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アスランの風  作者: 梨香
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3 メリルとの出会い

『船を手に入れて、外の世界へ飛び出したい!』


 面倒見の良いカジム兄上があれこれと命令してくるのを鬱陶しく感じていたアスランだったが、15歳になり独立して他の屋敷で暮らすようになった。これで、あれこれと指示されなくて済むと考えたが、甘かった。


 第二王子のラズローの天下になった離宮は、アスランには堪え難かった。ラズローは、弟のメルトは何を考えているか理解不能だし、自分が王位に就いた時に軍務大臣の孫は、役に立つかもしれないと放置していた。しかし、第二夫人の産んだ王子であるアスランには、王族出身の母上を押し退けた恨みを晴らすようにつらく当たった。


 だが、それはアスランの態度も良くなかったのだ。偶には、ラズローもラズローなりに好意を持ってアスランに接することもあるのだが……


「メルト、アスラン、昼から王族の茶会がある。お前達も連れて行ってやるから、挨拶をしろ」


 ラズローの母上は王族出身なので、こうした付き合いの場に招待されることがある。軍務大臣の孫、大商人の孫である弟達にも王族達と顔合わせさせてやろうと、ラズローなりに親切で言ったのだ。


 メルトは『下らない!』と思ったが、顔には出さず頷いた。


「結構です! そんなの時間の無駄だ!」


 アスランは、王族の付き合いなんかに構ってはいられない。早く独立する為には、いっぱい学んで、金を手に入れなくてはいけないからだ。


「生意気なチビめ!」


 アスランに振り上げたラズローの手をメルトがグッと握って制する。


「メルト! お前は私に逆らうのか!」


 パシン! 怒りの矛先はメルトに向かい、手が頬を打つ。10歳のメルトは、13歳のラズローより武術は優れているが、チビに手を上げるのを庇った罰を黙って受けたのだ。しかし、そんなことをされてアスランが喜ぶわけがない。


「私を殴ろうとしたのか!」


 そう叫ぶと同時に、アスランはラズローに殴りかかった。いくら武術の訓練を苦手にしているラズローでも、未だ幼い6歳のアスランの攻撃など簡単にかわして、生意気なチビを床に投げ飛ばす。ここでアスランが泣くなり謝るなら、可愛げがあるのだが、そんな性格ではない。


「こん畜生!」


「やめろ!」


 メルトは、アスランが風の魔力で反撃しようと集中しているのに気づき、鳩尾を一撃する。


「メルト……まさか、殺してしまったのか?」


 ぐったりと床に崩れ落ちたアスランを見て、ラズロー真っ青になる。いくら反抗的な態度だったとはいえ、父上の寵愛を受けている第二夫人の王子を害してはマズイだろうと震える。


『まさか!』チラリと威張りん坊のくせに小心者のラズローを見ると、メルトはアスランの背中に喝!を入れて、目を覚まさせる。


「メルト! よくもやったなぁ!」


 息を吹き返したばかりのアスランは、メルトに殴りかかったが、簡単に押さえつけられてしまう。ジタバタと抵抗するが無駄だ。しかし、アスランは泣きもしないで、メルトを睨みつける。


「いつか、やっつけてやる!」


 6歳のアスランと10歳のメルトでは勝負にならないのは明白なのだが、ハァハァと荒い息をしながら、悔しそうに怒鳴る末弟にラズローは呆れる。


「そんな態度だと、立派な王族にはなれないぞ」


 東南諸島連合王国の王族としてプライドを持っているラズローとしては最大限の侮辱なのだが、アスランはメルトの拘束を逃れると、ペッと血の滲んだ唾を吐き捨てる。


「王族なんて、真っ平ごめんだ! こんな離宮なんか、とっとと出て行ってやる!」


「王族の誇りもないのか! 生意気なチビめ!」


 怒ったラズローがアスランを殴ろうとしたが、素早く逃げ出した。




 離宮の裏手の海岸で、アスランは無力な自分に腹をたてる。メルトに止められなければ、風の魔力でラズローをやっつけていたかもしれない。しかし、それは禁じられているのだ。


「畜生! なぜ……」


 アスランは、自分が弱いから魔力に頼ったのだと海に向かって叫んだ。


「早く大人になりたい! 強くなって、こんな糞爺の世話にならずに生きたい!」


 アスランは、未だ父王の庇護下にある自分が情けなくて仕方が無かった。そんな強い思いが、王宮の竜舎で寛いでいた一頭の竜に届いた。


『誰かが叫んでいる?』


 北の大陸にある旧帝国から分裂した三国では竜騎士は尊敬されるし、竜騎士でない者は王位に就けないという不文律が未だに守られている。北の大陸から南東に伸びた諸島を統一したイズマル王は、風の魔力持ちであり、竜騎士だったと伝記が残っているが、海洋国家にとって重要視されるのは風の魔力だけだった。風の魔力持ちなら、凪いだ時にも帆船を航行できるので、とても重宝されている。


 東南諸島連合王国にも竜と竜騎士は存在していたが、便利な伝令としての軽い扱いになっていた。当然、そんな低い地位では、竜騎士になり手も少なく、長寿の竜達も老いて数を減らしていた。それに、竜騎士になるには、竜とコミニュケーションが取れなくては無理なのだ。


 メリルは、竜騎士と絆を結んで子竜を産むことを長年望んでいたが、決まったパートナーの竜騎士すらいない状態で、日々鬱々と過ごしていた。竜はとても長寿だが、竜騎士と絆を結ぶと、同じ時間を過ごすようになる。竜騎士が老いて、死ねば、竜も命を落とすのだ。なら、絆を結ばない方が竜にとって得のようにも思えるが、絆を結ばないと繁殖能力も持てないし、竜は絆の竜騎士を求めて生涯を過ごすと言っても間違えではないのだ。


『この魔力の強さなら、絆の竜騎士になれるかもしれない!』


 メリルは、期待を抑えきれず、竜舎から飛び立った。そして、離宮の裏手の海岸で膝を抱えて海を睨んでいる小さな子どもを見つける。


『彼だ! 私の絆の竜騎士は!』


 一瞬で自分の大切な相手だと確信したが、メリルは慎重に空を何度か回って気持ちを調える。何故なら、子どもからは、不満や、怒りが黒い渦のように立ち込めていて、自分が巻き込まれるのを警戒したのだ。巨大な力と魔力を持つ竜が、負の感情に巻き込まれるのは、悲惨な結果をもたらす。


『この子が成長するまで、絆を結ぶのを待たなくてはいけない』


 理性ではその方が良いとはわかるのだが、成長するまでに他の竜に横取りされる可能性もある。竜は、全員が絆の竜騎士を求めているのだ。


 涙を堪えていたアスランは、竜が自分の上を旋回しているのに気づいた。東南諸島連合王国にも竜がいるのは知っているし、王宮から飛び立つ姿を何度かは目にしていた。アスランは、竜は嫌いでは無かったが、今は独りになりたかった。


『あっちへ行け!』


 羽根の一撃でも倒れそうなチビに偉そうに命じられて、メリルは苦笑する。


『お前は空を飛びたくないのか?』


 バサッバサッと巨大な竜が横に舞い降りる。普通の子どもなら怯えただろうが、アスランは『空を飛ぶ』という言葉に魅かれる。


『私を乗せて空を飛べるのか?』


 全く自分を恐れない子どもに、メリルは満足する。それに、今はもう負の感情は巻き起こっていない。純粋な好奇心と高揚感を受け取る。


『我が名はメリル。お前の名前は?』


『私はアスランだ!』


 こうして、アスランは生涯のパートナーであるメリルと出会った。


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