風邪
ホカホカと暖かそうな姿で優が現れる。
上気して赤く染まった頬、大きくてダブダブのシャツとスウェットに身を包み、白いシャツ故に淡いピンク色の下着が透けていた。
何とも無防備な姿に、僕はドキドキさせられた。
「上がったよ。いやー、暴れて暴れて大変だった。」
「いつまで、ウチにいるの?どうやって帰る?送って行こうか?」
優がニヤリと笑う。
「泊まってく!」
「却下。未婚の男女が二人屋根のしたなんて許せません。」
何をするか、僕が何をしてしまうかわからないから。
「えぇー。お父さんとお母さん、今日はデートで遅くなるって。だから、夕飯をご相半に預かりたいなーと。お父さんにメールしたら、迎えに来てくれるって。12時過ぎには帰るよ。」
「そっか。じゃあ、今日は鍋でも作ろうかな。折角二人だし。母さんの好きだった鍋でもね。」
母さんはキムチ鍋が好きだった。
母さんが作る料理の中で、キムチ鍋だけは美味しいと言えた。
母さんは料理が凄く下手だったから。
「そうだね。雪音さんのキムチ鍋は絶品だったからなー。」
冬になれば、週に一回は出ていた。
あの頃は飽きただの、別の鍋にしろだのと言っていたが、今は凄くキムチ鍋が食べたくなる。
「少し待っててね。具材はあるはずだから。ササッと作ってくるよ。」
母さんが遺してくれたものの中には、キムチ鍋のレシピがあった。
食べたらきっと、泣いてしまうだろうからと、封印していたそれを引っ張りだす。
優と笑いながら食べれば、きっと、美味しく食べれるはずだから。
トントンといくつかの具材を切る。
母さんが作った時の具材は、大きかったり小さかったりとマチマチだった。
やはり母さんは、料理が下手だったから。
火の通りづらいものから、鍋の中に入れていく。
最後にキムチを投入して、軽く煮込めば完成である。
手を拭きながら、茶の間へと行くと、優がテーブルでぐったりとしていた。
「優!おい、優!」
駆け寄って、優のおでこに触れる。
「熱い…。ヤバイ、風邪ひいたか!?」
「あれー?悠君がぐにゃぐにゃしてる?」
ぽわぽわとした声に、嫌な予感を感じる。
急いで、体温計を探す。
僕は中々風邪をひかないので、使わないのだ。
タンスの中をひっくり返すように探すと、奥の方から見つかった。
「体温計だ。熱、測れるか?」
「んー、ムリー。身体、動かない。」
「ごめん。」
一言、それだけ言って、優のシャツの中に手を入れる。
柔らかい膨らみに手の甲が触れるが、気付かないフリをする。
脇に体温計を挟んで、シャツから手を抜いた。
一分程経って、ピピッと体温計がなった。
優に手を挙げさせて、体温計を下に落とす。
表示されていた数値は、38.6度を記録していた。
僕は優の身体を抱き上げる。
「あはは。お姫様だっこされてる。」
僕は階段を駆け上がり、僕のベッドに寝かせる。
部屋を出て行こうとした僕の手を、優の手が掴む。
「寒い、怖いよ。一緒にいて?手、繋いで?」
「すぐ戻ってくるから、待ってて。10秒だけ。目を瞑って、10数えて。それまでに帰ってくる。」
「本当?」
「本当。だから、少しだけ待ってて。そしたら、なんでもしてあげるから。」
僕はそれだけ言って階下へと駆け下りる。
おでこに貼るシートとスポーツドリンク、風邪薬を手に持って、再び階段を駆け上がった。
「ごめん、お待たせ。」
荒い息をしている僕は、涙目の優を視界に捉えた。