#078b <B56>
「本当にそれ、有りなのか……!?」
俺はしばし、唐突に降りて来た『とあるアイディア』に思考の全部を持って行かれてしまった。
一瞬の内に『じゃあこういうことも?』『ならこうすれば!』ってあらゆる可能性に向けて思考の枝葉が広がって行く。
「コーダ、どったの?」
「――あ。いや、何でもないっ……」
「?」
とりあえず今は、先に進めよう。
もしそのアイディアが成立するというなら誓約紙の記述自体をゼロから見直す必要がある。
修正するにしても検証するにしても時間が掛かり過ぎるし、深山と後ほど徹底的に検証してみよう。
「よし、さっきの説明の続きをしようか」
「さっきってぇ?」
「アトリビュート・ストック・リリース以外にも、いくつか最初に紹介していたのを覚えてるか?」
「あー…………何だっけ??」
『てへ』って感じでちょっと舌を出して恥ずかしそうに笑う岡崎。
まあ正直これだけの情報量だ。むしろ岡崎じゃなくても抱えきれないほうが自然だから、そこをとがめるようなつもりは一切ない。
「じゃあ最後の『ロウ』と『エンド』の説明をする。ただ説明を聞いているより実際に試したほうが理解も早いだろう。左手も指輪の装備に戻して『アトリビュート<ロウ>』と宣言してみてくれ」
「へい!」
岡崎は言われた通りに杖をアイテム欄に戻して指輪をポップ。それを左手の中指にはめると。
「あとりびゅーと、ろぅ! ……で? やっぱりメーターは表示されてるけどぉ」
『ストック』同様、何も変化は起きない。
そもそもアトリビュート自体が既存の魔法へ追加の機能を持たせるための宣言なのだから、それ単体では何も起きないのは当然である。
「簡単に言うとこれは、宣言を省略するための宣言だ」
「全然簡単じゃないしぃ! わけわかんないしぃ!」
「そうか? つまりこの宣言の後は……例えばそうだな。デコピンだけでガロンを撃てるようになる」
「へええぇー!! 便利ーっ!!」
今度は一発で理解してくれた。
まあ使っている本人からすれば、そう感じるのも当然だろう。
だってこれ自体、さっき練習で岡崎が跳んでいるのを観察してて『ガロン、ガロン』と連呼しているのが面倒そうに見えたから追加で用意した機能だ。
おそらく本人も『これって省略できないのかな?』と思っていたに違いない。
そして『面倒をなくす』という価値以外にも、姿勢制御はとっさに判断することも多いだろうしクイックな操作性にするのはかなり意味があるだろうと思う。
この『ロウ』は、一般的な呪文と比べて創作魔法がやや劣っている部分として先ほど挙げていた『処理の遅さ』に対するひとつのアンサーでもある。
媒体に溜める工程がどうしても遅くなるというのなら、別の部分――宣言を省略してみようという考え方だ。
「さすがに予想できていると思うが、『エンド』と宣言したらこの『ロウ』モードは終了する。さっきの『ストック』もこれを使えば同様に『リリース』の宣言をしなくても途中で強制終了することが可能だ」
「なるほどぉ!」
「気を付けて欲しいのは、暴発。冗談でもさっきみたいに俺に向けてデコピンを撃つフリをしたりしないでくれ。最悪、指と指がこすれ合うだけで暴発する可能性すらある。こまめに『エンド』で切っておくのを推奨しておくぞ?」
「へーい! じゃあ、さっそく試してみていいっ!?」
「どーぞどーぞ」
「にししっ、じゃあ岡崎逢、行ってみまーすぅ!」
軽く助走をつけてタッ、と跳ねた瞬間、岡崎は自分の後方へと軽く指を弾く――ただそれだけでガロンは発動し、<アクセル>の効果で勢い良く身体は空中へと打ち出される。
一見するとまるで超人の跳躍のようだ。
「ひゃあああっ、便利ぃ、これ、超便利ぃ……!!」
ボシュッ、ボシュッ、と細かく弱いガロンを連発して空中での姿勢制御を繰り返す岡崎。
……なるほど。クイックな発動で操作が容易になると必然的に動きもスムーズになって、より安定性が高まることになるのか。
もはや眺めてて落下の心配をする必要はなさそうだった。
「おーい、ゲージの残量には気を付けろよ~?」
「にししっ、わかってるよーぅ!!」
まあ楽しそうで何よりだ。
今後の魔力容量次第だが、おそらく現状でも30秒程度は空中に跳んで――いやそろそろ『飛んで』かな、維持していられそうだった。
「これ……最終的には姉さんみたいなことができるのかなぁ」
どれだけの膨大な魔力容量が必要かは定かではないが、深山を守るために来てくれた神奈枝姉さんが最後、遥か彼方へと空中を飛んで去って行った姿を思い出していた。
いつか、あれを目指したいものだ。
「――っ、とぅ!」
魔力が尽きたのだろう。
岡崎が俺の目の前に舞い降りてそのまま柔らかく着地した。
ちなみに今度はフェイクスカートを上手に片手で押さえている。
「コーダ、これ楽しいぃぃ……!!」
「それは良かった。でもとりあえず『エンド』宣言が先!」
「あっ、エンド……!!」
これでガロンはもう、デコピンの動作だけでは発動しなくなる。
「よし。必ず『エンド』する癖を意識してつけてくれ」
「へいっ! 着地と同時にエンドするぅ!」
「確かにそれぐらいの気持ちで良いかもしれないな」
ちなみにこの『ロウ』モード。当然ながらガロンにおけるデコピンのように、発動タイミングが動作に依存している創作魔法だけに対応することになる。
一周回って深山のこだわっている魔法発動時のポーズが今後、ちゃんとそれなりの意味を持ちそうな気がするなぁ。
……まあそもそも、詠唱大好きっ娘である深山がこの機能を使ってくれるかは定かじゃないけどね?
「よし。魔力も尽きただろうし、またポテンシャル値を魔力容量に1つ入れようか」
「へーいっ!」
これで残りのポテンシャル値は4つかな。
今回で岡崎の魔力容量もおそらく160弱まで膨らむだろう。つまり指輪の媒体をフルで6回は使えることになるから、ようやくオーバースペックから脱却できただろうと思う。
空中飛行を重点に置くなら、ポテンシャル値の残りも全部『魔力容量』につぎ込むべきだろうな。それで数分間は飛べる気がする。
あるいは『速度』につぎ込めば攻撃力も上がるし、飛行速度も向上するだろう。
ただし操作がピーキーになるのは間違いないから、空中飛行の安定感は失われていくことになるだろう。
『威力』に費やすと、完全に攻撃性能の向上に絞った成長になりそうだ。
今より風が拡散しないのは、便利なようで実は応用力が失われる。
例えば飛行する時も今より的確な方向性の指定が必要になるだろうし、広範囲の敵の姿勢を崩したりという意図の使用が難しくなって行くわけだ。
『持続』は無難なチョイス。飛行はより低燃費となるし安定するだろう。
さっきの『広範囲の敵の姿勢を崩したり』という例えなどでもより長い時間、敵へと妨害できることになる。
ただし攻撃性能の向上はさほど図れない。ダースで吹き飛ばすなら当たるか否かが重要であり、当たって相手が吹き飛んだ後その場で風が吹き続いても、ほとんど意味がない。
強いて言えば、移動している相手へと当てるタイミングのシビアさが多少緩和される点は向上と言えるだろうか。
残りの『射程』・『範囲』・『詠唱』・『強度』は現状では検討に値しない……ざっとこんな感じか。
どれも一長一短でどこに特化させるべきか、理由としては決定打に欠けるな。
「なあ岡崎。お前はどんな魔法使いになりたい?」
なので、率直に本人に聞いてみた。
「にししっ、すっごくイカしてる魔法使いっ!」
「率直に聞いた俺が間違いだったよ……」
「えーっ、アタシ何か変なこと言ったのぉ!?」
「……じゃあ質問するが、その『イカしてる』ってのは具体的にどういう状態なんだ?」
「えー……こう……めっちゃキラキラしてる感じぃ……?」
「言い方変えてるだけだろ、それっ」
「だってさぁ……アタシ、微妙だしぃ?」
「まあ、言いたいことはわかるけどね」
ミドルレンジの驚異的な範囲攻撃に特化している深山。
ロングレンジの狙撃攻撃と、最大級の貫通力を持つ凛子。
ショートレンジの近接攻撃と、驚異の筋力により乱戦に強い未。
……ここらへんのメンバーからすると岡崎の性能はどれも中途半端である。
射程は実は凛子のほうが上だし、攻撃力は現在でもダントツの最下位。
強いて言えば飛行性能がアドバンテージだが、実際のところそれを使っていったいパーティにどんな貢献ができるかと言えば、まだビジョンがはっきりしてこない。
下手すりゃ敵からの良い標的になるだけだ。
「ま……アタシは、さぁ」
「ん?」
「少しでもみんなの役に立てれば、それでいいかなって」
にしし、といつものように笑ってるけど、その瞳は驚くほど優しい色をしていた。
「だからアタシは、何でもいい」
「――なるほど。じゃあそれで行くか」
「へっ?」
やっぱりわからない時は本人に聞いてみるのが一番と理解した。
「威力・距離・持続・魔力容量……残りはこの4つに平たく割り振ろう」
「え。は、はいっ!」
「あ、もったいないから魔力容量は空っぽになったタイミングでポテンシャル値を入れておいてくれ」
「にししっ、そだねぇ」
さっそく岡崎は操作モードからポテンシャル値をそれぞれのステータスに割り振って決定していく。
これでそれなりの魔力容量を持つ、特に性能を特化させていないそこそこ無難な風魔法使いの出来上がりだ。
それでなくてもキャラメイクの際、最初の30ポイントのポテンシャル値を体力やスタミナ、筋力や敏捷性なんかの基礎的なステータスに割り振った岡崎は、魔法使いという職業ならではの肉体弱体化の下方修正と相殺される形で、最終的にごくごく平凡な肉体となっていることだろう。
その結果として意図せずEOEの職業全体を見渡しても、極めて平均的なキャラクターとなった。
絶対的に有利となるような強い部分が何もない。
「なあ岡崎」
「ん~?」
しかし同時に、何も弱点がない。
……うん、それも悪くないと思う。それも一種の強みだと思う。
「どんな要素もトップは狙えないけど、でも全員の助けになれる――そんな最高にイカしてる全対応型の魔法使いを目指そう」
「にししっ……何それ? 最高じゃん!」
岡崎はまるで子供のように瞳を輝かせて笑っていた。
◇
――ピッ。
「おっ」
岡崎の飛行の練習を眺めながら『リリース』の代わりとなる手のジェスチャーのことを誓約紙へと追加で記入し終わるその頃、俺の頭の中へと待望の知らせが直接届いて来た。
戦っていた相手、ずいぶんと手ごわい敵だったのだろうな。
『りんこ>お待たせしました……ごめんなさい(´・ω・`)』
「いやいや、お疲れ様。さっそくだけど今、どこにいるの?」
『りんこ>えーと……』
「?」
『りんこ>……地下56階(;・ω・)』
「はあっ!?」
あまりの想定外な数字に俺はもう、唖然とするしかなかった。
……56? 地下56階っ!?!?





