恋する少女
弥代が自宅の玄関の戸を開けると、見知らぬ靴がそろえて置いてあった。
お母さんにお客さんかな?挨拶面倒くさいな。
・・・・・・ばれないように自室に退散しよう。
そんなことを思いながら二階に上がるべく、足音を忍ばせて母と客がいるらしい台所の前をそうっと通り過ぎ、無事に階段までたどり着く。
あとはこれを登り切ればミッションクリアである。
ちなみに、弥代の家は純和風な一軒家だ。無駄に広くて手入れの大変な庭まである。だから彼女の家にあるのはキッチンでもダイニングでもなく、台所なのである。
弥代が階段に足を乗せた瞬間、そんな台所の引き戸が開いて一人の女性が顔をのぞかせた。その女性は、階段に片足かけている弥代を見止めたようだ。まなざしが一瞬冷たく光ったように見えたのは光の加減だったのだろうか。弥代が気配に気づいて振り返った時には、にっこりほほ笑んでいた。
化粧気のほとんどないきつめに見える顔なのだが、びっくりするほど人懐こく見える。
そして飛び出したのは、何とも脱力するぽわわんとした調子の言葉だった。
「みよちゃんおかえりー。久しぶりー。ふんわりさっくりやわらかエクレアと、とろっとろにとろけるほっぺがおちちゃうカスタードプリンがあるよー、食べる?」
「ただいま!おひさ!!食べる!!!おねえさん大好き!!!」
叫んでダッシュで階段を上る。
「うるさいわよ!」という母親の声が背中にぶつかってきたが、「私紅茶ね!」と叫び返したから何の問題もないはずだ。最短記録で制服から部屋着のパーカーに着替えると、大慌てで台所にたどり着いた。
テーブルを見れば、きちんと弥代の分のマグカップも置かれていた。入れた液体の温度で色が変わるそれは、最近の弥代のお気に入りだ。
青空から夕焼けに変わっているマグカップには希望の紅茶が入っているのだろう。ふくよかな香りがふわんと漂ってくる。その隣には、すでにエクレアとカスタードプリンが鎮座している。チョコレートとバニラの甘くふんわりとした香りが弥代を包み込む。
世界は今、弥代に微笑んでいた。
弥代はここ数日で一番テンションが上がった。
「おねえさん大好きありがとうなんて素敵なのいただきます!!」
一息で言い切って手を伸ばしたところで、無情で冷酷な母の声が弥代の動きを止める。
「手、洗ってらっしゃい」
母と娘の間に勃発する一瞬の攻防。視線だけで交わされる激しい戦いを制したのは、母だった。流石の貫録である。
世界は今、弥代を見放した。
弥代はがっくりと肩を落とし、のそのそと、それでいながら超特急で手を洗う。
十数秒後、弥代はやっと麗しのお菓子にありつけたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
あらすじ詐欺どころか、今回埴輪すら出て参りませんでした……。
じ、次回こそ……!