#041 明るい未来計画
「――にゃははははははっっ……良いではないか、良いではないかぁ!!」
完全に凛子ちゃん先生、壊れる。
小さな小槌を振り回してはジャラジャラとお金が降ってくるその状況は彼女を完全にハイな世界へと導ているらしい。
「あの……香田君、いいの?」
「ん? いいのって?」
深山が見かねてか、この先のことを独りで色々考えていた俺に寄り添って耳打ちするように小声で質問してきた。
……二の腕辺りで肌と肌が触れ合い、ふわっ……と深山の良い香りまで届いてきて、内心少しドキッとしてしまう俺だった。
「あんなにお金、出して……ゲームの人に怒られないの?」
「ああ、そっちのほう」
凛子の壊れっぷりでも心配しているかと思った。
しかし『ゲームの人』って表現、面白いな。
「不正行為しているわけじゃないし、問題ないと思うよ。というか深山はゲームあまりやったことないみたいだから心配するのわかるけど、ゲーム終盤になると、どのRPGでも使い切れないほどの大金抱えるのはむしろ普通だから」
……まあ、レベル一桁の俺たちが手にするのは異常だけど。
だからこれは詭弁でしかないのかもしれないな。
「そう…………それなら、いいけど」
「ヒャッハーッ!!!! 最高金額キターッ!!!」
さっきからジャララララッ……と滝のようにお金が降り注いでる。
あれ一枚が1E.だとして……少なくとも千枚以上にはなってそうだ。
「香田香田っ!! すごいことになってるぅぅ!!!!」
「……確かに。飽きたら休んで良いからな?」
「えへへへ~っ、うーっ、やめらんない~っ!!」
凛子の足元でお金が砂利の小山のようになってしまっている。
まるでゲーセンのメダルゲームでジャックポットを当てた人みたいだ。
「深山さんはやらなくていいのっ!?」
「……うん。引き続き凛子ちゃん、お願いします」
「あいあいさー!」
それは深山も同様みたいだ。
俺よりさらにまったく興味が無さそうである。視線すら向けない。
「……あ、そっか」
「?」
「いや、気にしないで。独り言」
深山が以前、自分の家がお金持ちであることを言われた時、俺へと不快感をやんわり伝えてくれていたことを思い出した。
あれは後ろめたさやテレなんかじゃなくて、嫌悪に近い感情に思えた。
だとすると、今も興味が無いというより『見たくない』のほうが近いのかもしれない。
「うん……香田君、ごめんなさい。考え事の邪魔しちゃって」
「え? いや。むしろ俺こそ、さっきからずっと独りで黙り込んでてごめん」
「ううん、ううん! 香田君の考えてる顔、眺めてます!」
「ははは……ありがとう。じゃあその特等席で見てて」
「はいっ!」
――むにっ。
たぶん深山にそこまでの意図は無いんだろうけど……俺の腕に身体を寄せてくれるおかげで、とても刺激的な感触が伝わってきてて、見事に思考の足を引っ張っててくれていた。
「……」
「え? どうしたの、香田君?」
もしかしたら凛子があんな調子でひとりで盛り上がっているからかもしれないが……それにしても急に深山、積極的にスキンシップを取るようになってきたなぁ。
どうしたんだろ? いちいち距離が近くて困ってしまう。
「……いや、何でもない……えーと。それより、あれ、だ。ラウンジのインタビューの時は、どうしたの?」
半分は自分の意識を逃がすような意味合いで、無理やり会話を逸らして逆に俺から質問をする。
「どう……って?」
「深山、突然『みゃあ』って言いだしただろ?」
「え。うん……わたし、『ミャア』だし」
「うん?」
「……???」
ふたりして首を傾げ合う。
「えーと? つまり、『ミャア』という人格を演じたという解釈で良いのかな? どうしてわざわざあんなことをしたの?」
「え。うん……だってこれ、役割演技のゲームなのよね??」
「あー」
ゲームをあまりしたことないという話だったけど、もしかしたらRPGに限って言えば、深山は初めてまともに遊んだのかもしれない。
だから真の意味の『ロールプレイング』に徹したということか。
元々、テーブルトークという会話だけで成立させたゲームがRPGの起源らしいから、深山のプレイスタイルというのはむしろ正しい。
「えっ……え? わたし……何か変だったのっ?」
「あ、いや。ある意味で正し過ぎるというか……素で遊んでる俺や凛子を見て疑問には感じなかった?」
「だって……ふたりとも、本名だし……っ……」
肩を狭めて正座している膝へと両手をつき、見る見る顔を真っ赤にさせてうつむく深山。
本人には悪いけど、その恥じ入る表情や仕草はメチャ可愛いと思う。あと左右の腕におっぱいが潰されてて、目のやり場にも困る。
「なるほどねぇ……そういや最初からそれは一貫してたなぁ……」
『ミャア』として近づいてきた当時の深山を思い出す。
あれは騙す意味もあったのだろうけど、そもそもちゃんと『演じて』いたつもりだったんだな。
その後すぐに誓約でバレちゃって、大変な事態になっちゃって……となし崩し的に『俺に向けて』は素の深山で居てくれてたけど、決して深山の中でロールプレイングの意味は失われてなかった訳だ。
だからカメラを向けられてのインタビューを受けた時、他人に対しては『ミャアを演じなきゃ!』ってなっちゃったわけか。
「ううぅ……香田君、今……わたしの恥ずかしい過去、思い出してるでしょ……?」
「恥ずかしいかはわからないけど、可愛い『ミャア』さんのことなら、たくさん」
「かっ、可愛いってぇ……っ」
「?」
そこ、そんなに湯気が出るほど反応する場所なのかな?
深山みたいな綺麗な人、そんなの言われ慣れて――……ああ。『綺麗』か。
「……テレてる深山って、可愛いよね」
「ひ、あっ!?」
「その大きな瞳を丸くして驚いてる顔も可愛い」
「――――~~っっ……!!!!」
そうか、そうか。
確かに深山って『綺麗』側の人だもんな?
『可愛い』はそんなに言われ慣れてないのかもしれない。
……というか。
「深山って……本当に可愛いよね」
「ま、まま、待ってっ……ど、ど、したのっ、急にっ!?!?」
「なんで? 可愛い人に可愛いって思ったまま言うの、何か問題あった?」
「問題、っていいますかっ……そのっ……心、の、準備、がっ……お、思った、ままってぇ……っ」
まるで虫歯でも痛いみたいに手で自分の頬を包んで、身を捩らせて悶えてる深山。うーん……深山の反応がエロ可愛くて、マズイ。
俺の中のスイッチが本格的にパチンと入ってしまいそうだった。
「――……深山、可愛い」
「ひ、あっ!?」
大切な女の子の一番喜んでくれそうなことを、してあげたい。
遥か幼少の時から姉に散々教え込まれたこの行動原理は、もはや俺の心の背骨となって支えているまでになっている。
だから俺にとってはごく自然な流れで、全自動的にそう深山の耳元に囁いてしまう。
『もっと言え!』『もっと喜ばせろ!』って心の奥底から脅迫めいた強い衝動が込み上がってきて仕方ない。それは同時にたまらない快感も生み出していて……俺の中で、もうほとんど本能的に逃れられない仕組みになってしまっている。
「そうやって、テレてくれるの……すげぇ可愛い」
「ほ、ほんと……?」
「嘘ついてどうする? 誓約に書いてみせる? ……俺の言葉は今と何も変わらないよ?」
「っっ……」
深山がゾクゾクとしてくれているのが見てるこっちまで充分に伝わってきて、ヤバイ。深山のツボを見つけちゃった……そういや以前から『可愛い』って言葉には過敏に反応してくれていた気もするなぁ。
「可愛い……このまま食べちゃいたいぐらい……深山、可愛い」
だからまあ、俺がここまで調子づいてしまったのは仕方ない。うん。
「――た……食べて……?」
「え」
「ね…………今すぐ、食べて……っ……?」
今度は深山のほうのスイッチが入っちゃった。
うるうると切なげな瞳を細めて、艶やかな唇がゆっくりと――
「ちょーっ!?!? そこぉ、何やってるのおおおおっっ!!!!」
「うわっと!?」「ひあっ!?!?」
お金をザクザク拾い集めていたはずの凛子が、俺たちの変化を目ざとく見つけてそう叫んでいた。
「ちょーっと目を離したらすぐにこれだもんっ……ああ、いやらしい! いやらしいっ!」
「べ……別に…………いやらしぃ……こと、なん、か……ぁ…………そもそも、凛子ちゃん……子作り、しろ、って……ぇ……」
もごもごと小さな声で反論してる深山だが、聞こえるはずもない。
「そういうのはぁ、私の居ない時にやってくださいーっ!」
「は……はぃ……」
凛子はぷいっ、とそっぽを向いてお金の拾い集めを再開していた。それでも彼女なりの筋の通し方なのか、決して俺を深山から奪ったりはしない。
「はいっ、時間! 次いってみよーっ!!」
『時間』というのはSSのクールタイムのこと。
きっとアイテム欄の表示が戻ったのだろう。ややヤケ気味にそう言って凛子が再び打ち出の小槌を振る準備に入る。
「イニシャライズ……!」
そう宣言して、処理が始まる。
細かいところは省略して、処理の手順はざっくり以下の通り。
Ⅰ.SSa → SSb
Ⅱ.SSb’ → SSc
Ⅲ.SSc’ → SSd
Ⅳ.SSd’ → SSe
Ⅴ.SSe’ → SSf
Ⅵ.SSf’ → SSb’
まず、6つあるSS同士を順に1回ずつ掛け合わせる。
輝くSSが両手に現れては消える動作が瞬間的に連続して現れる様は、一種の魔法発動のような雰囲気さえあった。
ちなみに調べてみると案の定、4捨5入は能力に含まれたが同時に10捨を超えても特に問題は無く、事実上単なる『小数点以下切り捨て』の処理になることが判明した。
よってフェーズⅥでb’にもう一度掛けることが可能となり、b''……つまりSSbのみ倍率4倍となった。
「セットアップ……!」
今度は右手に打ち出の小槌を持って凛子が宣言する。
これで左手に順次SSが現れては、右手のアイテムへとこれで性能が引き上げて……が5回繰り返され。
「――完成♪」
補正を示す鈍い光が多重に掛け合わされた、一見して異様な迫力のある小槌だけが右手に残る。
これで実に『64倍』という強烈極まりない補正が、たったの約8秒間ほどだけ備わったことになる計算だった。
「そぉれっ!!」
すかさず凛子はその小槌を1回、2回と宙に振り回す。
そして振り切ると同時に、手に持っていた凛子の小槌は320%という絶対の確率で消滅していた。
ワンテンポ遅れて――
――ジャラララララッ。
お金のスコールが凛子の目の前に発生し、見る見る間に山積されて行く。見たところ、今回もなかなかの当たりのようだ。
『1回空振りする毎に1~20E.』という仕組みから察して、元の期待値は10ほど。つまりそれの64倍の2回抽選で、平均でも合計1300E.程度は発生していることになる。
日本円に換算して……えーと。13万円ほどにもなってしまう計算だ。
これが48セット繰り返せるのだから……うーむ??
「深山、ちょっと良い? 13×48はいくつだろ?」
「えっ? ……うん。624です」
「さすが! 暗算苦手だから本当に助かるよ。便利に使ってごめん」
文字入力の辞書変換に慣れると漢字を覚えなくなるのと同じ理屈で、小さい頃からPCに慣れ親しんでいた俺はすっかりとこんな簡単な計算も放棄してしまう情けない脳なってしまっていた。
「えへ……ううん、頼ってくれて嬉しいです。それでこれって何の計算なの?」
「凛子がやってくれている打ち出の小槌の期待値。つまり日本円に換算して、624万円ほど集まりそうな予想になる。相場なんて知らないけど、でもこれならたぶん中古の小さな家ぐらいは最低でも買えそうだよね?」
聞き耳立てていたらしいお金を回収していた凛子が、その俺の一言にアドリブの歌で応える。
「お、うちっ、お、うちっ♪」
「ふふふっ」
決して上手くはないその歌が、逆に愛らしい。
深山も同じ感想のようだった。
「香田~! 6個やって1万E.だってーっ!!」
「おーっ! 期待値よりずいぶん良いペースじゃないか!? やっぱり凛子にお願いして大正解だ! クジ運の悪い俺では絶対そんな結果にならないだろうなぁ~!」
「ふふふふーんっ!!!」
「……ぷっ」
鼻高々な凛子ちゃん先生。同時に隣の深山が軽く吹き出していた。
「ん? そんなに面白かった?」
「だって香田君……クジ運全然悪くないんだもん」
「いやいや。深山は知らないだろうけど――」
「――FMは、本当にハズレでしたかっ……?」
「…………いや。大当たり、だったのかな? 結果的には」
「うん! だから決してクジ運悪くなんてありませんっ!」
「そうだな。うん、そうかもしれない」
ふたりして軽く笑い合う。
「ただいま~っ!!」
「凛子ちゃん、おかえりなさい!」
「おかえり、凛子。お疲れさま」
ほくほくの笑顔で凛子が俺たちの元に戻ってきてくれた。
ちなみにSSの効果によりクールタイムも増えてるから、最長のSSbまで入れると15分も待たなければ次には使えない計算になっている。
「ぎゅーっ♪」
そのまま凛子が俺の右腕にしがみ付いて甘えてる。
「ねえねえ香田っ……暇してなかった?」
「ううん。色々これからやらなきゃいけない課題が山積だからね。その順番考えるだけでもあっという間だよ」
「やらなきゃいけないこと……? お家っ?」
「そうだね、そしてそのためにはまず、街を目指さないと」
「うんっ!」
「あと買うためのお金も、さっきみたいにコツコツ出していかないと。48個って実行するだけでも半日掛かることになるからなぁ」
「それは任せてっ!」
「うん、凛子にそれは一任する。大変だけど頼むよ」
「えへへ~っ……コツコツ進めるの好きだから、全然♪ 香田の役に立ててるから超楽しいしっ!」
「ありがとう」
ほんのささやかなお礼として、凛子の頭を撫でる。
「やふぅ~んっ♪」
まるで猫みたいに自分からグリグリ押し返して存分に感触を味わってくれていた。
「そういや以前に凛子から説明してくれた、50kmほど南にある街って……もしかして『クロード』っていう街?」
「え。あ、うんっ。香田、知ってたんだ?」
「ああ。そこで鍛冶屋をやっている人に――……これを届けたい」
そう言いながら、黒い輝く鉱石をポップさせる俺。
「わぁ……綺麗~!」
「あ、それっ! 増やす時に最後にチラッと出てて気になってたのっ、何それっ!?」
「アダマンタイト、だって。これを使って武器とか作れる、すごいレアな鉱石らしいよ」
「へえええええっっ!!!!」
「これ、どこで手に入れたの……?」
ずーっとEOEでいっしょにいた深山が、当然の疑問を口にしていた。
「はははっ。これ、深山が創ったんだよ?」
「えっ……!?」
「あの深山の魔法が発動した中心地でこれを見つけた。高圧と高温の中で精製されるらしいんだ」
「すごっ!?!? じゃ、じゃあさっ!!」
「うん?」
「深山さんがその魔法をバンバン使っちゃえば、いくらでもレア鉱石創りまくりなのっ!?」
あの惨劇を目の当たりにしていない凛子らしい発言だった。
あんなの連発したら、EOE無くなっちゃうってば! ……というか。
「……いや。もう二度と創れないと思う」
「材料にあの巨大なモンスターが必要なの?」
「そうじゃない。もうたぶん深山はあの規模の……えーと。サークルドラゴン、を撃つことは出来ない」
「四門円陣火竜ですっ……!!」
「は、はいっ」
深山が真剣な顔で詰め寄ってくる。
以前、自分も省略したくせにっ。
「ん~? どうして撃てないの? 深山さんそれからレベルもジャンジャン上がってるんだよねっ??」
「……はぁ。ほんとに山積だぁ」
今までの会話だけでも、一体いくつの課題が上っただろうか?
「???」
「ごめん。グチャグチャになりそうだから、順番に説明していい?」
「んむ? もちろん香田にお任せするよっ?」
「っ……!!」
凛子から了解を得て、話を少し巻き戻す。
ちなみに『グチャグチャ』の単語に反応して勝手に顔を真っ赤にしている深山のことはスルーしておく。
……どうせその単語であの夜のことを思い出しているに違いない。
「とりあえず、依頼を受けているからこのアダマンタイトをクロードにいる『ヨースケ』という人へと届けたい」
「ん」
「実はその人に売り飛ばして家を買う資金に……と考えていたんだけど、深山のクラウンアイテムでその必要が無くなった。なのでこのアダマンタイトを使った武器や防具を作ってもらおうと思う」
「わあっ」「おーっ!」
「……さしあたって、何の武器を作ってもらうか決めておかなきゃな」
「なるほろ」
「凛子ちゃんの弓矢とか、どうですかっ!?」
「うん、凛子は主力だからね。それは俺も考えた」
「え、ええっ!? 私は……その。深山さんがすごい魔法撃てるから、もう必要ないんじゃないかにゃ~……って? えへへっ」
ちょっと無理してそうな凛子の笑顔だった。
「――いや。むしろこれからは凛子の弓が重要な決め手になりそうな気がしてる。まして必要ないなんて、とんでもない!」
「……だって……ただの弓、だよっ? どして?」
「それを説明すると話が長引くし逸れちゃうから、後の作戦会議の時、集中的に説明させて欲しい。とりあえず社交辞令みたいなもんじゃなくて、本当に凛子の弓が、たぶんすごく重要になってくると俺は確信してる。……そんな俺のこと、信じてくれるか?」
「う、うんっ……!」
俺の真剣さがちゃんと伝わってくれたみたいで、凛子が背筋を伸ばして深くうなずいてくれた。
「作戦……?」
どこまでも芋づる式に話が膨らんでいってしまう。
深山のその当然な質問に、思わずため息が漏れそうになってしまった。
「うん、作戦。先に深山がインタビューの中で宣言してくれた通り、決闘モード大会に参加したい――……いや。そこでぜひ優勝したい!」
「ふえっ!?」「優勝っ!?」
「ああ。参加するからには、絶対に優勝。そのためには勝つための作戦を練らなきゃダメだ」
パンッ、と自分の拳を自分の手のひらで受け止めて気合いを入れる。
「お、おおっ……香田が燃えてるうっ……!」
「あの、香田君。もしかして……わたしがあんなこと、言っちゃったから?」
「いや。深山の発言の責任とかそういう話じゃない。優勝……つまりクラウン1位相当ってことは、EOEのルールに介入出来るってことだ。俺はどうしてもそこで追加したいルールがひとつあるんだ」
それはN.Aと話した時にすでに決めていたこと。
「――深山をログアウトさせるための新しいルールを創る!」
「おーっ!」
俺のその断言を聞いて凛子も興奮気味に驚いてくれた。
「……えっと……その……う、嬉しい、です……でも……」
「でも?」
あんな宣言をしたはずの深山のほうが、あまり乗り気でも無い反応だった。
「でも……あの……二ヶ月待てば、誓約は自然と消えるから――」
「――それじゃ、遅い!」
「うんうんっ! 深山さんのお母さんも心配してたよっ……?」
そういや凛子、もしかしてログアウトしている昨日も深山の家に電話して深山のお母さんと話してくれていたのかな……?
以前のあのやり取りからそんな言葉は凛子から出て来ない気がした。
「それだけじゃない。この決闘モード大会で優勝するなら、まだ間に合う……!」
「……間に合う?」
「ああ。それなら一ヶ月後だから……まだ、夏休み中に帰れる!」
「なるほどっ」
先月1位のアクイヌスの願いが、今月の更新で適用になった。
果たして月末の決闘モード大会の願いが、来月20日の更新に間に合うかは不明だが……そうじゃなくても、たぶん来月末頃に『特別更新』みたいな感じで反映される公算が高いと思う。
8月末なら、まだ間に合う。
「……う、うん……でも、そのわたし……そんな急にでなくても、このままでもいいかなぁ……って――」
「俺と同じクラスじゃなくなるけど?」
「――え……あっ!」
「いっしょに卒業、出来なくなるぞ?」
「っっ……!!!」
「俺は、嫌だ。深山と3年生も一緒のクラスで会いたいし、一緒に卒業したい」
そこまで言って、ようやく深山の心に俺の意思は届いたようだった。
「――……う、んっ……うん……いっしょ、に……卒業、したいっ……」
ポロポロ、と大粒の涙が深山の瞳から零れた。
きっと、ずっと我慢していたのだろう。
俺に負担掛けさせたくないって、普段から楽しそうに振る舞ってくれていたのだろう。
……だからなかなか認めてくれなかったけど、今、こうして肯定してくれて。それで深山の中の心の防波堤が少しばかり崩れたようだった。
「だから! 優勝する! 絶対に!」
「はい……はいっ!!」
「うーっ……燃えてきたぁ……!!」
深山の心を少しばかり乱してしまったけど、でも、結果的にこうして意思の統一が出来て良かった。
「だから勝つために作戦が必要だし……メンバーも揃えなきゃいけない」
「あ、はい!」
「岡崎と……あと、香田の妹さん?」
「深山が許してくれるなら、ね。それでもあとひとり足りないけど」
「うー……大所帯になっちゃうなぁ」
どうやら凛子的には今のこの3人が良いらしい。
……まあ、それは俺も同感なんだけどね。
「誰かはまだ不明だけど、でもアダマンタイトで武器とかを作るというなら、まずはそのメンバーを揃えるところから始めなきゃいけない。そのメンバーに合った強い武器を用意したい。レベル低い俺たちのパーティで勝つためには、必須だろう」
「……なるほどぅ」
「まずはさしあたって……目の前の人からパーティに勧誘してみようかな?」
「ほえ? 目の前の人? 誰っ? そこらへんに居るのっ!?」
「うん。ここに」
俺はゆっくりと手を差し伸べる。
「凛子……俺たちのパーティ『火竜』にぜひ入ってくれないか?」
「えっ、あ、あれっ? 私……そっか、まだ入って――」
「俺たちには凛子が必要なんだ」
「うんうんっ!」
深山とふたりして、全開の笑顔。対して凛子は――
「――……も、もぅ……そうやって……すぐ、泣かせに、来るぅ……っ」
差し出している俺の手をゆっくりと握りながら、空いているほうの手で浮かんだ涙を拭っていた。
「ようこそ、俺たちのパーティ『火竜』へ。心待ちにしていたよ?」
「……うんっ!」
◇
「――よし。それじゃ話を再開しよう……次の課題は、状況の確認だ」
リーダーの深山が凛子をパーティに登録して、3人でしばし和気あいあいと軽く雑談を交わした後。気持ちを入れ替えて俺はそう促した。
「状況の確認……」
具体的には何をすれば良いのか思い浮かばない様子の深山。
「深山。今の経験値って、いくつだ?」
「そう! そうだよっ!! 今、67500だっけ!?」
さらっとあの時に聞いた具体的な数字を言える凛子の記憶力が羨ましい。しかしたぶんその凛子の数字は間違ってて――
「う、うん……あれから増えては――…………え…………?」
――確認して、茫然としている深山だった。
「深山さん……どしたの?」
「やっぱり、ゼロか」
それは、俺自身の経験値がゼロになっていることをすでに確認済みだったからこその確信だった。
「っ!! は、はいっ……!!」
「ふぇっ!? ど、どーしてっ!?!?」
「たぶんクラウン授与と交換で差っ引かれている」
「えーっ!!!!」
レベルアップに費やさず貯めた経験値。
それの没収と交換でクラウン授与……か。
レベルを上げるほどより強い敵を倒せるし、より深いダンジョンに潜れてレアアイテムなんかも取得しやすいだろう。効率が上がる。
でもレベルばっかり上げていると、ランクインもしない。
……なるほど。だから常勝1位のKANAさんや先月1位のアクイヌスより剛拳王のほうがレベルが上なわけか。
そういう意味では、たぶんあのふたりのコンビがやっている方法――……片方がレベルを上げて味方を守り、レベル低いほうが経験値を回収するそのやり方はたぶん正解だろう。
「じゃ、じゃあ深山さんはまだレベル3のままなのっ……?」
「……うん」
「しょんなぁ!」
通常のランキングで言うなら、それは決して悪い話でもない。低いレベルのほうが得られる経験値が遥かに高いからだ。
強力な魔法が撃てるはずの今の深山なら、低いほうがむしろ稼げるが……しかし今回に限ってはそうも言えない。何せ経験値の総数で争うのではなく、戦闘による勝ち負けで争う決闘モード大会なのだから。
「今の深山、か」
「?」
次の課題はこれにしようか。
「深山……ジョブスキルの説明文って聞かせてくれる?」
「え。はい!」
「あ、そういえば修正されるって更新内容に入ってたっけ……?」
「そう。その内容が知りたい」
そしてそれは、たぶん不都合な内容なのだろう。間違いない。
「香田君……読みます」
「うん。お願い」
操作モードから魔法使いのジョブスキルのテキストを開いたらしい深山から声が掛かって、俺は少し姿勢を正した。
「……【魔法発動】」
「物理法則を超越した奇跡である<魔法>を任意に発動することが出来る」
「本人が有する<魔力>を媒体に取り出し消費することで相応の魔法は発動する」
「レベルアップ時に習得する<呪文>を唱えるだけで必要とされる相応の魔力は媒体から消費され、個別の条件設定を基に自動的に魔法が実行される」
「……こんな感じです。えーと……??」
たぶん深山と同じ戸惑いを俺も抱いていた。
「ごめん凛子。以前とどこが違うか、わかる……?」
「んむ? うん。簡単に言うと『媒体』という文字が追加されてるだけ」
「それだけ?」
「うん……正確には『<魔力>を媒体に取り出し』と『相応の魔力は媒体から消費され』のとこの、二ヶ所だけ」
「ありがとう。すごく助かる」
「えへへへ~っ♪」
惜しまなく凛子の頭を撫でまくる俺だった。
「媒体……か」
俺の推論が正しいなら、これは結構やっかいな修正を食らってしまった気がする。
「深山。今、魔法を撃ってもらえる?」
「えっ?」「おーっ! 香田の創ったヤツ、見られるのっ!?」
「なんならシルバーマジックの宣言だけでもいい」
「宣言だけ……なの?」
「そう。たぶん撃てないから」
「え……」「えーっ!?」
論より証拠。
頭の回転が速い深山はそう思ったのか、俺に質すより先に立ち上がって何もない荒野へと向かう。そして。
「――……シルバーマジック……!」
あのポーズと共に深山は高らかに宣言した、が。
「…………」
「……こりゃ、大変だ」
やはり案の定というべきか発動の気配すら一切無く、深山は真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「そ、そんなっ……香田君が……香田君があんなに頑張って創ってくれたのに……!! こ、こんなの酷いっ……!!!」
今度は見る見る間に顔を真っ赤にして、怒りに震えてる。
「ありがとう、深山。でも大丈夫……きっと規模は小さくなるけど、四門……は撃てるように修正出来るから」
「四門円陣火竜、だからっ……!!」
「はいっ」
怒りと悲しみがない交ぜになってこんなに心が乱れても、そこだけは聞き逃さない深山だった。
「しかし……うーん……だとすると、低燃費な軽い魔法もいくつか創っておきたいなぁ。そのためには誓約紙を――……ああぁ……本当に問題山積だっ」
頭が痛くなってくる。
「と、とにかく今は途中の、現状確認を先に進めよう! 凛子!」
「はひっ!?」
いかんいかん。つい没頭して、黙って心配してくれていた凛子を無駄に驚かせてしまった。
「ごめん。えくれあから回収した凛子のユニークアイテム――……『ミニシザー』だっけ? あれの説明をしてもらって良い?」
「え。あ、うん……香田、良く覚えてたね?」
「そりゃ貴重なユニークアイテムだからな」
「にゃはは……私のは、深山さんのと比べるとすごーく微妙だけどぉ」
「いいから。聞かせて?」
「ん……」
ゆっくり目を閉じて操作モードにすると、凛子はすぐにテキストを読み上げてくれた。
「……【ミニシザー】」
「このハサミの刃が通る物体については必ず<分断>することが出来る。これは破壊行為には当たらない。分断された面を合わせることで、いつでも物体を元の姿に復元することが出来る……以上っ」
そう言いながら、実際にそのミニシザーを手の上にポップしてくれた。
「これか……」
「ね? びみょーでしょ?」
恥ずかしそうに凛子が後頭部を掻く。
「いや、面白い性能だと思うよ」
使い方によっては本当に面白いことが出来るかもしれない。
問題があるとしたら……そのサイズ、だった。
「にゃはは……私らしい、よね?」
「ああ、凛子っぽくて可愛いな」
「は、ぅ……っ……」
このハサミ、本当に小さい。握る部分の輪の中に俺の指が通らないほどのミニサイズ。
刃渡りは……2センチあるかどうかで、すっぽりと手のひらの中に納まるぐらいのアイテムだった。
この小さな刃で切れる物体となると、それなりに限定されそうだった。
「……どれ」
「ふああああっ!?!? ちょ、こ、香田っ!!!」
「香田君、だめーっ!!!!」
凛子と同時に、今まで黙って見ていた深山までいっしょになって俺の手にしがみつく。
「……大げさだなぁ」
ただ、ちょっと俺の小指の先を切ってみようとしただけなのに。
「ふ、ふ、ふざけないでよぅ……っ……心臓止まるかと思ったっ!」
「……香田君。あの、今度それやったら……わたし、本気で怒るから」
「ごめん」
特に深山が、もう完全に教室の『深山さん』になっててすごい形相で睨んできて、思わず舌を巻いてしまう俺だった。
「――おや。今は取り込み中だったかな……?」
なので、うっかりしていた。
「――邪魔するぞ」
耳鳴りもしていたのに。これは完全に失態だ。
「えっ、え? あれ? この人……」
番組の中でスクリーンショットを見ただけの凛子は、少し自分の判断に疑問を抱いているようだった。
「えっ、あ……ぁ……」
対して深山は、事態の深刻さを強く理解しているようで狼狽を隠し切れていない。
「では改めまして、こんにちは。話の続きをしに来ましたよ?」
背後には、いつの間にか遥か上位レベルのふたりのプレイヤーが仁王立ちして俺たちを見下ろしていた。
「――……アクイヌス……」
これは、紛れもなく最悪のタイミングだった。





