打撃改善
第四試合目。その日の朝。
「彼女とデートしてくるっすー!」
友田は意気揚々と寮を出て行ってしまう。今日はスタメン登録がされておらず、阪東からも自由時間と言われていた。
前の試合で活躍したことで彼女の評価はかなり上がった模様。今日は試合を見る事すらしない。
「私は病院に行く。試合、頑張ってくれよ」
昨シーズンで負傷した足の再検査に向かう新藤。セカンドを守るには厳しい状況だ。今年もフル出場は難しいだろう。
友田と新藤を欠いた状態だ。つまり、阪東が理想としている得点パターンがない状況。ここからいかに点をとるか。
「ホームランしかないですよね!!」
津甲斐監督は阪東の狙いが分かったような顔で、答えを伝えた。阪東は
「それしか得点を挙げられそうにないな」
未来予想図はある程度できている。河合の一発が良いところだ。
阪東の描いている打線と、河合達の描いている打線には違いがある。
「津甲斐監督。本塁打は何点だ?」
「え?ソロで1点、ツーランで2点、スリーランで3点、グランドスラムで4点ですよね。常識じゃないですか」
「そうだな。柵越えさえすれば、必ず点は入るが最大でも4点どまりだ」
勝つための野球を選ぶならやはり、堅守で切れ目がない打線を持つこと。つまらないかもしれないが、オーソドックスの野球が強い。阪東が考える野球の勝ち方はそーいったもの。
「俺の野球に河合と嵐出琉は合わない。豪快な一発はあるが、信頼できないのさ。ホームランの6割は運部天賦の結果だ」
2人共、本塁打率が高い。しっかりと走者も返してはいる方だろう。それでも
「2人共アウトカウントで動ける打者じゃない。特に河合はその一角だ」
「前に河合は消去法の四番って言ってましたね」
「あいつはガムシャラに振る。全打席、ホームランを狙う四番。決まれば大きいが、決まらなかったら手痛い。嵐出琉は不器用ながらできるようにシーズン中に調整させたいと思うが……河合は重症レベルだ。やれる道は四番しかない」
打撃は水物。その日、その日ごとに替わってくる。特に相手投手によって出てくる成績が違ってくるのは当然だった。
昨年のデータから河合がもっともこの打線で現われて来るのがあった。
「こいつ、死体蹴りのプロだろ」
一軍半レベルの投手から本塁打の量産。勝利打点は新藤よりも少ないが、リーグの打点王。一方で、エース級の投手からの打撃成績は新藤はおろか、友田よりも劣る。得点圏での打撃は嵐出琉よりも下回る。
「弱い奴にとことん強く、強い奴には弱い。性格がもろに滲み出た成績だ」
だからこそ、四番。王様らしい性格でもあるが、まだ少し威風が足りていない。
「もう少し、河合にエースを潰せる矜持が欲しい。技術もパワーもある。メンタル面での問題だ」
「プライドですか?」
「俺の知ってる本当の四番とは違う。弱い奴だけに強い打者じゃなく、本当に強い打者になってほしい」
友田と新藤……それに尾波までいなくなったら、チャンスメイクができる主力がいなくなる。四番を河合に固定するのも、本当の四番になってもらうため。
ウチのチームは四番打者クラスが、5人もいるんです!!
なんて売り込み。情けない。それを超える者が1人いないでどうする。いてこそ、このチームは初めてチームとなれる。阪東が考える野球に到達する。
「今日の試合からペナントレースの終盤まで、河合が四番として自覚してくれれば俺達は優勝できる」
最終戦はまさにキープレイヤーの実力を測るためだ。
友田と新藤による攻撃は、後ろに河合がいるから成立することをみせたい。
「友田に新藤さんもいないんじゃ、どーすればいいのかな?」
「俺の前にランナーを貯めろ。一発で返してやるぜ、尾波!」
それしかないんだけどな。
河合の自信ある発言を少し遠くで黙ってきいて頷く阪東。サインは何も出さないまま、4試合目のオープン戦にきた。今日もそのつもりだ。
「栗田、神里と安藤をしっかり頼むぞ」
「はい!」
交代は7回からを考えている。できれば、この打線で勝ちたい。
理想は7回までで自分達がリードしていること。8回を神里、9回を安藤で締める。川北の性格と河合のリードは相性が良い。守備も、友田と新藤がいないという点を考えれば大量失点はないはず。
阪東の読みは7割方当たっていた。
川北は4回まで3安打2失点、2四球。良くもなく悪くもない。2失点くらいならまだ打線で盛り返せる圏内だ。
ブオオォンッ
「OH-NO-!」
3番、嵐出琉。5番、コールドバーク。お互い簡単に凡退してしまう。2人から一発を期待するのは難しい。この時期で好調な尾波と河合に託すしかない。
「今のところ、尾波のタイムリーヒットだけですね」
「そうだな」
3回裏、七番岡島のフォアボールから、東海林のランナー入れ替えの内野ゴロ。林の送りバントでツーアウト二塁となって、尾波が仕留めた形。なんとか決められた得点といえよう。
「ノーアウトのランナーをしっかり返さないとな」
それでも、シールバックらしい得点の入れ方じゃない。万全な打線ならビッグイニングしていてもおかしくない。
また、守備面でも要所要所でファインプレイが目立っている。特に昨年のゴールデングラブ賞である林の守備はかなり助かっている。
2-1のまま、試合は5回。
1アウトになってしまったが、打席には尾波。なんとしてでも河合の前にチャンスを作りたい場面であるのだが、相手のフォークをひっかけてセカンドゴロに終わる。
これで勝ちを得るには難しくなった。
6回、川北に代わった井梁であるが、四球でピンチを招いた後、2本のヒットを打たれて3失点。4点差まで開く。ここから打ってなんとか反撃といきたいところだが、それも無理。
3番と5番が打てない深刻な状況で。付け加えると……
ギイィィンッ
「ちっ!カーブかよ!」
4番の河合まで3タコ。彼の見せ場が作れてない打線も問題であるが、それ以前に彼が流れを変える一打を打って欲しい。クリーンナップがボロボロでは勝てる見込みはない。
終わりだ。友田や新藤がいないという現状があったとしても、5回までに自分達がリードをしていなければ勝てる見込みがない。
試合を決める4番が打てないようでは勝てない。
「栗田、出番だ。河合はベンチに下がってくれ」
「ああぁっ!?テメェ、今の状況がわかんねぇのか!?」
8回表。予告通りであるが、河合に変えて栗田が捕手として入り、神里と安藤の球を受けることになった。しかし、河合はこの阪東の決断に血を走らせて猛抗議した。
「点差が開いてんだ!俺のバットがなくてどーやって逆転するってんだ!?次の回は俺に回るんだぞ!それからでも良いだろうが!?」
「4点差あるな」
「俺が逆転してやる!俺のバットで決めてやる!」
「河合、お前の打席は満塁なのか?できても、1,2塁だ(2番からだから)。そこでホームランが出たとしても、まだ負けているんだ」
友田や新藤にも言えることだが。打たなければ価値がない。今日の河合に価値はなかった。
「満塁ホームランでも4点止まり。この終盤で4点差があれば友田と新藤がいても覆らないだろう。なぜなら、お前が打てないからだ」
「なに!?もう一度言ってみろよ!聞こえなかったぞ!!」
怒れる性格。自分が5人の中で優れているという自負は認めるが、強すぎる個でしかない。
「いい加減、自覚しろ。お前のスイングはお前のためにあるわけじゃない。チームの四番として、打席に入れ」
調子を落としている外国人2人とは違い、河合は明らかに自分だけを考えている。
「なぜ、もっとドッシリと構えて打席に立たない?なぜ、ボールを選んでいかない?お前が四番だというのは誰でも知っているんだ」
3タコの河合。外野フライ2つと、内野ゴロであるが。その時、河合が打っている球は全部難しいボール。またはボールと判定されてもおかしくない球。加えて、追い込まれる前に打っている。
「今日の試合、お前が出塁できればまだ分からなかった。自信過剰は結構だが、それに見合った結果を俺は求める」
「このヤロォ……」
早く打ちたいことと、ヒットを打つことはまったく違う。追い込まれれば自分のスイングがしにくくなるのは分かるが、投手が絶対に勝つ投球ができるわけではない。河合に求めているのは4番の仕事。
試合の流れをバットで変えること。
「河合を相手に甘い球は投げられない。クサイところを突いていく。投手の俺もそうする。歩かせてもヒットと同じ。それにお前は打ち気が強く、ボール球も打ちにいく。また、打ち損じる確率も高い」
阪東は結論を出す。
「お前はまだ相手から4番として思われていない。それが投手達の評価だ」
「っっっ!!」
バヂイィッ
河合は阪東をぶん殴った。それも衝動的なもの。殴られた阪東はその場に倒れ、河合は怒りを口に出さなかったものの、足取りを強くしてベンチの奥へと引っ込んでしまった。とてつもない光景にチーム内も混乱してしまった。
「ば、阪東さん!平気ですかーー!?血が出てますよ!」
「心配ない、津甲斐監督。河合のための説教だ」
阪東も起き上がり、津甲斐からのティッシュで口周りの血を拭く。
「なんで河合が怒るようなことを言うんですか」
「だから、四番のためだ」
河合を抑えるため、クサイところを突いていく。他のチームもとっている戦略だ。それに対して河合はムキになって打ちにいっている。ヒットも生まれているが、パワーによって生まれるポテンヒットが多い。つまり、四球でも同じ。確率でいえば凡打の方がさらに高く、ゲッツーもとれる。
「技術もパワーもある。それだけの練習もしている男だ」
四球なら河合に勝ったと思うか?
そもそも、俺達は四球を前提としている逃げの投球が通じる打線じゃない。後ろには嵐出琉も尾波だって置ける、他の打者だって打てる。投手心理も考えれば鈍足でも、ランナーがいることは嫌と感じる。
そして、ピンチで河合から逃げる選択をとれるか?ボールを見極められれば相手投手もきつくなる。やがて、追い込まれて甘くなるボールを
「ドカーーンッ」
「?」
「河合が一発を決める」
そのためには河合。お前がさらに4番の自覚をして打席に立ってくれ。
ホームランだけが仕事じゃない。チームとしての仕事をしてくれ。
オープン戦は2勝2敗で終わるのであった。