#033 It's love and magic
「――なあ、深山はどんな魔法が欲しい?」
夕暮れから夜へと劇的に変化するそんな境目の時。
俺は禍々しいほどに黒と赤に深く染まるその空を眺めながら、昔の人はこれを逢魔時なんて呼んでいたことを思い出していた。
……魔と会う時か。
なんか魔法が生まれるのに相応しいタイミングな気がする。
「え。どんな……って?」
「だから、『どんな』ものでもいいよ? 深山の魔法だからね。深山の望むものを用意したい」
深山はその言葉を受けて、俺の左腕へともっと身体を密着させてくる。
……その。色々と……当たってる気がするけど、気にしない方向で……。
「唯一縛りがあるとしたら、深山は火の属性を選んでるから、その範囲で」
「香田君の役に立てる魔法がいいな……」
俺たちの目前でパチパチと燃えている枯れた枝を眺めながら、地面に腰掛けている俺の二の腕に頬を乗せて、噛みしめるように深山がつぶやいていた。
「気持ちは嬉しい……でもそれはこの魔法を使って深山が将来やってくれることだから、今は気にしなくていいよ」
「将来……将来。うん、将来……」
何か妙にその単語を気にしている深山だった。
つまりこれからも一緒に居ることを確認しているような気がした。
「じゃあ、香田君はどんな魔法だったら嬉しいの?」
「深山が唱えてみたい魔法だったら嬉しい」
「もうっ……」
わざと堂々巡りにした。
これは俺から初めて捧げられる深山への明確なプレゼントだった。
サプライズなら自分で考えるけど、こうしてふたりで作って――いや、創っているのだから、可能な限り深山の望むものを用意したかった。
実用的なのは誓約紙のスペースが許す限り、後からいくらでも創ればいい。
「じゃあ……えへっ……香田君を困らせてもいい?」
「おう、ドンと来い」
「あのね…………わたし、もっと呪文らしい呪文、唱えてみたい」
「呪文らしい呪文って?」
「こう――……天下る神の怒りよ、我が願いに応え彼の地に舞い降りたし……みたいな感じでっ」
『火竜』もそうだけど、深山はそういう古典的なノリが大好きみたいだ。
さすがは童話好き。
「確かに『サンダー!』みたいな単語ひとつでは味気ないのかも?」
「うんうんっ、様式美ってあると思うのっ!」
「しかし…………わざと魔法発生までの時間を費やすのか」
「あぅ……だから、困らせちゃうかなって。あはっ……忘れてくださいっ」
「いや、もう大決定だから。ついでにその呪文詠唱の文も後々、深山自身に考えてもらうからね?」
「えっ、わたしが!?」
「そりゃそうだよ。俺にはそういうセンスが無い」
俺が考えたら、全部プログラムの命令文になってしまいそうだ。
「……はいっ」
少しだけ恥ずかしそうに、でも嬉しそうに深山が笑ってくれた。
「ほかには?」
「えっと…………呪文で火の竜とか現れると、ステキだと思うの」
「それってパーティ名をなぞってる?」
「うん。象徴としているものが欲しいかなって!」
「うーむ……」
「え。ダメ、ですか?」
「いや、全然ダメじゃないけど……技術的に難しいというか」
もう少し言うと、とっても非効率だ。
炎を竜の形にすることにどんな意味があるか?というとぶっちゃけ全然無い。
強いていうなら『見てびっくりする』程度である。
そんな形状を再現するのにどれぐらいの複雑な指定が――
「――ごめんなさいっ、そのっ、『竜』と呼べるぐらい強力ってことでっ!」
「ははは。うん、そこらへんで妥協してもらっていい? 再現するのに深山の誓約紙を文字でびっしり埋め尽くしても全然足りないや」
「はいっ。わたしの中で竜だと思えればそれでいいんですっ」
「しかし、火の竜と呼べるほどの強力な魔法か……その考え方自体はとても良いと思う。俺も大賛成だ」
「ほんと!?」
「うん。今、火力不足がこのパーティの一番の悩みだからね」
ストッピングパワーが欲しいとずっと思っていた。
なら、深山の求める長い呪文詠唱もポジティブに考えられそうな気がしてきた。
つまりそれってより複雑な指定が可能ってことで、全自動な呪文では再現できない柔軟性や複合性を持たせることも可能ではないだろうか……?
「つまり、多重構造? ……状況によって分岐させるとか? ああ、いや……」
「……っ」
「うん? 何?」
「えへっ……カッコイイなって!」
「…………ありがと」
照れくさいぞ。
ほんとに深山は俺の悩んでる顔マニア過ぎる。
「――うん、うん……大体構想は固まってきたかも。後はソース書きながら模索してみよう。深山、誓約紙を出してもらえる?」
「えっ、今っ!?」
「ん? 何か不都合があった?」
「ふ、不都合なんてありませんっ、むしろ香田君に見て欲しいですっ……!」
「???」
「――ああっ、違うのっ、今の、『質問』でぇ……誓約だからっ……!」
「あー……そっか、ごめん。また無意識に質問しちゃったな。もう俺、自分の誓約紙に『ミャアに質問しない』って書こうかなぁ」
「ううんっ、ううんっ……そんなの……寂しい……」
「……でも深山を傷つけることになるかもしれないし」
「香田君になら、傷つけられたいですっ!」
真っすぐに見つめてくれる深山。
ほんのり頬が赤く染まってて、俺の内心はすぐにかき乱されてしまう。
「……じゃあ、遠慮なく。誓約紙、すぐに出してくれる?」
「えっ、あっ!?」
傷つけられたいけど、恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。
何を今さら、と思うけどそれは俺の感覚でしかないか。
「は……はいっ……」
「ありが――」
『香田君に、えっちなことを言わない』
『香田君に、えっちなお願いをしない』
『えっちなことをしない』
「――……追加されてるしっ」
「うううっ……」
『ほんのり』どころか見る見る真っ赤に染まる深山の頬。
いつの間に、こんなの入力したのだろう?
昼間は無かったから、実験が終わってからだよな?
「だ、だってぇ……もうすぐ、夜になっちゃうしっ……! 凛子ちゃん、いつ来るかわかんないしっ……!!」
すっかり涙目の深山である。
深山は誓約に対する意識が薄いからか文末に『。』を忘れてしまうみたいで、仮の登録だから簡単に俺の手で消すことは出来るけど……消しても、またすぐに書いちゃうだろうしなぁ。
「……ふむ」
もし深山が少しでも嫌な様子を見せたら、すぐに消そう。
だから俺は、恩着せがましい改変をしてみることにした。
まずは追加された一行目を『香田君にえっちなことを言わない。』と補い、仮の状態から文を完成させ、そして速やかに触れて消去して。
「……?」
深山が不思議そうに首を傾げているその横で、手早くソフトウェアキーボードを使って入力を進める……すっかりこの作業にも慣れてきたなぁ。
下手すればすでにフリック入力より速いかもしれない。
「――はい、完成」
「え?」
深山に見せてあげた。
『{』
『香田君に、えっちなお願いをしない。』
『えっちなことをしない。』
『ただし上記2つは<香田孝人>の同意があった場合その限りではない。}』
「あーっ、ああっ……!!!」
いつものように両手で両頬を覆って、困ったような、でも嬉しいような、しかし恥ずかしいような……色々なニュアンスを含んだ可愛い声を上げていた。
「これ、嫌だった? 嫌なら今すぐ消すけど」
「嬉しいっ!! ――え、あっ、これっ……違うのっ、誓約でぇ……っ!!!」
湯気が出そうになりながら、しどろもどろに説明する深山だった。
まあとりあえず本音では『嬉しい』みたいなんで現状、このままにしよう。
「ううう……っ……迷惑じゃ、ない?」
「迷惑? なんで? これ、俺が誘わないと成立しないんだから、つまりそれって俺が望んでるってことになるだろ」
「だってっ、香田君ならっ……わたしがつらそうにしてるなー……とか察して、無理しそう、でっ……」
否定はしない。
だって深山、本当にこんな誓約を用意してまで自分の心のことを無視しようとするんだから、それを察して……という可能性は充分にある。
「やめておく?」
「だめっ……絶対にやめないでぇ!!」
「へ?」
「違っ……こ、これも誓約、ですっ……」
もう俺、しばらく深山への質問を自粛しよう。うん。
「ごめん」
「あのっ、あの……香田君っ……お願い、が、ありますっ……!!!」
「あ、うん、はいっ」
さっそくっ!?
「――……ほ、本当に、どうしてもつらくて、ダメそうな時以外は……甘えさせないでください……っ……わたし、ダメに、なっちゃう、からっ……」
「何にしても無理しないほうがいいんじゃないのかなぁ」
「ダメなのっ…………お願いしますっ……約束、してくださいっ……」
ぎゅ……っと俺のコートを握ってぷるぷると震え、涙を浮かべながら深山が真剣にお願いしていた。
「……うん、わかった。約束するよ」
「はいっ……ありがとうございますっ……」
責任重大だな、これは。
「……」
「ダメっ、こ、こんなぐらいじゃ、ダメなのっ!!」
「そ、そう」
判断が地味に難しくないか、これ??
「ああ、じゃあ俺からも約束をお願いしたい」
「は、はいっ」
「……もしかしたら気が付かない時があるかもしれない。だからどうしてもダメな時は、素直にそう俺に伝えて? それは深山からの『お願い』じゃない。状況を俺に『報告』するだけ」
「…………はい。約束、しますっ」
まあこれで気が付かなくて深山がパンクするってことは無さそうだった。
「あの……誓約に書いてくれませんか?」
「え?」
「今の、約束……」
「ああ、うん。そうだね」
出したままの深山の誓約紙に、またひとつ、文章が書き加えられた。
『<ミャア>は心身いずれかの状態が特にバランスを欠いて不調な時、』
『<香田孝人>へ余すことなく全てを報告しなければいけない。』
「……こんな感じで良い?」
「はいっ……ありがとうございますっ」
念のため心身としておいた。
これはつまり、耐えられないほど悲しい時とかも伝えて欲しいって願いだった。
「じゃあ、俺にも深山が書き込んでくれる?」
「えっ」
「ほら、お願いするよ」
俺も深山の目前に自分の誓約紙をポップさせる。
自分の誓約紙を相手に差し出すのは……俺は、まだ慣れていない。
「えっと……失礼、します……」
「うん」
なんかこう……こそばゆい。
ある意味で恥部以上に、これは互いの究極的に弱い部分を曝け出し合う行為に思えた。
「これで、いいですか……?」
「うん!?」
『香田君は、深山玲佳が本当にダメな時以外は厳しく、一切甘えさせない』
「色々ツッコミどころがあるっ!」
「えっ」
「まず、名称は正しく!」
「あ、はいっ」
「文末には句点を必ず打つこと!」
「はい!」
「あと、この内容じゃいつでも俺は深山に厳しくしてしまうことになる! それはとても不本意だ!!」
「は、はいっ!」
今、気が付いたけど、さっそく俺は甘えさせないように厳しく突っぱねてしまってるぞ?
「……どう書けばいいの?」
「範囲を限定――……あ、ぐっ……知るかっ!!」
「っ!?」
「誓約っ、これ、誓約っ!! 説明すると、それは甘え――……言えるかっ!」
面倒くさい誓約が入ってしまった。
深山を手助けしようとすると、『甘えさせてはならない』と抵抗してしまう。
「…………えっと」
頑張れ、深山、頑張れっ。
「んー。ま、いっか! 厳しい香田君もカッコイイし♪」
「良くないってっ!!」
ちなみにこれは誓約じゃなくてただの本音。
よし、ならば厳しく行くぞ!?
「ああそう? じゃあ質問。直さないならもう二度と告白とかしないけど、それでいいんだねっ!?」
「ごめんなさいっ、今すぐに直しますっ……!!!」
――まあそんなこんなで。
『<香田孝人>は<ミャア>が異常に欲求不満などを抱え、』
『苦しんでいない限り、みだりにそれを解消する行為へと誘わない。』
……こんな感じに無理やり俺の指示で納めさせた。
「異常に欲求不満……」
露骨な表現にずーん……と落ち込んでいる深山だった。
確かにそれじゃまるで病気みたいかもしれない。
「書き直す?」
「う、ううんっ……これぐらいで、ちょうどいいと思う」
紆余曲折があったが、とりあえずこれである程度は落ち着いた。
深山が自分の心や身体を黙殺させるために書いた『エッチしない』なんて極端なものじゃないし、だからといって『いつでもエッチする』みたいな怠惰で節操無いものでもない、ほどほど良い感じにまとめられたと思う。
「……はぁ」
深山が小さくため息を落としていた。
まあそれは密かに俺も同じ。
これでしばらく深山と際どい会話を楽しめそうにない。
でもそんな残念な俺の心の都合は関係ない。
俺はこの状況を利用してはいけない。
――そう。俺は、勘違いしちゃいけない。
深山は別に、心の露出狂では無いんだ。
むしろ一年間も俺に告白出来なかったぐらい、本来の深山は自分の本心を相手に曝け出すことが苦手な、非常にシャイな人間と言っていいと思う。
それなのに、あの『卑劣な誓約』で無理やり暴かれてしまったのだ。
心の奥底の恥部を強制的に好きな人へ伝えてしまう地獄のようなことになり、もう開き直るしかバランスを取る術が無くなってしまっただけなんだ。
俺は、決してそれを利用してはいけない。便乗してはいけない。
その瞬間に、俺こそが卑劣な人間になってしまう。
「? ……香田君?」
深山は良くやっている。凄く強い人だ。
たぶん俺だったら羞恥心に潰れて、えくれあみたいに歪むか、あるいは全てを投げ出して、どこか誰もいないところに逃げ出すかしていただろう。
プライドも何もかもズタズタにされて……汚いと自分で思う部分を最も知られたくない相手に知られてしまったのに。
……それでも深山は今もここに居る。笑顔で俺に接してくれている。
その知られてしまった汚らしい自分の中核である行為を俺の目前でして、『汚くないよ』と言ってもらうことを願うなんて、その流れの中では凄く自然でむしろ可愛らしい要求に思えた。
秘密を知ってしまった俺を、現実を、目前の事実を否定してもおかしくないぐらいなのに。
だから俺は応えたい。
俺の都合じゃない。
深山の願うように、応えてあげたい。
……勘違いしないようにもう一度だけ、自分に向けて強く唱えよう。
深山玲佳は別に、心の露出狂では無い。
ただの被害者なんだ。
「いや、深山って本当に凄いなって思って」
「ええっ!? ど、どうしてこんなお話の流れで、香田君はそういう結論になっちゃうのっ?」
「憧れて、尊敬しているから」
「もうっ…………嬉しい、ですけどっ」
俺は、これからも事あるごとに深山を褒めようと思う。
綺麗だって。凄いなって。強いなって。
助けてあげたい。力になりたい。隣にいたい。
「じゃあ……頑張ってる深山のためにも、魔法を創ろうか。傍にいてくれる?」
……もうこの心は、きっと愛なのだろうと思う。
認めなきゃ、それはただの現実逃避だ。
「はいっ!」
心を込めて、俺の全てを注いで、今は深山のためだけの魔法を創りたい。
俺はそう強く願った。
◇
「――ええっ……何それっ!?」
今は……夜の9時ぐらいだろうか?
すっかり夜も更けているが、あれからも魔法の制作は続いた。
ブレイクスルーの後は、特に躓くこともなくサクサク開発は進む。
楽しい。凄く楽しくてやめられない。
まだテストを繰り返しての調整が残っているが、とりあえずのプロトタイプが完成する目前だったりする。
「だから……香田君の魔法だって最初に宣言したいです!」
「えー……さすがにそれはダサいというか……」
今はこんな感じで、詰めの部分――呪文の最初の文言について深山と討論していた。
あとはこの最初の文言と、最後に深山が叫びたい魔法の名称……いわゆる決め台詞が残るのみである。
「著作権表示って必要だと思うのっ」
「いやいや……『香田孝人・作』みたいなのをいちいち宣言するとか、自己主張が激し過ぎるだろっ」
「だめっ。こんな凄いの、みんなに知らせたいですっ!」
「だーめっ、さすがにそれは反対する!」
「わたしの魔法ですっ」
「だからこそっ! プレゼントするバッグに自分の名前をマジックで書き入れて渡す馬鹿がどこにいるんだよっ!」
「香田君は馬鹿じゃありませんっ!」
「そういう話をしてないのはわかってて言ってるだろっ!?」
「もうっ! わたしが良いって言ってますっ! わたしの魔法ですっ!」
「俺が創ってる魔法だからっ!」
「意地悪っ、頑固者っ!!」
「深山こそどうしてそんなにそこにこだわるっ!? そんなの必要ないだろ??」
「こだわる必要がない程度の事柄と主張するなら、そんな香田君が譲ればいいじゃないのっ!? わたしにとっては非常にこだわるべき事柄なんだからっ!!」
「ぐっ……正論、だがっ」
「じゃあ! もっともらしい必要な理由があれば香田君はいいんだっ?」
追い打ちをかけてくる深山だった。
やばい。咄嗟の口論ではもしかして、俺、負けるっ!?
「――それは、魔力の消費を抑えるためなのです……!!」
「嘘くさいぞっ!? どうやって消費を抑えるか、言ってみろよっ」
「うん、『北の門番』よりもっと手前にもうひとつ段階を作っちゃうの!」
「んんん??」
「実際に北の門番を出すと、突進してくる相手のことを考慮して40も消費させちゃってるのよね、これ?」
深山は該当の記述が成されている自分の誓約紙を指さしている。
「……そう、だけど」
「これだけ強力な魔法だもの! たぶん次第に周知されてくるはずで……そうなってきたら、詠唱する前に『これから出しちゃいますよ』って相手に知らせたら、それだけで怖がって逃げてくれたりすると思うの!」
「ああ……けん制やブラフに使えるってことか」
「どうせサッと出せる魔法じゃないもの。一段階増えても問題ないわよねっ?」
「…………うん、まあ……」
イカン。負ける。
というか、アイディアがさらに浮かんできてしまった。
もう実質的に俺の負けだ、これは。
「じゃあ……初期設定や定義をそこにまとめて……あと、将来に創るだろう別の魔法と共通のヘッダーにしてしまえば……誓約紙の記述の圧縮にもなるのか」
「わあっ! これから全部の魔法の最初にそれ、宣言するんだっ!? それって『香田孝人ブランド』って感じよねっ!?」
「いや別に……『ブート』って感じで端的な単語――」
「だめっ! 香田君の魔法って宣伝しますっ!!」
「――……はい」
「っ! 今っ、『はい』って言ってくれたよねっ!?」
「ああ……もう……好きにしてくれっ……」
頭の切れる深山から咄嗟にその有用性までアピールされてしまっては、もはや完全敗北である。
「えっと……どうしようかなっ?」
「せめて、こう……特徴的というか、カッコイイ感じで、端的に頼むっ」
長々と『香田孝人制作の超絶魔法発動!』とか言われたら、毎回俺が血を吐いて即死だ。
「ん~♪ 特徴的、かぁ~っ」
非常に嬉しそうである。
「――香田マジック、発動!」
「最悪だろ、それっ!? っていうかその恥ずかしいポーズは何だっ!?!?」
サッ、と深山が右手を額の辺りに水平に……そして左手も胸元で水平にして両手を『二』の字のように高く構えて、モデルみたいな涼し気な表情を見せる。
ちなみに深山の綺麗な腋がガバッと開いてて、艶めかしい。
思わず視線を逸らしてしまった。
「恥ずかしくないもんっ!」
「……そのポーズはいらんだろ……」
「ううん、絶対に必要! だって周囲が騒がしかったり遠かったりとかで聞き取れないと、けん制の意味が無くなっちゃうでしょ? だから一目でわかるポーズが必要なんですっ!」
「ぐっ」
いちいち理に適ってる、もっともらしい説明をつけてくれる深山だった。
つまり『香田孝人を説得するにはそういう理論立てが有効だ』と深山は早くも学習してしまったのだ。
「じゃ、じゃあせめてその『香田マジック』はやめてくれ……っ、頼むっ」
「えー……うーん…………あっ」
何かまた思いついたらしい。
とんでもない内容じゃないことを祈るばかりだ。
「…………あの、これ、わたし……大好きだから、こう表現したいの」
「うん?」
「誰でもわかる、香田君の特徴」
ちらりと俺の視線よりちょっと上……ああ、俺の髪を見て。
「――……シルバーマジック」
「くそっ」
銀色の前髪を持つその自分の頭を抱えてしまう。
「だめ……?」
「……ギリギリ、有りだっ」
少しだけ、カッコイイと思ってしまった俺の負けだった。
少なくとも『香田マジック』よりはマシだ。最悪のそれだけは防いでおこう。
「ほんとっ!? いいですかっ!!」
「……どうぞ」
深山は嬉しさのあまり立ち上がって。
「――……シルバーマジック!」
サッ。ポーズと共に深山が宣言する。
「じゃあ魔法の名称は俺が決めるからな?」
「うんっ――……シルバーマジック!」
サッ。よっぽど気に入ったのか、再びポーズを決める深山。
どうでもいいが……激しく上半身を動かすから、ポーズを決める度に深山の大きくて形の良いおっぱいがぷるんっ、て揺れて、そっちも目の毒である。
ええい、この魔法を見届けた許されざる男たちは皆、その業火に焼かれて死んでしまえ!
「――……シルバーマジック!」
サッ。
ほんとこの天然のお嬢様は素で面白いから困ってしまう。
「うーん……もっとこう、切れ味良く、かなぁ?」
このままだと、キレキレなポーズのために鏡とか購入しそうだ。
「――……シルバーマジック!」
サッ。
「深山。魔法の名称決めるから戻ってきて……」
「あ、はーいっ♪」
ぴょんっ、と跳ねるように座って俺の左腕へと戻る深山。
視線が自然とぶつかって。
「えへっ」
そのままふたりで笑い合う。
深山が心から楽しそうで、それが俺の中で一番嬉しかった。
「たしかに深山の言う通りだった」
「え?」
「自分で車を運転するのは……効率とかさておき、何より楽しいな?」
「――あ、うんっ!」
目を細めて微笑んでくれる。
「それじゃ、最後にこの魔法の名前だけど」
「先に『シルバーマジック』! ちゃんと登録してくださいっ!」
「はいはい……ポーズは別に条件につけなくていいよな?」
「だめですっ! 入れてくださいっ!」
「……はーい」
さっき制作している途中からやり直しがあまりに多くて、ブロック毎に記述分割化しておいて正解だった。
今回は大量の加筆になるからこのままじゃ行数が危ないところだ。
……行数、か。
「深山。この<エムフレイム>って消してもいい?」
「え……これ、初めて香田君がわたしのために書いてくれた魔法っ……!」
「わかった」
確かに記念品だし、思い出も沢山ここにあるなぁ。
「その……もう行数が厳しいの?」
「いや、何とでもなる」
ひとつは、一行に複数の命令を入れる方法。
句点で区切ればそれでひとつの命令だから、細かく句点を入れれば改行無しで入れられるだけ命令は詰め込められる。
やたら改行とタブ入れまくってソースの美しさを競ってる一部のプログラマーたちからすれば卒倒モノな糞記述だが、もはや知ったことではない。
もうひとつの方法は、俺の誓約紙へと深山の魔法の、記述分割化した一部の内容を移植して書けばいい。
他人の誓約紙の内容も参照可能なのはすでに実証済みだ。
そして最後に、<エムフレイム>の記述自体も同様に俺の誓約紙に転写して、それを深山が読み込むように移植する。これで無理やり行数を作り出した。
「――はい。<シルバーマジック>の宣言部分、完成」
「わたし、プログラムのことって授業で習ったこと以外ほとんどわからないけど……もしかして香田君って凄い天才なの?」
「いや、全然。誓約紙っていうのが結局は、書かれた本人が理解出来る内容ならそれで成立するぐらい凄く優しくて柔軟性のある受け皿だから、その記述が凄く簡単なだけ」
要点はすでに押さえた。
『魔法』というシステム部分に直接干渉する上では、魔力まわりの収支が肝要。
そこさえキッチリと管理すれば、付随する効果や挙動の指定は誓約紙の補足もあって驚くほど柔軟にいける。
それこそ記述自体は本人にさえ伝わるなら主語が省略されてても誤字脱字があっても成立するとか、プログラマーに優し過ぎる夢のようなフォーマットだ。
例えば『目標の敵に対して高速で移動する』なんていう、何となくのふんわりした表記でもかなりの範囲で許される。
厳密に言えば例えば『敵』の定義が必要なはずだけど、それは誓約紙を所持している本人が勝手に敵を認識してくれる。
『高速』もどんな速度か曖昧だけど、本人が『高速』と認知出来る、ほどほど良い速度を無意識に決めてくれるわけだ。
内部変換が知性を持っているって素晴らしい! 万歳! 最高!
「よし、それじゃ今度こそこの魔法の名称について。最後にこの名称を叫んで、それで魔法完成っていう手順でいいんだよね?」
「はいっ」
さてさて……どんな名前にしようか。
「とりあえず竜にまつわる名前にしたいけど……実際に組んでみると、正直を言って『ファイアドラゴン』とかそういう感じでもないよなぁ。『円陣』とか『四方の門』とかそういう語句が浮かぶ」
「でも…………ドラゴン……」
しょぼんとしてしまう深山。
どんだけドラゴンが好きなんだ、深山は。
「オールアラウンドゲートキーパーズ・イントゥ・ザ・サークルドラゴン……?」
「長っ!?」
「オールアラウンドゲート・イン・ザ・サークルドラゴン……!」
「ちょっと短くなったけど、門のほうが入るのかよっ、勢いだけで英語の意味も良く分からないし!?」
『ミャア>四門円陣火竜……!』
「漢字に無理やりルビ振ってもはみ出てるからっ!?」
わざわざチャット使って文字で示す深山がユニーク過ぎる。
発想が柔らかいっていうか、自由っていうか……。
「もうっ、じゃあ香田君はどんな名前がいいと思うんですかっ!」
「えー……まだ実際に最後までテストしてないから想像でしかないけど、こう、最後に大きな火柱が立つと思うんだよな。だから『パイラーフレイム』とか?」
「…………つまらないです」
「むう」
というかドラゴン要素入れ忘れてたな。そういや。
「四門円陣火竜がいいですっ……!」
「いざって時、舌、噛まないかそれっ?」
「……四門円陣火竜っ……!!」
噛まないことを必死にアピールしてるのか、さっきからそれを連呼してる深山。
「ああ、もう、それでいいっ……それでいいよっ」
俺が軟弱なのか、深山が頑固なのか。
結局は大体が深山のご希望通りになってしまった。
まあ元々深山のためにプレゼントしようと思って創った魔法だから、それでいいんだけどね? あとで深山が恥ずかしい思いをしないかを心配してるだけ。
「ほんとっ!? ほんとにっ!?」
さっそく深山は立ち上がり、またしてもポーズ決め決めで叫ぶ。
それにしても、それは――
「四門円陣火竜っっ……!!!」
――中2が過ぎないだろうか……?
いやいいのか? そういうものなのか?
本当は、ちょっぴり恥ずかしいとか思ってない??
「あはっ……嬉しいっ♪」
……思ってないみたいですね。はい。
まあ俺もソロでやってた時『七の欠片』とかちょっと恥ずかしいアイテム作ってノリノリだったわけで、人のことは言えないのだけど。
「じゃあ登録しようか? 長いから漢字だけでもいい?」
「――……っ!!!」
「そんな泣きそうな顔しなくていいからっ。ああ、もうっ、じゃあどっちで呼んでも成立するようにするねっ」
「ありがとうっ……香田君、大好きですっ!!」
めっちゃ良い笑顔。
うん、もうこれでいい。
深山に喜んでもらうのが俺の今、ここにいる目的みたいなものなのだから。
「じゃあしばらく待ってて。今、それ入力しながら総仕上げで問題ないか全文をチェックしてみるから」
「はいっ」
月の高さを見ると……今は、夜の9時ぐらいだろうか?
2時間あれば凛子が来るまでにまとめられるかなぁ……いやテストも考えたらギリギリそうだ。
「……っ」
深山は俺の横で、また悩んでる顔を眺めながらニコニコしてた。
「深山。ちなみに火力って本当にあれでいいと思う?」
「うんっ。どうせなら全部使っちゃっていいと思いますっ!」
さすが重要な部分に関してだけは、完璧主義者。徹底してる。
俺個人としては少し迷うところだが、最終的には半端に残しても仕方ないし、確かに深山の特色を最大限に利用する方向ということで端数切捨てぐらいのほぼ全魔力消費の最大火力で行くことになりそうだった。
……ファイアボール160発分だっけ?
それはそれは、盛大な花火になりそうだ。
――つん、つん。
「うん?」
「……ごめんなさいっ……何でもないですっ」
深山が俺の顔を覗き込みながら、頬をつついていた。
「暇させてごめんね? 急いでまとめるから」
「ううん……ゆっくりお願いします。ただ、こうして眺めてて……目の前の香田君が本当に実在してるのかちょっと不安になっちゃっただけ、だから」
「? 面白いこと言うね? 実在してるよ?」
「…………だって、夢みたいで」
「こうしてるのが?」
「うん…………幸せ過ぎて、怖い……一緒に同じ時間を過ごして、楽しい思い出を共有出来て…………キス、してくれて……」
「う、うん」
そんなことを言われちゃうと、作業がなかなか手につかない。
「わたし……一生、ここに住んでいたいなぁ……」
そう言ってくれるのは、俺の救いだった。
幽閉されていると嘆き悲しむよりずっとずっと喜ばしいことだし、俺によってそう思ってくれているというなら、努力して良かったと心からそう思う。
「いいの? リアルで深山と会えないよ?」
――でも、少しの危なさも感じたので、一応は釘を刺しておこうと思う。
「うん……ここでこうして香田君とふたりきり、数日に1回でも同じ時間を過ごせるなら……それでわたしはいい……」
いや、やっぱりそれはダメだ。困る。
俺は深山を救い出す。そのためにここに居る。
だからそれは認められない。
「本当に……いいの?」
「え?」
「リアルで深山と会って……生の俺と触れ合ったりしなくてもいいの?」
「――――っっっ……!!!」
恥ずかしい。
とてもじゃないが、深山を見ることは出来ない。
照れ隠しに深山の誓約紙の内容をこうしてチェックしているけど……正直、全然頭に入ってこない。
「い、い、今すぐ、ログアウトしますっ……!!!!!」
「出来るなら苦労しないってばっ!?」
「するのっ、ログアウトするのぅ……っ……!!!」
たまらない様子で腰砕けになって身を捩らせていた。
うわぁ、色っぽい……。
「香田君のばかあっ!!! どっ、どうしてそんなこと言うんですかーっ!!」
「痛っ!? み、深山っ、だって深山がこのままでいいってっ!?」
「もう、もうっ、我慢出来なく――」
――ズズゥゥゥンンッッッ……!!!!
「きゃああっ!?!?」「うおっ!!! 地震っっ!?」
それは突然の地響きと強烈な揺れだった。
座っていた俺たちがひっくり返るほどの衝撃。
リアルで言うなら、震度6とか7とかありそうな感じ。
同時に鳴り響く――……え? ファンファーレ……??
パッパラパララッ~パパラーパララ~……♪
「え? 何……?」
「何だ……これ??」
どこから、というより脳内で響く軽快なBGM。
「――あっ……ラストクエスト……!?」
「へ? 深山、それ何だっけ??」
どっかで聞いたことのある名称だけど、混乱しててどうも思い出せない。
マニュアル読破している深山がこういう時は非常に頼もしい。
「えっと……月に一度ある更新日の前夜、プレイヤー全体で――」
――ズドォォォンンンッッ……!!!
「ふきゃああああっ!?!?」「っとぉ!!!」
会話が強制的に中断される。
左上のマップは……その八割が、赤く染まっていて。
否応なしに俺たちは背後を振り返った。
「ひっっっ……!!!」
そこには、山のような大きな大きな影がひとつ、ゆらりと蠢いて――
「うわっ…………!!!」
――ズダァァァンンンッッ……!!!
俺たちを跨ぐように、巨大な脚が頭上を掠めて落下してきた。
「さ、最終日にプレイヤー全体で協力して狩る、巨大モンスターの定期イベントがあるって、書いてありましたっ……!!!」
「お、おいおい……全体像が見え――……深山っ!!」
「きゃっ!? は、はいっ!!!」
さっきは前脚で、今度は後脚が飛来してくるらしい。
全てを言わなくても理解した深山が俺の差し出した手に掴まった。
「ひあっ、ひうっ、ふうっ、はぁ……っ!!!」
「デ、デカ過ぎっ、だろっ……!?!?」
深山とふたり、全力疾走でその場から離れるが……こうして走って離れても、その高さなんてまださっぱりわからない。
強いて言えば、たぶん数階の雑居ビルなんか軽く超す大きさだってわかる程度。
姿も暗くてよくわからないけど……例えるなら、甲羅の無いかわりに胴回りがやけに太い噛みつき亀みたいな姿だろうか?
「ウラウロゴス――……レベル386ぅぅ!?!?」
無茶苦茶だ。こんなの、いくらプレイヤー全員で相手をすることが出来るからと言って、レベル10以下の初心者専用のこのフィールドに登場していいモンスターなのかよ!?
「きゃあっっ!!!!」
――ゴウウゥゥッッ……!!!
背後から突然押し寄せる猛烈な強風。
まるで戦闘機でも超低空ですっ飛んできたかのような衝撃だった。
それが横向きの竜巻のような形で、目の前の巨大な山――ウラウロゴスに衝突。
「うおっ……!!!」
ぐらり……と大きな目前の山が少し傾いた。
それは揺り返しでこちらに戻って来て――
――ボゥオォォォォオオォォォッッ……!!!!
吠えた。山が吠えて空気がビリビリと振動する。
それがまるで合図みたいに、そこら中から火矢や氷の槍――ありとあらゆる攻撃が降り注いてきた。
見れば、森の向こうからの一斉射撃。姿はまったく確認出来ないが、たぶん、『始まりの丘』の外側からの攻撃だろうと直感出来た。
つまり今まで自覚して無かったが、ここはその境界線とあまり距離が無い場所なのだろう。
「――ああっ、思い出したっ、エドガーさんが言ってたヤツだっ!?」
『境界線』を意識したところで『ラストクエスト』の名称をどこで聞いたのかも含めて、色々と思い出した。
当時、泣いて逃げ出した深山を捕まえたポイントの近くだ、ここ!
あの小道が『始まりの丘』の終わりだというなら、もうすぐそこになる。
実際、山のようなウラウロゴスはその境界線目がけて今もゆっくり進んでいるようだった。
つまり最初、始まりの丘でこのイベント専用の巨大モンスターは突然現れ、初心者相手にほぼ無抵抗で経験値を進呈してあげて……そして境界線を出てからが本番。待ち構えているプレイヤーと壮絶な戦闘が繰り広げられる、というイベント展開だと想像することが出来た。
そう。ここは、突然にして戦場の真っただ中に変貌したことになる。
――ならば。
「深山っ、ファイアボール! 撃てるだけ撃てっ!! 今のうちに稼げっ」
「香田君っ、サークルドラゴン撃てないかなぁ!?!?」
さっそく名称、省略してるし!
「いや、無理っ! まだ記述を詰めてない部分がある!」
「ねっ、ダメ元で撃ってみよっ? ファイアボールで魔力使っちゃうの、もったいないと思うのっ!!」
「それこそ無駄になっちゃったら何も出来なくなるだろっ?」
「ううんっ、ちゃんと撃てないなら門番ぐらいしか減らないと思うのっ!」
「ああ、まあっ……確かに不成立なら、たぶん魔力は半分も消費されないと思うけど……っ!!」
「ねっ、記念に撃ってみよっ!?」
「ああ、もうっ……なら数分だけ待って! 何とか無理やり動くようにまとめてみせるからっ! どうせ端数分は切り捨てるし、その間に深山は数発ファイアボール撃っててっ!!」
「はいっ……ねえ、香田君っ!!」
「何っ!?」
「――こういうの、わくわくっ、しますっ!」
「………………うん」
「じゃあ、撃ちますっ!」
ゲーム初心者の深山。
でも俺なんかよりずっとこのゲームを存分に楽しんでいるんだって、理解した。
「くっそ、俺も狩りてぇ……っっ……!!!!」
相変わらず鳴り響くファンファーレみたいな、やたら高揚感のあるBGM。
溢れる怒号と衝撃音。入り乱れる魔法と攻撃。
もう完全に変なテンションで、不思議な苦笑いが自然と込み上がる。
脳が一気に活性化している感じだった。
俺は大慌てで――でも、確実にひとつひとつの想定される問題点を先に潰して、仮組みしていた曖昧な部分の記述を整える。
――ボゥオォォオオォォッンン……!!!!
再び山が吠えると――
「うわっ、跳んだぁ!?」
――驚くほどの跳躍で、森の向こう側まで一気に移動した。
遅れて押し寄せる地震のような衝撃波。
初心者相手のサービスが終わり、いよいよ本番開始という感じだ……!
「香田君っ……もっとあの子に近づきたいっ! 全然届かないっ!!」
「そっちはもう始まりの丘を越えるけど――ああ、もう、いいやっ!!」
深山の誓約紙をこうして整えている以上、離れられず俺も同伴だ。
あのモンスターの動き自体は鈍いし、直接攻撃も今のところ無い。
たぶんあれは純粋にボーナスの塊なのだ。
踏みつけさえ気を付ければたぶん瞬殺は無いだろう。
深山相手のPKは不安じゃないと言えば嘘になるが、目の前に確変ジャックポット状態でザクザク経験値取れるイベント真っ最中なのに、たかだかレベル3のPKなんてやってる暇じゃないはず。
いざとなったら俺が盾になって、俺が死ねばいい。
……とにかく今、ここで奮起しないヤツはゲーマーじゃないってことだ!
「深山っ、もし魔法が動かなかったらごめんなーっ!?」
「ううんううんっ、楽しいからいいっ♪ 良い思い出ーっ♪」
見ればすでにウラウロゴスは地表に倒れ、ボロボロに傷ついていた。
体力は八割以上、無くなっている。想像より全然展開が早い。
きっとメチャクチャプレイヤーがあそこに集まっているってことだ。
もう討伐まであと数分も時間は無いかもしれない。
「よっしゃ、完成っ!! じゃあ思いっきりぶっ放して来ーいっ!!!」
「はいっ、行ってきまーすっ♪」
深山は記述の整った誓約紙をしまうと邪魔になるからか帽子やマントや杖なんかの装備一式も外し、最後に小さく俺へ手を振って、倒れているウラウロゴスへと一目散に駈けて行った。
もちろん俺もすぐに追いかけて行くが、魔法使いと一般市民では基本ステータスに開きがあるのか、体格で劣るはずの深山にじりじり引き離されている。深山の呪文詠唱までにどうにか追いつきたい。
「くそっ……深山はっ、近づけるのかっ、あれに!?」
すでに倒れているウラウロゴスへと戦士・武闘家の類の近接攻撃者が、群がる蟻のように周囲を取り囲んでいた。
深山は魔法使い。
でも射程は最低数値の1。距離にして30mも届かないレンジ。
だからほぼほぼ剣士たちの背後ぐらいまで近づかなければ、魔法は一切届かないわけだ。
「――よう、お久しぶり。あのお嬢ちゃん、突っ込んで大丈夫かい?」
「エドカーさんっ!? こんだけ人が居て、よく気が付きましたねっ!?」
たぶん全然速度差があるだろうに、わざわざ俺の走る速さに抑えてエドガーさんが並走してくれた。そこから思うにエドガーさんはこのイベントに興味が無く、ただの野次馬的にお祭りの見物に来ていただけだと直感した。
「はははっ、そりゃブックマークしてるからねぇ! ……何だい? キミはまだレベルアップしてないのかっ?」
「色々あるんですっ! それより深山――ミャアのサポートを、エドガーさんにお願いしたいですっ!! どうか彼女の道を開けてやってくださいっ」
「おいおい、それはお安くないぞっ?」
「報酬は、一般市民【編集作業】の有効な使い道っ……!!」
「――いいねぇ、乗った!」
俺はその返事を聞くと足を止め、呼吸を無理やり整えるため一度大きく息を吸い、小さく右手を上げる。
「はあっ……プロトコル<エントリー>!!」
「へ? おい、そりゃ――……っていうかよく見れば、そのレベルでカナリヤ入りかよっ!?」
やっぱりエドガーさんほどの上級者になれば、プロトコルを知ってるみたいだ。
手続きの説明が必要無くて助かる。
カナリヤの意味はわからないが、今はとりあえず話を進めたい。
「――<香田孝人>は<エドガー>に、ラストクエスト中の<ミャア>の護衛と進路確保を命ずる。その成功報酬は一般市民のジョブスキル【編集作業】の活用方法についての情報開示。以上!」
「オーケー! プロトコル<エンター・ラン>!」
即座にエドガーさんが片手を上げて宣言する。
なるほど、そういう省略方法もあるのかと勉強になった。
「プロトコル<エンター・ラン>! お、お願いしますっ……!!!」
スタミナの値が尽きそうなのか、駈け出すのはそろそろ限界だった。
足がもつれて転びそうになりながら、つむじ風のように去って行くエドガーさんの背中に向けて俺は叫ぶ。
エドガーさんの職業は『風迅剣士』。
詳しいことはわからないが、移動速度や敏捷性が高いことぐらい、どんな初心者だって想像がつくほどの解りやすい名称だった。
「どけぇ、お姫様のお通りだぁ!!!」
実際、その名に恥じないほどの速度で一気に深山を追い越して――
「エクストラバーストォォ、<空瀑布>ッッ!!!」
剣を横に一閃。
次の瞬間、疑似的な白い風圧が彼の正面180度へと広がった。
さほどのダメージは与えていないようだが、目的はそれじゃない。
周囲の戦士たちが数mほども横に吹き飛ばされ、薙ぎ払われた。
こうしてその一撃によって深山の目前に数秒間、広い空間が確保された。
……いや、結果的に数秒間では無いことになる。
「――……シルバーマジック」
そう高らかに宣言する美少女へと、皆が何事かと一瞬動きを止めて見とれていた。
まるで写真のモデル。印象的なポーズ。
理想的な美しい身体をしなやかに反らし、静かな表情で儀式に入る。
同時に誰も見たこと無いような、とてつもなく膨大な量の魔力の準備が彼女を包む光の被膜となって表れ、まるで巨大な花弁のようにゆっくりと広がって行く。
その華奢な身体を包むローブと、可憐なリボンと、そして繊細な深山の長い髪が無重力状態のように宙に舞う。
神々しいまでの美しさ。
あまりにそれはアニメか映画のワンシーンのように、画になっていた。
エドガーさんが叫んだあの言葉も手伝い、その全体を包む高貴な雰囲気を感じて誰もが『お姫様』または『お嬢様』と内心でそう認識したに違いない。
俺はクククッと奥歯を出して、影に潜む悪者っぽく小さく笑ってしまう。
……やってしまえ深山! 失敗してもきっと良い思い出だ!
「其に下す」
指先を不敵にも山のような巨大な存在であるウラウロゴスへと真っすぐに向け、深山は詠唱を始めた。
「北の門より憤怒の守護者此処に」
深山とウラウロゴスのちょうど中間地点に、巨大な炎の柱が立ち上る。
それは圧倒的なまでに巨大だった。山のようなウラウロゴスを軽く凌駕していた。
深山を囲む周囲の戦士たちが身の危険を感じ、転がるように散って行く。
――出た。俺は思わず指をパチンと鳴らす。
想像より遥かに大きいが、北の門番が出るならきっと最後まで上手く行く。
「南の門より絶望の番人此処に」
ウラウロゴスの後ろにも、その山ほどの体格と同格なそびえ立つ炎の柱が。
「東の門より畏怖の番人此処に」
「西の門より慈悲の番人此処に」
ボオオオォッ、ボオオオォッ、と深山という術者の手振りに合わせ、ウラウロゴスの左右からも同様に巨大な炎の柱が次々と立ち並ぶ。
「弧を描き舞い集え四門の衛、其が贄を円環の竜と成す檻穽へ顛墜せよ……」
ゆっくりと深山が左手を真っすぐに掲げ、唱えると四方のその炎の柱がウラウロゴスを中心として時計回りに移動を始める。
当然のように炎は尾を伸ばし、次第に取り囲む円形の檻となって……その円が次第に狭まり始める。四つの炎の柱は溶けあい、大きな竜巻のように荒れ狂う。
どこまでもどこまでも速度は上がり続け、収縮を続け、そして。
「――爆ぜろ」
深山の掲げられた片手は、まるで汚い物でも払うかのように投げやりに振り下ろされ、最後に彼女は背を向けて瞳を閉ざし、気だるげに言い放った。
「四門円陣火竜……!!」
これで、詠唱は完了。
それと共に魔法は真の意味で発動し、全ては解き放たれた。
深山が詠唱の雰囲気に酔い、瞳を閉ざしてて本当に良かったとそう思う。
高速で回転し続ける溶け合った巨大な4本の炎の柱は一気に細く圧縮し、この超高圧かつ超高温によりプラズマ化された最早純然たるエネルギーの塊は対象物――ウラウロゴスの肉体組織を軽々とその臨界点へ到達させる。
同時に分子間力を完全に失って自ら崩壊した、元は炎の柱であったその膨大なるエネルギー体は全ての結束から解放されて四方へと炸裂する。
つまり詠唱通り、強烈な光となって爆ぜたのだ。
瞬間。
全てが白く輝き、刹那の静寂が訪れて。
その熾烈極まる人知を超えた衝撃は逃げ場を求め、比較的圧力の低い上空へと一気に放たれ、雲を突き破り天高くまで果てしなく伸び、世界の終わりを思わせるほどの神々しい巨塔となって地上に光臨する。
そして、深山周辺の半径20キロ以内に存在した、地表のありとあらゆる全ての生物……まあつまり俺たち全員は、塵一つ存在しないほど見事に蒸発した。
これが後に『殲滅天使』だの、『ジェノサイド姫』だの、『爆裂お嬢様』だの、『みゃほー(ミャア砲)使い』だの散々言われ続ける原因となった痛ましい事件のあらましである。
同時に、最たる禍の象徴『シルバーマジック』爆誕の瞬間でもあった。





