#080b 特等席
「ああ、そういうことか」
ダンジョンの地下一階。
アンスタックによって俺たちのチームを含む周囲3m以内のすべての対象の者が使用者『ネネリ』のホーム設定をしている大会予選の会場へと転送されるその途中――真っ白な世界の中で俺はふとそのことに気が付いた。
”アンスタック…………積み重ならない……引き出す? 変な感じ……“
深山がその名称に疑問を抱いていたことをまずは思い出す。
そして。
”昔はね……あのダンジョンしかなかったの~“
続いてみーから聞かせてくれたこの世界の歴史を思い出していた。
なるほど。
つまりこの用途が、そもそもの正しい使い方ってことか。
ダンジョン探索物のゲームであるならば、当然ながら出入り口付近で渋滞が起きやすい仕組みになる。その待ち時間やストレスを解消するための高価なアイテムが『アンスタック』だったというわけだ。
前身のWEOEからオープンフィールドの冒険物のゲームとして今のEOEへと生まれ変わるその中でこのアイテムの効果が拡張され、変化し、今に至るのだろう。
「昔の名残りだったんだな」
別にそれで何かが得するわけじゃないけど、ゲームの歴史とその変遷に触れた気がして妙に嬉しかった。
そうして昔の歴史に思いを馳せていると――
「――うおおおおっ……!!!」
歓声とも雄たけびともつかない地響きのような音に包まれて驚く。
ふと見回せば、いつの間にか周囲は人混みに溢れていた。
ダンジョンから戻って来たのだ。
『はーい、予選第一試合の勝者はチーム『らばうと』の皆さんでした~!』
どうやらすでに予選は開始されているようである。
予選に参加していないので詳しいルールは知らないが、確か『ポイント争奪のバトルロイヤル形式』という説明は司会者から以前に聞いた覚えがあった。
つまりいくつかのチームが一ヶ所に集まりバトルロイヤルの乱戦を行い、最後の1チームになるまで戦い続けるような仕組みなのだろう。
『ポイント争奪』というのは積極的に戦わないとポイントが得られない仕組みに感じる。つまり逃げ回って最後まで生き残ったとしても、同日行われる他の予選の勝者にはポイントで勝てない、という感じか。
たしか今日は四つの街で同時に予選が開催されているはずだから……各地で2~3チームが選ばれるのか、それともバトルロイヤルで生き残った全勝者の中からポイント順で上位10位までが選ばれるのかまでは定かでないが、とにかく積極的に戦って戦って生き残ったチームだけが選ばれるということ。
つまり真にバトルに特化した強いチームだけが予選を突破するのは間違いがなさそうだ。
「レベル高そう」
例えば経験値を全部レベル上げに費やしている人なんかがその典型例だろうが、ランキングに入らないけど戦闘にはめっぽう強いというガチプレイヤーなんてゴロゴロしてそうだ。
……まあそりゃそうか。
何せ実際、最弱の俺がランク三位なのだ。
見渡す限りここに居る全員が俺よりバトルに強いだろう。
「ありがとうございました!」「サンキューな!」
「え? ああ」
ポン、と肩を叩かれて振り返ると……先ほどいっしょにアンスタックでダンジョンから出てきた『ネネリ』という魔法使いと、あと最前列で言い争いをしていた戦士風のあの男が軽く俺に礼を言って人垣の中へと消えて行った。
ちなみにダンジョンで共にアンスタックの効果を得た他の冒険者たちはすでに見当たらない。たぶんどこかに立ち去ったその後なのだろう。
まあプロトコルで誓約を交わした上で皆から効果範囲に入る代金はしっかりと前払いで受け取っているし、何か後で想定外なことがあっても連絡が取れるようにブックマークで全員を登録もしてあるから、無言で立ち去っても問題はない。
むしろビジネスライクにしたのは俺のほうなんだから、これでいい。
「コーダぁ! アタシ見えない、なーんも見えなーいっ!!」
言われて振り返ると、俺より頭ひとつぐらい背の低い岡崎と深山がそれぞれ並んで背伸びしていた。
「俺も何も見えないよ。ちょっと場所を変えようか」
「はい! ……でもどこに?」
「うーん……」
周囲を見回す。
少し離れた宿屋などの窓や屋根の上から観戦している人たちがすでに多く見かけられた。皆、考えることはいっしょってことだ。
「あ! 岡崎、あそこの上にしよう」
「ほへ? どこどこ?」
俺は背面の、先ほどまで潜っていたダンジョンの入り口となる真四角で巨大な白い建造物を親指で示した。
「すまないけど連れて行ってくれ」
◇
この石畳の古い広場は、そのちょうど中央に巨大な白い建物が位置している。
ダンジョンの入り口となる三枚の扉は、建物の南側にある。
現在予選が行われているのは南東の辺り。
そして今、俺たちが移動して来たのはその正反対である北西の辺り。
予選に向けて練習やミーティングをしているチームがいくつか散見できるが、しかし人もまばらなこの場所で。
「せーのっ……!!」
岡崎のその掛け声と共に、俺たちは同時に全力で跳躍する。
「ガロンッ……!!」
おそらく最大出力のフェレット――術者本人へと噴かれる『ガロン』が発動し、俺たち三人は下からの烈風に身体を浮かび上がらせた。
「きゃあああっっ」
スカートを気にしている深山が俺にしがみついて叫んでるが、ほぼ風切るその音でかき消されていた。
ちなみに深山にしがみつかれている俺も俺で、岡崎の首にしがみついている。空中でバラバラにならないようにこうしてしがみ付き合って一体化しているわけだ。
あと、術者本人以外は少なからずダメージを負うという事情もある。なので岡崎の背が直接風を受け止め、俺たちはその岡崎の身体の勢いに押し上げられているような形にしている。
簡単に言えば下から岡崎、俺、深山というサンドイッチみたいな感じだ。
「――……っっ……」
しかし、さすが岡崎はガロンを使った飛行に慣れているだけはあるな。
声ひとつ出さず身動きひとつせず、という感じで俺たちを全身で支えてくれている。
無理をさせているのか、顔が真っ赤なのは少し気になるけど。
「あぁもうっ、ガロンッ……!!」
ちょっと勢いが足りないと判断したのか、岡崎の手によって二発目が放たれる。
さらに加速がついて烈風と一体となり空中に投げ出される形となった俺たち。
特に魔法使いの深山と岡崎は膨らみのあるゆったりとした布に包まれているので、まるで凧のように全身で風を受け止めている。
ふたりには見劣りするものの、軽装の俺も気流に乗るには悪くない。
数秒の飛行の後、わずかな放物線を描いて俺たちは真四角な白い建造物の上へとべちゃっと折り重なって落下するような形で到着した。
「ぎゃあっ、お、重たぁ……!!」
一番下の岡崎が当然の悲鳴を上げている。
「悪い悪いっ、ありがとう岡崎」
「……まあ、そのぉ、役目? だしぃ?」
まず最初に、無意識に抱えていた深山の身体を解放しながら慌てて立ち上がり、そしてぷいっと顔を逸らして困ったような顔をしている岡崎の手を引いて彼女の身体を起こした。
「あら。いらっしゃい♪」
「え」「あ」「うぎゃ」
やはり考えることはいっしょか。
ただこちらの場合、選ばれたごく一部の……主に風の魔法をかなり高いレベルで習得している術者や、垂直の壁をよじ登れるような特殊なスキルを持つ人たちのみがこの特等席からの高みの見物を楽しんでいるようだった。
その中に、『やはり』と言うべきか神奈枝姉さんも居たわけだ。
「三人を連れてこんな高さまで飛んで来れるなんて……いったいどんな呪文を使ったのかしら?」
「さあ?」
「ふふふっ、まあ明日、それは披露してもらえるってことで期待しておくわね」
「……そうかもね」
例え姉弟でも、この世界ではランク一位と三位というライバル同士だ。
互いに含みを持たせた緊張感のある会話を交わす。
「KANAさん……こんにちは」
「あら、ミャアちゃんこんにちは~」
神妙な面持ちの深山が小さく頭を下げると姉さん――いや、KANAさんは手をひらひらさせて笑って返していた。
ちなみに岡崎はと言うと――
「…………」
――俺の背中に隠れて怯えた仔犬みたいな顔をしていた。
まあ明日は戦う者同士だ。
変に慣れ合う必要もないし、態度としてはそれで何も問題はないだろう。
「ほらほら孝人くんっ、こっちこっち! お姉ちゃんといっしょに観ましょう♪」
「明日は戦う者同士、なんだけどなぁ……」
さっきの緊張感はどこへやら。
ライバル視もされてないのか俺の手を遠慮なく掴むと嬉しそうに引っ張って、屋根の南東側の端という特等席へとそのまま連れて行ってくれた。
「――あれ」
ふと見れば。
「やあ……これはこれは。お久しぶりだね?」
「ふん、香田。キサマか」
不穏な表情のアクイヌスと剛拳王を筆頭として、ラウンジで見かけた面々が数人その場に居た。
「……その節はどーも」
KANAさんが居るからこのままバトルにはならないと思うが……しかし言いようのないピリピリとしたこの空気には、思わず気圧されそうになってしまう。
「よう、レベル1のニーチャン」
「あ」
次に声を掛けて来たのは、手足が蜘蛛のように異様に長い、極端な三白眼の男。見覚えがある。
確かあの人はああ見えてラウンジで俺に軽くアドバイスをしてくれた人だ。
しばらく悩んだが……名前をどうしても思い出せず、操作モードに入ってネームプレートから『ジャック』という表示を確認した。
「そういうとこ見てると、マジでレベル1だよなぁ?」
「物覚えが悪くて申し訳ない」
露骨なその調べ方が癇に障ったのか、それとも素人丸出しで逆に面白かったのか顔を近づけてその『ジャック』が片方の口元だけを歪めていた。
「……ん? あれ」
ジャックの後ろでしゃがんでいる、凛子より小柄なフードを被っているプレイヤーのネームプレートがふと視界に入り、『天錫』というその表示からたしかランク五位の人だと連想して思い出した。
つまりここは、KANAさんのいう通りにまさに特等席。
豪華すぎる面々。
もはや『ラウンジ』。
単純にここまで登れる能力があるというだけじゃ同席も許されないような、真に選ばれた者だけの特別な空間に感じた。
「ほらほら、孝人くん! 早くしないと次が始まっちゃうわよっ♪」
「姉――KANAさん、そのっ。近いっ、近いからっ」
予選の会場を一望できる屋根の端の端へと俺を強引に連れ出してそこに座らせると、遠慮なしに右腕にしがみ付いて密着させてくる。
「あら、いいじゃないっ♪」
「良くないっ! 明日は戦う間柄だろっ!?」
「じゃあ今日まで良くない?」
「どういう理屈だよっ……」
そんなむにむにと遠慮なく、マシュマロみたいな巨大な胸を腕に押し付けないでくれっ。
息が耳元に触れるほど顔を近づけないでくれっ。
「じゃあもっともらしい理由をつけてあげまーす。孝人くんがここから落ちちゃったら即死でしょ? だからKANAお姉ちゃんがそうならないよう、こうしてぎゅーってして守ってあげてるのです♪」
「自分でもっともらしい、とか言わないでくれよ……」
「いぇい、お姉ちゃんの勝ちぃ♪」
俺が正面から反論できないでいるこの状況でさっさと勝敗をつけられてしまった。
たしかにまあ……それは事実に思えた。
ダンジョンの入り口となる巨大な四角い箱のような建物。
その屋根の端にこうして座っている俺。
足元に広がる予選会場を見渡せるというこれ以上ない絶好のポイントだが、しかし高さで言うなら軽く10mぐらいはあるのだ。
ついうっかり落下でもしたら無事では済まないだろう。
――いや。
「……香田君?」
振り返るとちょうど深山と視線がぶつかった。その後ろの怯えて真っ青にしている岡崎の顔も見える。
KANAさんがこうして俺たちを守ってくれているのだ。
『ついうっかり』背後から攻撃なんてされないように。
間違ってランク一位の彼女にまでその攻撃が当たったりした時、おそらくここは一瞬で壮絶な戦場と化するのだろう。
「ほらほら、そこのふたりもこっちいらっしゃい♪」
「……そうだな。ふたりも俺の隣に来てくれ」
「はい」
「えー……」
緊張している様子の深山が押し黙ったまま俺の左手を結び、そして怯えた様子の岡崎は俺の背中のシャツを強く握る。
「さ。第二試合が始まるわよ?」
「……うん」
KANAさんにそう促されるまま、俺は眼下に広がるバトルロイヤルの会場を集中して眺めることにした。





