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#025 シャイニングスター

 こんにちは。中村ミコトです。

 ――というわけで無事に第二章も終わりまして、一区切り。

 主要メンバーの三人がやっと集まりました。良かった良かった。

 掲げているキーワードの『ハーレム?』がようやく嘘でなくなります。


 第二章を振り返ると、孝人くんの髪のこととかはいかにも画の無い文字媒体ならではの仕掛けなんで、文字だけで物語を表現することに慣れてない私としては書いてて新鮮で楽しかったです。

 (ちなみに、ちゃんと一話目からずっと髪のことは触れてますよ?)

 あと『#022 深山玲佳の物語Ⅰ』辺りは私なりの持ち味といいますか、自分の得意な作風を形にすることが出来て嬉しかったです。

 話の本線としてはあの一話は無くても成立しますが、やっぱりああいうのって書いておくと物語がしっくりきますね。


 そしてここから始まる第三章『Setup』では孝人くんの髪のように、今までずっと撒いてばかりだった種がいくつか実を結んで収穫出来ることになりますんで、作者個人としては密かにその時を小躍りしながら楽しみにしております。

 同時に遥か先(第八章ぐらい?)まで収穫出来そうにもない越冬の種もいくつか散見しておりまして、撒いた本人が今さらその責任の重さに打ち震えているところでもあります。ち、違うんだからねっ、これ、武者震いなんだからね!?


 閑話休題さておき

 三人が集まり、何となく目的意識も整って。

 ようやくいよいよRPGらしい物語が始まります。

 まあ、それだけで収まらないのですが……それは読んでのお楽しみに。

 では第三章『Setup』。ある意味ここから本編スタートです。

 恋愛だけでは無いのだよ?


 宜しければ第四章の冒頭でまたお会いしましょう。



「――ファイア!!」


 魔法使いの深山が叫び、右手に持つ杖を対象へと真っすぐに指し示す。

 瞬間、その空間に炎が現れ、ゴゥ……と激しく燃え盛る。


 フギャアアァァッッ!!!


 その突如現れた目前の炎に突っ込む形となった、『イーバリル』と表示されている牛ほどの大きさの節足型のモンスターは、そう叫んだ。

 それは一瞬、苦悶の声と思ったが――


「きゃあああっ!?!?」


 ――どうやら怒りの声だった。

 炎を放った深山目がけて、一気に間合いを詰めるモンスター。

 複数の細い脚をワシャワシャと細かく複雑に動かして迫る姿は、とてつもない恐怖感と嫌悪を生理的に受けてしまうこと必至だった。


「ファイア……ファイアッ……!!」


 慌てて連発して唱える深山。

 しかし遅れて炎が発生する頃にはその場所からモンスターはすでに位置がズレており、なかなか当たらない。そして当たっても、致命傷どころか軽傷の火傷を負わせているかも怪しいほど、まったく相手は怯まない。


「凛子!」

「うんっ」


 シュッ……と輝く一線がその『イーバリル』の頭部近くの胴体部分へと走る。

 見事その矢は深々と突き刺さるが、それでもモンスターの突進は続いた。


「ひっ」

「深山っ!!」


 俺はとっさに真横から深山の身体を抱え、そのまま側面の、背丈ほども伸びた草の生い茂る中へと突っ込む。


「香田君っ、香田くぅんっ……!!」

「深山、今は冷静になってっ」


 迫り来る恐怖と、助けてくれた喜びとがない交ぜになって俺へとしがみついてる深山を半分無理やり引き剥がすと、手作りの武器『七の欠片』を両手にそれぞれ持って踵を返した。


「あ」

「任せてっ!」


 草むらから飛び出ると、すでに凛子が率先して小剣を手に突進していた。俺が遅れて続く形となる。


 ――それからはもう、ただの力技だった。

 俺と凛子で必死にモンスターの脚をひたすら狙い続けて切り付け、ようやく動きが鈍くなったところで深山が初級魔法の『ファイア』をひたすら数十回と撃ち続けて……とどめに至近距離から凛子が弓を頭部に放って……ようやくそれで、なんとか『イーバリル』レベル3を仕留めることが出来た。


「痛ちちっ……」


 ちなみに俺は早々に体力ゲージが20%を切って戦闘リタイア。

 今はこうして眺めながら回復するのをひたすら待ち続けるだけだった。


「香田君っ……ありがとうっ……!」


 モンスターが光の破片となって四散したところで、泣きながら深山が駆け寄ってくれる。


「死ぬぅー……死ぬぅぅ……」


 最大の貢献者、弓師の凛子は今にも倒れそうになりながらそう口にすると、その場にへたり込んでしまった。見ると凛子の体力もあと30%は切っている。


 こうして俺たち3人の初狩りは、からくも成功を納めた。



   ◇



「――ごめ……全然、楽しょー……じゃ、なかっ……たぁー……」


 『体力』と『スタミナ』はまた別のパラメータらしい。

 『体力』は健康状態で、わかりやすくゲージとなって単純表示されているが、実際は受けたダメージの部位によってその箇所が可動不能になったりもする。

 対する『スタミナ』は行動力。こっちはゲージとして表示されない。

 現実同様に激しい運動の度に減り、次第に動きが鈍くなって行く。

 減りも回復も早いのがスタミナだが、底近くまで減ると回復速度は鈍化するようだった。俺はもう通常のコンディションだが凛子は未だに相当ダルそうだ。


「いや、凛子のおかげだよ。ありがとう」

「ありがとう、凛子ちゃん!」

「う、うへへっ……やっ、たぁー……」


 うつ伏せになって寝ている凛子の頭を撫でると、素直にそう喜んでくれる。


「おっかしい、なぁ……イーバリル、なんて……楽勝、だった、のにぃ……」


 3人で集まり、深山が愛人、凛子が召使いだなんてそれぞれ勝手に宣言したあの後まもなく、この怪物『イーバリル』は俺たちの前に姿を現した。

 もちろん逃げることも可能だったが……先のことを見越して全員の実力を知っておきたい気持ちが湧き、そして凛子の『楽勝だから』という一言に乗っかって狩りを挑み、現在のこの状態に至る。

 結果としては、危うく全滅寸前と表現しても過言じゃない酷い内容だった。


「それは凛子のパーティ<ミルフィーユ>の話だろ?」

「その頃より……私、レベル……上がってるしぃ……」

「その分、俺たちのレベルが低すぎるから」


 当然のことながら、深山と俺のレベルは最低レベルである。


「でもぉー……」


 納得が行かない様子の凛子。

 本当に当時は余裕の勝利だったのだろう。


「まあ考えられるのは……モンスターの個体差か、あるいはチームとしての組み合わせの悪さ、かなぁ」

「組み合わせの悪さ?」


 あまりゲームをやらない深山が首を傾げた。その指を顎に当ててるポーズは写真集の一枚みたいで画になってる、とか内心考えたのは秘密だ。


「このパーティって深山も凛子もロングレンジ――つまり遠くからの攻撃が基本だから、タンク――敵を引き付けて足止めをしながらふたりを守る盾役がいない。本来は俺がそれを担うべきなんだけど……」

「だからぁ……香田が敵の標的とか、ヤだっ!!」

「そうよっ!」


 ……こんな感じである。

 有り難いが、やりづらい。

 しかしまあ正直、KANAさんからのこのコートを頂いても相変わらずこの中で最弱な俺では、満足なタンク役が出来ないのもまた事実か。

 結局は深山に先陣を切らせ、弓師であるにも関わらずレベル8とこの中で一番強く、経験も豊富な凛子にあんな感じで頼りっ放しになってしまった訳だ。

 小剣でモンスターに突っ込む弓師とか、カッコイイけど非効率極まりない。


「結局はそこだよな……だから簡単に有利なレンジから外れて、ぐちゃぐちゃな乱戦になってしまった。武器のリーチと打たれ強さのアンバランスさがこの状況を作ってると思う」

「やっぱり私が前線で頑張って、深山さんが仕留めるしか無いと思うっ」

「一番強い凛子の弓を捨てるのは勿体ないなぁ……せめて俺が囮――」

「――香田を囮とか、絶対ヤっ!!」

「確かに足の遅い俺は……囮役すらままならないのだが」


 ほんと情けない話である。


「ねえ香田君……ごめんなさい。初心者だから一度確認してもいい……?」

「ん? もちろんいいよ?」

「有効距離のことをレンジと言うのね。えーと……一番打たれ弱い香田君が一番近くのレンジから攻撃しなきゃいけなくて、次にわたし。一番強い凛子ちゃんが一番遠くの安全なレンジから攻撃することが得意で。だからチーム構成としてバランス悪いってことね?」

「うん、その通り」

「……例えば、越えられない川や谷の反対側から攻撃、とかならどうなの?」

「なるほど。それはひとつの正解だと思う。初心者なのに凄いな深山は」

「えへっ」

「まあそんな理想的な狩り場が実際あれば、ですけどー」


 ちょっとつまらなさそうに凛子が口を尖らせてツッコミを入れる。

 そういや、ようやく凛子のスタミナも回復したようだ。

 底まで尽きると5分程度……だろうか?

 普通に話せるぐらいまで回復するその時間を、軽く把握しておいた。


「この小さな丘の上だと、渡れないほどの大きな川や崖は期待できないかな」

「……そっか」


 俺の一言でしゅんとなってしまう深山。


「でも考え方自体は間違ってないと思う。例えば木の上からとか」

「あ、うんっ!」


 一転、深山は俺の一言で明るく返事をしてくれた。


「……あと、そもそもパーティ補正が無いのもちょっとつらいかも~」

「パーティ補正?」


 凛子から知らない単語が出て来た。


「えっと。同一パーティ間で20%の効果補正が共有されること……かな?」

「なんでそんなこと深山が知ってるの??」

「うん。香田君を待ってる間に、マニュアル読破しちゃったの」

「真面目だよなぁ、深山は」

「そんなそんな……全然だよ?」

「……効果ほせーの説明、私からしていーいっ?」

「っ! はいっ」


 ジト目の凛子さんが深山をけん制してる。

 ほら。やっぱり思った通り嫉妬深いじゃないか、凛子は。

 深山にちょっと手厚くしたらすぐにこの通りだ。


「例えば薬師は、回復効果が他の職業の2倍に補正入るの。時間で言うなら2倍速く回復する。だから同一パーティ内は、その二割の恩恵を得られるわけ」


 その話を聞いて、どうせ弱いならその薬師が良かったなぁ、とかふと思ってしまった。


「つまり同一パーティ内は通常と比べて120%の回復速度になるわけか」

「うん、そう。例えば私は今、【軽快な靴】を履いてる。これはアジリティーが5%底上げされる補正能力あるから、私と同じパーティなら、1%だけど効果を共有出来ることになる」

「そういうひとつひとつは小さな効果も、パーティ内全員で補い合えばそれなりに大きな効果として集積されるわけかぁ」

「あじりてぃ……」

「あ。深山。敏捷びんしょう性ね?」

「うんっ」


 確かに英語の授業では出て来そうにない単語だ。


「ねーねーっ、香田香田ぁ!」


 とうとう我慢出来なくなった凛子が俺に抱き付いて『かまってよ』とボディランゲージでアピールしてきた。


「ん? 何?」

「そのおっぱいからもらったコート、補正どんな感じっ?」

「KANAさんな? そろそろその呼び方やめなよ」

「……ヤ!」


 もしかして凛子のおっぱいはKANAさんに吸い取られてしまったのだろうか……?

 そんな疑いを持ちたくなるほどの目のかたき具合である。


「補正……ねぇ」


 誰でも装備出来る『ユニバーサル』らしいからそんな立派なもの――


「……」

「香田?」

「…………何これ??」

「どったの?」


 念のためアイテム欄からカーソルを重ねてステータスが表示されるサブウィンドウを出し、さらに<補正能力>タブへと切り替えて……言葉を失う。

 この黒い軍服みたいなコートである【霹靂の外衣】だが――


「――えーと……雷撃無効化」

「にゃにそれえええええっっっ!?!?」


 30%減、とかじゃなくて『無効化』。

 つまり雷撃に対しては完全な無敵。これは文句無しに、間違いなく強い。


「KANAさん……あなたって人はぁ……」


 はぁー、とため息が漏れる。あの人の出血大サービスぶりには恐れ入る。

 今頃Vサインでも出して喜んでるかもしれない。

 何が『1万枚買える』だ。大嘘だろ、さすがにそれは。


「よし、即売ってお金にしようっ!」

「待て待て。人から頂いた物でそんなことは出来ないっ」

「でも雷撃なんて撃ってくるモンスターとか、絶対かなりのレベルにならないと現れないじゃん? なら今は売って、強い装備で固めたほうが有効じゃんっ?」

「だーめっ」


 凛子にはわからないだろうけど、俺はKANAさんに対して、強い尊敬と恩義を感じている。もはや師匠と言いたいぐらいに頭が上がらない。

 いつか再会した時に『あらら。あのコートはどうしちゃったの?』なんて質問されちゃったら……怖ろしい。土下座したくなってしまいそうだった。

 だから絶対に売らない。

 将来、きっと凄く強力な防具になるのも間違いないのだろうし、例え今はただの弱い防具だとしても……それは贅沢というものだ。そもそも本来、俺はインナーウェア1枚で過ごさなきゃいけなかったところだったんだから。


「無効化の二割って……つまり香田君と同じパーティのわたしは雷のダメージが二割減、ということでいいのかな?」

「かなぁ?」


 ふたりで首を傾げてると、横から凛子がツッコミを入れる。


「深山さん、香田と同じパーティじゃないじゃん?」

「えっ」

「詳細ステータス確認したけど、『2A女子』ってパーティのリーダーになってるけど?」

「あ……そっか……」


 深山自身も自分のステータスを見て確認しているらしい。

 宙を眺めているその瞳は、複雑な表情を見せていた。


「凛子ちゃん、パーティって抜けることは出来るの?」

「……うん、パーティ表示の項目をアクティブにしたらそういう項目が出るから、普通なら簡単に今すぐでも。深山さんはそのパーティのリーダーだから抜けたら自動的にパーティ全体が解散になるよ?」


 『普通なら』。

 少し苦笑いしている凛子だった。


「うん。今、する……」


 そんな凛子の様子に気が付くこともなく、深山は特に迷わず淡々とパーティ解散の処理をしていた。


「あふぅんっ、香田っ……どうして突然、頭なでなでしてくれるのっ?」

「なんとなく」

「えへへ~。じゃ、リーダーがこのパーティの名前、決めるといいと思うよ?」

「え? リーダー?」

「うん」「うんっ」


 まるで俺に言われているような気がして自分を指さすと、案の定と言うべきか深山も凛子も即座にうなずいた。


「……保留」

「ホリュウ? どういう漢字で書くの?『リュウ』はドラゴン??」

「今は決めない……ただの保留」

「良い名前、浮かばないんだ?」

「ううん……凛子がパーティに参加するまで決めないだけ」

「……っっ!!」


 ちょっと酷なことを言ってるかもしれないが、それが紛れもない俺の本音。


「香田……だからぁ……私は、その、誓約でっ」

「とりあえずこのパーティの最初の目標は、凛子の誓約を解除してもらうことで決定な!」

「ちょっ、こ、香田ぁ……っ!!!」

「え。凛子ちゃんも……何か、誓約が入っちゃってるの……?」

「うーっ……」

「深山と、凛子。悪いけど互いに誓約紙を出して見せ合って」

「はい」

「うー…………はい」

「――……っっ!! ひ、ひどーいっ!!! 何これっ!?!?」


『貴重と思うアイテムは全て<えくれあ>に渡す』

『<ミルフィーユ>から抜けるには<えくれあ>の承諾が必要』

『得た経験値は相手に殴られることで10%ずつ奪われる』


 深山が凛子の誓約紙を読んだ途端、そう叫んだ。

 まるであの時の凛子みたいだった。


「み、深山さんのほうがずっと酷いもん……」

「これを消してもらおう。そして凛子をウチのパーティに入れる!」

「うんうんっ!!」

「うーっ……」


 凛子は、うつむいたまま瞳を潤ませている。


「これ……香田はどうやって消すつもりなの……?」

「まだ正直わからない。<えくれあ>だっけ。凛子の登録しているパーティのそのリーダーはどういう人なんだ?」

「どうって……」

「交渉に応じてくれそうな人か?って意味。例えばアイテムに執着している人みたいだから、何かのレアアイテムと交換で凛子を開放してくれないかな」

「可能性は無いわけじゃないだろうけど……よっぽど凄いアイテムじゃないとたぶん無理だと思う」

「それはその分だけ、凛子をメンバーとして高く評価しているってことか」

「ううん、そじゃない……」

「違うの?」

「その…………憂さ晴らしする相手、いなくなるから」

「……」


 ああ、どうしようか。

 抑えている感情が今にも爆発しそうで困っている。

 <えくれあ>というヤツの性格の悪さは凛子に説明してもらうまでもなく、俺は勝手に察知していた。


『得た経験値は相手に殴られることで10%ずつ奪われる』


 この1行だけで充分に反吐が出る。

 スレイヴからの経験値の回収に、なんでそんな行為が必要なんだ??

 なんで10%ずつなんだよ? パーティで分け合うためだとでも言う気か?

 俺の頭の中では、頑張って集めた経験値を10発も殴られて回収されてしまう凛子の姿があった。

 ……ああ、本当にどうしようか……。

 顔も見えないそいつを俺は妄想の中で強制的に土下座させていた。

 地面に擦り付けるようにしているその頭部を力いっぱいに踏みつけていた。

 俺の中の、暴力的な負の感情がどうしても止まらない。

 アイテムとの交換なんて冷静な交渉を、俺はそいつと出来るのだろうか?

 レベル最低であるにも関わらず、俺はもう、暴力でねじ伏せることしか考えられない人間になりつつ――


「――香田っ……!」

「え、あ……ごめん。何? ちょっと考え事して――」


 そう言い切る前に俺のコートの袖を引っ張る凛子。


「ごめんっ……香田、ごめんっ……嫌な思い、させちゃってっ……」


 ……ダメだな、俺。そんな露骨に顔に出ていたか。

 ふぅ、と息を吐いて頭の中を切り替える。


「まだ、方法まではわからない。たぶん凄い時間と労力……または相当なリスクを負う必要があると思うけど……それでも凛子を開放させて、俺と同じパーティに入ってもらう」

「……いいの……私、別行動はこうして出来るから……このままでいい」

「良くない」

「いいのっ」


 凛子はゆっくり首を振って、一歩後ろへと離れた。


「凛子ちゃん……だめなの?」

「気持ち嬉しい、けど……でも、アイツらも……仲間だからっ」

「そういう誓約を書くヤツは、仲間って言わない」

「けどっ……けど……いっしょにいて……楽しい、時もあるしっ……」


 なんか、まるで暴力を振るうダメな旦那を必死に庇ってしまう妻みたいだと思った。

 凛子は本当に一途で……その想いを果たす義理堅い人なんだと改めて知った。

 そして、自分がこんなにも嫉妬に狂いそうになる感情的な人間なのだと、初めて知った。


「凛子は……そっちの人たちとの冒険がいいんだ……?」


 情けない。本当に情けない。

 でも抑えられなかった。このドロッとした黒い気持ちを昇華する方法がどうしても見つからなくて、そんな矮小な自分を凛子にぶつけてしまう。


「ちがっ……違う、よぅ……っ」


 ほら、こんなに困らせてしまった。

 凛子を泣かせてしまった。

 でも……それでも、俺のこの心は止まらない。


「嫌だ。俺は、凛子とパーティを組めなきゃ、嫌だ!!」


 まるで子供みたいな言い草だった。


「私だってぇ……私、だってぇ……っ」

「私だって?『私だって』……何だっ?」


 強く問い詰める。

 どうしてもその言葉の続きが聞きたかった。

 本人の口から言わせたかった。


「――香田といっしょ、のパーティ……が、いいよぅ……っ」

「じゃあ決定! いっしょになるっ。どんな手を使っても、いっしょのパーティにする!! いいよな、深山っ!?」

「うん、もちろんっ!」


 多感な深山まで目を潤ませて、力強く同意してくれる。


「ごめっ……迷惑、掛けて……ごめんなさ、いっ……」

「謝るなっ、謝るのは強引な俺のほうだからっ!」


 小さな凛子を抱き寄せて、胸の中にしまいこむ俺。


「ヤ……っ……」

「嫌?」


 どうせまた、つまらない理由だ。


「深山さん、の前……だよぅ……っ」


 ほら、こんな感じだ。

 実際隣の深山はちょっと困ったような顔をしてるだけで、嫌そうな表情なんて微塵もしていない。


「いいの。俺は凛子を選んでるのっ」


 その言葉を聞いて、ぎゅー……っと俺の服を握り、抱きしめ返してくれる凛子。

 ……ああ、良かった。

 こっちの世界にログインしてやるべき大きな目的のひとつを、やっとこなせた。

 今までずっと深山中心に運んでいたから話すキッカケも掴めなくて、困っていたところだった。


「――じゃ……おっぱい……揉んで?」

「はへ??」


 あまりに飛躍してて、思わず間抜けな返事が出てしまった。


「いつもみたいに……おっぱい揉んで?」

「え、えっ」

「おっぱ……」


 隣の深山を慌てて確認すると、焦点合ってない感じで目を見開いていた。


「いや、その、これ、は……」


 実際は揉んでないないから。

 ただ手を置いているだけで……確かに事実なんだが、しかしそんな言い逃れみたいな説明は果たして通用するのだろうか、と一瞬説明をためらってしまう。


「へへーん……いいでしょ、深山さんっ! 私、香田にいっつもおっぱい揉んでもらってるんだから~っ!!」


 ぎゅーっ、と俺を『離さない』と言わんばかりに彼女なりに精一杯抱きしめながら、ドヤ顔で深山にそんな説明をする凛子。

 ……突然どうした。意気投合したんじゃないのか?

 自分は召使いで、深山に恋人の権利、渡すんじゃなかったのか……!?


「り、凛子っ」

「ヤっ……ね、香田……揉んでっ?」


 いや、最初からわかってた。

 凛子が嫉妬深くてあんなので収まらないってことぐらい。

 だからこれは、俺から強く求められた分だけ『俺のそばにいてもいいかも』という気持ちが強くなって、顕示欲が顔を出したのだろう。

 深山に全部譲ったわけじゃないと、急にけん制したくなったのだろう。


「深山さんに、香田を全部あげたわけじゃないんだからっ……!」


 ……そのまんまなセリフ、ありがとう。


「わ、わたしだってっ……」

「ちょっと!? 深山、ちょっと待って!!」

「おう。何だよぅ? やんのかっ、やんのかっ!?」

「わたしだって……香田君の、手でっ……ぇ……」


 そこで言葉を止めてくれる常識人の深山。

 まあその沈黙はむしろ含める意味をより強調する結果になっている気はするけど。


「は、はあっ!?!? 何それっ!!!!」

「何それって……言われても……」


 凛子はとがめるように視線を鋭くして俺の胸の中から顔を出す。


「深山さんとも、ちゃんとエッチなことやってんじゃんっ!!!」


 厳密に言うと俺の手を使って深山が勝手に気持ち良くなっただけなのだが、それをあえて訂正する気にもならない。


「……否定は、しない。その上で説明するが、それは凛子とリアルで会う前の話だ」

「じゃあっ……じゃあやっぱりっ……私がっ……奪ったんじゃんっ……!!」

「違うの! 違うの凛子ちゃんっ……!! あれはっ、あれはわたしが嫌がってる香田君に無理に付き合ってもらってのことなのっ」


 ……俺、全然嫌がってなかったけどね?

 まあ、ややこしくなるから黙ってるけど……。


「……俺はその上で、凛子を選んだの。深山には悪いけど凛子を選んだ」

「うーっ…………納得、いかないよぅ」

「納得してくれ」

「…………深山さんの胸は……揉んでないの?」

「えっ!?」

「揉んでない。もうそろそろこの会話、勘弁してくれっ」

「じゃ……私の、揉んでくれるの……?」

「ああ、もうっ、揉むからっ!」

「うんっ♪」


 どうやら凛子のほうが一枚上手なようだった。


「あの……わたし……ちょっと、席、外しますね……っ」

「だーめっ、深山さんもこっちこっち♪」

「え」「はいっ!?」

「香田にいっしょに揉んでもらお?」

「――っっ……」

「いや、さすがにおかしい。それはおかしい」

「えーっ、香田はあのおっきいの揉みたくないのっ!?」

「お前が言うな」

「誓約使っちゃうぞぉ~?」

「凛子……無理やり過ぎる。話の展開が強引過ぎる。そんなに深山とくっつけたいのか?」

「あっ……うー……」


 ここに来て、ようやく凛子の本意に気が付いた。

 真逆だった。

 『俺から強く求められた分だけ、俺のそばにいてもいいかも』なんてさっきの理屈は勘違いもはなはだしい。

 直前、凛子自身が言ってたじゃないか。『迷惑掛けてごめんなさい』って。

 俺が強引にパーティに呼び寄せるよう一歩踏み込んだ分だけ、凛子は尻込みして、どうにか置き去りの深山とくっつけようと画策したんだ。

 話題の中心を、強引に自分の契約の話から外そうとしていた。

 ……まったく、全然足りない。俺は凛子のこと全然わかってない。


「はいっ、この話、終わり! 凛子はウチのパーティに入ってもらいますっ! あと、深山の前でそういうことはしませんっ! 以上っ!!」

「うーっ……深山さんのおっぱい……揉まないの?」

「揉みません、揉みませんっ」

「あんなおっきくて、ふわふわしてるよっ!?」

「っ!?」


 ぎゅっ、と自分の身体を抱きしめる深山……いかん、目の毒だ、それは。


「……凛子のだけで充分ですっ、興味ありませんっ」

「香田のロリコンっ!」

「なんだそれはっ」

「こんな、ち、ちっこいのしか興味ないとかっ……香田のロリコンっ! ロリコン変態ロリコン……っ!!」

「お前なぁ……」


 まさか年上のご本人からロリコンと呼ばれる日が来ようとは……。

 というか自分のこと、ロリータでいいんだ??


「えうっ……こ、香田のぉ……ロリ、こ……んっ……ひぐっ……!!」

「あーもー。はいはいロリコンですよー。もうそれでいいから、そんなに自分を追い詰めないでくれよ……泣かないでくれ、凛子」

「ごめっ、香田っ、ごめっ……ぎゅっ……としたい、よぅ!!!」

「うん」


 支離滅裂だけど、まあ人間そんなもんか。

 深山に俺を押し付けたい凛子と、こうしてぎゅっとして欲しい凛子が同時に存在しているぐらい、よくあることだろう。

 つまりそれぐらい今の凛子は、苦しんで色々と無理しているってことだ。


「ふえぇ……っっ……!!!!」


 案の定、改めてぎゅっと抱きしめると、そのまま凛子は声を殺しながら子供のように小さくなって泣き出してしまった。

 これは長丁場になりそうだと思って、そのままその場に座り込んで凛子からも楽に身体を寄せられる姿勢にすると……やはりというか、もっともっと苦しいほど強く抱きしめてくれる。

 ……心地良い重さと苦しさ。

 凛子のオレンジみたいな優しい柑橘系の香りに包まれる。


「ごめっ……香田ぁ……ごめぇっ……!」


 ぎゅううぅ……っ。

 絶えず精一杯に凛子が俺にしがみ付いている。

 そう。凛子はもうずっと……今夜EOEの世界に戻ってきた辺りからずっと、あの小さな身体で絶えず俺にしがみついている気がした。

 落ち着かなくて、怖くて、不安で。

 たぶん自分を吹き飛ばすぐらいの深山という大きな存在が突然現れてしまって。

 あるいはたぶん、一方的に多大な迷惑を与えると強く予感してしまって。

 潰れそうで、潰れそうで。

 あまりのこの緊急事態の中で、どうにか留まれる方法をずっと模索して足掻あがいているように見えた。

 凛子本人の言葉を借りるなら『しっくり』する場所や形を探してるのだろう。

 だから無理に深山とくっつけようしたり、いつも以上に露骨に甘えたり、必要以上にはしゃいでみせたり。

 ……そうやってずっとひとりで模索して、空回りして、矛盾して苦しんでいる凛子をどうにかして助けてあげたいと俺は思った。

 何か、俺から答えを代わりに出してあげることは出来ないものだろうか……?


「……気にしなくていいよ」


 今はまだ、何も答えが見つからない。

 だからただそうやって、泣いて強張っている背中を何度もさすってあげると……はぁはぁと息を切らしながら、凛子が俺の耳元に囁いてくれる。


「香田、のぉ……ろりこん、を……利用しててぇ、ごめんなさぁい……っ」

「そこから離れてくれよ、もうっ」


 呆れて苦笑いするしかない。


「何も気にしなくていいからな……? 俺が、凛子を必要としているんだ」


 ぎゅーって力任せに抱きしめてくれる凛子の後頭部を優しく撫でてあげる。安心させたくて、全自動的に俺は笑顔を作る。

 ふと見上げると、困ってる感じで眺めていた深山も少し微笑んでいた。


「いつも……そんな感じなの?」

「まあ、こんな感じ」

「…………んー」

「何?」


 深山はちょっと考えるそぶりをして。


「凛子ちゃんが溺愛しちゃうの、ちょっとわかるなぁ」


 目を細めて、もっともっと困ってる風に再び笑う深山だった。



   ◇



「――……完全無効化なんてそんな凄い補正効果は私も初めて見たけど、たぶん数字で書かれてない補正は共有されないかも……」


 それから30分ほどして。

 泣き止んだ凛子は座っている俺の首に変わらずしがみ付いて頬ずりしながら、しかしまるで何も無かったかのようにいつもの調子で解説している。


「私の元パーティに『60秒間、暗視することが出来る』って効果のユニークアイテム持っているヤツがいるけど、その共有されたパーティ補正の中ではアイテムが使われた時に12秒間、暗闇の中で『しっかり』物が見えたの」


 ずいぶんと長い中断だったけど、これはさっきの話の続きだ。


「つまり……数字で書かれてない部分も二割の影響下になるなら、『ちょっと』見える、みたいな微妙な効果になるって理屈か」

「うん。そのコートには時間とかの数字で表してる補正能力は無いし、だから共有される部分が無いのかなーって」

「……なるほど。最悪を想定するべきだから、基本この無効化はパーティ補正に含まれないと現段階では考えておくか――……こ、こらっ、人が話している時に耳を甘噛みするなっ」

「はむ、はむっ」


 深山がさっきから、ずーっと目を丸くしてこっちを見てる。

 ……とても居心地悪いが、凛子の心の調子が戻ってる現状を動かせない。むう。


「んむ? 深山さんもやりたかったら好きにしていいからねっ」

「ひゃうっ!?」

「いや待て。俺の意思はどこへ行った……」

「えへへっ……ほんとは深山さんにもされたいくせにぃ♪」


 ああそうですよ。されたいですよ。

 ……そろそろループに突入しそうな気がしたので、諦めて本筋の話を進める。


「――そういうことなら、改めてみんなの装備や補正内容、職業別のジョブスキル、あとユニークアイテムなんかを総チェックしておきたいかな? ちなみに俺は想像通りだと思うけどこのコート以外に特に補正は無い。ユニークアイテムも奪われてしまったので所持していない」

「ジョブスキルって……確か、選択した職業固有の能力のことよね?」

「ああ。例えば俺なら<編集作業>といって、複数枚の誓約紙をまとめることが出来るっていう用途のよくわからないスキルが備わっている。深山なら魔法使い固有の能力が付加されていると思うんだ。ステータス画面に『ジョブスキル』という項目があるから、そこをアクティブにして内容を聞かせてくれる?」

「はい! えっと……『ジョブスキル:魔法発動』……これね?」

「そのまんまなスキルだなぁ」


 本当に魔法使いって、魔法という能力に全てが犠牲となっている感じだった。


「テキスト読むね……【魔法発動】」

「物理法則を超越した奇跡である<魔法>を任意に発動することが出来る」

「本人が有する<魔力>を取り出し消費することで相応の魔法は発動する」

「レベルアップ時に習得する<呪文>を唱えるだけで必要とされる相応の魔力は消費され、個別の条件設定を基に自動的に魔法が実行される」

「……こんな感じだけど」


 俺たちには見えない画面表示へと視線を這わせて、深山が説明してくれた。


「まあ早いところが呪文を唱えたら魔力が消費されて魔法が発動する、って当たり前な内容よね、それ。深山さん、今は『ファイア』の呪文しか無い感じ?」

「うん。それひとつだけ」


 その効果は言うまでない。

 先の戦闘で深山が連発していたから攻撃力も含めて大体が把握出来ていた。

 しかし、それより。


「…………」

「香田?」


 まあ、今はとりあえず話を進めておこうか。


「いや、何でもない。凛子のジョブスキルは?」

「うん……【無呼吸制動】」

「呼吸を止めている間、全身または身体の一部を完全な静止状態に出来る」

「ただし体内の循環器機能は働くため、鼓動音等はごくわずかに発せられる」

「……これだけのシンプルな内容~」


 まさに弓を射るのに便利なスキルって感じだ。

 あるいは獲物に勘付かれないよう潜むのにも使えそうだった。


「あとついでに私のユニークアイテムは<ミニシザー>っていうヤツだったけど……今は渡しちゃって持ってない。その他の補正内容はこの先、装備が変更になるかも知れないし、パーティ入った時に改めて伝えるね?」

「そのユニークアイテム持ってる人は<えくれあ>ってヤツか」

「……うん」


 おのれ、えくれあ。お前は絶対に許さん……本当に。


「深山の補正とかは?」

「えと……ごめんなさい、今、調べてるから、ちょっと待ってて……」

「いいよ、慌てずひとつずつで構わない」

「あ。このマントとローブのセットは、炎耐性……10%」

「いいね。ほかには?」

「杖も炎耐性、5%」

「うん」

「…………以上、です……微妙でごめんなさい」

「いや。初期装備ってみんなそんな感じだし、ふつーふつー!」


 凛子から素早くフォローを入れてくれる。有り難い。


「ユニークアイテムは? 光ってるヤツがひとつあると思うけど……」


 初日、原口に奪われる直前の画面を思い浮かべながら説明する。


「……あ。うん、あった! 木の実とか色々拾ってたから見つけるの大変だった。ちゃんと日々整理整頓してなきゃダメね!」

「そんでそんでっ!?」

「えーと……【シャイニングスター】……」


 そう言いながら実際に深山が手のひらの上へとポップさせてくれた。

 途端にまばゆい光が溢れる。

 直視できないほどじゃないけど、なかなかの光量。これが永続的に続くというなら、夜とか凄く便利そうだった。


「永久に使える照明とか? しかもランタンとかと違って、太陽光みたいな白い光だねっ……文字読むのに良い感じ♪」


 凛子も同じ答えに行き付いていた。

 でも深山は首を左右に小さく振って。


「んと……これ、もしかして少し良いのかな……?」


 小さくつぶやいていた。


「ちょっとぉ、勿体付けないで言ってよぅ?」

「う、うん。読むね?」


 俺たちには見えないアイテム欄から、深山がテキストを読み上げる。


「【シャイニングスター】」

「対象のアイテム1つに対し、数値で表記されているあらゆる性能を20秒間、1.5倍に引き上げることが出来る」

「性能を引き上げることの出来る他のアイテムと効果は重複する」

「引き上げられた数値の小数点以下は4捨5入される」

「クールタイム300秒」

「――これで全部です。クールタイムって……何だっけ?」


 凛子と俺は深山の質問にも答えず、ふたりでヒソヒソと相談していた。


「20秒間限定とはいえ……使用回数の制限が無い、か……」

「重複するってのは、地味にデカイよねっ?」

「このアイテムってのはもちろん武器や防具も該当するよな?」

「回復系アイテムもめちゃ効率上がるし……」


 見解を確認し合ったふたりでニッ、と笑い。


「深山、これ強い!」

「おめでとーっ、かなり使えるようっ!!」


 そんな感じで褒めたたえた。


「え、えっ、ほんとっ!? みんなの役に立てるのっ!?!?」


 EOEに来て良いことなかった深山にとって、それは大きな救いとなる事実だったようだった。今にも泣きそうになりながら喜んでいた。


「私が今まで実際に見た中なら5本の指に入るぐらいは良いユニークアイテムだと思う。すっごく実戦的で、用途も広くてはっきりしてるっ!」

「ちなみにクールタイムっていうのは、次に使えるようになるまでの待機時間のことだよ? つまり5分に1回使えるってことになるね」

「う、嬉しいなぁ……っ」


 にこにこ笑顔全開の深山。

 ……ああ。こんなほがらかな深山の表情、初めて見た気がする。


「ここまで良いと、対象がアイテム限定ってのがちょっと悔しいっ。もしこれがプレイヤーの補正全般を指してたら神アイテムを意味する『レジェンダリィ』クラスの殿堂入りだったかも~っ!?」

「それはさっきのパーティ補正とかも含めるってことか? いや、それはさすがに強すぎだろ?」

「いやいや、その『レジェンダリィ』と呼ばれてる過去の名アイテムには全能力値が2倍とかの無茶苦茶なのもありましてぇ~」

「そんな凄いの、凛子は見たことあるのか!?」

「さすがに直接は無いけど、街には過去に殿堂入りした名アイテムのレプリカを鑑賞出来る博物館があるの。ついつい見に行っちゃうんだぁ」

「いいねぇ、そういうの俺も好きだよ!」


 やたらテンション上がりまくりの俺たちだった。


「……」

「あっ、ごめん深山! 盛り上がり過ぎて置き去りにしちゃった!?」


 ひとり黙ってそんな俺たちを眺めていた深山に今さら気が付いた。


「えっ……全然そんなことないよ? ちょっと違うこと考えてただけ……」

「違うこと?」

「…………香田君、ほんとにゲーム好きなんだなー……って。そんなに楽しそうにしてる香田君、初めて見たから」

「あっ。ははは……そうかっ、それは恥ずかしいなっ」


 『初めて見た』か。

 どうやらお互い、似たようなことを考えていたらしい。


「ううん……そんな楽しそうにしてる香田君見られて……いっしょに楽しい時間を共有することが出来て、こんな親密にお話が出来て――」


 瞳を閉じて、優しく優しく深山が語ってくれる。


「――このゲームの世界に飛び込んで、本当に良かったなぁ……って、そんな風に噛みしめてました」


 その一言は……俺の救いだった。

 後悔や苦痛ばかりじゃなくて、深山の中で今の瞬間がそんな価値のある時間であってくれるなら、そんな嬉しいことはない。


「うん。俺も嬉しいよ」


 その心からの言葉を受けて、再びゆっくりと深山は俺を真正面に見つめる。


「ずっとずっと……1年以上。わたしはこの瞬間を、夢見てましたっ」


 手にするきらめく星に負けないぐらい、深山の俺を映す瞳は濡れて輝いていた。



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