#031 Let's make it
朝ごはん……と言うにはちょっとばかり苦しい、丸コゲの炭の塊みたいなモノを口にした後、反省しきりだった深山から不意に質問が届いた。
「――ね、香田君。今日はどうするの?」
「うん? 今日か……ん~」
「凛子ちゃんは午前0時まで来ないのよね?」
「たぶんね」
凛子のことだから夕方ぐらいに『来ちゃった!』とかもありそうだが、それにしても最速であと8時間以上は空くことになる。
エンカウント・リロードがその間にあって予定が狂う可能性もあるけど……だからと言ってただゴロゴロしてるのも芸が無いか。
「――うん。凛子が居ない間に深山と作っちゃおうかな?」
「えっ……ちょ、そ、そんなっ、急に……お昼間からっ!?」
「へ?」
「……あっ」
俺がキョトンとしていると、深山が己の勘違いに自分で気が付いて途端に顔を赤らめ、羞恥心から瞳をうるうるとさせてしまっていた。
いや、俺の独り言が悪かったのかもしれないけど……。
「深山はほんとにエッチだなぁ……」
「どうせ、エッチですーっ!!!」
凛子から『子作り』『子作り』と何度も言われていたせいか、深山はすぐにそこに直結して考えてしまったらしい。
「……教室でもいつもそんなことばっかり考えてた、とか?」
「はい、考えてましたっ……!!」
開き直って堂々と言われてしまった。
あの強気で清潔感の塊みたいな『教室の深山さん』が内心でそんなことを妄想していたなんて……未だにちょっと想像も難しいけど。
ただ、ミャアの姿の今の深山なら凄いリアリティを持ってその言葉は受け取れた。
「……っ」
「ああっ!? ダメっ、ダメだからねっ!?!?」
片手で顔を押さえて、もう片手をバタバタさせて慌てて否定する深山。
この俺に、どーしろと……?
「これで、許してくれる……?」
「え――……んっ」
ちゅっ、とエロい雰囲気にならないように、軽い軽いキスをひとつ。
「――っっ……!!!」
深山は目を丸くして……俺と唇同士が触れた部分を手で覆いながら、茫然としていた。うん、悪くない感じ。
結局深山って、純粋に欲求だけが強いんじゃなくて、愛情を確認する手段がそっち側に発想として繋がり過ぎてるだけ。本質的に彼女が欲しいのは『実感』なんだと思う。
つまり言葉じゃ足りなくて、目に見える解りやすさが必要なんだ。
だからこういう手段でも彼女から溢れているせつなさはある程度、緩和されるみたいだ。
「う、嬉しい……っ」
「……」
深山って、どういう生い立ちの中で育ったんだろう?
もしかして、愛情……全然足りてないんじゃないのかな。
そんな気がした。
「香田君のこと……好きになった本当の理由……わかっちゃった、かも」
「え。あ、うん」
もしかしたら似たようなことを考えていたかも。
そんな深山のつぶやきだった。
そして思う。
惹かれ合うのは、それなりの必然があるのかもしれない。
まるで病気のように『与えたい』と心から願うメカニズムを抱えているそんな俺のことを好きになってくれる女の子は、やっぱりそれを受け止めてくれるだけの何かを持っている人なんだって。
「……深山、もう大丈夫?」
「は、はいっ……!!」
うん、目に見えて元気になってくれた。嬉しい。
「それでさっきの『作る』の件。俺のアイディアの話なんだけど――」
「うん、うんっ」
ススス……と深山が俺の左横に来て、俺の腕に自分の身体を擦り寄せてくる。
「……」
「え……こ、これも、だめですかっ?」
「ううん、嬉しいよ」
「っ……!!」
今度こそ思いっきり俺の左腕にしがみ付く深山だった。
ボリューム感のある柔らかい感触が……俺を惑わすけど、頑張って無視する。
「香田君のアイディアって?」
「え。あ、うん……」
花束みたいな上品な香り、いいなぁ。
凄く深山っぽい。
「とりあえず確認したいから、深山のジョブスキル、もう一度読んでくれる?」
「はいっ」
深山はその大きな瞳をパチッと開け閉じして操作モードに入ると。
「――……【魔法発動】」
「物理法則を超越した奇跡である<魔法>を任意に発動することが出来る」
「本人が有する<魔力>を取り出し消費することで相応の魔法は発動する」
「レベルアップ時に習得する<呪文>を唱えるだけで必要とされる相応の魔力は消費され、個別の条件設定を基に自動的に魔法が実行される……以上です」
特に躓くこともなく、一気に深山が説明文を読んでくれた。
「ありがとう……どうなんだろう、これ」
「……っ」
「? 深山? どうしたの?」
「あ、ううんっ……カッコイイなって」
ほんとに深山は俺が悩んでる顔が好きみたいだった。
正直さっぱりわからないけど、俺が深山の真っすぐな瞳のことが好きみたいな感じで、本人にしかわからないことなのかもしれない。
「俺も深山の真っすぐなキラキラしてるその瞳、好きだよ」
「えっ、あ、ありがとう……?」
当然のように首を傾げてる深山はそのままに、考えを進めることにした。
「魔力を消費することで魔法が発動……それと、呪文を唱えるだけで魔力は消費され、自動的に魔法が実行される……うーん?」
「香田君、それ、何か問題あるの?」
「深山はこれを読んで、引っかかる部分は無い?」
「…………ううん。香田君にそこまで言われても、まだわからない……」
ちょっと悔しそうな深山だった。
「違ってたらごめんね? 『魔法発動』ってひとまとめにされているから勘違いしそうになるけど……これって俺には<魔法>と<呪文>というふたつのスキルについて説明しているように読めるんだ」
「え。ふたつ……?」
「そう。例えるなら、車とタクシーかな?」
何となく足元に転がっている指先ぐらいの小石と手のひらぐらいの石を拾い、改めて深山の前に手のひらほどの石を置いた。
「まず魔法が車。車はガソリンを消費することで相応の距離、速く移動出来る乗り物である――と」
「うん」
深山が注目している石の上に、指先ほどの小石を載せて。
「そして呪文がタクシー。タクシーは目的地を伝えるだけで、あとは必要な金額が請求されて自動的に車で送ってくれるサービスである――となる」
深山が見てる前で、ひょい、とふたつの石を拾い上げる。
「つまり魔法使いってのは、車の運転免許とタクシーを呼べる権利の両方が得られる職業って意味に読めたわけだ」
「はぁー……」
深山が不思議な反応をした。深いため息だ。
「香田君って、学校の先生とか……興味ないの?」
「え? 先生?」
「絶対向いてると思う。わたし、香田君が先生なら楽しく勉強出来そう」
「……ありがとう。でも俺は贔屓をする人間だから向いてないと思う」
「そうなの?」
「うん。大切な人をトコトン大切にする分、興味無い相手には冷たいよ?」
「…………肝に銘じておきます」
まったく必要なさそうな覚悟を決める深山だった。
「それにしても香田君、凄いね? どうしてそういうところに気が付いたの? わたしなんて気にもしなかったなぁ……」
「これは正直、趣味がたまたま凄く役立ってる」
「趣味? ゲームのこと?」
「そっちじゃなくて、反対のほう」
「?」
「まあまあ。細かい話はマニアック過ぎるから、省略させて」
「うん――……でも、あれ?」
「何か、引っかかる?」
深山がたぶん無意識に人差し指をぷるんとした唇に当て、少し空を見上げた。
「うん……タクシーが呼べるなら、車の運転免許って本当に必要なの?」
「深山はどう思う?」
「うーん……自分で運転したら事故を起こすかもしれないし、移動中、疲れるからわたしなら楽なタクシーでいいかなぁ……――あ! ごめんなさい! 香田君、魔法を作るってお話をしてたのにっ!」
頭の良い深山らしい気の遣い方だった。
つまり間接的に俺のこれからやりたいことを否定したと心配したみたいだ。
「いや。気にしないで。では改めて質問。じゃあなんで世の中には、自分でわざわざ運転するドライバーがタクシーを利用している人より断然多いと思う?」
「…………好きな時に自由に移動出来るから?」
「あとは?」
「え……運転が楽しい、から?」
「そうきたか!」
「えっ、えっ!? 変な返答だったの?」
「いや。後で面白い話が出来そうだなって……ほかには何かある?」
「うーん……タクシーが上手くつかまらない時がある、とか?」
「それは最初の『好きな時に』と被るかな」
「……ごめんなさい。じゃあ、それぐらいです」
何ともお嬢様らしい内容だった。
普通は、『これ』が最初に来ると思うんだけどな。
「――頻繁に使う人には割高じゃない? タクシーって」
「あ、うん! 自分で運転しないからよくわからないけど、たぶんそうかも! ……え? つまり呪文より魔法のほうが割安ってことなの?」
「まあ、そこはお金持ちの深山には関係ない話だとは思うけどね」
「…………うん……」
「ごめん。俺は深山が膨大に魔力容量持っていることを指してそう表現したけど、もしそれで気分を害したなら謝る」
「え……あ、あっ、ごめんなさい! わたしのほうこそ、自分で割安って例え話をしていたのに、酷い勘違いをしてごめんなさい……っ!!」
そっか。深山がお金持ちの家のお嬢様であることを触れるのは、タブーか。
深山には悪いけど、先に知ることが出来て幸いした。気を付けよう。
「ねえっ、香田君っ、ごめんなさい!!」
「――え……あっ、うん! じゃあ、お互いさまってことで……俺も違う意味に取れそうな言葉を安易に使って、申し訳なかったよ」
失敗を重ねてしまった。つい考え込んでて……ふと見れば泣きそうになってる深山がいて、少し慌ててしまった。
「ううん、ううんっ……」
「じゃ、話を続けてもいい?」
「はい……!」
まだ少し表情は硬いけど……まあ、深山なら大丈夫そうだ。
「この場合、きっと差があるのは速度だと思う」
「速度……タクシーより速い車なの?」
「いや。例え同じ性能の車でも、自分で運転したほうが速いんだよ」
「どうして?」
「ほら、行き先を伝える手間があるだろ? あと、到着した時に料金を支払う手間もある。もしかしたらタクシーの運転者が知らない裏の近道もあるかもしれない」
「……なるほど」
深山は半信半疑、という感じである。
「でもそれってタクシーのお話で……呪文でも同じなの? 魔法だと速いの?」
「あの説明文を読む限り、たぶんね」
「どうして……って質問してもいいの?」
「そこで遠慮する必要ってある?」
「うん。さっき、香田君が説明を嫌がってた部分に触れる気がして」
……深山って、本当に頭良いなぁ。
「嫌じゃないから安心して。簡単に説明出来ないから深山にうるさがられたくなくて、敬遠しちゃっただけ」
「わたしはここで、不満を申し上げて良いものなのでしょうかっ」
「……はい、どうぞ」
「香田君からのお話で、うるさいとか絶対思いませんっ! わたし、そういう人間じゃありませんっ!」
気が重いけど、わかってもらう必要があるのかもしれない。
あえて自分なりの素直な言葉で話すことにした。
「……さっきの話は、アセンブリというかニーモニックに対するCやJavaみたいな高水準言語との対比でそう思ったんだ。単にコンパイラ挟むってだけじゃなくて吐き出す結果も特にオブジェクト指向のソース元だとどうしてもオペコードレベルで見ると無駄が多くて速度差が酷い。同じように呪文もたぶんインタープリターみたいな工程で柔軟性や汎用性に重きを置いてるだろうから、無駄な内部処理を取り除いた、深山に適した魔法を作ることでもっと効率上げられるかなって、そう思ったんだ」
こういうのって、嫌味っぽい。本当は好きじゃない。
「………………ごめんなさい」
「こちらこそ、ひけらかすようなことをして、ごめん」
深山が自分の首に手を当てて頭を下げるものだから、慌てて俺も頭を下げた。
「つまり車とタクシーの例と同じことを、もっともらしく言ってるだけだから」
「う、うん……」
「もう一回、俺にチャンスくれる?」
「……お願いします」
「車とタクシーの関係と同じように、たぶん<呪文>も、誰でも簡単に利用出来るように目的地を尋ねたりお金を支払ったりする余計な工程がありそうなんだ。もし深山専用の車を用意するみたいに<魔法>を作ることが出来れば、もっと速くて効率の良い使い方が出来るかもしれないなって、そう思った」
「…………凄くわかりやすいです……ありがとうございます」
「いえいえ……」
なーんか、気まずいことになってしまった。
「……わたし専用の魔法?」
「うん。深山専用の魔法を作ってみたい」
「……いいの?」
「俺がお願いしてる。深山の役に立ちたい」
そう。これから先、たぶん戦闘で貢献出来ない俺でも、みんなの役に立ちたい。
俺の出来ることを必死に考えて探して、今、ここに行き着いている。
先日の色々な実験も、本来はここを目指すための模索だった。
――ぎゅっ……。
「ん?」
「嬉しい……っ」
深山が俺の手の上に手を重ねて、強く握ってくれて。
真っすぐな深山の瞳は、俺だけを熱っぽく見てくれていた。
この宝石みたいなキラキラな瞳を独り占め出来ている。
「もし、無理だったらごめん」
「ううん……作ろうとしてくれているだけで、嬉しい」
「じゃあ、仲直りしてくれる?」
「元々、仲違いなんてしてませんっ」
「よかった――」
――ちゅっ、と軽く深山にキスを贈る。
「っっ……!!!」
すっごく喜んでくれているみたいで何より。
「香田君っ……」
「うん?」
「好きっ、大好きっ!」
「うおっと!?」
そのまま凄い勢いで押し倒されてしまった。
「っ♪」
深山には、わかりやすいシンプルな行動を示すことが大事なんだと改めて痛感。
それを深山は余すことなく素直に受け止めて、心の栄養にしてくれる。
「あの、深山――」
「――んっ、んんっ……」
そして今度は俺の口に蓋をするように、深山から熱烈なキスをされてしまった。
同時に、俺たちの身体を隙間なく密着させてくる。
……深山って、全身ほんと柔らかいなぁ……。
特に胸の辺りに当たってる、それ、は……殺人的だ。
「み、みや――」
「――やぁんっ、んっ、んんっ……」
むさぼるみたいに俺を求める深山。
まるで濃厚なジュースでも味わうみたいに、舌を鳴らして堪能してる。
……まずいって。これは、まずいってばっ。
欲望に直撃過ぎるって!
「ひゃんっ……!!」
声も出せなく、深山の背中を撫でて『解放して』と意思を伝えると……そんなとんでもなく甘い声を出して深山が背中を反らした。
「――お、おしまいっ……!!!!」
無理やり顔を上げ、そのまま俺から離れる深山。
「危ない……危ないっ……」
まるで虫歯でもあるみたいに頬を手で包んで自制の言葉を繰り返す深山。
同感。ほんとその通りだった。危ないところだった。
……ちょっと手助けしてあげようかな。
「深山。そういうわけで実験したいけど、いい?」
「は、はいっ……!」
考えを『そこ』から移せば、深山の切り替えは意外と早い。
良くも悪くも集中力の高い人だった。
◇
「――まず確認。魔法を、深山は呪文使わず出すことが出来る?」
俺たちは実験のため、焚火をしていたあの場所から少し離れて、草木の少ない荒地に移動していた。
「……ううん。出来るのかもしれないけど、やり方がわからない」
「じゃあ次。魔法使いって魔力の残量が表示されているの?」
「はい。今は最大に回復してて1625です」
「ちなみに今の魔力容量のステータス値って31だっけ?」
「えっと……はい、31です」
実際に画面表示の中で確認してくれたみたいだった。
つまり魔力の容量は単純なステータスの倍数では無いってことか。
例えばステータスの50倍に、初期値が60、レベル補正が15……とかだろうか?
「そういや凛子が『杖は魔力の貯めが出来る』って言ってたっけ。今のその杖の装備を外すと?」
「待ってね……うん。1620になりました」
「たった5!?」
「ううん、『ファイア』が1発多く撃てるから、きっと容量が少ない初期の人にはとても重要だと思う」
つまり『ファイア』は魔力を5、消費するのか。
深山は一度引っ込めた杖を改めてポップして握っていた。
「ちなみにこの前に覚えたファイアボールを撃つと?」
「――はい、ファイアボールっ!」
深山が呪文を唱えると、杖の上部にある宝石のようなものが光り、そこからバレーボールぐらいの大きさの火の玉が時速……50キロぐらいだろうか? それぐらいの速度で真っすぐに飛び出し、20mもないぐらいの距離で炸裂した。
「……10減りましたっ!」
「回復なしで162発撃てるのかよっ」
凛子の話では、レベル3~4にひとつぐらいの確率と、10の倍数のレベルでポテンシャル値が得られるということだったから……もし全部のステータスを平均的に上げるプレイヤーなら、ざっくり計算しても、なんとレベル2000以上到達しないと深山の数値に近づけない理屈になってしまう。
改めて深山の持つ魔力容量の馬鹿らしいほどの巨大さを理解した。
「あ。<砂時計オン>……と」
時報から改良した体内砂時計の誓約を発動させる。
自分宛のチャットで10秒に一度、経過時間のメッセージが送られる仕組みだ。
『{<砂時計オン>と宣言すると以下の命令を実行し続ける。』
『 10秒に一度、この命令が実行されてからの経過時間を数字として』
『 ソフトウェアキーボードに入力し、<香田孝人>宛に送信する。』
『 ただし、<砂時計オフ>と宣言するとこの命令は終了となる。}』
ちなみに1秒に一度の刻みは不可能だった。
それは純粋に俺の身体が1秒でこれら全工程を実行し切れないだけ。
まあ実行出来たら出来たでずっと片目だけまばたき続けている状況になるのでうざったいのは間違いないし、今はこれでいい。
「1616になったら教えて」
「…………はい、今、なりました!」
回復が予想よりずっと早い。確認すると誤差を考慮しても50~60秒。
つまりファイアボール分の10を回復するまで10分弱って感じか。
えーと、ざっくり暗算すると…………つまり。
その回復速度でも魔力がゼロから最大まで回復するのに、丸一日以上必要ってことか?
やっぱりとんでもない容量だな。
「じゃあ次はファイアボールの威力を確認したい」
「はい……あの。でもどうしてこんなに呪文のことを調べるの?」
「魔法の仕組みを推測しやすいし、魔法を作る意義があるかも重要だろ? 頑張って作っても、呪文より効率悪かったり威力弱かったりしたら意味ないし」
「香田君が作ってくれるなら……意味あるんだけどなぁ……」
深山の独り言は凄く嬉しい内容だけど、今は話を進めたい。内心で感謝しつつ、聞こえないフリをして促した。
「ほら、じゃあ俺に撃ってみて?」
「は、い?」
「遠慮せずに、どーんと撃ってくれ」
「あ、あの……ちゃんと避けてくれますよねっ?」
「まさか? それじゃ威力を測る実験の意味が無い」
「あのねぇ、香田君っ!? 撃てるわけないですっ!」
「大丈夫、たぶん1発じゃ死なないから」
「そういう問題じゃないっ!!」
「気にしないで」
「気にしますっ! 気にするわよぉ……っ!! 無理、そんなの、無理っ!!」
「……深山」
「香田君はっ、凛子ちゃんから受け取ったあのダガーをっ!」
「え。うん」
「切れ味を確認するために、わたしに刺せますか……っ!?」
「…………それは、無理だ」
「じゃあっ、どうして、わたしにっ、それをさせるんですかっ……!!!」
深山が顔を覆って泣き始めてしまった。
「……無理を言った。ごめん」
「ぐすっ……香田君を傷つけるぐらいなら……わたし、自分で受けます」
「それはどうか勘弁してくれ」
「どうしてっ、わたしはダメでっ、香田君ならいいんですかっ……!?」
涙をいっぱいに溜めた鋭い視線で睨まれてしまう。
どうやら俺は全面降伏するしか無いようだった。
「――その通りだ。深山の言っていることのほうが筋が通ってる。正直を言うと、俺は俺なら犠牲にしてかまわないと思ってたよ……俺が間違ってた。ごめん」
「忘れないでくださいっ」
深山が真っすぐに俺を見つめる。
「香田君は、わたしの尊敬する憧れの人で……大事な宝物ですっ!」
「…………うん、ありがとう」
「んっ……泣いたりして、すみませんでしたっ。実験、続けましょう」
ぐしっ、と手の甲で涙を拭うと強い視線で俺を見据える深山。
俺はまた深山に近づいて抱き寄せようと考えていたものだから、その立ち直りの早さに少し戸惑ってしまうぐらいだった。
俺も、もっとしっかりしなきゃ。
「じゃあ改めて、あの倒木にファイアボールを撃ってみて」
「――あ、ちょっと待って、香田君」
「うん?」
「…………はい、今、魔力が満タンになりました!」
「あ。そっか、ありがとう。貴重なデータだよ」
「うんっ」
確認すると、ほぼ10分ジャスト。
誤差もあるだろうけど、もうこれは1分1ポイントと考えて良いだろう。
「<砂時計オフ>……じゃあ改めて、お願い」
「はいっ」
深山がすぐに呪文を唱えてファイアボールを大きな倒木目指して放った。
着弾と同時に火の玉は炸裂する。
「きゃっ……」「っと!」
バァンッ!、と激しい音が鳴り響き、倒木はその幹の樹皮が剥ぎ取られるように吹き飛んでいた。そして残った幹の表面は黒く焦げている。
どうやらこれは、火で炙るというより炸裂の衝撃と熱風が攻撃の核と考えたほうが良さそうだ。
射程的には充分に届く範囲内だったから、距離に関係なく着弾と同時に炸裂すると考えるべきだろう。
「ほらっ、香田君、ほらっ!」
「うん?」
「あんなの当たったら、香田君、痛いから……!!」
「……はい、その通りです。ごめんなさい」
さすがに死亡はしないだろうけど、確かになかなかのダメージは予想出来る。
皮膚は焼け焦げ、肉も少し飛び散ったかもしれない。
「ファイアボール……結構な攻撃力だったな。甘く見てた。最後の炸裂が強そうだ」
「うん、これ凄く使えそう」
たぶん深山の中ではとある疑念が生まれている頃だろうけど、俺を思ってか、それを口に出さないでくれているみたいだった。
「香田君……あとは? どういうことすればいいの?」
「うん。色々とやってみたいことはあるけど、とりあえず呪文の実演は一旦終了。どっちみちファイアボールの性能は把握しておきたかったからここまで進めておいたけど、実はそもそも論で確認しなきゃダメなことがある」
「そもそも……?」
「そもそも、本当に魔法を作り出せるのか、ね」
「あぁ!」
至極真っ当な疑問である。
『そう読める』という俺の解釈しか現在のところ、根拠は無い。
……いや、もうひとつあったか。
ほんとに何度も何度も助けてもらっているけど、KANAさんから教えてもらったプロトコル――いや『クラフテッドスペル』という概念が俺の根拠を大きく支えてくれていた。
直訳するなら、手作りの呪文。
まさにそれこそ俺が目指すべきそのものだ。
ただ、その上で大きく違うのは、たぶんプロトコルが『誓約紙の機能』を利用した呪文っぽい何かなのに対し、俺が作ろうとしてるのが『魔法の機能』を利用した呪文っぽい何かだという点。
完全に魔法が作れることを示唆しているわけじゃない。
「……それじゃ、これからどうするの? 試しに作ってみるの?」
「そういうことになるかな。もちろん深山にしか頼めないことなんだけど、引き続きお願いしても――……うん?」
「今の、もう一回っ!」
両手の指を組んで、まるで祈るみたいに俺を仰ぎ見る深山。
「えっと……そういうことになるから、引き続きお願いしても――」
「あぁんっ、一番大事なところが抜けてるよぅ!!」
……頼むからそんな色っぽい声を出さないで欲しい。
いちいち反応してしまいそうだ……。
「大事なところ……? えーと……つまり、『深山にしか頼めないこと』?」
「はいっ、それですっ……ね? もう一回だけっ!」
ああ、なるほど。
うん……気持ちは良くわかる気がした。
なので気持ちを込めて――。
「深山にしか頼めない、大切なお願い事があるんだ。深山だけが頼りなんだ」
「――――~~~っっっ……!!!!」
肩を震わせて深山がものっすごく喜んでくれている。
そうか、そんなに大事なんだ、そこは。
「こんなこと……世界中でたったひとり、深山だけにしか頼めない」
「はいっ……わたしっ、何でもやりますっ……!!」
さっきの微妙な空気なんて一瞬で吹き飛ぶ勢いで、深山がいつもにも増して瞳をキラッキラに輝かせる。
……目の錯覚じゃなくて、ほんとに輝いて見える。
俺と深山は、同じ人間なのか?と思うほどだった。
「……深山の誓約紙に、色々な文章を書かせてくれないだろうか? 嫌な経験もあるから、きっと気の重いことだと思うけど」
「え」
「え?」
そのキラキラ輝く瞳が丸くなって、きょとん、としてる。
……そんなに意外だったか? これ?
「そんなこと?」
「そんなこと、なんかじゃないだろ? 人に誓約紙を委ねるなんて――」
「――香田君になら、もちろん問題なんかないよ?」
まるで隣近所のお店までおつかいにでも行ってくるみたいな返事。
俺が重々しく言ったその雰囲気を吹き飛ばす勢いだった。
「だって……変なこと書かれるかもしれないだろ……?」
「うんっ、ドキドキしちゃうっ!」
そんな無邪気な笑顔で返されてしまうと、もう何も言えない。
「長時間、何度も書かせてもらうことになるけど……いい?」
「はい……これ、わたしにだからお願いしてくれるんですよね?」
「もちろん深山にしか頼めない」
「――~~っっ……!! 喜んで差し上げますっ……!!!」
「いやいや。誓約紙は人にあげられるものじゃないからっ」
「ううん、そうじゃないです」
「うん?」
ぎゅっ……と深山は自分の身体を自分で抱きしめる。
「わたしのこと……差し上げますっ。好きに使ってください……」
それはもうこれ以上ないぐらい、俺への殺し文句だった。
◇
「――……うううぅ――……ん…………参ったっ……」
魔法制作のテストは想像より遥かに難航していた。
もうかれこれ3時間ぐらい、格闘していた。
「これで一体何が問題なんだ……?」
『<ミャア>は魔力を消費して自由に炎の魔法を発生させることが出来る。』
問題を明確化するためにも、極力シンプルに書いたその誓約の文章。
最後まで書き切れたこの事実からも明らかに本人が実行可能なはず、なのに。
「えいっ……炎、出て! えいえいっ……それっ! 出て! お願いっ!!」
……現実では深山はどんなに頑張っても炎どころかライターほどの火すら発生させることは出来ないでいた。
「もうっ、ほらっ、火! 炎っ! ファイア!」
――ボッ……!!
「きゃーっ!! 香田君、見たっ? やったよっ、出たっ、炎!!」
「いや深山……それ、ファイアの呪文だから……」
「あー……」
がくり、と肩を落とす深山。
申し訳ないな……。深山は嫌な顔ひとつせず、繰り返し文章を直してのテストを試してくれていた。
「……何が問題なんだろう」
色々そぎ落として今のこの形になっているわけだが、改めて詳細を書き加えることにしてみた。
『<ミャア>は人差し指で方向を示した時、』
『相応の魔力を消費して1m四方の大きさの炎を10m先に』
『3秒間発生させる魔法を実行することが出来る。』
「……深山。もう一度お願い。今度は人差し指で目標を狙ってみて」
「うん…………それっ! えい、炎っ! もう出てよ、ほーのーおーっ!!」
……杖を指に変えても、やっぱりダメだ。
これのどこが問題なんだろう?
そう。一番の問題は、問題がどこかわからない点だった。
まさに直接操作。どこがどう間違っていると教えてくれる安心サポートつきの親切設計には無い突き放しっぷりである。
どうでもいいが、上から順に処理することを前提としたこの単調な記述感覚はCというよりBASICっぽい。
『IF <ミャア>=”人差し指で狙う“ THEN』みたいな。
「……ほんとにどーでもいいな」
マニアックな現実逃避はやめて、集中しよう。
再確認。こうして文は誓約紙に書ける。つまり、システムは認めている。
深山はこの魔法を実行可能なのは、間違いない。
……じゃあこれは?
『5の魔力を消費して1m四方の大きさの炎を10m先に』
逆に収支が合わなくなって不成立になるかも知れず敬遠していたが、該当する行に手を入れて消費する魔力量まで指定してみた。
「深山、もう一度お願い」
「はい……炎っ! 出てっ!!」
「……だめか。じゃあこれなら?」
『10の魔力を消費して1m四方の大きさの炎を10m先に』
「深山。もう一回!」
「炎っ!! もうっ、いい加減出てっ……!!」
やはりうんともすんとも言わない。
「……」
今作ってるのは魔力消費量が5の『ファイア』相当のものだ。
念のため倍の数値に設定したので、魔力が足りないことはまずない。
炎を指定しているから、属性もステータス的に問題ない。
サイズ、距離、時間。
ここら辺も具体的に指定しているし……何か支障があるとも思えない。
そもそも実行出来ない内容なら誓約から弾かれる。
「なあ……深山はなぜ炎が出ないか、何か問題点は感じない?」
「ふぅ。問題点……そうね……呪文みたいな名前を付けてみる、とかは?」
「なるほど。名称か」
その発想は無かった。
『<ミャア>が<エムフレイム>と宣言した時、』
『相応の魔力を消費して1m四方の大きさの炎を10m先に』
『3秒間発生させる魔法を実行することが出来る。』
単なる『フレイム』だともしかしたら呪文で存在しているかもしれないので、ちょっと捻ってエムフレイム。もちろん深山の『M』である。
「……よし。エムフレイムって唱えてみて」
「はいっ……<エムフレイム>!!」
「……」
「くすん」
煙すら出てこない。これも違うってことか……。
「う――ん……本気で困ったっ……!」
そもそも論がいよいよ現実味を増してきた。
やはり魔法は作れない、のか?
「――ん? あれ?」
キーン……という耳鳴りが不意に訪れて、慌てて左上のマップを意識した。
「香田君?」
「本日のモンスターの、ご登場らしい」
左上のマップに、黄色い丸の表示が19時の方角から現れていた。
何てことはない。
『マップに黄色か赤の表示が現れたら耳鳴りを起こす。』という超簡易な誓約の一文を実験の一環で作っておいただけの話である。
「まったく……間の悪い。魔法完成してから現れてくれたら実験に使えたのに」
「ど、どうするのっ、香田君っ!?」
まだ実戦に慣れてない深山は必要以上に浮き足立っていた。
「慌てなくていいよ。パッシブモンスターだから、こっちから危害を加えなければ襲っても来ないから」
「う、うん」
そう返事しながら深山が魔法使いのローブと帽子を装備している。
念のためダガーをポップして俺も装備しておいた。
「――よう、久しぶりだな。お前か、スータン」
プギィ……プギィ……。
豚みたいな鳴き声を発しながら、草原をノシノシ歩いてくるスータン。
サイズは俺が最初にエンカウントしたヤツより一回り大きいが、レベルは2。
「え? 香田君のお知り合い?」
ほんと深山って面白い。
思わず小さく笑ってしまった。
「ぷっ……俺の初めて戦ったモンスターだよ。あの時は苦労したなぁ」
「強いの?」
「ああ。俺の左肩の肉を噛み千切られてね、もう血みどろで大変――」
「――ファイアボールッ!!!」
鋭い眼光を輝かせ、深山が即座に呪文を唱えていた。
プギィィィィッッ……!!!!
その土手っ腹にバレーボール大の火球がめり込み、そのまま炸裂する。
スータン……悪いが安らかに眠ってくれ。
容赦ない深山の至近距離からの一撃で破裂したスータンは丸焦げになりながら光の塵となって四散していった。
「香田君を傷つけるとか、絶対に許さないっ!」
「……」
深山を怒らせると怖いのは、教室の中でよくよく知ってるけど……。
改めて言動には気を付けよう。うん。
「しかし……一撃かぁ」
基本的にあの時からほんのちょっと防御力が上がっただけの俺は、たぶん今、スータンと戦っても同じぐらい苦労するだろうことは確かだった。
それを深山はレベル3とはいえ、一撃。
スータンがたぶん最弱のモンスターなのだと改めて再確認した。
あと深山の魔法の強力さも比較してよくわかる。
「深山、レベル上がった?」
「ううん……経験値が18増えただけです」
約、半減か。
俺が初めて倒した時、30だったことを考えると厳しいレベル補正である。
……なるほど。
弱い者いじめをしても得られる経験値はやはりほとんど無いのか。
まあつまり逆を言うと、このゲームでは自分より強い相手をいかにして倒すかが効率の鍵になるって意味でもある。
低レベルで強いモンスターや難しいクエストなんかをクリアすると、爆発的に得られる経験値が増えそうだ。
「ああ、そういうことか」
そして、あれだけガチで効率重視っぽい雰囲気のある剛拳王やアクイヌスが俺を殺さなかった理由も今さら良く理解した。
あの時に俺なんか殺しても、たぶん得られる経験値は0なのだろう。
「――あっ……ドロップアイテムのこと忘れてた……!」
「いや深山、気にしなくていいよ。たぶんそんな大層なものは持ってないはず。まあでもモンスターとエンカウントしたら、まずは詳細ステータスを確認する癖はお互いつけておいたほうがいいかもね」
「うん……ごめんなさい」
わざわざペコリと頭を下げてくれた。
「気にしないで。それより気が重いけど、すぐに魔法の実験に戻ろうか」
「ね……その。香田君……あのね?」
「うん?」
「………………ううん、何でもない、です」
恐縮している深山はうつむいてしまった。
「いいよ、遠慮なく言って。たぶん深山と同じことを俺も少し考えている」
「うん……あのね。わたし、その……ファイアボールも充分に強いと思うんだ」
「そうだね。俺も想像より強力でビックリした」
「あと、これからもレベルアップと共に、新しい呪文を覚えると思うし……」
「そうだなぁ。この調子ならもっと強力なものも次々と覚えそうだ」
「…………ごめんなさい」
「だから謝らなくていいよ。深山の言ってることは、とても現実的だ」
つまり、『呪文でいいのでは?』と深山は言いたいのだ。
わざわざ苦労してオリジナルの魔法なんて模索する意味が見出せないのだろう。
『ファイア』と唱えれば炎が出る。それでいいじゃないか。
……たぶん多くの人は、それに賛同するだろう。
でも――
「ごめん。もうちょっとだけ、こだわりたい」
「……余計なこと言ってごめんなさい。はい、どこまでもお付き合いします!」
「ありがとう」
――でも、俺は諦めない。
なぜなら俺は知っているからだ。
直接操作の絶対的な優位性を。
初めて成立して実行出来た時のことを今でもよく覚えている。
1時間必要だった処理が、目の前で一瞬で終わったあの成功体験は強烈だった。
……もちろんそれをそのまま魔法と呪文の関係性に当てはめられるかはわからないが、それこそやってみないと誰にもわからない。
「ちなみに……全然余計なことなんかじゃない。むしろ本当に有り難い。俺の意見を全て肯定するような単なるファンじゃなくて、どうか深山にはそういう反対意見も遠慮なく言えるパートナーで居て欲しい」
「パートナー……!!」
その表現は深山的にも凄く気に入ってくれているみたいだった。
「じゃあ改めて言うよ。深山にはパートナーとして遠慮なく何でも言って欲しい。今、行き詰ってとても困ってるから、一緒に考えてくれると嬉しい」
「はいっ」
一度落ちていた深山のモチベーションはその一言で急上昇しているようだった。
俺も半ば心が折れつつあったけど、なんとか立て直して前を向きたい。
「しかし……壁にぶち当たって、取っ掛かりすらないのが現実だよなぁ」
このままじゃ延々と思考の迷宮に迷い込みそうだ。
何か、欲しい。
極わずかにでも、光明が。
「ねえ、香田君。抽象的な意見だけど……ちょっといい?」
――後に、振り返って俺は強く思う。
深山からのこの『抽象的な意見』こそが、困難な未来を切り開くためのとても重要なアドバイスだったのだということを。