#078a アトリビュート
凛子からの連絡を待っていた俺たちは、暇つぶし――と言うにはやや本格的だが、引き続いて色々な実験を繰り返していた。
……しかしずいぶんと遅いな。そんな手ごわい相手なのだろうか?
以前、フィールドで100匹ほどのモンスターに襲われた時のような状況を何となく想像して、少し心配な気持ちが膨らんでしまう。
まあ凛子たちの居場所がわからない以上は合流もできないのだから、今は我慢してやれることをやって行くしかないのだけど。
「よし、岡崎。もう一度テストだ」
「あいよぉ!」
一度外に出て魔力を全回復させてから再びこの最果てのダンジョンの地下一階へと戻る俺たち。
「ねぇコーダぁ?」
「ん?」
岡崎が凛子から借りているランタンへと火を点けながら質問してきた。
「アレどうしよーかぁ?」
「アレとは何だ」
「えぇと……何だったっけ?」
「……日本語で頼む」
「ほらアレ……えーと。レベル上がるともらえるヤツ!」
「ああ、ポテンシャル値のことか?」
「そうそれぇ! さっすがコーダ!」
「そんなことで褒められてもなぁ。それで何だ? 付加が可能なポテンシャル値が10貯まってるから、使い道をそろそろ決めようって?」
「それそれぇ! わかってるぅ!」
両手の人差し指で俺を指しながら目を細めて笑ってる岡崎。正直そういう軽いノリはイマイチついていけない。
「うーん……どうしようか。ここまで来るとちょっと色気が出てくるなぁ」
「えっ、ダンジョンまでくると……アタシにも色気ぇ!?」
「ちょっと黙れ」
もちろんそうじゃなくて、岡崎の<フェレット>二種の威力が思っていたより強力だったことだ。
あそこまで有効そうだと『もうちょっと強くしようか』と思わずそういう色気というか欲が出て来てしまう。
「効果範囲・詠唱・射程・威力・魔力容量・速度・持続・強度――だっけ」
魔法使いのサブステータスは以上だ。
さすがに丸暗記している自信はなかったのでマニュアルを呼び出して項目を読みながら確認した。
「また『射程』を増やすぅ?」
「いや。『射程』についてはもう充分だろう」
現状、確認した限りだと60mほど先まで届くのはわかっている。
フィールドで戦うならそれ以上あっても悪くないが、決闘大会に限って言えば舞台となる場所の広さが80mらしいから、これ以上は宝の持ち腐れとなってしまう恐れがあった。
「ねぇコーダ。この『射程』ってのと深山の上げてる『範囲』ってど~違うん?」
「ああ……まあ確かに似ているかもね。<ダース>と<ガロン>、二種類のフェレットで例えてみようか。術者本人から風を発生させるまでの距離が『射程』で、そこから吹く風の長さが『効果範囲』。岡崎なら射程60mで、効果範囲は10mほどだから、合計で70m先の敵に当てることが可能になるな」
「ほーん」
わかってんのかね……この返事は?
「効果範囲も現状でもう充分だろうな。最初から風は全魔法属性中で一番効果範囲が広い。しかもかなりの近距離で当てないと相手にダメージは与えられないから、これ以上広げた効果範囲にあまり旨味が感じられない」
元々が支援や妨害がメインの魔法だからこの特性も仕方ないのだが、発生源から離れるほど急激に威力が減退する風という属性は本当に扱いが難しい。
「詠唱も事実上、無視で良いだろう。これは既存の『呪文』にしか意味がない値だ」
これは密かに創作魔法の利点である。
多くのステータスに貴重なポテンシャル値を割り振って行くのだから、その項目をひとつ潰せることの意味は大きいと思う。
ちなみにこの『詠唱』ってのはおそらく『早口で呪文を唱えられる』とかの意味じゃなく、唱えてから発動するまでの全体の実行速度に寄与するのだろう。
つまりクイックさが上がるということは結果的に移動している敵への命中精度が上がるし、連射性能の向上にも繋がるわけで一般的には重要なステータスってことだ。
ちなみに創作魔法はここらへん全て手作業で指定していくことになるので、実行速度が早いも遅いも俺のプログラムの組み方次第。
ちなみに深山の詠唱した呪文を見た限りでは、さほどの差を感じなかった。
まあつまり残念ながら創作魔法は『詠唱』の値をある程度上げた一般的な呪文よりかは処理が遅いってことだろう。
特に魔力を一度媒体に溜めて、そこから放たれるという工程に大きな処理の違いがあるみたいで、目視で確認できるほどの速度差があった。
……もしかしたらこれも開発側から創作魔法に課せられた追加のハンデなのかもしれないな。
きっとプログラムの記述方法を見直せば更なる向上も可能だろうが、今は残念ながらそこらへんをチューンナップする時間はない。我慢、我慢。
「コーダ……?」
「うおっと!? ごめんごめん」
つい悪いクセで考え込んでしまった。
「よくわからない『強度』はさておき……残るは威力・魔力容量・速度・持続だけど……正直ここらへんはそこまで大きな差がないだろう」
「そなの?」
「ああ。創作魔法は元の魔力を自由にそれぞれの性質へと割り振れるからな。威力に費やす魔力を手厚くもできるし、速度の魔力に重点を置くこともできる。あるいは逆に、『威力』のステータスを上げたらその分だけ消費する魔力自体を下げることも可能だ」
「じゃあなんで深山姫には『持続』ばっか上げるように言ってるのさ?」
「それは深山の場合、すでに媒体の容量が頭打ちになってるからだよ」
岡崎の場合、魔力の容量が現状52に対して指輪の媒体が24であり、最大の威力を狙う場合たった2発の魔法で魔力が尽きてしまう。
つまり指輪のほうがオーバースペックで、もっともっと本人の魔力容量が増えない限りは媒体をフルに活用することは機会として少ないだろう。
それに対し深山は魔力の容量と媒体の関係性が岡崎と正反対で、圧倒的に媒体のスペックが足りない。
それでもこの街の露店や商店を色々まわって一番容量の大きな指輪を大金払って2つも買ったんだけどね……。
もしかしたらもっと媒体の容量が大きい指輪も探せばあるかもしれないが、おそらくそれは迷宮の奥底に眠る幻のレアアイテムみたいな感じだろう。
なので現状では一度に消費できる魔力の総量――上限がすでに決まってしまっている。だとすると『いかに魔力の消費を抑えるべきか』という方向に舵を切って行くしかない。
つまり例えば……威力のステータス値が4で消費する魔力が5の魔法の場合、やや乱暴な理屈だが4×5=20という結果を仮定することができる。
この場合もし威力のステータス値を5にすれば、消費する魔力が4でも、5×4=20という同じ結果を期待できる。現実はそうシンプルじゃないだろうが、単純に言えばそういう理屈だ。
もうちょっと言えば魔力の割り振りで無理やり強調するより、その該当するステータスにポテンシャル値を入れたほうが魔力のロスが少ないとも予想してる。
それは試行錯誤の創作の中で、何となく得ていた経験則。
例えば『威力』だけに魔力をトコトン費やしても、次第に結果が鈍化していく感じがしていた。
まあ、車のアクセルを単純に踏み続けても次第に燃費が悪くなるばかりで加速が鈍化していくあの状況とほぼ同じだろう。
実際に今回の岡崎へと創った<ダース>も、『速度』に対して10を費やした場合と20を費やした場合で結果生み出される烈風に二倍の大差が生じているとは到底思えない。
実測ではなくただの感覚だが、時速200kmに対して300km――つまり1.5倍ぐらいしか差がないように思えた。
「……ほーん?」
「難しい話を延々としてごめん。でもおかげでどのステータスにポテンシャル値を割り振るかの結論が出たよ」
「お! それでそれでぇ!?」
「岡崎には悪いけど、いまいち不明な『強度』を試したい。だからまずこれに1ポイントだけ費やしてみよう」
「おっけおっけ! 実験っ!」
大切なポイントなのに、快く応じてくれてありがたい。
「それを確認したら次に威力・速度・持続の3つに1つずつ割り振ろう。同じ魔力でどれぐらいの違いが出てくるか実際にデータをとってみたい。さっき言ったようにどれに割り振ってもそこまでの差は発生しないはずだから決して無駄にはならないはずだけど……それでも構わないか?」
「もちろんとーぜん! っていうか、いちいちそんなこと聞かなくていいってばぁ。コーダはアタシにただ命令すればそれでいい!」
「じゃあ鼻をほじってみろ!」
「絶対嫌だしぃ!?」
期待通りさっそく命令を拒否してくれる岡崎だった。
「ぷっ……悪い悪い。ありがとう。じゃあ実験につきあってくれ」
「にししっ、オッケーィ!!」
◇
誓約紙の柱へと、ごくごくシンプルな疑似<ダース>みたいな魔法を改めて創って実験を繰り返した。
誓約紙の柱と風の魔法、という組み合わせはデータ取りとして最適だ。
この柱はどんなに傷つけてもすぐに復元してまったく同じ状況を繰り返し用意できるし、風の魔法は『吹き飛ばした距離』という数字化しやすい結果をもたらしてくれる。
炎の場合、こうは簡単じゃない。
ちなみにわざわざ魔法を改めて創ったのは、消費する魔力を一定にしたいから。
<ダース>は指の強弱で威力――すなわち魔力の消費量が変化するので繰り返しの実験をする上で不都合があったわけだ。
「なるほどなぁ」
結論としては、おそらく10%増しだった。
まず10の魔力を費やして発生する威力を基準値とする。
その上で『速度』のステータス値を1つ増やして計測したところ、基準値より10%ほど結果が向上していた。
次に9の魔力を費やすように魔法を下方修正して再び計測したところ、基準値よりごくわずか2~3%だが、上回る結果を出していた。
性能を10%上げて魔力の消費を10%下げても、±0にならない。
つまりこれが想定していたロス分だろう。
思ったよりこのロスが大きい。
結果的に深山へ『持続』を増やすよう指定したのは大正解だったわけだ。
ちなみに『強度』は誓約紙へと疑似<ダース>を当てる計測方法では何も違いを見つけることができなかった。
いまだ推測の域を出ていないが、やはり苦手な属性とぶつかった時にどれぐらいで消されてしまうか……というあの説が有力そうだ。
あと小さな発見としては、『威力』と『速度』の違い。
炎の場合は内実が『温度』と『速度』となり、それぞれ違う意味合いがあることを理解できるが、風の魔法の場合は『威力』の意味がわからなく、実質『速度』と同じ効果だろうと当初推察していた。
しかし実際はかなり意味合いが違った。
空気が硬くなる……というより、指向性がより高くなって拡散を抑えている感じだろうか?
とりあえず懸念していた、魔法の発生源から距離が開くと威力が減退してしまう現象に対しては、この『威力』によって多少ながら補われることが判明したわけだ。
「よし岡崎。次は魔力容量に1つ入れてみてくれ」
「へいへい! よっと――……」
「どうだ? いくつになった?」
「おーっ、103! すっげぇー!?」
「へぇ……」
元が52だから、+53ということになる。たった1つ上げるだけでそんなに増えるのか。
媒体によるボトルキャップがあるから増やし過ぎても無意味になるが、しかし現状のバランスで考えるとここが一番効率良さそうに感じた。
しかし+53か……これまた中途半端な数字だな。
おそらく現状のレベルやステータスからの補正値が複雑に含まれているだろうことが、この数字から見て取れる気がした。
「――ん? というかそもそも岡崎。お前ってキャラ作る時にどんな風にポテンシャル値を割り振った?」
「はぇ?」
「ほら、最初に30の数値を自由に割り振れただろ? あれってどんな要素に入れたんだ?」
「えー……とぉ」
あごに人差し指を当てて、頭上高くのダンジョンの天井を眺めている岡崎。
「たしかぁ、体力とスタミナと筋力と……あ! あと敏捷性ってやつにもちょっと入れた! うんっ!」
「…………は?」
「え?」
謎はすべて解けた。
「おいおいっ、基礎体力あり過ぎだろその魔法使いっ!?」
「えー。だって死んじゃったら意味ないじゃん? 何をするのも身体が基本ってカーチャン言ってたしぃ!」
「だからって……魔法関係のサブステータスに一切ポイントを入れない魔法使いとか……マジでこの世に居るのかよ……っ……!?」
どうりで魔法使いのくせにメチャクチャ足が速いと思ったよ!
どうりで魔法使いのくせに息切れひとつしないと思ったよ!
いくら陸上部だからって、さすがに異常だと思ってたよ!
「だってさぁ……ぶっちゃけよくわかんなかったしぃ……」
「……頭が痛い」
「あれぇ? コーダ!」
「ん?」
「そういや魔力容量が103になってるぅ!」
「いや、それさっき聞いたけど」
「そうじゃなくてぇ! えーとぉ……今の魔力容量がぁ……!?」
「?」
ちょっと考えて。
「――ああ、満タンになってるってこと?」
「そう、それそれっ!」
最終的にどれだけ消費したかは定かではないが、実験でほぼすべての魔力を消費し切ったはずだった。
「魔力容量にポテンシャル値を入れると魔力全回復か。なるほど。ささやかなボーナスって感じだな……よし、じゃあ予定変更だ!」
「予定変更?」
「岡崎はガロン使って跳ぶ訓練をしててくれ。俺はちょっと誓約紙の記述を書き加えている」
「へーい、了解っ!」
◇
「よーし、岡崎。降りて来てくれ~!」
岡崎はまるでスラスターを発射する宇宙船のようにガロンを連発して空中で右に左に細かく移動して遊んでいた。
元から空中での姿勢の取り方にセンスがあったのだろう。すっかり魔法を我が物としてマスターしているようだった。
「ほぉーいっ……ガロンッ!」
俺の目の前に落下してきた岡崎は、最後のガロンで着地寸前に減速――
「はひゃあ!?」
「?」
――し切れず、自分の股間の辺りの服を押さえながらべちゃっと顔から地面に落下した。
「……お前はどうして今、受け身を取ろうとしない……」
「だ、だってぇ……!」
装備している服がスカートなら、まあわかるぞ?
でもお前のそれはフェイクスカートだよな?
一見するとまるでスカートみたいに見えるけど、実はズボンだよな?
わざわざ手で押さえて隠す意味がさっぱり理解できない。
……まあいいか。
岡崎の奇行をいちいち気にしていたら身が持たないので構わず話を進めよう。
「色々と追加したいと思う。まずは魔力を回復するために魔力容量へとポテンシャル値を1つ入れてくれ」
「へいへい!」
ダンジョンへの出入りを一度省略するためだとするとかなり贅沢な使い方だが、まあ元々残りのポイントは魔力容量へとつぎ込む予定だったので何も問題ない。
岡崎が操作モードからポテンシャル値を『魔力容量』に入れている作業の間に、俺も仮組みしておいた誓約紙の記述を岡崎から参照する『シルバーマジック』の宣言内に導入する。
まあ岡崎に説明しても意味不明だろうが、BASIC言語におけるGOSUB~RETURNみたいな繋ぎ方だ。
……どんどんいい感じに乱雑な内容になっていくなぁ。
「ほーい! 完了、っと!」
「じゃあ説明する。新しく『ストック』と『リリース』。『ロウ』と『エンド』、そして『システムアトリビュート』を用意した」
「…………ごめ……もう一度ぉ……!」
「悪い悪い。じゃあわかりやすく実際に試しながら説明するか。とりあえずシルバーマジックの宣言を改めてしてくれないか?」
「へぇーい! シルバーマジック!」
「次に『システムアトリビュート』って宣言して」
「しすて……?」
「システムアトリビュート」
「し、しすてむあとりびゅーとぉ……――って何これっ!?」
宣言した途端、岡崎がすぐに声を出して驚いた。
「お、すぐに気が付いたか。見えてるそれは魔力の残量だよ」
具体的には『■■■■■■■□□□』って感じで棒状のメーターを視界の下部に表示させていた。ちなみに自分自身へチャット送信で相応の文字を表示させているだけの簡単な仕組みである。
「この『システムアトリビュート』はほぼ岡崎専用の宣言だ。直感的に残量がわかると安心して跳べるだろ?」
「うんうんっ、これ、すっげぇ嬉しいっ!!」
「そうか。喜んでくれて良かったよ」
実際に俺が跳んでいるわけじゃないが、ちゃんと着地するだけの残量があるかは跳んでいる者にとって絶えず気になる要素だということぐらい、軽く想像はできた。
「ちなみにそれは強制的に操作モードに入る。邪魔なら操作モードを閉じればいつでも終了できるぞ?」
「おお、ほんとだ!」
さっそく目を三秒ほど閉じて終了させてみる岡崎だった。
「ねえねえ……コーダぁ……あのさぁ……」
「ん?」
「これ……アタシ専用の宣言、なんでしょお……?」
「そうだが?」
くねくねと身体をよじらせて顔なんか赤らめて岡崎がもじもじしている。
「も……もちっと……簡単な言葉になんネ……?」
「別に『システムアトリビュート』なんて難しくないだろ?」
「なーがーいーっ!!!」
「えー……」
お前、本当に高校生か……?
「……じゃあいいよ。『アトリビュート』だけにしよう」
「ねえねえ『アトリ』だけで良くネ……!?」
「やだよ」
「どうしてぇ!?」
「深山ほどじゃないが、俺にも様式美ってやつがある。ほれ、『アトリビュート』だけにしてやったから感謝しろ、赤点マスター」
「赤点そんな取ってないしぃ!?」
「はいはい。次に行くぞ?」
「むぅーっ」
ここは妥協するつもりもないので無視してさっさと話を進める。
「じゃあ次。『アトリビュート<ストック>』と宣言してみろ」
「へぇーい……あとりびゅーと、すとっくぅ」
やる気ゼロな宣言を岡崎が口にした。
「…………で? さっきと同じゲージは出てるけどぉ?」
何も変化が起きない様子に首を傾げていた。
「じゃあダースをさっきみたいに柱に向けて撃ってみてくれ」
「ほーい。んじゃ……ダース……ッ!!」
実験を繰り返す内に、もうすっかり距離感も付いているようだ。
微妙な一秒ほどの間を置いて中指を弾く岡崎。
「――……はへ?」
撃った本人がきょとんとしている。
「あのぉ……コーダぁ」
「何だ?」
「…………何も起きないんですけどぉ!?」
「そうだな」
岡崎が言うように、そよ風すら一切巻き起こらなかった。成功である。
「岡崎、右手の指輪見せて」
「? はい」
……うん。ちゃんと光ってるな。
「ねえねえっ、今、アタシが撃っちゃったダースはどこに行っちゃったの……?」
「じゃあ答え合わせだ。『リリース』って宣言してみて」
「えーと……りりーすぅ?」
――ブバァァ……ッッ!!!!!
「うっひゃあっ!?!?」
撃った本人が飛び跳ねるみたいに大げさに驚いてて思わず笑ってしまう。
岡崎のヤツはリアクションが大きくて見てて面白いなぁ。
「ちょっ、こ、コーダァ!? あれってぇ」
「ああ。『アトリビュート<ストック>』と宣言した後の創作魔法は、『リリース』と宣言するまで保留状態となる」
「……あのぅ? それ、意味あんのぉ?」
わざわざ発動まで1テイク増やすなんて使いづらくなるだけと岡崎は言いたいようだった。
「例えば、そのダースを三十分前に撃って置いたらどうだ?」
「へっ?」
「狙ったところに敵が入った瞬間『リリース』したら当てられるだろ?」
「あーっ!! 罠だこれぇ!?」
「まあそういうことだ。ダースとガロン……ふたつのフェレットは、威力を高めるためにどうしても複雑な指定を岡崎に求めてしまっている」
「デコピン、もうよゆーっすよぉ?」
ぴしぴしっと俺に撃つマネをしてくる……やめてくれっ。
「でも少なくともそのデコピンをする仕草を相手に見せなきゃいけない。当然相手はそれを見て『何かしてくる!』って対処しようするわけだろ? 例えば<ブラスト>はほぼゼロ距離でないと威力が生まれないから、ちょっと移動されてしまうだけで効果は半減してしまうわけだ」
「あ。だから、不意打ち!!」
「そう。発動するタイミングをズラすだけで相手はずいぶんと嫌がると思うよ? もし移動先にその『罠』があるかと思うと好き勝手に動けなくなるだろう……まあ何も考えていないモンスター相手には意味ないだろうけどさ」
「コーダ、性格悪ぃ~!!」
まぁな、これもまた奇襲の一環だし性格悪いぐらいでちょうどいい。
元から風魔法ってのは攻撃が見えないという恐怖がある。それがいつどこから襲って来るかもわからないというこの『ストック』と合わさると、良い相乗効果を生み出してくれそうだった。
ちなみにこの『ストック』はおそらく更新前には使用できない技術だったのだろうと予測される。魔法を一度媒体に溜めて――というあの追加された修正ポイントを逆手に取った利用方法なのだ。
つまり単に、媒体の中へと溜めっぱなしにしているだけ。
これなら魔法が実際に発動しているわけじゃないから『持続』の性能に頼らなくても無制限に保留状態を続けられるわけだ。
「ははは。ありがと。褒め言葉として受け取っておくよ」
ボトルネックとして創作魔法に制限を掛けようと思って用意したのだろうけど残念だったな、システム開発者さんよ? 有り難く利用させてもらうよ?
はっはっは。ざまぁみろ!
……うん。岡崎が言うように性格の悪い俺だった。
「ねえねえ、じゃあさ! あのさコーダ!」
「ん?」
「宣言なんて口にしないで、こう……目立たない仕草で『リリース』したらもっと相手をびっくりさせられないかなぁ!?」
「……お前も相当に性格悪いだろ」
「にししっ」
「悪くないと思う。じゃあどういう仕草にする? 普段の生活や戦闘中に無意識にやってしまうようなモノは暴発の恐れがあるからダメだぞ?」
「んー」
しばらく岡崎は考えてから。
「こんな感じとか、どーお?」
右手の親指と小指を重ね、その上に中指を乗せた――いわゆるキツネの影絵を作る時にやる、あの指の形を俺に見せた。
「いいね、片手でできるし偶然そんな指にもしないだろう。何か手に持っている場合も想定して『リリース』と口で宣言するのも残し、どちらかで発動するような仕組みとしようか」
「やりぃ!!」
自分の意見が採用されたことが純粋に嬉しいようだ。指をパチンと楽器みたいに綺麗に鳴らして喜んでいる岡崎だった。
「――ちなみにさっきの質問だが」
「うん?」
「ダースは、その指輪の中に封じられていたんだよ」
「そっかぁ、ダース、ここで寝てたのかぁ!」
自分が飼っていたフェレットでも思い出しているのか、優しく指輪の上を撫でながらそんなことを言っている。
「ああ。つまりそこに眠っている間は、ダースをずっと撃てないってことになるので注意して欲しい」
「ダースは一匹しかいないもんねぇ?」
「ま、そうだな」
おそらくダースをその指輪に保留させたままその指輪を外し、違う指輪を装備し直したら再びダースは撃てるだろうけど……ややこしいからそこまで言及するのはやめておこう。
「なあ、もう一度やってみてもらえるか?」
「へ? いいけど……どこから?」
「ああ、一度リリースすると解除になるから『アトリビュート<ストック>』からになる」
「おっけおっけ! あとりびゅーと、すとっくぅ! ……からのぉ、ダース!」
その『からの』は別にいらんと思うけど。
まあとりあえずダースはこれで右手の指輪に再び封じられた。
「じゃあ次に、両手の指輪をアイテム欄に戻して、以前持っていた杖を装備してくれるか?」
「ほーい……またね、ダース!」
ちゅっ、と軽くキスしてから指輪をアイテム欄に戻し、言われた通りに杖を手にしてくれた。
「再びダース」
「ほい、ダー……って。あのぉ。コレ持ってたらデコピンできないよぉ?」
「ああそうか。じゃあ左手に杖を持って。ガロンが撃てなくなるだけで、それでも同じだから」
「へーい! じゃ、ダース……!」
びしっ、と指を弾く。予定通りダースは発動しなく、かわりに杖の宝石が赤く光った。
「右手にその杖を持ち直してくれる?」
「ほい」
「じゃあリリースしてみて? あ、まだ指のサインでは発動しないから、口でちゃんと宣言をしてくれよ?」
「へーい! ……リリース!」
問題なくそれで発動し、10mほど先にある誓約紙の柱のひとつが風に煽られてゆっくりと倒れた。媒体となる杖の容量が少ないから、まあ威力はあんなモンだよな。
「よし、じゃあアイテム欄から……そうだな。ダースの眠る指輪だけを出して右手に装備して」
「色々めんどくさいなあ!?」
「悪いな、頼むよ」
「へーい」
確かに面倒そうだった。
まず杖を左手にもう一度持ち直してから指輪をポップさせ、杖を持つ左手の指先で指輪を取り、そこに右手の中指を通す――……って。あれ?
「…………あぁ……ダメかぁ……!」
目論見、大失敗。
俺の野望はひとつ、水泡と化した。
「へっ? なになに??」
「ダース、消えちゃった」
「ちょーっ!? ダ、ダースゥゥ!!!」
再び取り出された指輪の、装飾されている宝石からの光が見るからに失われていた。
つまり、ダースの消失。
どうやらアイテム欄へと戻した時に状態はリセットとなるようだ。
ちなみに先ほどのリリースで発動したダースの威力を見るに、杖と指輪のダースが同時に発動したということは可能性として無さそうである。
「くそっ……!」
実はこのストックを使って、ひとつの壮大な野望があった。
大量に媒体を買ってきて、そこにいくつもの魔法を溜めてアイテム欄へと収納させれば、とんでもないことができるかも――とほくそ笑んでいたのだ。
同時に何重も魔法を重ねられたり、あるいは本人の魔力容量を無視して上限以上の膨大な魔力を溜め込んだり……ああ。俺の野望は無残に砕け散った。
まさに捕らぬタヌキの皮算用ってヤツである。
さっき杖を右手に持ち替えた時には媒体から光は失われなかったから、つまりアイテム欄に戻さない限りは保留の魔法は失われないと思うけど――
「――……うん???」
その時、身体に電撃でも走り抜けたような思いだった。
自分の中で生まれた『とあるアイディア』に、脳が痺れた。
「え…………あれ……?」
俺……とんでもないこと、思いついちゃったかも?
おいおい。そんなこと成立しちゃっても許されるのか……!?
EOEのバランス、ぶっ壊れちゃうぞ?
おいおい。魔法の概念、根底から変わっちゃうぞ……???
「本当にそれ、有りなのか……!?」
――後に人々から『最たる禍の象徴』と呼ばれることになる創作魔法の真の力がまさに今、静かに覚醒しようとしていた。





