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#017 そろそろ香田家の話をしよう

「――いだだだだだっっ、母さんっ、母さんマジギブッ!!!」

「うっさいこの不良息子がぁーっ!!!!」


 帰宅草々、待ち受けていたのは母さんからのアームロックだった。


「折れるっ、折れるからっ!!」

「これぐらいじゃ折れませんっ、あと3センチは行ける行けるっ!!」

「つまりあと3センチで折れるだろっ!?!?」


 タップタップ! 何度も叩いてるのだが一向に許されない。


「――ごちそうさま……お父さんのも片付けるね」

「ああ。すみ、ありがとう」


 視界の片隅で親子団らんのひと時が見える。

 あぁ、もう夕食も終わってるのか……果たして俺の夕飯は存在しているのか。


「それでっ!?」

「だからごめんって!!」

「違うっ、それで人助けってどういうことよっ!?」

「――え、あっ」


 一応ほんとに父さんからフォローは入ってたんだ?

 ちらりと見ると、タイミング良く妹の未が食器を洗うために台所へと向かっていた。


「と……とりあえず、この姿勢では、話しづらいっ……ちゃんと、話したいっ」

「ふん。交渉材料としては足りないけど、まあいいでしょう」


 それでようやく俺の左腕は無事に解放された。


「まあ、座れ」

「うん」


 いつものように淡々と語る父さんに促されて、いつもの俺の席に座る。

 隣りの席の未はいないから、三者面談……というより母さんと父さんを真正面から向き合う警察とかの尋問状態だった。


「それで、女?」

「――は?」


 俺がどう説明しようかと思考を巡らせてると、ある意味いつもの調子でそんな風に一段飛ばしの尋問を開始する直感の権化、母さん。

 まあ岡崎が上品になって強い精神力と関節技が備わり、あとは全体的に三段階ぐらいパワーアップしたようなものだ。なにそれ自分で言ってて怖い。


「いやその、女とか男とかそういう話じゃなくて」

「そう、女なのね」

「――むぐ」


 確かに男なら全否定するわけで、自明の理ではある。

 俺は慌てて釈明する。


「そのっ、不当な扱いを受けてて、軟禁状態でっ……俺しか助ける人がいなくて俺が助けるために頑張るしかない状況なんだよ!」

「俺が俺がって……酔ってない?」

「……酔ってない」

「いかにも囚われのお姫様を救うナイトみたいなお話よね?」

「……違う。真剣な事件なんだ」

「じゃあ警察に連絡したら?」

「そうしてもいいと思ってる……ただ大事おおごとにしていいかわからないから、明日、本人にそれを確認するつもりだ」

「じゃあ週末の2日間、何やってたのよ? 必要そうだというなら、まずそこを確認しておきなさい。母さん、孝人をそういう風に育てた覚えはないわよっ?」

「その事態を知ったのが直前の日曜なんだ。土曜は事前に伝えたように、友達のところのゲーム大会を泊まりでただ遊んでいただけで――」

「そんな屁みたいな理由で言い訳しない! 日曜の1日だけでも時間は充分あるのだから、ちゃんと先々まで考えを巡らせたら判断できる話じゃないの?」

「――…………それは……そう、だったかも、しれない」


 最弱な俺があの3人に対峙する時、確かに死も可能性として覚悟していた。

 ならば死んだ後のことまでちゃんと考えれば……その通りだった。


「そこまで考えられなかったのは、何が原因?」

「…………変な気迫と、希望的観測が邪魔をした」

「めんどくさい言い方してんじゃないわよ。その女の子にいいとこ見せたかっただけで、どうせ成功することしか考えてなくて失敗しただけの話でしょ?」

「え?」

「何よ?」

「……いや、何でもない」


 俺は『失敗したから助け出せなかった』みたいな説明をした覚えはない。

 日曜に女の子――深山の事件と出会って、それで帰ってこれなかった……というシンプルなシナリオで説明するつもりだったのだが、何故か成功・失敗に論点が正しく補正されていた。つまり現在進行形で俺が何かと戦っている前提になっている。

 なぜそう判断したのか聞きたかったが、更に墓穴を掘りそうで自重するしかなかった。


「とにかく……まだ助けられてない。だからもしかしたら、明日の夜から夏休みまで含めて、しばらく留守がちになってしまうかもしれない……です」


 自然と頭が下がる。そのまま、テーブルに両手をついた。


「もし学校を明後日の水曜から終業式の金曜まで全部休んでも、単位は全然大丈夫だから……もしそうなっても夏休み明けからは真面目に登校して、決して単位が足りないようなことがないように自己管理ちゃんとするから……だから、どうか許して欲しいです」


「――孝人。やましいことはしてないんだな?」

「うん。もちろん」

「ならばよし。後で格好悪い言い訳をしないよう、ちゃんと管理しなさい」

「もうっ……誠一せいいちさんは甘すぎますっ」


 そう言ってる母さんは、しかし父さんの威厳のある姿にちょっとメロメロになってる気がしないでもない。

 子供が言うのも何だが、良い歳してほんとに仲睦まじいラブラブ夫婦だ。

 未のことなんかも、この夫婦の子でなきゃもっと深刻な空気になってておかしくなかったわけで……その点は家族の一員として心から感謝している。


「母さんのほうからも、ひとつ」

「……はい」

「――学生の間は、避妊しておきなさい」

「いや待って!? さすがに飛躍し過ぎだろっ!? やましいことはしてないって今、返事したばっかりだしっ!!」

「こら。未に聞こえるわよ?」

「む、ぐ」


 ジャーッ、とキッチンで茶碗洗いをしている物音が聞こえる。

 未からするといつもの調子で『兄さんのことは聞きたくない』と自ら遮断しているのだろうが、確かに今の叫びはその遮断を飛び越えそうな勢いだった。


「孝人、いい加減大人になりなさい。子作りがやましいことなら、世界中は罪人で溢れかえってることになるわ」

「何をさも正論吐いてるような真顔でとんでもないこと言ってるんだよっ」

「はぁ……母さん心配だわ」

「俺は俺の親が心配だよっ」

「孝人のパソコンのパスワードわからないし……どういうのが好みなのかも把握できないし」

「なあ母さん……? 子供にもプライバシーぐらいはあるからなっ!?」

「まあ、そんなのSSD抜いてUSBから外部ストレージとして繋げば一発なんだがな。どうせCドライブは空けてるだろ」

「父さんっ!?」

「安心しろ、孝人。母さんからすれば今のはただの呪文だ」

「……誠一さん。裏切りますかっ?」

「この点については、父さんは孝人の味方だ」

「もぅ! 知りませんっ!」

「それで孝人」

「うん」

「どういうのが好みなんだ?」

「ぶぅ!?」


 ……とまあこんな感じで、いつもの夕食時の平和な空気に戻る我が家だった。


「ねえねえ、清楚なお姉さん系? それとも元気のある年下系っ?」

「今、心の中でそれっぽいナレーション入れて終わらせたところだからっ!」

「母さん。男というのはシチュエーションも重要なんだぞ」

「あら誠一さん。女こそそっちがメインなのよっ?」

「ああぁ……もう勘弁して欲しい……っ」


 それから根掘り葉掘りと俺のフェチズムを問い質され、のらりくらりとお茶を濁しながら少し冷えている夕飯を食べ続ける俺だった。


「露出系も違う……失禁モノも違う……うーん……母さんわからないわ……」

「あの……俺、今、目の前で飯食ってるんだからね??」

「あ~もしかして定番の近親相姦モノ? 実の妹でなきゃ興奮しないとかっ?」


 ――ガシャ~ンッッ……。


 キッチンから皿が割れる豪快な音が響き渡る。


「今……絶対、未に聞こえたよねっ…………?」


 さすがの俺も怒りの限界に達して、ヒクヒクと表情筋が痙攣している。

 母さんのアホみたいな冗談で迷惑を被るのは俺なのだ。


「あらやだ」


 とぼけた顔で口に手を当てて斜め上の天井を見ている母さん。まったく悪びれた様子など存在していない。


「――気持ち悪い……最低」


 案の定そう一言つぶやいて、視線を合わせることもなく未はキッチンから直接自分の部屋へと去って行った。


「ちょっとぉ、未~!? 自分で割った皿ぐらい片付けなさーいっ」

「……ごちそうさま。はぁ……俺が片付けるからいいよ」

「あら。また妹へのフラグがひとつ」

「もういいから、それは」


 いかにもゲーム好き一家らしい会話である。

 母さんはあんな感じで恋愛物を含むADVとかストーリーに重きを置いているゲームが好きで、父さんは将棋や碁などテーブルゲーム全般……というか、仕事からして人工知能の開発。

 俺はVRMMOとかRPGで……未は、今はどうなんだろう? FPS?

 昔は落ち物パズルとか大好きで、無邪気な小さい頃は俺と一緒に遊んでくれた。


「……」


 そう考えると、こうして一緒に暮らしているのに今の未のことは全然わからないな……と足元に散乱してる皿の破片を拾いながら、改めてそう実感する。

 まあさっきの冗談も、母さんなりの方法で俺と未との距離を案じてくれての発言というのは一応理解できる。

 何も無ければ、会話のやり取りも無いままだ。

 未もさっきの会話がただの冗談だってことぐらいわかってるはずで、真に受けてることはないだろう。つまり俺はそこまで変な心配はしなくていいはず。

 だからトラウマよ、蘇ってくれるな。


「あ……これ、未のお気に入りの皿じゃないか」


 小さい頃、大好きだった熊のキャラクターのプリントが入ってる大皿。

 もう色あせていて、傷だらけで……だから割れても惜しくはないのだろうけど、でも何だか昔の未がまたこうしてひとつ、失われたみたいで少し悲しかった。


 ――ピコン。


「ん?」


 皿の大きな破片を拾い切って、最後にチリトリで細かなものを集めていると不意にポケットからそんなメッセージ着信の音が届く。


『|ω・)』


「はははっ」


 凛子の分身がちらりとこっちを見ていた。顔文字とかまず使わない俺だけど、こういうニュアンスってのは言葉でなかなか表現できるものじゃないから、改めてその存在意義を教えてもらった気がする。


「え? 女の子からの告白っ? ラブ?」

「じゃあなぜ笑う。そのゲーム脳をどうにかしてくれ」


 母さんからの理屈を超越した恐ろしい直感を回避しつつ、そのまま自分の部屋へと戻ることにした。


『4人目の話か?』

『こんばんは……今、ちょっといい?』


 ちょうど送信した直後に凛子から改めてメッセージが届いた。間が悪い。


『こんばんは。もちろん大歓迎だけど』

『大歓迎とかっ……香田って人を喜ばせる言葉選ぶの馬好き』

『馬刺し、確かに好きだけど。ニンニクと合わせると美味いよな』

『誤字はスルーしてよおぉぉ……(´;ω;`) 』


 シマウマが馬刺し好きとか最高に皮肉効いてるが、凛子に言っても訳が分からないだろうし自己満足は自重しておく。

 しかし、ほんと凛子との会話は楽しい。どこまでも出来そうで怖い。


『それで?』


 だから本来の話題を促した。


『あ、うん。そう、4人目のお話……』

『香田って誰かEOEに呼べそうな人、いる?』


 うーん……と唸り、何となく横の壁を眺める俺。


『ふたりぐらいいるけど、どっちもガチでゲーム好きだから難しいかな』

『どうして? そのほうが好都合じゃん?』

『人助けのために利用するだけだろ? ログインしてもたぶん冒険とかしないし、呼ぶだけ呼んであとは放置とか、その人に失礼になると思う』

『…………ごめん。私、そこまで考えてなかった。そっか。利用するのなら、ゲーム好きとかじゃなくてそれを我慢してくれる……友達、がいいんだね』


 当たり前なんだろうけど、でも夕方の会話を覚えてくれてるのが純粋に嬉しい。


『そうだね。俺にとっての凛子みたいな感じ。こんなこと、大切な話が出来る人でなきゃお願いできないと思う』

『だ、だからぁー……香田、上手過ぎ……女の子全員にそんな感じなのっ?』

『凛子以外に女の友達とかいないけど』

『…………』


 そう三点リーダーが連打された後は、しばらく凛子から返事が無い。

 ただ事実を告げただけなのだが、何かこの沈黙は妙に不安になってしまう。

 また俺の想像もしてないことで泣いてないかと心配だ。


『それで4人目だけど、香田に呼べる友達とかいるの?』


 あ。今の会話が丸ごとどこかへとすっ飛んで行った。

 ……まあいいか。俺の杞憂ってことならむしろそれがいい。


「友達ねぇ……」


 なぜか最初に原口の顔が浮かんだ。

 昔の幼馴染とはいえ、それはさすがにあり得ないだろう。俺の気持ちはさておいても向こうが同意するわけがないし、万が一同意するならそれは、俺を今度こそ殺そうと画策していることを意味してそうだ。

 原口を呼ぶぐらいなら、むしろ――


『――なあ凛子。もし呼べるならぜひ呼びたいヤツがひとりいるんだけど、これから打診してもいいか?』

『うん、もちろんだけど……ちなみに、女?』

『ああ、女だよ』

『……』

『どうした?』

『私、ここで嘘つきって怒ると後悔しそうなんで、確認したい(´・ω・)』

『あぁごめん。言葉が足りなかった。その女ってのは友達ではない』

『……恋人とか?( ^ω^)』

『そのキモイ顔文字やめてくれっ、なんか怖い!』

『香田の恋人?』

『違う違う。まったく逆のベクトル』

『???』

『現在、俺が世界で2番目に嫌いな女』

『……スズキ?』

『大正解!』


 そう、もし本当に呼べるなら鈴木が現状のベストだ。

 正直もうくたくたで精根尽き果てそうだけど、明日呼べるのなら最後の力を振り絞ってでもこれから交渉するべきだろう。


『岡崎経由でコンタクト取ろうかと思うんだけど、賛成してくれるか?』

『ミヤマに<どんな質問にも答えなきゃいけない>みたいな誓約を書いたらしい人だよね? うん……いいんじゃないかな』

『じゃあさっそく連絡入れてみる。ちょっと待ってて』


 凛子の返事を待たずに一度綴じて、グループ『§2A放課後会§』を開き――


「うげっ」


『未読:185 件』と表示にある。どんだけ話してるんだよ、あいつら。

 よく見ればグループ内の数人から個人宛にメッセージも届いてる。

 ……めんどくさい。心底めんどくさい。

 こういう上辺の付き合いが時間の無駄に感じて今の今まで寄せ付けないよう、見えないバリアみたいなのを絶えず展開していたというのに……ため息が漏れる。


『香田くん、内村です。今日は初めて話せて楽しかったよ!』

『ありがとう。よろしく』


 送信。


『深山さんの僕への協力の件、ぜひお願いするね!』

『わかった。よろしく』


 送信。


『香田、以後ヨロシク!』

『ああ。よろしく』


 送信。


『香田君って……意外と面白い人ですね。また話してもいい?』

『いいよ。よろしく』


 送信。


『香田様☆とお話できて美紀、光栄でしたっ♪♪』


 ありが――……うん? 何だ、これ?


『ありがとう。美紀さんって面白い人だね』


 この人はユニークだったから、ちょっと変化をつけてみた。送信。

 ちなみにこの人の苗字は知らない。


『コーダ、ハチ公って犬じゃないかっ! バカッ!!!』

『一般教養の足りないお前が悪い』


 うん、やっぱ会話は中身が無くちゃな。


 ――ピコン。


『うるさいっ! バカッ!!』


 はぇーよ……飯食ってても風呂入っててもトイレ行ってても、いつも携帯握ってる人かよ?


語彙ごいが足りない。バカしか言えないのか』

『アホ! マヌケ! ふにゃちん!!』

『ちょっと待て。最後は何だ?』

『深山姫があんなに告ってるのに、抱かないとかあり得ないし!!』

『いやあれを利用して抱くとかそれこそあり得ないだろ?』

『ふにゃちん! ふにゃちーん!!』


「無自覚なのも含めて、絶妙にムカつく……」


 なので正攻法で攻める――いやさ、責めることにした。


『なあマジな話……あんな誓約を書いたグループのお前がそれ言うわけ? お前らが深山にそんな傷つけるような告白を強要したんだよな??』

『…………ごめん。調子に乗ってた』


 約束された完全勝利である。


『真剣に謝る時は、ごめんなさいってちゃんと謝れ』

『ごめんなさい』


 まあ、悪意は無いしこれぐらいで許してやろう。


『ついでにふにゃちんも謝れ(泣)』

『え、それもマジだったとか!? 超ウケるんですけどーっ!?!?』


 瞬時に、俺が許してあげたことを察知して遠慮なく返事してる。

 この調子を過度に相手に合わせる癖も含めて、そろそろ岡崎のことがよくわかってきた。


『……アタシ、完全にコーダのこと勘違いしてた』

『うん?』

『コーダって面白いヤツだね。ノリも意外といいし』

『今頃気が付きやがったか!』


 しばし、間があって。


『ごめんなさい』


 素直で端的な謝罪が届いた。


『何について?』

『ずっと前だけどさ……コーダ寝てるフリしてたじゃん? だから、わざと聞こえるように……悪いこと言ったの、覚えてる?』

『ああ、それこそ鈴木と深山の決定打になったヤツだろ。さすがに覚えている……というか、ほとんど強制的にアレで思い出したよ』

『ごめんなさい』

『語彙がたりねぇ。まあいいよ。それより俺ってそんなスカしてるか?』

『あれは』


 と、一度途切れてからすぐに。


『ううん、何でもない。言えないから忘れて』


 微妙に気になるけど……自制してて、今の状況を遅まきに思い出す。


『そうだ。本題。鈴木の連絡先って教えてくれるか?』

『……無理。そんな勝手、出来ない』


 まあ、それはそうかもしれない。

 これについては岡崎のほうがむしろ常識的な考え方に思えた。


『じゃあ岡崎から鈴木に、俺の話を伝えることは可能か?』

『うん……それなら、まあ』

『伝言の内容は単純だ。<会って話がしたい>……それだけだ』

『いいよ。今、伝えてみる』

『頼む』


 これでとりあえずは一段落着いた。

 無駄話をしてしまったし、凛子のページを急いで――


『|ω・)』

『|・) 』

『|)  』

『|   』

『|)  』

『|;) 』

『|ω;)』


「うおっと!?」


 数分おきにパラパラ漫画みたいなメッセが送られて溜まっていた。

 申し訳ないと思いつつも、微妙に面白いと思ったのはここだけの秘密だ。


『あ。既読!』

『ごめん、お待たせ』

『ううん、全然っ』

『ほんとに?』

『うー……』


 ちょっと間があって。


『……忘れられてるんじゃないかって思って、寂しかったよぅ』

『悪かった。思ったより色々あって、うっかりしてた』

『ほんとに忘れてたんだ~(´;ω;`) 』

『うん。ごめん。でも凛子に嘘はつかない』

『……うん! 嬉しいっ!』


 どんどん結ばれて行く、俺たちのルール。それを実感する。


『それでスズキはどう?』

『今、岡崎に<会って話したい>って伝言渡したところ。その返事待ち』

『香田、ごめんね? 正直私、スズキからの返事は無いと思ってる』

『まあ……俺も確率低いとは思ってる。でも、だからと言ってトライしない理由も無い』

『うん。じゃあ返事が来るまでにダメだった時の別の選択肢を考えよっ?』

『プランBか。凛子は誰か信用の置ける友達の候補はいるのか?』

『ごめん……私のまわりは、無理(´・ω・)』

『そっか、じゃあ――』


 もう一度、ため息混じりに横の壁を眺めていると。


 ――ピコン。


「お……」


 予想よりちょっと早く、岡崎からすぐにメッセが飛んできた。


『ちょっとごめん。来た』

『あいあい!』


 手短に状況を伝えて岡崎のページを開くと。


『ごめんなさい。<ゼッタイ無理>……だってさ』

『……そっか。嫌な役目、受けてくれてありがとう』

『ううん。アタシは別にいいけど』

『鈴木から<裏切り者!>とか言われなかったのか?』

『うん。たぶんそういうのじゃないから』


 ……じゃあ、どういうのなんだろう?

 質問してもいいけど、たぶん答えてくれない。そう直感した。

 岡崎は、本人がいないところでその人のことを語るのが嫌いなヤツだ。

 ノリ重視で物事の良し悪しも分別つかないワンコのくせに、そこらへんは妙に筋が通ってる。

 ……ああそうか。

 どうでもいい些細なことだが、俺本人が寝てるフリしてるのわかってたから、あの時に岡崎は遠慮なく好き勝手なことを言えたんだな。

 つまりは『違うなら否定してみろよ』『寝たフリ、バレバレなんだよ』みたいな挑発の類だったんだと、今さら気が付いた。


『コーダ?』

『ああ、悪い。じゃあ今日はこれで。明日だけどたぶんちょっと遅くて、午後10時ぐらいに集合って感じになると思う。近くなったらまた正確な時間と場所の連絡入れるよ』

『わかった。んじゃ、オヤスミー!』

『おやすみ』


 まさかあの岡崎と夜、お休みを言い合う仲になるとはなぁ……たった1日前にあんなやり取りをしていた関係だったことを考えると、本当に劇的だ。


『|ω・) <暇~ 』


 凛子のページを開くと、また顔文字で遊んでる。


『お待たせ』

『|ω・)っ【誓約】 』

『ん??』


 それはもしかして、誓約紙を手にポップしているのか?


『<香田孝人は明日、佐々倉凛子のおっぱいを揉まないと死んでしまう>』

『それ凛子の誓約紙だろ? アナザーかよっ』

『えええええっ、香田、アナザー知ってるんだぁ!?!?』

『え。あ、うん……まあ』

『あれってトップ数名のみが秘密で手にしているって噂の幻の超レアアイテムだよ! 何でレベル最低の初心者な香田がそんなの知ってるの!?』

『それを言ったら、レベル8のりんこさんも何で知ってるんだよ?』

『そ、それはぁー…………追々……』

『互いに嘘は言わないって話だよな?』

『だから、その……もうちょっと後で。ねっ?』

『わかった。深くは聞かないよ。それを答えてくれた時、俺も教える』

『うん……それでお願いします』

『ああっ、いかん! いかん!!』

『えっ。どしたの……?(・ω・;)』

『凛子と話してると、楽しくてどうしても脱線してしまう』

『私はそれでいいのだけども? いいのだけどもっ?』

『良くねーよっ! それで鈴木からの返事! やっぱり無理だってさ!』

『まあ、予想通りやね(´ω`)』

『というわけでプランB! どうしようか。何も無いなら仕方ないから――』


 正直あまり気乗りしないが、選択肢が無いわけでもない。


『ううん、手はあるよ?』

『へえ? どんな?』


 ――ピコン。


 ネットのアドレスが唐突に送られてきた。

 凛子との会話に集中したいから、目の前にある部屋のパソコンをスリープ状態から復帰させてメッセージ内容を同期させ、そっちからページを確認する。


「……掲示板?」


 趣味で勉強を進めているC言語とかのプログラム関係の開きっぱなしだった複数のウィンドウをぷちぷち消して画面を掃除しつつ、凛子から紹介されてページを確認すると……ごくごく簡素な入力フォームが見て取れた。


『そこ、EOEの非公式マッチング掲示板。通称<イーマチ>』

『掲示板って響き、凄く久しぶりに聞いた気がする……マッチング?』

『うん。そこでログインする同伴者の募集をすることができるの』

『へぇ、便利なのあるじゃないか。最初からここで良かったのでは?』

『そうでもないの』

『というと?』

『初心者狩りの巣窟(ヽ´ω`)』

『あー……でも、レベル高いプレイヤーは同伴しても始まりの丘から強制リジェクトされるんじゃないのか?』

『うん。つまり10分以内で瞬殺できる自信がある猛者ってことかな。あるいは誓約紙のルールもよくわかってない初心者に、酷い誓約を書き込むとか』


 俺はほとんどそのまんま、それの被害者だ。


『なるほど……リスクがあるわけか』

『でもまあ今回は私たち3人で、1人を募集でしょ? だからそういうを狙ってる人は敬遠してくれると思うけど……』

『けど?』

『そもそもそれだと、募集で人が集まらない可能性があるかも』

『どんだけ初心者狩りの巣窟なんだよ……』

『それでなくてもリアル割れを怖がってる人って凄く多いから』

『……ああ、なるほどね』


 PK上等なゲームだと恨みの類のトラブルはかなり多いだろうし、上位者になると大金も懸ってくる。EOEはゲーム内で顔の造形なんかも変更できないし、ならばリアル割れは大変なリスクだ。

 剛拳王やアクイヌスのパーティがひとり足りない状態でも募集しないで素人の俺を迎え入れた理由が、ようやく理解出来た気がした。


『強いて確率を上げるなら<無言>募集かなぁ~』

『無言募集って?』

『互いに一切話さないの。場所と時間だけ決めて、一緒に受付するだけ。ゲームにログイン後も別れの挨拶も無いまま去ってOKって感じ』

『まさにログインするためだけのマッチングだなぁ。なるほど、それなら純粋に困ってる人を呼びやすいし、騙してうんぬん、というトラブルも少なそうだ』

『ね……募集、香田の名前でもいい……? その、本名だけど……』

『え?』


 一瞬、それは確かに躊躇した。

 でもすぐに凛子の名前ではダメな理由も理解出来たから、納得した。


『そっか……<ミルフィーユ>だっけ?』

『うん……私が募集したら、確実にトラブルになっちゃう』


 EOEのりんこは、たぶん『えくれあ』がリーダーのパーティ『ミルフィーユ』に実質、脱会不可能な状態で参加している。

 スレイヴと呼ばれる奴隷状態の関係性から鑑みても、他の人とのログインを募集なんかしたら酷い扱いを受けそうなことぐらい、想像に難くない。


「………………はぁ……」


 つい、考えちゃいけないことを考えてしまった。

 凛子をそんな扱いにしているやつらを八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られる。

 ――それは、深山の件が解決してからだ!

 理屈ではわかる。わかってるからこそ、考えないようにしていたのに……。


『……あの、香田?』

『あ。ごめん! つい考え事をしてただけ!!』

『もしかして』

『……』

『ううん、ごめん。何でもない』


 俺とはまた違う理由かもしれないが、凛子なりに悟ったみたいで言葉を飲み込んでくれた。

 ……良かった。今、『私のことなんか』なんて自虐の表現がこのタイミングで飛んで来たら、俺はどんな言葉を返していたか、その先に自信が持てなかった。


「……」


 だから俺も、謝罪の言葉の一切を飲み込む。

 謝りたい。

 でも本当に申し訳ないと思うなら、凛子を優先しなきゃ失礼だ。

 ……ああ、そうか。ようやく別れ際の凛子の言葉の真の意味を理解出来た。


   ――ミヤマ……ミヤマって人が、うらやましい、よぅ……っ!!


 思い出すだけで、胸が苦しくなる。

 あまりに申し訳なくて、泣きたくなってくる。

 『深山の件が終わったら次は凛子を助けるから、だから今は手伝ってくれ!』なんて口が裂けても言えない。それだけは言っちゃダメだ。

 意味が変わってしまう。

 まるで『凛子のことも助けるから先に手伝え』と餌にしていることになる。

 そうじゃない。俺から凛子に、助けてくれってお願いしたんだ。

 仲間だから。

 凛子も俺を仲間と思って、だから助けてあげると言ってくれたんだ。

 そこを履き違えちゃいけない。


『なあ凛子。明日会ったら、真っ先にぎゅっと抱きしめてもいいか?』

『( ゜ω゜):;*.':;』

『ごめん、今は顔文字無しで』

『あの』

『うん』

『…………お願いします……壊れるぐらい、強めで……』

『壊さないよ、大切なんだから』

『あういちょって待って』

『うん』


 どうやら画面の文字も良く見えないみたいだ。

 ……5分ぐらいだろうか? 本当にしばらく待って。


『嬉しー( ^ω^)』

『テレ隠しでもその酷い顔文字はやめろ』

『うーっ……』


 今頃また口を尖らせてるんだろうなぁ、って想像して口元が緩んでしまう。


『じゃあさっそく募集掛けておくよ』

『え。あ、うんっ』


 友達募集とかじゃないんだ。むしろ無言募集なら簡素な内容で充分だろう。

 募集の日時は明日の午前0時前。募集人員は1名。職業・レベル不問。もうほとんど内容も決まってるし、滞ることなく必要事項が埋まって行く。


『サーバーの種類って? トレーラーのこと?』

『うん。東西南北と中央の5種類で、私たちは東サーバー』

『じゃあ待ち合わせ場所もその東サーバーの前でいいのかな?』

『ううん、東トレーラー前で(・ω・)b』

『??? 何が違う?』

『んーと。解りやすさ優先で誤解を恐れず説明するとね……サーバーはあっちの世界の場所を示してて、トレーラーはこっちの世界の場所を示してるの。私たちが出会った始まりの丘が東サーバーの中身。そしてそのサーバーを実際に運んで稼働させている場所がトレーラー。ちなみにトレーラーって場所を転々としてるんだよ?』

『ああ……なるほど』


 恥ずかしい。ネット初心者みたいなことを質問してしまったようだ。

 そして何故『トレーラー』と呼ばれるのかその理由も理解した気がした。

 スパコンみたいな巨大なサーバー機を大型車に載せて運んでる映像が頭の中でイメージ出来る。


『――よし、募集完了』


 最後に募集するキャラクター名の項目に『香田孝人』と入れて投稿した。

 すぐ画面に反映される。

 改めて表示している募集内容を確認してみたが、誤字含めて問題なさそうだ。


『香田、ありがとー(´・ω・`)』

『いえいえどういたしまして。というか、俺から付き合って欲しいとお願いしてるわけだし感謝するのは俺のほうだよ』

『……あはは』

『どうした? 元気ないな?』

『い、いえちょっとっ、誤解しそうな単語が私を惑わすのデス』


 どういう意味なんだかちょっと気になるけど……もう限界、かも。


『じゃあそろそろ話、まとめようか』

『…………ごめん。もう嘘をつかない約束だから言うね……香田さえよければ、もっともっと、香田とお話がしたい』

『……じゃあ俺も、嘘は言わない約束だから正直に言うよ』

『あ待って』


 ……?


『ううううううううううううう』

『連打してどうした』

『耐えられないよぅ……怖いよぅ……!!!!!!!』

『飽きてないから。嫌いとか思ってないから。あと、面倒くさいとかまったく考えてないから』


 とりあえず凛子が身構える前に、思いつくだけ並べておいた。


『香田ってさ……エスパー?』

『エスパーって単語、久しぶりに聞いた』


 今日はこういうの多いなぁ。新しい情報と懐かしい単語がガンガン来る。

 つまり逆を言えば、今までの交流範囲が極端に狭かったってことかもしれない。


『どうして私の考えてること、全部わかっちゃったの!?』


 あ。全部だったんだ?

 数撃ちゃ当たると思ったら、全弾ヒットでしたか。


「んー……さすがにそれはキザかなぁ……」


 まるで口説いてるみたいに受け取られないだろうか?

 ……でも、たぶん喜んでくれる。それぐらいは信じられる。

 凛子がスレイヴ状態であることを考えないようにしている罪悪感は、そんな風に迷う俺の背中を押すばかりだった。


『そりゃわかるよ。大切な凛子のことばかりずっと考えてるんだから。』


 結局そう伝えた。これは嘘じゃない。

 むしろ真っ先に救うべき深山への心配がどこかへ吹き飛んでしまいそうな怖さを感じるぐらいに、ずっと凛子のことを考えている。

 それは間違いなく、凛子という心が傷だらけの仲間が大切で。心配で。

 だからどういう言葉を贈れば癒せるか……救えるか、喜んでくれるかを必死に想像してばかりの1日だった。


「…………」


 返事は無かった。

『うー』とか『あう』とかも無い。

 凛子の心に少しでも届いてくれたらいいなと俺は――


 ――トゥルルルル……。


「電話ぁ!?」


 知らない番号からだが、もう『直感』とかそんな立派なものでもなくこのタイミング的にどう考えても凛子からだった。

 どうして俺の番号を――あ、あの奪った時かっ!?

 だとしたらほんの数秒のことで……深山の家の電話番号を調べていた時もそう思ったが、やはり凛子の記憶力は相当なものだ。


「は、はい……もしもし?」

「うえええええぇぇんんんっっ……!!! 香田ぁ、香田~っっ!!!」


 想像を超える号泣だった。耳がちょっと痛い。


「会いたいよぅ……えぐっ……会いたいっ……会いたいよぅ……っ!!」

「明日まで待ってくれ」

「ううううーっ、死んじゃう、死んじゃうよぅっ!!!!」

「じゃあもう、ああいうのは言わないでおくよ」

「意地悪ヤだあああぁぁぁ……っっ……!!!」

「凛子こそ意地悪言わないでくれ。もう夜も遅いし無理だろ?」

「ううぅー……っ……無理じゃない、もんっ」


 あ。このパターンはマズイ。

 忘れてた。

 この子は徹夜で20時間掛けてでも武器を買いに行こうとしていた子だった。


「はぁ……ごめん。本当の話をするけど、超眠いんだ……もう、意識保ってられないレベル……」


 これも本当。

 さっき伝えようとしていた内容そのものだった。


「あぅ…………ごめん、なさい……私、ワガママ言って、た…………」

「うん。こっちもごめんな。凛子のパワフルさを舐めてた」

「舐めるっ!?」

「どういう反応だよ、それは……」

「え、えへへっ……香田がベロベロと私の頬っぺた辺りを舐めるの想像してたっ」

「どんな変態だよ、俺」

「あははっ……――あ、ごめ! 香田、もう寝て?」

「ああ……お言葉に甘える……もう凛子の心は、元気?」

「うん、とっても元気…………ありがとう」

「あー……眠い、眠いっ!」


 ほんとに意識が飛びそうで、変なテンションになってきた。


「じゃあ……おやすみなさい、香田」

「ああ、おやすみ。凛子」


 通話を切ろうと指を伸ばしたところで――


「――あ。最後に、ひとつだけ」

「どうした……ふぁ……手短に、頼む……」

「うん」


 電話の向こうで、微かに息を呑む音。


「好きです」


 ――ツー……ツー……ツー……。


 そうして電話は、一方的に切られた。



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