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#040 アンサー

「――俺はこのフェイクメーカーを使って、自分の誓約紙を何枚に増やすことが出来るでしょうか?」


 俺が指を立てて唐突にクイズを出すと、ふたりはちょっと見合って不思議そうな顔をしていた。


「さっきも言ったけど、アイテム使っちゃったら消滅してしまう以上、事前の実証実験は出来ないので『たぶん』という推測や『だったらいいな』という希望的な憶測で全然構わないよ?」


 つまりそれは、俺が閃いた自分なりの答えがそういう推測によるただの仮説でしかないことを間接的に伝えていることになる。

 ほんと『だったらいいな』レベルだ、あれ。


「……んー。でも『オリジナルを含めて合計2個に模造品を増やすことが出来る』って明記されてるんだよねぇ……? じゃあどう考えても誓約紙は2枚にしか増えないと思うけど」

「でも香田君がそういう質問をする以上、きっと違う答え――……あっ!」

「んむ?」


 何かに気が付いた様子で、ぱん、と深山が両手を合わせて声を上げた。


SS(シャイニングスター)……! 凛子ちゃん、SSの説明文って正確に覚えてますかっ?」

「えっ? う、うん……じゃあ全部言ってみるよ?」


 すぅ、と凛子が一度呼吸を整えて。


「シャイニングスター……対象のアイテム1つに対し、数値で表記されているあらゆる性能を20秒間、1.5倍に引き上げることが出来る」

「性能を引き上げることの出来る他のアイテムと効果は重複する」

「引き上げられた数値の小数点以下は4捨5入される……おー!」


 さすが記憶力バツグンの凛子。

 あの長い説明文をスラスラと引き出して口にしていた。


「関係ないけど最後に、クールタイム300秒……と。なるほどぉ」

「ねっ?」


 説明している途中で凛子もそれに気が付いた様子だった。


「つまりSSをフェイクメーカーに使っちゃえば、『2個に増やせる』の1.5倍で、つまり誓約紙を『3枚』に増やせるのかぁ!」

「――ううん、凛子ちゃん。それだけだと不十分だと思う」

「ほへ?」

「本当に『数値で表記されているあらゆる性能』を『1.5倍に引き上げることが出来る』のなら……『使用回数』も増えるんじゃないの……?」

「ふあっ!?」


 ふたりでディスカッションしているのを黙って観ているだけの俺だが、こうしてドンドン推論が進んでてちょっと楽しい。


「えーと? 『オリジナルを含めて合計3個に模造品を増やすことが出来る』の『使用回数が2回』になるってことで……つまり6個に増やせるってこと!?」

「ううん、それは違う。1個が3個に増える効果は+2と考えるべき。それを2回だから、1+2+2で合計5個が正解だと思う……のだけど」

「なるほろ……んむ? 深山さん、何か問題あるの?」

「ええ。『オリジナルを含めて合計3個に』という表記で少し引っかかる部分が、あるの」

「……うー。わかんにゃい……」

「つまりね。『合計3個に増やせる』の効果を2回続けて行っても、やっぱり『合計3個』のままかも知れないの。むしろそっちの可能性のほうが高いかも……?」

「あー!?」


 ここら辺で一度、助け船を出そう。

 推論が間違った方向に暴走しそうな雰囲気があった。


「深山、横からごめん」

「あ、はい!」

「実はそれ、凛子の考え方のほうが結果的に正しい。とあることをすれば、2回行っても『合計3個』には留まらない」

「とあること?」

「うん。ふたりには一度伝えたことがあるけど覚えてるかな? 俺のジョブスキル『編集作業』のこと」

「……ごめんなさい」


 深山にとっては屈辱的なのか、それとも罪悪感でも覚えるのか。大げさに顔をうつむかせて今にも泣きそうになりながら、その大きな瞳を伏せていた。


「いや、軽く話しただけだから気にしないで……凛子は覚えてる?」

「え。あ……うん」


 優しい凛子は、伝えるべきか悩んでいたようだった。


「聞かせて?」

「ん。香田からは、『<編集作業>って複数枚の誓約紙をまとめることが出来る用途のよくわからないジョブスキル』だって説明――」

「――あっ!」

「な?」


 弾かれたように顔を上げる深山へと、『気にしないで』と少しふざけた感じでウィンクなんてしながら笑顔で応える俺。


「違う! これ、5個なんかじゃない! そうっ、確かに凛子ちゃんの考え方のほうが結果的に正しいかもっ」

「んーと……1つが3つになって。それをまた『まとめて』1つに戻す、ということっ?」

「そう! 『3枚の誓約紙』がひとつにまとめられて……だから、その実質3枚の『誓約紙の束』が再び『合計3個』に増えるから――」

「――9っ!!」


 凛子と深山が興奮気味に手に手を取り合ってハイテンションで答えを導き出した。


「すごぉいっ!! 深山さんのSS使うだけで、2個に増えるはずのアイテムが9個にまで増えちゃったよおっ!? これすごいっ!!」

「香田君の誓約紙が、9個って……本当にすごい。また沢山の魔法を創ってもらえるのっ……!?」


 うーむ。どうしようかなぁ。これ。


「そういうわけで、答えは――」

「――ひとつにまとまった、実質9枚ですっ!」


 俺が促すより先に、ふたりで手を繋いだまま、ニコニコ笑顔で答えてくれた。


「はい、不正解」

「「ええええええええっっ!?!?」」


 なんというか、綺麗なエンディングっぽくて申し訳ないけど……事実は事実として、正確に伝えようと思う。


「たぶん、もっと増やせる方法がある」


 ここまで回りくどいクイズ形式にしたのには意味がある。

 きっと俺からの説明を一方的に聞くだけじゃ、理解が難しいから。


「えーっ!? じゃあ正解は……?」

「うんうんっ」


 ポリポリと頬を指先で掻きながら。


「えーと……たくさん」

「はああああっ!?!?」

「ははは。悪い。とてもじゃないがとっさには計算出来なかったから、ふたりにこれから協力して欲しい。良かったら3人で正確な答えを導こう」


 実はクイズの途中で、この路線に切り替えたかった。

 ふたりの協力もぜひ欲しいから、事前に複雑なこの方法をゼロから噛み砕いて理解を進めてもらいたかったわけだ。


「は、はいっ! 3人で!」

「うんっ、3人で!」


 意図せずその言い回しは、ふたりにとっても気に入ってもらえる表現だったらしい。素直にそれが嬉しい。


「じゃあ、複雑なことになるから……チャット開いてもらえる?」

「お、おう?」

「はいっ」


 ふたりが瞳を閉じて操作モードにしている間に、俺の方も『to りんこ,ミャア』とふたりに向けての設定をしておく。


『りんこ>準備おーけー☆(ゝω・)b』

『ミャア>はい(^^)』


 ふたりからメッセージが届いて……さて、準備はこうして整ったわけだ。


「わくわくっ」

「うん……正直、あれ以上の答えってわたしには思いつかないと思う。魔法使い様がどんな答えを導くのか……楽しみっ♪」


 深山のその『魔法使い様』は何度聞いても嬉しいやら恥ずかしいやら。

 ……こんなの魔法でも何でもない。


「じゃあ、頭から順番にやっていこうか」

「はいっ」「うんっ」


 ただの、俺の得意分野――冷徹なまでのロジックの塊だ。


「まず、フェーズⅠ。SSを使って、フェイクメーカーの性能を1.5倍にする。以後、フェイクメーカーは『FM』と省略するね」

「うんっ」「……?」


 それじゃさっきと何も変わらないのでは……とそう言いたげな深山を今は無視して、さっそくチャットに書き出しておく。


『Ⅰ.SS → FM × 1.5』


 ずいぶんと簡略的だが、まあこれで伝わるだろう。


「これでさっきふたりが推論したように、オリジナル含めて3つに増える効果が2回使用出来る、とSSの説明テキストが変化するはずだ。もし変化しなかったらここで中断しよう。SSは無限に使えるからやり直せる」

「……はい」「うん」


 さて。

 ここからが肝心。


「そして、フェーズⅡ。FM(フェイクメーカー)を使ってSS(シャイニングスター)を3つに増やす。……便宜上、abcとでも割り振っておくか。オリジナルがaとするね」

「えっ!?」「おおっ!?」


『Ⅱ.FM → SSa、SSb、SSc』


「ちなみにFMの使用回数がこれで残り1回になるはずだけど……もしかすると俺の推測が外れて、ここで終わりになってしまうかも知れない。もしそうなっちゃったらごめん」

「ううん、全然! SSが3つって、地味にもうその時点ですごくないっ!?」

「うんうんっ、ひとり1つずつ持てちゃうね!」


 確かにこれだけでこのルートにする意義がありそうだと、俺もそう思う。


「ね、質問です。香田君の推測が外れるって……具体的にどんな状態を指すの? 使用回数が2回にならないのなら、フェーズⅠの確認の時に気が付くはずだし……」

「そうだね、そういう意味ではない。俺が懸念しているのは……FMによって増えた模造品にもオリジナルの状態の引継ぎが成されるか、という点なんだ」

「状態の引継ぎ……?」

「もっと具体的に言えば、FMの性能を引き上げた後だから、オリジナルのSSはクールタイムに突入して使用不可の状態だ。それがもし模造品にも引き継がれるなら使用出来ないままだから、俺の推測から外れることになる」

「……でも香田君は、そうならないと推測してるの?」

「ああ、俺はこの『性能・名称そのままに』というテキストを信じてる。つまり模造品として参照するのは『性能と名称だけ』だと俺は理解した。使用後か否かという『状態』はそこに含まれていない」

「うん。わたしもそう思います!」


 明快に深山が賛同してくれる。非常に心強い。


「……ね、私も質問。効果の20秒が過ぎたら、せっかく3つに増えたSSも減っちゃうことは無いの?」


 凛子が良い質問をしてくれた。


「いや、たぶんだけど3つのままだろう。例えばSSによって攻撃力が高められた武器でモンスターを倒したとして……20秒後にそのモンスターは蘇って戻ってくると思う?」

「んーん……そっか。戻らないと思う」

「そう。SSの効果によって得られた二次的な副産物は、まず範囲に含まれないと考えるべきだろう」


 まあ万が一、そこまで範囲に含まれるというなら逆に色々トンでもないことが出来ちゃえるので面白そうではあるけど……そっちはまずあり得ないので妄想を膨らませないでおこう。


「さ、続いてフェーズⅢ。ここからが本番だから着いてきて欲しい」

「うんっ」

「……SScを使って、SSbの性能を1.5倍に引き上げます」

「んんんっ?」「FMを引き上げないんだ……!?」


『Ⅲ.SSc → SSb × 1.5』


「凛子。SSの説明文はどうだっけ? もう一回聞かせてくれる?」

「え。えと……『対象のアイテム1つに対し、数値で表記されているあらゆる性能を20秒間、1.5倍に引き上げることが出来る』……え、ええっ!?」

「そう。深山、具体的にこれでどうなる?」

「は、はいっ。だから――……た、対象のアイテム『2つ』に対して、あらゆる性能を『30秒間』……『2.25倍』に引き上げることが出来る……!?」

「うん、そういうこと。ちなみにクールタイムがどっち側に補正入るかわからない。『引き上げる』という表現は『性能の向上』という意味に解釈も出来るので数値が減る可能性もあるけど、個人的には『1.5倍』という具体的な数値のほうが有力な印象だ。だからここは悪いほうに解釈しておこう。つまり以後は――」

「――クールタイム、450秒」


 深山なりに自分の役割を遂行しようと頑張ってくれているみたいだ。

 まあさすがに300秒の1.5倍ぐらいは俺でもパッと出せるけど、ここから先は深山にべったりになりそうかな。


「そうなるね。もう一つ地味に最重要なのは……4捨5入という処理。これが『数値で表記されているあらゆる性能』に含まれるか微妙なところだけど……個人的には含まれると考えてる。つまりさっきと同じで悪くなるほうで解釈して、4捨5入は――」

「――……6捨7.5入……?? あれ? その間の数値はどうなるの……?」

「さて、どうなるんだろうな? とりあえずは7.5入のほうを採用しよう。……いや。さらにここに4捨5入が適用されて『8入』か。絶えず最悪を想定して進めたい。ちなみに『2.25倍』という引き上げられた倍率も同じ理屈で切り捨ててしまおう」

「はい……!!」


 まるでこれから試験でも受けるかのように集中してくれる深山だった。


「さ。フェーズⅣに移行しようか。今、引き上げたSSbを使って、まずFMの性能をもう一度引き上げる……深山。結果はどうなる?」

「えっと」

「深山さん。FMの性能は、1.5倍の時点で『3個に増やせる』の『使用回数が2回』だからねっ」

「ありがとうっ……つまり『6個に増やせる』の『使用回数が4回』……えっ!!?」


 そろそろ深山も気が付いたらしい。

 とりあえず書記としてチャットに残しておこう。


『Ⅳ.SSb → FM(1.5倍済) × 2』


「あのっ……『状態』は参照されない、のよね……?」

「そうだね。あくまで『性能』のみ」

「…………大変、だ……」

「んむ? 何? どーしたの??」


 まだ事態を把握できていない凛子が、キョロキョロと俺たちを交互に見て首を傾げていた。


「あのね……凛子ちゃん。これ……無限に続いちゃうかもっ!!」

「ほへっ!?」

「例えばこれの続きをわたしから説明するとね? 『6個に増やせる』FMでまたSSを増やしちゃう。つまり今度はSScを指定して……SSd、SSe、SSfが出来てしまうの!!」


 細かいところだけど、hまでじゃなくてfまでとしている深山はナイス判断だと思う。『合計で6個』だからここはaから数えた総合計である『a~f』で考えるべきなのだ。


「にゃ、にゃにそれっ!?!?」

「そのたくさんのSSを使って、またFMの性能と回数を引き上げて、SSを増やして……って続けると、たぶんあと数回の反復で天文学的な数値になってしまう気がする……」

「な? 『たくさん』だろ?」

「は、はいっ!!!」


 特に深山が物凄く熱っぽい表情で俺に返事をしてくれた。


「まあ実際のところはたぶん限界があるんだ、これ。一番最初のSSa……つまりオリジナルがFMに対して掛けた最初の効果が20秒で切れてしまう。その瞬間、FM自体が消滅してしまうだろうと推測してる」

「……そう、なの?」

「うん。2回目のSSbがFMに対して与えた効果は、1回目のSSaの効果が前提にあるからね。その前提が無くなってしまったら瓦解してしまいそうだ。これは代入された数値が0になったら、いくらそこに掛け算を繰り返しても0のままになるって理屈だね」

「うん……納得出来た、と思う」

「うー」

「もちろんただの推測だからそうならない可能性もあるけど……まあ、充分な数が手に入るならそれ以上は必要ないのも事実だし、悪い可能性である『20秒で終わる』ことを前提にしようと思う」

「はいっ」


 あまりに真剣な深山が良い返事をしてくれるもので、まるで授業でもしているような気分になってしまう。


「じゃあ、悪いけどこのまま3人で『たくさん』に代わる『正しい答え』を導こうか」

「はいっ!」「あ、うんっ」


 若干置いて行かれてしまっている感のある凛子には悪いけど、そろそろこの推論も終わらせようと思う。


「俺が調べた範囲だけど、左手で使用するアイテムを持って、右手に対象を持って……という手順で行うと、一度のアイテムの使用にはどんなに速くても1秒は必要そうだった。つまり、全体で何フェーズまで進められる?」

「はいっ! 20回!!」

「うん、そうだね。その上で無理に20回を狙うより、15回程度を確実に遂行出来るように考えて行きたいと思う」


 馬鹿にしているのかと怒られてしまうかも、と少し心配したけど、素早く答えてくれた凛子の頭を撫でると『えへへ~』と素直に喜んでくれた。


「じゃあ、さっきのフェーズⅣの続き。2つのアイテムの性能をSSbは引き上げられるけど、『2つ』と書かれている限りはFM『1つ』に2回引き上げられるとは考えないほうが無難だろう。出来ないことをやってしまって時間や機会をロスしたくない。……よってこのフェーズⅣの残り『1つ』は対象を指定しないで放棄する」

「はいっ」「らじゃっ!!」


『Ⅳ.※残り1つの指定は放棄する』


 念のため議事録的にチャットに残しておいた。


「続いてフェーズⅤ。ここはほぼ深山が先に説明してくれた通りだね。さらに2倍されたFMで、性能が上がってるSSbを増やす」


『Ⅴ.FM → SSb、SSd、SSe、SSf』


「……こうなるね。さ、続いてフェーズⅥ。増やしたSSfを使って、さらにFMを2倍に――」

「あの……香田君、割り込んでごめんなさい。ここでSSを使って、さらにSSの性能をもう一度高めるのはどうですか?」

「……いや。たぶんこれ以上SSの性能を増やさないほうが無難なんだ」

「どうして? 2倍がさらに今度、2倍されて……4倍に性能が上がると思うの」

「はははっ。深山はひとつ忘れてるよ?」

「……??」

「6捨8入の2倍はどうする? 低い6捨の2倍でも10捨以上になってしまう」

「え? あれ??」

「本来、小数点以下に適用されるはずのその処理が10を超えるのは危険な気がする。実行不可能だと弾かれるかも知れないし、あるいは小数点以上の数に影響を与えて予測不可能な振る舞いを起こすかも知れない。確かに4倍は魅力的だけど、一発勝負だからそこは確実に行きたいと思う」

「はいっ……!」


 相変わらず深山は飲み込みが早くて助かる。


「ほへー……」

「ん? 凛子?」

「もうちょっと先まで我慢してよーと思ってたけど。あの、香田ってさ…………もしかしなくても、天才??」

「はははっ、ありがとう。でもこういう効率化と数字の制御を散々やってきただけだよ? ただの得意分野ってだけ」

「ううん、すごいっ、私のご主人様、しゅごしゅぎーっ!」


 むぎゅーってそのまま抱きしめてくれる。

 ……素直に嬉しいや。骨抜きになるほどテレてしまいそうだった。


「え、えーとっ……じゃあ改めて、フェーズⅥいくよ? SSfを使って、さらにFMを2倍する。もうひとつは放棄」

「はいっ! FMは……12個に増える性能が8回になります!」


『Ⅵ.SSf → FM(12)』


「こんな感じだね。以後、使い切れそうにないから使用回数は省略する。ではフェーズⅦ。実はここから先は最適化されてないから暗中模索だけど……たぶんもう一度、FMを使って今度はSSfを増やすルートをやってみたい」

「え。あ、はい! ……わかりました」


 たぶん俺を信用してくれているのだろう。

 『なぜ?』とは聞かずに話を進めてくれた。


『Ⅶ.FM → SSf、SSg、SSh、SSi、SSj、SSk、SSl』


「次にフェーズⅧ……から、ⅩⅡまで繰り返し。同様に残りの使用可能なSSを順番に使って、FMをそれぞれ2倍するのを繰り返す。余った対象は放棄」

「はいっ。では結果、FMは…………え? 384個増えるのを、256回……!?」


 かなりリスクを抑えての堅実な選択をしているにも関わらず、この酷さである。


『Ⅷ.SSl → FM(24)』

『Ⅸ.SSk → FM(48)』

『Ⅹ.SSj → FM(96)』

『ⅩⅠ.SSi → FM(192)』

『ⅩⅡ.SSh → FM(384)』


「それじゃ使い切れてないけど、タイムオーバーのリスクも考えてそろそろ総決算と行こうか。フェーズⅩⅢ。FMを使って誓約紙を増やす!」

「はいっ! 香田君の誓約紙が384枚になりました!」

「うん、あとはそれを――」

「あっ……ダメーッ!!!!」


 突然、俺にしがみ付いていた凛子が耳元で叫ぶものだから、びっくりして俺は軽く跳び上がってしまった。


「えっ、な、なにっ!?」

「香田、ダメッ、それダメっ!!」

「……どうしたの、凛子ちゃん?」

「アイテムの所持出来る個数、80個までだからっ……!!」

「えっ……そんなこと、マニュアルには――」

「――書いてなくても実際は、そうなのっ!!」

「……っ」


 参った。

 まさかこんな形で計画がとん挫するとは。


「……助かった、凛子。危うく最後の最後で失敗するところだった!」

「ほんとっ? 香田のこと、助けたのっ!?」

「ああ……本気で、すごく助かったっ」

「やった……っっ!!!」


 ぐっ……!

 両手で小さく握りこぶしを作って喜んでる凛子だった。


「じゃあ香田君。どうしよう……?」

「えーと……そうだな……フェーズⅨの48で止め――……いや、巻き戻ってフェーズⅦからやり直そうか。つまりSS増やすのをfで止めて、そこからはFMで誓約紙を増やして、まとめて、と行こう。つまり――」


『Ⅶ.SSe → FM(24)』

『Ⅷ.SSd → FM(48)』

『Ⅸ.FM(48) → 誓約紙 × 48』

『Ⅹ.誓約紙 × 48 → 誓約紙(48)』


「――こんな感じだな。なあ深山、48×48っていくつかな」

「えっ……はい。2304です!」

「さすが。ありがとう」

「えへ」


『ⅩⅠ.FM(48) → 誓約紙(48) × 48』

『ⅩⅡ.誓約紙(48) × 48 → 誓約紙(2304)』


 やっぱり予想通り頭の良い深山にべったりになってしまった。

 しかし2304枚か……。


「まだまだ足りないな。もう一度繰り返そう」

「ふぇ!?」


『ⅩⅢ.FM(48) → 誓約紙(2304) × 48』


「――こうなるわけだな。何度もごめん深山、つまり2304×48っていくつだろう?」

「えっ……ちょっと待ってね? さすがに暗算だと大変だから」


 そう言いながら深山は砂の地面に軽く数字を並べると。


「えっと……11万と……592、です」

「うん。そろそろ充分だな」


『ⅩⅣ.誓約紙(2304) × 48 → 誓約紙(110592)』


「そろそろ充分って……さ、さすがにムチャクチャだよぉ!? 誓約紙そんなにあってどーすんのっ!?」

「……いや、これでもギリギリかも知れない」

「ほへっ?」


 それは遠大な計画過ぎて、今ここで説明する気にもなれなかった。

 あまりにも不確定要素が多すぎる。


「まあ……ずーっと先、深山の誓約を解くのに使えるかもしれないから、たくさん作っておきたいんだ」

「えっ!? わたしの……?」

「ふーむぅ? 香田の誓約紙、お家の壁紙にでもするのかなぁ??」

「そ、その発想は無かったぞ!? すごいなっ!!」

「え、えっ!? そ、そうっ!? えへへへっ」


 まんざらでもない様子の凛子だった。


「ね……香田君。質問――ううん、意見、いいですか?」

「うん? ……どうぞ」


 ふと見れば真剣なまなざしの深山がそこにいて、少し気持ちの襟元を正す。


「あの……今までのこの工程を聞いてて、ひとつ、思ったことがあるの」

「何?」

「……本当にこんな複雑なフェーズ、1秒にひとつずつ実行出来るの? ううん、ひとつひとつは実行出来るかもしれないけど、人間だからインターバルや、ミスや焦りや……そういうことがあって、思うように進まない気がするの。……だからもう少しフェーズの数を減らしませんか?」


 申し訳なさそうに眉をひそめながら深山が進言してくれる。

 本当に有り難い。

 思い込みの激しい俺にはこういう進言してくれるパートナー、絶対に必要だと改めてそう思った。


「ありがとう、深山。でも大丈夫だよ……ちょっと今までのフェーズ、改めてリストにしてみようか?」


 こういう時、やはりチャットだとコピペ機能があって非常に助かるな。

 改めてリストを出してみた。


『Ⅰ.SS → FM × 1.5』

『Ⅱ.FM → SSa、SSb、SSc』

『Ⅲ.SSc → SSb × 1.5』

『Ⅳ.SSb → FM(1.5倍済) × 2』

『Ⅴ.FM → SSc、SSd、SSe、SSf』

『Ⅵ.SSf → FM(12)』

『Ⅶ.SSe → FM(24)』

『Ⅷ.SSd → FM(48)』

『Ⅸ.FM(48) → 誓約紙 × 48』

『Ⅹ.誓約紙 × 48 → 誓約紙(48)』

『ⅩⅠ.FM(48) → 誓約紙(48) × 48』

『ⅩⅡ.誓約紙(48) × 48 → 誓約紙(2304)』

『ⅩⅢ.FM(48) → 誓約紙(2304) × 48』

『ⅩⅣ.誓約紙(2304) × 48 → 誓約紙(110592)』


「うん……こうか」

「ね、香田君。やっぱりたった20秒でこんな複雑なの、考えながら止まることなくやるなんて……焦っちゃって人間にはちょっと無理が――」

「――俺は、考えないよ?」

「えっ?」


 深山の大きな瞳が丸くなってて可愛い。


「これを実行するのは、俺の誓約紙だから」

「あー!!」


 一発で俺の意図は伝わってくれたらしい。


「もうちょっと日本語を添えて文章の体にすると思うけど、まあほとんどこのままでも実行出来ると思うんだ。結局は俺の誓約紙だからね?」


 そう。結局は俺の誓約紙だから、『俺自身が理解出来る』記述であればそれで成立してしまう。

 後は誓約紙のルールに引っかからないよう、日本語として成立するような『~しなければならない。』みたいな記述を加えるだけ。

 もう少し言えば『1秒以内に』なんて指定を入れておけば、完璧だ。

 想定より時間が超過してしまうことは無くなるし、もし実行不可能な内容だったなら、その場で事前に弾いてくれるのでチェック機能も働いてくれる。


「うん……うんっ!」


 さて、さて。


「――じゃあ、改めて。クイズの正解は……11万と592枚でした、ということで!」

「ぜっっっったいにそんなのわかんないようっ!?!?」

「はははっ、ごめん。俺も正確な数字はわからなかった!」

「もうっ、ご主人様、しゅごしゅぎーっ!!」


 むぎゅーって、再び俺の首にしがみついて褒めてくれる凛子。


「うん……本当にすごい。たった1つ増えるだけのアイテムと……1.5倍に性能上げるアイテムだけで……そんなこと、出来ちゃうんだ……?」


 深山まで静かにつぶやくように、深く深く感心してくれていた。

 嬉しいなぁ……ただ、まあ。


「うん。そうだと、いいね」


 結局は、推論でしかない。

 それこそ最初に危惧している通り、SSを3つ作るだけで終わってしまうかもしれない。


「じゃあ引き続き、深山の引いたアイテムもみんなで確認しようか!」

「はいっ」「うんっ!」


 ◇


「――…………っ……」

「…………しょぼ」


 お通夜状態の深山に追い打ちを入れる無慈悲な凛子ちゃん先生だった。


「だ、だってぇ……もう黄色しか無かったんだもんっ……!!!」


 深山が開封した黄色の水晶のような『クラウン』には――


「ゴールデン・リトルハンマー……ねぇ?」


 ――そう名のついたアイテムが出て来たのだった。

 性能は、簡単に言うと『1回空振りする毎に1~20E.(エリム)が出てくる』という金色の小さな武器ハンマーだった。

 まさに打ち出の小槌ゴールデン・リトルハンマー


「うう~……」


 たしか簡単な計算で、E.《エリム》って日本円の約100倍相当だっけ?

 つまり100~2000円がチャリーンって出てくる感じ。

 ちなみに使用回数は無限だが、2回目以降は1回の使用毎に5%ずつ消滅する確率が増えるらしい。

 10回使用して50%の確率の時に消滅したと仮定して、期待値としては大体1000円×10回で、1万円ほどだろうか?

 ……うーん、これは確かにしょぼい。

 この世界で通貨は非常に貴重らしいが、しかしそれでも『残念賞』的な超ハズレアイテムだと言えてしまえるだろう。

 ――ただし、『このまま』なら。


「そ、そうだ! FMの最後の1回を、これに使えば……!!」

「……確かにフェーズ的には1~2回ぐらい、やれそうだけど」


 まあFMで増やすのは、必然の発想だと思う。


「え~っ!? 何かもったいないような気がぁ……それならおっぱいのコートを大量生産して売りまくれば、そっちのほうがお金ザクザクだと思うっ」


 なるほど。

 最終的なFMが48倍の増加だから、トータル48万円ほどの期待値。

 それに対してコートなら、一着数万円ぐらいの価値は最低でもありそうだったから、それの48倍なら相当な金額になる……という理屈か。

 なかなかしっかりした考え方をお持ちの凛子ちゃん先生である。

 ただしそれにはひとつ、欠点があるぞ?


「もしオリジナルのコートが壊れたりしたら、その瞬間から俺らパーティは全員、詐欺集団の認定だろうなぁ」

「はうっ!?」


 ついでに言えば、そんな大量に売り飛ばしたりしたら、当然ながら価値は下がって、最終的にはさほどの金額にならないかもしれない。

 これは凛子の知らないアダマンタイトでも同じことが言えるだろう。

 あと、そんな高額アイテム、買い手がなかなか見つからないかもしれない。


「――うん……深山の案で行こうか」

「えっ」


 なのでここは堅実に現金を選ぼうと思う。


「ま、まあ香田がそう言うなら……いいけどっ」

「凛子」

「うん?」

「……これでお家、買えそうだぞ?」

「えっ!? ほ、ほんとっ!!!?」


 凛子が瞳を輝かせている。それだけでこっちまで嬉しくなってしまう。


「あの。香田君……FMで48個に増やしただけだと、家が買えるほどにはとても――」

「――深山。ゆっくり後からやれば良いんだよ」

「え?」

「20秒で消えるのは、FMだけだ。6個のSSは手元にずっと残るんだよ?」

「ああっ……!!」


 そう。

 こういう副産物があるから当初、俺はフェーズの中でSSを増やすことに重きを置いていた。

 俺の抜けた推論では当初、12個で……それは凛子の指摘により6個に減ってしまったが、しかしそれでも重複させればバカみたいに効果は絶大だろう。


「実際のところ……SSで重複される効果は何倍になるんだろうか?」

「香田君、計算してみる?」


 ちょっと考えてから。


「……いや、後からゆっくり考えてみようか。どっちみち俺の推論が外れてもしSSが3個で終了になっちゃったら、その計算も無駄になっちゃうし」

「うん、確かに……」

「じゃあ香田っ、やっちゃう? やっちゃうのっ!?」


 ぴょこっと横から顔を出す凛子。

 どうやら『お家が買える』と聞いて我慢ならないらしい。


「…………ああ、やっちゃうか!」

「おーっ!!」「はいっ!」


 いや、それは俺もか。

 もう飽きるほど思考実験シミュレーションは尽くした。

 後は実践あるのみ、である。


「じゃあ、パパッと誓約紙に組み込んでみるからちょっとだけ待ってて」

「はーいっ!」

「……ほんとにパパッと終わらせるから、香田君ってすごいのよね……」

「はははっ、ありがとう」


 こうやって深山に繰り返し褒められる度に、『プログラムやってて良かった』なんて心から思って喜んでしまう単純な俺だった。


 ◇


「――……じゃあ、行きますっ」


 SS(シャイニングスター)打ち出の小槌ゴールデン・リトルハンマー、そして肝心のFM(フェイクメーカー)がアイテム欄に入っているのを確認して、これで準備万端。

 左手にSSを握り、右手の上にFMをポップさせる。


「どきどきっ」「……っ」


 まさに固唾を呑んで、という感じでふたりも俺を見届けてくれていた。

 ……さてさて。上手く行くといいけど。


「<FMプログラム・ラン>」


 たぶん一度きりしか使わないだろうクラフテッドスペルを唱えて、そして繊細な20秒間がこうして始まる。


「――えっ、うわっ……!?」


 もう、最初から想定外過ぎた。

 1秒弱の短い間隔で矢継ぎ早にSSやFMが手から現れて輝いては引っ込み、と複雑な挙動を繰り返していた。

 深山の言う通り、確かにこんなの人間の意識下でコントロールなんて到底無理なものだ。

 まばたきのように自動的に実行される、この誓約の可能性をまた改めてこうして目の当たりにしている気分だった。


「……綺麗……」

「うぉうっ……ふつくしー……っ」


 ギャラリーのふたりもそんな感嘆の声を出していた。

 ――その瞬間。


「えっ、う、うわあああっ!?!?!?」


 これこそ完全に想定外だった。

 視界全てが真っ白に覆われる。

 これは光じゃなくて…………紙っ!?


「あ、ああっ!!?」


 そう、俺は完全に失念していた。

 最終的に48枚の誓約紙が同時に激しく出たり入ったりを繰り返す。

 それは完全に俺の頭部を包むぐらいには大量だった。

 そして同時に心から凛子に感謝する。

 もしこれが当初予定していた384枚だったりしたら、眺めているふたりまで包んで、滝のような白い紙が手の上に出現し……そして『収納出来ない』という最悪な展開に確実に発展していた。


「はは……はっ……」


 たぶん最終的にはアイテム欄の中を整理して全部を収納することは可能だけど、それで終わる。つまり384枚に増やした段階で中断されることは間違いなかっただろう。


「――あ」


 誓約紙の処理が終了して、今度は金色の光が躍った。

 打ち出の小槌ゴールデン・リトルハンマーの増殖まで進んだのだ。


「――……よし……」


 これで最終フェーズ。

 すでに現時点で大成功である。


「花火みたい……」


 ……確かに花火のようだった。あっという間にこれも膨らんでは消え、そうして呆気ないほど、繊細なこの20秒は幕切れとなった。


「――あ、いや!」


 俺は全ての処理が終わった瞬間、慌てて改めてFMと……あと何かを握って、最後の瞬間まで有効に使った。


「ああ……これか」


 咄嗟に握ったものだから、黒いガラスのようにキラキラと輝いて広がる姿を見届けて、初めてその『何か』がアダマンタイトだと理解した。


「あれ」


 物凄く中途半端だが、10個ほどに膨らんだその途中で20秒が経過したらしく、増殖はそこで終了となった。

 ……悪くない。ベストを尽くせたと思う。


「香田っ……どうっ? どうなのっ!?」

「うん」


 実はここまでの処理の流れを眺めていたら、改めて見るまでも無いのだが……それでもやっぱり確認したくなって、アイテム欄を開いた。


『誓約紙(110592)』

『シャイニングスター』×6

『ゴールデン・リトルハンマー』×48

『アダマンタイト』×12


 以上である。無事に80というアイテム欄にも収まった。


「――ったああああっっ!!!! 完璧っっ!! 大成功ーっ!!!」

「ふきゃああああぁぁぁあああぁぁっっっ!?!?!?」


 いつぞやみたいに凛子を抱きかかえ、そのままグルグルとふたりで回転。


「わあっ……!!」

「深山も!」

「え――きゃああああああああっっっ♪♪♪」


 今度は深山を抱えてグルグル回って見せる。


「あーっ、ずるいずるいーっ!! 香田、もう1回~っ!!」

「おうっ、何度でもっ」


 こうして俺たちは、飽きるまでこの成功の喜びを分かち合った。

 全部、上手く行った!

 全部、想定の範囲内だった!

 自分の意思で、完全にコントロールできた……!!


 それは何より俺個人として、本当に痛快な喜びだった――



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