1 第四王子アスラン
海洋王国の東南諸島連合王国は、ヒューゴ王の統治のもと、日々力をつけている。東南諸島の国民は、商売に熱心だったし、北の帝国大陸の貿易船より、早く物資を運ぶ能力も高かったので、海の支配権を独占しつつあった。
ヒューゴ王の後宮には、何人もの美姫が嫁いでおり、沢山の王女と共に暮らしていたが、意外と王子には恵まれていなかった。王子は14歳のカジム、12歳のラズロー、9歳のメルト、そして5歳になるアスランだけだ。
「アスラン、貴方も5歳になったから後宮を出て、他の王子達と離宮で暮らさなくてはいけません」
五歳の誕生日を迎えた日、父上の第一夫人スーリヤに告げられたが、アスランは納得できない。
「何故? 母上をこんな所に一人で置いてはいけない!」
ヒューゴ王の第二夫人として寵愛を受けているリアンナ妃は、他の妃達から嫉妬の対象になっている。第一夫人のスーリヤも、リアンナ妃は優しすぎて、他の妃達からの嫉妬を押し退ける力が無いのではと、ヒューゴ王が第二夫人にした時から心配していた。
「それは私の仕事です。王子は5歳になれば、父王の後宮から離宮へと住まいを移すのが慣例になっているのですから、それにアスランも従わなくてはいけません」
東南諸島連合王国では、第一夫人が財産の管理や子供達の養育の総てを握っている。それは王宮でも同じで、王の個人的な資産の管理、妃達の面倒、そして王子、王女達の養育はスーリヤ夫人に任されているのだ。ただし、第一夫人は夫とは性的な関係は持たない。人生のパートナーとして、一番信頼できる女性を選ぶのだ。
「母上が心安らかに過ごせるように気をつけるのだぞ!」
5歳の王子に厳しく命令されて、スーリヤ夫人は苦笑する。このアスランの十分の一でもリアンナ妃が強ければ、自分の苦労も半減するのだけどと、溜息を押し殺す。
侍従にチビの第四王子アスランが、王子達が住む離宮に連れて来られた。顔は女の子のように可愛いが、その表情はムッとしたままだ。おっとりとした第一王子のカジムが、他の王子達との顔合わせを引き受ける。
「アスラン、今日からお前も離宮で一緒に暮らすのだ。皆に、挨拶しなさい」
ヒューゴ王の第四王子であるアスランは、第一王子のカジムの言葉に反発する。
「別に、何も自分が望んで離宮に来たわけじゃない」
もうすぐ15歳になるカジムは、5歳の弟が母親から離されて寂しいのだろうと同情したが、礼儀は守るべきだと考える。
「これこれ、アスラン! お前も王族なら、皆の手本となるべきだ。きちんと、挨拶ぐらいできないと困るぞ」
「カジム兄上、そいつは父上の寵愛を嵩にきているのですよ」
離宮のリビングで寛いでいた第二王子のラズローが、クッションに寄りかかったままで声を掛ける。第一王子のカジムが立っているのに、その態度も良くない。
「ラズロー、この離宮では母親は関係無い。その為に、王子達は後宮から離されて、養育されるのだ」
ラズローは、そんな建て前ばかり言っているカジム兄上では、東南諸島連合王国の舵取りはできないと、フン! と鼻を鳴らす。
14歳のカジムと12歳のラズローは、互いに自分こそが王太子に相応しいと考えているのだが、ヒューゴ王は未だ後継者を決めていない。9歳のメルトは、兄達が口論し始めたのを良いことに、末っ子のアスランが勝手に何処かへ逃げ出したのに気づいた。
『何処へ行ったのだ?』
さほどチビの弟に興味がある訳では無かったが、兄達の口論に巻き込まれるよりはマシだと、メルトはいなくなったアスランを探しに行く。
「糞爺! こんな離宮なんかすぐに出て行ってやる!」
離宮に面している海岸で、チビの弟が海に向かって叫んでいた。叫び声と共に突風が波を起こす。メルトは、東南諸島連合王国の王を糞爺と呼ぶ弟に、少しだけ興味を持った。
『アスランは風の魔力持ちだったのか……あの根性があれば、良い武人になれるかもしれない』
穏やかで優しいカジム、知恵はあるが威張るのが玉に傷のラズロー、口数が少なく武術馬鹿のメルト、この三人の兄上との離宮での暮らしは、アスランにとっては地獄に感じた。