7 トールキンとアスラン
メーリングでアスランはじっくりと市場観察をしたいと考えていた。なので父王の手下になんかに付き纏われたくなかったのだ。
「先ずは商館に参りましょう」
トールキンに案内されて、商館に行く。アスランはメーリングのバザールを見て、自国のレイテのバザールより規模が小さいが、農業王国イルバニアだけあり、新鮮な野菜やワインなどが充実していると興味を持つ。
「トールキン、イルバニアの小麦を何処で買うのだ?」
孫のアスランが先ずは基本的な交易品である小麦に興味を惹かれているのに、トールキンは微笑んで説明してやる。だが、のんびり答える前に次の質問が飛んでくる。
「船主が全て商会を持っているわけでは無いだろう。その時はどうするのだ?」
「小麦を売る商会があるのですよ。私は東南諸島やゴルチェ大陸の香辛料を売る商会です。商会を持たない船主は、商会に売ったり、直接イルバニアの商人に売ります」
「商会に売るのは利鞘をとられそうだな。イルバニアの商人に売るのは良いが、時間が取られそうだし、タイミングが良くないと足元を見られて買い叩かれたりしないのか? そうか、だから、メーリングに商会を開くんだな」
孫の熱心な質問にトルーキンが答えようとするが、その時には自分で答えを導き出していた。トルーキンはアスランの頭の回転の速さに嬉しくなる。王子でなければ自分の跡取りにしたいぐらいだ。
アスランは色とりどりの布や装飾品、香辛料などを売る屋台の後ろに建っている商会を眺めながら、祖父の商館に着いた。
「良い場所にあるな」孫の褒め言葉にトールキンは笑う。
「ええ、場所は重要ですよ。あまりに港に近すぎても軽く思われますし、かと言って遠すぎては商機を逃してしまいます。ここら辺りが良いのです」
アスランは、自分がいずれ商会を持つならと考えながらトールキンの説明を聞いていた。いつもは反抗的な態度な孫の意外に素直な面を知り、トールキンは喜んでいたが、甘かった。
商館で食事を取ってから、ゆっくりとメーリングを案内する予定だったが、アスランはそんなにのんびりする気はさらさらなかった。
「少し見学してくる!」
トールキンが止まる暇もなく、アスランは飛び出して行く。
「誰か! アスラン王子に護衛を!」
トールキンが一人歩きは危険です! と騒ぐのをアスランは「うるさい!」と制す。
「こんなメーリングぐらい一人で大丈夫だ」
護衛についてくるな! と睨みつけ、アスランは走り去った。
「そっと後をつけるのだ!」
アスランは自覚はないが、とても綺麗な顔を娘のリアンナから受け継いでいる。傲慢な態度で、かなり誤魔化されてはいるが、イルバニアにも美少年に目の無い変態もいるのだ。
「何かあってはヒューゴ王に……それどころかリアンナは衝撃で亡くなってしまう!」
優しいリアンナが後宮に召し出されたのが、トールキンには心配でならなかった。表立っては名誉な事だといっていたが、妻の妹の悲劇が繰り返されるのではないかと心を痛めていたのだ。
「アスラン王子は娘の容姿は引き継いだが、性格は全く違うな。いや、あのくらいでなければヒューゴ王の王子としてやっていけないのかもしれないが……できればもう少し穏やかさを身につけて欲しいものだ」
アスランが帰るまで、トールキンは食事を取る気にもならず、召使い達に香辛料を控えた料理を指示しながら待つ。王族は庶民と違い、辛い料理に慣れていないのだ。アスランはそれを知られるのを子どもっぽいと嫌がるが、身分の高い証なのにとトールキンは可笑しく思う。
「早くお帰り下さい!」
護衛を何人も放ったので問題は無いだろうとトールキンは思っていたが、アスランは祖父の考えの外にいた。
「ふん、メーリングはいつでも見れるな! トールキンの目が離れた隙にイルバニアの首都を見に行くか!」
こんな時、メリルがいれば一っ飛びなのだがと、アスランは竜を乗せるのを拒否されたのに腹を立てる。
「やはり自分の船を持たないと話にならないな。だが、今はどうやってユングフラウに行くかだ。どうせトールキンが護衛をつけるのだろうから、さっさと行動しないと止められる」
祖父が護衛をつけたのに決まっているが、さっさと行動すればまけるかもしれない。こんなチャンスを逃すわけにはいかない。
「メーリングと王都ユングフラウの間を往来する商人は多い筈だ。全員が馬車を持っているわけではあるまい」
駅馬車とかあるなら、ユングフラウがある北側だろうとアスランは急ぐ。ぐずぐずしていたら祖父の護衛に捕まってしまう。
護衛達はメーリングの観光をするのだろうと、バザールの賑やかな場所を探していた。その間にアスランはユングフラウ行きの駅馬車を見つけた。
「カラン! カラン! ユングフラウ行きの馬車が出るよ!」
ベルを鳴らしている男にアスランは「いくらだ?」と尋ねる。
「子供は一クローネだ」
子供扱いにムッとしたが、イルバニア王国の金を持っていないのには慌てる。
「マークでは駄目か?」
「まぁ、メーリングではマークでも払えるが、両替所で替えて来た方が良いぞ。マークならニマークになるぞ」
アスランは一クローネがニマークになんて暴利だ!と腹が立ったが、ここでは時間の方が大切だと割り切る。それに大人料金ならニマークなのだと笑って払う。
「おや、お父さんのお使いかな?」
「ここに座るといい。進行方向に向かっていた方が酔わなくていいだろう」
メーリングには東南諸島連合王国の商人が何百人も住んでいる。子どもが駅馬車に一人で乗り込んできたのを他の乗客達は親切に席を譲ってやる。何故なら、その子どもはそんじょそこらでは見かけないほど綺麗な顔立ちをしていたからだ。それに見なりも良く、商人として親切にして損はなさそうな子どもだった。
アスランは駅馬車など乗ったのは初めてだったが、乗り慣れているように進行方向に向かった席に座った。
『さて、イルバニア王国のユングフラウとはどんな街なのだろう?』
アスランを見失った護衛の報告を受けたトールキンが大騒ぎしているなど、アスランは考えてもなかった。