前代虎王
FA。フリーエージェント。
その権利を行使してやってきた男の1人。現在までも、先発の中心として投げる姿。存分に体を痛めつけても、耐えかねて投げる姿に熱いファンは多い。
「ピッチャー、川北」
木野内に次ぎ、投手としてはチーム最年長。川北南虎の登板である。
旧来の風習を受け継いだ、熱血完投型の投手。
「いくぜぇっ、河合!!」
「おう!来い!!」
河合との相性が抜群。38歳という高齢でありながら、未だに最大の武器はストレートという熱い投手。
球速は140台前半であるが、スピード以上のキレとノビがストレートにある。
「うおりゃーー!」
全盛期の10年以上前は150キロをバンバン投げてたスーパーエース。その時代と比べれば大分落ちたエースであるが、今もエースと呼ばれる男。
若さを失ったが、老獪さを得た。
習得するのに5年という月日をかけた、川北のみの魔球。カットボール。
「ストライクゥゥ!!バッターアウゥゥッ!!」
審判も、川北の気迫溢れる投球に熱が篭る雄叫びを上げる。
この奪三振をとった決め球はカットボールだった。通常のカットボールは、内野ゴロを打たせることを目的とした球種。手元で短く変化し芯を外して、内野ゴロ。
それが本来の使い方であるのだが、この川北のカットボールは空振りをとれるほど強力な球種なのである。打者の手元で鋭く曲がって落ちて、バットが空をきる。
「さすがエース!川北、4回まで1失点2安打の好投ですよ!阪東さん!」
「だけど、負けてるんだよ。津甲斐監督」
前回は久慈の完投勝ちで中継ぎを休められたのが大きい。
ここで川北が無理する必要はないのだが……。
「向こうのバッテリーの方が上手だな」
対するインディーズの先発は、大鳥。そして、捕手は名神。
4回を1安打で抑える好投を続けている。
大鳥は精密機械と違わぬコントロールと、大小のキレを投げ分けるスライダーでシールバック打線を翻弄。
川北は豪腕かつゴリ押し。ストレートとカットボールを中心に、力ずくで打者を抑えていく。
「年齢を考えると、大鳥が豪腕投手っぽくやって。川北が老獪に投げるべきなんだけど」
対照的な投手達。
インディーズの打線が弱いこともあって、1失点で切り抜けているが捕まるのも時間の問題。
だが、シールバック打線も大鳥を捉えるのも時間の問題。
「スライダーのキレはどうだ?」
「まだ、かなりありますね」
「でも、打ちます!」
新藤と尾波に声を掛ける阪東。特に尾波は前回の大鳥を攻略できずに、今日こそは打とうと顔に出ていた。
左投手のスライダー。右打者の新藤と嵐出琉はボールを見極めやすい。ちなみに1安打は新藤のレフト前ヒットだ。逆に河合と尾波、その他の左打者達には大鳥のスライダーはとても厄介。
左打者が極端に多いシールバックにとって、大鳥はリーグで5本指には入る嫌な投手だ。
「スライダー打ちが続けば3安打くらいがいいところだからな」
試合前から大鳥の攻略を錬っていた阪東。
初回から河合以外はスライダー打ちを徹底させた。大鳥の球種大まかに4つ。ストレートとスライダー、それからカーブとシンカー。
一番の変化球はスライダーであるが、一番の武器はこれらを正確に投げられるコントロール。良いコースにスライダーが決まってしまえばまず打てない。
カーーーーンッ
「ライト大きい!入るか!?いや、……切れました!ファールです!」
打者を追い込んだら8割方スライダーでくる。
空振りをしてもしょうがない。しかし、中途半端な打撃はせずにフルスイングさせる。もし、コントロールミスをすれば長打を浴びると印象付けさせる。
「あぶねぇな。あと少しで長打だった」
コントロールに自信がある大鳥だが、それぞれの制球力は異なる。まず、シンカーのコントロールはスライダーと比べればかなり甘い。大鳥のシンカーはタイミングを崩したり、リードに変化を加えるための球種。
リードする名神はシンカーの多投なんてここで選べるわけがない。
「…………」
回が進めば大鳥の疲れも出てくる。スライダーを積極的に打っているようだが、新藤以外には打たれていない。大鳥のスライダーが抜けるということは、ありえない。大鳥は絶対にスライダーを失投しない。
なら、このスライダーを打たせて捕る。このチームならできる。
「おっし。スライダーをやっぱり頼る気だな」
名神の考えを阪東は読み切っていた。
大鳥は安定した投手だ。そう簡単には崩れない。スライダーを打ってくるから、他の球種で逃げようとするのも考えづらい。また、左打者が多い打線だ。
スライダーを使わずに配球を考えたらそれこそ大量失点だ。
「最終回まで!スライダー狙い打ち!」
そう簡単に打てるスライダーじゃない。
それでも、甘くくれば打たれるという印象を与え続ければ大鳥に圧し掛かるプレッシャーは増す。
カーーーーンッ
パシイィッ
「痛烈な打球!しかし、ショートライナー!嵐出琉、友田と同じくツイてません!」
運に恵まれない嵐出琉と友田。スライダーを捉えているが、野手の正面という結果。こればかりは采配のどうのこうのでは、なんともできない。
尾波と河合は三振をするも、フルスイングが当たれば危険とバッテリーに伝えていた。
そしてやはりというか、中でも別格なのが新藤。2打数2安打と、大鳥のスライダーをほぼ完璧に攻略している。
6回、被安打4。無四球。無失点。大鳥は完封のペースを維持しているが、その状態が千切れそうなほどのプレッシャーを感じていた。
特に3番新藤との勝負はヤバイ。
「ボール!フォアボール!」
7回、先頭の新藤を四球で歩かせる。これが分かれ目。
阪東の策が効き始めてきた証拠。
「どーするんですか!?阪東さん!!」
「4番は河合だぞ」
「はい!ですから、そろそろ仕掛けるのでは……」
「好きに打たせる以外、河合にはできないよ」
スライダー狙いなんてこと、河合にはできないだろう。
むしろ好き勝手打って良い目が出る事を祈った方が良い。それに名神なら河合だけ、スライダーを狙っていないのに気付いているはず。
「河合か」
掌の上。
河合だけはストレートを待っているのだろう。ボール球でもお構いなしに強振してきている。外スラを上手く使える打者だ。こいつは友田と嵐出琉よりも安牌。今日の大鳥に限り。
……と、名神は少しホッとしているだろう。三振もとれている河合なのだ。
抑えられる確率は嵐出琉よりもある。
「だからよぉぉっ」
好き勝手打つという権利を持っているってことは
「お前ごとき、打てるって事なんだよ!」
怒りのフルスイングはサードの荒野、ショートのジョンソンが一歩も動けない三遊間を転がる痛烈な打球を生んだ。
「外のスライダーを打ったか。自然と流してやるなんてやっぱり打撃能力はピカイチだな。河合」
阪東も褒める。河合のらしくないチームバッティング。来ると分かる外のスライダーをよく飛ばした。打球がゴロじゃなければスタンドに入っていたかもしれないだろう。
「おっと、新藤に代走!滝を頼む!」
ここで阪東が本格的に動く。好調の新藤をベンチに下げて、代走の切り札の滝を投入。得点圏のランナーであり、彼が返れば同点となる。
ここで同点にさせようという腹だ。
カーーーーンッ
「高々と上がった打球はライトへ!これは犠牲フライになりそうだ!」
代走の滝が活きた。嵐出琉が上手くライトへ運び、1アウト3塁1塁。なにかを仕掛けるには絶好の形。打席に立つのはなんでもこなせる男。
「6番、ライト、尾波」
同時に何かに秀でているとは良い難い。
何かの1番ではない。
「この試合の肝だ。全部託すぞ、尾波!」
7回。1点差の攻防。ベテランの川北がよく粘っている。
同点……いや、逆転できるチャンス。唯一、河合以外で4番を座らせた男だ。打てるはずだ。
「ここで逆転する」
バットを握り、名神を見ながら呟いた尾波
「させねぇーよ」
その言葉に反撃する名神。そして、大鳥。




