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打撃高騰チーム、シールズ・シールバック!  作者: 孤独
VS十文字カイン編
18/45

林三塁手

いくらショートを守っていたとはいえ、若い頃。それも10年ぶりに近い。

動き方がもう、ショートを務めていたとはいえない動き。



「やべ、身体が硬くなってらぁ」


経験を呼び戻せそうにない。身体から出ている信号は緊張だった。


「木野内さん、エラーしないでくださいよ」

「うるせぇよ、林ちゃん!見てろよ、若い頃と同じ華麗な守備を見せてやる!」



また、木野内に関わらず。怪我をしている状態で出ている新藤もファーストにいる。



「足は大丈夫なんですか?新藤さん」

「悪いけど、飛びこめないぞ。ベースに張り付いておくから、ライン際は任せてくれ。そっちは全部託す」


内野は穴だ。しかし、サードの守備力はリーグ一とも思われる林。チーム一の守備を魅せてくれる旗野上がセカンドにいる。彼等がまだいてくれるのは心強い。



「だ、大丈夫なんですかー!?木野内さんのショートもそうだし、新藤だってファーストにつくだけで精一杯ですよー!」

「勝っているんだ。慌てるな!うっとうしい!そもそも、ベンチ入りの選手を使い切っているんだ!代えようがない!」


津甲斐はこの守備陣形に震えているが、阪東はジッと腹を決めて座っている。

確かに内野はボロボロだ。しかし、外野は別だ。友田と尾波を早い段階で下げ、滝と千野、地花で固めた。いつも以上に堅い外野は安心材料。



「代打、河西」



代打に河西が送られる。次の杉上の前には走者を出したくない。最後の投手となっている吉沢は強気に攻めて行く。

キツイ内角攻め。その一辺倒。2ストライク、2ボールとなって



カーーーーンッ



「ぎゃーーー!打たれたーー!!」



打球は三遊間。鋭いライナー性。木野内が必死に追おうと走るが、間に合うわけがない。一方で林は三塁ベースに向かった。打球はグングンと伸びていき。



パァァンッ



「アウト!レフトライナー!」


観客、守備陣、ベンチ内。安堵の溜め息をもらす。当たりが強すぎたおかげで、レフトの地花がキャッチできた。完全にヒットだと思っていた。


「ふー、あぶねぇあぶねぇ。長打かと思ったぜ」

「木野内さん。中継に入るよう動いてください。どこ走っているんですか?」

「う、うるせぇ!林ちゃん!ちょっと外野の癖が出ただけだ!ボールを必死に追いかけちまったよ!」



まずは1アウト。しかし、あと2つ。これが遠い。間違いなく、



「1番、センター、杉上」



左打席に入る杉上。超強力な1番バッター。まともにやって抑えられる打者ではない。井梁を真似るように力で押していく。河合の頭にはそれしかない。杉上ほど三振で抑えたい打者はいない。

この延長戦での勝負。



コンッ



「なっ!?」

「セーフティバント!?」



クソ度胸。己を信じている証拠であり、これを許す監督も相当な力がある。

やや前進していた内野陣であったが、警戒はそこまで高くなかった。サードの手前に転がる絶妙なバント。




「セーフ!セーフ!」

「林!投げられない!」

「狙ってやがった!上手すぎるし、どんだけ足に自信があんだよ!?」


絶対に出してはいけない打者を出してしまった。この延長戦で足のある奴だけは出したくなかった。

阪東はタイムをとり、河合達をマウンドに集めさせた。



「間違いなく、盗塁してくる。それが阪東さんからの伝言です」

「そうだな。杉上が出たんだ」

「エンドランの強行失敗はゲッツーもありえるからな」


1アウト2塁。単打であれば、当然同点になる。


「ただ、杉上は三塁まで進めて良いとのこと」

「?三塁まで?」

「初球と2球目からストライクをとり、早々に追い込みます。2番の野尻で確実にアウトをとり。新潟、曽我部、魚住。どれも強打者でありますが、カウントが不利になれば歩かせていい。満塁まで持ち込んでいいと!」



同点で凌いでも、次は木野内から投手の吉沢と続く。正直、得点を挙げるのは難しい。ここは0でいかなきゃいけない。サヨナラ覚悟で良いから、強気でいく。ある種の暴挙でもいい。

さっさと野尻を追い込めという指示は焦りから生まれたのではなく、杉上を意識するなという意味が込められている。



「おっし。お前等、散れよ!」



作戦を託され、それでいこうと散ろうとする内野陣だったが……


「待ってくれ、一つこの場で聞きたいことがある」


待ったをかけたのはサードの大ベテラン。林誠。


「木野内さんがショートでいいのか?俺がショートを守ろうか?」

「なっ!?」

「ハッキリ言って、俺の方がショートは上手いぞ」


この土壇場で何を言い出すんだこの人!?しかし、周りからも林さんと呼ばれるだけあって、彼の言葉を無視するものはいなかった。特に


「ちょっと待てよ、林ちゃん!俺の守備が不安だってのか!?」

「恐ろしく不安だ。動きがショートではない。もう腰でも痛めたか?」

「こらー!林ちゃんだからって許さんぞ!」



木野内。いちお、ショートを務めていたプライドに火がついた。木野内はサードも守ることができる。できなくはない。


「ショートは内野の花形だ。そこにこんな親父を置いていいのか?」

「いいだろうがー!置物になんかなんねぇー!死ぬ気で守ってやるよ!」


やっとこさ。大型連敗を切り抜けたところ。連勝できるチャンスは、同時にピンチでもあって、身体に緊張を纏わせていただろう。


「そうですねー。今日は仕方ないですよ、林さん。私が守ってあげたいですが」

「俺達でカバーしますよ」

「ショートには打たせないようにします」

「こ、後輩共が大ベテランの俺を虐めているだと…………」


試合がなくなったかのようなムードになった。


「爺共が粋がってんじゃねぇ。ともかく、あと2アウトだろ」


締めにはやはり。キャッチャーの河合が、檄を飛ばした。


「死んでも2アウトをとる」


打撃偏重のチームがこんな守備を思ったのは初めてだろう。やはり、変わっているのだ。去年よりもこのチームは楽しく作られている。

満身創痍に、技術不足に、懐古する位置にいても。同じ気持ちを抱いている。



指示は出した。あとはどんな目が出てくるか。阪東も、冷静を装うのが精一杯の賭け。自然と身体が熱くなっていく。自分が選手としていれば、心境がさらに違っていただろう。



あー、守備交代で俺が出てもいいか?



「この痺れる場面で俺が守備につきたいな。ホントに……」



吉沢 VS 野尻。通算の対戦成績は打率2割6分、3打点と、どう転ぶか分からない結果である。

しかし、一塁に杉上がいる状況。確実に杉上を盗塁させ、カウントも野尻の優位にしたい。一塁に置かせたまま、プレッシャーを与えていきたい。渥美の思惑は間違いじゃない。2盗と3盗ではかけられるプレッシャーが違う。



フツー、進めたくない。たったの一打で追いつかれるような展開にはしないだろう。ここは塞がなきゃいけない。



バシイィッ



「ス、ストライク……」



判定を下す審判が最初に唖然としただろう。なにせ、1塁の杉上に対してなんの警戒もせずに吉沢がインローへスライダーを投げ込んだのだから。

打者である野尻も驚いていた。

走者の杉上は初球の危うさを知っていて、仕掛ける気がなかった。



「マジ?」


渥美もこの場でそんな暴挙をしてくるとは思いたくなかった。成功率8割5分を超える杉上の2盗であるが、10%ほどの確率で進塁を阻止でき、2アウトに追い込める。

理想的な結果を求めていない。この場でもっとも起こりやすい、安心を求めようとしない。理解不能の意図。勝ちを得るための采配とは思えない。

渥美は杉上に再度、盗塁のサインを出した。スタートは彼に任せている。野尻も、そのサインを受け取って杉上が走るまで待ってくれる。



「………おーしっ」



初球から盗塁できたはずだ。こっちの準備不足だ。しかし、忘れているならもう一回思い知らせてやる。盗塁という、武力。

杉上は完全に吉沢のモーションを盗んで、快速で二塁へ走っていく。河合が投げる頃には手遅れだった。



「セーフ!」

「………」


こんな決めて当たり前の盗塁をしたのは久しい。どんなバッテリーも、必死に杉上の盗塁を防ぎにいった。そんな状態でものの見事に次の塁に行く。それが、盗塁王らしい力だ。

しかし、何が狙いだ?分からない。相手のピンチはより広がったはずだ。



「これでいい。まだ良い」


渥美や杉上、野尻などでは到底把握しきれない。

阪東の賭け。もっとも、勝率の高い手段。杉上の2盗と引き換えに得たのは、野尻の2ストライク。その状態で杉上を二塁に置かせたかった。杉上を刺せないと決断していた。


杉上を刺すことより、後続を断つ。その1人でもアウトに近づけたい。あと2つのアウトが必要な場面で、打者勝負を選べる度胸。采配。

打たれれば阿呆。しかし、抑えきれば好判断だ。

この守備陣で、たった一人しかいない投手を信じている。



「追い込まれたけど、大丈夫よね」



ゲッツーの心配はない。野尻だって打ちやすい。なにより、ここからはじっくり選んでいける。ヒットでいいんだから。



渥美は阪東の狙いをわずかながら察しているが、信じられない。それは阪東と同じく、選手を信じられるからだ。同時に自分も信じている。それが狙いならナメている。辛辣。

お互い、狙い通りにして、屈辱を受けている。



ファールを重ねて、2ストライク1ボール。

追い込まれている状況は打者の心理にわずかな余裕を欠かせた。野尻のストライクゾーンは普段より広くなっていた。

6球目、カットしようとしたボールだったが、思った以上にキレの掛かったシュートに打球を打ち上げてしまった。



「ショート!」



打ち取ったと思えるフワッと上がったフライ。三遊間を超えるか、超えないかの打球。木野内は懸命に追っていき、杉上はまだスタートを切れなかった。



「くそっ!」


あと数年若かったら、たぶん追いつけた打球だった。届かねぇ!



必死に走った脚、必死に伸ばした手を超えて落ちてしまう打球。杉上はそこからすぐにスタートを切った。打球は数回バウンドして、レフトの地花が捕球し


「地花!!サードだ!間に合う!」


手を挙げて要求する林に送球がされる。



「セーフ!」

「野尻!レフト前ヒット!!1アウト、3塁1塁のチャンスを作りました!!」



捕れなくもなかった打球。しかし、ポテンヒットという形が生まれ、シールバックにとっては悪化した状況。



「うわああぁぁっ!い、今のショートが旗野上か、東海林なら捕ってましたよ!杉上が三塁に行っちゃいましたよ!犠牲フライでも、内野ゴロでも、同点にされちゃいますよ!」


守備の薄さが露呈したヒット。津甲斐が慌てふためいている。しかし、阪東はまだこの状況でも揺れない。



「打ち捕れなかったのは痛いが、杉上がホームに突っ込めなかった。まだ、やれる状況だ。負けてないし、同点にもなっていない」


1アウトだったのが、幸いだった。あんな打球でGOのサインを出せたり、行けると判断したらただの暴走馬鹿だ。クリーンヒットなら間違いなく杉上は突っ込んでいた。

カットミスの打球は最悪の結果を招いたが、勝負は終わっていない形に留めた。



「三番、ライト、新潟」



カインのクリーンナップ。満塁策をとらせるか?曽我部と魚住を上手く抑えられるか?仮に曽我部を犠牲フライや内野ゴロで抑えても、得点圏にランナーを置いた状況で魚住を迎える。そこは敬遠で逃げるか?満塁でパトリックといくか?



「ははは……」

「ば、阪東さん。ど、どーするんですか?このピンチですよ」

「馬鹿だな。後目に考えなくてもいいじゃねぇか」



1人で野球をやっているわけじゃないんだ。3塁1塁も、満塁も、大差ない。ならここは新潟との勝負でいい。歩かせても良いとさっき伝えたばっか。まずは勝負してから、結果を考えていいだろ。



吉沢 VS 新潟。そー書いてしまうが、実際は守備に付く9人VS打者1人の戦いだった。ディレードスチールで得点を奪う戦術もあった渥美であったが、ここは打者勝負で良かった。クリーンナップを迎えておいて、1得点だけを得るために野尻を犠牲にする手はもったいない。逆転の目があるのに同点では意味がない。また、スクイズも度外視している。

つまらない2アウトのリスクは確実に減らし、新潟、曽我部、魚住でシールバックを粉砕する。



「ボール!」



1ストライク、2ボール。新潟にとっては打ちやすいカウントになった。次の1球次第で、勝負をするかしないかが分かる。河合はきっとストライクを要求するだろう。良い球がくれば続行か。



「そろそろ、打とうか」



なにしろ、一番。打てると自信が漲る。自分のスイングで吉沢の球を打てば良い。フェアになればいい、その間に杉上ならホームに帰ってくる。

力と力で、ここは同点にする。



カーーーーーンッ



投手と打者の力量差は明確であった。状況も考慮せずとも、吉沢と新潟とでは格が違っていた。河合が要求したインハイのストレートは、やや中に入ってしまい、新潟にとっては狙い球だった。

やや球威に押されたが、芯で捉えた打球は強く流れて三遊間へと向かっていく。

全ランナーはスタートを切る。シールバックの守備陣も、変わっていく状況に反応して動いていった。



バシイィッ



打球音がまだ残ったグラウンドでその勢いを鎮める捕球音。

サード、林のダイビングキャッチ。歓声と観客はまだ、新潟の打球に反応している時のこと、



「林ちゃん!」



ショート、木野内。彼もまた打球を追っていた体勢。3塁ランナー杉上はホームをとろうと全力疾走。河合も杉上を阻止するため、ホームへの送球を要求していた。



「セカンドだ!」


木野内の体はもうダメだった。だが、河合の指示よりも先に声が出たのだ。ショートにいた記憶が蘇ったように、林を動かす声を出していた。河合の指示もまた正解であるが、アウトはとれて一つのみ。この強い打球なら、あいつがセカンドならいける。

林が体勢を整え、セカンドを投げたとき。セカンドベースは一切見れなかった。最初に耳に届いた木野内の指示を即座にやってのけた。


こんなメンバーでの内野陣は初。前進守備を敷いている状況で、すぐさまいけるか分からなかった。

ただ、打球から物語る併殺の予感、それが旗野上の守備経験の琴線を鳴らした。セカンドベースで挙がるコール



「アウト!!」


セカンド、旗野上。素早いベースカバー。野尻をフォースアウトにさせ。それからファースト、新藤へレーザービーム送球。

全力で走る新潟と、コンマでも早くボールを捕ろうとする新藤。



バシイィッ



決着。これがセーフなら、同点。アウトなら……



「アウト!!ゲームセット!!」


天国と地獄が垣間見える。それが野球にある。



「新潟!!会心の当たりではありましたが!!サード、林のファインプレイ!さらに好判断!そして、旗野上の送球によって!5・4・3のダブルプレー完成!!劇的な試合となりました!!」




シールバック。とても珍しい、守備によって勝ち取った勝利。これで2連勝。


「どーよ、林ちゃん。俺の判断力。ショートとして、悪くないだろ」

「木野内さん。自分のミスをそれで帳消ししたと思っているんですか?私ならあんな凡フライ、余裕でしたよ」



ここから始まる連勝街道。それは15。借金を帳消しし、貯金までするほどの圧勝ぶり。攻撃も、守備も、投手も、噛み合ったまま。進んでいったペナントレース後半。


「な、なんだと!?嘘つけ!あれを捕れるわけねぇーだろ!全力で頑張って捕れなかったんだぞ!」

「それと、私はセカンドに投げるつもりでしたよ、最初から。ショート寄りだったのも、最初から」



ペナントレース終了まで。

十文字カインとの対戦成績は、16勝14敗。ほぼ五分五分の戦いを繰り広げた。しかし、1勝でも多く勝てたのは接戦を多く握りとった方。


シールバックと十文字カインとの戦いはこれでひとまず終わりである。



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