやらしい』とか『不潔』とかそういう辛辣な表現の無い回答が返って来て、そっちの側面でちょっと内心驚いた。


「ははは。うん、確かに女性ばっかりだな」


 別にやましいことは無いのだし、ただの偶然を必死になって否定する必要も無いだろう。俺はそんな感じで軽く流すと助手席に戻る。


「ちわー! コーダの妹さんっ! その目、超かっけぇじゃん!」

「……香田未、です」


 ぺこりと小さくお辞儀している未。

 後部座席で並んで座りながら会話しているふたりを見て少し安心した。

 ……もしかすると『かっけぇ』という岡崎の素の評価は未にとって悪くない印象だったのかもしれない。

 毒舌はさておいても人見知りの激しい未なので色々心配したが、凛子も含めて存外スムーズに紹介が進んでいた。


「問題は……やはり深山、かなぁ」

「んむ? 香田?」

「あ、悪い。ただの独り言。それじゃ凛子、このままトレーラーまで向かってもらって良い?」

「あいあいさー!」


 たぶんメガネが嫌いなのだろう。

 わざわざ外していたメガネをスチャ……っと両手で改めて掛け直し、サイドブレーキを外す凛子。


「トレーラー……? それが施設の名ですか……?」

「そう」


 心地良い振動の中、凛子カーが発進した。

 軽自動車だから四人も乗れば少し手狭だが、このワイワイした感じはこれから旅行にでも出かけそうな雰囲気で嫌いじゃない。


「兄さん。この四人に……あと、ログアウト出来ないなんて冗談みたいなその人を入れての五人が、パーティのメンバーですか?」

「えっ? アタシはただログインするためだけ――」

「――岡崎」


 両手で大げさに否定のジェスチャーしているのをバックミラーでちらりと確認しながら声を掛けた。


「岡崎もチームに入ってくれないか? たぶん岡崎も知っての通り、イベント参加するために六人必要なんだ」

「……で、でもさ……」

「ダメか?」

「ダメってゆーかぁ……そのぉ、深山が――」

「――深山は関係ない。岡崎の意思を確認している」


 ミラー越しに俺たちは視線を合わせた。


「……アタシは……そりゃ、ダメじゃない、けどぉ」

「よし、じゃあ決まりだな。ぜひ頼むよ。こっちのワガママで悪いがこのままイベントまで付き合ってくれ」

「お、おうっ」


 少し不安そうに。でも嬉しそうに岡崎が返事してくれた。


「……ああ、あと先に言っておく。これはこっちのワガママだから、ログイン費用は俺が全部持つからな」

「え? いいのかっ?」

「当然だろ」

「コーダ、かっけぇ……!!」


 もちろん三位の賞金200万円はコンビニのATMですでに確認済み。

 未の費用もここからまかなうつもりだ。これこそが正しい賞金の使い方だろう。


「というわけで未。改めて新しいメンバーだ」

「ちっす!」

「……ゲーム内の職業は何?」

「え? まほー使いだけど?」


 当然無表情のまま、しかし『こうするんだよ』という教えの通り、大げさなほど肩を落として深くため息をつく優等生の未。


「はぁ……兄さんって、バカなの?」

「うん?」

「魔法使い、魔法使い、弓師に一般市民……? 何なの、このいも推奨みたいな構成。踏み込まれたら一瞬で終わりじゃないですか……」

「ははは、確かに酷いな。だからこその未だよ」

「コーダ。芋って何だ? 焼き芋か?」


 そういやこの中では岡崎がダントツでゲーム経験浅そうだった。


「違うって。『芋る』ってのは遠くから狙撃するようなキャラが一ヶ所にこもって隠れるプレイスタイルのことを言うんだよ。得てしてそういうキャラは防御力が弱くて正面切って戦えないから、隠れてるの発見されたら終わりだろうって未が指摘してる」

「ん~? でもさコーダ。まほー使いってそんな遠くから狙えたっけ?」

「そう。EOEの魔法使いは他のゲームほどロングレンジでも無いんだよなぁ。レベルが低いのもあるけど、せいぜい20mそこそこしか届かないから『芋る』ことも難しいのが実際だ」

「……最悪じゃないですか。四人を私ひとりで守れ、と言うつもりですか?」


 おお、睨んでる睨んでる。

 他人にはわからないだろうけど、兄の俺には良~くわかる。


「そうなると、勧誘するあとひとりも近接型のファイターが良いよな」


 それこそ職業が戦士の鈴木とか適任だったろうな。

 もちろん最優先は深山の誓約文の解除だが、そういう側面でも可能なら勧誘したかったかもしれない。

 ……いやいや。それはさすがに深山が気の毒か。


「兄さん……お忘れかもしれませんが」

「うん?」

「私も兄さんと同じ『一般市民』になる可能性があること、忘れないでください」

「それについては心配してないよ」

「……そうなんですか? 昨日、可能性のあるリスクとして私に説明してたじゃないですか」

「ああ。そういう意味じゃない」

「……?」

「未なら、例え『一般市民』でもきっと戦力になるってこと」

「……まあ、褒め言葉として受け止めておきます」


 あ。ちょっと喜んでるかも。

 そういう瞳の色をしてた。


「なあ。そういや岡崎って何の属性の魔法使いなんだ?」

「ん? アタシ? 風だけどぉ~?」

「あ、いいね! 深山と属性違うのは選択肢広がって助かる」

「へへへ。どーんとアタシにまっかせなさぁい!」

「……レベル低い風使い、かぁ」


 ずっと黙って運転していたとなりの凛子がぼそりとつぶやく。


「凛子、どういう意味?」

「ん……岡崎には悪いけど、ちょっと戦力としては厳しいかもって」

「えーっ」


 それは創造魔法シルバーマジックの威力を見たことの無い凛子だからこその心配で、実際はたぶんその必要は無いのだが……それはそれとして興味のある話題だった。


「それは、レベルの低い風の魔法は弱いって解釈でいい?」

「ん~……風魔法って効果範囲が一番広くて、そこそこ速くて、そのかわり威力が一番弱いの。だから不人気属性」

「ちぇー」


 口を尖らせてボヤく岡崎だが、しかしそんなに表情は曇ってない。

 こいつのこういうカラッとした性格は嫌いじゃなかった。


「なるほど、イメージ通りだな。そしてレベル低いと広い範囲にそよ風ぐらいしか起こせない感じか」

「うん」


 ――あれは、ラストクエスト。

 深山の進む道を造り出すために、魔法に近い技を繰り広げていた『風迅剣士』のエドガーさんのことを思い出す。

 特に傷つけることもなく、目の前の大勢の人間を左右へと吹き飛ばしていたあの映像が脳内で再生される。

 つまり行動の制限や体勢の崩しに使う魔法ってことになりそうだ。


「じゃあ深山の火の属性は、その反対で範囲の狭さと威力の強さが特徴ってことになるのかな?」

「んーん……威力が二番目に高くて持続時間が長いかわりに、間合いとか魔力消費の効率とか、他の性能が全体的に少し低いって聞いた。逆を言うとシンプルで大きな欠点も無いから、一番人気」


 決して視線は正面から外さない凛子が端的に話してくれる。

 個人的には『炎はカッコイイ』という要素も人気の理由として付け加えておきたいな。


「二番目? じゃあ一番は?」

「光……正確には『雷撃』って聞いてる」

「へえ。雷は光の属性魔法の一部なんだな」

「ん。雷撃が威力と速度ダントツで一番なの」


 そういやKANAさんのこと『雷撃神』って紹介されていたっけ。

 貰ったコートの性能も含めてあの人の属性は『光』で間違いなさそうだ。


「威力と速度が一番って……それ、最強じゃないか? じゃあ何で一番人気じゃないんだろう?」

「んー。まともに狙えないらしいの。バリバリって放電する感じで、敵味方関係なく一瞬で巻き込んじゃうから掲示板(イーマチ)で『光お断り』って募集も多いよ?」

「……確かにそれは、嫌われるかもなぁ」


 制御の出来ない威力高い攻撃なんて、迷惑行為そのものだろう。


「あと一番威力高い分、魔力消費も一番高いから、すっごいピーキーな魔法なんだって言ってた」

「なるほどね」


 それでなくてもまともに狙えない魔法なのに連発も出来ないんじゃ『外れたらそれまで』って博打になりそうだ。嫌われ属性なのにソロプレイもつらそう。


「あとの属性って……水、土、闇、だっけ?」

「んーん。銀もあるよねっ」


 今まで表情の硬かった凛子が少し笑ってくれる。


「ああ……つまり突然創られた『銀』ってのは想定外のものだから、そういう修正が良くも悪くも一切無いって解釈でいいのかな。あの解説を聞く限りだと」

「ん。『どこにも依存しない新たなる属性』って言ってたから、そうかも? あと『攻性・耐性を一切付加されていない独立した属性となります』って言ってたね?」


 さすがの凛子の記憶力。運転中でもスラスラと解説の言葉を蘇らせて俺に聞かせてくれた。


「その攻性のことも聞きたいけど、とりあえず残りの属性の特色もざっと聞かせてくれる?」

「はーいっ……んとね。水は簡単に言っちゃうと回復系。攻撃として『ひょう撃』も存在するけど、とにかく発生が遅いから使いにくいみたい。あと届く間合いも最低」

「ふむ」


 水から氷に変換するのに時間が掛かる感じだろうか?

 そして物質としての重さがしっかりある分だけ遠くに届かない、とイメージしてみた。


「土はもう完全に補助専門。地震で相手の姿勢を崩したり、沼地にして動きを封じたり、あと守りの壁を作ったり。持続時間と魔力消費の効率がダントツで一番良い属性って聞いてるよ」

「パーティで戦うの前提の属性って感じだなぁ」


 使い方に工夫が必要そうだけど、そういうのは嫌いじゃない。

 直接的じゃないから、上級者向けという感じに思えた。


「あとは……『闇』?」

「うん、闇。視界を遮ったり、姿を隠したり。『じゅ撃』っていう攻撃方法もあるけど……具合悪くなる程度で、即死系はまだ確認されてないみたい。威力低くて範囲も一番狭くて、でも間合いは一番長いみたい」

「何かそれ、遠くから睨まれるとお腹ぴーぴーしそうじゃん……怖っ!」

「ん。まさにそんな感じかも」


 暇そうにしている岡崎が本気なのか冗談なのか良くわからない感想を述べると、凛子は至って真面目にそう答えていた。


「……なあ凛子。一番遠い間合いから狙えて、速くて威力の高い魔法って何だろう?」

「え~? そんなの無いと思う。強いて言うなら……レベルがメチャ高くて間合いのパラメータに極振りの火属性? 雷撃は間合い長いけど、遠いと狙うどころかまず当たらないと思うし」

「そっか、ありがとう」


 内心ガッツポーズな俺だった。


「……それじゃ攻性・耐性のお話、する?」

「ああ、うん。凛子先生、ぜひお願いするよ」

「はーいっ」


 運転中だから視線も逸らさずに目は真剣そのものだけど……でも、ニヤニヤと口元にはゆるい笑みが浮かんでいる。

 たぶんだけど、凛子は今、物凄く上機嫌みたいだ。


「攻性・耐性っていうのはお約束のじゃんけんみたいな相性のお話」

「火は水に弱い……みたいな感じ?」

「うん、それっ。EOEはもっと複雑で、相性が攻性と耐性に分かれてるの。具体的には……んーと……例えば深山さんの『火』なら、『光』に対しての耐性――防御力が高いの。でも、決して光に対しての攻性――攻撃力が高いわけじゃないって感じ。『火』の攻性が適用されるのは『闇』なのです」

「なるほど……って、あれ? 『闇』に有効なのは『光』じゃないのか?」


 何となくのイメージでそう思った。


「ん。『光』の攻性も『闇』だね。『闇』は苦手がふたつあるの。でも同時に『土』と『水』のふたつに得意でもある感じで……さっき『じゃんけん』って言ったけど、あんな単純じゃなくて、もっと複雑な相関図になってる感じ」

「魔法使いはそれを覚えて、絶えず把握しながら戦ってるのか……?」

「んー。たぶん上級者以外は、相手の『攻性』だけ意識してるだけだと思う。深山さんなら『苦手な水だけは気を付けよう!』って感じじゃないかな~?」

「なるほど。当然そうなってくるよなぁ」

「アイテムとかパーティの補正もあるからね。すっごく複雑」


 さすがは地の果て……マニア向けの頭のおかしいゲームだけある。無駄と思えるほどやたら複雑だった。


「まあ正直これは気にしなくて良いのかもな。『銀』属性なら良くも悪くもどの属性に対しても、得意も不得意も無いらしいし」

「うんっ、そうなっちゃうねっ! さっすがご主人さ――……こほん。香田の創った魔法だけあるぅ♪」


 後ろふたりの存在を忘れていたのか、とんでもないことを口走りそうになる凛子。危ない、危ない。


「ね……それ、どういう意味?」

「え゛」


 しかし聞き逃してくれないのか、未がわざわざ割り込んで質問してきた。


「兄さんが……創ったの?」

「ああ、そっちかっ」

「?」

「いやいや、ごめん。何でもない……そう、俺が創った。それでランク三位!」

「あーっ、そうそう! アタシも観た観たっ。すげーじゃん! コーダ有名人じゃん!!」

「ははは。ありがとう。後でサインしてやろうか?」

「マジで!? やったぁ!!」


 ……本気か。


「うーっ……ずるい。私も欲しいっ」

「いや待て」


 ノリの良い岡崎はさておき、何気に隣りの凛子まで本気っぽい。


「……どうせ兄さんお得意の怪しいプログラムで、チート行為でもしたんじゃないんですか?」

「おいおい。人聞きの悪いっ」


 断じて俺は、人生で一度たりとも自動化(BOT)とか不正プログラムとかゲームで使用したりとかしてないからな???

 むしろそういうのが嫌いで……だからN.Aにも優遇チートを辞退したぐらいだ。


「どうだか……卑怯な兄さんの言うことなんて信じられません」

「未ちゃんっ?」

「……」


 おお。さすが年長者だけはあるのか、ピシャリと放たれた凛子の一声で未はすぐに黙った。

 しかし……卑怯、かぁ。地味に痛いな、それ。


「――さておき、そんなわけで未には近接型のタンクになってみんなを守って欲しい」

「はい……それは別に良いですが」

「? 何かあるのか?」


 ちょっとその表現には不満が感じられた気がした。


「いえ。わかりました。約束ですから……兄さんの要望には応えます」


 瞳を閉じて小さくうなずく未。

 いうまでもなく瞳で未の感情や意図を推測する俺としては、完全にそうやられてしまうとお手上げ状態。何も読み取れなくなってしまう。

 つまり『この話はこれでおしまい』と未から間接的に告げられてしまったわけだ。


「あーっ!!!」

「っ!? な、なんだ突然、岡崎!?」


 背後からいきなり叫ばれて、正直かなり驚いてしまった。


「サークラセンパイ、コンビニ! あそこのコンビニ寄って!! アタシ、マジお腹空いてるっ!!!」

「が……我慢なさいっ。しばらく走ってたらこの先にあるわよっ」

「えーっ、やだやだぁ!」

「うっさいわね……無理、なのよ」

「?」


 ぷるぷると震えてる凛子。

 そうこうしている間に、そのままコンビニの前を通過してしまう。


「……対向車線側のお店なんて、危なくて無理に決まってるじゃないのっ……」


 なるほど。

 安全第一の凛子ちゃん先生だった。


 ◇


「――兄さん……待って」


 まったく珍しいこともあるもんだ。

 先行して歩く俺の服を、くいっと指先でつまむ未。

 もちろん服だけで決して肌には触れないが……しかし本当にそれでも珍しい状況だ。


「どうした?」


 朝は一番空いている時間帯なのかもしれない。まったく並ぶこともなくすんなりと受付を済ませた俺たち四人は、並んでトレーラーの倉庫の中へと進んでいて――今はその最中だった。


「寒い……」


 見ればちゃんとアドバイス通り、上にショールのようなものを羽織っているが……しかしそれでも耐えられない寒さなのだろう。相変わらず無表情のままではあるが、しかし身体はガタガタと大げさなほど震えていた。


「そういや未は寒いの苦手だったか」

「今、死にます」


 そう淡々と凄いこと言わないで欲しい。

 寒さと共に動きが緩慢になるとか、まるで両生類みたいだ。


「……これでも着るか?」


 珍しく未から触れていた七分袖のジャケットを俺自身もつまんで見せると。


「…………」


 すっごい悩んで。


「……死ぬよりは、マシですね……」


 苦渋の選択をしてくれていた。

 どうやら俺の服に袖を通す行為は、死ぬこととの比較対象にまでなってしまうらしい。


「ほら」「うー……」


 俺が脱いで手渡すと、隣で凛子が何か不満そうな声を漏らしているが……ここはスルーしてしまおう。


「この服にテーラージャケットなんて……最悪のコーデですね……恥ずかしくてこのまま死にそうです」


 そう文句言いながらもいそいそとすぐに袖を通している未。

 ……って。あれ?

 もしかしてさっき悩んでいたのって、そっちの意味でだったのか?

 確かに白のゴスロリに紺のジャケットというのは見たこともない奇妙な組み合わせだが――


「――いや、それはそれでミスマッチが意外と可愛いと思うぞ?」

「……」


 じっ……と無言でしばらく睨まれてしまった。

 そしてようやく口を開いたかと思えば。


「実の妹に可愛いとか……気持ち悪い」

「別に変な意味じゃないって」


 いつもの調子で辛辣な言葉を吐き出すと、ぷいっと背を向けて今度は勝手に自分からトレーラーの奥へと歩き始める未だった。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。ではどうぞこちらへ」

「あ、どうも」


 名前は……忘れてしまったな。イナモトさん、だっけ?

 とりあえず鋭い印象の、あの整理券を配っていたお姉さんが立って待っていた。

 今日は受付じゃないんだな――というかここは寒いし、時間帯で持ち場をスタッフ内でローテーションしているのかもしれない。


「それじゃ未。あっちの世界で待ってるから」

「……何ですか、それ。たかがゲームのログインで大げさですね」

「ははは。じゃあ凛子と岡崎も!」

「うんっ」「はーいっ」


 互いに手を振り合って、各々が小さなカプセルの中へと入って行く。


「未……相談に乗ってくれてありがとう」

「……」


 こくん。

 最後の別れ際、視線は合わせないものの小さくうなずいてくれていたのが僅かに見えた。


「さて、と」


 俺は少しの達成感を覚えながら、カプセルの中で横になって目の前の画面をしばし眺める。


『Welcome to THE END OF EARTH』


「……地の果て、か」


 最初は何か、この言葉から地獄みたいなものを連想していた。

 あるいは無法地帯とか、未開の地とか。

 ――でも今はちょっと違う。

 イメージする……遥か水平線の向こう。そこには虹が昇っていた。


『ようこそ、THE END OF EARTHの世界へ』


 落ち着いた大人の女性の声のナレーションが始まる。

 派手な演出があるわけじゃないのに、なぜだかすぐに胸が高鳴ってしまう。

 そして自覚する……ああ、俺ってやっぱりこのゲームが好きなんだなーって。

 目の前のすっかり見慣れた注意事項のテキストを眺めながら、そんなことをぼんやり考えている俺だった――


 ◇


「――と、こんな感じぃ?」

「なるほどね……サンキュ」


 未はどうせギリギリまでキャラメイクしているに違いないので、その待ち合わせの時間を使って岡崎に風の魔法の種類の説明と実演をしてもらっていた。


「香田っ! 遅くなってごめんっ……!」

「ああ、凛子――って。あれ?」

「えへへっ……ちょっとイメチェンっ」


 道理で俺たちより時間が掛かったわけだ。

 装備がいつもの弓師ではなくて、いつぞやメイドごっこした時に着ていたお嬢様風の半袖のブラウス姿だった。

 たぶん防御力は皆無だろうけど、俺限定で言えば遥かに攻撃力(ポイント)が高い。


「うん、綺麗だ」

「はうっ……え、えへへ~っ……嬉しー……」

「はいはい、はいはい。ごちそーさまぁ!」


 やってられないという顔で呆れている岡崎。

 凛子と俺は互いに少し舌を出して笑い合った。


「未ちゃんはまだキャラメイクに時間掛かるのかなっ?」

「だろうね。あいつは凝り性だから」


 いつぞや、エンブレムを自作出来るゲームでイベント手伝ってもらった時なんかは、その準備段階のドット絵で一夜を費やしていたっけ。


「……そういえば深山はどこに居るんだろう? 無事だといいんだけど」


 凛子の前では深山、深山と連呼するのは自重するように内心で決めた俺だが、やはりここまで来るとそっちにどうしても気持ちが向いてしまう。


「チャットで呼んでみるかな?」

「……っ」


 岡崎が少し緊張した面持ちで背筋を伸ばしている。

 散々腹を割って話したと聞いたけど……まだ緊張はするようだ。

 その様子を尻目に、操作モードからソフトウェアキーボードを展開し、『to ミャア』と送信先を指定して。


「深山、お待たせ。今、どこに――」


 ――ブブッ。


「……へ?」


 突如鳴り響いたエラー音に……思考が、止まる。

 一気にザワザワとした悪寒が込み上がるのを自覚しつつ、冷静になるよう強く意識して自分に命令し、表示を改めて確認した。


『注意:ミャア さんはチャットオフ状態です』


「はあああぁぁ…………」


 深い深いため息が漏れた。

 本気で心臓が止まるかと思った……なんだ、ただチャットをオフにしているだけか。というかそんな機能、あったのか。


「んむ? 香田……どうしたの?」

「あ、いや。深山がチャットオフにしているっぽくて焦っただけ」

「ケータイの電源落としてる感じぃ? どして? コーダを待ってるんでしょ??」

「……そう、だよな」


 岡崎の指摘通りだ。まだ楽観視は出来ないのかもしれない。

 確かに俺との合流を考えたら、チャットオフにする理由がちょっとわからない。


「香田がログインしているのは、深山さんに通知行ってるはずだよ?」

「そうだな……」


 俺のことをブックマークしている以上、ログインの通知が届くのは間違いなかった。それはチャットのオン・オフとは関係ないだろう。


「なあ凛子……ログアウトしている相手にメッセージ送った場合って、『チャットオフ』の表示になるか?」

「んーん。香田、安心して。その時は『ログアウト状態です』って表示になるから」


 ……俺はよっぽど酷い顔をしているらしい。

 その様子を眺めている凛子が、眉をひそめて複雑そうな表情をしていた。


「ありがとう……じゃあ最悪では無いけど……でも、普通じゃない状況って感じなのかな」

「ん。待ちわびてる深山さんが香田のログインに気が付かないとか、絶対無いと思うし……たぶんそういうことだと思う」

「寝ている可能性は?」

「それはあると思うけど――あ、待って。深山さんの場所、調べるからっ」


 そう言うなり、忙しく視線を動かして何かを操作している凛子だった。


「え? そんなこと出来るのか……! アイテムとかか?」

「あ、うん。物凄く値段高いけど、消費アイテムで指定した相手の位置を三秒間だけ表示する『ローケイト』っていうのも存在するよ。でも私の場合は深山さん相手になら、そういうのも必要無いの」

「深山限定で?」

「ん。私たちフレンド登録してるから」

「あー……」


 そりゃ確かに、俺が知らない情報なはずだ。

 なるほど。フレンド登録していれば相手の位置は絶えず把握出来るのか。

 というかふたりは、いつの間にそんな登録をしていたのだろう?

 ……俺が魔法創るためにひとりで色々調べていた時、かな?


「――……えっ」

「うん?」


 深山の場所を調べていた凛子が、短くそう驚きの声を出していた。


「どうした?」

「すぐ近くに居る……けど。あの大きな岩の向こう」

「へ?」


 凛子が指さす場所は、ほんの200~300m程度の先にある大きな岩。相変わらず深山の魔法によって均され砂漠みたいになっているこの何も無い場所では、探すまでもないほどすぐに視界に入った。

 その岩まで、駈けつけようと思えば1分も必要無いほどの距離。

 実際、俺も操作モードに入って左上のマップを確認すると、白い丸の表示があってそれが深山だと理解出来た。

 そして同時に――


「――……誰か、居る?」

「ん。見る限りエネミーではないみたいだけど」


 そう。白い深山の表示のすぐ隣に、水色の丸い表示が存在していた。

 凛子との出会いを思い出す。

 あの時の見知らぬ『りんこさん』もあんな感じで水色だった。

 つまり深山が、今、誰かと会っている。


「ね。どったの? 深山んところに行かないの……?」


 さっきの凛子の言い方だと、どうやらターゲット本人でなくても危害を加えるエネミーは赤い表示となるようだ。もしかしたら同一パーティ内では認識が共有される、とかだろうか?


「……岡崎。頼まれてくれるか?」

「え。うん? いいけど。何?」


 例えば込み入った話の途中とかで離れられないのかもしれないが、しかしそれでもログインの表示を確認したらチャットぐらいは送ってくれそうだと思う。

 つまり、やっぱり普通じゃない。

 本音では今すぐ全員で駆け寄りたいが……最悪、戦闘や深山を連れての逃走もあり得る気がした。

 だとすれば長時間に渡る可能性もあり、何もわからない未をこの場に放置するのは得策では無い。


「未のヤツをここで待っててくれないか? 俺と凛子で先に深山のところに行ってくる」

「あいよ~。じゃあ妹さん連れてコーダを後から追いかけるね!」

「ああ、頼む……じゃあ凛子」

「うんっ」


 軽くうなずき合うと俺たちは岩の向こう目がけて走り出した。


「……先に俺が行くから、凛子はSS(シャイニングスター)の準備をしてくれ」

「え。香田を独りで――」

「――そうしてくれ」


 決して言葉は荒くないつもりだが、しかしちょっとばかり感情が乗ってしまったらしい。その一言で凛子を結果的に黙らせてしまった。


「じゃあ、頼むよ?」


 せめて前回ゲームオーバーになったような結末にならないよう努力しなければ。せっかく取り戻した凛子の元気、失いたくない。

 ……そう心で誓い、つい自分の身について無関心になってしまう自分を戒めると、全力で駆け出した。


「……はぁ……はぁ……」


 情けないことに、たかだか300mばかりを走っただけで隠せないほど息が荒い。このままではすぐに見つかってしまうので仕方なく立ち止まり、ゆっくりと呼吸を整えながら4mほどはありそうな大きな岩の陰に隠れた。


「……」


 位置関係と状況から察する。

 ここはたぶん『始まりの丘』の端。ウラウロゴスが出現した辺りで……そしてこの大きな岩は、俺が初日に寝ていたあの場所だと理解した。


「ふぅ……」


 ようやく呼吸が整ってくる。

 ちらりと振り返ると、まさに今、凛子がSSを片手に俺の背後で間合いを充分に取りながら準備を整えていた。

 アイコンタクトを一度取って……それから慎重に岩の陰から向こうの様子を覗き込み、深山の置かれている状況をゆっくりと確認――


「――あ、来た来た♪」

「へ?」


 完全に拍子抜けだった。

 そこに居たのはKANAさんで。


「香田君……その。ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに泣きそうな顔をして、両手でマグカップを持っている深山もその隣に座っていた――そう、マグカップ。


「孝人くんもいっしょにお茶、いかが?」


 見ればそれぞれお揃いのマグカップを持つふたりが座るその前には、腰ほどの高さの削れた岩があり、そしてそこにフルーツの盛り合わせが載る皿まで存在していた。

 まさに女子会っていうか軽くお茶してるって感じのこの空気に、完全に拍子抜けとなってしまう。


「KANAさん……どうしたんですか」

「うふふっ、ミャアちゃんとお茶してるの~♪」

「いや、それは見てわかります。そうじゃなくて、どうしてここに来たかというその理由です」

「あら。来ちゃダメだった?」

「頼みます……はぐらかさないでください」


 頭の良いKANAさんが質問の意図を理解出来ないわけがない。

 数日後の決闘大会で争い合うことになるはずの俺たちは、いわば敵対勢力同士だ。当然この接近は……それなりの警戒を持つ。


「ふふっ……ごめんなさい。だってミャアちゃんは大注目の新規魔法シルバーマジックの所有者でしょ?」

「そう、ですが」


 つまりKANAさんもアクイヌスと同じような理由でコンタクトしてきた、ということだろうか?

 ならばお世話になっているし……KANAさんになら提供しても良いと思う。ただし。


「――すみません。それは、大会が終わってからでも良いですか?」

「あら。ずいぶん先なのね……お茶が冷めてしまうわ」


 それは比喩なのか、それとも俺の意図が伝わってないのか。一瞬その解釈に迷ってしまう。


「安心して。そんな()()()()()ことはしないわ」


 俺の迷いを感知してか、上品にお茶を飲みながら優しく微笑んでそう告げるKANAさん。


「こうしてミャアちゃんとお茶を飲みながら、ミニゲームしているだけ……はい。10分経過! 自由に動いて良しっ♪」

「は、はうあう……」


 深山がマグカップを岩の上に置いて、がっくりと力なくうなだれていた。


「……うー。香田ぁ……またあのおっぱい居るし……」


 この話し合いの様子を察知してか、遠くで狙撃の用意をしていたはずの凛子も寄ってきた。


「あら、孝人くんの恋人さん。こんにちは~」

「恋人じゃないしっ……!!」


 がるるるっ、と今にも吠えそうな勢いで睨みつけている凛子。しかしその言葉とは裏腹に『渡さない』という感じで俺の腕にしがみ付いていた。


「くすっ……じゃあ、何?」

「香田は私の……ご主人様、だもん」

「あら可愛らしい♪ じゃあ囚われのミャアちゃんが孝人くんの恋人なの?」

「えっ……わ、わたしは……その…………」


 珍しく深山の瞳が揺れている。

 いつものあの貫くような真っすぐな力強い瞳はどこかに消え、自信無さそうに左右へと視線が泳いでいた。


「…………自称、愛人……です」

「あらあら。それはまた大胆っ」


 妙に嬉しそうなKANAさんだった。


「そう。じゃあ改めてあたしも自己紹介しようかしら?」

「え?」


 ゆっくりと立ち上がると俺へと向かって歩み寄り、そしてそのまま俺の背後まで回り込むと。


「こんにちは~。孝人くんの前妻の、KANAでーすっ♪」


 俺の肩に手を置いて身体を預け、いたずらっぽくKANAさんがそう――……はい??


「え……はい?」「はああぁ!?!?」


 左右の深山と凛子もほぼ同時に似たような声をあげていた。

 俺はもう、訳がわからない……。


「ちょっとおおおっ!? ゼ、ゼンサイ……ってぇ???」

「だから……元・妻♪」


 唇に指を当てて照れ臭そうに笑ってるKANAさん――……あれ、まただ。何だ、この……違和感?


「あーっ、あの時のエロ姉さんじゃん!?」

「え。岡崎さん……」

「あら。またまたお客様? お茶、足りるかしら?」


 ほとんど思考停止状態の俺を置き去りにして、状況はどんどん進んでいく。

 岡崎も合流してきた。つまり――


「――……兄さん」


 当然のように、未のやつも姿を現した。

 ああ……また『いやらしい』なんて言われてしまうんだろうか。

 それ自体は別に構わないんだが、しかし深山の前では誤解――


「どうしたんですか……兄さん」

「――え?」


 まるで俺の身を案じてくれているような瞳の未が、そう言った。


「……どうしてその女が、ここに居るんですか」

「え? 未? 何を言って――……」

「目を覚ましてください、兄さん……!!」


 あの未が、大きな声を張り上げていた。

 そしてゆっくりとその手にたずさえていた不釣り合いなほどの巨大な剣を、こちらへと両手で構える。


「その女――」

「あら、びっくり! もしかしてあの未ちゃん? お姉ちゃん見違えちゃったわぁ♪」


 俺はもう、わけがわからない。

 完全に思考停止状態のまま、ただ、背後の女の人と。そして剣を構えて対峙する目の前の女の子とを交互に見比べて。


「どこからどう見ても……あの犯罪者――鳴門なると神奈枝かなえじゃないですか……!!」


 俺はこの状況が、まったく理解出来ないでいた。



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