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#036 EOEの更新をお知らせします

「――うわ……こりゃ……」


 絶句。

 あまりのロケーションに、言葉もなかなか出て来ない。

 ここはEOE……というか『始まりの丘だったところ』。

 まさに一言で表すなら焼野原。あれだけ生い茂っていた草木などは皆無。

 当時の衝撃を物語るように急だった斜面は均され、すでに『丘』かどうかも怪しい。

 月夜の暗闇の中でさほど遠くまで見渡せるわけではないものの、しかし見える範囲すべてが燃え尽きた灰や炭や、そして未だ熱を帯びている岩や砂で形成されていた。

 後は……地面に転がる、キラキラした石ころ。


「……? ガラス玉?」


 どうやら高熱で砂や石から精製されたらしい。


「アダマンタイト――いや、先に深山か」


 地味にやるべきことが色々項目として並んでる。

 急いで深山に――


『ミャア>香田君っっ!!!!!』


 ――俺がもたもたしている間に、向こうから連絡が届いた。


「ああ、深山。お待たせ……今、どこにいるの?」


『ミャア>今、そっち……向かってますっっ……!!!』


「ありがとう。少し移動して……深山が魔法使った場所で待ち合わせてもいい?」


『ミャア>――……は、はい……っ……』


 やけに神妙な声で返事をしてくれた。


「じゃあ、それで頼む」


『ミャア>はいっ、すぐあの場所に向かいます……!』


 声からも急いでる様子が伺えた深山から、すぐにチャットがオフになる。

 まあ確かに俺も、うかうかしてられないか。


「凛子はログインまで、しばらくかかるのかな?」


 俺より先にログインってのはさすがに無いだろう。

 ならばブックマークしているわけだし、ログインの知らせを確認しておけば問題なさそうだった。


「…………」


 背後へと振り返り、左上のマップも確認するが人影はやっぱり存在していない。

 あれ……? 想像とちょっと違う展開だなぁ。まあいいか。


「さて……爆心地、どっちなんだろうか?」


 跡形も無い焼野原では景色の記憶を頼りにも出来ない。

 でもそのかわり、爆風の跡や焼けた焦げ方の痕跡から爆心地の方角はざっくり読み取れそうだった。


「――あっち、か」


 観察しては方角を修正して、と繰り返して俺は爆心地へと足早に向かった。


 ◇


 どうやら鍛冶師のヨースケみたいな鉱物資源について詳しいプレイヤーはまだ誰も近くにいないらしい。

 遮蔽物が無いこともあり、思ったより簡単に爆心地は見つけられ、こうして目の前まで近づいているのだが……誰一人として人の姿は無かった。


「あ、なるほど」


 始まりの丘にログイン出来るような初心者で鉱物に詳しい人なんてまず居ないだろう。というか、訳もわからず瞬殺されたその爆心地――しかも始まりの丘の外部にある一般フィールドなんて、よほど明確な目的でも無ければ近寄らない。

 1万円を払って行列に並んでようやくログインした早々、またすぐに殺されたりしたら、たまったものじゃないわけだ。

 あるいは中級者以降なら『ホーム』の設定があるらしい。

 詳しくはわからないが、初級者における『始まりの丘』と同様に、死んでログインし直すとそこの地域に戻ると考えるのが自然だろう。少なくとも常識的に考えて死んだ場所からゲームが再開するとは考えにくい。

 例えば落とし穴に落ちて死んだとして、もし死んだ場所から再開なら、永遠に出られないハメ状態に簡単に陥ってしまうわけだ。

 だから『18』と受付番号が結構若かったこともあって、現時点では誰も居ない……とこの状況を自分なりに解釈した。

 とりあえず最弱の俺としては奪い合いとかにならず、非常に有り難い限りだ。

 しばらくしたらこの爆心地へと野次馬が次々に訪れる気がするので、さっさと鉱物探しを始めることにする。


「黒い……鉱物……って、大体黒いモノばっかりなわけだがっ……」


 真夜中に、炭状のものが散乱している中で黒い鉱物なんて発見など可能なのだろうか?


「あの少し窪んでるところが中心かな……?」


 俺はその真ん中に立ってみることにした。

 そこは深山の魔法があまりに強力だったからか、それともあのモンスターの重さで地面が沈んだのかわからないが、ややすり鉢状に低くなっていた。


「黒い鉱石……黒い鉱石、と」


 ――地面が熱い。まるでサウナ状態。

 幸いここはあまりに爆風が酷かったからか、あるいは高熱過ぎたのか、何かが燃えた炭すら残って無く、ただひたすらえぐれた後に露出した岩と石と砂だけ。


「あ、そうだ。うっかりしてた……SS!」


 黒とはいえ、ダイヤモンドに近い鉱物らしい。

 だから想像よりずっと容易に見つけられた。


「――お、発見っ」


 まさに中心も中心。

 すり鉢状の底の地面に、SSからの輝きを反射させる拳大ほどの輝く黒い鉱石が、ふたつだけ転がっていた。

 見た目としては、やけにツルツルしてて表面が輝く石炭みたいな感じ。

 さっそく拾うと――


『通知:香田孝人 は、<アダマンタイト>を手に入れた……!!』


 ――という赤字の表示が左下にわざわざ現れる。

 レアアイテムをゲットするとこんな感じに表示が出るのか。


「よしよし……凛子、喜ぶかな?」


 お家購入計画、これで大きく前進したことになりそうだ。

 今は装備よりお金って感じだし、ヨースケさんのところへ持ち込んだらそのまま売ってしまおうと思う。


「――香田、くんっ……!!」

「お」


 そして深山も到着。

 トントン拍子で良し感じだ――……って、え?


「すみませんでした……っ……!!」


 深山が到着と同時に深々と、頭を90度下げての最敬礼をしていた。


「どうしたの」

「わたしの……あまりに軽率な行動で、香田君に多大な苦痛と……死、を与えてしまいした……深く反省しています。ごめんなさい……」


 たぶん俺が到着する前からずっと考えてくれていたのだろう。

 ずいぶんと丁寧な謝罪の言葉を伝えてくれた。

 泣いたりして感情を揺り動かすのではなくて、こう粛々と言っているほうがむしろずっと深山の猛省が感じられる気がした。


「そうは言われても――」

「――わかってますっ……こんな、こんな言葉ひとつで済むような軽いことじゃありません……! どんな罰でも受けます……当然のことだと思ってます!」

「あー」


 俺は唸って、ため息を漏らす。


「……どんな罰でも?」

「はい……っ」


 無言のまま少し悩んで。


「――じゃあ、その綺麗な身体で支払ってもらおうかなぁ……?」

「えっ」


 ニヤリ、と俺は口を歪ませて笑う。


「なあ、俺とエッチなことしようぜ? 最高に気持ち良くしてあげるからさ? ……本当に申し訳ないと思うなら、当然出来るよなぁ?」

「こ、香田君っ……!?」

「ほらほら、従順になりなよ。それとも俺から乱暴にその綺麗な身体に教え込まないと、自分のしでかした罪の重さもわからないのかい……?」


 深山は涙ながらに身体を震わせ、いやいやと首を左右に振り回して叫ぶ。


「わたしっ、真面目に謝ってますっ……!! そんなっ、そんなわたしが喜ぶような冗談、わざと言わないでくださいっ……!!!」

「むう」


 女の子の弱みを握った男の子が思いつく、最高にゲスなセリフを一度言ってみたかったのだが、長く続かなかった。


「ごめんなさい……わたし、ちゃんと謝りたい。だから香田君もちゃんとっ……ちゃんと香田君の思う気持ちを言ってくださいっ……!!」

「なら、俺の望む言葉を言って欲しいかな」

「え……?」

「俺、深山の『ごめん』なんて言葉、まったく聞きたくないよ」

「え。でも、じゃあ――」

「――そうじゃない」


 ポリポリと後頭部を掻きながら。


「なあ、それより深山。俺の魔法……どうだった?」

「あ……す、すごかったです!!!」

「だろ? 俺はそれを聞きたかった! やったなっ、大成功!!」


 俺は親指を立てて笑う。

 深山は一度涙を溢れさせ、それをぐっ……と限界辺りで堪えると、瞳を閉じて俺と同じように笑ってくれた。

 そう。俺はもっと純粋に、この強烈極まりない大魔法を炸裂させたそのことを、一緒に創り上げた深山と心から祝い合いたかった。


「すごいっ、香田君、すごかった……!!!」

「確かに想像を遥かに超えるすごい結果だったなぁ。心底びっくりした! 詠唱してる深山もすごく格好良かったよ!!」

「カッコイイのは……香田君だよ……っ?」

「いやいや。深山のとんでもない魔力量のおかげだよ」

「わたしの、魔法使い様……!」

「え」

「香田君は……わたしの魔法使い様」

「いや、魔法を唱えたのは深山だよ?」

「ううんっ……あんな何もないところから、あんな凄いものを創り出して……本当に魔法みたい……!」


 瞳をいつも以上に輝かせて俺を見つめてくれる深山。

 まるで絵本から飛び出た本物の魔法使いを憧れの目で見つめる子供のようだった。


「ありがとう。深山の役に立てるよう、俺、必死に頑張ったから嬉しい」

「うん……!」

「でも……あれは深山に助けてもらったからだよ。アイディアも沢山もらった。だからあれは俺と深山の共同制作物だ。ふたりの子供みたいなものだ」

「――――っっ……!!??」

「あ、いや。別に、深い意味はないっ」


 完全に無自覚で恥ずかしいことを言ってしまった。


「そっかぁ……香田君と、わたしの……えへっ」

「そ、そうだっ!! 忘れる前に火力の調整をしておこうかっ!」


 気まずくて無理やり話題を変えてみる。


「あ、はいっ!」


 頭の回転が速い深山は、言われる前に誓約紙をすぐに俺へと出してくれていた。


「とりあえず……修正しやすいし、火力はあれの10%にしておこうか。正直それでも多いぐらいだと思うけど」

「……うん」


 深山の同意が得られたので、単純に消費する魔力の指定から数字の『0』をひとつずつ削っておく。

 10%で、どれぐらいの火力になるんだろうか?

 まだまだ酷そうだが、それを10発撃てるという事実がもっと極悪。


「はい、修正完了。ちなみに深山の今の魔力量は?」

「え。はい……んと……200ちょっとです」

「ありがとう。一発は撃てる感じか」


 本音では、今すぐ試しに撃ってもらいたい気持ちだが。でも。


「まず、これらを受け取ってくれ」

「え」


 周囲を確認しながらSS本体(シャイニングスター)や装備一式を着ているコートまで含めてすべて深山に手渡す。


「あ、あの。これは……」

「……深山、とりあえずここから離れておこうか」

「えっ?」

「――ジェノサイド姫。あるいは殲滅天使」

「???」

「深山のこと、みんなそう呼んでたよ?」

「あっ……」

「深山はもう、ちょっとした有名人だって自覚しておいたほうがいいかな。今後、恨まれたり、変な人から挑まれたりとかあるかも」


 だから魔力は温存しておこうと、そう考えた。

 深山の手を引いて始まりの丘方面へと小走りに向かい始める。


「そ、そうなのっ?」

「それでなくてもこんなに綺麗だしなぁ。注目の的になるのも必然だ」

「も、もうっ……そんなに喜ばせないでっ!!」


 手を引かれている深山が、頬を赤らめて困ったような顔をしてる。


「それでっ、あのっ……香田君……許してくれるんですかっ!?」

「ええっ? まだそれ言ってるのかっ。だから、気にしないでって!」

「わたしの罪は、どうなりますか……!」

「ないないっ。最初からそんなのないから!」

「じゃあ、じゃあっ!!」

「うん?」

「ほ、ほんとにわたしの身体、綺麗なんですかっ!?」

「ぶっ!?!?」


 あまりの言葉につんのめり、危うく転びそうになる。


「み、みぃやまぁ~! 今、そういうこと言うかなっ!?」

「だってぇ……最初に言ったの、香田君です……っ!!! あ、あんなこと言われてっ……意識しないとか、無理ですっ……!!」

「悪かった! 悪かったから、ほらっ、走ってっ!」

「や、やぁんっ」


 何度聞いても深山の『やぁん』はエロ過ぎる。

 すっかりさっきのあの一言で、深山のスイッチを入れてしまってたようだった。


「ね……香田君っ! わたし……自分のしてしまった罪の重さもわからない女の子なんですっ」

「うん??」

「――だから、香田君から……教えてくれるの、待って、ますからっ……」

「…………はい」


 上手く返事出来ない俺だった。

 照れ隠しに……立ち止まって周囲を確認しながらボヤく。


「しかし、楽のやつ……てっきり襲ってくると思ったのになぁ……」


 俺は、求められるとすべて差し出してしまう誓約を受けている。

 書き込んだ本人は当然ながら、その事実を知っている。

 だから深山に装備をすべて手渡したのだった。


「ガク……?」

「深山を背後から殺すって宣言したヤツ――って。ああ、深山は会ったことあるか。教室に入ってきた、あの幼馴染も深山の魔法に巻き込まれて殺されたひとりで、そんな物騒なことを言っていた」


 もう少し言えば俺を恨んでた。

 だからこうして最初から警戒していたのだが……もうログインから10分以上が経過している事実も含めて、どうやら楽のヤツは俺と一緒に始まりの丘にログインしたのではなく、サーシャさんのアンスタックに便乗したということみたいだった。


「――香田っ、香田ぁ……っ!!」

「あ、来た来た!」


 深山と夢中で話しててログインの知らせに気が付かなかったらしい。

 そんな俺らの会話へと割り込むように、遠くから凛子の声が聞こえた。


「香田ぁ~♪」


 まるでビーチフラッグのように俺の首に飛びついてぶら下がる凛子。


「香田っ、香田ぁ♪」


 目に見えて物凄く調子が良い。

 きっと……俺と車の中で、ご主人様と召使いなのだと立場と関係性を改めて確認し合えたから。

 あるいはお弁当を頂いて、耳かきのお世話を受けたから。

 つまり、『凛子から求められたから仕方なく傍にいる』という感じの凛子側の悪い妄想から少し解き放たれた。

 えくれあという重たい呪縛からも解放されている今、凛子の心はこうして目に見えて回復を果たせたわけだ。


「お、おおっ!? えへへっ……」


 少しだけ歪んでるけど、でも俺はそれが心から嬉しくて、言葉もなく、ぶら下がってる凛子の身体をぎゅっ……と抱きしめた。

 今、何かを言うと一緒に涙まで出てきてしまいそうだった。


「……あ、そだ! ちょっと深山さんっ!!」

「は、はいっ」


 そんな俺の気持ちはさておき。


「そこにちょっと座りなさいっ」


 ぴょんっと飛び降りるように凛子は俺から離れると、深山の前に立って地面を指さした。


「……はい」


 深山も異論無いようで、SSを空中に置くとそのまま神妙な顔つきで地面の上に正座する。


「深山さん、アンタさぁ……香田の愛人を自称してんだよねぇ?」

「……してます」

「その愛人を殺すとか、どんなサスペンスドラマですかっ?」

「そんな優しい言い方しなくていいです……わたしが軽率でした」


 凛子も深山の目前で地面に正座する。


「香田が世界一大切じゃないなら、香田の傍に立たないで! わたし、そんな人に香田を任せられない! アンタ香田の愛人の自覚あんのっ!?」

「……返す言葉もございません……」

「香田、死んじゃったんだよっ!? すっごく痛かったんだと思うよっ!? 絶対に死んじゃう時、怖かったと思うんだよっ……!?」

「ひぅ……っ!!!!!」

「いや凛子、そんな大げさな――」

「香田はちょっと黙ってて!! 今、深山さんと大事なお話中っ!!!」

「……はい」


 あまりの迫力に俺はそれ以上の言葉を呑み込んだ。


「ごめんなさい……もう二度としません。以後、厳重に気を付けます」

「よし。二度目は無いからねっ!?」


 深山も凛子もいつの間にか涙をいっぱいに溜めて険しく見つめ合っていた。

 この一瞬だけ切り取ったら極道モノの映画みたいな緊迫感だ。


「――それで、おっぱい触らせていないって、どういうことっ?」

「え……」

「香田から聞いた。深山さんのおっぱい、まだ触ってないって!」

「う、うん……香田君が……そ、そのぉ……」

「香田のせいにしないっ! もっとガシガシ行きなさいよぉ!? わたしなんて、香田の教室まで乗り込んで強引に揉ませたぐらいなんだからねっ!!!」

「えっ……凛子ちゃん、2のAまで来たの……?」

「そうよぅ! ちょっと油断したらすぐにこっちのことばっかりになっちゃうんだからっ!! 自分のことはいいからって、遠慮しちゃうのが香田なのっ!」

「……うんうん!!」


 深山も何か思うことがあるみたいで力強くうなずいてる。

 ……俺はどういう顔して立っていればいいんだろ。


「それで? ちゃーんと香田と子作りはしたんでしょうねぇ???」

「えっ……」


 いや、深山。俺に視線を送られても困る。


「は、はい……一応……その……い、いっしょに、魔法創って……えへ……香田君が『これはふたりの子供だ』って!」

「冗談はそのふざけたふわふわおっぱいだけにしてよもおおおっ!?!?」

「ひぅ!?!?」

「エッチなこと!! エッチなことは何かしなかったとですかっ!?」


 なぜ方言。


「う、うんっ……そのっ、い、一度だけっ……すみませんっ!」

「ふ……ふんっ、なーんだ、ちゃんとしてるじゃないっ? どんな感じっ?」

「えっ」

「だから、どんな感じだったかっ、報告しなさいっ」


 どうして凛子はこうも自分から傷付きに行くのか。

 まあ……器用に逃げられるなら、それは凛子じゃないのかもしれないけど。


「どんなって……えっと……こう、香田君が……優しく包んでくれてっ」

「イメージは結構ですっ。事実だけを淡々と!」

「…………そのぉ」


 ……いや頼む。深山。助けを求めるように俺を見ないでくれ。


「こ、香田君がわたしの一番言って欲しいことを耳元で囁きながら、わたしが一番触って欲しいところを触ってくれてっ……嬉しくてっ、すごくすごく気持ち良くてっ……こう、好き好きって気持ちが溢れて、ふわ~……って浮いた感じでっ……!!」


 ……聞いててこっちが恥ずかしい。


「――んで?」

「え?」

「香田には……?」

「――――……あっ……」


 見る見る顔が青ざめてる深山。


「はああああっ!?!? 自分ばっか気持ち良くなってて! 香田には何もしてないとか~っ!?!?」

「あ、ああっ……ど、どうして……わたしっ……自分のこと、ばっかりっ……」


 冷静に分析すると。

 深山は一人っ子だから何かをしてもらうことがどこか当たり前で。

 凛子は末っ子だから何かを狙っておねだりするのが上手で。

 そして俺は長男だから、自分は我慢して世話するのが癖になってるのだ。


「だからぁ! 香田にはちゃんと自分からガンガン行かないとっ! 俺のことはいいとか遠慮しちゃって、何~んにもやらせてくれないんだからっ!!」

「う、うんっ……わかった!」

「それとも何? 香田の身体のこととか、気持ち良くしてあげたいとかそういうこと深山さんは興味無いわけぇ??」

「ううんっ、ううんっ……!!」

「私ちゃんと頼んだよねっ? 私じゃ香田を気持ち良くしてあげられないからっ、その役は深山さんに任せたいって! それやってくれないなら、深山さんいらないよぉ? 全部私がお世話しちゃうよぉ??」

「が、がんばりますっ……!!」

「香田、我慢してるって言ってたよ……?」

「えっ……」

「だから、私なんかでも仕方ないかって感じで……おっぱいをいっぱい揉んでくれるんだよっ……?」

「――っ……!!」


 助けてくれ。頼む。

 誰か、このとんでもない猥談をぶち壊すように絶妙なタイミングで襲ってくれ。

 どうしたモンスター。来い。さっさと来てくれよぉ。


「そしてその後はぁ……えへへ~。私が作ったお弁当食べてくれてぇ。あと、膝枕してあげて香田の耳掃除――わっぷっ!?」


 ばふっ!

 深山が地面のカラカラに乾いた砂漠みたいな砂を握って凛子に向け撒き散らす。


「ずるいっ、凛子ちゃんばっかりずるいっ! 結局はリアル世界でのラブラブ自慢ですかっ!? わたしだってそういうのしたいのにっ!!」

「うっさいわねぇ!! 香田にしてもらってばっかりで満足しちゃってる人に言われたくありませんーっ!!!」

「ふきゃっ!?」


 お返しに両手で砂を撒く凛子。


「悔しかったら深山さんも香田に――」

「――はい、そこまでっ」


 結局モンスターどころか風すら吹かないので、諦めて自分で割り込むことにした。


「お前たち……ちょっとはこっちの気持ちも考えてくれっ」

「うーっ……香田のこと、考えてるもんっ……」


 だからこそのこの会話だと、凛子はそう言いたいようだった。


「深山」

「は、はいっ……!!」

「先に言っておくけど……出せないからな?」

「え」

「その…………EOEでは色々と出せない、から。というか深山自身も下着を脱げないことぐらいは、すでに理解してるだろ?」

「…………っ……」


 目を丸くして口元に両手を当てて、絵に描いたような絶望感を顔に出す深山だった。


「いやこれは、はっきり言わなかった俺が悪かったのか。EOEの世界ではシステム的に……その……そういうことしてても、男としては苦しいだけなんだ」

「苦しい……?」

「うん。上手い例えが出来ないけど、まるで吐き気はあるけど吐けないみたいな耐えられない気持ち悪さが身体を支配するだけ」

「…………そ、そんな」


 不当に責められてる深山を助けたくて伝えた真実。

 でも――


「そんな酷い状況で、香田君を苦しめてたの? ……わたし……?」

「――え。あ……」


 うっかり失念してた。

 それが深山にとってはむしろ不利益な情報になってしまっていた。


「だ、だから凛子。深山は何も悪くないのっ! やりようがないから、俺から一方的にするしかないのっ!」

「うーっ……」


 無理やりマズイ方向から会話を転換させてお茶を濁した。


「…………っ……」


 いや、濁せてないかな。これ。

 ああ。もうっ。まだかっ。早くモンスターとか盗賊とか何か来てくれっ。

 どれだけ待たせるつもり――


 ――パパパパ~ン……♪


「は?」「えっ」「あ……」


 突然流れる、場違いなほど明るい効果音。そして続く軽快なBGM。

 さっきから俺は散々こういうのを待っていたわけだが、しかしあまりに想定外なものでやっぱり驚いてしまう。


「え……何、これ?」

「おーっ、更新来たっ!」


 凛子が興奮気味に声を上げる。

 更新……EOEのアップデートを知らせるものなのか、これ。


「凛子ちゃん……更新って?」

「ああ、深山さんってネトゲとか普段しない人だっけ? 更新っていうのはシステムの更新!」

「???」

「凛子、それ説明になってないって。システムに関わる色々なルールの調整や、アイテムや武器なんかの新規要素追加、あとバグと呼ばれる不具合の解消なんかも――……」


 画面端までカーソル移動出来ない例の不具合のことが当然、頭を過る。

 やはり冷静に考えて報告からたかだか3時間ほどで修正されるわけもない。


「……香田君?」


 つまり、もしかしたらあと一ヶ月間……来月の20日の更新までは引き続きログアウトを自分で出来ないかもしれないなと、説明してて自分で軽く絶望してしまった。


「あ。いや、ごめん。えーと……そういう不具合の解消なんかも含めて内容全体刷新するのを、公式の『更新』とか『アップデート』とかと呼ぶんだ」

「それが月に一度、20日にこうしてあるんだ?」

「このEOEではそうみたいだね。ネットゲームにしては頻度は少ないな。まあ肝心の更新内容がさっぱりわからないけど……」

「更新内容は、すぐにわかるから大丈夫っ♪」


 ぴとっ、と凛子が俺の右腕へと身体を寄せる。


「っ……そうなの?」

「ね、ね? 座って観てよっ? 実は私、生で観るの初めてなんだぁ♪」

「観る?」


 そのまま腕を引っ張られる形で砂の大地に腰掛けた。

 遠慮気味に深山も俺の左傍に寄って座る。

 決して触れないのは、深山なりの反省の表れなのだろうか?


「お」


 視界の右上に四角い小ウィンドウが現れた。

 ここに更新内容が表示されるのだろうか?

 試しに右ウィンクでアクティブ選択してみると、視界の半分近くまでその四角が引き伸ばされて――そして同時に『番組』は始まった。


「――EOEあっぷでぇーとぅ!!!」

「うおっと!?」


 文字テロップと共に見知らぬ女の子のドアップがいきなり視界のほとんどを埋め尽くした。


「はーい皆さんこんばんにー! 司会進行役のえりりんですっ!!」

「……ネット配信の生番組か。これ」

「うんっ、ノリとしてはそんな感じ? EOEにログインしてないと観られないけど」

「EOEの中だけの番組か。観られない人はどうするんだ?」

「あ、更新から一週間以内なら録画されたのを後から確認できるから大丈夫っ!」


 フルダイブ型のゲームならではのサービスだと思った。

 確かにログインしたままだとネット配信とか確認できないしな。


「ちなみにこの番組中は攻撃や呪文、アイテムの使用なんかが一切出来ないから安心、安心っ」

「なるほど」


 そうやってサーバーの負荷を減らしてバックグラウンドでアップデートしたり、メンテ内容の最終チェックしてたりしてるのだろうな。


「さあさあ、激動の第29回アップデート! まずはさっそくクラウン月間ランキングの発表から参りましょ~♪」


 第29回……つまり2年と半年ほどEOEというのはすでに続いているのだろうか? もしかしたら最初は更新が月1じゃなかったのかもしれないが、しかしそれでも想像より少しばかり期間が長かった。

 ほんと楽の言う通りそんな長い期間、EOEの存在も知らなくてVRMMOのマニアを自称とか……モグリもいいところだったなぁ。

 そういや凛子は――


「ねえねえ、凛子ちゃんはどれぐらい前から始めてるの?」


 ――どうやら深山も似たようなことを考えていたようだった。


「え……その…………半年、ぐらい前……?」


 もじもじと小さくなって返事をする凛子。

 どれぐらいのペースでプレイしていたのかしらないが、半年でレベル8というのはやはりどう考えても低すぎる。そのことを恥じているようだった。


「ちなみに俺と深山っていつから始めているか、凛子に教えてたっけ?」

「ううん……でも一ヶ月以内だよねっ?」

「そう。正確には凛子と出会ったあの日から始めた」

「ふえっ!?」

「というか、初めて会った他人が凛子だったわけだけど」

「……」


 茫然としている凛子だった。

 そんな衝撃的な内容かなぁ?


「…………わ、私……めちゃくちゃラッキー……だったんだ?」

「うん?」

「香田が初めて会った人だったから……あんなに優しくしてくれたんだっ?」

「違う違うっ」

「……違うの?」

「凛子だから、だよ」

「そ……それはぁ……嬉しいけどっ……きっと違う……っ」

「違うの?」

「…………香田が、もし違う人と会ってたら……きっとその人と、仲良しになってたもん……っ」

「それは違う。凛子だからだなぁ」

「んーん、違わないもんっ……!」

「だーめっ。それは譲らない。凛子だからなの。そして俺がラッキーなの。たまたま初めて会ったその人が、凛子で本当に良かった」

「うーっ…………また、そうやってぇ……泣かせに、来るぅ……っ……」

「ごめんごめん」


 頭を撫でながら内心、想像する。

 もし凛子と出会ってなかったら……今頃どうしていたのだろう?

 あの日それとなく適当に遊んで、どこかで死んでログアウトして。

 きっと深山と会うこともなく、教室で『深山さんどうしたんだろう?』って他のクラスメイトと同じような反応を少しして。

 でも特には大きく変化するでもなく、誰とも接せず、黙々と日々を過ごして。

 …………何もない日々がダラダラと続いていた。間違いない。


「――……ありがとう、凛子。心から感謝してる」

「えぐっ……だ、だからぁ……っ……!」


 泣いてる凛子の頭に顔を寄せて、軽く頬ずりしてると凛子のほうからぎゅっ……と抱き付いてくれた。


「……くすっ」


 少し寂しそうに。

 でも優しい瞳で深山はそんなやり取りを見届けてくれていた。


「ほら、番組の続き、見よう?」

「ぐすっ……うんっ……」


 非アクティブにして小さく右上に収納していた小ウィンドウを再び大きくする。


「――第8位! 習得した怒濤の連続コンボ『インフィニティラッシュ』でモンスターの死体の山を増産! 今回で3回目のランクインとなります『苛烈旋風』こと『モンスーン』さんでしたっ♪」


 カウントダウン形式でトップ10を紹介している番組らしい。静止画のスクリーンショットでそのモンスーンとかいう人が大きく映し出されている。

 ここに入ると噂の『クラウン』ってのが入手出来るんだよな……うん?


「深山」

「え。はい」

「もしかして深山、ランキング入りしちゃうかもな?」

「えっ、ええっ!?」

「八割減っていたとはいえ、ボーナスモンスター倒して、あと周囲の数百人というプレイヤーも倒して……相当な経験値が入ってるんじゃないのか?」

「あっ」


 気が付いた深山が慌ててその大きな瞳をパチパチしてる。

 どうやらステータスを確認しているみたいだった。


「…………67500……ぐらい、ありました……」

「んなっ!? 6万ってぇ……」

「それ、たぶんすごい数字だと思う」


 俺が確認している範囲では、レベル2に上がるまで100必要だった。

 まあだからといってレベルが600以上一気に上がるって話ではないだろうけど、しかし一撃で稼いだ経験値としてはとんでもない量なのは間違いない。

 上位プレイヤーってどれぐらい月間で稼いでいるんだろう……?

 もしかして、もしかするんじゃないだろうか??


「なあ凛子。ランク入りする人たちってどれぐらい経験値を稼いでいるんだろう?」

「さ、さすがに私にはわかんないや……このランキングのコーナー自体、初めてまともに観るしっ」

「そうなの?」

「上位の人たちのことなんか、別に興味ないもん」

「……そりゃそうか」


 ランキング入りを目指している人でもなければ、上位の人たちのことなんて確かに興味薄いかもしれない。

 例えばテレビをつけた瞬間に陸上競技の表彰式が映ってたら、俺ならつまらなくてその場ですぐ違うチャンネルに切り替えてしまうだろう。

 ……でもそれが、身近な人が表彰されていたら?

 自分の好きな人が、全国区にその名を響かせている瞬間なら?

 俺なら確実に録画するぐらいの勢いで集中して観るだろう。

 つまり。


「――続いて第7位!」

「……っっ」

「み・や・ま!」「MI・YA・MA!」


 凛子と俺のふたりで深山コールを始めてしまう。

 他人事だったのに一気にドキドキだ、これ!


「孤高のトレジャーハンター! その名に恥じぬ豪快無比の一撃! 俺の後ろにマップは出来る! 『強欲なる暴君』こと『剛拳王』さんがいつものように未踏の地をばく進しての偉業達成とレアアイテム取得のセットでランクインっ!!」

「ちぇーっ」

「あ。剛拳王!」


 画面に映し出されているその太々(ふてぶて)しい体育会系の顔は、忘れもしない。


「んに? 香田の知り合い?」

「うん。というか初めてログインした時のチームのひとり」

「マジでっ!?」


 やっぱりあの人、こういう上位の常連なんだなぁ。レベル260だっけ?

 アクイヌスはもっとレベル低かったし、剛拳王に経験値を集めてクラウンを狙う戦略なんだろうな。


「――続いて第6位!」

「み・や・ま!」「MI・YA・MA!」

「い、いやっ、そんなランクインとかありませんからっ」


 照れて両手を振り回し、俺たちのコールを止めようとしているその中で。


「衝撃の初ランクイン!! なんとレベルたったの3っ!!!」

「えっ」「あ!」「おおっ!?」

「革新のシルバーマジックを引っ提げて鮮烈なるデビューを飾った『殲滅天使』こと『ミャア』さんが記録的なジャンプアップで飛び込んで参りました~!!」

「やった……!!」「きた――――っっ!!!!」

「う、うそっ……」


 凛子とふたり、深山をそのまま胴上げでもしそうな勢いで両手を上げて大騒ぎである。

 おぉ……それにしても美しい。シルバーマジックを宣言している瞬間のポーズ決めている深山が最高のアングルで映し出されている。


「なお、噂のシルバーマジック……えーと? 『オールアラウンドゲート・イン・ザ・サークルドラゴン』に、よる一撃のみでのランクインを果たしたミャアさんですが、同時に歴代の『瞬間総ダメージ量』と『同時キル数』のレコードでもトップに躍り出て2冠を達成! 殿堂入りおめでとうございまーすっ♪」

「で、殿堂入りぃぃ!? レコードォォ!?!?」


 何かすっごいことになってるぞ、おい!?


「ちなみにこれ、現時点での最小レベルによるランキング入りの記録突破でもありまーす! 記録尽くめですね~。これは上位陣も、うかうかしてられませんっ。果たして『シルバーマジック』の効果は? 威力は? 射程距離は? 属性は? 現在のところ全てが謎に包まれておりますっ」


 記録尽くめに司会者も熱が入っている様子だった。


「クラウン称号っ……クラウンアイテムと、現金50万円……はぁはぁ……っ」


 凛子も、今にもよだれを垂らしそうな勢いで興奮している。


「良かったな、深山!」

「う、うん……あの、香田君…………報酬、受け取ってくれますか?」

「いやいやいや! それは受け取れないから!!」

「だっ、だってぇ……あの魔法、香田君が創ったものだしっ……!!」

「それを撃てるのは、深山の魔力量があってこそのものだ」

「でもっ……!!」

「わかった。じゃあ現金だけ受け取ってもいい?」

「あ、はい!」

「そしてその現金は深山のログイン費用に全額充てよう! もう俺のモノだからこれは決定な!」

「あ、あぅ……」

「おーっ、香田カッコイーっ♪」


 深山は大丈夫って言ってたけど、二ヶ月で60万円はかかるわけで、その内の50万円が浮くならそれに越したことは無いだろう。


「――惜しい! ベスト3入りはもう目前!! 防御と体力の超強化でモンスターの巣に飛び込むそのソロプレイスタイルはあまりにも有名! 動かざること山のごとし! 『鋼鉄の城壁』こと『イムウ』さんが第4位と着実に順位を上げて来ましたーっ!!」


 俺たちが盛り上がってる間にもランキングの発表は続いている。

 会話に一区切りついてふと気が付くと、もう4位の紹介も終えるところだった。


「ではいよいよ、ベスト3の発表に入りますっ!」


 しかしあの深山のすべてを焼き払うような大量殲滅で6位か……だとすると、ベスト3の神様みたいな人たちはどれだけのことをしているのか想像もつかないのが正直なところだった。


「第3位! な、なんと鮮烈デビューを果たしたミャアさんの記録が、早くもひとつ追い抜かれてしまいますっ!!」

「ん?」


 『ミャア』の名称が耳に入って、それで俺たちは番組に集中する。


「それもそのはず! 革新の『シルバーマジック』を創り出したその人がなんとレベル1で堂々のランクイン!!」

「――――……ん?」「え」「はい?」


 俺たち3人とも、ポカンとした顔で見合ってしまった。


「たった2日間で創り上げたクラフテッドスペルの数は衝撃の36! さらには火・水・風・土・光・闇の属性に依存しない新たなる属性『銀』までを生み出した天才創造主、『最強のレベルワン』こと『香田孝人』さんが偉業達成のポイントを爆稼ぎして突然のベストスリー入りを果たしちゃいましたっ♪ 香田孝人さんの創ったシルバーマジックの威力は、第6位のミャアさんですでに証明済み! 今後の動向には否応なく注目が集まりますっ!!」

「…………」


 天才創造主、とか番組盛り上げるためとはいえ持ち上げ過ぎだろ……。

 っていうかスクリーンショット、そこかよ……。

 深山を送り出した後、クククッと奥歯を出して影に潜む悪者っぽく小さく笑っていたあの瞬間が、画面に大写しになっている……。


「第2位はいつものこの人! おなじみ『誓約の哲学者』こと――」


 番組は続いているが、全然耳に入ってこない。

 そんな呆けている俺へと凛子が、がばーっと抱き付いてくれる。


「きゃ――っっ、香田ぁ!! さっすが私のご主人様ぁぁっ!!! ご主人様、しゅご――いっっ、しゅごしゅぎ――っっ!!!!」

「は、ははっ……ありがと……」


 凛子は足をバタバタさせて大騒ぎ。

 しかし俺のほうは、まったくこれっぽっちも実感が湧かない。


「やっぱり……魔法使い様っ……」


 深山も深山で手を合わせ、瞳を輝かせてうっとりしている。


「……あんなので3位とか、いいのかなぁ……?」

「全然っ、全然『あんなの』じゃないですからっ!!!」


 深山がぶんぶん首を振り回して否定してくれていた。

 長い髪が広がり、可愛い大きなリボンが揺れて綺麗だなぁ、とかそんな細かいことを考えるぐらいに完全に他人事である。


「そして第1位もやっぱりこの人! もはや説明不要の指定席状態っ! 『神成る人』『鳴神なるかみ』こと最強の雷撃神、『KANA』さんが今月も首位を独走! 参加権利が発生する隔月のみで数えるとこれで4連続目! トータルでも合計で10回目のトップを飾ることになります! 誰がこの人を止められるというのかっ!! ストップ・ザ・サンダー!!!」

「は……?」


 この番組もういい加減、心臓に悪すぎる。

 あのKANAさんは……そりゃ、すごい人だろうなって想像はついてたけど。でもさすがに首位に君臨し続けるような、この世界で最強の人だったとは……。

 スクリーンショットでお気楽にダブルピースしているKANAさんの無邪気な笑顔が、やけに眩しい。


「あのおっぱい……やはり敵かっ!!!!」

「え。凛子ちゃん、知り合いなの?」

「……一緒にログインしただけ~。どっちかっていうと香田におっぱいむき出しで色目使ってた敵っ!」

「む、むき出しってっ!?」

「いや待て凛子。別にむき出しにはしてなかったぞ?」

「あーっ、色目使われてた自覚はあったんだぁ!?」

「い、いやそれもないけど」

「高級なコートとかプレゼントしてさぁ、いやらしいっ、いやらしいっ!」

「……コートって、これ?」


 深山がポップさせて凛子に見せている。

 そういや深山に預けたままだった。


「そうそれっ!! レアアイテム貢ぐとかっ、魂胆丸見えっ!!!」


 いやそういうことではなくて、縁があって一緒にログインした世界最強の人が、見るからに世界最弱の人へと気の毒になって恵んであげたのが事実だろう。

 今ならあんなに手厚くしてもらったことの本意は、充分に理解出来る気がした。


「以上、クラウン月間ランキングの発表でした! では引き続き――」


 番組は続いてるみたいでちょっと気になるけど、今は会話に集中しよう。


「深山。ついでに預けてたアイテム、回収してもいい?」

「あ、うん、もちろんです! えへっ、でも香田君のコート……ちょっと着てみたかったなぁ……」

「はははっ。まあいいけど? 着てみる?」

「ほんとにっ!?」


 深山はKANAさんと会ったこともないから特に興味も抵抗もないのだろう。素直に喜んでポップしていたコートをそのまま手にする。


「わ……香田君の匂いっ……えへっ……」


 なぜか手に持つコートへと顔を埋めるという謎の行動に出る深山だった。


「ちょっとぉ、深山さ――ん……?」

「こらこら深山。着てないし、それ――」


 と言ったその瞬間が、俺の最後の記憶だった。


 ◇


「――……ぅ……あ、あれ……ここ、は……?」


 ふと気が付くと、俺は真っ暗闇の中にいた。

 さっきも夜中の焼野原だったが、あっちは月とSSの光があって比べものにもならない。

 どこが天でどこが地かもわからないほどの完全な黒。

 そう……どこかで見たことのある世界だった。


「……もしかして死んだのか? 俺?」


 例えば背後から不意を突かれて一撃で……とかなら、こういう状況も理解出来る気がした。

 もしそうなら、せっかくログインしたばかりなのにもったいない。

 また約24時間後までEOEに戻れないのか……とため息を落とし、残り時間を確認――


「――え」


 ようやく真の意味で、異変に気が付く俺だった。

 カウントダウンの数字が……無い。

 というかいつもは頭上に現れているはずの『GAME OVER』の表示すら見当たらない。


「……なんだ、これ??」


 でも確かにこの孤立感と浮遊感は、ゲームオーバーの時のあの感覚だ。

 何よりこの完全な暗黒の世界がそれを物語っている。

 だからといって、何も見えないわけじゃない。

 視界の端には役に立たないマップ表示やらアイコンが並んでおり、自分の手もこうして見える。

 つまり、目隠しみたいなことで視界を遮られているわけじゃないってことだ。

 単純で純粋に俺以外『何もない世界』に浮いている。

 そういうことになる。


「おい……おいおい、これって?」


 嫌な予感がする。

 ――例えば。

 不具合を直す対応が逆にバグを起こしてこんな状況になってる、とか?

 まさに更新しているその最中というこのタイミングが、自分のその嫌な仮説に妙な説得力を与えていた。


「いやいや、待て! 待ってくれっ!?」


 叫ぶ。

 でも、俺のこの声は反響すらしない。

 無限に続いているかもしれない真っ黒な空間へと、すぐに吸い込まれて行く。

 悪寒。

 とてつもない悪寒。


「そうだっ……チャット……!!」


 深山と話して、状況を教えてもらおう。

 もし閉じ込められているなら、凛子にログアウトしてもらって――


「――……最悪、次の更新までの……一ヶ月間、も……?」


 考えない。

 俺は考えない。

 強引に思考を停止させて、ソフトウェアキーボードを開く。

 震えてるのか、視線誘導がなかなか定まらない……。

 『to 深山』。ようやくそう入力すると。


「深山っ……深山、聞こえるか!?」


 ――ブブッ。


 すぐに鳴り響くエラー音。


「えっ……あ、ああっ、名前、違うしっ……!」


 俺は、どれだけ慌てているのだろう?

 動揺を抑えて『to ミャア』と入れ直し。


「深山……聞こえるか?」


 ――ブブッ。


「お、おいおい……」


 ――ブブッ。


 きっとメチャクチャ心配掛けさせることになるけど……俺は震えながら、『to りんこ』と入れ直して、メッセージを送る。


「り、凛子? えーと、悪いけど状況――」


 ――ブブッ。


「…………嘘、だろ、おいっ!?」


 ――ブブッ。


「ふざけんなっ、おいっ、やめてくれっ!! おいっ!!!」


 ――ブブッ。ブブッ。ブブッ。ブブッ。


「うるさいっ、やめろ!!!!」


 ――ブブッ。ブブッ。ブブッ。ブブッ。ブブッ。ブブッ。ブブッ。ブブッ。


「…………」


 狂う。

 こんなの、すぐに狂う。


「………………」


 溢れてくる圧倒的な悪寒の洪水は、その全てが恐怖へと変わり。

 

「………………っ……」


 そして俺は……沈黙の中で、絶望した。


「うああああああああああぁぁぁぁぁああああっっっ!!!!!!」


 ――ブブッ……。



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