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#046 せめてその証《あかし》を

 ――……コン、コン……。


 しばし雨音を耳にしながら物思いに更けていると、不意に俺の耳へとノックの音が届いてきた。


「ん? すみか? 開いてるからそのまま入ってくれる?」


 物静かな未だからあまり心配してないが、それでもドアの向こうにギリギリ聞こえる程度の抑えた声でそう伝えると、遠慮気味に未が俺の部屋へと覗き込んできた。


「……寝てるの?」

「ああ」


 あれだけ大泣きして、雨に打たれて、知らない家に押しかけて緊張して、風呂に入って食事して……これだけの条件ならむしろ睡魔が襲わないほうが不思議なぐらいだ。

 ふたりきりで抱きしめ合っている中で安心してくれたのだろう。

 俺の胸の中で凛子が可愛らしく小さな寝息を立てていた。


「はい……これ、鍵」

「サンキュ」


 あくまで俺の肌には触れないよう、ぽとりと手のひらに落とす形で未の部屋の鍵を渡してくれた。


「凛子……ごめん。未の部屋でちゃんと寝ようか? ……凛子?」

「んー……」


 ……ダメか。軽く揺さぶっても目を覚まさない凛子だった。


「……ねえ、兄さん」

「うん?」


 ベッドに腰掛けている俺の目の前に立って見下ろす未は、無表情。

 それはごく当たり前なことなんだが、凛子の視点で未がどう映るか想像した時に改めてこの妹の容姿や印象を再認識した気分だった。

 肌も髪も全身真っ白な姿に際立つ冷めた真っ赤な瞳。

 ……ウサギ界の女王様か。

 きっと脅威や恐怖も感じたろうに、とっさに出て来た凛子のその表現には優しさが込められていた。


「その子……何?」

「何って。だから、俺の恋人」

「本人、否定してるじゃない」

「俺のこと、大好きとも言ってくれただろ?」

「……その資格が無いとも言ってた」

「それは未には関係が無い込み入った話だ」

「だから聞いてるの。細かいことはどうでもいい。結局……何?」


 父さんも母さんも気を遣って立ち入ってこなかったことを、未はあえてズカズカと踏み込んでくる。


「凛子個人の事情だ。本人寝ている間に勝手に話すつもりは無い」

「……そう。つまりは兄さんが勝手に恋人と思ってるだけ?」

「だから、未には関係無いだろ」

「この子の言ってた『レイカ』って誰? その人が兄さんの本当の恋人?」

「……部屋、借りるぞ。凛子、ほら、起きて」


 あえて会話を断ち切って凛子を起こすと。


「ずいぶんと、だらしないことしてるんですね……好意を抱いてくれる相手なら誰でも良いんですか?」


 きっと話を聞けば誰もがそう思うだろうことを、さらりと言ってのける未だった。


「はぁ……未」


 言葉を制するように意図的にため息を落として見せて、真っすぐに我が妹を見詰めてけん制する。しかし。


「……気持ち悪い」


 やっぱりその一言が告げられてしまった。

 未もまた、視線を逸らさずに俺の姿をルビーのようなその瞳に映していた。


「ほら、否定しない。誰でも良いんですね? そのくせに――」

「――未」


 言葉を被せて、その続きを決して言わせない。

 封印されているはずの蓋が開きそうな、そんな気がして。


「気持ち悪い……本当に気持ち悪い」


 まるで機械のように淡々とした表情のまま、吐き出される侮蔑。

 俺はそれ以上悪化しないようにあえて無視して凛子を起こす。


「……凛子、起きて。未の部屋に行くよ?」

「ヤぁ…………このまま、香田の部屋……寝るぅー……」

「だーめっ」


 俺自身は構わないけど、それじゃ父さんに殺されてしまう。


「ほら、凛子」

「んー……」


 ぎゅー……っと俺の首にしがみつく凛子を抱えるようにベッドから持ち上げた。ああ、もういいか。未の部屋までこのまま抱えて行くことにしよう。


「……気持ち悪い……」


 それを見届けている未の瞳には、過去最高と思えるほどハッキリとした感情の色が現れていた――でも、だからどうした。そんな未に対して俺がやれることは何も無い。

 凛子を抱えて自分の部屋を出るそのすれ違いざま、一言告げるだけだった。


「未……そんなに自分を追い込むなよ」

「兄さんがそれ、言わないで」


 ――……パタン。


 俺が廊下に出ると、背後のドアが勝手に閉じた。

 まるでこれじゃ俺の部屋から俺が追い出されたみたいな感じだな。


「未……パソコンのパスワードは『0805』だから」


 返事は無い。まあ聞こえているだろうから話を続ける。


「明日の午前中には出ると思うから、未も眠れるようだったら寝ておいたほうが良いぞ? 明日からしばらく頼むよ」


 携帯を所持していない未に対して、伝えるべきことを先に伝えておく。するとドアの向こうから。


   ――……兄さんは部屋の中に入らないで


 そんな会話になっていない一言だけが返ってきた。

 まあ拒否の言葉は無いし、了承したということで良いのだろう。


「わかったよ。部屋の中には入らない。じゃあ、おやすみ」


 俺の部屋のドアを軽く一度だけノックしてそう言い残すと、来るはずもない返事を待つのも時間が惜しく、そのまま隣りの未の部屋の前に向かう。


「凛子……立てる?」

「んにゃ…………んー……」

「部屋に入ったらすぐ右手にベッドあるから、そこで寝て? 天蓋って言って布が降りてるから間違って踏んだり破ったりしないように気を付けてね?」


 小さな身体の凛子を廊下に降ろして立たせる。


「んー……こぅだ……はぁ……? いっしょ、に……寝よ……?」

「ごめん。魅力的な話だけど、父さんにも妹にも殺されるからそれは出来ないや。はい、これは部屋の鍵。ほら、寝て寝て」

「ん……ごめん、なさぃ……おやすみ、なしゃい……」

「うん、おやすみ」


 半分眠ってる凛子がぺこりと頭を下げてから、ゆっくりと未の部屋へと消えて行った。

 施錠の音は聞こえないけど……まあいいか。俺が入らなければそれで問題が無いはずだ。


「さて」


 ちらりと携帯で時間を確認。

 午後10時過ぎ……まだ待ち合わせには時間が余ってるけど、天気も悪いのだし早めに向かうとしようか。

 少しばかり気合いを入れ、まずは玄関に向かうため階段を降りた。


 ◇


「うはっ、はははっ……」


 ――ザアアアアアアァァ……!!


 時間が余っていることもあって向かう途中でコンビニに立ち寄っていた俺は、軽く用事を済ませて店の外に出ると呆れてしまった。

 思わず笑いが出るほどの大雨。さらに雨足は強くなっているようだ。


「……しばらく止みそうに無いなぁ」


 季節外れの中華まんを頬張りながらしばらく軒下でのんびりする。

 念のため携帯を取り出して確認するものの、仲介役の岡崎から特に一報は届いて無かった。


『なあ……鈴木から中止の知らせは無いのか?』


 なので焦れた俺から送信。


『無いけど?』


 相変わらず異様に返信早ぇーよ。


『……本気でこの雨の中で会う気か?』

『みたいだね。にしし。バスタオル持っていってあげよーか?』

『いらん』


 ちなみに岡崎は同伴しない。

 むしろ鈴木から一対一タイマンを希望したそうだ。

 ……つまり岡崎は、すでに『こっち側』だと鈴木は考えているということだろうか?

 しかしゲーム内とはいえ、あれだけ執拗に殴られて……俺と一対一で会うのが怖くないのだろうか?


「逆もまたしかり、か」


 いきなり背後から鈍器で殴られる可能性とかもありそうだ。

 警戒しておくに越したことは無いだろう。


「……向かう、か」


 まだ雨は弱まらないが、そこまで考えて不意を突かれないためにも先に現地入りしたい気持ちが勝った。

 俺は傘を広げ、待ち合わせの場所へと歩を進めた。


 ◇


「――……結局は、容量の問題か」


 空いているこの時間を使って、俺は深山に贈る次の魔法の構想を練っていた。またしても深山、深山……だが、あれだけ山積している諸問題の中でやっぱり真っ先に検討するのはこの問題からだった。

 前回、深山に贈った魔法――四門オールアラウンド円陣ゲート・イン・ザ・火竜サークルドラゴンは、単体の相手に強大な一撃を与える最後の一撃(フィニッシュブロー)だ。

 半分は深山の趣味によるものだが、あまりに予備動作が多過ぎて素早い相手にはまず当たらない。

 真っすぐで強大な一撃。あえて隙だらけなところも含めていかにも深山らしい。

 だから今度は俺の趣味――超実用的な魔法を深山に贈ろうと思う。

 どうせなら真逆が良いだろう。

 ……つまり隙が少なく、素早い相手にも当たる、曲がりくねってて細かい多段攻撃、って理屈になる。

 パッと思いつくのは……ゲーマーの悲しいさがなのか、イメージとしてホーミングレーザーみたいなのが浮かんだ。

 しかしそれはちょっとばかり、現実として困難そうだった。

 一番のボトルネックは魔力容量。

 あの更新による修正内容が俺の予想通りだとするなら理屈としては、こうだ。


『本人が有する<魔力>を()()に取り出し消費することで相応の魔法は発動する』

 

 今回の修正で『媒体に取り出す』という処理が魔法に加わった。

 これは杖なりに備わっているあの宝石のような媒体に一度魔力を込めなければならないという話だろう。

 ……つまり、その宝石のような媒体の容量が魔力の上限となってしまった。

 いくら今回の修正で媒体の容量が二倍に上方修正されているとしても、たかが知れている。

 もう覚えてないが、確か深山の装備している杖の容量は元が15とか20とかそんな数字だった記憶がある。

 それの二倍と、1600以上にも及ぶ深山本来の魔力容量とは比べるまでもない。

 結果、一般的な皆の呪文が強力になり、対して深山の有する創作魔法シルバーマジックだけはその威力を相当抑えられることになる。

 悔しいが、絶妙な修正方法だと開発者を素直に賛辞しよう。

 これをたった数時間で発案して対応したのだろうから、頭の出来が違い過ぎる。


「深山に容量の大きな装備品を用意しなきゃな……」


 それでも、100も行くか行かないかぐらいだろう。

 根本的な見直しが必要そうだった。


 ……さて、そろそろ思考を戻そうか。

 『ホーミングレーザー』が実現困難なのは、そのふたつの要素が魔力の容量的に両立しそうにないからだ。

 深山とテストして痛感したのは、魔法を『移動』させることというのは燃費が悪いという事実。

 『レーザー』と言えるほど回避不可能な速度を求めるなら、炎そのものと同程度の魔力が必要になってくる。

 まして『ホーミング』と称せる程度に個別の誘導性など持たせたら、たぶんその10倍は必要だろう。

 つまり、レーザー優先ならホーミングは難しい。あるいはそよ風のように威力の無いホーミングレーザーになってしまうという理屈だった。

 ……それを多段攻撃だって?

 馬鹿も休み休み言え、という話になってしまう。


「――……あ、ここか」


 悶々と考えている間に、待ち合わせの場所まで来ていた。


「……」


 今は使われていない大きな工場の入り口。

 この場所を指定した鈴木の心理が、読めない。

 俺が鈴木の立場なら……身の安全を考えてむしろ繁華街なんかを選ぶ気がした。


「まあつまり……闇討ち注意、ってことなのかな」


 でもそれも微妙に違和感があった。

 だってこの通り、俺は今、警戒している。

 本当に闇討ちしたいなら待ち合わせなんかしないで、俺の家の前で隠れたりしていれば良い気がした。そっちほうがずっと不意を突ける。

 ……だから、ここを指定する鈴木の心理が読めなかっ――


「――……ん?」


 夜の11時で、ひと気の無い場所で、このあまりに強い雨だ。気が付くが遅くなるのも仕方ないが……今さらだが、工場の門の中に人の影があった。


「……鈴木、か?」


 返事は無い。

 たぶん俺のこの声は届いているはずなのに、何の反応も示さない。


「……」


 廃工場とはいえ、私有地への不法侵入だが……まあ、仕方ない。

 ふと見れば人ひとりが滑り込めるぐらいにスライド式の鉄の門の左端が開いていたので、そこから潜り込んで、人影に近づいた。


「――……あ、すみません。あの……」


 数歩近づいて気が付いた。鈴木じゃない。

 黒髪のショートボブの女性で……髪を金髪に染めて長い髪をふわふわとゆるく巻いていたアイツの姿とは違う。

 でも今さらUターンして逃げ出すほうが怪しまれる気がして、ここで待ち合わせだと釈明することにした。


「ここで待ち合わせを…………あの、大丈夫ですか?」


 傘もささずに、棒立ちの女性。

 顔はうつむいてて表情は伺えないが、しかし尋常じゃない雰囲気は余りあるほど察知出来た。


「――んだよ……」

「え?」


 ぼそり、と目の前の女性がつぶやく。


「何だよ、その他人行儀な敬語……」

「……」


 訂正するしか無かった。

 目の前の女性こそが、俺と待ち合わせていたその本人だった。


「…………大丈夫か?」

「っるせぇよ……今さら言い直すなよ……」


 顔はいまだうつむいたまま。

 雨にべったりと濡れて額に落ちている前髪も手伝って、その瞳は見えない。そこで相手を察する俺にとっては、唯一の情報が断たれているような状態だった。


「…………」

「……」


 長い長い沈黙。

 俺はどう切り出そうか、悩んでしまう。

 正直こんな展開はまったく想定外だった。


「……髪、ずいぶんと変えたな」


 そんな中で無理やり絞り出した話題は、これだった。


「うるせぇよ……ワタシの勝手だろ……」

「……そうだな」


 案の定、早々に終わる。


「もしかして、痩せたか……? 飯、ちゃんと食ってるか……?」

「……うぜぇ……」


 ほんの一週間ほどのはずだが、目の前の鈴木の身体は以前よりずっとか細い印象になっていた。もしかしたらこれが、髪型以上に見違えたその理由かもしれない。


「学校……どうして来ない?」

「…………ハッ……お前が、それ、言うか普通……?」


 つまり、俺にボコボコに殴られたせいである、と認めてくれた。

 だから俺は。


「悪かったよ……あれはやり過ぎた。謝る」

「……」


 しばらくの間の後。


「……今さら、無しに……すんなよ……出来るわけ、ねーだろ……」

「それはそうだ。無しに出来ない。するわけじゃない。ただ、自分の非を認めて――」

「――それをワタシにやれ、ってか……?」


 ギロリ、と濡れた前髪の間から鋭い眼光が届いて来た。

 理解した。鈴木は謝りに来たわけじゃない。


「……そのつもりが無いなら、どうしてここに来た?」

「ハッ……あまりにしつこいから、黙らせるために――……」


 そこで言葉が切れる。


「……」

「……鈴木?」

「…………」


 少し、震えてる。


「……違う。こんなこと……言うために、来たんじゃ、ない……」


 謝るつもりは無いが、しかし彼女なりに思うことはあるみたいだ。

 反省のようなものを感じた。

 ……反省?

 謝るつもりも無いのに、反省?

 理屈が合わなくて……情報がちぐはぐ過ぎて、推論がどうにも進まない。


「香田こそ……どういうつもりで……ここに来たんだよ」

「え? 俺? そりゃ、深山の誓約紙から――」

「――ハッ!!」


 軽く一蹴されてしまった。

 たったこの一息で、到底叶わない望みだと理解出来てしまう。


「言ったじゃんか…………死んでも、嫌だ、って」

「…………ああ、言ってたな」

「理解したか?」

「……納得は出来ないが……まあ、鈴木がそういう覚悟なのは理解した」

「じゃあ、どうする……?」

「は?」

「だから、香田の大好きなお姫様を救えないとわかって……じゃあ、どうするか、って聞いてるんだよ」


 わからない。

 本当に、わからない。

 彼女の意図がまったく理解出来なかった。


「どうするもこうするも……」

「殺すか?」

「え」


 笑ってた。


「殴って、殴って……飽きたら絞め殺すか?」


 死んだ目のまま、鈴木は笑ってる。


「悪かったって――」

「それとも力任せに犯すか? 前みたいにワタシを押し倒して……馬乗りになってさ。どうせワタシじゃ、力で香田に敵わないしな?」

「そんなこと決して――」

「ああ、それがいい……そうだ、それにしよう。香田、今すぐ犯しなよ。あの時みたいに力で支配して、一方的に、乱暴に犯せばいい。どうせワタシはまともに抵抗も出来ない。好き勝手犯しまくって、ワタシを屈辱にまみれさせればいい……きっと悔しくて悔しくて泣き叫ぶぞ? もしかしたら『やめてくれ』って心を折って、深山を助けるかもしれないぞ……?」


 まるで堰を切ったかのように、笑いながら鈴木がまくし立てた。

 ……俺は鈴木が満足するまで好きに言わせて。そして。


「……いや。そんなこと絶対にやらない。鈴木が深山のこと、絶対に救わないぐらい、俺も絶対にそんなことはやらない」

「ハッ……何だよぉ……それ、地味に傷付くなぁ……犯す価値も無いってかぁ?」

「誰もそんなことは言ってない」


 はぁ……とたまらず俺はため息を落とす。


「鈴木は……何がしたい。どうしたいんだ? 何が目的だ?」

「……っ」


 鋭く睨む鈴木の瞳。


「ワタシを……一生引きずるぐらい、傷つけて欲しい……」

「は?」


 意味が、わからなかった。


「香田のこと、一生引きずるぐらい傷つけたいけど、それが無理なら……それでいい」

「全然意味がわからない。そんなこと、『絶対』にやらない」


 たぶん俺たちの間においての『絶対』という言葉は、普通より少しばかり重たい。それを意識して、口にした。


「っんだよ……『絶対』かよっ……いいじゃんかよ……ったく……」


 そうやってボヤく間も、絶えず鈴木は笑っていた。


「――……じゃあ、これでお別れ、だな」

「え?」

「だってそうだろ? 香田の望みをワタシは絶対に叶えない。ワタシの望みを香田は絶対に叶えない。……なら、会う意味、無いじゃん?」

「……それは、そうだが……」


 では、そもそもどうして会ったのだろう。

 俺が鈴木のあんな願いに応じるなんて、鈴木自身も考えてなかっただろうに。


「じゃあな、香田」


 さっさと背を向けて廃工場の門を抜け、去って行く鈴木。


「……鈴木。ちゃんと学校、行けよ?」

「はいはい。それぐらいは約束するよ……」


 こちらを振り向かず、ひらひらと手を小さく振ってそれに応える。


「……結局、何をしたかったんだよ、アイツは」


 暗闇の中へ消えて行く、どこか少し寂しそうな背中。

 結果的にこれが、俺の見た鈴木の最後の姿だった。


 ――きっと鈴木は今も、キッチリとあの約束を守ってくれているはずだ。

 俺の知らない街の、知らない学校で。


 後に、この時のことを振り返って俺はそう願うことになる。

 


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