その1
『私、悪役になりますわ』
とある午後の昼下がり、お嬢様は薬でもキメてんのかと疑いたくなるような真っ直ぐな瞳でそう言った
「ハァ?劇かなんかっすか?」
「フフン、違いますわ………本物の悪役になるのですわ」
見目麗しいお嬢様のアタマの中がブッ飛んでいるのは別に今に始まった事ではない、どうせまた何かの本に影響されただけだろう
「素晴らしいお考えです、お嬢様」
「アッシュくんはちょっと黙っててくれるっすか、何も素晴らしくねーっす」
お嬢様以上にブッ飛んでる執事の男は今日も笑顔でお嬢様全肯定だ…
「っーか悪役ってなんすか?イーッ!とかゆーヤツっすか?」
「違いますわ」
「じゃ、悪の女幹部………には、ちっとばかし早過ぎるんじゃないすか?アレはほら、こう、バン!キュ!バン!でセクスィーな色気を持つ大人の女が…」
「それも違いますわ!ってか!ちょっと聞き捨てならない失礼がありましたわよ」
「そうですよ、お嬢様は今の御姿で完成型、美の極み、極限生命体と言えます」
「アナタもッ!私は今から成長期に突入しますのよ!来年にはスーパーモデルも真っ青のスーパーモデルスーパーモデル・ゴッドになりますのよ!」
「ユメ見てんじゃねーっすよ、お嬢様が今更スーパーモデル・ゴッドになれるなら私は明日にでもスーパーモデル・ゴッド・スーパーモデルになってるっーの」
「差し出がましい様なですが、お嬢様は現在の愛らしい御姿が一番かと」
「うるせぇよロリコンがァ!」
【1】
「我ながら思うのですけど、我が家はかなりの資産家ですわ」
「そーっすね」
まぁ、そうでなければこのクソ広い土地にクソデカいお屋敷に執事とメイドを雇うとかしないだろう
明らかに庶民ではない
「祖父が理事を務める学園で学業成績もきわめて優秀ですわ」
「そーっすね」
「そして、誰もがシビれて憧れる類い希なる美貌と溢れ出る気品…」
「はい、お嬢様の愛らしさには世界が嫉妬するでしょう」
「まぁ、発育が悪いのがタマにキズっすけど、シイタケ食わねーからダメなんすよ、昔からシイタケ残してたから」
「シイタケは関係ありませんわ!」
「で?なんすか?お嬢様の生まれ育ちとかマジどーでもいいんで」
「フッ…私、考えましたの、私に足りないモノを」
「ハァ?身長とおっぱいっしょ?」
「違いますわ!……いや、違いませんけど」
まぁ、発育を差し引けば金、権力、美貌とあらかた持ってるわな
それでいて憎らしく思えないのがお嬢様の持つ天性の魅力かと…
「私に足りないもの、それは………敵ッ!!」
「敵ッ!?」
これはまた予想の斜め上を行くイカレた考えを…
「イカレてるんすか?」
「イカレてませんわ」
「じゃなんすか敵って!?」
「アナタ達も知っている通り、私の学園生活は平穏無事、別段、何の当たり障りもありませんわ」
「いいコトじゃねーっすか?何が不満なんすか?」
「不満などありえませんわ、いえ…むしろ不満が無さ過ぎて退屈と言った方がいいでしょう」
「退屈っすか…」
「そこでこの私は考えましたの…」
そう言ってお嬢様はゆらりと椅子から立ち上がり、両手を広げ、表情は頑張って悪そうな顔を作る
「全てを持つこの私が学園の巨悪となれば、持たざる庶民から私と言う巨悪を打倒するべく立ち上がる勇しき者がきっと現れますわ!」
お嬢様に仕えて十余年…
う~ん、どこで教育を間違ったのだろう
「素晴らしいお考えです、お嬢様」
こっちはこっちで感涙しながら拍手してるし…
「年間を通して繰り広げられるアツき戦い!最初こそ舐めていた私が敗北を重ね色々と追い込まれてゆき、遂には全てを失うのですわー!」
「や、全てを失うのさすがにやり過ぎじゃねーっすか?」
滅びの美学かなんかに影響されたのだろうか?
と言うか、お嬢様が全てを失ったら私が職を失う!
「…それもそうですわね」
「では、最終的にお嬢様が完全敗北を悟り、良き友人となるパターンはいかがでしょうか?」
「なるほど、まぁ、それもアリですわね」
なるほど、アッシュくんの案も王道と言えば王道だ
憎めないライバルキャラにありがちなパターンで
「ではそのセンでいきましょう」
「畏まりました」
【2】
「まずは対象となる人物、私のライバルとなる者が必要ですわね」
お嬢様は生温くなった紅茶を飲み干し、ティーカップをテーブルに置く
「とりあえず、庶民の田舎者でルックスはそこそこ男性受けしそうで自己主張に乏しい感じですけど芯が強くいざという時には“やる”というスゴ味を感じさせ、周囲の人間を自然に惹きつける魅力を持つ方を捜す事から始めますわ」
「理想の難易度が高いっす!なんなんすかそいつ!?現実にいねーよそんなヤツ!」
「え…?居ないんですの?」
これまた王道スペックな主人公を求めてきたよ…
「いや、まぁ、絶対いないとは言わねーっすけど」
「我が学園にはあれだけの生徒がいるのですから1人くらいいますわよ、ねぇ?」
「仰る通りです、お嬢様」
既に、アッシュくんは学園の学生名簿を恐るべきスピードでチェックしている
「っーか、仮にそんな都合のいい主人公が存在したとしてっすよ?なんて因縁つけるんすか?」
「………おい、肩がぶつかりましたわ?」
「ワル(不良)かッ!」
「えぇ!ワル(悪役)ですわ!」
しかし哀しいかな、お嬢様に肩がぶつかったとか言われても何のスゴ味も感じられないだろう
「王道の1つですが、お嬢様自身ではなく、お嬢様の取り巻きから入ると言うのはどうでしょう?」
「取り巻き?」
「はい、生まれの良さを鼻にかけて庶民を見下して頂ける方々が宜しいかと」
「なるほど…」
「なるほど、じゃねーっす、お嬢様には取り巻きがいねーじゃねーっすか」
「では、まずは取り巻きを作る事から始めませんとね!」
う~む、冷静に考えてみたが、取り巻きとは作ろうと思い作れるものなのだろうか?よくある創作ではなんか自然に居るし、そもそも友達なのだろうか?取り巻き
「できるだけ性格が悪く、強者にはヘコヘコして弱者にはブイブイいわせる感じの方々がいいですわね」
「最悪な人材募集っすね」
まぁ、世間知らずのアホ貴族にならワリとそんな人材居るだろう
「ではその取り巻きの方々に私のライバルを侮辱させて対決をする感じにしましょう」
「対決って…なんすか?殴り合いでもするんすか?」
お嬢様は低身無乳のワリには意外と運動能力は高い
以前、屋敷に金目当ての賊が入り込んだ事があり、たまたま賊と鉢合わせたお嬢様は護身の為に習っていたジュードーで撃退し、石畳でジュードーマジヤバいと思ったものだ
「しませんわよ、そんな野蛮な事」
「そっすか」
「やはり対決展開的には殿方を巡って対決してみたいですわね」
「男っすか…」
まぁ、王道だ
しかしいかんせん、お嬢様のように見た目が犯罪臭がプンプンするレディにはちょっと早過ぎと思う
「アッシュくんはどーっすか?」
「…お嬢様のお望みするスペックの男性を教えて頂けますか?学園内からお捜し致します」
すげェ…あくまで、己を殺してお嬢様の意を汲む!執事の鑑だよ!
「そうですわね~…やはり」
「残念ながら存在しません」
「え゛!?まだ何も言ってないですわ」
「残念ながら存在しません」
あ、ダメだ、コイツまったく己を殺しきれてなかった