秘密は埴輪?
「あんた、本っっ当に美味しそうに食べるよねぇ」
母親の呆れたような呟きに、鋭くうなずく。
至福の宝を最上級の敬意でもって口の中で歓待しているため、残念ながらコメントは返せなかったが。
もう少しだけ待ってほしい。そうしたら今自分が如何に幸せか15分は語れるから。
弥代がそう眼で伝えると、その意味を正確に受け取った母は、うんざりした顔で片手を振ってみせた。
何も語るな。ということらしい。
弥代の眼が「くぁっ」っと広がる。
何故語らせない!?
美味いのだ。
すばらしく美味なのだぞ!?
美味いお菓子を美味しく食べることの至福。
全世界が知っておくべき大切な真理だ。
むしろ世界に必要な真理が他にあるだろうか。いやない!
「あんたうるさい。眼で語るな。黙って食べてるのになんでそんなにうるさいのよ」
っぅふ。
声をうまくのみ込めなかったのか。ここまで静かに二人のやり取りを見守っていた女性から不思議な音が漏れる。
母娘が不毛なやり取りを止めて、同時に女性に目を向ける。頭の傾げ方が左右で完璧な線対称になっている。それが最後の引き金になったらしい。綺麗に体をくの字に折って、文字通り腹を抱えて笑い出した。爆笑だった。
ちなみに爆笑とは、大勢がどっと笑う状況を指すが、最近は一人が大声で笑っている状況を指すことの方が多い気がする。まあ、比喩表現として使っていると考えれば問題はないだろう。
閑話休題。
女性が笑い過ぎて滲んでしまった涙をぬぐって何とか体裁を整えた頃には、弥代の皿はすっかり空になり、二杯目の紅茶を自分で注いでいるところだった。
「あぁ面白かった。久しぶりに見たけど、二人の掛け合いやっぱりいいわー。ここにうちの弟がいないのが残念だわー。ねえ、呼んでもいい?」
問いかけた時にはすでにスマホを取り出して何やら操作をしている。質問したからには、せめて答えを待ったほうがいいのではないだろうか。その場にいる3人は誰もあまり気にしていないようだが。
「弟しょうかーーーーん。何秒で来るかなあ?」
召喚と言いたいのだろうか?
ちらりと見えた画面には、「3分以内に来い。さもなくばお前の恥ずかしい秘密を以下略」と書いてあった。
弥代は彼がちょっと可哀想になった。
「・・・・・・まだ、部活中だと思うけど」
「あら、じゃあ気づけないか。残念」
黒い笑顔で呟く女性。しかし特に訂正するつもりはないようだ。放置するらしい。
「ねえねえ、みよちゃん。あれ、何分で来ると思うー?」
「え……部活が終わるの6時頃だから」
まだ5時にもなっていない。
「じゃあ、6時5分までに来なかったら暴露っちゃうねー」
「ちょっお姉さん、学校からここまでチャリで15分はかかるんだけど」
「つまりダッシュで5分でしょー?」
いやいやいやいや。
首をぶんぶん振る少女に、「おねえさん」は大人な女性の魅力をたっぷり湛えた笑みをみせる。
「ねえ、みよちゃん?――自分の彼氏の秘密、知りたくないの?」
え、なにそれ知りたい。ていうかそれって……
「埴輪?」
「だったら晩御飯食べていきなさいな」
「わあ!ありがとうございます。じゃあお手伝いしますー」
「弥代、あんたは風呂掃除!!」
弥代のつぶやきは家事一切をコントロールする母親の声にかき消されて誰の耳にも入らなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
なんだかどんどん一話の長さが長くなる……。一話一話の長さはある程度統一したほうがいいのでしょうか。よければご意見ください。
次回こそ埴輪が出てくる、はずです。