#083b ユニークアイテム
「お礼がわりに丁寧に三枚に捌いてやるから、首を洗って待っててくれや?」
ホログラムのように上空に浮かび上がるジャックの悪魔のような笑顔。
そして演出過剰なマイクパフォーマンスに乗せられ、あまりにも観客席からの視線が俺に集まり過ぎている。
俺はそれに対して軽く手を振り精いっぱいに余裕の笑顔を見せてやると、平台の中ほどまで大人しく引っ込むことにした。
「やれやれ……参ったな……」
魚の切り身のように三枚に捌かれてはたまったものじゃない。
だからと言ってレベル1の最弱な俺がまもともに戦って抗えるはずもない。
「ねえねえコーダ。サンマイって何のことぉ?」
「……背骨をはさんで腹と背中の肉を縦に切り取ることだよ」
「うっひゃ!? そ、そんなことしたらマジで死んじゃうじゃん!?」
「まったくもってその通りだな」
「……っ」
何が怖いって三枚に捌かれるかもしれない不確かな未来より、今、隣りで怒りの炎を確実にメラメラと燃やしている炎の魔法使いの女の子が超怖い。
このコロシアムの観戦席では一切の戦闘行為が禁止されてて本当に良かった。
その制約がなければ今の怒れる殲滅天使様なら創作魔法を全力で駆使し、このコロシアムもろとも業火の炎で焼き尽くしそうな勢いである。
すごく嬉しいし有難いことなんだけど……しかし本当に、俺へと危害を加えようとする存在に対してこの『深山さん』というクラスメイトは容赦がないなぁ。
これじゃ囚われのお姫様を救い出すナイトっていうより、無力な一般市民を守る女王って感じ――
「――ああ」
実はこれって軽い現実逃避だけど……さておき、急に合点がいった。
いつぞや、クラスの皆が深山玲佳という女の子のことを『姫』と呼ぶことに妙な違和感があったことを思い出したのだ。
『姫と言うより女王だな』って当時、理屈じゃなく直感で俺はそう判断していたけど、今さらながらその理由が明確になったわけだ。
深山の容姿ってまさに可憐で繊細で庇護欲をくすぐる『お姫様』そのものだけど、中身はもっと強固で揺るぎない博愛に満ちた『女王』なのだ。
その強大な存在に対して一般市民が『守ってあげたい』なんて考えるのもおこがましい。
というか教室の中どころか今現在も含めて、守られているのはいつも俺。
なるほど、なるほど。
自分の中の深山に対する深い尊敬の念と、すべてを捧げたいと思ってしまう貢献の心理のメカニズムが俯瞰で見通せた気がした。
「香田君? どうしたの?」
「いえいえ。何でもないですよ、深山さん」
「……もうっ。何よ、その他人行儀!」
「だって今、教室で俺を守ってくれている時の顔をしてるから」
「え。あっ」
それでようやくいつもの『深山』の柔らかい顔が帰って来る。
「安心して良いよ。三枚になんか捌かれないから」
「で、でも」
「試合開始直後に俺から降参すれば良いだろ?」
「あっ」
そう。こんな状況ならば必然的に思い浮かぶのは、やはり『降参』。
俺の記憶が間違って無ければ勝利条件に『敵リーダーの降参宣言』という項目が存在していた。
ベストメンバーが揃うランク六位の深山のチーム『火竜』があるのだから、ランク三位の俺のチームは別に無理して勝ち登る必要なんかないのだ。
「俺だって絶対に勝てない相手とわざわざ勝負して嫌な思いをしたくはないし」
「うんうんっ……!」
泣きそうな顔で何度も何度も力強くうなずいている深山。
心底安心してくれたようだった。
恐らくさっきのジャックはこんな俺の判断まで織り込み済みで『ベスト4まで実質確定』なのだと大げさに喜んでいたのだろう。
だからわざわざ無力の俺を恐怖させるようなマイクパフォーマンスで威嚇をしてみせたのだ。
……確かに普通に考えて、こんなの挑むはずがない。
降参するに違いない。
誰でもそう思うはずだ。事実、俺自身も今、心からそう願う。
「良かった……」
「一瞬、コーダがサンマイされちゃうのかとマジでビビッちゃったじゃん!」
「うんうんっ」
深山と岡崎がそれぞれ自分の胸を押さえて心底ホッとしているようだった。
「はははっ、大げさだなぁ!」
対して俺の心は、その奥底でどんよりと暗雲が立ち込めていた。
降参……かぁ。
できると良いね、降参。
――いや。たぶんそれは無理だ。
嫌なことから逃げたいだけの希望的な観測はさておき、冷静に判断するなら俺は『降参』だなんて重要なシステム上の選択、出来るはずがなかった。
そう。確実に『承認ウィンドウ』を求められてしまうパターンだ、これ。
むしろ必然。
試合の放棄なんて、どう考えても冒険の中断と本質的に何も違わない。
その事実に密かに気が付いてしまって、だからさっきから俺は内心で静かにパニックに陥っていた。
現実逃避で長々と姫だ女王だと語ってしまうぐらいには。
「――以上、第1試合はチーム『スミス』の鮮やかな勝利でした~!」
「お」
その後も何かインタビューなり解説なりでも行われていたのだろう。
終わりを括るその宣言にようやく俺は現実へと意識を戻した。
「では続きまして……これより第2試合を開始致します……!」
「マクインちゃん、後よっろしくぅ!」
どうやらこのイベント、インターバルなんてものは存在しないらしい。
司会進行役のえりりんさんと軽くハイタッチして『マクイン』と呼ばれたスレンダーで長身の女性が司会進行を始めた。
よくよく見れば両生類みたいな尻尾が生えてて、耳には魚の背びれみたいなものが広がっていた。
ラウンジの緑色の小人もそうだったけど、GMは結構フリーダムなデザインの人も多いみたいだ。もしかしたら一見して『普通のプレイヤーではない』とわからせるためかもしれないな。
「まずは予選一位。チーム『Toriaez』の皆様、東側よりどうぞこちらに……!」
えりりんさんより若干高く、か弱い印象の声がコロシアムに響き渡る。
冷やかしに近い声援の中、差し出された左手側に六人の男女が順次現れた。
俺は誓約紙fをポップさせて裏面のトーナメント表を改めて確認する。
「ここか」
改めて眺めて思うが、色々と妙なトーナメント表だ。
まずは進行の順番だ。最初が右上で、次が左下。
……なんで左上から進めないのだろう?
あとシード枠のものすごい有利具合も気になる。ランク四位と五位では決勝に進むまでに必要な試合数が二試合も違うというのはずいぶんと極端だ。
そしてランクと予選順位による不自然な割り振り方。
よくよく見れば単純にランク下位と予選上位が一組ずつぶつかるような組み合わせじゃなくて、もっと違う思惑に則って決めているように伺える。
ここからくみ取れる主催側の意図は――
「まあ……つまり、ランク絶対主義って感じだな」
――何となくそんな気がした。
例えば試合順はランク十位、ランク九位、と今月のランキングをさかのぼるように進めている。
そこから何を中心的に考えているかが容易に読み取れそうだ。
あるいは予選一位が次の試合……つまりランク九位という微妙な位置づけの相手と戦うこともまた同様。
普通に考えたら予選で一位になったなら、予選組の中で一番有利なポジションに配置されるはずである。
ならば、ランク十位と戦う第1試合に配置されるべき――となるはずだが、現実はそうじゃない。
それは恐らくシード枠が関係している。
予選一位のブロックにいるシードは、ランク四位。
……だからそのブロックで、しかもランク九位と当たるこのポジションが予選組としては一番有利という理屈に見えた。
もしこの予測が当たっているとするなら、ランク上位者に対する公式側の評価はメチャクチャ高いってことが透けて見える。
つまり裏を返すなら――
「予選組は『かませ』ってことか」
実際さっきもランク十位のジャックが予選二位相手に無双状態だった。
それぐらいにランク入りの常連とそれ以外では実力差があるってことなのだろう。
「……別にランク上位イコール、戦闘が強いってわけじゃないだろうに」
言うまでも無く、ここにいるランク三位は最弱確定だしな。
「さっそくリーダーのかたに意気込みを伺ってみましょう……お名前をどうぞ」
「え? ぼ、僕??」
眼下の舞台ではさっそくインタビューが始まったようだ。
背の低い男の子が、同じチームの仲間たちから背を押される形で一歩前に出る。
まるでマッシュルームみたいに丸みを帯びている長い前髪が鼻ぐらいまでの顔を覆っていた。
「あ、ども……チーム『Toriaez』の、リーダー……なんですかね? えーと、務めてる『TaTaRa』といいます」
ペコペコと何度も頭を下げながらそう名乗って挨拶している。
交代した司会の『マクイン』さんが女性としてはかなり背が高いだけに、彼の背の低さが対比で際立って見える。
凛子よりちょっと大きいか……いや。下手すれば凛子ぐらいかもしれない。
「にししっ、チーム『とりあえず』って超ウケるぅ~! 何それぇ!?」
「いや、俺たちもあんま人のこと言えないけどな?」
「くすくすっ……うんっ」
たぶん俺たちの『火竜』と似たようなノリでチーム名が決まったんだろうな。
見た目が実際の年齢とは一概に言えないが、しかし見るからに若者っぽい衣装をまとった彼のチームに少しばかりの親近感を覚えた。
「――みたいな感じでしてっ……えーと。ランカーの皆さんの胸を借りるつもりで頑張りたいと……そんな風に思います、はい!」
若干しどろもどろになりながら、そんな純朴そうな抱負を語る彼。『まあ頑張れや』って感じで失笑混じりながらも観客から温かい拍手が巻き起こる。
ペコペコと何度も頭を下げながらマッシュルームみたいな髪の彼がチームの列に戻って行った。
「ありがとうございました……では続きましてランク九位『ヴァンガイズド』様がリーダーのチーム、『乾坤一擲』の皆様、西側からこちらにどうぞ……!」
司会の女性が今度は右手をチーム『Toriaez』と正反対の方角へと真横に伸ばし、その登場を促した。
「おっ」
その姿に思わず声が出る。
2mはありそうな身長とそれに釣り合うだけの超人的に隆起した筋肉。
そしてどうしても目を引く、優に1mは超えそうな片手半剣。
自己紹介してもらうまでもなく近接得意の戦士系だろう。
さっきのジャックとはまた違う意味で相手をしたくないタイプだ。
中途半端な攻撃なんて避けることもせず相打ち上等って感じで強烈な一撃を食らわす……という勇ましい戦い方まで目に浮かぶようだった。
「ヴァンガイズド様、インタビューよろしいでしょうか……?」
「フハハハッ! 『勇者ヴァン』で一向に構わんぞぉ! 気軽にそう呼んでくれたまえ!!」
「……はい……」
となりに深山がいるから過激な発言は自重するけど…………地味に、痛い。
その名前と、キャラになり切った感じのその芝居掛かったセリフ回し。
コイツは紛れも無くEOEガチ勢だ。
見た目こそ剛拳王っぽいけど、あっちがゲームというより金儲けって感じで淡々と貪欲にプレイしているのに対し、こっちはEOEというゲームへ入れ込んだマニア感がものすごい。
そういやこの街で出会ったカナリアの副隊長――『サリウス』だっけ?
あの男のことを連想して思い出した。
今、気が付いたけどどっちもファンタジーRPGっぽい気取った名前だな。
キラキラネームならぬ痛々ネームである。
そんなヤツらがゴロゴロしてるなんて、さすがは廃人専用ゲームって感じか。
「って、俺は自分でつけた名前じゃないし……」
ついでに俺自身も当初は『エメンタール』を名乗る予定だったことまで思い出し、つい無意識に言い訳をしてしまう。
皮肉なことに『いつもの調子で登録しなくて本当に良かった』と初めてバグに感謝する俺だった……第三者視点って大切だなぁ。
「香田君、さっきからどうしたの?」
「あ、ごめんごめんっ」
そろそろ現実に戻ろう。
「――まあそんな感じである。我が剣技とくと見ておれ! フハハッ!」
こうしている間にもチーム『乾坤一擲』のリーダーであるヴァンガイズドという大男の芝居掛かったインタビューは続いており、そしてちょうど終わるところだった。
自分で言うのも何だけど、さっきから聞き流しているこの態度から鑑みるに俺はインタビューなんてものにまったく興味がないらしい。
「ありがとうございました……ではさっそく試合に入りたいと思います」
スッと静かに片手を挙げる司会のマクインさん。
「第2試合! 開始5秒前……4……3……2……1――」
観客と共に一体となってカウントダウンが進む。
そして。
「デュエル・スタート……!」
ビーッといういつもの機械音が天空の会場内に鳴り響く。
本戦第2試合の決闘がこうして開始された。
◇
「――は」
自分自身、その言葉がどういう意図で吐き出されたのかよくわからない。
ただひとつ確かに言えることは、完全に虚を突かれた、ということ。
だから感動の声かもしれないし、あるいは茫然の吐息なのかもしれない。
もしくはあまりのあっけない幕切れへの失笑か。
「あ……チ、チーム『Toriaez』の勝利です……!!」
司会のマクインさんも似た感じだったのだろう。
ようやく我に返ってそう宣言をした。
観客席も一様にザワザワと各々が思うことを口にしているだけで、ワッと爆発的ないつもの歓声は完全に鳴りを潜めていた。
実質、勝敗は一瞬で決していた。
試合開始の直後。
最初のインタビューと同じようにチームメンバーに背中を押されてマッシュルームのような髪型の彼が単身、最前線をおぼつかない足取りでオドオドと進み出た。
それを受けてか、対する『乾坤一擲』のリーダーであるランク九位のヴァンガイズドという大男もまた、ひとり前に進み出る。
つまりリーダー同士の一対一で勝負をつけよう、という流れに見えた。
――それ自体は決して愚かな行動とは思わない。
なぜなら勝者はこの後も試合が繰り返されるのだ。
ならば戦力と情報は可能な限り温存したいと考えるのがむしろ必然だった。
リーダーというのは、俺という一部の例外を除いて基本的にはチームの主戦力だろう。
つまり一対一でどちらかのリーダーが負けた瞬間、チーム自体が負けたも同然。
『火竜』で言うなら深山がリタイアしたような絶望的状況。
あるいは音声では聞き取れなかったが、もしかしたら『リーダーが負けたら残りのメンバーは降参する』ぐらいの誓約を密かに交わしている可能性もありそうだった。
とにかく、ふたつのチームのそれぞれのリーダーは舞台の中央で対峙した。
片や刃渡り1mを超える片手半剣を抱えた大男。
それに対して片や、丸腰の小男。
――そう。完全な丸腰だった。
武器が装備できないということはないだろう。
最弱の俺ですらダガーぐらい持てる。
だから最初、てっきりそのマッシュルームみたいな髪の彼は魔法使いだと思っていた。
深山のように指輪タイプの媒体を装備しているのだろう、と。
しかし現実はちょっと違う。
呪文なんて唱えなかった。
それどころか指一本動かさなかった。
なのに、気が付くと大男は崩れ落ちていた。
より具体的には、油断することなく一切の躊躇もないままに素早く片手に持つその大剣を振り下ろすその途中、突然ヴァンガイズドは前のめりに倒れた。
そしてそのまま姿を四散させ、退場となる。
それを追うようにチーム『乾坤一擲』のメンバーも次々と自ら試合を放棄していた。
こうして今に至る。
さっぱり状況がわからない。
唯一わかることがあるとすれば――
「――ユニークアイテム、か」
呪文の詠唱のようなものがない。
触れていない。
そこから対象者をひとりに絞ったタイプのユニークアイテムだということを推察するに至った。
付け足すなら、おそらくはカウンタータイプ。
つまり発動条件が成立することで自然発揮されるような内容の効果なのだろう。
『危険が迫ったら』とかそんな感じだろうか?
とにかく、マッシュルームみたいな髪の彼――『TaTaRa』と名乗ったその人は何をするでもなく全自動的にランク九位の大男を一瞬で倒し、そしてそのまま相手側メンバー全員の降参という形で速やかに勝利した……という流れだった。
「ねぇねぇコーダ……今、アイツ何やったのぉ……??」
「わからん」
どうやら予選組が『かませ』だなんてさっきの認識は過ちだったようだ。
この番狂わせにいまだ観客席のざわつきは収まらない。
おそらくは公式側にとってもあまりの想定外な展開だったらしく、司会の進行が止まる。
そういえば勝者への疑似的な紙吹雪を飛ばす演出すら出し忘れてしまっているようだった。
「参ったなぁ」
わかってた……つもりだった。
俺たちのチームにSSがあるように、他のチームにもそれなりに強力なアイテムが存在しているだろうとは覚悟していた。
だけど、その予測はどうやら甘かったらしい。
『それなり』どころの話じゃない。
第1試合のジャックが姿を消したのもアイテム。
今の第2試合、一瞬でランク九位の上級者を倒したのもおそらくアイテム。
もはや『試合を左右する最も重要な要素』と表現して過言ではないこの状況だった。
正直俺は、そこまでの評価はしてなかった。
しかしこうして目の当たりにしては認識を改めるしかない。
”ユニークアイテムってのは、怖ろしく強い。“
『詠唱』という予備動作がない。
どのような効果があるのかの情報も相手側に開示されていない。
なので身構えることすらできないし、事前に対策を練ることもできない。
その二点において、攻撃手段として呪文を遥かに凌駕しているだろう。
「あの……僕には勝利者インタビュー、してくれないんですか?」
「あ……大変失礼しました……!」
照れくさそうに頭を掻きながら当たり障りの無いコメントをしているその小男の姿を眺めながら、俺は軽く込み上がって来た戦慄に身体を震わせる。
次は第3試合。
俺たち『火竜』の第5試合まで、もう間も無くという状況だった。
■Next Battle!
大変お待たせしました~!
相変わらず更新遅くてどうもすみません(;´・ω・)
というわけで近況報告。
現在苦しんでるリアルの仕事ハメですが、どうやら今月末で少し落ち着きそう。
まだしばらく以前みたいな『毎日更新!』とかは出来そうにありませんが
でも、もうちょっと更新速度は上がるかなと思います。
せめて週一ペースぐらいは守りたい……(ヽ´ω`)
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最新話までお付き合いありがとうございました。
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