4 飛行!
アスランに竜騎士の素質があると知った者達の反応は、おおまかにいって二手に分かれた。
「北の帝国ではあるまいし、竜騎士の意味なんて無いさ」
東南諸島の人々は、北の帝国大国三国には微妙な気持ちを抱いている。海の航海に関しては優越感を持っているし、商売では負けていないと思っているが、一夫多妻制を見下されたり、非文明国扱いを受けて、複雑な気持ちを持っているのだ。
特に、北の帝国大国で尊敬されている竜騎士を小馬鹿にすることで自分達の優位性を認識して安心するような風潮もあった。
「竜騎士といっても海に出たら意味は無いさ! やはり、大海原を航海するには帆船が一番だぜ!」
「そうだ! 竜で荷物を運べるかよ〜」
しかし、中には北の旧帝国三国と対等に商売するには、相手のことをよく知らなければならないと考える人達もいた。特に、ヒューゴ王はこれから東南諸島連合王国を発展させる為には劣等感を持つことなく、良い点は素直に受け入れる賢さも必要だとかねがね感じていた。
「まぁ、竜騎士だからといっても東南諸島では重要視はされないだろうが、これから北の旧帝国三国と付き合うには良いかもしれないな」
第一夫人の部屋で低いソファーに座ったヒューゴー王は、香りの良いお茶を飲みながら面白そうに呟いた。
「でも、アスランは……あれで王として東南諸島を導いていけるのでしょうか? 確かに竜騎士になれるぐらいですから、魔力も強いみたいですが……王からも一言注意をして下さい!」
のんびりと寛いでいた王は、いつも後宮の管理や王子や王女の教育は第一夫人のスーリヤが見事にやってのけているのに、アスランの件は手に余ると睨みつけられた。
「今の家庭教師では物足らないのではないか? 彼奴は誰に似たのか賢いからな」
「私もそのくらい考えて手配しましたわ。でも、肝心のアスランが飛び回って王宮に居着かないのです。竜騎士として、何か厳しく教育しなくてはいけないのではないですか? 私は竜騎士については知識がありませんが、北の帝国三国では竜騎士の学校があるとか聞いています。いっそのこと留学させてみては?」
スーリヤはヒューゴー王の政治的なセンスは信用していたが、末っ子のアスランを後継者にするという決断には前から疑問を持っていた。東南諸島連合王国を繁栄に導いている王だが、第二夫人への寵愛で目が曇っているのでは無いかと疑っていたのだ。それに、東南諸島では竜騎士はさほど優位な立場では無い。わざわざ、そんな厄介な能力を持った王子を後継者にしなくても良いのでは無いか? 帝国に留学させたら、そのうちヒューゴ王の気が変わるのでは無いか? そう考えたのだ。
「留学かぁ……知識を得るには良いかもしれないが、私は東南諸島には別の道を歩んで欲しいと願っている。アスランは、他の王子とは違う視点を持っていると思うのだ」
末っ子のアスランへの期待が高いと感じるスーリヤだったが、今のままでは後継者どころか王族としても不適切だ。
「それは……アスランは他の王子とは違う視点を持っているのかもしれませんが……言いたくはなかったのですが、アスランは離宮の備品を持ち出してはレイテの街で売り払っているのですよ。こんな事では王子としての品格を問われると思うのですが……」
王子の教育は第一夫人の責任なので、スーリヤは面目ないと頭を下げる。しかし、ヒューゴ王は、飲んでいたお茶を吹き出すと、愉快そうに笑った。
「そうか! アスランも離宮の備品を売り払ったか! 私もレイテの商人達に鍛えられたものだ。これで彼奴も少しは世間を知るだろう。レイテの商人達は海千山千の化け物揃いだからなぁ」
「まぁ! ヒューゴ様、そんな呑気なことを! ヒューゴ様が幼かった頃とは違いますよ」
確かに前の王の時代とは違いヒューゴ王の安定した治世の元で東南諸島はメキメキと力をつけている。
「スーリヤ、ではアスラン以外の誰がこの独立心旺盛と言えば聞こえは良いが、商売熱心で親でも売り飛ばしそうな東南諸島連合王国を率いていけると言うのだ? 真面目で温厚なカジムか? 帝国に憧れを持つ贅沢好きなラズローか? 軍艦馬鹿のメルトか?」
スーリヤは、王族の妃が産んだラズロー王子がもう少し出来が良ければと溜息を押し殺す。王族としての誇りは良いが、旧態然とした格式を気にしたり、かといえば旧帝国の華やかな品物を集めたりと、どうにも欠点が目につく。
「後継者の件は、私が口出しして良いことではありません。貴方様がアスランを後継者に決めたのなら、しっかりと教育して下さいませ」
第一夫人に難題を押し付けられて、ヒューゴ王は眉を顰めた。しかし、ふと良いことを思いついたと目をほの暗く煌めかせる。
「そうだなぁ、彼奴には何か課題を考えておこう。次代の王は甘くないと国民に知らしめる必要があるからな」
スーリヤは、そう呟いたヒューゴ王の整った横顔を見て、ゾクッと背筋が冷たくなった。王の心の闇を見たような気がしたのだ。
「まさか……アスランに……何をさせるのですか?」
「スーリヤ、なんて顔をしているのだ」
心配そうなスーリヤに微笑み返すヒューゴ王は、いつもの穏やかな顔つきだった。しかし、第一夫人として長年側で過ごしてきたスーリヤは、ヒューゴ王が若き日に寵妃を父王に奪われた事件の影を未だに引きずっているような気がした。だからこそ、因縁のある妃が産んだ王子を後継者にするのを本能的に反対していたのかもしれない。
そんな周囲の人々の反応などお構いましにアスランはメリルとの飛行に夢中になっていた。飛行の基礎を王宮付きの竜騎士に習うと、後は気儘に飛び回っている。
『もっと早く飛べ!』
幼いアスランを心配して、ゆっくりと飛行していたメリルだが、将来の絆の竜騎士を落とすつもりはないし、高揚感を共有しているので、スピードを上げる。
レイテの街を後にして、島々が点在する海の上をメリルとアスランは何処までも飛び続ける。
『いつか、北の帝国まで飛んでいけるかな?』
『島伝いになら行ったことがある。でも、今日はもう帰った方が良い』
『行ってみたい!』というアスランの燃え上がるような欲求を感じたが、メリルは百年近く絆の竜騎士を求めた日々を思い出して耐える。幼いアスランを無事に成長させなくてはいけないのだ。
『そうだな。それに、北の大陸までただ飛んで行くだけでは駄目なのだ。糞爺から独立するには、金を儲けなくてはな!』
竜は身分など気にはしないが、背中に乗せている子どもが糞爺と呼ぶのはヒューゴ王のことだろうと察して困惑する。一応は、東南諸島連合王国の王宮で長年暮らしているので、王に敵対するのか? と少し気になったのだ。
『アスランはヒューゴが嫌いなのか?』
海原の上でくるりと旋回してレイテに引き返しながら、メリルは王とアスラン関係を確認する。
『そう、大嫌いだ! だから、さっさと独立したいと考えている』
メリルは人間の成長とかは疎いが、どう見てもチビのアスランが独立するのは早い気がした。それでも、敵対するのではなく、独立するのであれば問題は無いだろうと安堵する。
『早く独立できれば良いな』
『先ずは船を手に入れなければな! さぁ、空の散歩はお終いだ。離宮に帰るぞ』
何を今度は売りとばそうかと考えているアスランは、自分に降りかかる運命にはまだ気づいていない。