攻守両端
投手は基本、投げて抑えるべきだ。
「もう一度、私に投手をさせてくれるんですか?」
しかし、シールズ・シールバックの先発陣は良くて神里と川北のみ。戸田は安定感がなく、好不調が激しい。その他いる先発投手候補達でも戸田以下の投手力という悲惨な有様。
では、中継ぎ陣の数名を先発にすればいいのでは?そう津甲斐監督やコーチから助言をされた阪東であったが、中継ぎと先発は別の仕事であると阪東は答えた。
中継ぎで仕事が成功している選手が、先発で大成することは難しい。成功した例は確かにあるが、失敗すれば調整し直すのにも時間が掛かる。投手も経験している阪東は、このギャンブルはあまりにもハイリスクでローリターンだと結論付ける。
なにせ、シーズンで必要な先発は最低でも5人はいる。中継ぎを1人、先発に回したくらいじゃ何も意味がない。数が足りてなさ過ぎる。
「ああ。しかし、力む必要はない」
4ヶ月ぶりの投球練習もした。もう野手一本と心に決めたところで新監督から再度、投手として立って欲しいと志願された。
もう、言われた時はわけわかんなかった。
「しかし、求める負担は神里達と異なるも同じレベルだ。期待をしている。とりあえず、1安打だ」
「……はい!」
久慈光雄。
昨シーズンのオフに投手から外野手への転向を言い渡されたわけだが、阪東の配置転換により再び投手として戻ってきた男だ。
「しかし、いきなり一軍ですか。久慈は二軍でもそこまで良い成績を残せてないですよ」
久慈を外野手にすべきと伝えた津甲斐監督が阪東に尋ねてきた。投手としての久慈は努力のみがあるといった評価だ。
確かに期待できる投手ではない。しかし、阪東は久慈の利点をいくつかあげる。
「一つはサウスポーだ。神里も川北も右投げだからな。左投手というだけで苦手な打者はプロにだっていくらでもいる」
「左対左は古いとか言われるじゃないですか」
「左投手が苦手な右打者もいる。それだけの価値が左にある」
野球というスポーツは一般的に左利きの方が有利とされている。
先発でサウスポーというだけで価値は十分にある。
「もう一つ。いや、一番が久慈の打撃力だ。キャンプで見させてもらったが、この打力をベンチで使いたくない」
まだその実力は明らかとなっていないが。新藤の言葉通り、久慈の打撃力は非凡なものがある。
しかし、ここで左利きであることが不利になる。左投げで守ると悪いとされるポジションはいくつもある。そのほとんどが内野。
サード、セカンド、ショート。それからキャッチャーも不利とされている。サードなどでは一塁への送球時にワンテンポ動作が遅れるなど、経験不足も考えれば久慈を内野に入れるとしたら、ファーストしかない。
しかし、ファーストには嵐出琉、次いで、コールドバークがいる。久慈の打撃力を使いづらい。となれば外野しかないわけだが、
センターには友田。
残る一つの外野の枠には尾波を入れたい。残るはレフトだけ。外野は、本城や地花、マルセドなど。レギュラー争いが白熱しており、これ以上人数での争いはチームの得にならない。
その点、投手としてポジションにいてくれれば打線も厚くなる。久慈が投手としてのやる気があったことも幸いだ。
「久慈の投球は確認したんですか?」
「直球は140にいくか、いかないか。変化球はスライダーとシンカー、少し速いフォークを見ただけだ。投げる球は二軍の平均的なものだった(ぶっちゃけ、一軍レベルではない)」
「だ、大丈夫なんですか!?ホントにそんな投手が、一軍ですら投げたことがないんですよ!」
「心配する事はない」
コントロールが良いわけでもないし、変化球に武器があるわけでもない。ましてや、直球に威力があるわけもない。
だが、阪東は久慈の何かに気付いているようだ。
「もう一つ、久慈の良いところはこの試合で分かるさ」
「え?」
「久慈には内緒だが、奴には頑張って5回まで投げ抜いてもらわないとな」
そして、いよいよ。久慈の真価が現れるオープン戦がやってきた。
「おーっし……。いやいや、いけねぇや。気負いすぎるな」
「久慈!しっかり投げろよ!」
「分かっている!任せてくれ!」
河合のミットに投げるのも久しぶりである。実は同期入団。大分先に行かれてしまった。
久慈の投手はまたもう一回始まった。
カーーーーンッ
そして、すぐに本当のプロの壁にぶち当たる。
「なんだこいつ?調整不足以前の問題だぜ」
「棒球ばっかじゃねぇか」
「あいつ、去年も一昨年もずーっと、二軍暮らしだったぜ」
久々のマウンドにして、相手は開幕戦に備えているオーダー。メッタ打ち。こちらの守備などカンケーなしに打たれまくる。
「ふーっ……、ふーっ……」
1回ですでに5失点、6安打と打者一巡の猛攻を浴びてしまった久慈。四球こそないが、置きにいった球を狙い打ちされる。
「直球が甘いから打たれるんだ!気合入れて投げろ!」
だから、それリードじゃねぇし。文句じゃねぇか。
それと、分かっているけど。俺はこれが限界なんだよ。調整云々以前に、才のない人間が可能な限りの努力で辿り着けた、ようやくの球しかない。
武器なんてねぇ。
大乱調。久慈、投手としての自信を失いかける猛攻だ。
しかし、その裏。すぐさま、シールバックは仕掛けていく。
「そろそろ、俺もアピールしないとマズイか?地花?」
「その通りだぜ、友田!俺に開幕スタメンを獲られるぜ!」
「今日は俺の彼女も来てるんだ。ポイント高くなるよな?」
「そんな理由かーい!?まぁどーでもいいけど、本気だせ!負けてるんだ!」
1番、友田。ようやく、この天才が動き始める。すげー打算的な行動であるが、昨年の新人王。本領発揮。
相手が左投手ということもあって、右打席に入る友田。今のところノーヒットであったが、この日はまったく違った。
カーーーーンッ
弾丸ライナー性の打球。友田は河合と同じくほぼフルスイングするタイプであるが、描いている弾道はまるで違っている。豪快に場外を狙っていく河合と違い、客席に銃弾をぶち込むイメージで打ってくる友田。
友田曰く、ホームランは弾丸ライナーでスタンドに入るのが一番難しく、カッコイイから……だそうだ。
「来たーー!左中間、真っ二つ!!」
「ようやく、友田が本気出した!」
歓喜する観客とチームメイト。待ち望んでいたというか、もっと早く出せだ。これが友田の凄さ、一番打者としての適正がもっとも高い理由が分かるもの。
「ツーベース!いきなり、ツーベースだぜ!」
「流れが一気に変わったぜ!」
あの俊足も加え、この長打力から生まれる脅威の長打率。昨シーズンの最多二塁打と、最多三塁打保持者がこの友田なのだ。これが新人王にまで選ばれた実力。
「二塁までいきゃ、動く必要ねぇしな。歩いて返りてぇ~」
さらに、三盗の最多保持者でもある。友田は普段、大きなリードをとらないものの隙あればやってくる。シングルヒットでもホームを踏める。
なにより、ツーベースを打つ事で二盗のリスクと些細な駆け引きを削減でき、ゲッツーのリスクをほぼ0にし、バントによって生じる1アウトもカット。この若さで一番打者の高みにいる。
「大した奴だぜ。楽に打てそうだ」
「尾波。今日は後ろもしっかりしている。ランナーは残せ(ホームランは打つな)」
「友田がマジだ。なら、勝とうぜ」
「YES!友田クンニ負ケテラレマセーン!」
一番打者が塁に出れば、初回での得点率は跳ね上がるものだ。
コンッ
「セーフティ!?」
「しかも、上手い!」
尾波、意表を突くセーフティバントで一塁二塁。尾波らしい器用な打撃感覚と、それを活かせる俊足。しかし、
「友田、走れよ!!せっかく良いバントをしたのに!絶妙だったろ!」
「走るの面倒っす。それに新藤さんならちゃんと外野に飛ばすんで、ホーム踏んでベンチで休めます」
友田の言葉通り、ここからシールバックの打線が大爆発。
新藤、河合の連続タイムリーが飛び出し、あっという間に3点。もう2点差。
「フンッ!」
そして、友田の本気に吹っ切れたのか。嵐出琉、待望のオープン戦初安打にして初アーチだ。ノーアウトで一気に同点にした。友田が本気を出すだけでこんなにもチームが変わってくる。
「やっぱホームランは楽っすよね。河合なんとか、誰かさんはポテンのタイムリーだし」
「うるせぇ!!俺はもうオープン戦で2本も打ってるんだよ!お前は本気を維持してろ!」
打線は絶好調。上位から下位まで切れ目なく、得点を挙げていく。
一方で両チーム共に投壊状態。相手チームは2回でもう先発投手を交代させる状況だ。しかし、久慈は3回も、4回も降りずに投げる。
「せめて、一回くらいは三者凡退にしたいのに」
と思いながら、4回表。2アウト、2塁まで来ている。踏ん張れば無失点で抑えられる。打球はライナー性でサードのライン際に来た。
パァンッ
「おっし!3アウト!」
尾波がこれをキャッチし、久慈。この試合初めて無失点で凌ぐ。
ここで馬鹿な事に津甲斐が気付いた。
「あれ?尾波も左利きですよ。よくサードを守らせますね、阪東さん」
「いや、津甲斐監督も去年守らせてただろ?」
攻撃力重視を考えると、サードに尾波を置くしかなかった。本人、できるとか言うし。上手くはないし、守備も荒く、送球も安定しない。友田のやる気がない守備とは違い、危険な守備であった。
しかし、阪東は尾波ならやれる可能性があると踏んでいた。というか、やらせざるおえない。
1.サードでのエラーと外野でのエラーは別物であること。
サードの後ろには当たり前であるが、レフトがいる。レフトに強肩の地花や足のある千野がいれば、長打になるエラーは少ない。一方で外野での落球や、守備範囲の狭さは長打に繫がる。肩は並以下の尾波では長打ゾーンばかり。友田もいる状況では外野が格別な穴だらけだ。
2.連携プレイがほぼない
サードにはゲッツーなどによる連携も、牽制球をもらうこともそう多くはない。左投げなため、ゲッツー狙いでセカンドに送球するのは難しいものの、このチームならば1塁送球で確実に1アウトをもらうプレイが重要だと阪東は考えていた。
「相手のヒットはすでに9本。だが、7本は単打だ。こっちは5本の内、3本が長打。打線の差がある」
野球はどれだけ多くの点をとるかが重要である。ヒットがいくら増えようが、ホームさえ踏ませなければ構わない。踏めずに相手の攻撃が乱れれば、この重量打線で引き離していく。
友田、2打席目もツーベース。1アウトのチャンスに再び尾波と新藤。
尾波はセカンドゴロに倒れるものの、キッチリと友田を進塁させて新藤がセンター前ヒットを放って、もう一点追加。
勝負強さをみせつける攻撃。
着実に得点を重ねていき、5回ですでに9-7とチームは勝っている。
「おっ」
5回裏、ようやく眠っていた長距離砲も目覚める。
二刀流なんて名目はない。これで生きるべきものがある。
カーーーーーンッ
6番、久慈。この試合の初安打はソロホームラン。その飛距離は初回で嵐出琉が放ったツーランよりも大きい。
高校時代は4番でエースとして注目されていた男だ。まだ長打力は錆付いていない。10-7と引き離した。
「ナイスバッティング」
「ええ」
久慈の凄さ。ここが一番光ったことだろう。
だが、阪東が彼を再び先発に戻した理由はスコアブックに書いてある。
「次の回は海槻だ。しっかりアイシングしておけ。合格点だ」
5回、7失点という悲惨以外何物でもない成績であるが、4回と5回を無失点。投球数119球と、この時期の実践にしては多すぎる球数を放りながら、疲労を感じさせない投球内容。四球はわずかに1つ。
久慈は投げる球こそ優れたものは何一つないが、長く、多く投げられることができる特徴を持っていた。これは先発陣が手薄なチームにとってはありがたいこと。わずかな可能性でもいいから、完投要員がいることは中継ぎの負担を減らせる。打たれたら打ち返す。
「って言っても……」
この試合、二番手が海槻、三番手が井野沢。久慈よりはマシとはいっても、半一軍レベル。打撃力も中途半端。おまけに守備陣はボロボロ。今日はリードして降板しても、安心できないのが現状なんだよな。
こっから、泥沼の乱打戦。両軍15安打以上の打ち合い。それでも、友田のやる気が最終回まで続き、彼の一打で3度目の勝ち越しを得る。9回表は井梁が抑えて勝利を手にするものの、疲労が蓄積するような長い試合をしてしまった。