11 リベルテ号
祖父のトルーキンの商隊にリベルテ号は参加させてもらって今回はゴルチェ大陸まで香料を買い付けに行く。でも、その前にイルバニア王国に東南諸島連合王国の香辛料を売り、小麦を買うのは一緒だ。
『メリル、船旅はどうだ?』
甲板に寝そべる大きな竜に乗組員達は迷惑しているが、アスランはそんな事は気にしない。メリルの方が大事だ。
『空を飛んだ方が早い』
アスランは良い事を考えた。商隊の航海速度は遅い。何故なら固まって航海しなければ護衛艦が海賊から護るのは無理だからだ。それに途中の島にも寄って商売するし、夜は縮帆して固まって休む。
「パナム、先にベーリングに行っている」
船長が意味を把握する頃には、アスランはメリルと飛び立っていた。
「アスラン様!」と叫んでも遅い。商隊の旗船から『アスラン様はどうしたのだ?』と旗信号で問いかけがあったが、パナムは頭を抱える。トルーキンが孫の王子を心配して騒いでいる姿が目に浮かぶ。
『アスラン様はベーリングに行かれました』と返信をした後は、『何故、止めなかった!』とか、連絡が矢継ぎ早にやっていた。パナムはアスラン王子の船長になったのを後悔した。
メリルと快調に空の旅を続けるアスランは、途中の島で休憩していた。
『まだ疲れていないぞ!』とアスランは強がるが、まだ8歳なので身体は出来上がっていない。メリルはアシュレイを絆の竜騎士にすると決めているので無茶は絶対にさせないのだ。
『この島は気持ちが良いし、宿屋もいっぱいある。休んでいけば良い』
メリルは、レイテと北の大陸の都市を何百回も行き来したので、竜騎士が休憩に利用する島もよく知っている。
アスランも本音を言うと少し疲れを感じていたので、宿で休む事にした。
次の日、メーリングに着いたアスランは、祖父の商館の屋上にメリルを下ろす。干してあった洗濯物が少し飛んでいったが、そんなのは気にしない。
『メリル、お腹は空いてないか?』
洗濯物などは気にしないアスランだが、メリルの事は気にかける。
『いや、レイテを出る時に食べたから大丈夫だが、イルバニア王国の牛なら食べても良い』
やはり農耕王国のイルバニアの牛は美味いようだとアスランは笑う。
『なら、イルバニアの牛を食べさせてやろう』
慌てて屋上に上がってきた商館の召使い達に「メリルにイルバニア王国の牛を用意しろ」と命じる。
留守を任されているパウエルが、牛の手配を召使いに命じた後、恐る恐るアスランに尋ねる。
「あのう、商隊はもう着いたのでしょうか? そのような知らせは届いていないのですが……」
「商隊は明後日には着くだろう。それまでにユングフラウを見学したい。メリルを休ませる場所は無いか?」
主人のトルーキンがいない間にアスラン王子に何かあってはいけないと、パウエルは顔を青ざめる。
「ユングフラウに竜で行かれるおつもりですが? あの王都は竜騎士に護られています。不審な竜などで行かれたら訊問されますよ」
一人で飛んで行くなんてとんでもない。止めようとパウエルは必死だ。
「そうか、どのくらいの護りなのか試してみるのも面白い。こちらに後ろ暗い所は無いのだ」
パウエルは大きな竜が足の脚をバリバリ噛み砕いているのを見て、気が遠くなった。
『アスランも何か食べた方が良いよ』
満腹になって眠くなったメリルに勧められるが、アスランの食欲も減退気味だ。
『メリル、眠いのか?』尋ねたが、返事はない。寝たようだとアスランはすぐにユングフラウに行くのは諦める。
「メーリングの港の見学をするぞ」
パウエルは慌てて護衛を付ける。メーリングには船乗りをクビになったごろつきも多い。それにアスラン王子の容姿は整い過ぎている。一人歩きは危険だ。
「護衛など要らないが……荷物持ちにはなるか」
アスランはごちゃごちゃしたメーリングのバザールを見て回る。
「ふん、レイテのバザールの方が品の数も質も良いな。だが、北の大陸の骨董品とかは面白い。偽物も多そうだが、ゴルチェ大陸に運べば儲かるかもな」
アスランは自分の好みに合う骨董品を買い叩く。目は王宮育ちで肥えているし、レイテの骨董品屋に離宮の備品を売り飛ばして交渉も鍛えられている。
「全部買うから100クローネだ」
「そんな、せめて150クローネは頂きませんと」
骨董品屋の主人は泣き真似をするが、こんな子供に価格を読まれて汗をかく。
「なら、要らない」と店を出ようとするアスランに「100クローネで良いです」と慌てて声を掛ける。
「初めから私の言う通りの値段で売れば良いのだ。覚えておけ」
偉そうな子供に気圧された主人は「はい」と答える。それから、何年も言い値で買われることになる。
護衛に骨董品の山を持たせてアスランは商館に帰った。やっと食事をしても良い気分になる。アスランはメリルを愛していたが、あの食事を見ると食欲が無くなるのだ。
「お食事を用意いたします」
パウエルもアスランの好みは熟知している。王宮育ちなので自分達みたいな香辛料たっぷりの料理は食べない。
召使い達が運んでくる料理をアスランはパクパクと食べる。幼くて小さな身体の割に大食で、用意したパウエルはホッと安堵する。アスランには仕える人に尽くしたくなる王気が備わっているとパウエルは感じた。
だが、食べ終わるとアスランは屋上のメリルの所へと行ってしまった。竜がすきだとは変わっているなんて思いながらパウエルが屋上に着いた時には、飛び立った後だ。
「アスラン王子!」と叫ぶが竜はどんどん小さくなっていく。パウエルはどうかトルーキン様がメーリングに着く前にお帰りになる様にと祈るだけだった。
『ユングフラウには東南諸島連合王国の大使館がある筈だよな。メリルなら場所も知っているな』
『当たり前だ』書類を届けたり、人を運んだりした事は数え切れない。
メーリングからユングフラウまで辻馬車では3時間も掛かったが、竜なら一っ飛びだ。
「私はすぐに街に出る。お前は休んでいろ」
メリルの為に大使館へ降りる予定だが、大使ごときにあれこれ言われたく無いアスランは、ユングフラウが見えて来た時からメリルに話を付けておく。