恋は理不尽なもの
現在午後6時6分。
結論から言えば、おねえさんの弟で弥代の彼氏な埴輪は今、風呂に入っている。
3分前に全身汗だくで玄関をぶち壊す勢いでやって来た少ね……埴輪は、弥代の母によってそれは見事にくるんと道着を剥かれ、袴を剥ぎ取られ、問答無用で風呂に叩き込まれたのだ。下着については、彼の名誉のためにもそっとしておくべきである。
少年の心は傷つきやすく繊細なのだ。
とにもかくにも、少年は着替える暇もあればこそ、メッセージを見た瞬間道場を飛び出したのだろう。既読のマークがついてからきっかり5分で到着した。
学校から弥代の家まで、本当にダッシュで5分だということが証明された瞬間だった。
ちなみに、裸に剥かれる彼氏の悲鳴を聞きながら弥代が思ったのは「埴輪にもBボタンってあったんだ」というちょっとずれた感想だった。
ダッシュボタンが実装されているかどうかはともかく、少年は見事、自身の恥ずかしい秘密の防衛に成功したわけだ。あと数分遅れていれば、実の姉によって大いに盛られて暴露されていたはずなので、見事な仕事をしたことになる。
しかしまあ、少女にとって彼氏が埴輪だという以上のショックなど想像もできないので、彼の恥ずかしい秘密なんてほんのちょっとしか知りたくない気持ちはない。
つまりすごく知りたい。
ご飯の準備を進める母たちをおざなりに手伝いながら、少女はぼんやりと埴輪を思う。
風呂を奇麗に洗ったのは私だ。
湯をはったのも私だ。
完璧な湯加減のはずだ。あとでちゃんと感謝の言葉をもらわねば。
……思考がずれた。
お風呂だよ?埴輪は濡れても大丈夫なの?素焼きでも焼き物だから大丈夫なのかな?
その前に何で埴輪のくせに汗だくになるのさ。どこに汗腺があるんだ?
ていうか、湯船に浸かったら浮かぶんだろうか、沈むんだろうか。
ウィキ先生に聞いたところによると、埴輪は基本的に中が空洞らしいから浮くのかもしれない。
え、ちょっと待って。ということは……、
「内臓どこいった!?」
「みよちゃん、大皿出すの手伝って……って、大声出してどうしたのー?」
「え、あ、あの、な、内臓が」
「お腹すいたの?」
「わ、私じゃなくて、あの、内臓どこにあるのかって、その前に汗が出てるってどういうことっていうか、……ええええ?わかんないんです!!」
「わたしはもっとわからないわー。お箸と箸置き出してー。あ、その小皿もお願いねー」
混乱した弥代の叫びは、おねえさんからあっさりいなされてうやむやになる。母親は最初から安定のスルーだ。恐らく聞いてすらいない。
私の周りはどうしてこんなに理不尽極まりないんだろう。
……うん、そうだ。全部奴が勝手に埴輪になるからいけないんだ。
弥代は、この苛立ちを埴輪にぶつけようと決心した。
早く風呂から上がってこい。
とりあえず一発殴らないと気が済まない。
理不尽とは何だったろう、というお話。
ここまでお読みいただきありがとうございます。