監督失格
監督。
と言われて、納得できる者がいるというより。阪東に唖然。河合等、選手達にとってはキャンプイン早々監督チェンジを聞いてしまう辺り、状況が一気に飛んだと錯乱した。
しかし、当の本人である津甲斐監督は上機嫌にメンバーに伝える。
「ははははは!そうだ!今シーズン、阪東には監督を務めてもらう!だから、お前達は阪東の指示を良く聞け!そして、監督!お前はクビだ!!」
「…………」
「え?……?」
「つ、津甲斐監督……。あの、何を言っているわけで?」
河合と新藤が選手を代表して尋ねる。
「おい、阪東。テメェ、選手じゃ……ねぇの?」
「いや、監督をやるつもりだ。チームを優勝させるためだからこそ、監督だ」
「監督がクビ?」
「事実そうなるな」
選手達の目はキョロキョロしながら、最終的に津甲斐監督の方へ向く。そして、気付くのだった。
「……え?あれ?……俺、監督じゃん!」
「うん」
「クビ俺ーーー!!?俺ーーーっ!?」
「色々あるが、そこまで考えることもない。それに問題を決めるのは選手達だ」
唐突の阪東の発言も含め、焦りを感じているのは監督やコーチの方々だ。こいつ等、どうやら仲良し軍団。このチームのOBであり、同じ時期でプレイしたこともある連中だ。
「オロオロするな。采配を振るう時は決心しろ」
阪東はこのチームの実力を知るために勝負の場を作って乗っかった。
結果、阪東が勝ったわけだが3人共渡り歩いた。そして、彼等が新人王なり、打点王なり、本塁打王なり、首位打者だというのならまぎれもない事実だと断定できた。
ではなぜ、勝てないのか?タイトルホルダーが野手に集中しているのも分かるが、それよりも根本的なのは選手達を指揮する場所。
「強い選手で試合は決まらない。チーム作りは選手だけではできていない」
大型補強も上手く使えなければ意味がない。
このチームには凄い選手がいるだけで、チームのビジョンが存在しない。即ち監督の責任が大きな原因であった。
「これから始まるキャンプの前に、俺はこのチームに一つ!目標を立てる!」
「目標?」
「それは優勝することだろ?」
なんて言ってしまうのが、コーチや監督なのだからとても問題だ。
優勝をするという目標だけでは中身がない。いかに勝つには相応の中身が必要なのだ。阪東はハッキリと明言する。
「100打点!×9!!」
「?」
「今シーズン、900得点!!これがこのチームの目標だ!!」
900得点。
150試合ある内、900得点。つまり、1試合平均6得点以上をとる打線に仕上げること。それが阪東がこのチームに与えた目標だ。
かなり無理があることだ。
「打って打って打ちまくって!勝つ!!それを150試合、優勝するまで打って勝つ!キャンプでもペナントでも打ちまくりだ!!」
こうして、始まった阪東監督によるシールズ・シールバックの始動。
いきなり選手達と対決していたけど、今現在キャンプ中なわけよね。コーチ達も戸惑いながらも、決められたカリキュラムを選手達に指示してこなしていく。予定とは違って打撃重視の練習だ。
一方で、津甲斐は歩み寄ったはいいが、もう阪東に引っ張られる形で球場の控え室に連れて来られた。
「さて、話し合おうか」
「い、一体どーゆうつもりだ!?説明が何もなかったぞ!選手になるんじゃなかったのか!?」
「一員になるというだけだ」
阪東は事前にこの部屋に用意させていたデータブックに目を通しながら、津甲斐と話し合った。このデータは去年、一昨年のシールズ・シールバックの成績の一覧表であった。
「まったく、なんてチーム作りをしているんだ」
「な、なに!?」
「酷評ものだよ。そりゃ優勝なんてできるわけがない」
阪東はいちお、河合達のことを調べていた。津甲斐達と出会ってから少しの時間があり、それだけの余裕もあったからだ。
その過程でチームを調べればとてもマズイ状況が見えてきた。
「本塁打こそリーグトップだが、安打、打点はそれほど高いわけじゃない。おまけに防御率はリーグ5位。こんなのでよく優勝候補だなんて騒がれたな」
「いやでも、去年は3位だ」
「3位は1位じゃないだろ!!しかも、首位と10ゲーム以上離されているじゃないか!」
「すいませんでしたー!」
一昨年、昨年と大きなトレードや大補強を行なったようだが、
「どんなチームを作りたくて選手を集めたんだ!?」
「そりゃ、野球ができる選手を集めました!!」
「ぶっ飛ばされたいのか!?野球しかしてない奴しかいないんだから、その基準で選んでどうする!?当たり前だろ!」
チーム作りの根本は7割方、監督にあると言って良い。
「打撃は野球の華の一つだが、あまりに偏り過ぎている。しかも、線にもしにくいほどの強打者揃いだ」
まず、阪東が指摘したのはこのチームの魅力である"打"であった。
友田、河合、新藤。その3人だけでなくまだ、尾波と嵐出琉という選手がいる。この5人の打力は他球団の4番にも座れるものがあった。
にもかかわらず、5人共イメージしている打撃が違っている事がデータから見えてくる。
「友田は気分屋。河合は自己中心的。嵐出琉は好不調が激しい。尾波は仲間意識が強すぎる。新藤は状況判断に徹している。この五人がバラバラに打撃をしてちゃ、繫がりもなく、打点をもっと増やせない!」
守備よりも打線は目標を掲げやすく、徹底もしやすいものだ。
チーム全体でどのような打撃をするか、入念に徹底すれば嵌りやすい。
「友田の1番は良いとして、他をほとんどバラバラに組んでいちゃ機能もしない。昨日の良い悪いで打順を決めてちゃ、負けるべくして負ける!」
「いやー!でも、スランプとか打撃は水物だって言うじゃないか」
「お前と打撃コーチにその見極めがないから感じているだけだ!!そんなもの、このチームにはほとんどない。さすがに集められた一流達だ!!」
打線はこの5人に掛かっているが、それを引き立てる4人の打者が必要なのも分かる。そのことは追々計っていくことにする。
阪東はこの深刻さを津甲斐に分かりやすく説明するため、河合を例にとった。
「昨シーズン、一番長く四番に座っているのが河合だな」
「はい。あいつの長打力は華がありますからね!」
「実質、河合が打者として一番の実力がある。リーグ一かもしれないな。だが」
本塁打王と打点王のタイトルに偽りはない。持っているパワーが違っている。
「こいつは四番しかできない。五番にも置けない、消去法で決まる四番だ」
「消去法の四番?」
「河合には小技は無理だし、何より自分が一番気持ち良い打撃をしたい雰囲気が出ている。チームバッティングなんてできやしない。この試合の打席を観てくれ」
1アウト、ランナー三塁。友田が走者だというのに3番に座る河合は一発を狙っている。犠牲フライでも生まれるなら良いが、結果はショート正面。ぼてゴロでも友田は生還できるのにここで返せなかったのが痛い。
この時、4番であった新藤だが。2アウトになればもうヒットしか友田を返すことはできない。器用なバッターでもこうなれば自分の力しか頼れない。
ここで取れなかった1点が後々に響き、チームは敗れている。
「もし、これが逆であるなら。新藤は8割方、友田を返す打撃をするだろう。あいつは投手の力量と状況を見極める。一方、河合は相手や状況なんて何も考えない。仮にこの場面でホームランを打っても2得点。新藤が犠牲フライで友田を返してから、河合がソロホームランでも2得点。アウトが一つ違うだけなんだ」
「……はーー。確かに」
「五番、河合も同じだ。四番の後ろを打つ五番は、残してしまったランナーを返す役割が多い。一掃しろとは言わないが、せめて1人でも帰すこと。クリーンナップの後ろはチャンスが必然的に多いからこそ、そーゆう打撃をして欲しい」
「あ、でも、この試合の河合はホームランを打ってますよ!!」
「ソロホームランじゃないか」
ギリギリ五番はOKかもしれない。しかし、役割には期待できない。
また、河合よりも新藤や嵐出琉、尾波の方が五番や三番には向いている。阪東が河合を消去法の四番と指すのにもそーした理由があった。
「4番がちゃんと決まったチームは強い。怪我やホントのスランプがない限り、河合には四番を座らせる。(新藤と友田もほぼ固定だが)」
良い意味を込めれば、四番の固定はチームにとってもプラスである。
好き勝手打つには四番ほど理想的なところはない。ホームラン狙い、上等。チャンスでホームランはもっとも理想的な攻撃だ。
阪東の頭の中で考えた攻撃パターンは、1番友田が出て、2番が送り(もしくはヒット)、3番新藤がキッチリと友田を返す。まず最低限の1点をこれで確保する。こうなれば河合がゲッツーや三振でチャンスが繫がらなくても良いし、長打が出れば新藤も返れる可能性がある。
あくまで想像している段階だ。"打"はまだ検討しなければいけない部分が多すぎる。次に、もっとも酷い点を津甲斐に指摘する。
「防御率においては……いや、投手陣に問題があるといえばあるが……」
これだけ際立っている打撃偏重のチーム。代償は高騰している年俸以外にもあった。
「なんだこの守備のボロボロっぷりは!?標準以下ではないか!」
指名打者制ではない西リーグは投手も打席に入る。
四番クラスが5人もいるこのチームの代償は守備。
「センター、友田。キャッチャー、河合。セカンド、新藤」
5人の中で頭を抱えるほど、迷惑な守備をしているのがこの3人だ。
「あの快足は走者の時だけか」
「やる気ないですからね」
「捕逸が多すぎる。これじゃフォークや外スラが使いにくい」
「河合は捕手しかできません」
「新藤は……足を痛めているのか?セカンドをやれる守備範囲じゃないぞ」
「それでも頑張ってプレーしてます。去年、怪我で離脱が多かったですが」
何かしらを犠牲にして、得ているものがある。個性だと受け取れば前向きであるが、そうは言えないのがプロの現状だ。
「コンバートを検討したいほどだ」
とはいえ、ファーストには嵐出琉がいる。この外人はファーストでゴールデングラブ賞をとれるほど、一塁守備が上手い。河合をファーストにし、送球を逸らしたら目も当てられないし、嵐出琉は捕手ができない。四番を1人欠くわけにもいかない。
続行するしかない。
「新藤は内野全般をこなせますよ。尾波は外野に、ファースト、サードも」
「どこを守っても精一杯だろ?」
河合も新藤も、今が全盛期。
希望があるのはまだ若い友田と尾波だが、すぐに上達するならしている。
「こんな守備だと、投手も大変だな」
エラー数よりも、あまりの被安打数が目立っている。内野も、外野も穴だらけ。守備範囲の狭さがデータから顕著に現われている。
「サードの林と、守備固めの旗野上ぐらいがまともだ」
野球は点取りゲームであるが、いかに相手に点を与えないかの方が重要となっている。特にペナントレースという単純な勝率が優勢を決めるルールであれば、大差にさせる打撃力より接戦をものにできる守備力の方が良い。
2-1での勝利も、10-1での勝利も、変わらずに1勝であるからだ。
「それは分かってます!ですから、私も守備固めだってしてますよ」
「守備固めしても、守れてない試合が多いだろ」
「だって、旗野上や林のところに打球がいかないんですもん」
必要な守備固めであるが、交代となるのは尾波や新藤、河合、友田の4人が中心。四番が1人でも欠けている状況で同点となり、延長戦なんてやれば敗北の色も濃い。事実、昨年は追いつかれると9割方敗れていた。
「1点差でも危険なチームだ。とてもペナントレースで勝てるチーム構成じゃない。高校野球のようなトーナメントならやりやすいんだがな」
「華のあるチームですよね!やっぱり!」
「プロは静かでも勝ってこそだ。勝ち以外に価値はない」
5人が練習なり、特訓なりを続けたからといって、守備の穴が狭まるわけではない。かといって、林や旗野上の打撃力が向上する手段もない。現実的に人は成長や覚醒といったものに縁がなく、幸運続きはその道の努力なり、本当の運によって一時的に開かれるだけだ。
「ふーっ。このチームで優勝させるのか」
阪東は悩んでいるような顔を見せながらも、内心はとても楽しんでいた。
なぜなら、この場が野球の世界になったからだ。