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打撃高騰チーム、シールズ・シールバック!  作者: 孤独
VS時代センゴク編
44/45

全力行動


「神里の戦略は分かっている」


自分のミスで牧に迷惑をかけてしまった。同時に神里の前に凡退し、打者としても足を引っ張っている状況だ。

重要なのは出塁すること。神里の緩急自在の投球に惑わされてはいけない。ストレートはないだろうが、ここまでカーブの多投が目立っている。とくに打者を打ち捕りたいときに投げる、癖と意識。



「橋場!神里のカーブを捉え、センター前ヒット!!」

「借りを返しましたな」



橋場の出塁。そこそこヒットを打たれていた神里だったが、あれは打たせてあげただけだ。この試合の初安打とも言える展開だ。



「どーするんだ、神里」


小田と徳川の前にランナーがいれば、四球で逃げる手は得策とはいえない。次の庭で上手い事、ゲッツーにできれば良いんだろうけど。

そう簡単にさせてくれないだろう。逃げの投球ではやられるぞ。



「しょーがないな」


この程度の展開は読んでいた。勝つための投手をやる以上、戦わなければいけないことは知っている。勝算は高くないがやってやる。

その前に、2番の庭。センゴクはここで手堅く送りバントの構え。


「どーせ、バスターだろ?」


犠打数の少なさ。加えて、徳川と小田を敬遠している1打席目、2打席目を考えれば、送りバントで1アウトの謙譲はもったいない。

神里の読み通り、庭はバスターに切り替えるも。ショートゴロに打ち捕り、ランナー入れ替えに留まった。足のある橋場がいなくなったのは好都合。



「チームがインディーズならゲッツーだったな。新藤め、セカンドベースに入るのが遅ぇよ」



サードに捕らせれば林、旗野上のプレイでピンチを回避できただろうが。

過ぎたことはしょうがない。橋場に打たれた自分の責任だ。自分でなんとかする。



「3番、ショート、小田」



才能では友田より上はいないが、こいつも憎たらしいほど才能に恵まれている男だ。神里が苦手なタイプ。



「さー、ここは逃げるのか!?勝負するのか!?つーか、しろーー!」


実況も観客も、センゴクの味方である。こんなやり方をするエースなんてたまったもんじゃない。しかし、神里。逃げる気なし。やってやろうじゃんかと、闘志を燃やしている。

嫌いなんだよ。才能とか、努力とかも。

ただ勝つことだけ求めるのがゲームという枠だ。



◇◇



『なんであの人、怒って逃げ出してんの?』

『キャッチボールをしてただけなのに……』


神里は3兄妹の次男坊。兄は今、精神疾患を患い。次女はまだ大学生をやっている。よくある野球一家、父が社会人の野球選手であり家族で練習もしていた。


しかし、3人共才能には恵まれてはいなかった。


まず第一に体格や個々の運動能力においては、周りに優れた者達が多くいた。力やスピードで劣れば、テクニックなんて誰も見てくれない。

兄は単純に練習をしていればきっと、追い越せると思っていた。だが、神里はどんな練習を自分に降すよりも勝つことを追い求めた。妹は兄のように練習を続けた。なぜなら、練習をする兄はカッコよかったからだ。ひねくれていたのは次男だけだった。



『お兄さん。大学でも野球を続けるんでしょ?』

『当たり前だ。誘いもちゃんともらったからな。大学で今度こそ大活躍して、俺はプロに行くんだ!』



そーゆう兄であったが、大学でもチームが勝つ事はなかった。

生真面目な兄なのにどーして結果が付いて来ないのか?なぜ、家族は兄を許せる?


『自分を知れよ、兄さん!』



いつまで練習しても下手くそのまま。お呼びが掛かった大学ですら、弱いとこ。



『夢を見すぎなんだよ!努力で夢を勝ち取れる世界じゃないんだよ!』



神里は兄とは違う学校に進学し、そこで勝つための知恵を振り絞った。

勝った先には必ずスカウトや、俺を見る本当のお客が居る。あんたは……



『好きで野球をしているだけだ!嫌いになるほどやれないし!意地汚くもなれない!そんな気持ちだから、お前はプロにも、社会にも通用しねぇんだよ!』



ただ好きで野球を打ち込める奴が、どーして野球をさせてくれないんだろう?

そして、あの時。自分はあそこまでのことを言ったのだろう?

兄の野球を知らない者だけが詰まった年。兄は野球を見れなくなった。見るだけでも辛くなってしまい、その言葉さえ発せない。

野球好きで生きていた者が、好きと場所を失った時。本当に何も残らない人となった。働く先でも野球の言葉を聞けば体が震え、俺の名を聞けば激しく罵倒する。サイテー野郎。兄は野球という存在が、自分がそれに漬け込んで失敗に終わったからこそ、何もそれを見たくなかった。



『努力したものを否定されちゃ、何もできねぇよ。負け続けた兄が悪いんだよ』


ただ、神里の記憶。

兄は自分以上の野球好きだったことを知っている。ナイスゲームに憧れているような人だった。



◇  ◇



神里は小田との勝負を選んだ。避けて通れない危険は1試合に最低、1回はある。自分は完璧ではないからこそ、小細工を使っていく。

あからさまに外さず、変化球でストライクゾーンから離れていく球を多投する。



「ボール、3ボール!」


しかし、小田は振らない。甘い球を待っているだけだ。

自分の決めているストライクゾーンより狭めてボールを選んでいる。



三振は要らない。アウトが1つとれればいい。ホームランは絶対に打たせない。

庭への牽制を挟んでから神里は小田に投じた。おそらく、小田が待っているだろうストレートを投げ込んだ。



「ボール!フォアボール!」



さすがに外のボール球には手を出さないか。球威がないストレートを投げてやったのに。それともノースリーだったからか?勝負に行ったのに、出た結果がこれかよ。


「神里!小田との勝負を避けました!徳川と孫一の勝負を選びました!」



左打者である小田より、右打者の徳川の方がやりやすい。

結果は逃げになったが、先ほどとは違って勝負にはいった。ストライクゾーンで投げる球がねぇって?そー思っているだろ、徳川。



「ストライク!!」

「神里!徳川とは勝負のようです!低めに決まったチェンジアップです!」

「満塁策は大量失点するところ。小田より徳川を選ぶのは妥当なとこよ」



コントロールは良い。球威やキレはそこまでなくとも、多彩な変化球をキッチリ厳しいところに入れて打たせて捕る。それが神里が投手としてできる器量。選手としてこのピンチで落ち着いて、自分を操る器量。

エースと4番の真向勝負。



「いいチェンジアップだ」


追い込まれるとカットで逃げたいが失投なんて早々記録しない神里だ。

多彩な変化球もあって、追い込まれたら相当厳しい。ここは次にとってくるストライクを狙うしかない。ゾーンを広く取らず、絞って決めるぞ。


コースを絞って打つ。神里には悟られないよう、徳川も真剣な目をしていた。



「ボール!」


ファールを打たせる手段はボールを打たせることか?相手に自分がいるように、自分に相手がいる。お前には絶対打たせない。

100%の打者も、100%の投手もいない。神里が投手としての気持ちの全霊を込めて投じた、スライダーは徳川に当たるような厳しい内角を突いた。



「!」


インコースを張っていた徳川。内へ入ってくるスライダーに対応した。


そのコースは徳川にとって流せないコースであった。引っ張らせて、林か旗野上に打球を捕らせて併殺という神里の合理性が現れ、なおかつ理想的な球であった。勝ちたいという欲求で生まれた球を徳川は読んでインコースを待っていた。


窮屈にされたスイングでも何万回とバットを振ってきた徳川と、勝つ事にいかなる手段も使う神里。



打たれる前から結果は知ってたと、投手ではなく。神里として気付けた。それでも挑んだのはこの快音を聞くためだった。



「長打コースに飛んだーー!徳川、タイムリーツーベース!!すぐさま、センゴクが試合を振り出しにしました!」

「読んでいてもあのコースを弾き返されたら完敗だな。良いスライダーだっただけに長打にまでされるとは……格の違いだ」



覆されるべきだ。そーいった、自分は敗れるべきだと。



「神里。大丈夫か?」

「まだ同点だぞ」


内野陣がマウンドに集まってきたが、投手は少しも動揺していなかった。


「心配するな。ここから下は雑魚だ。しっかり守ってくれよ」


だが、神里は動揺していただろう。いや、呆然としていた。ピンチの場面で最良の手をやった結果がタイムリーヒット。逆転にされてないのだけが救いとも言いたいが、勝ち越し点を再び奪えるかが別。


「らしくねぇな、強気じゃねぇか」

「五月蝿い河合」


ここまでよく、テメェが俺の球に不満気なく捕っているから気分も悪い。


「小細工はちょくちょくする、全力で投げるのも俺の小細工だ。もう良いから散れよ。前進守備で1点阻止だからな」


このポーカーフェイスもその一つか。

勝ちたいという気持ちはよく分かる。なのに、どーしてか自分の技量や才能が追いついてくれない。頼むから俺を勝たせてくれよ。



「5番、ライト、孫一」



こいつには内角攻めが効く。だが、勝ち越し点を与えてしまったらもうゲームセットになってもおかしくない。三振がベスト!


「ここは満塁策でしょうかね?水嶋さん」

「神里の性格を考えれば満塁策でしょうな。ゲッツー狙いが理想」


多くの者が神里の敬遠。逃げを予測していた。

なんというか、貴様等は人を勝手に判断し、批難をする嫌な連中だ。普段から逃げるな、逃げるなって。勝つためにやっているんだ。



カキィッ



「ファール!」


観客目当ての振興スポーツだからしょうがないが。ブラックな行動ばかりを起こせば、乗るように批判。勝ちに拘りすぎと批難するなら、お前等は負けてれば良い。勝負が怖くて部屋に引き篭もって、臭い垢だらけの体のままでいればいい。



「神里!インハイのストレートから入った!今、ストライクゾーンでした!孫一も押されてました!」

「合理的ではない。これは危険な勝負だ」



神里の強行な勝負は投手としての本能。いつも通りやれと、観客やテレビ越しのファンは思うだろう。クレバーな投球術と精密なコントロールと変化球が彼の強さだ。しかし、野球に携わる者。否、勝負に関わる者全てにこの空気は理解できる。努力よりも、勝つことよりも確かに大切な勇気が今ある。



「いいぞ!神里!後ろは任せろ!!」

「どんな球でも捕るぞ!」



中盤戦。最大の盛り上がり。ただ、満塁策にしてれば打ち捕りやすいよ!なんて、計算ではなく。よし、このピンチを乗り切って反撃しようという意志がシールバック全体を掴んだ。

3球目のフォーク。



「!!」



河合がボールを捕り損ねるも、後ろには逸らさず。三塁ランナーの小田も走れない。



「ナイス!河合!」


珍しく神里が褒める。良い空気になっていることを、神里自身は知らないでいた。夢中に野球で投手をやっている。この勝負をやっている。

打者の孫一も神里の気迫に負けじと、スイングは鋭く中途半端には出してくれない。強振して振り抜く。


「2-2です!一球、外しますかね?」

「読めないな。歩かせる手もあるが、今の神里はこの勝負に釘付けだ。フルカウントにできるかどうか……」


熱くなっているのは確かだ。勝負勘の熱がヤバイ。勝ちたい欲求の強さ。



「ボール!フルカウント!」



勝負に行ったアウトローのシンカー。振らせるための変化球を投げ込んだ。

ただ、これを見切られるのは想定済みの神里。

外を狙っている意識が孫一にはある。ストライクゾーンを少しでも掠めたら、打たれるのは感じる。今のシンカーは内角への布石。


初球のインハイへのストレート。やはりお前は内角になるとフォームが崩れていた。そこに最速のストレートで三振に切ってとる。全力で内角だ!



本来得意ではないストレートを決め球にしたのは意表を突くよりも、投手としてある矜持。速い球でねじ伏せる三振の姿に少なくとも、憧れがあったのかもしれない。


一方、打者である孫一の心理。

先ほどのシンカーに手が出そうになったが、バットを止められた。神里が小細工を打ってくる情報が、そうさせた。

しかし、ここで神里が何を投げてくるかは予想できなかった。もう来た球だけを打つという気持ち。それだけを残していた。

勇気は見逃しという行為を選ばない。相手が下手だと見下さない。



神里が投じた、内角へのストレート。この時。孫一のフォームは一つの気持ちが恐怖を忘却させ、体をしっかりと乱すことなく動かした。自分自身、最高のフルスイングだった。

ベルトの位置の高さ。

ティーバッティングでよくやっていた打ち頃の高さ。

練習でよく覚えていた。



「打ったーーー!1、2塁間を破ったーー!!小田、徳川がホームイン!!センゴク、2点勝ち越しーーー!!」



最速、150キロのストレート。内角とはいえ高さが打ち頃であり、上手に打ち返した孫一だった。神里の失投!しかし、投手としての失投ではあらず。



「勝ち越しかよ。しょうがねぇな……ホントによ」



敬遠してれば良かったな。そー思うのはきっと負けた時だろう。もう少し、高く。インハイに投げていればと、スピード表示に目をやって思った。

大丈夫、ランナーは1塁だけになった。大分楽だ。これ以上の点はやらせない。



続く、6番、孜幡を上手に3・6・1のダブルプレーで打ち取った神里。この結果を見れば、あの時本当に敬遠していればとファンや野球解説者は言うだろう。

しかし、過ぎたこと。そうなってしまったことを受け入れている神里。

2点差のまま。6回まで投げきった。



「俺の公言どおり、試合は作ったぞ。あとはなんとかしろ」



中継ぎと野手陣に残ったイニングを任せ、マウンドから降りる神里。6回3失点と、まずまずの好投を披露した。

確かにそろそろ本当に、本気でやっているのだろうが。



「新藤!河合!!連続三振!!牧、全開だーーー!」



6回表、2番の千野から始まった攻撃であったが、勝ち越して勝利投手の権利をもらった牧が躍動する。


「やばいな」


阪東も今の牧から点を取れる打順だっただけに、この連続三振は痛い。さすが、こっちに来た流れを完全に断ち切る投球だ。



「ストレートに強い河合が、ストレートで三振するなんて」

「155キロであれだけのノビがあると振り遅れる。コースもアウトローと完璧だった」


球数は6回にして81球とペースは悪くなっている。しかし、ここから尻上りに調子を挙げられたらもう手がつけられない。



7回表。

嵐出琉、尾波、林に対しても牧は付け入る隙をまったく与えない完璧な投球。強力シールバック打線を封じる。

小細工の粘りも通じないほど、ハイペースの投球だった。打つ手がないと誰もが思う中で阪東は些細な違和感を牧から感じ取った。



「…………」


新藤、河合に対しての全力投球。続く、嵐出琉、尾波にも全力投球。シーズンで一発を喰らった林にもだ。

牧にしては早い段階でギアを上げてきた。勝ち越したからと考えれば分かるが、何からしくない。焦っているとも感じる。



牧が阪東以外には勘付かれない何か。牧自身も気付いていないのかもしれない。6回から完璧な投球であるが、



「継投だからか?」



8回、犬飼。9回、屑川という継投をもっているセンゴク。7回1失点なら素晴らしい好投だ。降りるのも分かる。しかし、センゴクベンチは牧を6回の打席に立たせた。大エースである所以、この締まらなければいけない場所での好投。


中継ぎを信頼するより、牧を信じているとセンゴク側は感じているはず。


今日の継投は牧が崩れない限り、あるはずがない!



「おし!」


ともかく、2点差のまま中継ぎが粘れればなんとか同点の目はあるかもしれない。勝負をかける。


7回裏のセンゴクの攻撃、2番からの好打順であったが。沼田と植木の2人が粘投し、2アウト満塁の大ピンチを背負うも下位打線を封じて0点で凌ぐ。



「ここしかチャンスはないな」


水嶋の言葉通り。阪東はこの旗野上から始まる攻撃で動いた。



「代打、本城」



さらに9番、植木のところに代打の木野内が座っている。もうここしかないという場面での代打攻勢。

なんとしても2人が塁に出て、友田と新藤で同点にする。



「仕掛ける場面で動いてきました!」

「代打だからといって、打てるかどうかは別だがね(旗野上よりかマシだけど)」



代打采配は正しい。しかし、牧をどう攻略する?

データから牧の投げる球種は絞れたが、いずれも一級品。狙う球を絞って打席に入る。


「………」


チェンジアップ来い。チェンジアップ来い!



声が出ているような心境で打席に立つ本城。狙い球はチェンジアップであるが、確率的には5分の1。初球はストレートか1番緩い球を放るのが定石とされている。しかし、牧が投じたのはスライダー。



「くっ」


そのスライダーを1球見て、本城は思う。もう8回だというのにまだキレが良い。代打で出てきたからって打てるものじゃない。

橋場もリードをするのが楽だろう。コントロールもよく、ストレートに変化球も良い。全部の能力が打者を上回っており、出会い頭の事故でしかヒットはありえないものだ。



読みを外した本城は少し粘るも、結局はカーブをひっかけて内野ゴロに終わる。肝心の先頭打者が塁に出れなかった。



「代打、木野内」



理想は本城を置いての木野内であったが、仕方がない。代打屋としての経験は木野内の方が長い。本城のチェンジアップ狙いは投げる牧に悟られていただろう。



「なんとかしてくれ、木野内」



阪東はやれるだけの駒を使った。出塁だけで良い。木野内の勝負勘に期待しての、2番手だった。

牧も橋場も、木野内が何を狙っているかまで分からない。ギャンブルの初球。



キィィンッ



「くっ」

「ファール」



ストレートを強振してきた。木野内の狙いがストレートであることは1球で察した。今のスイングは迷いがない。しかし、力が足らず押されていた。相手にならない。


「いいぞ、牧!」


ここはスライダーで追い込んでさっさと潰してやろう。ストレート狙いなら手を出し、内野ゴロになる。



木野内が手を明かしたことで橋場のリードも単調になった。それは牧と木野内の差があまりにもあったこと。代打とはいえ、牧を崩せる打者ではない。意識は違えど、彼等は誘われたのだ。



「っ!」


フルスイングしてストレート狙いだってわざと教えたんだ。ビビッて変化球にするに決まってる。2球目はスライダーだろ!けどな、左打者から見る右投手のスライダーは見やすいんだよ!いくら、キレててもな!



読んでいたというより、牧と橋場をその配球に誘い込んだといっていい。これが一打席で仕留めるための技術。



「ライト前ヒット!!木野内が牧からヒットを放ちましたーーー!」



ようやく、牧から3安打目!



「ナイス、木野内さん!」

「スライダー打ちのお手本だったぞ!!」



たった1安打であるが、とても大きい出塁。さすがベテランの打撃。ベンチやスタンドを沸かせてくれる。


「お膳立てが俺好きだよなー?」


木野内は不満そうな声を出しているが、すごくしてやった感の顔で一塁上に立つ。2回目のチャンスがようやくやってきた。このチャンスを決めるか、超天才。



「1番、センター、友田」



ランナーを置いた状態で友田に回したのはマズイ。牧も橋場も、警戒心を高めていた。やってきた流れを手放すほどの打者じゃない。

併殺は要らない。ここはまず、1アウトを1つ。欲を張る必要はない。三振がベストであるが、



「ボール!」



初球、ボール。そのボールは初めて牧が見せた失投のようなものだった。


「牧も限界か?」


ストライクゾーンで攻めるのは慎重になるのは当然だろう。カーブから入って、そいつが抜けた。牧も少し冷や汗を流していた。

しかし、これ以降はない。失投を打たせない技術もちゃんと持っている。甘いボールを期待してはいけない。


カーブの投球は諦めた。牧は友田に対して力勝負を選んだ。天才と言われても、パワー不足は明らかな弱点。

153キロのストレートをアウトコースいっぱいに入れ、友田のバットに触れさせない。カウント2-2。



「外、外、外と来た。すると内か?」

「いや、まだスライダーがある」



次の配球を自然に読むのは困難。友田は木野内とは違い、天才だから球を予測する必要はないと感じていた。

牧が投じた球は、



「インコースのチェンジアップ!!」



緩い球が内に来た。それも、低め一杯。フォームがまったく同じ牧だからこそ、こーいったチェンジアップは読んでいないと打てない。いわゆる強打者や好打者でも打たされただろう変化球。

それでもなお、通じない超天才。


「天才は打てる」


フォームがまったく崩れていない。強振してチェンジアップを真芯で捉えていた。ここまで完璧に友田を抑えていた牧だが、才能の差を感じる一打を浴びる。



「友田、続いたーー!センター前ヒット!!1アウト2塁1塁!!牧から初の連打です!」



低めに決まっていたことが幸いしていた。友田の奴、らしくもなく一発を狙っていた。やれると思っていたのだろうか?


「もう少しボールが高ければホームランを打てたのに」


コースも球も待っていなかった。今、あいつ。来た球をホームランにしようとしていただけだ。小田と似たようなことをしやがった。

牧を含め、センゴク守備陣が焦ったのは当然だ。ヒットを打たれたが、センターの正面だったのが幸い。


センゴクはここで内野陣をマウンドに集めてのタイムをとった。木野内と友田に安打を浴び、やってくる状況を再確認。継投の機会だったかもしれないが、ここは牧に託すセンゴクベンチ。



「2番、レフト、千野」


「小技が得意な千野ですが、どのような指示が出るでしょうか?水嶋さん」

「送りバント以外ない。ここで送らなかったら、どうする?」


成功すれば木野内が3塁、2塁に友田と、1ヒットで同点が確実となる場面だ。

送らなきゃ監督ではない。

センゴク内野陣、そして、投手の牧もそう簡単に千野に送りバントをさせない投球をしたが、ここでそれができるのが2番に座る打者なのだ。



「千野!送りバント成功!!シールバック!2アウトながら、真に大きなチャンス!3塁2塁で打席に向かうのは……」



もっともやってくれる雰囲気を出す男。シールバック打線の中で、間違いなく1番の信頼を持つ打者だ。であるからこそ、千野に送りバントをさせたのだ。

試合の命運が懸かった大事な打席。阪東も何も伝えず、彼を信じた。



「3番、セカンド、新藤」



場内は歓声よりも静寂に包まれた。二人の大きく静かなオーラが球場をそうさせた。誰もが、どちらかの勝利を願う。


新藤VS牧。試合の分かれ目だ。





2人は必ず、何かを宿す者だろう。



「大きな!大変大きな場面です!!一打出れば同点!!一発が出れば逆転!!8回表、このチャンスで託されたのは新藤!!インディーズ戦で、無敗だった守護神の泉からタイムリーを打ち、黒星を付けたばかり!!センゴクの大エース、牧も打ち崩すか!?」

「五月蝿い!黙って見てろ!!」


解説者なのに実況者を黙らせる水嶋。これってテレビ中継としてどうなの?

テレビ側もとても静かになった。おそらく、これがシールバック側のラストチャンス。



「プレイ!!」



審判のコールが中継音に届くほどの静寂だ。一体これだけの静けさで。この空間の中で放られる牧の全力投球が、橋場のミットに届けばどのくらい響くだろう。

その創造力を掻き立てる、新藤のバットが教えてくれる。



「!」


全力投球と合わせるようにフルスイング。初球から打ちに行くのは新藤も牧のペースに乗ってしまったことだった。

剛速球の球速は分からなかったが、新藤のバットが折れて先端と打球が後ろへ飛んで行った。ここまで隠していた切り札を使ってきたということ。

速いだけじゃなく、球威もある。新藤は代えのバットをもらい、再び打席に立った。この一連動作まで誰一人も声が出なかった。



タイミングは合っていた。ミートポイントがずれたからバットが折れた。


お互い、命拾いをした初球。しかし、ホッとした溜め息なんてつけない。



2球目。あの剛速球のイメージはあっただろう。そこへ打ち気を逸らすチェンジアップ。低めにやってくる。


「ボール!」


審判も緊張した声を出す。こんなに静かな対決は初めてだった。牧と新藤の緊張を周りが喰らっているようだ。



「……………」


安打で良い。ヒットにできる球を打つだけで良い。



ここで求められる結果。新藤はチェンジアップを見ても、静かに集中していた。牧も橋場のサインに頷いた。ベストなボールを投げ込んでやると、強く腕を振り切った。

内角へ来るストレート。

打者を脅かすような内角攻めに対し、新藤はフルスイングで応えた。高さのみで考えれば牧が許した失投。



「!」


打てる球と思ってのスイング。その結果は非情なもの。大歓声は勝敗を伝えていたが、交じり合って新藤と牧には届かなかった。ただただ打球を追っていき。



パァンッ



牧のグラブへと収まるところまで、新藤はその目で追った。



「新藤、ピッチャーフライ!!牧が力で押したーーー!」

「新藤が打ち捕られたーーー!?」

「さすが牧!!器が違うぜ!!」


内角のストレートだったが、恐ろしくノビてボールの下を叩いた。

新藤は間違っていない。


「追い込まれたらマズイのは分かる」


ベンチに戻ってくる新藤の顔はとても辛いものだった。そこに阪東は彼に分かるように伝えられることを言う。



「球の高さもベルト付近。牧に疲れが見えるとはいえ、あれしか牧の失投がないことも分かる」

「ええ」

「それでもお前が打てないということはお前のミスじゃない。牧がお前を上回っていただけだ。ほんの少しだけな」


勝負を仕掛け、作るまでやったが実らなかった。

これはシールバック内に与えたダメージは相当大きいものだ。全員の空気が重い。それでも、



「だが、試合が終わったわけではない。牧に疲れが見え、明らかに格下の犬飼や屑川が来るというなら同点、あるいは逆転にできる。それがシールバックにはある!2点差をキッチリ守って、反撃するぞ!」


9回表の攻撃。つまり、まだ3アウトを獲られるまでシールバックの攻撃がある。この回、確かに痛い。それでもまだ9回は河合から始まるのだ。



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