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#038 フェイクメーカー

「――これ……!!」


 俺は回転する複数の水の塊から、ひとつを選び、手を伸ばす。

 その中に内包されていたほのかに銀色に輝く水晶のような物体を掴んだ。

 ……俺が選ぶなら、これが相応しいとそう思った。


『通知:香田孝人 は、<クラウン(銀)>を手に入れた……!!』


 視界の左片隅にそんな表示が赤字で出ている。

 ……それだけ。


「……うん?」

「香田孝人様。そちらをアイテムとして使用することで開封となります」

「え。ああ」


 わざわざの開封作業があるとか、ますますガチャっぽいとかふと思ってしまった。それより――


「――あの」

「はい? 何か?」


 どうしても気になることがあった。


GM(ゲームマスター)は不介入じゃないんですか……?」

「ああ。現在は通常プレイが不可能なメンテナンス中ですので、ゲームサービスの範囲外となっております。やや強引に感じられるかも知れませんが、そういう解釈でも用いないと、更新時の放送すら我々はままなりませんので何卒ご了承ください」

「ああ……まあ、あれも介入と言えば介入ですもんね」


 『えりりん』とか自分を呼んでいたやたらテンションの高いあの司会者のことを思い出していた。


「言い訳がましいですが、このラウンジも同様に通常のフィールドと異なりあらゆる攻撃行為が認められない例外的かつ限定的な場所でございます。このひと時のみどうかお許しください」

「あ、いや。責めているわけじゃないです。表記されていた文との差異が気になって……細かい性格ですみません」


 この質問はGMについても痛い部分だったのだろうか?

 やけに手厚く説明してくれた気がした。


「いえ。ぜひその調子でこのEOEに更なる発展をよろしくお願い致します」

「……どうも」


 これでGMと開発の両方からよろしくされてしまったことになる。


「――さあ、続きまして第4位イムウ様、どうぞこちらに」

「おっと」


 進行を阻んではいけない。

 俺は慌てて元の場所へと戻ることにした。

 本当は1位に与えられるモノが権利であってアイテムではないことについての、あの表記との差異なんかも質問したかったが……それはまた今度にしよう。


「……フンッ」

「――……」


 ――スドォン、ズドォン……。


 俺とすれ違うようにしてGMへと歩み寄るこの巨漢が歩を進める度、地面が激しく揺れた。身長は……3m近くはあるように見える。

 高さもそうだが、横幅もハンパない。

 全身に分厚い鎧……というか、もはや『装甲』みたいなものを隙間なく纏い、その圧倒的な迫力に俺は言葉を失っていた。


「……身長の設定って、あんなに大きく出来たっけ?」


 確か『威圧や索敵』を目的としてキャラクターメイキングの際に俺は最大まで身長を高くした記憶がある。しかしその時は2mにも達していなかった。

 ……つまりリアルで3m近くある人、なのか??

 いやいや、さすがにそれは霊長類としてギネス級過ぎるか。

 とりあえず『身体を大きくするアイテム』とかそういうものがあると暫定で解釈しておこう。


「……凛子が欲しがったりして。そのアイテム」


 胸にだけ活用したいと駄々をこねる凛子を想像して、クスッと小さく笑う俺だった。


「香田君、お帰りなさい……どうだったの?」

「え? どうって――ああ、まだ内容は確認してないよ? 深山といっしょに開封したいなって」

「も……もうっ」


 その一言だけで顔を真っ赤にして表情をふにゃふにゃにする深山。

 喜んでくれたみたいで俺も嬉しい。

 さっきのKANAさんと対峙する深山さんも凛々しくて嫌いじゃないけど、やっぱりこっちの深山のほうが親しみを感じられて可愛いな。


「じゃあさっそく確認してみようか」

「うんっ!」


 左手にほのかに輝くクラウンを取り出す。

 どうして水晶の形なのに『クラウン』なのだろうか?

 『オーブ』とかじゃダメなんだろうか?

 ……ふと、そんなつまらないことを考えてしまった。


「……じゃ、開封」


 悔しいが、やはりこういう瞬間って物凄くドキドキする。

 それは普段ゲームをやっていない深山も同様みたいだ。

 まばたきすら忘れて俺の手のひらの中の、そのアイテムを覗き込んでいた。


「……」


 たぶんもう俺はそう簡単にランク入りとか出来ないだろうから、実質これがラストチャンスなのかもしれない。

 レア以上確定ガチャ……か。本当にアナザーとか、出て来ないかな?


「頼む」


 ――そうしたら、深山を解放出来るのに……。

 祈るような気持ちで、俺はゆっくりと右手を自分自身の胸に当てる。

 これは以前、凛子から説明を受けた『応用的な使い方』としてのアイテムの指定方法だ。


「――あっ」


『通知:香田孝人 は、称号<クラウン>を手に入れた……!!』

『通知:香田孝人 は、<フェイクメーカー>を手に入れた……!!』


 瞬時に、改めてふたつの表示が出る。

 実際にアイテム欄を開くと……輝くふたつの項目が追加されていた。


「ね、ねっ? どうなの……?」

「フェイク……メーカー……」


 その名称からはちょっとネガティブなものが受け取れて、悩んでしまう。


「あーあ、残念だな。そりゃ、いわゆるハズレってヤツだ」

「え」


 俺がアイテムの詳細を確認する前に、背後からそう告げられてしまう。

 振り返ると、さっきのジャック、が頬杖をつきながら片眉を吊り上げて苦笑いしていた。


「……そんなに有名なハズレですか?」

「トップスリーの確変中にしては、な。基本、順位が上ほど中身が良くなる。ほら、5位のヤツの色と見比べてみな?」


 クイッと顎でGMのほうを示すジャック。

 会話すら交わしたことのない、フードをすっぽり頭まで被っている『天錫』という名の小柄な人がまさに今、グランドサプライズに向けて手を伸ばしているところだった。

 その宙を舞う水の塊は、青色と、緑色と、黄色と、もうひとつ黄色。

 俺やソラテスという人が掴もうとしていた水晶とは確かに色の組み合わせが全然違っていた。


「そっか……」


 どうやら俺のクジ運の悪さは筋金入りだったらしい。


「わたしたちのことは放っておいてくださいっ!」

「深山?」

「……へいへい。怖い怖い」


 俺の腕にしがみ付きながら、キッ……とジャックに睨む深山。

 どちらかというと呆れ顔だが、しかし確かにジャックを退散させていた。


「ね……香田君。わたしのも含めて、凛子ちゃんといっしょに内容の確認、しませんかっ?」

「――ああ、うん。そうしようか。それがいい」

「うんっ……じゃあ、行ってきます!」


 次に深山の番らしい。

 遠くで呼んでいるGMに向けて深山が駈けて行った。


「いかんいかん……」


 ……またしても俺は、前向きな深山に救ってもらったなぁ。

 どこか後ろ向きで不運やつらい境遇を安易に受け入れがちな俺は、深山のあの朗らかな性格によってずいぶん多くの場面で救われている気がする。

 そして取り残されているだろう凛子のことも、ちゃんと考えてくれている。

 ……深く反省だ。これは。


「――香田孝人。ちょっといいかな?」


 それはたぶん偶然じゃなくて、ジャックと深山が去ったのを確認してだろう。

 入れ違いにアクイヌスが表情を変えないままで俺へと背後から近づき、誰にも聞こえないような声で話し掛ける。


「……話?」


 正直あまり良い内容には思えなく、視線を深山に向けたまま渋々と俺は返事した。


「キミの考案したシルバーマジックとやら……私にも頂けないものかな? 彼女に与えられたのだから、提供は不可能ではないよね?」

「は? どうして?」


 そんなことをしてやる義理、どこにある?


「これから引く、剛拳王のクラウン授与の権利と交換ではどうかな?」

「……さっきジャックという人から話は聞いたよ。どうやらランクが下がるほど品揃えが悪くなるらしいじゃないか。ならすでに3位と6位を引いている俺たちが、7位の権利にそれほどの魅力を感じないとは思わないか?」

「いやいや、君はクラウンアイテムを過小評価している。これは並大抵では手に入らない貴重なモノばかりだよ?」

「じゃあ、その中身を見せてから交渉したらどうだ……?」

「そうかい? アナザーが入っているかもしれないんだけどね? 当然ながらアナザーが出て来たらこの話はご破算だよ。あるいは代替品をこっそりと君に提示することになるだろうね?」

「……」


 しばし考えて。


「断る」


 当然だが、俺はそう突っぱねた。


「やれやれ……仕方ない。ではオマケで君から頂いたあのユニークアイテムもつけよう。ただの魔法の提供で、ふたつの貴重なアイテムが手に入る。悪い話じゃないだろ?」


 なるほどね。良いコンビだと思う。

 剛拳王は力による圧制。そしてアクイヌスは、こういう知恵によるからめめ手の担当なのか。


「とりあえず今は断る……その上で、考えておくよ」


 正直、アクイヌスと交渉する気は今のところ皆無だ。

 でもそれとはまた違う思惑で、そう思わせぶりな返事をしておいた。

 それは先ほどの深山に対してのけん制を考慮しての判断。

 俺がこうやって交渉に応じる可能性を臭わせておけば、その間は深山がアクイヌスに狙われることは確率としてかなり低いだろう。

 ……それはつまり、アクイヌスの交渉のテーブルに乗ってしまっているという意味で相手の思惑の中かもしれないが、仕方ない。

 今の俺は、とある理由から深山を守る気持ちが数倍に膨れ上がっているのだから。


「――香田君っ、ただいま戻りました……!」

「あ、うん。おかえり」


 深山が戻ると同時に、アクイヌスは音も無くどこかへと去って行った。


「えへ……これ、使えるものだと良いね?」

「そうだね」


 両手で黄色に輝く水晶を大事そうに抱える深山。

 ……もっと守らなきゃ。深山のこと。

 あんな危険なこと、もう2度とさせない。


「では続きまして第7位の剛拳王様、どうぞこちらに」

「おうッ!」


 ガチャガチャと鎧を鳴らして剛拳王がGMの元へと向かう。

 こうして最後、第十位までの授与式を深山とふたり並んで座りながら眺めていた。


「ふふっ……まるで絵本の中か、異世界にでも本当に迷い込んじゃったみたい」


 緑色の小人に、空に浮いている逆さの巨大な噴水。

 確かにこういうのを眺めていると、同感だった。

 魔法があり、モンスターが生息し、こんな不思議なイベントがあって。実際に暮らす人がいて、EOEというもうひとつの異世界がここに確かに存在している。

 ……もはや誰かの手によって人工的に創られているという事実は、俺たちにはあまり関係が無い。

 人と人が巡り合い、争い、語り合い、生きている限り、ここもまた現実の一部なのだから。


 ――ぎゅっ……。


「ん?」


 不意に強く手を握ってきた深山へと、ふと振り返ると。


「……ずっと、ここにいたいな」


 またそんな危ういことを優しくつぶやいている深山が、そこにいた。


「――はい、以上をもちまして第29回クラウン授与式を終了致します。皆様、改めましてこの度はおめでとうございました……!」

「あ」


 どうやら最後の第十位まで授与が終わったらしい。

 また大げさに深くお辞儀をしながらGMが高らかに宣言していた。


「……あれ、KANAさんは?」


 まだあの時に消えたきりで、姿がどこにも見えない。


「ふむ。確かに随分と時間が掛かっている。今回の提案はよほど込み入っている内容なのでしょう。目下もっか、今も交渉中なのでしょうね」


 少し離れているところでソラテスがそう俺の疑問に答えてくれていた。


「……交渉中、か」


 エヌ・エーの話をふと思い出した。

 『説得』……あの人はそう表現していたな。

 つまりルールを決められる権利と言っても、何でも通るわけじゃない。

 ――そりゃそうだ。

 例えば『一度ログアウトするとEOEに再ログイン出来ない』なんてルールが通ってしまっては、ゲームがあっという間に閑散としてしまう。

 プレイヤーが激減して実質的に破綻だ。

 だから、審査がある。

 エヌ・エーが『上』と呼んだ人たちと交渉する必要があるのだろう。


「では、わたくしはこれで失礼します。江里えりさん。後はよろしくお願いしますね?」


 会釈しながらそう言葉を残すと、小柄な緑色の肌を持つGMの姿が光となって霧のように消える。


「――はいは~いっ、よろしくお願いされちゃいました! 皆さん再びこんばんにー! えりりんでーす! 場面変わって今度は秘密の花園、ラウンジからお届けしまーすっ♪」


 代わりに『江里』と呼ばれた例の司会者の女性がラウンジの真ん中に突然、姿を現す。

 宙に浮いている白い輪に向けて絶えず話し掛けていた。

 ……もしかして、あれ、カメラ的なものなんだろうか?


「ではではさっそく行きましょう! 今月のぉ~、更新速報っ♪」


 その白い輪に向けてポーズを決めている姿をこうして第三者視点で遠くから眺めていると、少し奇妙な気分になる。

 『場面変わって』か。

 つまり俺たちがグランドサプライズで授与されている間も、例の番組は色々と進行していたってことなのだろう。

 ……それを見逃してちょっと悔しい気持ちになる、知りたがりの初心者な俺だった。


「ではご覧ください~! ざっとこんな項目が並んでおりますっ」


 ざっとこんな項目って……見えねぇよ!?

 気になり過ぎる。あとで凛子に教えてもらおう。


「まずバランスなどの修正部分からお届け。大きな変更点としてはやっぱりこちらの魔法関係の2項目ですね!」

「!」


 集中して聞き耳を立てる俺。


「新規属性の『銀』ですが、こちらは攻性・耐性を一切付加されていない独立した属性となります。……う~ん? えりりん、ちょっと意味わかんないかも! まあいいかっ!」


 ……いいんだ!?


「続きましては、装備品に対する上方修正! な、ななんと! 杖を代表とする魔法使い専門装備品については、その魔力ストック容量が現行の2倍に増加されちゃいます! ……って、やばいっ、これやばいって!?」

「へぇ」


 魔力容量極振りの深山にとっては正直どうでもいいが、今まで魔力が不足していた多くの魔法使いにとっては非常に有り難い修正だろうなぁ。


「――何だよそれっ、糞運営がっ!!! 魔法使い優遇され過ぎだろ!? 2倍とかブッ壊れかよっ!!!」

「っと!?」


 遠くでジャックが物凄い勢いでキレてた。


「同時に、魔法使いのジョブスキルの記述について細かな修正が入るそうです。詳しくは実際のテキストで後ほどご確認くださーいっ!」


 さすがプロ。

 そんなジャックの叫びを背中に受けてなお、解説を止めない。


「そしてそして! お待たせしたっ。もうここに項目書かれてるから皆さん、超気になってるよねっ!? 先月1位のアクイヌスさんから提案されて採用された新規ルールの詳細を、ここでお伝えしまーすっ!!」


 はい。画面に映し出されているだろうテロップが読めない俺も、超気になりま――……ん? 先月1位って……おい。

 慌てて先月1位の人間へと見やると、それでテレているつもりなのかメガネをクイッと中指で押さえ、フッ……と小さく笑う姿がそこにあった。


「何が『剛拳王にポイント集める』だ……バカか、俺は」


 むしろあのふたりのコンビは、アクイヌスがメインなのだと今さら知った。レベル表記に引っ張られてそれを見抜けなかった自分が恥ずかしい。


「その名も『決闘デュエルモード』っ! 今まで実質黙認されていたPK行為ではありますが、それを一歩推し進めて前向きなルール整備を行った形になりますっ。これには公式も思わずニンマリ!!」

「へえ……」


 正直意外だった。

 それほどアクイヌスという人間のことを知っているわけではないが、しかしそれでも『らしくない』と感じる。


「詳しくはこうですっ。決闘デュエルは双方の合意でのみ成立するモードで、前段階として互いに賭けるべきものを提示する必要があります! つまり双方が賭けたそのアイテム等を勝者が総取りできる仕組みなんですねっ!」

「……どういう意図だろ、これ?」


 似たようなことなら、プロトコルとか利用したら現行でもやれそうな気がする。それをわざわざ1位の権利を消費してまでルール化する意図がちょっとまだ見えない。


「なお、この決闘デュエルモードではご覧のように各種細かな設定が可能となっております! 特にこの『痛覚レベル』がえりりん的に大注目!! 最大で現状の5%まで痛みを抑えることが可能! 痛そうなの嫌いだから個人的にも嬉しいっ!! アクイちゃんありがとうっ♪」

「アクイ、ちゃん……とはっ……ハハハ……」


 珍しくアクイヌスが目に見えて動揺してた。


「あとあと、これも面白そうかも? 『デュエル』の語源である1対1の対決はもちろんのこと、参加人数は最大で8対8まで設定可能なんですっ! EOEではまず見られなかった、パーティの枠を超えた大乱闘が今後は見られちゃうかもっ!?」

「……」


 司会者大興奮の裏側で、俺はようやく色々な事実を確認していた。

 こんな風に、ゲームを根底からひっくり返すようなアイディアでも柔軟に受け止めるEOEの体質とか。

 アクイヌスが、意外とこのゲームそのものを愛してそうだとか。

 あと、1位の提案は翌月の更新で反映されることとか。

 ……それはそうか。

 提案を受けたその場でルールの追加とか、現実的に絶対無理だ。

 むしろ翌月であっても、かなりスピーディな対応だと思う。

 なるほど。だから一ヶ月に一度とネトゲとしては異例なほど更新回数を絞っているのか。


「……っ」

「え? 何?」


 ふと気が付くと、深山がじっ……と俺の顔を覗き込んで見ていた。


「あっ、邪魔してごめんなさいっ……思わず!」


 ……どんだけ深山は悩んでる俺の顔が好きなんだろう?

 嬉しいけど、びっくりしてしまう。


「――なわけで、まだまだどんなモードなのか掴めない人も多いかと思いますっ。運営としてもここまで大がかりなアップデートは久しぶりなので、過疎って無駄にしたくないと燃えておりますっ。そこで!!!」


 司会者の解説はなおも熱っぽく続いていた。

 やはりプロ。ここまで一気にしゃべり続けても疲れを見せないでいる。

 むしろ『そこで』辺りでボルテージがさらに上がって、ついつい意識がそっちに持って行かれた。


「次回は30回目の更新! その記念ということでデモンストレーションとして模擬戦の決闘デュエルモード大会を公式開催したいと思いますっ。今月のクラウン授与者がシード選手となって、予選から勝ち残った選手とトーナメント方式で模擬戦を繰り広げてもらいたいと思いますっ♪」

「……うん?」


 今、クラウン授与者が何とか、言ってた??


「せっかくなのでパーティの枠を超えるように、ルールは6対6! 上位3組には通常のランキングと同様、賞金と共にクラウンが授与されますっ!! あとえりりんからの希望で、痛覚は最低の5%で非デス設定ね!? これ絶対だから!!」


 ……おいおい。

 何、勝手に話を進めてる?

 俺はただの、魔法を創っただけの最低レベルの一般市民だぞ!?

 決闘とかやっても秒で即死ですからっ!?

 って……あ。非デス設定って言ってたっけ。

 じゃあ、死ぬに死ねない……リンチ状態?


「この公式大会の予選は10日後の月末、7月30日っ!! 上位20チームによる決勝トーナメントは翌7月31日に開催しまーすっ! なお、大会の模様は現在ご覧のチャンネルでライブ中継されますから、みんなその日は予定空けておいてね~っ♪」

「……ああ、そっか。別にログインしなきゃそれでいいんだ」


 手をポン、と叩いて解決を喜ぶ。

 それだけで不戦敗ってことになるだろう。


「こ、香田君っ……」

「ん? 深山、どうした?」

「頑張ろうねっ……!!!」

「……」


 キラッキラしてる深山の、子供みたいな真っすぐな瞳。

 ……忘れてた。この人、逃げることを知らない人だった。

 というかウラウロゴス戦で感じたけど、地味にこういうの大好き……?


「ごめん。参加しないからね?」

「えええーっ!?!?」


 確かに……競うのとか好きそうだよな、性格からして。

 身体弱くて部活に入ってない深山だけど、もしかして元気なら今頃は球技にのめり込んで『目指せ全国!』とか燃えていたのかもしれない。

 深山ならバレーとか似合うだろうか? いや、テニスかな??


「香田君……しよ?」

「可愛く言ってもやりませーん」

「えええーっ、お願い、お願いっ……あれ、面白そうだと思うの!!」


 EOEのことでこんな積極的な深山、初めてかな。

 ……ああ、ダメだ。揺らぐな、俺の心よ。落ち着け。

 誓約的にも『お願い』はギリギリだ。

 『一緒に参加して欲しい』なんて言われたら完全アウトだろう。


「ねえ、香田君っ……あれって、死なないルールなんだよね? 痛くないんだよねっ……?」

「いやそもそも、6人とか集まらないし。俺たちのパーティ、3人だけだし!」

「どうしても、ダメなんですか……?」

「……そんな悲しそうな顔、しないでくれよぅ……」


 参ってしまって、もうグラグラだった俺の元へと不意に助けが――あるいは決定打が訪れる。


「――さあ最後のコーナー! えりりんのぉ~、ザ・ラウンジ直撃レポートォ!!」

「へ?」

「きゃっ!?」


 遠くで熱っぽく解説していた女の人が、いつの間にか俺たちの目の前へ忽然と現れていた。


「第29回目の今夜は、もちろんこのおふたりっ! シルバーマジック及び銀属性の創造主、香田孝人さんとそのパートナー、殲滅天使のミャアさんにこれから突撃しちゃいまーすっ!!」

「ちょ、ちょっ……!?」


 これ! 今っ!

 この放送、全EOEプレイヤーに配信されてるんだよなっ!?


「こんばんにー! えりりんでーす♪」


 ……完全に、思考、停止だ。俺。

 ダメ。無理。俺、突然なこういうの……特に、苦手……。

 不特定多数に注目されてしまうのは、トラウマに直撃過ぎる。

 せめて台本、をくれっ……アドリブとか無理!!


「香田君……任せて?」

「え?」


 俺にだけ聞こえるよう、小さく深山が囁くと。


「みゃっほーっ☆ ミャアですみゃあ♪ よろしくみゃっ♪」

「うおっ!? えりりん、キャラ負けしそうっ!? こんなの初めて!!」


 ……深山、本気か? それでキャラ通す気かっ??

 と、とりあえず、俺の代わりに深山がカメラの前に立ってくれた……。


「よーし、負けないぞぉ~! ではではさっそくガンガンしちゃいますねっ!!」

「――え……」


 え?

 完全に深山と俺は……シンクロしてた。


「あ、もちろんえりりんはお仕事ですから遠慮なく踏み込んだ質問しちゃいますが、お答え出来る範囲内だけで結構ですからね~っ? 秘匿しておきたいことも沢山あるでしょう!」

「は…………はい、だみゃ」


 どうする……これ、どうする……??

 今さら気が付いたが、ログアウトという究極の逃亡すら許されていない俺たちにとって、このラウンジという閉鎖された空間は、逃げ場の無い牢獄に等しかった。


「まずは何より気になるお2人の関係から質問でーすっ! ズバリ最強のレベルワン、香田孝人さんとは恋人同士だったりしちゃいます~っ?」

「あ、ぁ……うっ……」

「ん?」


 抵抗している深山の様子に首を傾げている司会者。

 でも、強制力から逃れられるわけもなく――


「違いますっ、いっ、一方的に恋してるだけですっ……!!!!」


 ――全EOEに向けてそんなことを叫ぶ深山だった。

 『愛人』じゃなかった……助かった。

 もしかして、というかやっぱりというか、深山も本心では『愛人』という設定を現実的ではないと思っているようだった。

 ついでにまったく深山は信じてくれていないのか、俺の好きだという告白まで無かったことにしているような気がするが……まあ、今は都合が良いので不問にしておこう。


「うっひゃーっ!! 初っ端からまさかの片想い発言っ!!!」

「……は、恥ずかしいみゃあ……」


 うん、それは聞いてるこっちも、まったく同感だ……。

 しかし、キャラブレを最小限に留める深山だが……何が彼女をそこまでさせるのだろうか? ギャラでもどこかから発生しているのか?


「それでそれでっ? 香田さんからのお返事はっ?」


 こら司会者。そこで恋バナとかするな。進行しろ、進行。


「香田君はぁ……そのっ……りんこ、ちゃんっていう、可愛い恋人がいるのでっ……即答のお返事で、フラれちゃいましたっ……えへっ」


 たぶん単に誓約の強制力に抗っているだけだと思うのだが、それの結果、少し涙目になってて声を詰まらせてて、妙な説得力が生まれてしまっていた。

 ……きっと多くのEOE男性ユーザーから、今、俺に対してヘイトがガンガン集まっているんだろうなぁ……。


「えーっ、こんな美人を振るとかあり得なくないですかーっ!? そこんところどーなんですかっ、香田さんっ!!」

「……お前は芸能ニュースのレポーターか。まともに進行しろ……」


 深山の稼いでくれた時間のおかげで、俺は少しばかりパニックから解放されていた。

 あと、ヘイト集まっているだろうという予想も妙に俺に安心感を与えてくれた。

 ……いや、正確には『そういう役回り』を与えてくれた、と言うべきか?

 とりあえず方針が決まって、ずいぶんやりやすくなっている。


「うむむむむ。それもそーでしたっ! ではズバリ核心をお聞きします! シルバーマジックとはどのような魔法なのでしょう!?」

「それはっ、香田君の考えた誓――むぐっ」

「ミャア……()()()()()を、勝手に答えるな」

「は、はいっ……」


 背後から口を強引に押さえつけてミャアの唇を塞ぐ俺。

 それがどんな風に他人の目に映っているのか、想像するだけである意味笑えてしまう。

 ……ああ、もういい。徹底して『それ』で行こうか。


「――無駄だ。無駄、無駄。教えるわけがない、そんなことを……!」


 それこそ無駄にダルそうに台詞を吐き捨てる俺。

 突然のインタビューを素で咄嗟に答えるのは困難な俺だが、覚悟を決めてのこういう芝居なら出来なくはない。特に悪者なら、さほど難しくない。

 だって俺は『そう思われたくない』という抵抗の下に、緊張を強いられてしまっている。

 それを開き直って諦めてしまえばいいだけの簡単な話だ。


「そこを何とか~! 威力は? 攻撃範囲はっ? 全EOEユーザーが気になっておりますよーっ!?」

「……俺のシルバーマジックは、最強であり最悪だ。あの業火に焼かれ、逃げ惑う初心者たちを見たか? このミャアの一撃で……一瞬でウラウロゴスと共に『始まりの丘』全域が焦土と化した。その事実が全てだ。他に伝えるべきことは何も無い」

「おおーっ、最強ですか! 凄い自信が伺えますっ!!」

「――以上だ……」


 さっさと終わらせたい俺は、一方的に背を向けてこのインタビューを終わらせた。つもりだった。


「では最後にミャアさん! 公式模擬戦の決闘デュエルモード大会に向けての抱負を一言っ!!」

「え……抱負?」

「ええ! もちろん香田孝人さんと共に出場されるんですよねっ?」

「は、はいっ! したい……参加したい、みゃあ!!」

「ちょ、みや――……ミャアっ?」

「ではその抱負をどうぞ!」

「――香田君の創ったシルバーマジックが最強だと、証明して見せますっ! 全員、ぶ、ブッ倒してあげるんだみゃあーっ!!!」

「はい、ありがとうございましたっ! 以上、えりりんのザ・ラウンジ直撃レポートでしたーっ!!」


 怒濤のレポートが、こうして終わってしまった……。


「来月も、キミのハートをアップデートしちゃうぞっ♪」


 謎の恥ずかしい締め言葉と共に、番組は無事に終了したようだ。

 白いドーナツみたいな輪が消え去ると、目の前でそのまま司会役の彼女から頭を下げてくれる。


「良いレポート出来ました。ご協力感謝です」

「あ、はい」


 そして俺の返事も聞かずに、忙しそうにえりりんさんはそのまま光の粒子となって目の前から姿を消した。


「……」

「ふにゃ……ぁ……」


 ぺたん、と深山が俺の横で真っ赤なカーペットへと力なく座り込んだ。


「……深山」

「ひうっ!? か、勝手なこと、言って……ごめんなさいっ!!」


 あわあわと手を振り回して深山が謝っている。

 でも俺は――


「ぷっ……」


 ――笑いが込み上がって、仕方なかった。


「ふえっ!?」

「深山……何、あれ……プロレスのマイクパフォーマンスかと思ったよっ」

「なんか、こうっ、ふわ~って! わたし、盛り上がっちゃってっ!!」

「はははははっ、うん、ありがとう。おかげで助かったし……背中も押してもらえた」

「え? 背中?」

「うん」


 結局俺は、降参した。

 このキラキラした宝石みたいな瞳には絶対に抗えないと悟った。


「――本気でやるか。決闘デュエル大会」

「う、うんっ! やりますっ……!!」


 だって俺は、心に誓ったんだ。


「もし凛子が反対したら、中止だからな?」

「はいっ」


 深山に幸せな60日間を用意するって。

 ただ逃げ回っているだけのつまらない二ヶ月間にはしないって。


「また実験に沢山付き合ってもらうだろうけど、いいか?」

「嬉しいっ! もちろんですっ!!」


 この輝く瞳を大事にしたい。

 心から、そう決めたんだ。


「よし、じゃあ決まりだ」


 ステータス最弱の俺がどこまで抗えるのか?

 ……それもそれで、確かに面白そうだった。



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