the end of the sky 天side-3
聞き覚えのある声に振り返ると、以前、丸塚公園で会って友達になったお姉さんがそこにいた。
「…あれ、そらちゃん?一人?」
やっぱりそうだ。
だけどどおして?私は青山空さんを訪ねて来た。
でも彼女はこう言った。ウチに何かご用ですか?と。
と、言う事は、このお姉さんが青山空と言う事になる。
なんてこったい!
そうすると、彼女は私が父の娘である事をあの時既に知っていた。もしくはあの時に気がついた事になる。
しかし、それを言わなかったのは、きっと姉の優しさなんだと思う。
「こんにちは。向山天です。いきなり訪ねて来てごめんなさい。1つ聞きたい事があります。あなたは青山空さんですか?」
そう尋ねると、姉は少し戸惑いつつも意を決したかの様に頷いた。
「そう、私が青山空。ここに来た経緯は後で尋ねるとして、私が青山空って事を知ったって事は、あなたのお父さんが以前私の父だったって事はもう知っているって事よね。」
私は黙って頷いた。
「そっかそっか。でも伊東からわざわざこんな遠くまで来るなんて、そらちゃん行動力ありすぎでしょ。あ、ごめん!疲れたでしょ、上がって。今お茶でも出すから。」
そう言うと、姉は私を優しく迎え入れてくれた。
「今お茶入れてくるからね。あ、その辺の本とか自由に読んでて構わないから。」
姉の部屋に通されると、私はぐるっと見渡す。ベッド・本棚・デスク・PC。とてもシンプルで余計なものはほとんどない。
だが所々にファンシーさがある。例えばカーテン。嫌味のない色合いに好感がもてる。
気になったのは本の多さ。小説4、参考書5、ファッションなどの雑誌1といった割合だ。
と言うか、漫画がないのよ‼︎なんでよ‼︎
普通、年頃の女の子なら少女漫画の一冊や二冊あってもおかしくないでしょ‼︎
なのに姉ときたら、小説、小説、参考書、参考書。唯一の女の子らしさって言ったら、申し訳ない程度に置かれた雑誌のみ!
どんだけ文字が好きなのよ‼︎
っか、こんな文字ばかりの本を自由に読んでてとか。あなたは鬼ですか⁉︎
などと思っていると、お茶とお茶菓子を持って姉が部屋に戻ってきた。
「ごめんねお待たせして。あ、紅茶で良かった?あとお茶菓子にはコレ!ありあけのハーバー。私大好きなのよ。」
そう言うと、紅茶とハーバーを私の目の前に置く。
ありあけのハーバーとは、横浜の洋菓子会社が製造する洋菓子で、マロンクリームをカステラの生地で包んだ焼菓子であり、形状は波止場に到着する船の形を模したものだと、姉は自慢気に教えてくれた。
姉が絶賛するのだからよほどのものなのだろう。私はいただきますと一声掛けて、袋から焼菓子ハーバーを取り出してその形状をみる。
なるほどなるほど。
まぁ姉の説明通り、見えるちゃ〜見えるけどね。後は味だよな。
一口ハーバーを口に入れた瞬間、私の中に幸せと言う名の甘味が広がってゆく。
「マロンクリームの満漢全席や〜」
思わずとんでもない事を口走ってしまったが、姉が絶賛するだけの事はある。コレは美味しすぎる‼︎
女の子だったら間違いなくこれ好きでしょ‼︎と言うか、これが嫌いって子とは仲良く出来ない自信がある‼︎
私は今までこんなに美味しいお菓子を知らずに生きてきたんだ。なんだかとっても人生損していた気がする!
「コレ凄く美味しいねお姉ちゃん‼︎」
私はあまりの美味しさについお姉ちゃんと口走ってしまった。
「あ、お姉ちゃんじゃなくて、そ・空さん。ハーバーとても美味しいです。」
少し慌てたそんな私を、向かい合わせで座った姉は優しく微笑みながら言う。
「お姉ちゃんでいいよ。最近まで知らなかった事だけど、半分は血が繋がってる訳だし、そらちゃんだって空さんて言いにくいでしょ?ましてや同じ名前なわけだしね。それに私は一人っ子だったから、姉妹とか兄弟に憧れあったから、お姉ちゃんって言われると少しだけこそばゆいけど、とても嬉しいわ。」
姉が優しい人でよかった。
まさに理想な姉だ。
「私も!私もです。一人で過ごす時間が多いから、そんな時は兄弟や姉妹がいてくれたらっていつも思ってました。今日突然伺ったのは、そんな寂しさからなのかもしれません。先日、父が過労で倒れて、今近くの病院に入院してます。あ、と言っても命に別状があるわけじゃなくって、元気になるまでの数週間ですから全然大丈夫なんですけど。」
姉は私の話を黙って聞いてくれる。
「私、近くに頼れる親類がいないんです。父の兄弟、親戚は皆関西で、祖父母も母も幼い頃に亡くなってますから、何かあっても知り合いがないのです。そんな時に父の前の家族写真と住所を偶然見つけて、私と同じ名前の姉は、まだ見ぬ姉はどんな人なんだろうって。そんな事考えてたら、一目会いたいって。遠くからでもいいから一目見たいって思って、迷惑だろうと思いつつも、今日突然訪ねて来てしまいました。」
経緯を話し終えると、姉は優しく私を抱きしめてくれました。
「心細かったね。私もね、あなたと同じ位の頃に同じ様に不安で寂しい思いを沢山したわ。だからあなた気持ち、私にはよくわかる。でももう大丈夫!これからは私がいるから。困った事や寂しい時、これからは遠慮なく姉である私を頼って。」
姉の言葉に我慢していた涙腺が緩んでしまい、子供だけど子供の様に泣いてしまった。
私の姉はとても優しい。私と同じ境遇だったからこそ身に付いた優しさなんだろう。私もいつか姉の様な優しく綺麗な心の女性になれるのだろうか?
そんな事を考えながら、抱きしめられた温もりを両手一杯に感じていた。
落ち着くまでそうしてくれていた姉が今度は尋ねる。
「ところでそらちゃん、学校は?あ、今は春休みか!あとお父さんこの事しらないでしょ?と言う事は、一度父さんが入院する病院に一回一緒に顔だした方がいいわね。なら早い方がいいから、今日はウチに泊まって、明日一緒に病院に行きましょう!よし、そうしよう!」
尋ねると言うか、自己完結しちゃってる。
「よし!そうと決まったら買い物ね。お姉ちゃんと一緒に買い物行ってくれるかな?今日は私が美味しいご飯作ってあげるから期待しててね!あ、そうだ!折角だから遥君も呼んで、パーっとやろうかな?えーっと、電話電話電話ーっと」
姉はどうやら意外とお茶目で、行動力がある人らしい。
なんだろう。
私ととても似てる気がして、ますます好感が持てる。
などと考えていると、携帯でどこかに連絡し始める。
「あ、遥君?私、うん空。あのさ、今日これから時間取れる?そう!良かった!実はね、遥君に会わせたい人がいるの。え?誰って、それは会ってからのお楽しみ!で、これからその子とお買い物行くんだけど、遥君も一緒にどう?その後ウチで一緒にご飯食べてってくれたら嬉しい。それなら大磯駅に1時間後でどうかな?うん、じゃ後でね!」
電話が終わりどこか上機嫌な姉。
彼氏かな?彼氏だろうな。
「あ、ごめんねそらちゃん。もう一人呼ぶから、駅まで迎えに行って、3人で買い物しよう!」
それからお茶の続きをしながら少しお互いの事を話して、私と姉は姉の彼氏を迎えに大磯駅へ向かう。
「今大磯駅から来たばかりなのに、また戻らせちゃってごめんね。」
そんな事を言いながら、白岩神社東バス停からバスに乗って駅へと向かった。




