完投投手
投手としての賞賛。投げる試合で勝つ事にあるだろう。
昔。子供の頃はそー感じていた。まだその時、周りの中で誰よりも速い球を投げていたこと。
知ったのはプロへ入団した時と、比較的遅い時期。通用しないんだ。投手としての力では程遠い。
「6番、ピッチャー、久慈」
憧れていたプロのマウンドにはもう数十回と運んだ。俺だけはどうも特別。非凡なのは打撃センスのみか。
しかし、それだけでも恵まれていると理解しなければならない。
「打ったーーー!ライト見上げたー!3ランホームランだ!!自らを援護する一発が飛び出した!」
投手の方が好きだ。しかし、同時に長く苦しんだ。思った通りの結果が出なかったからだ。投げては負け、投げては四球、投げては失点。苦しんで苦しんで、生きることを選びかけた。
『もう一度、投手としてマウンドに立ってくれ』
阪東からの言葉。オープン戦から苦しみながら、投げてきた。それが今や
「神里、川北に次ぐエースですよね」
「勝ち星だけなら川北と並んでチームトップだからな」
とはいえ、久慈の防御率は川北と神里と比べれば大分高い。勝ちの大半は自らの援護が大きい。
現在、チームは新藤が復帰して4連勝中。前回のカイン戦では6回で降板してしまったが、今日のインディーズ戦は違う。
2回、河合と嵐出琉を走者に置いてから久慈が2人を纏めて返す3ランで先制し、勢いに乗った。4番の荒野に四球とツーベースを浴びるも、3番の菊田を連続三振に斬っており、5回まで無失点と好投する久慈。
一方でインディーズの先発、レドモンドは絶不調。とにかく、制球が決まらない。
初回は三者凡退であったが、2回、3回、4回と、失点を重ねている。6回8失点と、鉄壁の守備陣を誇るインディーズがこれほどの失点を出すのは珍しい。
インディーズの失点。つまり、シールバック側が挙げている打点の多くは6番に座る久慈の打撃。
1打席目は3ランホームラン。2打席目は河合を返すタイムリースリーベース。
調子に波があるものの、一度火が吹けば止まらない久慈のバット。
「サイクルヒットできるんじゃねぇの?」
「狙えよ、久慈!」
3打席目はバナザードのファインプレイに阻まれたが、難しいとされるスリーベースを放ち、本塁打も記録。
「友田もまだやったことないよな?」
「2年目っすから。いつかはやるっす」
残ったのはヒットとツーベースのみ。もしかすると、ある得るかもしれないサイクルヒット。6回裏の先頭打者は久慈からであり、8回ももしかすると回ってくるかもしれない。
「みんなが言うなら、狙ってみるよ」
久慈は謙虚に打席へと向かった。
なんていうか、みんなここまでの好投について語ってくれない。少しだけそっちを見て欲しい。
久慈の打撃力の正体。
阪東はパワーの伝え方の上手さと評している。単純な筋力をつけるだけでは打撃に活きない。全身の持てる力をフル稼働させてバットに伝え、ボールをインパクトする。筋肉のしなやかさ、同時に高い強度を持つ。
体脂肪率も極めて低く、日本人では河合に並ぶ筋力。かなり絞られた体。下半身の強さと柔らかさは打者としては最上級。
「無論。持っているセンスもあるが、一番はフルスイングに迫力がある」
すでにIFストーリーであるが、久慈が打者として努力し続けていたら河合を軽く超える本塁打王になっていただろう。飛距離でタメを張れても、ミート力は断然、久慈の方がある。
「体格に負ける奴(河合や嵐出琉など)は多いが、筋力は相当だからな」
中学時代からウェイトトレーニングを続けていたらしい。誰よりも速い球を投げたいという一心だったようだが、全国にはもっと速い球を投げる奴がいた。
残念だったのは投手としての才能を開かせる指導者に出会わなかったこと。
入団当時から野手投げに近い久慈に、投手としての実力は極めて低いと評価されていた。
一方で、打撃においてはかなり上手い指導者と巡り会い、この頃からフォームはかなり固まっていたそうだ。肉体を存分に活かした綺麗なスイングができるフォームであった。
第4打席の久慈。レドモンドに代わって投入されたのは左サイドのイム。
河合と同様にフルスイングが目立つ久慈の打撃。名神に裏をかかれ、スライダーをひっかけることとなったが、これが思いのほか伸びていき、さらにはセカンドの大隣がボールを追っている最中に転倒するという予期せぬラッキーが起こる。
「セカンド後方に落ちたーー!猛打賞に加え、ツーベースを放てばサイクルヒットが達成します!」
こーなると、3打席目のバナザードのファインプレイが余計。
普通ならセンターオーバーのツーベースになる打球だったのだ。
「すげーじゃん、久慈」
「あざっす!」
「きっと、新藤や河合がお前の5打席目を用意してくれるはずだ。決めちまえ、サイクルヒット!」
「……いや、普通に周りますよ(ここで併殺がなければ)」
コーチャーからも激励され、自分自身もその5打席目に座るべく投球に力を入れようと心に止めた。
6回は久慈の安打で終わり、無得点だった。
「ったく、少しはよー。派手にやれよ!特に菊田ー!」
インディーズの4番。荒谷は今日、不調の菊田に愚痴を零した。絶好調の久慈に対して、絶不調の菊田。まだ、インディーズが無得点なのはいただけない。
「お前、俺より打率が高いくせにどーして左に弱いんだよ」
「球が見難いんだよ」
「野手投げの久慈はリリースポイントが見易いだろ?」
「……悪い悪い。確かに連続三振はよくねぇーわ」
言い訳できそうにないな。荒野との付き合いはかなり前からある。
得点が挙げられないのは3番の自分が塁に出れないからだ。この回、先頭打者である菊田の気持ちは大分高かった。
いくら打線が弱いことを自覚しても、野手投げの投手である久慈を攻略できないのはマズイ。狙い球を絞ってフルスイングする。
左だから打てないなんて思っていちゃいけない。いつも通り、クレバーに投手を見てやればいい。特にリリースする瞬間。
「惑わされるな」
ストレート一托に絞った。荒野が言うとおり、左打席からでも久慈の球は見やすい。仕留められる!
「打ったー!!菊田!!2打席連続三振を払拭する、ソロホームラン!」
菊田の本塁打でインディーズの反撃が始まった。
続く荒野のツーベース。塩野のタイムリー、バナザードの犠牲フライなどを絡めてなんと4得点。その差、4点と迫った。
「やばいな」
阪東は少し苦い顔をする。点差的にはまだ余裕があるものの、久慈の球数が110球を超えた。安打こそ少ないが、粘り強い打撃がこの球数まで生んでいる。
普通なら代え時だ。井梁も安藤もいる。
「久慈ーー!サイクル安打を決めろーー!」
「残りツーベースだけだ!踏ん張れーーー!」
ファンの声援、中のベンチの様子も含めて久慈の続投を期待している。
「友田、尾波、新藤」
この回、先頭の友田から3人を呼ぶ阪東。久慈を8回まで引っ張るのは危険だ。
「久慈まで回せるか?」
「サイクル安打を見たいってこと?」
「滅多にない記録だしな」
久慈を外野のどこかに置く手もなくはないが……。投手でサイクルヒットなど、久慈以外は達成できないだろう。阪東はそれを見てみたい。
埋もれていた優れた打者。同時に類稀な強運の持ち主。
「打てば勝てる試合だ。そうだろう?」
「……そーっすね」
「試合時間が大丈夫かな?」
「じっくり、出塁してさっさと久慈に決めてもらおうか」
泉が出てこなければ打てない相手ではない。それに、久慈の強運が引き寄せるのか。尾波は凡退するも、友田と新藤が出塁。
さらに河合も久慈に見せ場を作ろうとツーベースを放ち、2アウト2塁の状況で久慈が打席に立った。
「キターーー!」
「ツーベース!ツーベース!!」
場内のムードは最高潮だ。誰もが河合を返すツーベースをコールしていた。
すでに打撃高騰。10-4と大きく引き離したこの試合の見所はもう久慈しかない。相手投手のマイケルもこのムードには参っている模様。決められたくない記録を阻止するべく、全力投球だ。
力のある直球に対し、それを凌ぐフルスイング。
打球は右中間へ舞い上がった鋭い打球だ。長打コース!これは完全にいける当たり、センターのバナザード。必死に走りながらまだボールを追っている。
「捕れるかーーー!?」
「おい!どーゆう守備範囲をしてるんだ、こいつ!?」
足が速すぎる。加えて、打球を正確に追う技術。とても一年前まで素人とは思えない動き。忘れていた。久慈の3打席目はこんな打球を捕球してみせたのが、バナザードだ。
「捕れーーー!バナザード!!」
バナザードを獲得したのはこーいった大飛球を捕球するため。その運動能力と空間把握能力において、バナザードを超えられる者はいない。野際も叫んでいた。
「………」
打球を追いかけるバナザードはとても集中している。
フェンスに体が当たるが、捕れなくはない。(すげー)
飛び込みが必要、あと数歩進んで高く飛べばフェンスに当たりながらの捕球だ。
「………」
いや、でも捕って良いのかな?どーせ捕っても、6点差でしょ?
インディーズは一気果敢に攻めても5,6点なんてとれない。しかも、中継ぎに井梁や安藤もいるんだ。逆転は不可能。打ち込まれてなおさらだ。
一方で久慈はここでツーベースが出れば大記録の達成だ。
3打席目は捕っちゃったけど。あれはまさかここまで行くとは思わなかったんだよね。なんで5打席目がこんなに早く周るんだ?
バナザードの意外なところは空気を読むこと。
「いいや」
フェンスに直撃する打球。ホームインする河合。そして、二塁ベースを踏む久慈。
「さ、サイクルヒット達成ーーー!!素晴らしい記録が生まれました!!」
投手として、サイクルヒット。とてつもない記録だった。
記念の花束までもらい、スタジアムは歓声に包まれた。塁上で照れている久慈。
そして、試合はこの勢いのまま。13-4という大差でシールバックが勝利した。当然、お立ち台は久慈の独壇場である。この1人お立ち台は初めてであった。
「今日のヒーローはサイクル安打を記録した、久慈選手です!!」
「どーも。久慈です」
緊張しながらマイクに声を送る久慈。伝える言葉の一つ一つで観客は沸く。
「素晴らしい活躍でした!先制アーチについてはどうですか?」
「河合と嵐出琉が塁に出てくれたので、先制点を獲ろうとしていた打撃が結果的に最高の形になったので。とにかく、私はフルスイングで応えてきました!」
「これからの子供達に打撃のコツをどうか」
「そーですね。子供の内に素振りをするのも悪くないですか、原始的な筋力トレーニングの積み重ねをするだけでも、飛距離は伸びます。鍛えることを心がけましょう」
とにかく、打のヒーロー。
聞かれることは打撃のことばかりであった。それについて馬鹿丁寧に答える久慈。放送時間でよーやく最後となった。
「今日はありがとうございました!!」
「はい!これからもご声援お願いしまーす!……あ」
久慈も少しだけ忘れていた。思い出したかのようにアナウンサーに戻っていくマイクをもう一回握って、歓声をあげている観客にメッセージ。
「あと私は、今日初完投を記録しました!これもみなさんのおかげです!」
打者としてほめてくれるのは嬉しいが、久慈は投手である。
誰か投手のことを聞いてくれよと久慈はヒーローインタビュー後に、河合と新藤に伝えていた。
「みんな、すっかり忘れていた」
「4失点もしてたからさ」
久慈、9回4失点、被安打8。四球3。奪三振5。球数、146球。
初完投勝利である。




