#079b チェーンロック
――ピィ、キュルルゥ、ピィ……。
「ん……?」
この世界の野鳥だろうか?
何とも奇妙な鳴き声で俺は目が覚めた。
「ふぁ……」
ゆっくりと身体を起こし、ボリボリと頭を掻く。
しばらくぶりに、ゆっくりと睡眠をとった気がする。もう身体が『これ以上は必要ないよ』と遠慮しているような静かな満足感と。
「……ふふっ……」
目の前でまるで子供みたいに眠っている無防備な深山の寝顔を眺め、その充実感に思わず笑みが勝手に零れた。
朝――じゃないか。おそらく昼下がりの陽ざしを受けて、寝具に広がる綺麗な艶っぽい髪がキラキラと輝いていた。
ほぼ二日間まともに眠ってなかった俺より睡眠をむさぼるとは……よっぽど精神的に参っていたんだろうなぁ。
昨晩、あれから地味に大変だった。
『ふたりきり限定』という条件の下ではあったが、俺も深山と同じように『質問には答えなければならない』とする誓約の一文を書き入れた後、想像を絶するぐらいの質問攻めを受けた。
その内容は、深山へ抱く価値や気持ちに終始していた。
まったくもって不本意極まりないが、何一つ俺の言葉を信じてなかった深山は、何度も何度も俺の気持ちを確認していた。
後述する深山自身の秘密や、高井とあったことなんかを俺に教えてくれるその度に『やっぱり嫌いになったでしょう?』なんて感じでいちいち確認してくるもんだから参ってしまった。
「……白騎士の職業選びは伊達じゃなかったわけだ」
そう、高井の件。
今度高井に会った時は労ってあげたい。
あと謝罪もしたい。
下種な俺が心配するような展開なんてひとつもなかったようで、深山からの説明を聞く限り、高井の態度は非常に紳士的なものだった。
最初はクラスでの出来事や皆が心配していることなどの世間話を一通りしたその後で、満を持しての告白。
そしてそれに対し熾烈を極める深山さんの拒絶。
深山いわく『死体に鞭を打つような』とても厳しいものだったらしい。
こっちは予想通り、高井から自分のことをどう思っているか『質問』してきたみたいだから、おそらく誓約の強制力によってすべてを吐き出すしかなかったのだろうが……しかし同時にそこには『自分を嫌ってほしい』とする深山の思惑もあったように感じる。
それがちょっとばかり、エスカレートしてしまった。
でも高井はキレるでも絶望するでもなく、最後まで受け止めたそうだ。
……すごいや。とてもじゃないが俺には真似ができそうにない。
そこから察するのは彼の考え方。
ただ単に自分の気持ちを伝えたいというだけに留まらない、真に深山のことを案じている様子が伺い知れるようだった。
最後は『何かの足しにしてくれ』と自分の所持金と装備一式を深山に託し、笑顔の中でログアウトしたようだった。
彼は最後まで深山の白騎士を演じきった。
同性として素直にカッコイイと思う。
――それがまた、酷く深山が自分自身へと糾弾することに繋がった。
いくら高井がそれを望んだとしても、自分を好いてくれた無防備な人間相手に掛けるべき言葉じゃなかったと自分を責め続けていた。
その心の整理が長いことつかず、あれだけの時間が必要だったらしい。
「……俺からの価値、か」
どうやら『今度は自分の番』みたいな気分だったらしい。
自分が高井にしたように、自分もまた香田孝人から『死体に鞭を打つ』ような熾烈な拒絶を食らうことを覚悟していたらしい。
『エッチな視線でジロジロと胸ばかり見てくるいやらしい高井』という嫌悪感は本物で、そこは否定しない。隠そうとしない。
それを伝えたその上で俺の中の深山の価値を何度も何度も確認してきた。
深山の秘密――いや、秘密でも何でもなくて大体においてはすでに俺も良く知っている情報だが……まあ、終始彼女が『汚い』と絶望している彼女自身の俺への劣情を、事細かに説明してくれた。
まるでそれはもう『どうにかして俺に軽蔑されたい』と努力しているかのようだった。
こうして明確に思い出すこともはばかられるが、とても執拗だった。
俺のことを想って秘めたる行為をしてくれている、というのはあの夜の告白で充分に知っていることだったが……それでも、なかなか強烈だった……。
どんな風に妄想を膨らませて、という既知のシチュエーションの話から始まり、具体的な日時と場所、その方法だとか、しまいには週に二回と決めていたのにどうしても三回してしまった時があるというわけのわからない懺悔に至るまで、とうとうとすべて教えてもらってしまった。
「おっと……ストップ、ストップ……」
また明け方ひとりでもがき苦しんでいた状況に陥りそうで、慌てて頭を振って思考を停止させる。意識して思い出すことを停止させる。
ギリギリ許容範囲だったみたいだ。少しの嘔吐感が込み上がって来ただけでのたうち回るほどの酷い苦痛は免れる。
……ま、それもそうだろう。
その後に続いた出来事から比べたら――だから。俺……思い出すなって。
「……はぁ」
まあとにかく、だ。
深山は持て余す自身の劣情に相変わらず苦しんでいるようだった。
おそらく自分自身に対しての抑制が強いその分だけ反発しているのだと思う。
それはつまり俺がまさに今、深山の赤裸々な告白を『思い出さない』ように強く抑制しようとしているこの状態と同じだろう。
抑制しようとするその分だけむしろ否応なくそれを意識してしまって離れられなくなっている。
『考えるな』と『考える』ほど、そのことを『考えて』しまう。
非常に厳しい二重拘束だ。
「しかし、こんな綺麗で可愛い女の子が――……ん?」
どうしても意識してしまい頭を抱えて苦悩していた俺は、つい目の前で安らかに眠るお姫様の顔をもう一度観察したくなり、視線を送る、と。
「……っ」
いつの間にかお姫様はちゃっかり目を覚ましていたらしい。
ひとり悩む俺を熱っぽく眺めていたその宝石みたいな瞳と、バチッと視線が合ってしまった。
「あ、深山。おはよ――」
「――ごめんなさいいいいいいっっ……!!!!」
朝の挨拶もなしに、がばっ、と寝具の中へと頭から潜り込んで叫ぶ深山。
「ち、違うっ、違うのっ! 昨日の、あ、あれはぁ、こうっ、ふわ~ってなっちゃっただけでぇ!!!」
おお。久しぶりだ、この感じ。
いつぞやは自身のマントだったが、今度は寝具を使って懐かしい深山まんじゅうが目の前で形成されている。
そのおまんじゅうが叫んでる。
「こ、こう、自分の気持ちに流されちゃっただけでぇ……!!!」
「ぷっ……それってつまり、何も『違わない』んじゃないの? 自分の気持ちに正直になっただけだろ?」
いや、『深山まんじゅう』ってちょっと語呂が悪いな。
『みやまんじゅう』にするべきか……なんてくだらないことを考えていると。
「――っっ……!!!」
目の前のその『みやまんじゅう』が大げさにビクッと揺れた。
さながらファンタジー世界のスライムのようだ。
「それとも深山は、嫌だった? 俺は忘れたほうが良かった?」
「そ、そんなこと――……っっ!!」
「あ」
「あっ」
ガバッと一瞬巨大なおまんじゅうから真っ赤な可愛い顔が飛び出して来て、目と目が合った瞬間にシュッと再び戻ってしまった。
「…………はい、そうです」
「ん?」
一瞬、『忘れたほうが良いです』って意味に受け取りそうになってしまった。でもそうじゃなくて。
「何も違わないの……わたしの気持ちに正直になっただけ」
さっきよりちょっと抑えられたトーンでそうワンテンポ遅れて返事している深山。
「嫌なわけ……ないです。どうか忘れないでください……」
それはたぶん、誓約の力が働いているようだ。
恥じらいと若干衝突しながらも、そう俺の『質問』に返事をしてくれる。
「そうか、それは良かった。じゃあ今度は深山の番だよ?」
「は、はひっ……!」
これが昨晩から新しく創られた、俺たちのルール。
「質問。こ、香田君は……あんなことされて……い、嫌じゃなかったんですか……?」
「まーたそれぇ? たまには違う『質問』してくれよぉ」
「だ、だってぇ……!!」
新しいルール。
それはただ『答えた回数だけ質問する』という、とっても単純な内容。
「じゃあ返答。嫌じゃなかったよ。むしろ――」
「嘘っ!」
「嘘って言われてもなぁ……」
「あ、あんなっ……あんなお願いっ、四回もしちゃうなんてぇ……!!」
「いや、五回だけど」
「はうううううぅぅぅ……っっ、ご、ごめんなさいいぃ……!!」
「気にしないで」
「こんなことばっかり考えている女の子でごめんなさいいいっ!!!」
目の前のおまんじゅうがガクガク震えてて面白い。
「引いちゃうよねっ!? こんなの幻滅よねぇっ!?!?」
「全然引いたりしてない。幻滅なんかするはずもない……可愛かったし、すごく嬉しかったよ」
「か、かわっ!?」
「お」
「あっ」
シュッと顔を出してシュッと戻って行く。普通に面白いぞ。
「あの…………もう一度、聞かせてくれませんか……?」
「それは質問?」
「……はい」
深山にとってこの言葉が特別なことぐらい、もちろん良く知っている。
だからおまんじゅう相手に伝えるのももったいなくて――
「いい加減出ておいで」
「きゃっ!?」
――強引に深山をおまんじゅうの中からひっぱり出した。
さっきもちらっと見えたけど、ほんとに顔、耳まで真っ赤。
雪みたいなすごく色白な肌をしているからこそ、そのコントラストが鮮やかさを際立たせている。
「深山」
「は、ひっ」
「可愛い」
「……ほんと?」
「それは質問だよね」
「はい」
「じゃあ強制力が出てくるのをちょっと待ってて…………うん」
涙目の深山としっかり見つめ合ってから。
「本当に可愛い」
「……っっ!!!」
こんなの嘘偽りなわけがない。
今、この瞬間に感じている感情をそのまま伝えただけ。
だから実際はほぼ強制力なんて発生してない。
――でもそれは本当に待ちわびていた言葉だったみたいで、深山は心から幸せそうに瞳を細めていた。
『100%絶対に嘘じゃない』というこの事実は、何より彼女の心に多大な作用を与えているようだった。
「そういや深山からの質問がひとつ多いな」
「え、あ。ごめんなさいっ!?」
「いやいや。そんな真面目に謝らなくていいから。じゃあそうだなぁ」
うーん……とちょっと考えて。
「質問」
細くて長い深山のサラサラな髪の毛を軽く撫で、そして紅く染まるほおを包むように手を当てて。
「散歩に行きたいけど、付き合ってくれる?」
「返答。はい、もちろんですっ」
強制力なんて発揮するのも待てないのか、即答でそう答えてくれる深山だった。
◇
「――ああぁ~……罪悪感~っ!」
宿屋を出てすぐに気が付いたのは、太陽の位置からもう夕暮れ近くだってこと。
「ほんと、たっぷり寝てしまったなぁ」
「え?」
「え?」
……どうやらトンチンカンな返事をしてしまったらしい。
「質問。何に罪悪感?」
「返答。香田君と……こうしていること」
ちなみに宿屋から表通りに出た今は、俺に対して誓約の力は働かない。
『ふたりきり』どころか週末の街中は多くのプレイヤーたちでごった返しているからだ。
そこら中から喧騒や活気に溢れた声がこの耳に届く。
見ればモンスターをテイムした馬車のような乗り物も多くが行き来している。
「罪悪感、ねぇ。質問。それは高井のこと?」
「返答。ううん、またまた見当外れ! 香田君なのに珍しい」
もはやこれぐらいの質問は俺たちの間ではタブーでも何でもなかった。何せ昨晩はもっともっとデリケートな質問がいくらでも飛び交ったのだから。
「正解は……香田君をこんなに独り占めしていること」
ぎゅっと俺の手を強く握る深山。俺と結ばれているその細い指先から熱い気持ちが伝わってくるようだった。
「ただの愛人なのに……凛子ちゃんに申し訳ないです」
基本、自分のことをあまり低く言わない深山だが、この部分に限っては一貫して一歩後ろに下がった評価をし続ている。
その原因は質問しなくてもわかる。俺が一度、凛子を選んだからだ。
それを凛子側が辞退して……深山からすれば凛子からの温情によって末席に座することを許された心境なのだろう。
もはや俺にとっては右と左。あるいは赤と青。もしくは海と山のように比較もできないそれぞれ等価値な存在なんだけど……いつか深山とトコトン話し合って、そこを認めさせたいものだ。
「凛子は召使いのつもりでいるけどな」
「はぁー……凛子ちゃんってすごく心が綺麗よねぇ……心の中がドロドロに汚れちゃってるわたしじゃ、全然敵わないや」
「深山は深山の魅力があるよ」
「…………うん。嬉しい」
そういや敬語、すっかりどこかに消えてなくなってくれたな。
とても自然な様子の深山を見て、嬉しくなってしまう。
「しかし、罪悪感か……」
「え?」
俺の独り言に鋭く反応を示す深山。
「返答。高井に対しての罪悪感はむしろ俺が抱いてるな、って思い直していたところ」
「え……あ、うん」
「こんな可愛い人――」
「――ま、待ってぇ!」
「へ?」
「……こ、こんな街中で言われちゃうと、困っちゃうよぅ……!」
「可愛い」
「やぁんっ!」
「深山、可愛い」
「だ、だからぁ……!!」
繋いでる手をぶんぶん振り回して身悶えしている深山。そのエッチな身体をくねくねされちゃうと目のやり場に困ってしまう――……むぅ。結果的に深山の思い通り、これ以上エスカレートするのは自重する俺だった。
「あ、そうだ香田君!」
「ん?」
「彼から預かったアイテム、どうするべきと思いますか?」
「ああ、装備一式とかを丸ごと貰ったんだっけ」
「うん。何もできないからせめてこれぐらい……って」
視線が自然と下へと下がる深山。
「質問。香田君……許してくれますか?」
「ん? 確認。何について?」
「――ログアウトしたら……高井に、ちゃんと謝りに行きたい」
今だけ、教室に居るあの深山さんだった。
「なるほど、じゃあ返答。良いんじゃないか? ただし、高井がそれを望んでいたら……だけど」
「うん……もう話したくもないかも、だもんね? でもわたしは酷いことを言ってしまったから……やっぱり可能なら謝りたい」
誓約紙の強制力によっておそらく無理やりに伝えられてしまった内容だと思うが、しかし『そう考えていた』ことは紛れもない事実だ。だから深山は決してこれを質問してきた高井や、誓約紙というシステムのせいにはしない。
「またひとつ、ログアウトする理由が増えたな」
「うん」
謝罪……か。
果たして深山はどんな謝罪をするつもりなのだろうか。
口から出てしまった残酷な言葉の数々はすべて真実だろう。
それを今さら撤回はできない。
告白も蹴った以上、下手な同情は高井の心をさらに痛めてしまう結果になりかねない。
――いや。そんなのは絶対、深山自身が一番良くわかっていることだ。
その上で彼女はいったい何を伝えたいというのか?
とりあえず俺はこの件に限り、ただ見守ることしかできそうになかった。
「ブロードソード、ホワイトヘルム、ナイトグローブ……」
「高井の装備品?」
「はい。あと500E.と……」
「あ! 深山、ごめん。そのお金を貸してくれないか?」
「え。はい、もちろん。わたしの所持金と合わせて1000E.でよければこのまま貰ってください!」
「いやいや。数日借りるだけだよ?」
「いえ。貰ってください」
「今は凛子に預けているだけで別に困っているわけじゃ――」
「――彼の功績にしたいです。頂いたお金が、こんなにも役に立ったと後に彼へと伝えさせてください」
「むぅ」
正直、それを拒否できるだけの理由がこちらには見当たらない。
やはり深山は手ごわい。理屈に弱い俺のことをよくよく知っているから、見事に的確なポイントを攻めて来る。
「……わかった。ありがたく使わせてもらうよ」
「はいっ」
さっそく深山が右手に所持金の入った皮の袋をポップさせて掴み、そのまま俺へと差し出してくれた。
「あとこれ……」
「ん?」
俺がその受け取った金銭をアイテム欄へと収納していると、さらに深山はもうひとつのアイテムを俺へと差し出してくれた。
「それ……鎖?」
一瞬、紐に見えた。
それぐらい細かな金属製のリングが連なってできている一本の長い鎖が深山の手の上に浮かんでいた。
「……【チェーンロック】という名だそうです」
深山はそのまま触れて具現化させると、両手で広げてみせる。
黄金色の幅1cmにも満たない細い鎖はそれ自体が連結された大きな輪となっており、見た感じ3mほどの長さとなっているようだった。
「この鎖によって束縛された複数のアイテムは以後、単体アイテムとして扱われることになる。束縛される複数のアイテムの性能および性質などのあらゆるステータスは、単体アイテム化した後もすべて引き続き重複して効果が持続するものとする。ただし同種のステータスが重複した場合は最も優秀な値のみを採用し、加算されることはない。この鎖の束縛は最終所有者のみ解除することが可能となる。一度の解除につき、チェーンのリングが1つずつ失われる……とのことです」
深山はまるでアナウンサーかと思うほど流ちょうにこの高井のユニークアイテムの説明文を読み上げてくれる。
間違いなく今までで一番長い説明文だった。
「複数アイテムの単体化、か」
「香田君……これってどう使うアイテムなんですか?」
「例えば、アイテム欄がいっぱいになった時とか便利そうだと思うよ。凛子が言うには収納できるアイテムの種類は最大で80までらしいけど、この鎖で括ればもしかしたら数十種類を1つにまとめられるかもしれない」
「ああ……!」
「もうちょっと言えば、アイテムの出し入れって基本的には1つずつだろ? でもこの鎖で1つにまとめたらたくさんの種類のアイテムを一度に出し入れできるってことにもなるかな」
深山には伝わらないかもしれないから言葉に出さないけど、PCを触る人間ならもっとわかりやすい例えがある。
つまるところアイテムの圧縮化だ。これ。
「荷造りの紐みたい!」
「ははは。うん、それも良い例えだね」
複数の色とりどりなアイテムたちを括ってひとつにまとめる、か。
深山の言う通りただの荷造り紐みたいなものなのに、金ぴかで妙にハッタリが利いている見た目というところも含めて、どこかやっぱり高井らしいアイテムだと思ってしまった。
「まだまだお互いにアイテム欄はガラガラの状態だけど、将来的には有用になるかもしれないね」
「うん」
残念なのが同じ種類のステータスが重複した場合、最も優秀な値だけを採用して加算されることがないという点。
もしこれがないのなら、凛子の持つ複数のSSをひとつにまとめて実行速度を劇的に向上させることができるのにな……この文を読む限りでは1つにまとめるとたったひとつのSSとして扱われてしまうから旨味がまったくない。
あと絶対に気を付けなければならないのが、消費型アイテムを含めた複数のアイテムを単体化する場合。それってつまり、『使用すると消費して消えてしまう』という性能が全体に影響を与えてしまうので、もし間違って使用してしまうと本来は消費しないアイテムまで巻き添えですべて消えてしまうだろうということ。
誤ってSSを消してしまったりしたら泣いてしまいそうだ。
「他にも使い方って何かないかな――……うん?」
「あっ、き、気にしないでっ!?」
いかんいかん、すっかり深山を放置して延々と悩んでしまっていた。
深山が俺の悩んでる顔マニアという変な趣味の人でこういう時、正直助かるよ。
「ねえ香田君。これってアイテムなら何でも1つにできるのかな……?」
「うん、特に例外はなさそうだけど」
「例えばお水も……?」
「あ、なるほど! たぶん無理だ、それは」
水は鎖で束縛できない。
すなわち形状がしっかりしていてこの鎖で物理的に束縛できるアイテム限定だと理解した。
例えば水の他にも、気体とか、あるいは砂粒みたいなものも無理だろう。
小石ぐらいならぐるぐる巻きにしたらギリギリ行ける感じか……?
鎖の形状のことを考えたら、例えば指輪みたいに閉じた輪になっているものなんかはその中に鎖を通すことで、とても効率良く拘束――
「――ああっ!!」
「ひゃんっ!? ど、どうしたのっ、香田君?」
「ありがとう! やっぱり深山は頼りになる……っ!!」
「ほ、ほんとっ? 何かお役に立てましたかっ!?」
「ああ。まだ実際にやれるかは実験してみないと何とも言えないけど……可能性はかなり高いと見た!!」
ちょっとしたワンアイディアで、突然目の前が開けた思いだった。
これで昨晩思いついた岡崎との実験の中でのあの発見は、もう一段階高いレベルに押し上げられそうだ。
――創作魔法の可能性が、どこまでも広がって行く。
「深山、質問!」
「はいっ」
「今すぐ実験をしてみたい。あ、いや。これからの三日間、徹底的に魔法を創っていきたいと思っている。その研究に深山も付き合ってくれるか?」
「も、もうっ、そんなことっ」
少しぷくっと可愛らしくほおを膨らませてから。
「返答。はいっ、もちろんですっ!」
まるでこのまま、地の果てまででも付き合ってくれそうな良い返事をしてくれる頼もしい深山だった。
◇
「――ん……香田君……?」
まだ夜明け前の宿屋。
ベッドの上で壁に背中を預けながら誓約紙へと記述を続けていたそんな俺へと、不意に声が掛かった。
少し視線を外すと、となりで眠っていたはずの深山が目をこすりながら頭を上げていた。その姿がロウソクの暖かな光によって照らし出されている。
「ああ、深山。ごめん……起こしちゃった?」
「ううん……気にしないで。それより香田君……眠らないの?」
「うん。これ書き終わったらちょっと眠るよ」
「それ、わたしが眠る前にも言いました」
「ははは……悪い。もう時間がないからね」
「もうっ。倒れたら元もこうもないのにっ……」
「いやいや。何なら明日は倒れてても良いと思ってるよ。どうせ俺はまともな戦力にならないんだから」
「そんなことないです。香田君がいるだけで……きっとみんな、頑張れると思う」
「……うん、ありがとう」
真剣に注意してくれる深山の頭に手を置いて、心を込めて優しく何度も撫でる。
「約束するよ。これが片付いたらすぐに眠る。だから深山は安心して寝てて?」
「も、もう……約束ですからね……?」
「うん、おやすみ」
「おやすみ……なさい……」
やっぱり魔力容量がゼロになるまで使い果たした深山は相当疲れているのだろう。俺の簡単な愛撫だけですぐにまた瞳を閉じて静かに寝息を漏らす。
「もう……夜が明けるな」
ガラスのない木製の窓から見える夜空は、少しずつ青みを増していた。
もう少し。あと数時間で完全に夜が明ける。朝になってしまう。
「…………やれることは、やっておかないと……」
深山とこの三日間、全力で研究を尽くした。
準備を整え、新しい創作魔法は完成を迎えた。
……でも、まだ足りない。
まだやれることがある。まだ俺のアイディアは尽きていない。
焦る気持ちを抑え、誓約紙への記述を進める。
後悔のないようにやれるだけのことをやるんだ。
俺のこの意識が途切れるまでは。
せめてあの空に太陽が昇るまでは。
今日、決闘大会の予選が始まるその時までは――





