和装の埴輪
「すみません。風呂だけじゃなくて着替えまで借りちゃって」
風呂から上がり茶の間にやってきた埴輪を見て、弥代の母はにこりと笑みを刷いた。
「似合うじゃない。いい男は何着ても様になるね!」
埴輪が浴衣を着て、照れたように頭部に左手を置いている。
これぞ埴輪、というフォルムだ。
服を着ているのが残念なほど完璧な埴輪だ。
そんなザ・埴輪な存在を「いい男」と言い切ってしまう自分の母親に、弥代はめまいがしてきた。
何だろうこのシュールさ……。もう突っ込む気も起きない。
あ、でも…………埴輪も浴衣も古い日本文化の一部だし、学生服よりは正しい姿なのかも?
…………落ち着け自分。埴輪の正しい姿ってなんだ。
無性にイラっとした弥代は、とりあえず先ほど固めた決心を実行すべく。
埴輪の後頭部を叩いた。
「って!何だよ!?」
「問答無用」
「はあ?」
「あんたが全部悪いの。謝って」
「え?……ごめん?」
「あと、あんたが入ったお風呂、掃除したの私だから」
「お、おう?……ありがとう?」
弥代はうむ、と偉そうにうなずいた。
彼女としては、疑問形での謝罪や感謝など満足できるものではないのだが、寛大な心で受け取ることにした。
ただその心も「どうしたの?何でそんなにイライラしてんの?」と聞いてくる隣の埴輪に答えるほどの広さはないようで、ガン無視しているが。
どうせ何言ったって分かってくれるわけない……。
弥代の心の闇を大人は誰も気付かない。
それどころか、仕事から戻ってきた弥代の父が席についたことで、子どもそっちのけで乾杯し盛り上がっている。
「急に押しかけただけでなく、御夕飯までごちそうになっちゃってすみません」
と、おねえさんが頭を下げれば、
「いやいや、久しぶりだから嬉しいよ。美人さんになったなあ」
と父が眦を下げ、
「お父さん、それセクハラですよ?」
それを見た母が柳眉を逆立てたものだから
「いいじゃないか。近所の女の子が素敵な美人さんになったら褒めなきゃダメだろう?心配しなくても母さんが一番だから」
父が慰めることになって生ぬるい空気が二人の間に流れる。
おねえさんは我関せずと焼き椎茸を肴に日本酒を飲んでいる。幸せそうだ。
カオスだ。
いやだ。
何がいやって、隣に座る埴輪が肩身狭そうにこっちを見ている。
俺と同じだよな。と仲間を見るような眼でこっちを見てる。
やめろ。
私は人だ。埴輪じゃない。
あんたと私の間には、どう頑張っても越えられない川があるって早く気付け。
というか。
早く人に戻れ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
弥代がつっこむ気も起きないとか言っていますが、むしろ今までツッコミ役をはたしたことがあったのかと。