8 ユングフラウ!!
アスランは駅馬車などに乗ったことはなかった。王宮から祖父の家まで幼い頃は輿だったし、成長して離宮の備品を売りに行くのは馬で出かけていた。
「ユングフラウまであと何分ぐらいなのだ?」
「ははは、まだメーリングを出たばかりじゃないか。ユングフラウまでは二時間かかるよ」
『ニマークで二時間も乗るのか……地図ではメーリングとユングフラウはそんなに遠いとは思えなかったが……』
ガタゴトと揺れる駅馬車にアスランはうんざりしていたが、馬車の窓から見るイルバニア王国には興味を引かれた。
『さすが農業王国のイルバニアだな。実り豊かな大地に恵まれている。なるほど、ローラン王国に狙われるわけだ』
ヒューゴ王の第一夫人スーリヤは、アスランが離宮に居つかず、勉強も捗らないと心配していたが、ちゃんと学んでいた。王子が住む離宮の歴史の本だけでなく、王宮の図書館の本も読み、それどころか王宮の書類なども盗み読みしていた。アスランは、ローラン王国がイルバニア王国を侵略しようとしているのも知っていた。
『ふん、やはり現地に来ないと実感は湧かないな。そうだ、ローラン王国にも行かないと! 戦争してでもイルバニア王国を欲しがる気持ちが理解できない』
アスランは離宮の狭い世界に閉じ込められるのはうんざりだと拳を握りしめた。こうしてイルバニアの農地の豊かさを見て、農業王国の実力を知識ではなく身体で感じ取れた。
『やはりメリルが居ないと時間の無駄だな』
駅馬車の作りが悪いのか、道の整備ができてないのか、アスランはユングフラウに着くまでにお尻が痛くなった。
やっとユングフラウが見えた時、アスランは駅馬車の窓から身を乗り出して驚きを隠せなかった。
「こんなに大きいのか!」
乗り合わせた乗客達は幼いアスランの驚きに自国の王都を誇りに思う。
「イルバニア王国の王都なのだから大都市だよ。お前さんのお使いはできるのかな?」
アスランもユングフラウの規模は本ではわからなかったので驚いたが、立ち直りは早かった。
「王宮を見たいのだ。どうすれば行ける?」
こんな大都市だと思ってなかったので、王宮へ歩いて行く計画を変更しなくてはいけなくなった。レイテとは規模が違うとアスランは舌打ちをする。
「ここから辻馬車に乗るんだよ。王宮方面に行くなら、あっちの辻馬車だな」
教えてもらった辻馬車に乗ろうとしたアスランだが、イルバニア王国のクローネを持っていないのを思い出した。
『チェッ、トールキンから逃げ出すことばかり考えて、両替するのを忘れていた。とんだ失敗だ。こんなユングフラウの端っこの両替所なんて率が悪いだろうな』
探しだした両替所でアスランは手持ちのマークを少しだけ両替する。やはり率が悪かった。自国の力がイルバニア王国では軽視されているような気がして腹が立ったが、今日の目的は別だ。
「王宮へ行きたい!」
やっとイルバニア王国の金を手にしたアスランは、辻馬車を拾って王宮へと向かう。
『ふん、やはり王宮に近づくにつれて屋敷が大きくなるな。ここら辺が商業施設か……あちらは貴族街だな』
いずれ自分の船を手に入れたら、メリルとあちこちを見て回ろうとアスランは計画を立てる。花の都、ユングフラウの目抜き通りを辻馬車は軽快に進み、王宮近くで止まった。
「ここから先は辻馬車は入らないんだ」
王宮前の広場の手前で辻馬車から降りたアスランは、王宮自体にはさほど興味を引かれなかった。豪華な建物など見慣れていたからだ。レイテを見下ろす白亜の王宮に住むアスランにとって、イルバニア王国の王宮もでかい建物にすぎない。
「東南諸島連合王国の王宮とは気候も違うから建築様式が違うのは当たり前だな。あとは中で働く官吏達の質が知りたいが……まぁ、外からでは分からないか……それにしても竜が飛んでるのをよく見かけるな。大違いだ!」
無謀なアスランだが王宮の門を護る警備兵を掻い潜って潜入などは考えてない。今回は、ユングフラウへ来ただけで満足するしか無いと溜息をつく。
「メーリングに帰らないと、トールキンが領事館に泣きつくかもしれない。糞爺の手下に捕まるのはごめんだ」
駅馬車と辻馬車でかなり時間を取られたので、王宮を見ただけでメーリングに引き返さないと夜になってしまう。アスランは夜になろうと平気だが、祖父は大騒ぎするだろうと肩をすくめる。
領事館から、ユングフラウの大使館へと連絡が来たりしたら、厄介なことになる。それに糞爺にもしれる。糞爺の第一夫人にまで知られたら、15歳になるまで離宮に閉じ込められそうだ。アスランなりにスーリヤのことは尊重していたので、王宮から踵を返した。
「あいつを怒らすと面倒だからな」
尊重するというより、自分がより束縛されるのを回避する為に、王都を巡回する竜騎士隊を暫し眺めて、ユングフラウを後にした。