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#047 雨上がりの朝に

「――……ん……」


 何か明確なキッカケがあった訳じゃない。

 優しくて温かな空気に包まれて……たぶんそのあまりの多幸感に、俺は静かに意識を取り戻した。


   好き好き好っきぃ、大好ぅきぃ~♪


「……ぷっ……」


 ノリに任せたメチャクチャなメロディに乗った、決して上手とは言えない即興の拙い歌声が聞こえてくる。同時に俺の心の内側から形容し難いほどの大きな愛しさが溢れる。


   ありがとっなんてっ言われたらぁ

   なんでもぉなんでもぉ、やっちゃうのぉ~♪


「……たまらない、なぁ」


 こんなのどうやったって、ニヤけてしまう。

 窓から伸び、俺がこうして寝ている居間のソファまで届く柔らかな朝の光。

 いつの間にか掛けられていたブランケットの、きめの細かい肌触りと暖かさ。

 このまま、いくらでもこうして微睡まどろんでいられる気がした。


 ――……ジャアアアァァ……。


 きっと何かを炒め始めたのだろう。

 油の弾ける心躍る音が、その可愛い歌声へのバックグラウンドミュージックとして加わる。

 ……そういえば鼻腔をくすぐる、やたら美味しそうな匂いも届いてきた。


   へいへい、へへい、へいっ♪


「……」


 さ、起きようっと。


「お肉にお魚っ、アナタの好きなの、教えてねぇ~♪」


 居間と繋がっているキッチンへと静かに近づくと、ノリノリな様子で料理している凛子の背中をまだ寝ぼけている意識の中で、ぼーっと眺めた。

 フリフリのフリルがいっぱいついている未の服を汚さないように、母さんの大きなエプロンをつけてて、腰の結び目がリズムに合わせて躍ってて……それがメッチャ可愛い。


「私が、私が、好きなのはっ、そこのアーナタぁ♪」


 いいなぁー……こういうの。

 食卓テーブルに腰掛けて、頬杖をついて、しばらくこのまま眺めていようと思う。


「――え? 香田も私が好きって……にゃへへへ~……またまたぁ! それじゃ両想いになっちゃうじゃんっ」

「……」


 今は歌の間奏中なのか、それとも歌唱中止なのか。

 いきなり小芝居が始まった。


「美味しそう、食べちゃいたい、って……やんやんっ、だーめっ」

「……」


 なんだよ、凛子。

 まんざら嫌でもないみたいだな。そういうの。


「え。でもっ……あのっ、そんな、ご飯のお礼なんてっ……これは、私が好きでやって――…………る……」

「あ」


 いやんいやん、と両手を頬に置いて大きく左右に首を振った時、視界の隅に俺の姿が入ったのだろう。

 不意に俺とバッチリ目が合って。


「――~~~っっっっっ…………!!!!!」


 うん。そうやって見悶えして顔を真っ赤にしてるの、凄く可愛いなぁ。

 ほんと、このまま食べちゃいたいぐらいだ。


「凛子、おはよう」

「おひゃっ……!!」


 ちょっとまともに話すことが出来ない状態らしい。

 変にいじるつもりも無い俺は『気にしないで』という感じで流して極力普通に会話を進めることにした。


「こんな朝早くから……ありがとう。きっと母さんも喜ぶと思うよ。いつも起きるのつらそうにしてるし」


 ちらりと作っている料理を確認すると、やはりというか四~五人分ぐらいの量はしっかりあった。


「あ、ううんっ、ううんっ!!」

「ん?」


 何についての否定だろう?


「これ……昨晩のお風呂上りの時、香田ママにちゃんと了解、取ってるからっ……勝手、してないからっ……!!」

「そんなこと、まったく心配してないよ?」

「あとっ、あとっ!!」

「うん」


 その小さな手で、エプロンをぎゅっ……と握って。


「これっ、私が好きでやってることだしっ……!!」

「でも、ありがとう」

「――は……ぅ」


 ん?

 もしかして今、凛子が好きだという『目を細めて微笑む』仕草でも俺は無意識にしていたのかな? 凛子は悶絶してくれていた。


「これはちゃんと後で料理してくれたお礼、しなきゃな?」

「えっ!? う、ううんっ、全然そんなの――」

「――お礼は、凛子を食べちゃえばいいの?」

「うぎゃああああっ!?!?」

「しーっ……凛子、しー……っ!!」

「――――っっっっ……!!!!!」


 まだ、きっと五時ぐらいの早朝なのだ。

 昼夜逆転の未や早起きゴルファーな父さんはさておき、少なくとも母さんは絶賛爆睡中なはず。慌てて凛子の口を手のひらで塞ぐと。


「…………っっ……」


 そのまま凛子の熱いまなざしにロックオンされてしまった。

 ゆっくりと手を離して、凛子の口元を解放する。


「……先払い、しておく?」

「ヤ……こ、こんなので……ダメっ」


 またいつものよくわからない論法が始まった。


「こんなこと、なんかじゃないよ?」

「ヤぁ……さ、昨晩もしてくれたのにっ……も、もったいない、よぅ……っ……」


 キスをする行為が普通になることを恐れているらしい凛子。


「飽きちゃったら……その先に進めばいいんじゃないか?」

「そ、その先ってぇ……ダメ……っ……」

「失礼」


 そんな俺たちの横を何事も無いかのようにスタスタと歩いて、ガチャっと冷蔵庫を開き、その中にある牛乳のパックを取り出すと――


「……あ、どうぞ。お構いなく」


 ――未はコップに並々と注ぎながら無表情でそう告げる。


「…………」

「……」


 ミイラ取りがミイラになった、というか。凛子の不意をついて楽しんでいたはずが、逆に俺が良い見世物になってしまっていた。


「……ふぅ。どうしましたか? 遠慮しないでいやらしいこと、続けたらどうですか?」


 怒ってるというより、軽蔑してる。

 牛乳を飲みながら、そんな冷ややかな瞳の色の未。


「し、してないしっ……!!」

「私の服……汚さないで下さいね」

「だからぁ……!!」


 インタビューの時もそうだった。

 こういう不意を突かれた『とっさ』の時、停止状態になるのが俺の悪いところだよな。

 状況の判断と対応の選択に思考タスクのほとんどを取られているからだと思うが……結果的に、軽いパニック状態に近い。


「えーと。とりあえず未……朝食、いっしょに食べようか?」

「嫌です……気持ち悪い」


 案の定というか、いつもの返事を――


「――ちょっとっ!! 何、それっ!?!?」

「あ」


 状況は決して『いつも』じゃなかった。

 そうか……そうだよな。

 何も知らない凛子からしたら、未の辛辣な言葉はそのままの意味で受け取ってしまうよなぁ。


「お兄さん相手に、なんてこと言うのよ……っ!!!」


 それは俺のことが好きだから……というより、年上の者として社会の常識を教えようという考えが根本にあるように思う。言葉遣いにそれが現れている。


「……ダメだと言うの?」

「当たり前でしょっ! 兄妹でしょっ!? こんな優しいステキなお兄さん――」

「――じゃあ、リンにあげる」

「は? え???」

「そんなのいらない。リンが兄さんの妹になればいい……私は、他人になる」

「私が…………香田の、妹?」


 自分を指さして、きょとん、としている凛子。


「ええ、どうぞ。たぶん私よりよっぽど妹らしい振る舞いが出来そう」

「おいおい。だから凛子は俺より年上だってば。俺のことはいいが、凛子に失礼なこと――」

「……アリ、かも」

「――おいっ」


 深く深く真剣に悩んでる凛子に思わずツッコミを入れてしまった。


「それじゃ、私……自分の部屋に戻るから」

「あ、待って! ダメっ、他人でもダメ! す、未ちゃん、大切な相手に『気持ち悪い』なんてそんな言葉、使ったらダメだから……!!」


 去ろうとしているその背中に凛子は慌ててそう告げると……未はゆっくりと振り返って。


「…………善処する」

「お」


 珍しくそう前向きな言葉を口にしていた。


「未、朝食は? 凛子が作ってくれたぞ?」

「……いらない」


 それは遠慮とか、まして凛子の作ったものを食べたくないとかじゃなくて、たぶん本当に食欲が無いからだろう。

 実際いつも、朝寝る前は牛乳を一杯だけだ。


「そうか。じゃあ一時間後に家を出るから、身支度を済ませておいてくれ。あ、着替えは必要無いぞ?」

「嫌です……持って行きます。昨日の兄さんみたいになりたくない」

「む……じゃあ一枚だけでいいから。あと施設内は寒いから、暑くても上に一枚羽織る物を持って行くといい」

「はい。わかりました」


 そう最後に小さくうなずくと、そのまま今度こそ未は居間を出て行った。


「……結局、最後は素直に香田の話を聞いてるね?」

「ああ。いつもそうだよ」

「うーん???」


 まるでいつもの俺みたいに首を傾げてる凛子だった。


「――あ。ごめん凛子。一時間後に出発って勝手に決めちゃったけど」

「うん、あいあいさー!」


 びしっ、とEOEの中と同じように海軍式の敬礼をしてる凛子。


「……でもえくれあ――いや。凛子のお姉さんと会うんだろ? いっしょに向かって、車の中で俺たち兄妹は待っている感じでも良いか?」

「え……いいの?」

「凛子がそれで良いなら。あと、了解が取れたから岡崎も途中で拾って行きたい」

「うんっ」


 事後承諾になっちゃったけど、無事に出発の流れが組めて良かった。

 出来るだけ早い時間に未を連れ出してやりたいからなぁ……。


「凛子。そういうわけで良かったらふたりで先に朝食をとりたい。母さんはまだしばらく寝てると思う」


 ちなみに父さんも母さんが起きるまでは絶対に食事をしないだろう。

 ああ見えてあの夫婦は、結婚して18年になると言うのにいまだに本気でラブラブなのだ。


「ん。急いで用意するねっ!」

「俺も手伝うよ。皿とか茶碗出せば良い?」

「ヤ。香田はそこで座って待ってて?」

「いやいや。凛子だけ働かせる訳にはいかないだろ?」

「ダメっ……これは召使いのお仕事だもんっ。ご主人様はどーんっと構えて待ってるのがお仕事!」

「おいおい。嫌な仕事だなぁ」

「ごめんなさい……私の楽しみ、取らないで」


 最後のその一言が、凛子の一番の本音に聞こえた。


「あ。そうだ……」


 キッチンに戻る途中、ふと思い出したように凛子は立ち止まり振り返る。


「ん?」

「……おはよう、香田っ」


 ふにゃ、と少しテレたように優しく微笑む凛子の笑顔がそこにあった。



   ◇



「――うん。これは格別美味しい!」

「またまたっ……香田、褒めるの上手過ぎっ」

「いやいや、本当に美味いっ。特にこれ……何だ、この卵焼き? 全然焦げてなくてフワフワしてる!」

「え、えへへへへっ……やだっ……幸せすぎて怖いよぅ」


 トロトロに溶けそうなぐらいに身体をぐにゃぐにゃ揺らして嬉しさを体現してる凛子。

 美味しいもの食べてるこっちじゃなくて、作ってるほうが幸せとか、正直よくわからないな。


「ね。香田」

「ん?」


 凛子はさっきから全然食べずに俺の食べている姿ばっかり眺めていた。

 今もそう。両手で頬杖ついて、ニコニコしながらずーっと正面から俺の食べる姿を観察し続けている。


「……お家に呼んでくれて、ありがとう」

「どういたしまして」


 凛子の期待に応えるべく、バクバクと勢いよく食べながらそう答える。


「こちらこそ、こんな美味しい朝食や……あとブランケットもありがとう」

「ううん。お料理は私がしたかったことだし。ブランケットも、その……」

「?」


 身体を少し縮ませながら、もじもじと身体を揺らしてうつむいて。


「……先払いで、そのっ……報酬、もらっちゃってるしっ……」

「?」


 果たしてその『報酬』とやらは何を指しているのだろうか?


「寝てる間に、いたずらでもした?」

「そ、そんなことしないよおおおっ!?」

「じゃあ何?」

「うー……」


 うつむきつつも、ちらりちらりと何度も俺の顔色を確認して。


「……香田の寝てるソファの中……潜り込んじゃいました……ごめんなさぃ」


 そんな真剣に謝られてもなぁ……。


「おいおいっ、無断で何をやってるんだよっ」

「ひあっ!? ご、ごめっっ……!!!」

「ずるいだろ? もういっかいやるぞ?」

「ほへっ?」

「ソファでいっしょにゴロゴロするっ。俺の部屋じゃないし、布団じゃないから父さんには文句言わせない!」

「は、はひっ!!」

「そういうわけで凛子、朝ご飯をさっさと食べてくれ。先にソファで待ってるからな?」


 俺のほうはこうして今、最後の一口を頬張ったところだった。


「ごちそうさまっ」

「あっ、行く、私も行くっ!」

「こらこら、凛子全然食べてないだろ? 食べてから!」

「ヤぁ!」


 元々朝食は食べない派なんだろうか?

 本来は手を伸ばさない凛子へ食事を促すため、食卓テーブルから離れようとしていたのに……俺の背中にしがみついて離れない。


「ご飯食べてからおいで?」

「いっしょにゴロゴロしてからっ!」


 ……参ったなぁ。


「終わったら、ちゃんと朝ご飯食べてくれる?」

「うんっ、食べるっ! 約束するからぁ!」


 どうしても離すつもりがない凛子は、むぎゅーっと俺の胴体にしがみ付いてそう説得していた。


「……よーし、じゃあゴロゴロだ!」

「ひょわっ!?」


 背中からしがみついている凛子を潰さないように気を付けながら、そのまま目前のソファの上へと倒れ込む俺。ついでに丸めていたブランケットも広げて、俺たちの上に改めて掛ける。


「ヤバイっ、これ幸せ過ぎてヤバイっ……」

「はははっ、そりゃ良かっ――」

「ん~、香田ぁ」

「――っっ……!?」


 もぞもぞと凛子がブランケットの中で身体を擦り寄せて来る。

 きっとそれは俺が寝ていた間に凛子がやっていたことの再現なんだろうけど……想像よりずっと刺激的だった。


「んんん~……」

「ちょっ」


 俺の胸板に何度も頬ずりをしながら、これでもかという感じで身体を密着させる凛子。細い脚を俺の脚に絡め、ぐりぐりとその身体を押し付けてくる。

 ふにふにと、小ぶりだけど恐ろしく柔らかい凛子の乳房が俺の腕に押し付けられて――……ああ、そっか。


「ちょ、ちょっ、こ、香田っ……!?」


 どうしてだろ。何故か、無意識に遠慮してた気がする。

 俺は改めて強く意識して、了解も取らずに凛子の胸に手を置く。


「嫌だった?」

「…………う、嬉しー……」


 『腐る』とかそういう拒絶の言葉は無かった。

 素直に喜んでくれてて、俺の心も嬉しくなってしまう。

 ……ああ、うん。その気持ちは素直に口にするべきだろう。


「俺も嬉しい」

「嬉しー……香田、嬉しい、よぅ……香田、からっ……触ってくれてるぅ……」

「うん」


 改めて何度でも思う。凛子にとってこの行為って、物凄く大切でデリケートなことなんだなって。

 今、こうしてポロポロと涙を落としているけど、それは決して嫌だったり悲しかったりして出ているものではないことぐらい理解出来る。


「嫌……じゃ、ないの……?」

「嬉しいよ? 俺が触りたいから、触っただけだよ?」


 そんなの当たり前じゃないか、とそんな俺の中の気持ちをニュアンスとして言葉や表情に載せて伝える。


「うーっ……どうしよ……どうしよっ……困った、よぅ……」

「……何が困ったの?」

「うー……このままじゃ…………香田に、迷惑、掛けちゃうぅ……」

「泣いちゃう?」

「もう、泣いてるっ……そ、じゃなくてぇ……っ」


 ぐしぐしと手の甲で涙を拭うと。


「ほんとに、香田から……離れられなく、なっちゃうよぅ……香田無しじゃ、生きて行けなくなっちゃうよぅ……」


 そんなことを真剣に悩んでいるようだった。


「じゃあ、恋人になっちゃおうか?」

「うー……ならない……ごめん、なさぃ……」


 おっと。この方向は凛子を追い詰めそうだ。

 慌てて俺は方向転換しておく。


「じゃあ恋人でなくていいから……飽きるまで、俺のそばに居てくれる?」

「それ、おかしいよぅ……逆、だしっ」

「逆なの?」

「……お願い、しますっ……香田がっ、香田が飽きるまで……そばに居させて、下さぃ……」

「うーむ。それは困った」

「あ! そのっ、違っ……無理にお願いしてる訳じゃなくてぇ……っ」


 何を勘違いしているのか、そんな言葉であたふたと取り繕うとしている凛子が愛しくて仕方ない。


「ぷっ……違う違う」

「……?」

「それじゃ……死ぬまでずーっとそばに居てもらうことになっちゃうなぁ、って」

「うーっ……!!」


 もういいや。俺もようやく吹っ切れて来た。

 『恋人』なんてカテゴリーやステータスは、ただの飾りに過ぎない。

 そこにこだわらない。

 互いに必要としてて、ずーっといっしょに居るなら、それでいい。

 事実上それは『恋人』なんて肩書を凌駕している気がした。


「どして……?」

「うん?」

「どして……そんな優しいこと、言えちゃうの……?」

「そりゃまあ」


 『俺にとって、ごく普通なことだから』。

 それだと、ちょっとありきたりな返事過ぎだろうか?


「――カリスマホストだから?」

「うー……ごめんなさぃ……」


 ちょっと懐かしいやり取り。


「……ほんとに、どしよ…………もう香田無しで……生きて行けない」


 ブランケットの中に隠れるように潜り込み、俺の胸に顔を埋めてぼそりと似たような独り言をつぶやく凛子だった。


「俺も」


 そんな凛子の頭を何度も撫でて、愛しい自分の気持ちを動作で伝える。


「……」


 静かで優しい、この一時を噛みしめた。

 届いてくるのは互いの微かな鼓動と息遣いと、あとは窓の外の小鳥のさえずりぐらい。

 何か特別なことがあるでもないけど、でもただひたすらに幸せだった。

 身支度もあるけど、もう少しだけ……こうしていようかな。



   ◇



「――……お、来た来た」


 荷物番をしながら玄関先で待っていると、思ったよりずっと早くに凛子のパステルカラーの軽自動車が香田家の前まで来て止まった。


「未~、もう車来たぞ~? まだか~?」


 ……返事は無い。


「香田っ、おま、たせっ」


 わざわざ走って車まで向かってくれたらしい。息を弾ませたままの凛子が車から降りて俺の元に来てくれた。


「ありがとう」

「ううん、ううんっ!」


 ……本当に見違えて元気になってくれた。

 その笑顔を眺め、俺の家に呼んで正解だったと心からそう思う。


「トランク開けていい? 先に荷物を入れておきたい」

「はーいっ」


 玄関先に置いてあるトランクを拾い、凛子カーの中へと運ぶ。

 ちなみに荷物はすべて未の物だけ。

 中身は見てないが、まあほぼすべて服に違いなかった。


「――どう? 忘れ物無い?」

「ん。大丈夫……」

「はい、お薬」

「……もう持ってるけど」

「いいの。予備で持って行きなさい~」


 玄関の向こうからそんな会話が聞こえて来た。


「お、来た来た」


 そして未のやつが玄関に姿を現す。


「……」

「未、大丈夫……?」

「……平気。私、平気だから」


 心配そうな母さんの声を振り切って、一歩、玄関から踏み出すと。


 ――……パサッ。


 真っ白なレースに包まれた折り畳みの日傘を優雅に広げる未。

 まぶしそうにうらめしそうに真っ青な朝の空を見上げていた。


「ふわっ…………ウサギの女王様っ……!」


 着てる服から靴から下げているバッグまで全身真っ白なその姿を見てか、俺の隣で口元に手を当ててそんな感嘆の声を漏らす凛子だった。


「じゃあ母さん、行ってくるから」

「ええ。気を付けて……」


 弱々しい声で返事をしている母さん。心配していることも多少影響あるかもしれないが、しかしあれは単に早朝でまだ眠たいだけだ。


「お母さん……行ってきます」

「ふぁ……いってらっしゃい~」


 未がこうして日中に外出するなんて、何年ぶりだろう?

 しかも自ら進んでなんて、ある種の奇跡に近い。

 だからか、泊まり込みのいかがわしそうなゲームなのに母さんは特に反対するでもなくこうして見送ってくれていた。


「未。大丈夫か?」

「兄さんまで……大げさです。私のことは気にしないで下さい」


 ぷいっ、と相変わらず無表情のまま顔を逸らすとそのまま凛子の軽自動車へと乗り込む未。一刻も早く直射日光の下から逃れたいようだった。


「あのっ、香田のお母さん……! 突然、お邪魔しましたっ」

「申し訳ないと思ってる?」

「え。は、はいっ……ご迷惑を――」

「――じゃあ、また来なさい。それが唯一のお詫びの方法よん?」


 ばちこんっ、と大げさにウィンクをして笑う母さん。

 ペコペコと何度も頭を下げている凛子。

 俺は構わず助手席に乗り込んだ。


「……兄さん、それは?」


 めざとく俺が助手席側のグローブボックスの中に何か入れているのを見つけて質問してくる後部座席の未。

 パタン、とグローブボックスを閉じてしまい込むと。


「秘密」

「?」


 そう一言だけ伝えて少し笑う俺。


「ほら、凛子。早く行こう。予定の時間をオーバーだ」

「え。あ、うんっ……じゃあ、あのっ、香田のお母さん! これで失礼しますっ」

「はい。いってらっしゃい」

「え……あ。はい……いってきますっ」


 少しテレたように凛子は頬を紅潮させて運転席へと乗り込んだ。


「孝人」

「ん? 何?」

「母さんはお料理上手な凛子ちゃんがいいのだけど……仕方ないから、そのミヤマレイカちゃんとも会ってあげます。連れて来なさい」

「ははは……うん」

「むしろ連れて来るまで帰って来なくていいから~……ふぁ」


 何となく母さんなりのエールに聞こえたのは気のせいだろうか?

 俺は感謝の気持ちを込めてゆっくりうなずくと。


「凛子、出発しよう。運転お願いするよ」

「うんっ。じゃあいってきま――すっ!」


 そうして母さんが小さく手を振って見送る中、凛子カーは元気に発進した。


「空……綺麗」


 少しだけ窓を開けて、珍しいものでも見かけたかのように背後の未がつぶやく。

 ミラーには銀色に輝くその長い髪を風に揺らしている姿が映っていた。

 何も表情は変わらないが……しかし俺は見逃さない。

 あれは上機嫌な未の瞳だ。


「ああ。今日は、暑くなりそうだな」


 確かに綺麗な青空。

 昨日とは打って変わっての快晴だった。


 ◇


「――では、その『セイヤクシ』に書けば……本当に何でもその通りになるんですか……?」

「言ったように『自分自身』に限って『実行可能なこと』だけならね」

「…………ふーん」


 とある隣町のパーキングエリアで、俺たち兄妹はもうかれこれ一時間ぐらい車内で話し合っていた。その内容は主にEOEについてのノウハウ。


「あと確認しておきたいことって何かあるか?」

「兄さんのパーティの構成と……私に求める役割」

「そうだな、それも事前に話すべきだな。お前も知っている凛子は弓師。あともうひとり、深山玲佳、というさっき説明した、ログアウト出来ない人は魔法使い」

「兄さんは……?」

「俺? 俺は…………その。特に戦闘スキルの無い、一般市民」

「バカなの?」


 言われると思ったよ!


「だからっ、不具合で強制的にそうなっちゃったんだってば!」

「はぁ……つまりバランスを考えて私に近接が強いキャラになって欲しいわけですね?」

「そうなるな。あのふたりで攻撃力は充分だから、今は守りを固めたい。だから未にはタンク役を期待したい」

「ね……これからもうひとり会うのでしょう? オカザキ、とか言う人」

「え? 会うけど。ああ、説明してなかったっけ。EOEは四人一組でなきゃログイン出来ない仕様なんだよ」

「その人はパーティに入らないの……?」

「……どうなんだろうか。正直、わからない。さっき言った深山とトラブルを起こしたことがある人でさ……もう岡崎から謝ってくれてその件自体は解決しているけど、微妙にわだかまりが残ってる感じで無理に引き合わせることに抵抗を少し感じてる」


 ああ……長文になってるな。

 どうやらこの件、俺は自覚している以上に悩ましいと思っているようだ。


「そのオカザキって人は……どうなの?」

「ん? どうって?」

「兄さんの今回の誘いには、嫌がってないの……?」

「メッセージの感じだと、ノリノリだったが」


 『もちろん行く行く!』って即答だった昨日の岡崎とのやり取りを思いだす。


「はぁ……兄さんがそんな考えの足りない人だと思いませんでした。がっかりです」


 ミラーに反射して映る未の、冷めた眼差しがちょっと痛い。


「むしろ無理にでもそのふたりは、引き合わせるべきでしょう……?」

「そんなもんか?」

「決まってます」


 断言されてしまった。


「兄さんは、表面上の言葉に影響を受け過ぎです」

「どういう意味だ?」

「兄さんが、強引にそのふたりを会わせることにすれば良いんです。そのふたりに欲しいのは『仕方ないから会う』という口実です……それを作れるのは立場的に兄さんだけに見えます」

「あー……」


 どこか事なかれ主義な俺とはずいぶん違う発想だが、確かに納得出来た。

 すでに岡崎から謝罪して、腹を割って話し合ったのだから……あとは未の言う『口実』――つまり会う理由があれば良いのか。

 それをなぜ俺が積極的に作ってあげないのかと、呆れられてしまった訳だ。


「例え表面上、嫌だ、嫌いだって言ってても……そう言わなきゃ体裁が整わないことだってあるんです。もうちょっと相手の本意を――…………何ですか、その顔は?」


 どうやら俺、かなり微妙な顔をしていたらしい。問い質されてしまった。


「いや。未の言う通りだと思うよ」

「ふん…………わかったような顔をして……気持ち悪い」


 ――……コン、コン。


「ん? あれ、凛子?」


 いつの間にか帰って来ていたようだった。

 なぜか助手席の窓を外からノックしてこちらに到着を知らせる凛子。

 たぶん何か意図があると踏んだ俺は、そのままドアを開いて車を降りた。


「終わったの?」

「うん……一応……」


 眉を下げて少し困ったように笑う凛子の目がちょっと赤い。

 会ってきたえくれあ――お姉さんとは、どんな話をしたのだろうか?


「ちゃんと話せた?」

「う、うん…………謝ってくれた。もうあんなことしないって約束してくれた」

「そっか。それは良かった」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 確かに未の言う通りかも知れない。

 事なかれ主義で会わないままだと、良くも悪くもそのままだ。

 リスクはあるけど……こうやって直接会えば、良い方向に転がるリターンも得られる可能性がある。

 そうであるなら、俺がその機会を作るのも悪くないのかも。


「良かった、のかなぁ…………どうしよう……」

「うん? 何かあった?」

「…………良いお姉ちゃん過ぎて……変で、気持ち悪いっ」

「――ははは、何だそれ? 良いことだろ?」


 『気持ち悪い』って単語はどうにも心臓に悪い。

 一瞬、心肺全部が止まりそうになった。


「……それで、あの……ね?」


 両手を背中で組んで、もじもじと身を捩る凛子。


「ん?」

「えと……その…………会いたい、って」

「? 会いたい?」

「だから、香田と」

「えくれあ、が……?」


 露骨に嫌な顔をしてしまう俺。

 たぶんこういう反応を示すだろうって凛子もわかってて、だからあんなに言いづらそうにしていたと今さら理解した。


「会ってどうする……」

「わかんない」

「……参った、なぁ」


 正直えくれあの件は俺の中で全然消化出来ていない。

 もしかしたら会った瞬間に殴り倒すかも知れない。

 ここでそんなことをやってしまっては……妹と恋人の目前で、立派な犯罪者になってしまう。


「どうしても会いたいんだって……香田、断る?」

「……会ってもいいけど」


 当然俺としてはえくれあと和解とかこれっぽっちもしたい訳じゃないが、俺の強制的な命令に応じて悔いて、凛子にちゃんと謝ってくれたというのであれば、こっちも筋は通すべきだと思った。

 何より凛子とこれからもいっしょに歩むというなら、いつか対峙する時が訪れるだろう。

 ……つまりこれは、早いか遅いかという問題に感じた訳だ。


「お姉ちゃん……良いって」

「え」


 ちょっと驚く。

 凛子の立つ隣の物陰からすぐにその姿が現れたからだ。


「……」


 うつむきながら現れたその人は……長い髪をアップにしてまとめているスーツ姿の綺麗な女性だった。

 そりゃまあ、18歳の凛子の姉だというのだから、当然20歳は超えていると考えるのが必然だったけど……まさか社会人だったとは。

 どこか学生であることを期待していた、その裏返しの驚きだったのかも知れない。

 つまり、あんな幼稚な行為をする人間は子供であって欲しいという、そんな変な期待。


「はぁ……えーと、『えくれあ』さん?」

「……はい」


 小さくうなずくと、そのまま――


「ちょ、お、お姉ちゃんっ!?!?」


 ――靴を脱ぎ、コンクリートの上で土下座した。


「香田様……謁見の機会を与えて下さり、誠にありがとうございます」

「…………は?」


 さすがに目を白黒して戸惑ってしまう。

 なかなか思考が進まない。


「お、おい……凛子のお姉さんって、普段からこうなのか……?」

「う、ううん。だから気持ち悪いってっ……変だってっ」


 ようやく凛子の、少し困ったように笑っていたあの表情の意味を真に理解した。

 たぶんEOEで会ったあの『えくれあ』はさほど素から離れてないだろう。それからこのふり幅は、確かにおかしい。異様だ。


「あの……土下座、止めてもらえませんか」


 まだ早朝の住宅街だから人通りも無いが……それでも周囲が気になって仕方ない。


「いえ。香田様の御前でそのような無礼なことは」

「御前って…………」


 一瞬、誓約がまだ効いているのかと思ってしまった。

 いやいや、ここは現実だって!

 EOEの中じゃないってば!?

 ……だからつまり、このえくれあの態度は誓約による強制的なモノじゃなくて、彼女の本意として行っていることとなってしまう。


「香田様……ご迷惑でしたでしょうか?」

「はぁ」


 ちょっと気持ちを整えて。

 物凄く嫌だけど……元々は自分がやったことの責任だと解釈して、受け止める。彼女の期待する俺であることにする。


「えくれあ……土下座は止めてくれ。迷惑だ」

「は、はい!」


 慌ててストッキングのままコンクリートの上へと立ち上がる、えくれあ。


「靴を履いてくれ」

「はい!」


 言われた通りに即座に実行している。

 本当にこれ、誓約の力じゃないんだよな……???


「後は何かございますでしょうか、香田様……!」

「その敬語と、『様』は止めてくれ」

「怖れながら……お断り申し上げます」


 ……誓約では無いことを、図らずもこうして確認することになった。


「どうして」

「もはや神同然――いえ! 神であられる香田様に対してそのような無礼な――」

「――待った、待った!」

「はい?」

「……待ってくれ、少し」

「はい!」


 あまりのことに、めまいが凄い……今、卒倒しそうになったぞ、俺。


「頼むから……いや。もし本当に俺のこと、そこまで評価してくれているなら、絶対の命令として受け止めてくれ。その仰々しい敬語はやめてくれないか」

「かしこまり――……わ、わかり、ました……香田様」

「その『様』も」

「…………そ、それだけは……っ……」


 うるうると今にも泣きそうな顔で困り果てている綺麗なお姉さん。

 ……本当にどうしちゃったの、このお姉さん。


「香田様っ……!」

「……何」


 どうしてもそこだけは譲らないつもりらしい。


「お会い出来て……嬉しいです!」

「俺は、嬉しくない」


 そんなキラッキラした笑顔で、両手を祈るように合わせて言われてしまうと……反応に困ってしまう。


「ああっ……! 香田様っ! やはり香田様が現世にご降臨されてらっしゃる……!!」

「だからっ、その仰々しいのっ、やめてくれっ!!」

「は、はいっ」


 俺の言葉が荒れて鋭くなるほど、むしろこの目の前の綺麗なお姉さんは嬉しそうに瞳を輝かせていた。


「お会い出来て、光栄です……っ」

「……どうも」


 わざわざ言い直してくれる。

 すっかり毒気が抜けてしまった俺だった。

 まあ、これなら殴り殺す心配はしなくて良いから……マシとするか。


「それで?」

「はい?」

「何だ? 会って……どうする?」

「いえ! 謁見――お会いしたい、な、と……」

「じゃあ、もういいか?」

「……はい!」


 疲れた……ドッと一気に疲れた。


「兄さん」

「ん?」


 背後の車内から少し窓を開けて話し掛けて来る未。


「その変な人も……パーティに入れるつもりですか?」

「いや、まさか。それだけは絶対に無い」


 そんなの即答だ。


「……ステキ」


 今のそのえくれあから発せられた謎のつぶやきは、聞かなかったことにしておこう。うん。


「ど、どうしよう……香田」

「うん?」

「お姉ちゃん……壊れちゃった……!」

「…………う」


 責任を感じないと言えば嘘になる。

 ゲーム内とはいえ、えくれあの心に人格をゆがめるほどの負荷を掛けたのは間違いなく俺だ。


「――えくれあ」

「はいっ! 香田様っ!」

「俺と会う前の……今まで通りに戻ることは出来るか?」

「いえ……香田様より真理を教わり、自分の罪深い行いに気が付いてしまった今となりましては――」

「じゃあ演技でいいから。やってみてくれるか?」

「…………はぁ? こ、これでいいわけ?」

「そう、それ」


 やはりと言うべきか、凛子の姉だけはある。演技に長けている。

 いや……もしかしたら凛子もそうなのかもしれないが、この人は自己暗示のように没頭して極端に『のめり込む』ことが上手なのかも。

 それが時に憎悪や侮蔑として自分を縛り付けたりもするのかも。


「その設定で行こう」

「しかし……それでは香田様からの教えが……!」

「えくれあ。リアルでは『なじませろ』」

「はい?」

「急に豹変しては、周囲が戸惑うばかりだ。結果的に反発を招きかねない」

「……ああ!!」

「だから、少しずつ少しずつ、以前のその『演技』から現在の『本当』のえくれあへと時間を掛けて変化させ……周囲に『なじませろ』。賢いお前なら出来るだろ?」

「さすが……さすがは思慮深い香田様っ……!!」


 なんだろね、この茶番。


「ほら、実践して」

「くっ…………や、やる、じゃない……香田……」


 ぷるぷると震えながら、精一杯に演技してくれているようだった。

 まあこのぎこちなさはたぶん俺限定だろうが……ちょっと確認してみようか。


「ほら。凛子相手にやってみろ」

「ほえ?」

「え、ええ…………」


 ちょっと凛子の背中を押してあげた。


「――凛子」

「う、うん……お姉ちゃん」

「その。今まで悪かったわ…………許して、とは言えないけど」

「っっ!!! う、ううんっ!!」


 これは演技だけど演技じゃない。

 『えくれあ』と名乗る凛子の姉が、心から改めて謝罪しているその姿だ。


「お姉ちゃん……また、EOEでいっしょに、遊ぼ?」

「……いいの?」

「うんっ!」


 きっと『なじむ』だろうと思う。

 今は猛省の果てに人格まで歪めてしまったけど……そうしなきゃ成立しないほど相反する行いを今までやってきてしまったのだろうけど。きっとこれをキッカケにして、えくれあはいつか自然と両極端なその間にある『ほどほど良い感じ』のところにその人格が収まって、なじんでくれると思う。

 人はきっと変われる。


「……突然こっち向いて、何? 兄さん」

「いや」


 ただ……それには、少しばかり時間が必要なんだ。


「香田っ、行こう!」


 姉と話していたはずの凛子が、元気に背後の姉に手を振りながら車の元へと駆け戻ってきた。


「ん? もういいのか? もう少し――」

「ううんっ、もういいの。早く岡崎のところ……んーん。深山さんのところに行きたいっ!」

「ありがとう。じゃあそうするか」


 ――……バムッ。


 勢い良く運転席の扉が閉まり、エンジンが掛かる。


「こ……香田……その」

「ん?」


 ふと見れば、物凄く恐縮して身体を小さくしながらえくれあ――いや、名も知らない凛子のお姉さんが、助手席側の窓のそばに立っていた。


「ゲームの中では…………良い?」

「何が?」

「演じるのは……リアルだけで、良い?」

「……どうぞ」


 確かにガス抜きじゃないけど演技しないで済む、素の場所は欲しいものかもしれない。


「リアルで頑張って演じている間は……俺も、頑張って演じます。さっきは失礼な態度ですみませんでした」

「――そ、そんな滅相もございません……!!」

「えくれあ。演技、演技」


 なんだかこの妙な茶番も面白くなってきてしまった。

 ……つまりは俺の中でようやくこの件が消化出来た、ということなのかも知れない。


「あっ……わ、わかればいいのよっ……ち、ちょ、ちょっとイケメンだからっていい気になって、子供のクセに……ふんっ」


 あれ、この人。可愛らしいところもあるじゃないか。

 褒めてくれたのでお返ししておこう。


「ははは。綺麗なお姉さん相手だと、ガキなんでついカッコつけてしまうんですよ。生意気言ってすみませんでした。では!」

「っ――……」


 まるで会話を遮るように凛子が車を発進してくれた。

 正直えくれあ相手に社交辞令や愛想笑いは疲れるので助かっ――……うん?


「うー……深山さんに言いつけてやるぅ」

「兄さんって……本当に最低……いやらしい」

「え?」


 何、この空気??



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