打席勝負
ここまで圧倒的な打撃、走力を魅せつける阪東に新藤が挑んだのは、
「一打席勝負。俺が、阪東を打ってやる」
「…………」
「は?」
阪東は無言であり、河合を含めた選手達は『何を言い出すんだ?』っと疑問を含めた反応を示した。それもそのはずだ、これだけの能力を持っていてなお。
「阪東。あんた、本当は投手だろう?河合との勝負、友田との勝負を見て、確信したよ」
あれだけ打てて、あれだけ走れて、……なおかつ投手!?
ふざけんなよ。なんだよ、そのチート性能。友田という天才がいるが、それを遥かに超えている才能の容量じゃないか。
真実か嘘か分からないが、河合達は阪東の底知れないところに動揺していた。しかし、新藤は自分の予想を確信に持っていく。
「ペース配分の上手さ、井野沢の投球に対する観察力、打撃投手だからこそ分かる心理も理解していた」
「……………」
「だから、俺には阪東が投手だと分かる。なら、俺と一打席勝負をしてくれ」
阪東は少し考える。
河合と友田とは違い、この新藤には確実な理がある。自分に対する自信以外とは別に、相手を知ることができる力がある。戦うなら先がいい奴だ。手強い。
「いいだろう。俺の野球に逃げはない。アウトなら俺の勝ち、ヒット以上もしくは四死球なら新藤の勝ちでいいな?」
「そうこなくちゃ。旗野上、キャッチャーをしてくれ。安心したミットがいいだろうからな」
こうして始まった阪東VS新藤。
軽い投球練習で肩を作る阪東。右投のオーバースローだ。その軽い練習でもストレートは130キロ前半。フォームもしっかりと固まっている。
マウンドに立ちはだかる阪東は打者よりも、走者よりも、様になっていた。
「よし、もういいぞ」
新藤も右打席に入り、いよいよ始まった真剣勝負。どちらも賭けがないにも関わらず、真剣な野球の勝負だ。それを見つめる選手達も真剣そのものであり、読めない勝負であるのは分かっていた。
「どっちが勝つと思います?河合さん」
「わかんねぇよ、尾波。だが、初球はねぇ」
河合もスラッガーであり、捕手だ。新藤を知っていることもあって、初球の決着はないと分かる。
阪東が投げる球に興味もある。
振りかぶり、一切ブレない軸足、身体にあるバネを全て使って投げるその一球。
「!」
旗野上のミットに快音を残すストレート。
「ストライク!」
スピードガンがなかったが、新藤達には147キロ~150キロのスピードであったのは一目で分かった。
かなりの直球。新藤はこの直球を見て、わずかに打席の後ろに立った。
スピードもさることながら、回転がとても綺麗なストレートだ。だが、今のフォームから投げる直球が150キロと大きく見積もれば、今のが阪東の最速であることは理解できる。
お互い、手の内を知らないなら考える余地を与えない、力のあるストレートで攻めるのは定石だ。阪東は冷静に選んでいる。
だが、今ので新藤の中で基準ができる。
150キロの直球なら打ち返せる。それだけバットを振ってきた。本塁打がいらないこの勝負なら勝てる。
阪東、2球目。
新藤の立ち位置を考慮し、無難に変化球を選択する。初球の新藤は見るに徹していたが、2球目は違う。直球なら打ちに来るだろう。
ストレートと変化球を同じフォームで投げられる阪東。リリースするまで、新藤にはどちらが来るかは読めなかった。
「っ」
阪東の変化球、スライダー。
ストライクからボールに逃げる。典型的な外スラ。
しかし、新藤は見極めている。手が出そうな上手いボールであるが、バットをしっかりと止めていた。
「ボール!」
「ふーっ。そうだよな、旗野上」
ストレート、スライダー。
1球目、2球目。どれも低めの良いコースに決まっていた。これだけの直球と変化球を持っていて、精密機械のようなコントロールだ。チーム内にも、リーグにもこんな球を投げる奴はいないだろ。
1ストライク1ボールだ。まだ一球、外す余力があるだろう。なら、まだ見せていない変化球もあるな。ストライクの見極めだけは怠らない。追い込まれての新球だとしても、カットで粘れる。
同じ球なら打てる。
3球目。
ここでスライダーやストレート以外の球を持っている阪東はまだ試すこともできた。だが、ここが分岐点だと勘付いた。新藤はやわな打者ではない、逃げの投球では追い詰められる。
追い込んでも手強い打者だ。
投じるボールは、アウトハイのスライダー。
同じ球種が連続した。新藤は読み違えたコースだとしても、手を出した。
キーーーーンッ
「いったーーっ!」
「ライト!ライン際!!」
綺麗な流し打ち。しかし、
「ファール!」
長打になる絶妙な打撃であったが、わずかに切れる。
アウトローで来ると感じた新藤であったが、思ったよりも高めに来たスライダーにミートポイントがわずかにずれた。
「広く、立体にか」
ただ低めに投げているだけではダメ。ヒットで負けてしまう阪東にとってはホームランを打たれても同じ。荒れ球はないと判断していた新藤にとって、高めのボールがくるとは予想できず、勝負を決められなかった。阪東からしたら当然の賭け。やってくる駆け引き。
だが、スライダーなら打てる。今度は高めであっても、インコースであっても打ち抜ける。追い込まれてもスライダーなら打てる。
4球目。
阪東はここで決めに行く。もし、これを新藤が見切ったのなら敗れる可能性があった。自分の全身全霊を込めた投球でも、打ち捕れないとしたら打者を褒めるしかない。
選んだのは、またしてもスライダー。
「同じ」
同じ球種。しかも、今度もアウトコース。外一辺倒だ。外スラで空振りをとりにいこうとしているが、2球目、3球目も見ればこのスライダーはギリギリストライクになるボールだ。空振りさせる狙いは囮。
アウトロー一杯の良いボールでも、狙い打てる。
「っ!?」
勝負は決する。裏の裏を読んだ、新藤であったが、阪東はその裏をさらに選んでいた。
あれだけのスライダーはないと印象付けさせ、この球は弾けるように外へ強く逃げていった。明らかに違うスライダーだ。
パァァンッ
バットに届かせない。強烈なキレ。
「3球目の時点で8割方、勝負は決まっていた」
阪東、スライダーのキレを調整できるほどの精密機械ぶり。キレMAXのスライダーで新藤を空振り三振にしてみせた。
その光景に河合も含めた皆が唖然とした。
「新藤が空振り三振。あいつ、三振数は極めて少ないんだぞ」
打者としても、走者としても、投手としても、阪東は超一流だ。
紙一重の勝負かもしれないが、勝敗に関わらずに結果としていえばそう。
こんな男がチームに加入する。これはどんな選手よりも強力な補強となる。そして、入るということは誰かが降ろされるということだ。
「そういえばまだ、俺の紹介をちゃんとしていなかったな」
激戦を終えた阪東はまた、シールズ・シールバックの面々の前で伝えることにする。
「阪東孝介、右投両打だ。わけあってこのチームを優勝させるために来た。打撃も足も、守備も、投手としても、俺はできる自信があるし、こうして手の内を皆にみせた」
この男と共闘することができると思えば、敗北も楽しみに変えられた。新藤は阪東を望む。河合は嫌そうに睨みつける。この闘志はまた打撃に焚きつけることだろう。友田はとっくに寮でゴロゴロしていた。
「肝心の俺のポジションだが」
ここにいる選手達は阪東を信じているというわけではない。でも、生まれる希望はまさにその儚さと同じ。1人が歩いて、ようやく夢となり、人は現実を作り出す。まだ、凄い奴が来たというだけだ。
「監督だ」
選手として、超一流の男はグラウンドに存在しなかった。