10 空っぽの離宮
アスランが東南諸島連合王国に帰国した時、ヒューゴ王の第一夫人スーリヤはホッとした。王子達は外祖父達に船に乗せて貰ったりするが、8歳で外国にまで航海するのは早過ぎると思っていたからだ。
「ラズローも成人して独立するし、メルトもこの頃は軍艦に乗ってばかりだわ。離宮にはアスランだけになることが多くなりそうだけど、竜で飛び回ってばかり。少し厳しくしなくては!」
第二王子のラズローは15歳になり、成人式を挙げて離宮から独立する。スーリヤは、その屋敷の手配で忙しくしていた。第三王子のメルトは外祖父の軍務大臣の影響か、12歳から士官候補生として軍艦に乗っている。
アスランは、そんなスーリヤの思惑などかまっていられない。自分の船を手に入れるのに夢中だ。
「メリルを乗せるなら、やはり中型船以上だな。イルバニア王国までなら古い大型船でも大丈夫だろう。でも、大型船を買ったら、それに載せる荷を買う金が無くなるか……やはり、中型船だな!」
祖父のトールキンの第一夫人マリーネにあれこれ質問しては、造船所に通い詰めていた。
「軍艦のようにスマートじゃないのは仕方ないが、もう少し良い木材を使った船を買いたい」
東南諸島連合王国は赤道付近から南へ下がるに連れて涼しくなるが、首都レイテがあるファミニーナ島ですら冬に雪が降ることなどない。温暖なので木の成長は早いが、良い船を造るには寒い冬を越した木の方が目が詰まっていて適しているのだ。
「ローラン王国やイルバニア王国の北部の木材を運んでくるとどうしても高額になりますよ」
ヒューゴ王の第四王子に造船所の親方は、良い木材を使った船がどれほど高価か丁寧に説明する。幼い王子なので、まだ船を買うには早いとは思っていたが、大商人トールキンが後ろに付いているからだ。
「ふん、そのくらい分かっている。今、ローラン王国はイルバニア王国の小麦をたくさん輸入しているはずだ。その小麦を運んだ船は、ローラン王国の帰りに何を積むのか知らないと思っているのか!」
ギクッと親方は背筋に冷水をかけられた気分になる。アスラン王子の指摘通り、このところローラン王国からの木材がどんどん運ばれてきているからだ。その木材で船を造っているが、前と同じ値段で売っている。
「木材の値段も落ちているだろう!」
グッと踏み込まれて親方はタジタジになる。東南諸島連合王国は海洋王国で船が常に求められているとはいえ、このところローラン王国からの木材がダブつきだしているのは確かだ。
「いえ、良い木材は常に……」
アスランに睨まれて口籠もる。子どもとは思えない眼力に押され、親方は中型船の新造船をかなり値引きして売った。
『やったぞ! これで自由に航行できる!』内心で飛び上がりそうなほど喜ぶアスランだが、親方にはそんなそぶりも見せないで黙っていた。
「名前はどうしますか?」と聞かれて、アスランは即答する。
「リベルテ号だ!」
自分を離宮から自由にしてくれる船を手に入れて、やはり子供らしくはしゃいでしまった。
アスランはマリーナのお陰で良い船長を見つけ、船荷も買い付けることができた。祖父のトールキンは、まだ航海するのは早いと心配するが、勝手に海に出られるよりはマシなので、自分の商船隊や知り合いの商船隊にリベルテ号を参加させてやる。
「もう! またアスランは航海に出たのですか?」
ラズローが許嫁の元に挨拶に出かけるのは良い。独立間近なのだから当然だ。それにメルトは士官候補生なのだから、軍艦で修行するのも仕方ない。だが、アスランはまだ学ぶべき事があるはずだと、空っぽの離宮でスーリヤは腹を立てていた。