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#026 作戦会議と、凛子ちゃん先生のお家

「――やっぱり私のことなんかどーでもいいから、今すぐパーティ登録するべきだと思うっ」


 凛子は指を立てて提言する。


「そう……なの?」

「深山さんの効果、香田にも適用させておくべきだと思うんだ! 例えば魔法の中で一番ポピュラーな炎に対する耐性が香田も3%上がる。それ、ちゃんと意味があるっ!」

「……でも凛子が――」

「――私、絶対に香田のパーティに合流するからっ! 待っててくれる気持ち、凄く嬉しいけど……ちゃんと効率、考えようよっ」


 熱っぽく凛子が俺を説得して来る。

 ……確かに最弱な俺は、少しでも強くなる努力をするべきだった。


「あの……はい」


 深山が神妙な顔つきで手を上げた。何か意見があるようだ。


「このシャイニングスター……香田君が持つべきかなって、そう思いました」

「どうして?」

「わたしは魔法使いだから、たぶん魔法でしか攻撃出来なくて。そして魔法に対してはこのアイテムの効果はたぶん意味が無いから……それなら香田君が使えばいいかなって」

「まあ魔法使いのロッドはあくまで魔力の貯めと発生方向を指し示し易くするためのものであって、ぶっちゃけ現状では素手でも威力自体は変わんないもんねぇ」

「貯め?」

「うん、一度に放てる魔力には上限があるから、杖へと事前に魔力を貯めておくことでより大きな魔法を使えるの。一度に持てる荷物の量が増えるリュックサックみたいな感じ」

「なるほど。それなら杖、凄く意味があるじゃないか」

「ううん。前に香田から説明してもらったけど、深山さんは魔力容量極振りの人なんでしょ? なら、使える魔法に対して放てる魔力がダダ余り状態だから杖がなくても同じなの。たぶん『ファイア』を50発同時に撃てるぐらいの余り方が、56発撃てるぐらい余るようになるだけ」

「そのまんま同時に50発撃てないのか?」

「50人分の呪文を同時に唱えられるなら、まあ撃てると思うけど~」

「それどんなコーラス部だよ……」

「うん、そゆこと」

「しかし、今の深山ってそんなに余ってる状態なのか」

「だって極振りってことは、魔力容量に20とか使ってるんでしょ? そんだけの魔力を一度に消費する魔法なんて私知らない。たぶんレベル100超えの世界だと思う」


 まあ単純に考えても深山のファイア50倍の威力だもんな。

 ちょっとしたキャノン砲ぐらいの威力がありそうだ。


「え。ううん……その、31……です」

「うそぉ、まさかのポテンシャル全振りぃ!?」

「深山は極端だなぁ……徹底してるというべきか……」

「ううぅ……だってぇ」

「じゃあ訂正。100発撃てるぐらい余ってるのが106発撃てるようになるだけだと思う……」


 こっちも訂正。もし100発なんて同時に唱えられたなら、ちょっとした弾道ミサイルぐらいの威力がありそうだ。

 ……どんな魔法だ、それ。


「そうなのか。それなら……もし深山が許してくれるなら、シャイニングスターの所持者は凛子がベストだと思う。この中で一番攻撃力の高い弓を1.5倍にするのはデカイ。20秒という時間制限も弓を構えて発射して当たるまでの一連の中で充分に収まりそう。というか、俺がこのアイテムを使ってから20秒以内に間合いを詰めて攻撃を当てるのは少し難しいと思ってる」

「香田……私は持てないよ?」

「え」

「誓約のこと、忘れないで」

「……あ」


 恥ずかしい。指摘されてようやく気が付く。

 凛子は貴重と思うアイテムは全部『えくれあ』に渡さなければならない命令があるのだった。


「個人的にはそのシャイニングスターは、香田が死にそうな時に、そのおっぱいコートに使うといいと思うよっ?」

「その名称はやめてくれ…………ああ、防御力への瞬間ブーストか」

「うん。香田に痛い思い、させたくない」

「うん……わたしも同意見。だから……はい」


 深山がゆっくりと俺へと輝く星を差し出してきた。


「……」


 少し躊躇ったけど。


「……ありがとう。借りるよ。大切にする」

「うんっ」


 深山から貴重なユニークアイテムを貸してもらうこととなった。

 ……って。ふと、疑問というか不安が込み上がった。


「なあ凛子。アイテムの使用方法って改めて教えてくれないか? こういう使用タイミングと対象が任意のアイテムって初めて使うことになるんだ」

「うん、もちろん良いよっ? じゃあ使用回数に制限無いんだし、実際に使ってみたら? あと先に提案。以後、シャイニングスターは『SS』って呼ぶと良いと思う~」

「SS? どうして?」

「あまりにそれが有効なアイテムだから。可能な限りこういう情報は秘匿しておいたほうがきっといいよっ」

「深山や俺が持っていると、噂になるってことか?」

「うん、狙われることになるかもしれないし……何より心配してる別のことがあるの。もし何かの隙に誓約紙へ『シャイニングスターを渡さなければいけない』なんて書かれちゃったら……ね? どうする?」

「あ」「あっ!」


 俺たちふたりして、ようやく名称を秘匿する意味を理解した。


「そっか……逆を言うと、相手が正式名称わからなければそれを防げるのか!」

「うん。EOEはそういうの、きっと大事。念のため『SSとはシャイニングスターの<効果>を示す言葉であって、アイテム本体の名称ではない』って認識を意図して持ったら、さらに安全だと思う」

「凄いなぁ、ウチの凛子は!」

「え、えへへ~……嬉しー……♪」


 この可愛く頭の切れる凄い仲間には、遠慮なく頭なでなでしておこう。


「それじゃさっそく『SS』でこのコートを瞬間的に強くしてみたい。凛子、教えてくれないか?」

「うん。でも最初は武器がいいかな? そのほうがわかりやすいかも」

「わかった。じゃあ武器で」


 さっそく右手にお手製の武器をポップして――


「そのまま」


 ――凛子に制されて、武器は握らず手のひらの上に浮かせたままにした。


「その状態で、左手からSSを使うの」

「わかった……って、左手にどうやってポップさせるんだ?」

「え? 香田、両手にその武器を持ってたよね?」

「あれは右手で出して、左手に持ち替えて、また右手から出していたけど……」

「あー……なるほど」


 凛子も実演してくれるらしい。右目をパチッとウィンクさせて、右手に矢を出現させると。


「右目は右手。左目は――」


 続いて左目でウィンクすると、左手に弓が現れた。


「あ、なるほど」

「――ね?」


 納得した俺はさっそく左目でアクティブ選択してSSを出現させる。あ、いや、厳密にはSSの本体を出現させる……か。

 さっきも『もっと厳密に言葉を扱えるようにならないとダメ』って叱られたばかりだったな。考えを改めよう。


「右手に武器。左手にアイテムが基本。それは戦いながら使えるからだし、あと、右手は誓約の文字を消したりとか特殊な指定で使うことがあるんだ~」

「ああ……プロトコル、というかクラフテッドスペルだっけ。KANAさんが教えてくれたあの宣言も右手を掲げて使用したね」

「うんっ。んでアイテムの使用は握ることで実行。これは武器で香田も無意識にしていたことだね?」

「なるほど……」


 実際に左手に浮かぶ輝く星を握ってみた。

 一瞬、より輝き、次の瞬間には右手に浮かぶ武器がその光で包まれる。

 ……これでSSにより20秒間、武器全ての数値化されている性能が1.5倍に引き上げられたことになるらしい。


「左手に実行するアイテム。右手に指定先のアイテム。効果を適用させるタイプは基本的にそうやって指定するの」

「なるほど――……って、凄っ!? 1.5倍ってこんなに違うのかっ!!」


 攻撃力が増えてるのはすでにステータス表示で確認済みだったが、それを実際に振り回してみて驚く。

 そりゃそうか! 軽さも制御も1.5倍なんだ! ついでに効果は見えないが、間合いも強度も1.5倍……なるほど、凛子が『武器のほうがわかりやすい』と言ってくれた意味を理解した。


「……って、もう終わりか」

「まあ、たった20秒だしねー」


 武器に包まれていた光が消え去り、前の軽さに戻った武器はやたら重く感じた。

 ……こうして淡い光が効果を表してくれるのは、視覚的に凄くわかりやすい。

 そして同時に、他人から見て『何かやってる』ことがバレる意味もありそうだ。


「ちなみに複数のアイテムに同時に効果を適用させるタイプの場合、右手にポップさせている状態のまま、2個目、3個目って追加でポップさせることで複数を指定することが出来るの。ただし複数ポップさせた時は『握る』ことが出来なくなるから気を付けてね?」

「はーい、わかりました。凛子先生!」

「うくっ!?」

「ん?」

「…………え、えへへ……それ、良いねっ……もっと呼んでぇ~♪」


 凛子的にツボだったようだ。

 ああ、なるほど。先生=年上、か。

 大人に見られることをやたら喜んでいた車内の一幕を思い出した。

 ……その直後のことは、今は思い出さないようにしよっと。


「はい。それじゃ凛子先生、質問!」

「にゃ、にゃにかなっ、香田クンっ!!」


 ふにゃふにゃになるほど嬉しがってる凛子先生、超可愛い。


「こうして着ているコートにSSを適用する時って……一度アイテム欄にコートを戻して、手のひらにリポップさせないとダメなんですか?」

「ううん。応用でそのまま適用する方法があるよっ? でもそれって応用だから、最初に説明するのをやめておいたの」

「さすが凛子先生! 先々まで考えるぅ!」

「ふふふ――んっっ……!!!」


 どやぁ……っと胸を反らして得意げに鼻高々な凛子先生もまた超可愛い。

 まあ結局、何をやらせてもウチの先生は世界一可愛いのであった。


「先生、それで?」

「うんうんっ、それでねっ。右手で直接触れた対象物も指定することが出来るの。つまりコートを右手で触れて、左でSSを使えば適用ってことね!」

「なるほど…………む。まだ5分は経過してないのか」

「こうしてみると、5分ってちょっと長いね? やっぱり戦闘中なら『ここぞ』という最後の手で使うべきかも~」

「かもね」


 それは俺も同意見だった。


「はい、凛子ちゃん先生! わたしも質問がありまーす」

「ほうほう、深山さん。何かねっ?」


 今まで静観してた深山が手を上げて会話の中に入ってきた。

 どうでもいいが『凛子ちゃん先生』って語感は凄く良い。


「触れた物を指定出来る……つまりそれって、自分の所持品以外にも効果が適用出来るってことでしょうか?」

「うん。たぶんそういうことになるね? 私は試してみたことないけどピンチの仲間を助けたりすることも出来るから、試してみる価値はありそ~」

「深山はそれ、実際にやってみたことあるよ?」

「えっ……香田君、いつ?」

「ほら。俺の指を、持っていた水で洗ってくれた時。深山は無意識にそれをしていたよ?」

「――っっ……!!」


 連想して、俺がその洗った指を舐めたことをたぶん思い出して。ついでにどうして指を洗わなきゃいけなかったかということも含めて次々に思い出し、深山は見る見る間に顔を赤く染めていた。

 うーん……凛子ちゃん先生とは全然違うベクトルで深山もやはり可愛い。

 日本語って女の子を褒める言葉が少なくてダメだよなぁ。

 英語で言うなら凛子ちゃん先生は『キュート』。

 対して深山は『プリティ』って感じだ。

 ならKANAさんは『セクシー』か。

 すみは――……やめた。妹相手にそういう異性を意識する発言は何か違う。


「どしたの、深山さん?」

「う、ううんっ、気に、しないでっ……!」


 そんな俺は置き去りに会話は進んでいた。


「――あ。5分経過か」


 クールタイム中はアイテム欄のSSの表示が暗くなってて見た目にも非常にわかりやすい。それがまさに今、通常の表示に戻ったわけだ。


「じゃあ最後に、コートにも試してみようか」


 左手にSSを出現させ、空の右手をコートに当てて。そしてSSを握る。

 次の瞬間、コート全体が鈍く光を帯びた。

 見た目としては、なんかとっても強そうだ。


「ああ。なるほど」

「うん? どったの、香田?」

「いや……SSの本体が絶えずまぶしく光ってる理由。これって強いアイテムだから、こっそり使われないようにっていうバランス調整の意味があると思う」

「確かにそうかも。遠くでも目立つから、使う時は周囲から発見されることを覚悟しなきゃね!」


 いかにも弓師らしい発言だった。


「とりあえず色々勉強になったよ。サンキュ、凛子」

「えへへっ……うんっ♪」


 役に立てた時の凛子は、最高に上機嫌そうだった。

 これからも俺は、意識して凛子に甘えるべきかもしれない。


「ねえねえそれで結局、パーティは作らないの~?」

「あ。いや……そうだな。せっかくだし凛子からの言葉に甘えよう。凛子が合流するまでの暫定パーティを深山と作ろうと思う」

「深山さんと作るとか……香田のえっち~!」

「――っ!?」

「どこのオッサンだよその発想はっ!?」

「ねえねえ、名前はパパが決めるのっ?」

「誰がパパだっ」

「……」


 そちらの深山さんからも何か否定の言葉を頂きたいのだけど……どうして黙ってらっしゃるのか……。


「んじゃ、パーティの名前は保留で」

「えーっ、決めようよぅ!?」

「そうじゃない。『保留』って名前」

「うわ……テキトー……」

「じゃあさっき凛子が言ってたネタを使うか。保つ竜と書いて『保竜』?」

「捕まえる竜で『捕竜』とかっ?」

「あの。火も『ほ』って読めるから、火の竜で『火竜』とか……?」

「中2っぽい!」

「うん、中2っぽいな」

「え、えっ? それはダメ……って意味?」


 きっと『中2』の意味も知らない深山がそう戸惑っていた。

 ニヤッ、と凛子とふたりして笑う。


「いや、それで行こう」


 こうして暫定パーティ『火竜ほりゅう』はここに結成した。

 深山が『火』なら、俺は『竜』ってことになるのか。

 色々強いアイテムをまわりの人間から受け取って、しかしそれでもたぶん最弱な俺が竜とか、皮肉効いてて良い感じだ。

「じゃあリーダー、さっそくパーティ登録しなよっ」

「ああ、そう――……」

「?」


 ……よく考えないでも、俺はそもそも承認も出来ないんだった。


「深山がリーダーってことで、登録してくれない?」

「えっ」「えー」

「ほら……その、リーダーって狙われやすいだろ? なら、弱い俺より深山のほうが理屈で考えて適任だ」


 俺が承認出来ないというあの問題は、ふたりに話したところで解決出来るわけでもない。

 話が無駄に広がってしまいそうなので、今はそれっぽい理由をつけて流しておくことにした。


「う、うん……わたしはいいけど……凛子ちゃんは?」

「香田が影のラスボスなら全然アリっ!」

「……じゃあそれで」

「影のカリスマホストラスボス!」

「無意味に横文字並べて遊ばなくてよろしい」


 まるで早口言葉みたいな称号を得てしまった。



   ◇



 このままの流れで体力ゲージが回復するまでの時間を使い、暫定パーティである『火竜ほりゅう』の作戦会議がさっそく開かれた。

 課題は先の反省を踏まえての具体的な戦い方。


「――とりあえずタンク役だけど、俺たちの中でどうこうというのは無理がある。ログインを4人揃える問題もあるし、誰かリアルのほうで探してこの『火竜』のメンバーに入れるのはどうだろう?」

「反対っ!」「……わたしも、ちょっと」

「即答かよっ」

「だってぇ」「……ねぇ?」


 凛子と深山が互いに向き合って、何度もうなずき合っている。

 俺には正直さっぱりわからない。


「実際、そんな都合よく『誰か』なんて見つけられるの~?」

「……まあ、当てがないでもない」

「え」

「ほら、以前にガチでゲーム好きの仲間ならいるって話をしただろ? 今ならいっしょにゲームを楽しめるから条件的には悪くないと思うんだけど」

「それって……香田君のお友達?」

「友達というか同僚。俺のバイト先のね」

「わっ、香田君……アルバイトしてるんだ? どんなお仕事してるの?」

「香田はスペイン料理のウェイター! ビシッとカッコイ~制服着て、執事みたいにステキに椅子引いてくれたりしてぇ~……えへへ~……えへへ~、思い出すだけでにやにやしちゃうーっ♪」

「あーっ、いいなぁ!!」

「深山さんもおいでよぅ。料理も超美味しかったよ~っ」

「行くっ! わたし、このゲームから出たら最初にそこに行きますっ!!」

「……いやゲーム出た直後は俺がウェイターやってないと思うけど……」

「じゃあ香田君がウェイターする初日に行きますっ」

「…………うん。歓迎するよ」

「やったっ……!!」


 祈るみたいに両手を合わせて浮かれて喜ぶ深山。

 喜んでくれたみたいで何よりだ。


「うーっ……しまったぁ……」

「どうした?」

「うかつだったかも……自慢のつもりが自爆だよぅ……あそこは、私だけの秘密にするべきだった……ううぅー……」

「違う日に凛子もぜひ来てくれ。また可愛い凛子の私服、見てみたい」

「っ! うんっ」

「そこでいっしょに食事しような?」

「うんっ、うんっ!!」


 ……うん、楽しみだ。


「それで、あの」

「ん?」

「香田君の同僚さんは……どんな方なんですか……?」

「……どっちでも嫌っ!」

「どっちって、何についての『どっち』だ?」

「男でも、女でもっ!」

「あー」


 そうか。この輪が崩れるのを恐れてくれているのか?

 でなきゃ性別とかじゃなくて性格とかプレイスタイルに焦点が向かうはずだし。


「大野は人畜無害な良いやつだよ? 男だけど、物腰柔らかくて――」

「却下!」「わたしも……その、ごめんなさい……」


 大野よ……遥か遠いこの地の果てで女子に激しく拒絶されてるぞ、お前。


「じゃあもうひとりいるけど――いや、アレはちょっと問題有り過ぎか……」


 ここに呼んだ時のifを想像して、思わずため息が漏れた。


「……それはどこのどいつよ? どこのゲーム仲間っ?」

「うん。どういう人ですか?」


 一応、聞くだけ聞いてやろうか感が凄いな!?

 まあ俺も言い出した手前、最後まで話そうと思うけど。


「――どこの、か……うーん。一応はネットゲームの仲間……になるのか?? 腕は確かなんだ。戦いに慣れてて、いつも冷静。いや、冷酷?」

「ふんっ、ネトゲ友達って……あのね香田。その人、同じ街じゃないんでしょ? いっしょにEOEにログインできないじゃん?」

「いや、同じ街というかびっくりするぐらいの近所だよ」

「近所って……そんな漫画みたいな偶然あるのっ? どこに住んでるのっ?」

「えーと…………俺の部屋のとなり?」

「え」「はいっ? お隣さんっ??」

「いや、だから、となりの部屋で俺と一緒に暮らしてる人」

「…………お、お、女、とか言わない、よねっ??」

「生物学的には一応女だけど」

「――っっ……!!!」


 ふたりして愕然としている。

 話が前後しちゃって言い回しが意図せず勿体ぶったものになっちゃったけど、しかしそろそろ気が付かないかなぁ。

 絶対にふたりが想像しているような感じじゃないんだけどなぁ。


「も、もしかして海外留学してきてホームステイしてる子とかっ」

「ルームシェア……とかっ?」

「どうしてふたりともそう捻って考えるんだ? 普通に俺の妹だよ」

「香田君、の……妹さんっ!!」

「へえっ!! 香田って妹いたんだっ!?」


 急に和気あいあいとした雰囲気で笑い合うふたり。


「ねえねえ、深山さんっ……私、唯一『妹』だけはアリだと思うのだけどっ? 例えば香田の弟とかなら私、きっとダメだったけどっ!」

「う、うん……男の子のお友達も。まして女の子のお友達とかだと困っちゃうけど……妹さんなら、わたし、むしろ会いたいかもっ?」

「だよね!?」「ねーっ!?」


 何かこそこそ話している風だけど、でも、丸聞こえなんですが。


「――こほんっ。火竜役員メンバーの総意が決まりましたっ!」

「妹さんでしたら歓迎です!」

「それしか無いのかなぁ」


 個人的にはかなり苦渋の選択だった。

 いや、すみは『ゲームのサポート役』として抜群だ。むしろ候補として最初に思いつくぐらいに頼りになる。実際、以前から俺のネトゲとかのサポート役をたまにやってくれていたわけだし。

 最初は……何のゲームだったっけ?

 とにかくどんなゲームも基本ソロ気味で遊んでる俺だったが、パーティ戦限定の突発イベントがあった時、未にダメ元で協力を仰いだら意外と快諾で。

 それからメッセとかで狩りの手伝いをお願いしたりすると、黙々と隣りの部屋からネット上で付き合ってくれたりしていた。

 判断はいつも沈着冷静。我を出すことも無く淡々と着実に作業を熟す未の姿はサポート役としてはこれ以上ないほど完璧だった。普通にプレイ上手いし。

 まあ、あいつもゲーマーだからな。俺に合わせてくれているだけとはいえ、未としてもそれなりに楽しんでくれているのだとは思う。

 ちなみにゲーム内であっても、一言も雑談を交わしたことは無い。

 何でも返事は「うい」ばっかりだし……俺の妹はフランス人かよ。


「でも家族とか呼んだら、やっぱり迷惑かな?」

「ギリ、アリ!」

「全然迷惑なんかじゃないよ? むしろチャンス! 妹さんと仲良くなっておいたら、自然な風に香田君の家にも遊びに行けて、香田君のお部屋にも遊びに行けるかもしれないし、そしたら香田君といけない雰囲気になるかもしれないし! 香田君の親御さんにもご挨拶出来て将来有利かもしれないしっ!!」

「へ? どしたの深山?」

「――あっ……!!!? ち、違うの……これっ、『質問』!! 香田君、今、質問しちゃったからぁっ……!!」

「あー……その誓約の存在、うっかり忘れてた……悪い」


 まあ結局何が『違う』のかは不明だが、問わないでおこう。


「ううぅ…………絶対に、腹黒女って……思われてるよぅ……」

「深山さん、どんまいっ」

「いや、そんな可愛い計画で腹黒とか全然思わないけどね?」

「か、かわっ……!?」


 岡崎たちが自分たちのことを本当はどう思っているのか誓約を使って質問した時『そんなものかよ』と深山の返事を聞いて笑ったらしいが……何となくその時の雰囲気も察することが出来た気がする。


「ねえねえ、深山さん。ところでその『将来』ってなーにぃ?」

「だから質問――……け、結婚のことに決まってますっ……!!!」

「おーっ!」


 力強くそう断言したあと、あああ~……と頭を押さえて滅入っている深山のことはそっとしておこう。

 しかし結婚……結婚か……うーん……高校生の俺にはまだピンと来ない。

 深山って大人だなぁ。


「……まあ、その。話を戻すと、基本的に物静かな俺の妹ならきっと、変に干渉してくることもなく淡々とタンク役とかやってくれそうではあるよ」


 その『物静か』で『淡々と』が問題といえば大きな問題なわけだけど。


「それともタンク役なしで、もうちょっと頑張ってみる?」

「わ、わたしは香田君の妹さんと会ってみたいっ!」

「うーっ……私は、本音で言うとこの3人でやりたい……まあログインの問題はあるけど……っ」

「俺も基本的には凛子と同じ感じかな。本当はこの3人でいけるなら無理に妹は入れたくない。でもログイン問題含めて、必要なら仕方なしって感じ」

「んー。オカザキ呼ぶのは?」

「……深山に負担、掛けたくない」

「あっ。わたしは……もう大丈夫だよ?」


 あんまりそうは見えないけど、頭から否定するのも悪いか。


「まあそもそも俺の妹にせよ、岡崎にせよ、本人の気持ちはまた別にあるからこっちから誘っても断られることもあるし、今は候補ぐらいに考えておこうか」

「さっすが『火竜』! 後回し後回しっ♪」

「ごめんな? 影のラスボスが優柔不断なせいだな」

「ううん、香田の『やれそうなことから進める』ってそういうとこ大好きっ」

「……ありがと」


 真正面から告白されてちょっと照れてしまった俺だった。


「じゃあさしあたってはこの3人で戦う方向でいこう。あと、作戦会議として先に考えておくことって何かある?」

「んー。とりあえずふたりには、今すぐレベル上げて欲しいかも~?」


 あ……とうとうその部分の話になっちゃうか。


「俺のことは後から改めて話すとして。……そうだな、深山はすぐにレベル上げておきなよ」

「えっと。どうやるの?」

「ステータス画面の下に経験値の項目あるじゃん? その横に――」


 凛子がテキパキとゲームの先輩として指示を出してくれていた。


「うん……うん。わかった。今、やってみるね?」


 呑み込みの早い深山も一発で理解して、目の前でレベルアップ処理をしていた。上から下へと弱い光の波のようなものが深山を一瞬包み、どうやら無事にレベルアップを果たしたようだった。


「お。一気にレベル3!」

「まあ3人でイーバリル討伐ならそれぐらいは行く行くっ♪」

「あ、香田君! 『ファイアボール』という魔法を覚えたみたい!」

「それ、いわゆるベタな火の玉攻撃のやつね」

「なるほど。指定位置に炎を出すより、直線で飛ばしたほうが命中率は上がりそうだな」

「ん~。どうだろ?」

「と言うと?」

「深山さんが実際に撃ってみたらわかるかも」

「深山。さっそくお願い出来る?」

「うんっ」


 深山は言われるとすぐに杖をポップさせて構え、何もない空間目がけて呪文を唱える。


「えっと……ファイアボール!」

「おっ」


 深山の杖の先から火球が現れ、それが真っすぐに――


「遅っ!?」

「でしょ?」


 ――小学生のキャッチボールの球のほうが速いかもしれない。見てから余裕で避けられそうな火球は真っすぐに指定の場所まで飛び、そして最後は弾けるように炸裂して消え去った。


「攻撃力は最初の『ファイア』とどっちが上なんだ?」

「どうだろね? バレーボールぐらいの大きさに凝縮されてるし、たぶんこっちのほうがちょっと上って感じかな~? 食らったことないから正確なことはわかんないけどっ」

「ファイアはその分、範囲が広いって感じか。あの炎は1m四方ぐらいの幅があったもんな」


 たぶんそれぞれにちゃんと違う用途がありそうだ。

 例え性能が微妙であっても、選択肢が増えたことは喜ぶべきだろう。


「香田君、香田君っ!」

「うん?」

「これっ……魔法使いっぽくて楽しいっ♪」

「それは何よりだ」


 深山のイメージする魔法使いに近いのだろう。杖を振って楽しそうにしている深山を見て、俺までついニコニコしてしまった。


「あと香田君。この表示を読むと……ポテンシャル値をひとつ上げられるみたい。上げるならどれがいいのかな?」

「へえ。ポテンシャル値も上がるのか?」

「うん、レベル3~4に1つぐらいの割合でランダムに発生するの。あと10の倍数の時は話によると確定で発生するみたい」

「へえ」


まだレベル8の凛子は、聞いた話としてそう説明してくれる。

まあ俺には今のところ関係の無い話だが、しかしやはりレベルアップって無性にワクワクしてくるよなぁ。もはや本能に訴えかけてくるほどだ。


「深山が自由に選ぶといいと思うよ」

「うん。でも良かったらみんなの役に立ちたいから……もう失敗したくなくて」


 深山は最初、全てのポテンシャル値を魔力の容量に費やしてしまった。そのことが今でも大きく尾を引いているようだった。


「そっか。わかった、じゃあみんなで考えよう」

「ね。じゃあ魔法外すこと多かったから、詠唱速度? 範囲? それとも深山さんがもっと安全になるように射程? あるいはやっぱり定番の火力?」


 まず範囲と射程は度外視だ。

 なぜならレンジの一番短い俺が弱いものだから一番強い凛子がフォローして先頭に出て戦うこともあって、結局3人で団子状態になるパターンがこの先も多くありそうに感じたから。

 もしそうなると射程の長さは無意味になるし、範囲が無駄に広いとむしろ俺たちが文字通りのフレンドリーファイアを食らってしまう可能性もある。


「その中だと……個人的にはやはり火力かな。このパーティでしばらく行くなら、とにかくストッピングパワーがもっと欲しい」

「うん、異論ないけど一応もう少し詳しく理由も聞かせて欲しいなっ?」

「……そうだな。まず、深山の魔法をいくら食らっても突進が止まらなかったのが、前回の戦いで一番崩れた要因に思えたからってのが大きいかな。ポテンシャル値ひとつではそこまで変化があるわけじゃないだろうけど、せめて将来的に怯ませるぐらいになれると、かなり戦いが楽になると思う」

「怯むなら、相手の動きをかなり誘導や制限出来るもんね?」

「うん。このパーティの現状の必勝パターンは、たぶん凛子と俺が脚を攻撃してモンスターの動きを止めてからの、深山の魔法連発で焼き殺す形……だと思う。だから命中率より火力が肝になるはずなんだ。前回は凛子がほぼゼロ距離で弓矢を当てて終わらせたけど、あれはむしろ例外的なパターンだと思う。弓の本来の使い方からあまりにかけ離れ過ぎている」

「……ん。そだね。実は弓を構えている時って物凄く無防備なの。不意に攻撃を受けたら自分の弦で怪我することもあり得るぐらい。だから本当は相手の攻撃が当たる距離では撃ちたくないかも……」


 普段は『大丈夫、大丈夫!』なんて言って無理をしがちな凛子がそう言うのだから間違いなくやめておくべき戦法のようだ。逆を言うと前回の戦いはそれをやらなきゃいけないほどギリギリだった、ということでもあるらしい。


「……」


 魔法を成長させている深山に、戦闘の柱になっている凛子……か。


「香田? 真剣な顔して、どしたの……?」

「ん? ああ、ごめん。ただの考え事」


 今は深く考えることをやめておこう。後からいくらでも時間はある。


「それじゃ香田君、威力を上げるね?」

「ああ、それでぜひ頼む」


 小さくうなずくと深山が宙へと視線を送って操作モードからさっそく設定しているようだった。


「香田は? 香田もさすがにレベル上がるよねっ?」

「俺の話はあとでまとめてするよ。他に確認しておきたいことは?」

「そうだね……このゲームの先輩としてアドバイスするなら、『もうダメ』って思ったら迷わず自分からログアウトすることかなぁ?」


 苦い思い出でもあるのか、少し悲しそうな顔をする凛子。


「知ってると思うけど、このゲームってダメージ食らうと現実の半分くらい実際に『痛い』の。死ぬ半分の痛さって相当だし……トラウマになっちゃう人もいるから、その日のプレイを捨ててでもさっさとログアウトするべきだよっ? 残された人も……すごーくダメージ大きいし……」

「残されたパーティのメンバーにも補正とか、何か影響が発生するのか?」

「ううん。何も。そじゃなくて…………目の前で仲間死んじゃうと……つらい」

「あー」


 凛子は何かを思い出してか、瞳を潤ませてうつむいてしまう。


「だから、ね。素早くログアウトする練習しておいたほうがいいかも。というかお願いします……死ぬ前に、ログアウトしてください……っ」

「凛子ちゃん……あの。わたしはログアウト出来ないのだけど……」

「あっ、ごめ!!」

「ちなみに俺も諸事情で自分からログアウト出来ない」

「え?」「えっ……どゆこと?」


 そろそろこの説明から逃げることは出来そうもなかった。


「さっきのレベルアップも関係あるけど……俺、実は不具合で承認ウィンドウを呼ぶことが出来ないんだ。だから重要な選択が一切出来ない。気まずくて今まで話してなかったけど、ふたりにフレンド登録申し込んでないのも、そういう理由だったんだ」

「はいっ!?!? しょ、承認出来ないって……それ、無茶苦茶じゃんっ!? フレンド登録はまだいいけど、レベルアップもログアウトも出来ないって……」


 凛子は絶句していた。


「だから俺がログアウトしたい時は……死ぬしかない」

「や、やだっっ!!!!!」

「やだって言われても……仕方ないことだし」

「やだっ、こ、香田が目の前で死んじゃったら……私っ、わた――」

「――ゲーム。これはただのゲームだから」

「うーっ……!!!」


 すでに泣き出してる凛子を胸の中に抱き寄せる。

 確かに凛子や深山が目の前で死ぬ姿なんて俺も想像すらしたくない。

 実際に目撃してしまったら……それはトラウマになるかもしれない。


「……深山」

「は、はいっ!」

「深山は絶対に死ぬな。ヤバくなったら俺たちを盾にしてでも逃げてくれ」

「え……そんなこと、無理だよ……?」

「無理でもダメだ。絶対にどんな手を使っても生き延びてくれ。でないと……大変なことになってしまうかもしれないんだ」

「あ……ぐすっ……ログアウト、出来ないからっ!?」


 胸の中の凛子もその可能性に気が付く。


「そう。死んだ後って、ログアウトするか否かの選択画面になるんだ。でも深山は誓約で自分からログアウトを選べない。その場合ってチャットだけ出来る状態になるらしいんだけど……下手すると、その暗闇の中で誓約が消えるまで独りで過ごすことになりかねない。それだけは回避しておくべきだ」

「……っ」


 深山も暗闇の中で幽閉されるイメージが湧いたらしい。途端に顔色を悪くして黙ってしまった。

「まあもちろん復帰出来る可能性もあるけど……例えば翌日になったら、とか。あるいは蘇りのアイテムや魔法とか」

「そんなアイテムや魔法、聞いたこともないよ……?」

「うん、まあただの可能性の話」


 確かにエドガーさんも似たようなことを言ってくれていたな。


「……じゃあ、戦闘とかしちゃダメじゃん……」

「いや。積極的にやろう。今日もあと何匹か倒そう」

「どうしてっ!?」

「深山を強くしたい。レベル最低のまま60日を逃げ切るほうが危ない。例えば……実際にこれは俺自身が経験したことだけど、他人によってヘイトがついたモンスターが突然襲ってくることも充分にあり得るんだ。不意に襲われたら弱いままでは一撃で終わってしまうかもしれない」


 もう少し言えば、60日間もただ逃げ続けたり安全なところに隠れたりするのは、あまりにも後ろ向き過ぎる気もしていた。

 ただ漫然と過ごせば良いってわけじゃない。

 深山にとって楽しい60日間にしなきゃダメなんだ。

 それが、俺の出した答えなんだ。


「そもそも、襲ってくるのはモンスターだけとは限らない。人間からのPKだったらそれこそレベルを上げておかないと危険だろ?」

「……うん、それは……確かにそう、かも……」

「な? それなら仲間に守られて念入りに準備した状態で積極的に戦って、深山を凛子みたいにレベル8や9まで上げて……そこで止めておくのが良いと思う」

「えっ。香田……もしかして、気が付いていたのっ……?」

「何となくだけど……まあ。凛子はレベル8だけど、きっと実際はもっともっとレベル上げられるぐらい沢山の経験値を稼いでるプレイヤーだよね?」

「…………うん」


 『得た経験値は相手に殴られることで10%ずつ奪われる』……か。

 思い出すだけで何度でも反吐が出そうだ。

 凛子はレベルを上げたくてもこの誓約のせいで他のプレイヤーに貯めた経験値を持って行かれてしまっていたのだろう。

 あるいは他のパーティメンバーがまだ『始まりの丘』から出られない低レベルだから付き合ってるのかもしれない。義理堅い凛子ならそれも充分にあり得そうだった。

 そしてそんな中でレベル9だといかにも始まりの丘内部での初心者狩りっぽくて露骨だから、8にしておこう……とかそんな意図があったのだろうか?

 実際、そうやって俺の武器も騙して奪った訳だし……凛子から伝えなかったってことは、あまり話したくない暗い内容なのだろう。

 ……まあそんな事情が何となく伺える気がするぐらい、凛子のレベルと実際の冒険者としての知識の差は明らかに噛み合っていなかった。

 エドガーさんほどかはわからないけど、とりあえず期間で言えばそれなりのベテランプレイヤーなんじゃないかな?


「ああ、なるほど」

「っ!? な、なにっ?」

「……ううん。凛子、今まで気を遣ってくれてありがとう」

「わ、わけわかんないよ、香田っ…………とりあえず、ぎゅーっと……したい」

「うん」


 少し前に屈むと、珍しく凛子のほうから首に抱き付いてくれた。

 思うに……ベテランプレイヤーが初心者に紛れる時って凄く後ろめたいものだ。

 アンフェアだし、周囲が初めてのことにドキドキしている中で、自分だけ冷めた心で周囲から浮かないようにドキドキしているフリをしたりして。

 まるで騙しているような気分になってしまう。

 義理堅くて嘘が嫌いな凛子にしてみたら、ずーっと我慢していたことなんだろうなぁと、ふとそう思ってしまったわけだ。


「……香田……ごめん……今まで、ごめんなさいっ……」

「ううん」


 俺にしか聞こえないほどだけど、でも確かに小さな声でそう言ってくれた。

 それでもう充分だった。それぐらい俺にとっては些細なことだ。


「ぐす……それじゃ……最初は深山さんのレベル上げ優先?」

「そうなるかな。次に凛子の誓約を解除して、パーティに入ってもらう」

「うんっ」


 それは今まで黙っててくれた深山が力強く相槌を打ってくれた。


「――そして、狩られないぐらいにパーティが強くなったら、街に行く。これを目下のところの目標にしたい!」

「え」「おっ」


 影のラスボスとして、パーティの目標をより明確にしておいた。


「はいっ、私、服っ!! 服買いたーいっ!!」

「香田君の装備も欲しいよねっ?」


 当然だが、楽しい話は全体のモチベーションが上がる。良いことだ。


「うんうんっ。香田は欲しいものとかあるっ?」

「――家」

「ほへっ!?」

「俺は、この3人が落ち着いて暮らせる家が欲しい」


 夢が大きいことは、いいことだと思う。

 なので正直な気持ちを話した。


「いやーんっ、召使いと愛人を囲うつもりですかっ、ご主人様~!」

「こらこらっ」


 まあでも、それは遠からず……か。

 これがさっきから内心でずっと考えていた問題への答え。

 俺は『家』がひとつの解答だと思った。

 空回りしてて、絶えず不安がってる凛子を安心させたい。

 深山の身の安全も確保したい。

 それには安心して寝られる場所が一番だろうと判断したわけだ。


「ちなみに凛子。家ってどれぐらいの値段で買えるものなのかな?」

「ん~? もちろん私も買ったことないからわからないけど……たぶん数万E.(エリム)は最低でも必要なんじゃないかなぁ?」


 ここの世界の通貨価値がさっぱりわからないや。

 ちなみに初期装備と共に与えられた所持金は確か500E.だった気がする。

 例えばそれが無理やり日本円によるところの5万円ぐらいだと仮定すると、5万E.なら……500万円か。

 それは中古の家ならギリ買える金額かもしれない。

 以前、凛子が俺を騙す時に礼金として50E.をくれる話をしていたこともあったっけ。

 この想定レートで計算すると、5千円ってことになる。

 ……うん、100倍の想定でそんなに外れてないような気がした。

 どうせ水がやたら高かったり、宿がやたら安かったりと相場は現実と全然違うんだろうから、大体の感覚でいいや。


「ね……香田君。そこで3人で暮らすの?」

「うん。ダメかな?」

「ううん……とってもステキ!」

「いいねっ、いいねっ!! 打倒、家ーっ!!」

「倒してどうするっ」


 凛子も見るからに心から喜んでくれているようだった。


 そう。

 きっと、帰るべき場所があればもっと『しっくり』くるはずなんだ。

 別にEOEは野宿でもまったく困らない仕組みだけど、そういう話じゃない。

 だって俺たちは、人間なんだ。

 植物が地面に根を張って育つように。

 俺たちは大地に自分の住む空間を設け、そこに小さな社会を形成する。

 人間はそういう風に出来ている。きっと。


「香田君っ……わたし、頑張ってレベル上げるからっ!」


 深山も燃えているようだった。


「香田っ、お家っ、お家欲しいっ……今すぐ欲しいっ……!」

「無茶言うなっ」

「やっぱりおっぱいの服売って、お金にしようっ?」

「だーめっ」

「やーっ、やーっ!」


 ぎゅーっとまた首にしがみついて凛子が暴れる。

 これは良い傾向だと思ってるが、深山の前でもすっかり甘えたがりな素を遠慮なく出すようになってきた凛子だった。

 しかし……今、『欲しい』を連呼されて誓約が発動しないかと冷や冷やしてしまった。これってこの服を売る具体的な方法が無いから『差し出す』ための構成要素が足りなくて成立しなかったってことなのかな?


「お家買ったら……香田を起こすの、私の役目なんだからっ!」

「えっ、は、はいっ……どうぞ」

「寝てる無防備な香田に……えへへ~……っ」


 何かよからぬことを考えてそうだ、この偽ロリータさんは。


「ほら、妄想はそこらへんにして、そろそろ現実に向き合おう」

「うーっ……はぁい!」


 俺もそろそろ現実的な話題に戻そうと思う。


「――あ。待って……これだけ、私、どうしても言いたい」

「うん?」

「あの会話の中で『お家』が出てくる香田って、本当に凄いと思う」

「え? ありがと……?」

「それだけっ!」


 よくわからないが、わざわざ会話を遮ってまで褒められてしまった。

 まあつまりそれだけ凛子の中ではズバ抜けて冴えたアイディアに感じてくれたのだろうか?

 だとしたら、俺も提案出来て良かったと素直に満足しておこう。


「それで現実の話。このままレベルを上げて戦力を高めて行くと、このパーティの中で次第に俺の役割は薄くなって行くと思うんだ」

「ううん、決してそうはならないと思う!」

「そーそーっ、この火竜の象徴的な存在っていうかっ?」

「いやいや。気持ちは有り難いけど、正直お飾りなんて御免だ。俺もみんなと同じ気持ちなんだよ。俺は俺なりの方法で、みんなの役に立ちたいんだ」

「香田なりの方法……?」

「そう。そのためにまずは色々と実験がしたい。この体力が回復するまでの間、俺に時間をくれないか?」

「実験……?」


 凛子と深山がふたりで互いを見やり首を傾げている。

 はてさて。色々なアイディアは浮かぶけど……どれぐらいが実現可能なのだろうか?

 さっき深山から教えてもらった『魔法』の記述についても気になる点がある。

 地味にワクワクしている俺がいた。



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