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#018 シマウマ

「――ほら、あそこにいる男の子に話し掛けてごらん。あの砂場の子だ」


 とおくにいるしらないおじさんと、おんなのこのこえがきこえてくる。


「面白い髪~」

「そうだね。きっと仲良しになるはずだよ。ほら」


 まるでぼくのこと、はなしてるみたいだ。

 でもそんなはずない。

 ぼくは『すなやま』をいっしょうけんめいにほりつづける。


「ねえねえなに作ってるの~?」


 ぼくはいっしょうけんめいほる。ほる。もうすこしで――


「こんにちは~」

「っ!」


 ほった『すなやま』のトンネルのむこう。

 おんなのこがのぞいてて、ぼくと『め』があう。


「トンネルできたね?」

「……」


 ぼくはしらない。こんなおねえちゃん、しらない。


「キミ、こーとくん?」

「……」


 しらない。こわい。

 ぼくは『すな』をほる。『した』にほる。

 ここからきえたい。

 このまま『ちきゅう』のはんたいまでほって、にげたい。


「あ~」

「……っ」


 しらないおねえちゃんが、ぼくをゆびさして、こえをだした。

 ぼくはこわくてこわくてしかたなくて、うごけなくなる。

 おねえちゃんはそんなぼくの『て』をとると。


「指、ケガしてるよ? 痛いよ?」

「……」


 きょうはもうずっとずっとほってたから、『つめ』がとれちゃったみたいだ。

 でもぼくはいたくない。ぼくは、なかない。ぼくはつよいから。


「痛い? 痛いの?」

「……っ」


 やだ。やめて。


「砂、取らないと」

「……」


 ぼくは『くび』をふって『いらない』ってつたえる。

 やめて。ぼくにかまわないで。

 おねえちゃんもぼくになっちゃう。


「――はむっ」

「っ!!」


 おねえちゃんは、ぼくの『ゆび』をくわえた。

 ぼくの『ゆび』はぽかぽかになる。

 おねえちゃんの『くち』のなかはやわらかくて。

 だから、ずきんずきんっていたくて。


「うぁ……あぁあぁぁぁ……っっ……」


 いたくて。いたいから、ぼくは、ないた。

 もう、なかないってきめたのに。

 またぼくは、ないてしまった――


 ◇


 ――ピコン。


「う……ん……?」


 微かな電子音を耳にして、俺は目を覚ました。

 深い深い眠りだった……身体の奥底から力がみなぎってくるのが実感出来る。


「ふぅ…………6、時……」


 携帯の画面を見てまずは時間を確認。


「ふぁ……」


 たぶん凛子からのメッセージだろうなと軽く予想しながら、さっき着信したその内容を確認する。


『早朝からごめんなさい。目が覚めたら連絡が欲しいです』


 案の定、凛子からだったが、ちょっと文面の硬さが気になった。

 もしかして緊急事態だろうか?


『おはよう。何かあった?』

『!?』

『どしたの』

『…………起こしちゃったの……?』

『サイレントにしてなかった俺が悪い。気にしないでくれ』

『ううー……気にするよぅ……香田、疲れてたし……』

『いや、良い睡眠取れたみたいで超スッキリ!』

『……寝る前も、起きても私なんかから連絡とか…………ごめんね』


 あれれ。もしかして。


『調子悪い?』

『あぅー……嘘つけないよぅ(´;ω;`) 』


 そうか、調子悪いのか。

 まあでも顔文字が出てきたから、そこまでではなさそうだ。


『はい、やり直し! おはよう!』

『おはよぅー……ほんとに起こしてごめんね?』

『いいって。それでどうしたの? 俺に朝の挨拶をしてくれるの?』

『香田ってさ』

『うん?』

『本当は変な薬飲まされて高校生になっちゃったカリスマホスト……?』

『どんな設定だよそれはっ』


 朝一番でさっそく笑ってしまった。


『おかしいよぅ……そんな優しい高校生、いないよぅ(´;ω;`) 』

『嬉しいけどさすがに過大評価過ぎ。そんな大したことをしたでもないし』

『意識飛びそうなほどつらくても優しいし……急に叩き起こしても優しいとか……じゃあ、いつだったら香田は不機嫌でテキトーになるの!?』


 うーん……どうしたものか。

 凛子の中で神格化みたいなものが進んでないだろうか?

 可愛い女の子に起こされたりしたら朝から心ウキウキ、とか男としてむしろごく普通な反応だと思うのだが。


『いつ、とかあんま関係ないと思うよ? 可愛い凛子相手になると、つい優しいことを言いたくなってしまうってだけ』


 もはやおっぱい揉みたいとか本人に告白している俺は無敵だった。

 本当に凛子相手なら思ったことを何でも言える気がする。

 それで凛子もありのまま喜んでくれるもんだから、こんなの嬉しくて止まるはずもない。

 もう癖になっている、と言っても過言じゃない。


『あーもーっ、あーもーっ!!!!』


 なんかキレてる。


『いくら払えばいいですかっ!!!』

『じゃあまた気が向いたらおっぱい揉ませてくれ、げへへへ』


 凛子期待のゲスキャラをやってみた。


『いくら払えば揉んでくれますか(´;ω;`)』


 会話が壊滅的にかみ合ってないことも含めて、ちょっと楽しい。


『それで? この楽しい会話を朝から提供しようと連絡してくれたの?』

『あう…………』


 そうじゃないよな?

 もっと……たぶん凛子にとって、大事な用事だよな?

 俺は内心でそう確信している。

 別にそれを文字にして表示しても全然かまわないけど、俺から言わせるより、凛子自身から能動的に言ってもらうほうがきっと意味が生まれる気がして、このまま大人しく待つことにした。


『ごめんなさい……その、つまんないことです』

『それを決めるのは俺だし?』

『うー……』


 あまり助けてあげない。ほれ、頑張れ。


『…………香田の学院って、お昼どうなってるの……?』

『学院?』


 話の腰を折ってしまうのは重々承知だが、それでも違和感あってつい質問。


『ああっ、がっこ! 学校!』

『有料の学食あるから、持参と半々って感じだな。ちなみに俺はコンビニで買って行く持ち込み派』


 もしかして凛子からまたお弁当貰えるんだろうか?

 だったらそれは嬉しいなーって心底思い、内心ちょっとドキドキした。


『……良かった……その、迷惑でなきゃ――』

『食べたいっ!!』


 面倒なので一段飛ばして本音をぶつける。


『……どうしよ、なんか、言葉みつかんないよぅ……あの』

『うん』

『………………嬉しいです』


 なんでわざわざ早朝から手間暇掛けてお弁当用意した人が喜ぶんだか。


『おいおい。感謝するのも喜ぶのも俺の役目だろ? 奪わないでくれよ』


 ……ちょっとこれじゃ言葉、足りないな。

 向こうから返事が来る前に慌ててもう一行、入力する。


『うん。すげぇ嬉しいよ。ありがとう凛子』

『はー……』

『はー?』

『このサービスって、いくら払えば延長できますか(´・ω・`)』

『……はははっ。まあ深山のこと助けてくれるなら永久無料で』

『へえ。ミヤマってそういう漢字で書くんだ?』

『え? ああ、知らなかったのか』


 ――とここまで書いて、やはり止めることにした。

 やっぱりダメだ。看過できない。


『違うな。やっぱりこれ、違う』

『何が違うの?』

『さっきの、俺のすることにお金払いたいって話のこと』

『え』

『凛子が冗談で言ってるのわかってるし、俺も嫌な感情は抱いてない』

『あごめ!!!!』

『怒ったりしてないから、怖がらずに最後まで聞いて?』


 先に一言送っておいた。


『俺が凛子のこと大切にしたくて、普通よりずっと丁寧に、色々考えて話をしてるよ。傷つけたくないし、だから結果的に凛子が言うように、優しいのかも』

『……うん』

『それは代価が欲しくてやってる有料サービスとは本質的に違う』

『ごめんなさい。本当にごめんなさい……』

『だから怒ってるわけじゃないってば。きっとそういう設定にすると凛子の気が楽になるからそんな表現になってるって、それぐらいまでは理解出来てるし、つまりそれって身に余るぐらいに感謝してるって意味だとも受け取ってる』

『…………はい』

『でもそれは俺の本意じゃないから、その冗談に俺は乗らないことにした。こうやって凛子の心を追い詰めちゃうことと天秤にかけて、どっちが大切だろうって一瞬悩んだけど、やっぱりこっちが優先』

『ごめんなさい』

『こっちこそ、ごめんね。でも本音で凛子と話すと決めたから。俺が凛子に優しくしたいって思ってるこの気持ちは、何かの代価が欲しいからじゃないことを、どうしても強調したかった。このままこの冗談が定番化するのはダメだ』

『はい……おっしゃる通りです』


 あーもー……俺、下手過ぎる。

 こんなに恐縮させちゃってるじゃないか……。

 自分の力不足を痛烈に感じてしまう。

 どうやったら、もっと凛子を追い詰めずに俺の考えを正しく伝えることが出来たんだろうか?

 もっと凛子側から自然に気が付くような流れ、出来なかったんだろうか。


『その……もう、どう言えばいいかわかんないです。本当にごめんなさい』

『許すよ。だからもう言わないで』


 断腸の思いだった。

 許すって何だよ? 何様のつもりだよ?

 許すも何も、俺は怒ってないし、謝りたいのはこっちのほうだった。

 ……でもそういう俺の気持ちは別として、凛子が欲しい言葉を選ぶ。

 今はきっと、こういう態度が一番凛子にとって楽なんだと思う。

 ここまで来ると『いいよいいよ』って無難に笑顔で丸く収めるほうが、不燃焼を起こして後々まで凛子の心に傷を残す。

 次から何を言えばいいのだろうかって、怖がらせてしまう。

 だから『これはやっちゃダメ』と明確にしたほうがルールとして解りやすいし、許すと表現したほうが凛子の罪悪感は解放される。

 ……正直、俺のほうが罪悪感で泣きたくなってくるけど、それは下手だった俺への罰だと考えて受け止め、こういう役回りとした。


『うん……もう絶対に言わない! 言わないからっ!!』


 珍しく俺の期待する方向へと素直に会話が進んでくれた。

 最後に詰めて、これでこの会話を終わらせよう。


『うん、わかってくれてありがとう。俺も言い方がきつくなってごめんね? じゃあ、失敗しちゃったその罰として、凛子はお弁当を俺に作ることっ!』

『もうとっくに作ってありますが……この場合、もうひとつ作ればいいのでしょうか?(´;ω;`)』

『いや、ふたつあっても困るだけだし(笑)』

『うーっ……罰が足りないよぅ』

『それを我慢するのもまた罰である!』

『はい……(ヽ´ω`)』


 はぁー……と深いため息が漏れた。

 例の顔文字も出てくれて、ようやく軌道修正が完了した。

 今回はこれぐらいで済んで良かったと喜ぶべきだ、俺は。

 そして教訓と受け取り、もっと自分の発言の意味を考えなきゃ……。


「……」


 今でもこういう時に、ふと思い出す。

 昔、俺が犯してしまったとある罪のことを。

 もう取り返せない。無かったことにもできない。過去は変えられない。

 だからこうして……その苦い経験を少しでも俺が大切と思う人へと形を変えて活かすことで、昇華したい。

 凛子は俺を手放しで優しいと言ってくれるけど、俺はどこかでそれに対する後ろめたさみたいなものを抱えていた。

 どこかで自分のためにやってるのではないか――また同じ罪を犯してないかと、無性に不安になってくる。


『それじゃ、どこに取りに行けばいい?』

『言ってる意味がわかりませぬ』

『だから凛子の作ってくれたそのお弁当、どこに取りに行けばいい?』

『……なんで香田が取りに来るの』

『作ってくれたじゃん』

『うん』

『じゃあ、取りに行くのは俺だろ?』

『わけわかんない……』

『同感だ』


 この変な意地の張り合いはさっきのやり取りと違って、ちょっと心が躍る。


『罰って言ったの、香田じゃん……なら私が持って行くのが当然と思う』


 う。それは正論臭い。

 急いで頭を巡らせて――


『俺の言った罰とは、お弁当を作ることだ。だからこれはまた別の話だろ?』

『うー……』

『昨日、凛子から来てくれたから、今日は俺から行くのが当然だと思う!』

『……でも――』


 さっきの反省も踏まえ、たまには強引にいってみよう。


『もういい。凛子って『聖学』ってところに通ってるんだろ? その聖学ってところの校門の前に行くから、そこで受け渡しだ! もう決定っ!!』

『ちょっ!?!? だめっ、絶対にだめっ!!!!』

『いーや、もう決めたから。もし罰が足りないなら素直に受け取れっ』

『うー……』


 しばしの間。


『絶対……迷惑になっちゃうよ?』


 愚かなり佐々倉凛子。

 その一言はむしろ俺の興味をやたら湧かせた。

 つまり凛子の学校生活とか交友関係とか、そういうのが垣間見れる可能性を感じちゃったのだ。

『普通』の凛子がどういう風に他人と接しているかも興味がある。

 この寂しがりやが胸張って強気でグイグイやってるのは、見てて純粋に嬉しくなりそうだった。


『全然構わない』

『…………うん、わかった……もう知らないんだからっ』


 ようやく折れてくれた。


『昨日、その聖学ってのから俺の学校までどれぐらいの時間が必要だった?』

『んーと……徒歩入れてたぶん30分ぐらい? 電車乗るタイミングにもよるけど、朝なら5分間隔で電車来るし大丈夫なのかな。住所、調べて送る?』

『いや、それぐらいはこっちで検索しておくよ。じゃあ身支度もあるから、今からちょうど1時間後にその聖学の校門前ってことで』


 ちらりと時計を見ると、ほぼ6時半。

 おお……凛子ともう30分も話してたのか……時間経つの、すげ~早い。

 今から1時間後で7時半。それから弁当受け取って――うん。授業にはギリ間に合う計算だ。むしろちょうどいい感じ。


『じゃあ1時間後に!』

『うん、1時間後に』


 しかし最後の最後、昨晩みたいに呼び止められてしまう。


『――あ、待って』

『うん?』


 結局、昨晩のあの凛子からの一言を問うことは出来なかったが、もちろん忘れたわけじゃない。だから少し期待してドキッとしてしまった。


『先に謝っておく……ごめんね? それじゃ私も準備するからこれで!』


「ごめん?」


 さっきの『後悔』も含めて確認したい気持ちもあったけど、まあそれは1時間後に自ずとわかるみたいだし、何より本当に深刻な謝罪なら『ごめんね』ぐらいじゃなくてもっと真剣に言ってくれるのが凛子だから、心配するほどのことでもないのだろう。

 それより約束の時間まで結構ギリギリだ。さっさと身支度を済ませて行こう。


「よしっ、バッチリ決めて行くぜ」


 ――とまあ、そんな気楽に考えてた俺が馬鹿だった。


 ◇


 まず最初の誤算は、時間。

 遅刻って意味じゃなくて……むしろ早すぎて持て余してしまった。

 凛子の聖学から俺の学校まで、一応安全のマージンも入れて40分と見た。

 しかし当たり前なんだけど俺の家は学校じゃないわけで、駅への移動時間で言うと学校から向かうよりずいぶん短く……その上、凛子の徒歩スピードってのは俺の想像以上に遅かったようだ。もしかしたら俺の半分近くなのかもしれない。

 しかも不運なことに、タイミング良く電車も来てしまったのだ。

 まあそんなこんなで、身支度入れて1時間は必要と思われた片道の所要時間は、ほんの35分少々で収まった。

 こうなると、慌てて10分ほどでシャワー入ったのがバカバカしい。


「あと25分か……でもなぁ、凛子に連絡入れると急かすことになるよなぁ」


 約束の時間より早く来ちゃったのは俺の都合でしかない。

 もしかしたら凛子も約束の時間より早くに来る可能性もありそうだし、だとしたらあと20分余りをただ黙ってここで待つしかないわけだが……しかし。


 次の誤算は、目の前の校門に掲げられている文字にその答えがあった。


「聖女って言え……どう考えても聖女だろ……」


『聖カント女子学院』。

 仰々しく格式高いその表札が、あまりにも眩しくてつい睨んでしまう。

 目の前には凛子と同じ茶色のブレザーを着た女子が沢山いるから、ここで間違いもない。いや、むしろ間違いであって欲しかった。


「え……あの人って……?」

「あの制服、陵宮りょうみやじゃない……?」

「紺のブレザーっていいよね~」


 はいそうです。陵宮です。隣り街にある陵宮高等学校の制服です。

 目立たないように紺色のジャケットを脱いで白いワイシャツ姿で居るのがあまりにも虚しいささやかな抵抗だ。


「はぁ……」


 ため息をついて改めて周囲を見回す。

 この女子学院にとっての完全な『異物』である俺へと向けられる、少し距離を置いた十数人の女子からの監視の目。

 そう。俺は校門前に立っている不審者として多数の女子たちから遠巻きに取り囲まれているという、とんでもない状態に置かれているのだった。

 ……そりゃ、目立つよなぁ。色々と。

 あと20分もこれが続くとか、地獄か。


「……お」


 居た堪れない空気から逃げるためというか、ほぼ暇つぶし程度の意味合いしか無かったが、昨晩募集を掛けた非公式マッチング掲示板の自分の募集記事を確認してみると、1件の返信が存在していた。

 名前はKANAさん。レベルは不明だが魔法使いらしい。

『よろしくお願いします』とコピペみたいな挨拶が書かれてある。


「有り難い。即決だな」


 多くの選択肢があるに越したことはないが、しかしそんなこっちの都合でギリギリまで粘ったら向こうにも迷惑を掛けてしまう。最悪、直前で向こうからのキャンセルも充分にあり得る話だ。

 であるならどうせ無言でただログインするだけの相手だ。即決してしまったほうが話は早い。


『では確定ってことで、よろしくお願いします。トレーラーの前で男1人、女2人で待ってるのが俺たちです。目印として時間になったらスマホ掲げます』


 そう一文をこのKANAさん個人宛に送っておいた。

 ……しまった。思ったよりさっさと暇つぶしが終わってしまったぞ?


「ちょっとあの人ってさ……」

「えぇ? やだっ、ワタシは嫌だよぅ」


 辺りを見回すと、さらに遠巻きに俺を監視する女の子たちの人数は増えていた。

 口々にそんなひそひそ話を展開している。

 俺はそれをまるで聞こえないフリで目を閉じて、涼し気にやり過ごす。

 ……早く凛子、来ないかなぁ。


「恋人と待ち合わせとか……?」


 違います。ゲーム仲間です。たぶん。


「妹さんの忘れ物を届けにきてるのかも?」


 残念。違います。妹はたぶん今頃――


「――あのっ……こんにちはっ!」


 キャーッ、なんて悲鳴みたいな声が一斉に上がる。

『桜ちゃん行ったぁ!』『いけいけーっ』なんて掛け声もちらほらと。


「え? あ、はい。こんにちは……」


 とうとう職務質問的なものが始まりそうだった。

 いつの間にか俺の目の前に、気の強そうなショートカットの女の子が立っていたのだ。体つきからして陸上とかやってそうな印象。


「恋人さんの待ち合わせですかっ?」

「いや……友達、かな」

「ワンポイントのメッシュ、カッコイイですねっ……!」

「ははは……ありがとう」


 取っ散らかった会話だなぁ、とか苦笑い。

 居心地悪いが、しかしまあ敵意むき出しよりかはマシと考えるべきか。


「自分で染めてるんですかっ?」

「こういうのは『色を抜く』って言うと思うんだけど……いや、自毛だよ?」

「すごいっ……マジですかっ!! じゃあその瞳もコンタクトじゃなくて――」

「まあ。裸眼だけど」


 ――参った。

 普段から奇異の目で見られるのは慣れているが、しかしここまでストレートに話題として口にする人と対峙するのは久しぶりで、少し戸惑ってしまう。

 自分の容姿なんてものは当たり前だけど自分にとっての『普通』だし、鏡とかで視界にでも入らない限り特に気にもしないから、こんな露骨なことでも無いと日常生活の中では再認識もできない。

 そう。確かに俺のこの髪は部分的に白だし、瞳の虹彩は黒というよりやや赤み掛かっている茶色。

 小学生の頃はよく『シマウマ』なんて呼ばれたものだ。

 とにかく俺は悪目立ちする。

 それが本当に嫌なんだが、しかし心を強く持って慣れるしかないのが現状だ。

 可能なら隠れたい。紛れたい。ひっそりと生きていたい。

 でも黒に染めるのは自分を否定してて……何かに負けている気がして、卑屈になりそうで中学で止めた。

 ピンクだの青だの自由な髪色のプレイヤーキャラが山ほど出てくるMMOの世界が好きなのは、実はこんなところに理由があるのかもしれないなぁ。


「じゃあじゃあっ、あのっ、ワ、ワタシとも友達になりませんかっ!?」

「……はい?」


 ほんとに会話が支離滅裂だ。

 本人も自覚してるのか頬を紅潮させ、視線も泳いでる。


「……」


 どうしたものか。

『ワタシの知り合いに珍しい人がいるんだ~!』ってネタにされそうとかそういう防御の心も働いてるけど、まあ、基本的には有り難い話だ。

 いやむしろ、クラスメイトたちみたいに腫物に触るかのように扱って『香田も誘わなきゃダメか?』なんて変な気を遣われるよりかはストレートな分、こっちも気分が良い。

 そう。この人は悪い人じゃない。きっと。


「まあ、いいけ――」

「――香田ぁ~っっ!!!!」


 俺の言葉を遮るようなハスキー掛かった可愛い声が背後から届く。


「ああ、凛子……先輩」

「ごめっ……ま、まさかっ、こんな早くっ、来てるなんてっ……!!!」


 息を切らせて人垣をかき分け、俺の元に駆け寄ってくれる凛子。

 手にしていた携帯をちらりと確認すると、待ち合わせの15分前だから……凛子もずいぶん早くに来てくれたことになる。嬉しいな、こういうの。


「はぁ……はあっ……すごい、人、集まってて……びっくり、した……っ」

「俺も驚いた」


 ……そういや今、背後から凛子は来たよな?

 つまり校舎のある敷地側から。

 だから不意を突かれた。


「ごめんな。俺、全然考えが足りなかったよ」

「ううんううんっ、やっぱり私こそごめんっ……!!」


 両手を振り回して大げさに否定する凛子。

 当然のように俺たちふたりに注目は集まり続けているわけで。


「うっそ、あの佐々倉先輩が乙女してるーっ!?」

「佐々倉さんの彼氏ってことっ? ……はぁ~、確かにこれぐらいじゃないと務まらないよねぇ」

「わかるぅー」

「うっさいわねぇ!? そこの外野、黙っててちょうだいっ!!!」

「ひゃっ!?」


 がるるるーってまるで虎かライオンかっていう勢いで威嚇してる凛子。

 顔が真っ赤なのがギャップとして超絶可愛いと思う。


「――あれ、それ大丈夫か?」


 俺が乱暴に振り回したその手に持っている弁当を指さすと。


「ふきゃあああっ!?!?」


 慌てて両手で大事そうに胸に抱える凛子。


「つ……作り直して、くるっ……」

「いやその時間ないし。というか、全然問題ないよ?」

「ひうっ、い、今、その顔はだめっ……マズイのっ、マズイのっ!!!」

「その顔……?」


 どの顔だと言うのだろうか。


「アンタたち、ダメだからねっ!?!?」

「っっ――!!!」


 謎の威嚇を続ける凛子。

 動揺してる周りの女の子たち。

 まあいい。それより早くここから立ち去ろう。


「なあ凛子……先輩。どこかに移動――」

「――は、はいっ、孝人。お手製のお弁当っ!!」

「孝人って」

「……何よぅ!?!? 何か文句あるわけぇ!?!?」


 そこであえてお手製を主張する意味はあるのだろうか?

 さっきから凛子の様子がおかしい。ぎこちない。

 どうでもいいが『お』が2回続くのも日本語として少々ぎこちない。


「……」


 さて、どうしたものか。


「……もしかして、ふたりの時みたいに凛子って呼んだほうがいい?」

「――~~っっっ……!!!!」


 きゃーっ♪

 今度こそびっくりするほどの黄色い歓声に包まれてしまう。

 顔を真っ赤にして硬直している凛子は、少なくとも否定しない。

 なるほど。

 やはり俺はどうやら凛子の恋人ってことになっているみたいだ。

 もしかして学院の中でそんな風に言いふらしてしまったのだろうか?

 ……あ、いや。凛子と再会したのは昨日の夕方なわけで、タイミング的にちょっとその仮説は現実的じゃないか。じゃあ、どういう……?


「すっ、好きに呼べばいいんじゃないのっ!?!? 私、どーでもいいしっ?」


 ふむ。俺の片想いで仕方なく付き合ってあげてるって設定なのだろうか??

 であれば、そこは話を合わせてあげるのが仲間としての務めだろう。


「――そうだ。昨日、俺からのお願いで……約束してたね」

「えっ? 約束っ……??」


 あれだけ記憶力の良い凛子が思い出せないとか、よっぽどこのギャラリーの中でテンパってるんだろうなぁ。

 頬を赤く染めて小刻みに震えてるのに無理して余裕っぽく微笑んでるその姿があまりに愛くるしくて、思わず口元に笑みが漏れてしまう。


「会ったら真っ先にぎゅっと抱きしめたいって、俺からお願いしたよね?」

「え、あっ……ぁ……」


 1歩俺から近寄って――そっと抱き寄せる。

 周りからの騒音をかき消す思いで、凛子を胸の中で包み込む。


「香田っ、ヤバ……ヤバイっ、ヤバイのっ、私っ!!!」

「孝人って呼んでくれないんだ?」

「あうっ」

「照れてる凛子……やっぱり可愛い」


 ぎゅーっ……ご注文通り、壊れるぐらいに強く強く凛子を抱きしめる。


「ひうっ……あぁ……っ……」


 凛子は小さく声を漏らしていた。

 でもそれは痛みとかによるものじゃないって信じて、力は緩めない。


「――――!」

「――!?」


 人間の環境適応能力って本当に凄いと思う。

 あれだけうるさかった周囲の黄色い悲鳴というか歓声もいつの間にかシャットアウトされてて、まったく気にならない。


「だめっ、だめぇ……泣いちゃ、う……よぅ……っっ……」


 ただ胸の中の小さな彼女のつぶやきだけが、やたらはっきりと聞こえた。


「いいじゃん。泣いちゃえよ」

「うーっ……」


 もがもがと俺の胸の中で少し暴れる凛子。

 しかしそれも束の間で、すぐに大人しくなってしまう。


「あり……がとっ……」

「どういたしまして。そういえば今朝の調子悪かった理由、今、聞ける? 実はずっと気になっててさ」


 胸の中の凛子に顔を近づけて、俺たちふたりにしか聞こえないぐらいの小さな声でささやく。


「ん…………最悪な夢、観ちゃって……それからずっと、寝れなくて」

「そっか。じゃあ急なお弁当作りは、時間の有効活用?」

「んーん…………確認」

「確認?」

「…………私のお弁当、食べてくれるのかなって……確認」


 不思議なことを言う。

 一瞬、作ったお弁当を俺が実際に学校で食べてくれるのかという意味に受け取ったけど、そんな『学食と私のお弁当どっちを取るの?』みたいな試し方はあまり凛子らしくない気がして、すぐに自分の中で否定された。

 じゃあ、純粋に凛子の『手作り』を食べることに対しての抵抗感を確認……?

 でも実際昨日も俺は喜んで食べていたわけだし、『あーん』なんて自分からやってきたぐらいだし、そこは別に不安になる要素も無さそうだけど。はてさて。


「……こんなことになるの、半分わかってたのに……ごめんなさい」


 俺がひとり首を傾げてると、凛子が話題を戻していた。


「いや。これはこれで楽しい」


 ここまで注目集まっていると、なんだか舞台の俳優にでもなった気分だ。

 そもそも強引な俺の行動による自爆の結果だしなぁ、これ。


「香田の、意地悪っ……」

「孝人、だろ?」

「あうっ」


 まあ、凛子の期待に応えるのはこれぐらいで充分だろうか?

 ちょっと名残惜しいが、凛子を自分の胸の中から解放した。


「なあ。今夜、どうしようか?」

「え、えっ……!?!? わ、私たち、そんな関係っ!?」

「いや……ほら。予定してた用事があるだろ? 4人目の募集に応じる人も既に見つけたから、向かうのはもう確定だ」

「メ、メッセで……連絡して、ちょうだいっ……合わせてあげるわっ」

「ぷっ」

「な、何がおかしいのっ!?!?!?」

「そういう凛子も、すげぇ可愛い」


 最後にちょうどいい高さにある凛子の頭の上に手を置いて、ぽんぽん、と柔らかく叩くと。


「ありがとう。それじゃ行ってくるよ」

「はいっ……行って来て、ちょうだいっ……!!」


 俺たちの怒涛の掛け合いに驚いているのか、ぽけーっとしている周囲の観客をすり抜け、俺は駅へと向かうことにした。

 遅れて背後から爆発的な盛り上がりの声が聞こえた気がするが、まああえて無視しておこう。

 それより俺は、凛子が望むようなことがしてあげられたその手応えに、ひとり満足していたりした。


「……凛子って、思ったより憧れの存在的な立ち位置だったんだなぁ」


 下級生からは畏怖すらもちょっと感じた。

 俺の想像ではもっといじられているというか、マスコット的に愛されているというイメージだった。

 ……どうしてそういう仮説になっていたかというと、例の『えくれあ』からの奴隷的な関係性が印象として強かったからだ。

 どこか凛子はそれについて諦めて納得している節が感じられた。

 つまり下に就いて従うことに慣れている、と踏んだわけだ。


「人間……簡単じゃないなぁ」


 人が人を把握するなんて、そもそも無理な話なのかもしれない。

 せいぜい『わかった』気になって悦に入るぐらいのことしか出来ないのかもしれない。

 それでもまあ、理解しようという行為自体はきっと大切なベクトルだろう。

 誰かが誰かに興味を持たないと何も始まらない。

 凛子がお弁当を作ってくれたように。俺が校門の前で待ち合わせたように。


「さて……のんびり行きますか」


 他人との交流を避けるため時間ギリギリに教室に入るのが基本の俺としては、まだちょっと余裕があり過ぎる。

 可愛い手ぬぐいに包まれている凛子からのお弁当を眺めながら、俺はゆっくり自分の学校へと向かうことにする。


「――ん?」


 お弁当を包む手ぬぐいの中に、何かの紙が挟まれていた。

 手紙と直感して、すぐに取り出す。


『香田孝人 様』

『今日はお弁当なんかのために、わざわざ来てくれてありがとう』

『ただお弁当を渡すだけだと……何か足りない気がしてます』

『でも何かを用意する時間も無かったからこれで許して(´・ω・`)』


「……券?」


 二つ折りにされていた便せんの中には、3枚のチケット状の紙切れが入ってた。

 1つ目。


『■おっぱい揉む券(1回)■』

『りんこのおっぱいを好きなだけ揉める券』

『癒し効果抜群☆(ゝω・)』


「肩叩き券かよっ!?」


 手書きで手作り感MAXで、思わずツッコミ入れてしまった。

 ……うむむ。しかしこれは頂いておこう。うん。


 2つ目。


『■好きなこと命令出来る券(1回)■』

『凛子に何でも好きなことを命令出来る券』

『無茶振りしてストレス解消☆(ゝω・)』


「こ、これは……有用だなぁ」


 実質的にリアル誓約紙みたいなもんだ。

 凛子のあの性格ならよっぽどな内容でも無い限り、果たしてくれそう。

 この券は一番大事に保管が必要そうだ。


 3つ目。


『■お断り券(1回)■』

『凛子が邪魔な時にこれで追い払える券』

『デトックス効果抜群☆(ゝω・)』


「これは後でお説教だな……」


 何なら今ここで破り捨ててもいいぐらいだが、お説教の時、目の前に出す必要があるから一応持っていようか。


「しかし……たかがお弁当取りに来ただけで、報酬が手厚過ぎるだろ!?」


 じゃあ凛子が何かやってくれた時、俺もこれと同等レベル以上のお返しを用意しなきゃいけないのだろうか……!?

 そう考えると恐ろしくて安易にはとても使えそうにない3枚の券であった。


「――ん? もう1枚?」


 券じゃなくて、便せんのほう。

 2枚が重なっていたことに今さら気が付いた。

 身支度も考えたらたぶん準備する時間は実質30分も無かったと思うんだが、ずいぶん手が込んでるなぁ。感心してしまう……どれどれ?


『ps.』

『昨晩は、誤解させるようなこと突然言っちゃってごめんなさい』

『あの時の好きというのは……別に恋とか愛的な意味じゃなくて。その』

『お好み焼きが好きとか、晴れた空が好きとか、そういう感じで』 

『香田の優しいところが好きなだけです』

『あと、香田の声、好きです』

『香田の大きな手のひらとか超好きです』

『香田の目を細めて微笑んでくれるあの表情がとても好きです』

『香田の、私なんかのことをちゃんと考えてくれる心が好きです』

『香田といっしょにいる時間が好きです』

『香田とおしゃべりしてるの好きです』

『香田にぎゅっとされるの超大好きです』

『あと、何だろう? 本当のことだけ書きたいです』

『あと肌が触れ合うとドキドキして、ちゅーとかしたくなっちゃいますが』

『……何を書いてるのだろう私。手書きは消せなくて困ってます』

『あ、もう時間ありません。とりあえず』

『ただそれだけです。誤解させるような変なこと言ってごめんなさい』

『りんこ(´・ω・`)』


「……っっ……」


 読んでてカーッと、たぶん耳まで赤くなってしまった。

 こ、これは……どう解釈すればいいんだ??

 なまじ簡単な愛の告白より、心に届いてくるんですけど…………。

 そう。これ以上無いぐらい、確かに伝わる気持ち。

 だから、頭が混乱してる。


「えーと……参った。気のせいだろうか……」


 これが恋じゃないというのなら、この世界に恋など存在しない気がした。



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